SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ シュガーハート&ヴァニラソウル 50-4


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

『迂回と焼菓 ⑥』


 遠野は『ダーク・フューネラル』の攻撃を着実にかわし続けていた。それも、ぎりぎり紙一重の距離で。
 あと数センチでもずれていれば眼球や耳が抉られているだろうに、見えていない者の強みか、遠野は冷静そのものだった。
 それ以前に、見えていないのになぜ『ダーク・フューネラル』と対等に渡り合えるのかが大きな問題だったが。
 そもそも、『見えない敵』に対してなぜ『目隠し』をする必要があるのだろうか。
 いや、見えている敵に対して目隠しをする必要もまるでないが、これはそれ以上に不可解だった。
 ともあれ、航ははらはらし通しだった。彼には『ダーク・フューネラル』が見えていて、そいつの容赦ない攻撃が休まることのないのを目の辺りにしているからだった。
「中国武術の世界には──ま、中国武術に限った話じゃないけど──
『本来持っている力をわざと消失させることで、潜在的な力を引き出したり外在するより大きな力を取り込もう』って考え方があるわ。
マンガなんかでよくある自分の目を潰すとか鎧を脱いで裸になるとかいうアレよ」
 航の焦燥を知ってか知らずか、遠野はそんなことを言う。それどころか、
「あたしが目隠ししてるのも、『それ』よ──しかも、ちょっとした裏技で本当のぎりぎりまで自分を追いこんでるから、
今のあたしには『余分な力』ってやつがこれっぽちもないの。まさしく自然体そのものよ」
 などと、かなり無茶苦茶なことまで言ってのけた。
「見えはしないけど……充分に『匂う』のよ。あんたの魂の香りがね。黴と檜の匂いがするわ。胸のむかつく辛気臭い匂い。
ねえ、南方くん。『こいつ』に名前はあんの?」
「だ、『ダーク・フューネラル』って本人は言ってる。……人だかなんだか分かんねーけど」
「ふーん……『暗黒葬送(ダーク・フューネラル)』、か──ぞっとしないわね」
 いつしか、『ダーク・フューネラル』の攻撃は止まっていた。
 そいつは、棒のように直立して遠野と相対していた。攻めあぐねているようにも見えたし、彼女を観察しているようにも見えた。
 それはまるで、彼女の価値を、そこに秘められた力を値踏みしているように。
「あんた……『スタンド使い』?」
 遠野がその単語を口にした瞬間、『ダーク・フューネラル』の姿が大きく歪んだ。
 それは、電波干渉を受けたテレビの像が乱れるのにも似ていた。
 そして同様に、航も驚きの眼差しで遠野を見た。
 『スタンド』とは、ついさっき『ダーク・フューネラル』が口にした単語だ。自分には『スタンド使い』の素質がある、と。
「『スタンド』ってのは……『消える』能力なの? いや──違うわね。『消える』ってのは『あいつ』の『能力』なだけであって……
『スタンド』は普通の人間には見えない、そして『スタンド』は個別に特殊な『能力』を持つ……そんでもって……
あたしの目の前にいるであろう『こいつ』とは別に、これを操っている『本体』とでも言うべき『誰か』がいるというところかしら?」
 彼女の言は、『ダーク・フューネラル』が彼に語ったことと微妙に噛み合っていた。
「ったくよ……『あいつ』も『スタンド』について教えてくれてたらこんな風に足りねー頭を捻る必要なんかなかったのに、よ──。
でもまあ、だいたい図星でしょ? え?」
“お前……何者だ! 『スタンド使い』を知っているのか!?”
 『ダーク・フューネラル』が耳障りな声で吠える。
 赤いタイで隠された顔からは今ひとつ判断しがたいが、遠野にそれが届いた様子はない。
「『スタンド使い』を知ってるのか、って聞いてるけど」
 航が通訳すると、彼女はひょいと無造作に肩をすくめた。
「ん、まー、友達に若干一名。つっても、『スタンド』がどんなモンかまでは知らなかったけど。
あんたのお陰で少しは理解できたわ。『あいつ』に面と向かって聞くのもちょっと恥ずかしかったから、手間が省けて良かったわよ。
ありがとね、『ダーク・フューネラル』さん」


