『迂回と焼菓 ⑤』
『そいつ』はとても奇妙な姿形をしていた。
背丈はひょろ長く、深い紫色の外套をすっぽりと被り、漆黒の仮面をつけている。
だが、もっとも奇妙な点は、『そいつ』の『存在感』だった。
日が落ちかけているとはいえまだ強い陽光の中にありながらも、『そいつ』はまるで薄闇の中にあるような希薄な雰囲気しか持ち合わせていない。
ややもすると向こう側まで透けて見えそうな異質の佇まいを身に宿し、『そいつ』は静かに立っていた。
(この二人には……見えていないのか!?)
南方航の目には明らかな『そいつ』の異形が──遠野十和子と奈良崎克巳の両名にはまるで認識できていない。
そのことを訝しがる暇もなく、『そいつ』は行動を起こした。
外套の下に隠していた二本の長い腕を伸ばし、未だに事態を把握できていない遠野と奈良崎の首筋へと、その手先を近づけようとしていた。
(『おそらくは死に直結する能力 』──!)
航の脳裏に、魔女と名乗った女性の言葉が甦る。
次の瞬間には、ほとんど反射的に二人を突き飛ばしていた。
「うわっ」
「きゃっ!」
緩慢に伸ばされていた『そいつ』の腕は目標を失って空しく宙を薙ぐ。
『そいつ』は動きを止め、こちらを見た。
“お前……『見えて』いるのか? この『ダーク・フューネラル』が……”
その声はガラスを摺り合わせたように嗄れていて、人のものとは思えぬ声音だった。
“『能力』は発現させていないようだが……少なくも素質はあるようだ……”
なにが起こっているのかまるで分からなかった。教えてもらえるものなら教えて欲しいと、心から願う。
「『素質』……だと? なにを言ってんだよ!?」
“『スタンド使い』の……!”
そう言うや、『そいつ』は真っ直ぐに航へと向かってくる。
「『敵』は……『敵』はどこにいるんだ、南方くん!」
航は『そいつ』──『ダーク・フューネラル』の魔手から逃れようと後ずさるが、すぐにフェンスに背中をぶつける。
行き止まりだった。
だが、『ダーク・フューネラル』の侵攻は決して止まることなく、
「見えねーけど、そこにいるのね!?」
突き飛ばされたままの、屋上の床に伏したままの格好の遠野が懐から取り出したカッターナイフを投げつけるが、
“無駄だ……『スタンド』には『スタンド』でしかダメージを与えられない……”
その刃は呆気なく『ダーク・フューネラル』をすり抜けて遠くへ飛んでいき、
「うわあああっ!」
『ダーク・フューネラル』の異様に伸びた両腕に掴まれた航はそのままフェンスを突き破り、淵の向こう側へと落ちていった。
背丈はひょろ長く、深い紫色の外套をすっぽりと被り、漆黒の仮面をつけている。
だが、もっとも奇妙な点は、『そいつ』の『存在感』だった。
日が落ちかけているとはいえまだ強い陽光の中にありながらも、『そいつ』はまるで薄闇の中にあるような希薄な雰囲気しか持ち合わせていない。
ややもすると向こう側まで透けて見えそうな異質の佇まいを身に宿し、『そいつ』は静かに立っていた。
(この二人には……見えていないのか!?)
南方航の目には明らかな『そいつ』の異形が──遠野十和子と奈良崎克巳の両名にはまるで認識できていない。
そのことを訝しがる暇もなく、『そいつ』は行動を起こした。
外套の下に隠していた二本の長い腕を伸ばし、未だに事態を把握できていない遠野と奈良崎の首筋へと、その手先を近づけようとしていた。
(『おそらくは死に直結する能力 』──!)
航の脳裏に、魔女と名乗った女性の言葉が甦る。
次の瞬間には、ほとんど反射的に二人を突き飛ばしていた。
「うわっ」
「きゃっ!」
緩慢に伸ばされていた『そいつ』の腕は目標を失って空しく宙を薙ぐ。
『そいつ』は動きを止め、こちらを見た。
“お前……『見えて』いるのか? この『ダーク・フューネラル』が……”
その声はガラスを摺り合わせたように嗄れていて、人のものとは思えぬ声音だった。
“『能力』は発現させていないようだが……少なくも素質はあるようだ……”
なにが起こっているのかまるで分からなかった。教えてもらえるものなら教えて欲しいと、心から願う。
「『素質』……だと? なにを言ってんだよ!?」
“『スタンド使い』の……!”