 『そいつ』はやや息を切らしながら無人の廊下を駆けていた。
 向かう先は決まりきっていた。──生物室である。
(あいつは危険だ……!)
 最初、『それ』を言いつけられたときは簡単な仕事だと思っていた。
 『羽』を追う者を殺せ──『そいつ』の分身たる『ダーク・フューネラル』にとって、それは造作もないことのはずだった。
 だが──。
 『殺した』はずの少年は、なぜか未だに死にきれていない。
 その上、彼を救おうとするべく動き出した数人の生徒……その一人は、普通人でありながら極めて短時間に『スタンド』の実態に肉薄していた。
 もはや滅茶苦茶だった。
 なにがどうなっているのか、自分がなんのために動いているのか、真の敵は誰なのか──そのすべてがごた混ぜになっていた。
 この混乱した状況を制するには──状況を単純なかたちに整理するしかない。
(『死』だ……それこそが最も単純な世界だ……!)
 『そいつ』は階段を二段飛ばしで駆け上り、なおも走る。
 なぜだか知らないが、あの女は目隠しをしながら『ダーク・フューネラル』と戦っている。
 いや──戦っているのではない。ただ単に自分の攻撃を回避しているだけだ。
 『スタンド』は『スタンド』でしかダメージを与えられない。それがルールだ。
 つまり、今なお圧倒的にこちらが有利なのだ。
 それに、まだ『ダーク・フューネラル』は真の『能力』を発揮していない。
 それを使えばあんな女など瞬殺できるだろうが、『スタンド』が見える南方の前で『能力』を使うのはわずかに不安が残る。
 続けて殺せば問題ないだろうが、リスクは最小限にしておくに越したことはない。
(ここは確実に……)
 視界が塞がれているならそれを逆手に取ってやる。
「『同時攻撃』だ……!」
 いくらなんでも、『本体』である自分と『スタンド』の両方の殺意を、盲の状態で捌けはしないだろう。
「あの女を殺す……それから南方を殺す……そしたら屋上に戻ってもう一人殺す……最後に李と木之元を殺す……」
 『そいつ』は熱に浮かされたように、口の端から言葉を漏らしていた。
 目指す生物室は目の前にあった。
 制服の内ポケットに右手を差し入れ、その中に潜む小振りの、だが切れ味だけは本物のナイフに手を触れさせる。
「殺す……殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す──」
「──忠告しておこう。君は『油断』している」
 生物室のドアに手をかけたその背後から、不意に声が掛かった。
 咄嗟に振り返ろうと──出来なかった。
 なぜか身体に力が入らず、背中と首を捻じ曲げるという簡単な動作すらも不能な状態に陥っていた。
「例えば──針に糸が上手く通らないとき、君はどう対処する?」
 淡々と述べる背後の声は、どこか聞き覚えがあった。
「そう──そういうとき、普通は『眼を近づけて良く見ようと』する。君もそうだろう? 『だから』ここに来た。違うかな?
だが、いやはや……ここまで遠野さんの思惑通りだとさすがに気味が悪くなるな。
なにせ、彼女の読みに違わず、痺れを切らした『本体』がのこのこ現れたのだから、ね──」
「罠……だったのか?」
 さあっと顔から血の気が引くのが感じられた。
 ただ自分を誘き寄せるためだけに、あの女はあそこまでのことをやってのけたとでも言うのだろうか。
「しかし、さて……君は今、聞き捨てのならないことを言ったな。
僕や遠野さんと違い、南方くんや小狼くん、そしてサクラさんのことをきちんと苗字で呼んでいた……。
つまり君は、この学園の生徒で……少なくとも中等部の、そして彼らと同じ学年だという可能性が極めて高い」
 『そいつ』の肩が背後から鷲掴みにされる。
「その顔……見せてもらおう!」