そう言うや、『そいつ』は真っ直ぐに航へと向かってくる。
「『敵』は……『敵』はどこにいるんだ、南方くん!」
航は『そいつ』──『ダーク・フューネラル』の魔手から逃れようと後ずさるが、すぐにフェンスに背中をぶつける。
行き止まりだった。
だが、『ダーク・フューネラル』の侵攻は決して止まることなく、
「見えねーけど、そこにいるのね!?」
突き飛ばされたままの、屋上の床に伏したままの格好の遠野が懐から取り出したカッターナイフを投げつけるが、
“無駄だ……『スタンド』には『スタンド』でしかダメージを与えられない……”
その刃は呆気なく『ダーク・フューネラル』をすり抜けて遠くへ飛んでいき、
「うわあああっ!」
『ダーク・フューネラル』の異様に伸びた両腕に掴まれた航はそのままフェンスを突き破り、淵の向こう側へと落ちていった。
「南方!」
十和子は叫び、南方航が落ちていったフェンスの穴へと駆け寄った。
下を覗くが、遥か下方の地面には彼の死体もなければ人の墜落した痕跡もない。
その代わりに、十和子のいる場所の真下の部屋の窓ガラスが大きく割れていた。
窓枠の淵に残るガラス片が落日の光を反射し、赤く輝いていた。
「奈良崎! この下はなんの部屋!?」
茫然自失となりかけていたラウンダバウトは、その言葉にはっと我を取り戻し、ややうろたえながらも答える。
「せ、生物室だが……なにをする気だ、遠野さん」
「決まってるでしょーが、あの子を助けに行くのよ!」
「そ、それは分かっている。だが、どうやって!? 僕たちには『敵』の姿が見えないんだぞ!
いや、見えないどころじゃない、僕の『能力』でも『敵』を感知できなかった……つまり相手は生物ではない!
君の『カスタード・パイ』にもなにも引っ掛からなかったんだろう!?」
「──だったらなに」
その言い草に、ラウンダバウトは唖然とした。
「だったらって──」
「見えません、匂いません、出来ません、そんな馬鹿みてーな理由がなんだっつーの?」
十和子は苛立たしげにつかつかとラウンダバウトに歩み寄り、その胸倉を掴み上げた。
小柄で細身とはいえ決して軽くはない彼女の身体が、十和子の細腕によってかなり高いところまで引きずり上げられる。
「奈良崎、あんた──あんたの『能力』をあたしに使いなさい」
「……な、なにを言っているんだ?」
唐突過ぎるその命令口調に、ラウンダバウトは目を白黒させる。
「そんなことをしてなんになるんだ? それに──危険すぎる!
忘れたのか、この騒動の発端は僕のこの『能力』なんだぞ! 同じ過ちを僕に犯せと言うのか?」
ほとんど鼻がこすれあう距離に十和子の顔があった。
彼女はわずかの間、じっとラウンダバウトを見つめていたが、やがて思い定めたように瞳を閉じ──「ふぅっ」と息を吐く。
「あたしはね、小狼くんを助けるって決めたの、だからやるしかねーのよ。
だからあんたの力が必要なの。小狼くんを助けたいんでしょう?」
それには異論がなかった。
そう──ラウンダバウトは、己の過ちを、自分のせいで生死の淵にある友人を、そして今また死に近づきつつある少年を、
──どうしても救いたかった。
「僕は……失敗を犯しやすい人間だ。それでもいいのか?」
「ああもう、じれったいわね。いいからさっさとやりなさい。命令よ」
(『命令』、か──)
ラウンダバウトはどこか諦めたように首を振り、目の前の少女に向けて『能力』を行使する。
バイオリズムの波から絶対不可避の『隙』を感知し、そこに『油断』の暗示を打ち込む、回りくどくも確固たる『迂回』の『能力』を。
ふと、つい先だっては十和子にこの『能力』が通用しなかったことを思い出し、あれはなんだったのだろうと微かに考える。
十和子の身体から徐々に力が抜けていった。今度はおおむね正常に『能力』が作用しているらしい。
倒れたりしないよう、ラウンダバウトは彼女の二の腕をとって支えてやる。