 『本体』を無理矢理振り向かせたラウンダバウトは、その異様な相に思わず息を呑んだ。
「か、仮面……?」
 首から下はまったく普通の学生服なのだが、その顔面にはのっぺりと黒光りする無表情の仮面が貼り付けられていた。
「──これは儀式だ。『ダーク・フューネラル』を使うときの。
お前、『黒のオルフェ』を観たことあるか? オルフェウスとエウリディケの話だ。イザナミとイザナギの話は?
『死』は『仮面』だ……誰も、その下に隠された実相を覗くことは出来ない。それが出来るとき、人は死ぬ。
仮面を被ることで、俺は『死』と一体になれるんだ。そうすることで『ダーク・フューネラル』を自在に操れる」
 冷え切った声音で電波話を語る『本体』を、ラウンダバウトは背後から羽交い絞めにして腕を捻り上げる。
 力加減に容赦はなかった。『本体』のわずかばかりの抵抗がなければ、そのまま肩甲骨を外していたかも知れなかった。
「いやに饒舌じゃないか。君は自分の立場を自覚しているか?
今は身体の自由だけだろうが……すぐに精神の自由すらも僕の制御下に置かれるんだぞ」
「……立場? ……自覚?」
 覆われた仮面の上からでもはっきりと分かるくらい、『本体』は全身を痙攣させて──嗤った。
「それはこっちのセリフだ」
「──っ!?」


“オ、ォオオ……”
 航の目の前で、突如として『ダーク・フューネラル』がその様相を一変させる。
 フォルムが変形したわけではないが、それ以上の……凄惨なまでの禍々しさが、その痩躯に集中し始めていた。
“ウウウウゥゥゥオオオアァァッシャアァァァァッァ!!”
 棒の身体を文字通りに弓形に反らし、『ダーク・フューネラル』は咆哮する。
 その死の呼び声に呼応するように、生物室の──その部屋の責任者である生物教諭の純然たる趣味によって蒐集されている──
生物標本の陳列棚が、がたがたと震えだした。
 『ダーク・フューネラル』が見えない遠野にもその異変は察知できたのか、火を見た猫のように警戒心を露わにして構えをとる。
 航はそこで、自分のとんでもない失態に思い至る。
 『ダーク・フューネラル』の『能力』──彼女が生物室に飛び込んでくる直前に見たその異能を伝えていなかったことに。
「遠野先輩、ダメだ!」
 なにが駄目なのか言ってる自分ですら把握できていなかったが、それでも「ダメだ」と言うしかなかった。
「こいつは……『死体』を『完璧な死体』に復元できるんだ!」
“もう遅い……! 我が『ダーク・フューネラル』の生み出し『墓守』の手に掛かって死ね!”
 その刹那、ガラスケースに飾られていた、一つの骨格標本が内側から破裂した。
 そして、中からまろび出た骨の集合体は、見る見る間に肉付けされていった。
 まるで異次元から搾り出しでもしているかのように、なにも無い空間に血管が、神経が、筋肉繊維が生えて互いに絡み合っていく。
「なによ、これ……」
 やがて、かつて骨格標本だったもの、遥か以前に死を迎えて骨だけとなっていた『それ』は、完璧な姿を取り戻した。
 ヘビ亜目クサリヘビ科アメリカハブ属──ヤジリハブだった。
「死体が……蘇った……?」
 そいつは通常のヤジリハブを遥かに超える敏捷さで、しゅるしゅるとどこか小気味のいい音を立てながら牙を剥いて遠野に飛び掛る。
 航は知らないことだったが、ハブ属、またはその近所に属するヘビは眼と鼻の中間に位置する部分に『ピット』と呼ばれる赤外線探知器官を備えている。
 その器官によって精密に獲物を感覚するハブは──そのほとんどが牙に猛毒を仕込んでいる。
 殊に、ヤジリハブの毒は極めて強力で、その出血毒は一撃で成人男性の致死量の数十倍に匹敵する。
 そうした生物学的知識を持っていない航だったが、その茶褐色の鱗と斑模様は、一目で『毒蛇』という連想をさせる。
 数メートルはあったはずの距離を一瞬で飛び越え、ヤジリハブが遠野に襲い掛かる。
 身を捻ってそれを避ける遠野だったが、構えなおした彼女の頬には一筋の赤い血が垂れている。
「遠野先輩!」
「『敵』から眼を逸らすな!」
 思い余って遠野に駆け寄ろうとした航だったが、その意思を拒絶する怒声が飛んできた。
「だ、だけど、血が! 毒が!」
「避けた拍子に机に擦っただけだ! ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねーわよ!
あたしじゃ『ダーク・フューネラル』に攻撃できない、なら──あんたがやるのよ!
あんた『スタンド』が見えてるんでしょう!? あんたが一番『スタンド』に近いのは間違いないんだから!」
「そ、そんな──」
 ヤジリハブはまるでなにも無かったかのようにさっきと同じ体勢に復帰していた。
 その上で、次なる攻撃の機会をその油断無く窺っている。
 タイに視覚をうばわれている遠野がもどかしかった。
 きっと、今は「下手に動けない」のだろう。変に動いて『隙』を見せてしまったら、そのときこそ──。
 今すぐにでも彼女の覆いを剥ぎ取ってやりたかった。
 だが──今自分がすべきことは、『それ』ではないような気がした。
 ちろちろと舌を蠢かしながら警戒を強めるヤジリハブの前を、その毒蛇の脅威をものともせずに『ダーク・フューネラル』が通り過ぎる。
 遠野は動けない。動けるはずがない。『敵』は見えず、そして、見えるはずの脅威も今は見えないのだ。
「うおおおおっ!」
 航は叫び、ほとんどなにも考えずに走り出した。視界の隅でヤジリハブの飛翔を捉えるが、そんなことはどうでも良かった。
 そして航は、その両手で、今まさに遠野に爪を突き立てようとしていた『ダーク・フューネラル』の腕を──押さえ込んだ。
“『スタンド』を……素手で掴んだ……だと!?”
 耳に刺さる高音の声音が、少しばかり震えてるような気がした。
 航は目を固く閉じて毒蛇の襲撃に心だけ備えていたが、
「…………?」
 別にどこにも痛みを感じないので、こわごわと眼を開ける。
 そこには、白い煙を立てながら地面に縮こまっているヤドクハブの姿があった。
 視線を転じると、電気剃刀程度の大きさの黒い箱を手にした遠野がこちらを見ていた。
 航の眼差しに応え、彼女は手の中の『それ』を軽く振る。
「スタンガン。あ、違法改造のね。清い乙女の標準装備よ。
『完璧な死体』だかなんだか知んねーけど、物理法則で動いてるならこいつの敵じゃねーわ。
ちゃんと『スタンド』押さえてる? 絶対に離さないでよ。離したら殺すから」
 顔に巻かれたタイをするりと解いた彼女の顔は、冷や汗一つかいておらず、
「どこにそんなもの隠し持ってたんすか……?」
「ひみつ。切り札は最後まで隠しておくものよ。そうでしょう?」
 いたずらっぽく細められた瞳が航に向けられているだけだった。