ラウンダバウトから発散される高周波に身を震わせる十和子が口を開いた。
「ねえ──」
「なんだい。仕込みには瞬時に、という訳にはいかない。もう少し待ってくれ」
「違うわよ……あんた、『統和機構』ってところにいたんでしょう? どうしてそこ、辞めちゃったの?」
「正確には辞めてはいないんだがね……任務に失敗したのさ」
「どんな失敗?」
そこまで聞くか? と思わないでもなかったが、彼女に対してはなぜか反抗する気持ちが無くなっていた。
なので、問われるままに答える。
「僕はある組織を監視する命令を受けていた。だが、僕はそこを勝手に壊滅させてしまったんだ」
「どうして?」
十和子の瞳孔からは活発な反応が失せていた。
だがそれでもラウンダバウトの決定的な洗脳下には入っていない。
やはり彼女は自分の『能力』の影響を受けにくい体質なのか──とラウンダバウトは改めて驚嘆する。
「その組織は大規模な人身売買を行う犯罪組織だった。
そして僕は……幼い少女が『商品』として扱われているのを目の当たりにして、自分を見失ってしまった。
個人的な感情に流されて、任務を放棄してしまったんだ」
「──ふふん」
腕の中で、十和子が笑った。
「馬鹿ね、あんた」
「そうさ、君の言うとおりだ。だから僕は『迂回』の名を以って我が身を戒めているんだ」
「──違うわよ、馬鹿」
「……なんだと?」
ラウンダバウトが眉をひそめるのへ、
「そんなことを『失敗』だと思うからあんたは馬鹿だってのよ。あんたは間違っちゃいない。このあたしが保証してあげる。
それが『失敗』だってんなら……間違ってるのはこの世界よ」
「僕が……なんだって?」
任務に絶対服従することが大前提である合成人間に向かって、そんなことをきっぱり言い切る人間なんて──。
「……ま、いいわ」
完全とは言い難いが、ラウンダバウトの『能力』は十和子に十分に浸透していた。
それを見澄ましたように、十和子がゆっくりと身を起こす。
「あんたが自分の『正しさ』を信じられないんだったら、代わりにあたしを信じなさい」
やはりそれは、断固していて反論を許さない命令口調だった。
「そしたら──あたしがあんたの『正しさ』を証明してあげるから」
十和子は叫び、南方航が落ちていったフェンスの穴へと駆け寄った。
下を覗くが、遥か下方の地面には彼の死体もなければ人の墜落した痕跡もない。
その代わりに、十和子のいる場所の真下の部屋の窓ガラスが大きく割れていた。
窓枠の淵に残るガラス片が落日の光を反射し、赤く輝いていた。
「奈良崎! この下はなんの部屋!?」
茫然自失となりかけていたラウンダバウトは、その言葉にはっと我を取り戻し、ややうろたえながらも答える。
「せ、生物室だが……なにをする気だ、遠野さん」
「決まってるでしょーが、あの子を助けに行くのよ!」
「そ、それは分かっている。だが、どうやって!? 僕たちには『敵』の姿が見えないんだぞ!
いや、見えないどころじゃない、僕の『能力』でも『敵』を感知できなかった……つまり相手は生物ではない!
君の『カスタード・パイ』にもなにも引っ掛からなかったんだろう!?」
「──だったらなに」
その言い草に、ラウンダバウトは唖然とした。
「だったらって──」
「見えません、匂いません、出来ません、そんな馬鹿みてーな理由がなんだっつーの?」
十和子は苛立たしげにつかつかとラウンダバウトに歩み寄り、その胸倉を掴み上げた。
小柄で細身とはいえ決して軽くはない彼女の身体が、十和子の細腕によってかなり高いところまで引きずり上げられる。
「奈良崎、あんた──あんたの『能力』をあたしに使いなさい」
「……な、なにを言っているんだ?」
唐突過ぎるその命令口調に、ラウンダバウトは目を白黒させる。
「そんなことをしてなんになるんだ? それに──危険すぎる!
忘れたのか、この騒動の発端は僕のこの『能力』なんだぞ! 同じ過ちを僕に犯せと言うのか?」
ほとんど鼻がこすれあう距離に十和子の顔があった。
彼女はわずかの間、じっとラウンダバウトを見つめていたが、やがて思い定めたように瞳を閉じ──「ふぅっ」と息を吐く。
「あたしはね、小狼くんを助けるって決めたの、だからやるしかねーのよ。
だからあんたの力が必要なの。小狼くんを助けたいんでしょう?」
それには異論がなかった。
そう──ラウンダバウトは、己の過ちを、自分のせいで生死の淵にある友人を、そして今また死に近づきつつある少年を、
──どうしても救いたかった。
「僕は……失敗を犯しやすい人間だ。それでもいいのか?」
「ああもう、じれったいわね。いいからさっさとやりなさい。命令よ」
(『命令』、か──)
ラウンダバウトはどこか諦めたように首を振り、目の前の少女に向けて『能力』を行使する。
バイオリズムの波から絶対不可避の『隙』を感知し、そこに『油断』の暗示を打ち込む、回りくどくも確固たる『迂回』の『能力』を。
ふと、つい先だっては十和子にこの『能力』が通用しなかったことを思い出し、あれはなんだったのだろうと微かに考える。
十和子の身体から徐々に力が抜けていった。今度はおおむね正常に『能力』が作用しているらしい。
倒れたりしないよう、ラウンダバウトは彼女の二の腕をとって支えてやる。
ラウンダバウトから発散される高周波に身を震わせる十和子が口を開いた。
「ねえ──」
「なんだい。仕込みには瞬時に、という訳にはいかない。もう少し待ってくれ」
「違うわよ……あんた、『統和機構』ってところにいたんでしょう? どうしてそこ、辞めちゃったの?」
「正確には辞めてはいないんだがね……任務に失敗したのさ」
「どんな失敗?」
そこまで聞くか? と思わないでもなかったが、彼女に対してはなぜか反抗する気持ちが無くなっていた。
なので、問われるままに答える。
「僕はある組織を監視する命令を受けていた。だが、僕はそこを勝手に壊滅させてしまったんだ」
「どうして?」
十和子の瞳孔からは活発な反応が失せていた。
だがそれでもラウンダバウトの決定的な洗脳下には入っていない。
やはり彼女は自分の『能力』の影響を受けにくい体質なのか──とラウンダバウトは改めて驚嘆する。
「その組織は大規模な人身売買を行う犯罪組織だった。
そして僕は……幼い少女が『商品』として扱われているのを目の当たりにして、自分を見失ってしまった。
個人的な感情に流されて、任務を放棄してしまったんだ」
「──ふふん」
腕の中で、十和子が笑った。
「馬鹿ね、あんた」
「そうさ、君の言うとおりだ。だから僕は『迂回』の名を以って我が身を戒めているんだ」
「──違うわよ、馬鹿」
「……なんだと?」
ラウンダバウトが眉をひそめるのへ、
「そんなことを『失敗』だと思うからあんたは馬鹿だってのよ。あんたは間違っちゃいない。このあたしが保証してあげる。
それが『失敗』だってんなら……間違ってるのはこの世界よ」
「僕が……なんだって?」
任務に絶対服従することが大前提である合成人間に向かって、そんなことをきっぱり言い切る人間なんて──。
「……ま、いいわ」
完全とは言い難いが、ラウンダバウトの『能力』は十和子に十分に浸透していた。
それを見澄ましたように、十和子がゆっくりと身を起こす。
「あんたが自分の『正しさ』を信じられないんだったら、代わりにあたしを信じなさい」
やはりそれは、断固していて反論を許さない命令口調だった。
「そしたら──あたしがあんたの『正しさ』を証明してあげるから」
「う、うう……」
南方航は力なくうめきながら、教室の壁に背中を押し付けていた。
彼の足元には、なぜか蛙やら烏やら蜥蜴やらの死骸がいくつも転がっている。
それはぴくりとも動かないから「死んでいる」と判別できるようなもので、見た目には生きているとき──それ以上の瑞々しさを保つ、奇妙な死骸だった。
“ここまでやっても『スタンド』を発現させないのか……或いは俺たちの仲間として引き込めるかもと思ったが……”
航を追い詰めいてる正体不明の『なにか』──『ダーク・フューネラル』は残念そうなんだかそうでないのか分からないような声でつぶやき、
“仕方ない……『ダーク・フューネラル』の糧として……そして我が下僕たる『墓守』となるために……”
腕の先につく異様なまでに鋭い爪が、航の首を掻き切る直線軌道に乗り、
“死ね……!”