「汗をかいているな。冷や汗かい? どうした……『それはこっちのセリフ』なんじゃなかったのか?」
 ラウンダバウトがそう言っても、『本体』たる仮面の少年は返事をしなかった。
「もう無駄な抵抗はやめたほうがいい。僕や君程度の器じゃ、彼女には敵いそうにないからな」
 やはり、仮面の少年は無言のままだった。
「聞いているのか? それとも──」
「いや、聞いている」
 と、今度はいきなり即答した。
 その語調には余裕があった。絶対的な勝利を確信している優越感の響きがあった。
「やっぱり、『それはこっちのセリフ』、だ。そっくりそのまま返してやるよ。あの女……とうとう『油断』したぜ」


 ふわり、とタイが宙を舞い、床に落ちた。
「な……」
 航は愕然と、遠野の首根っこを握り締めている『ダーク・フューネラル』の腕を眺めていた。
 びくんびくんと不規則にのたうつ遠野の身体は、その腕に持ち上げられて床から十数センチ浮いていた。
 『ダーク・フューネラル』の二本の腕は、今もなおしっかりと捕獲している。
 だが……だが、もう一本の、三本目の腕が紫色の外套の下から遠野まで伸びていた。
“『隠し腕』だ……! 札の切り合いは俺の勝ちだ……! そして……!
見せてやる! 我が『ダーク・フューネラル』の真の『能力』を……!”
 遠野を宙吊りにする『隠し腕』から、幾本もの棘が次々と突き出される。
 航の目の錯覚でなければ……その先端から、物凄い勢いで黒い霧が噴出していた。
 そして航は思い知る。小狼を『半殺し』に至らしめた……『次元の魔女』が警告した『死に直結する能力』とは、
先ほどの『死体復元』のようなチャチな『能力』では決してないことを。

“『終わりの儀式(ファイナル・リチュアル)』!!”