瞬間、ガラスを割る音と共に、なにかが窓から飛び込んできた。
その『なにか』は床をごろごろと転がりながらも、その勢いを利用して流れるように立ち上がった。
「と、遠野先輩!」
「はーい、まだ生きてるみたいね」
たった一人で追い込まれていた圧迫感から開放されたことで思わず歓声を上げた航だったが、すぐにその『異常』に気付く。
今や日は完全に落ち、闇が校舎内を支配しつつある最中に威風を払って立つ彼女は──
「な、なんで目隠しを!?」
──襟に巻かれたタイを解き、あろうことかそれを顔面に巻きつけていた。
航の首に触れていた『ダーク・フューネラル』の指先がすうっと引かれる。そして、『ダーク・フューネラル』はゆっくりと、だが確実に遠野へと接近していた。
“なんのつもりか知らないが……『見えない』お前に用はない……我が『墓守』となれ……”
航以外には決して聞こえないであろう台詞を吐き、『ダーク・フューネラル』はその魔性の指先を遠野へと叩き込んだ。
だが──。
“なんだと……!?”
遠野は思い切り膝を折り曲げ、その踏み込みを利用して『ダーク・フューネラル』の脇を駆け抜け、その背後に回った。
「み、見えてるんすか……!?」
恐る恐る発した航の質問に、赤い布切れで目を塞ぐ彼女はいとも簡単そうに言葉を返した。
「もちろん──見えてねーわよ」
だがそう言いつつも、彼女の姿勢は『ダーク・フューネラル』に対して正面を向いている。
「昔の人は言いました。──『考えるな、感じろ』、ってね」
南方航は力なくうめきながら、教室の壁に背中を押し付けていた。
彼の足元には、なぜか蛙やら烏やら蜥蜴やらの死骸がいくつも転がっている。
それはぴくりとも動かないから「死んでいる」と判別できるようなもので、見た目には生きているとき──それ以上の瑞々しさを保つ、奇妙な死骸だった。
“ここまでやっても『スタンド』を発現させないのか……或いは俺たちの仲間として引き込めるかもと思ったが……”
航を追い詰めいてる正体不明の『なにか』──『ダーク・フューネラル』は残念そうなんだかそうでないのか分からないような声でつぶやき、
“仕方ない……『ダーク・フューネラル』の糧として……そして我が下僕たる『墓守』となるために……”
腕の先につく異様なまでに鋭い爪が、航の首を掻き切る直線軌道に乗り、
“死ね……!”
瞬間、ガラスを割る音と共に、なにかが窓から飛び込んできた。
その『なにか』は床をごろごろと転がりながらも、その勢いを利用して流れるように立ち上がった。
「と、遠野先輩!」
「はーい、まだ生きてるみたいね」
たった一人で追い込まれていた圧迫感から開放されたことで思わず歓声を上げた航だったが、すぐにその『異常』に気付く。
今や日は完全に落ち、闇が校舎内を支配しつつある最中に威風を払って立つ彼女は──
「な、なんで目隠しを!?」
──襟に巻かれたタイを解き、あろうことかそれを顔面に巻きつけていた。
航の首に触れていた『ダーク・フューネラル』の指先がすうっと引かれる。そして、『ダーク・フューネラル』はゆっくりと、だが確実に遠野へと接近していた。
“なんのつもりか知らないが……『見えない』お前に用はない……我が『墓守』となれ……”
航以外には決して聞こえないであろう台詞を吐き、『ダーク・フューネラル』はその魔性の指先を遠野へと叩き込んだ。
だが──。
“なんだと……!?”
遠野は思い切り膝を折り曲げ、その踏み込みを利用して『ダーク・フューネラル』の脇を駆け抜け、その背後に回った。
「み、見えてるんすか……!?」
恐る恐る発した航の質問に、赤い布切れで目を塞ぐ彼女はいとも簡単そうに言葉を返した。
「もちろん──見えてねーわよ」
だがそう言いつつも、彼女の姿勢は『ダーク・フューネラル』に対して正面を向いている。
「昔の人は言いました。──『考えるな、感じろ』、ってね」