SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ シュガーハート&ヴァニラソウル 50-2


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『迂回と焼菓 ④』


「しっかし、夕暮れの校舎ってばなんか気味が悪いわね」
「そうかい。僕はそう思わないね。静かでいいじゃないか」

 ──ラウンダバウト、あなたは小狼に『油断』の暗示を掛けた。ただそれだけなら、なんということもなかったでしょう。
自分の能力のことは自分がよく知っているのだから、匙加減を間違えることなど有り得なかった──

「……そういやあんた、なんで男装なんかしてんの?」
「どうして君にそんなことを教えなければならないんだ?」
「か、可愛くないわね、あんた」
「お褒めに与り光栄だよ」
「うっわー、マジで可愛くないわ。そんなんじゃ彼氏できないわよ。ねえ南方くん、あんたはどう思う?」

 ──ただ、あなたは或る一つの可能性について見落としがあった。それは、『別の誰かが小狼を攻撃する』ということよ。
それも、ほんの僅かな……あなたが小狼から情報を聞き出し易くする程度の、そんなささやかな『油断』すら命取りになるような、
容赦のない攻撃が加えられる危険性を、果たしてあなたは予測していたかしら──

「どうって……なにがすか」
「だーかーらー、この奈良崎克巳ちゃんを彼女にしたい?」
「はあ」
「はあ、じゃないわよ。年上で男装趣味で生意気で時代掛かったしゃべりかたであまつさえ貧乳の女は好きかと聞いてんだよ」
「やめたまえ、彼は困ってるじゃないか」

 ──小狼は、『羽』の探索中に何者かの襲撃を受けたわ。見ての通り、外傷はまるでない。
それがどういうことか、あなたには分かるわね? なにかの特異な攻撃方法によって彼は襲われたということよ。
そして、あなたと謎の敵の攻撃の、その両方を一身に受けた小狼の肉体は、その身を守るために、
本人の意思とは無関係のところで最後の手段に出た──

「遠野先輩はあの『次元の魔女』っていうのと知り合いなんすか?」
「まっさか。あんな変な人、知人に持った覚えはねーわよ。つーか、あの場にいた全員と初対面よ。
ついでに言うとね、奈良崎。あたし、あんたの名前を当ててみせたけど、あれはね──」

 ──それは、動物の究極的な防御行動……『擬死』よ。
五十嵐さんは今の小狼を『まるで冬眠しているみたい』と表現したわ。ある意味ではそれも間違っていない。
彼は本能的に仮死状態になることによって、『攻撃』を凌いでいるの──

「分かってるさ。サクラさんが言ったことをさも自分が言い当てたようにしたんだろう?」
「あら、気がついてた?」
「それは、ね。いくらなんでも僕のコードネームを知りえる人間が何人もいるとは考えにくい。
とすれば、そのルーツがはっきりしている──『夢見』、と言っていたね──サクラさんが『流出元』と考える方が自然だ。
君の『カスタード・パイ』とやらがどの程度の『能力』かは知らないが、そうした個人情報まで把握できるものではないんだろう?」
「あの。……『能力』ってなんの話すか」
「奈良崎ちゃんによれば、このあたしは『進化しすぎた人間』らしいわよ、って、それだけのくだらねー話よ」

 ──敵の『攻撃』の秘密も、或いはそこにあるのかも知れないわ。
こういう極端な行動に出なければ耐えることのできない、おそらくは『死』に直結する『能力』──

「……南方くん。君はどうして僕たちと一緒に? あの壱原女史の言ったことを聞いていただろう?
『敵』は非常に危険な存在だ。僕程度の戦闘能力では君の身の安全は保障できないよ」
「いや……だって、あいつとは友達だから」
「その志は立派だと思うが──」
「いーんじゃないの、奈良崎。本人がやりたいって言ってるんだから」

 ──ラウンダバウト……いえ、奈良崎克巳さん、そして遠野十和子さん。それでも決意は変わらない?
自分の存在を脅かされかねない重要な情報を他人に漏らし、その上自らの命そのものを賭けて、それでも小狼を助けるというのかしら──

「そういう君こそ、なぜ小狼くんを助けようとするんだ? 初対面なんだろう?」
「あら、正しいことをするのに理由がいるの? 困ってる人がいるなら助けるのって、当たり前のことじゃない」

 ──そう、決意は揺るがないのね。ならば行きなさい。『敵』を倒し、その『能力』を解除させれば小狼は目を覚ますでしょう──

「ところで……遠野先輩、奈良崎先輩。あんたらさっきからなにやってるんですか?
小狼を『半殺し』にしたあいつを探すんでしょう? ダベりながら校内ぶらぶらしてる暇なんかないっすよ」
「あらら、心外だわね。ちゃんと探してるわよ。ねえ、奈良崎」
「もちろんさ。小狼くんの意識を回復させるには、『そいつ』を排除するしかないようだからね」
「俺には、あんたらがあいつを探してるようには見えないんすけど」
「ん、まー、そいつ本人を探してるって言うとちょっと語弊があるかもね。──あ、奈良崎、あの美術室はどう?」
「……いや、駄目だね。西日が差し込んで具合が悪い」
「は? ならなにを探してるんすか?」
「場所ですよ、南方くん。本人の方を探す必要なんかまるでないんだよ。なぜなら……奴はすぐ近くで僕たちを観察している」
「──え!?」
「やだね、気付かなかった? さっきからずっと見られたのよ。だから、問題は『そいつ』を探すことじゃなくて、『どこで』おっぱじめるか、ってコトなのよ。
で、どーする、奈良崎? アンタに任せるわ。あたし、アンタと違ってお淑やかだからさ、そーゆーの分かんないんだわ」
「良く言うよ。──まあ、逃げ場を封じる意味では『上』を目指したほうが都合が良いかも知れないな」


 ──そして、南方航は目の前のドアを開けた。
 彼の視界を埋めたのは、真紅に染まった空と、地に溶けるように沈みつつある太陽と、赤く照らされた校庭だった。
「屋上、ね……まあ『待ち』のステージとしちゃあまあまあなんじゃない?」
 と、彼の背後から首を突き出したのは高等部の制服に身を包んだ年上の女性だった。
 遠野十和子と名乗るその先輩は、どうやら普通の人間ではないらしく、その言動からも『普通じゃなさ』が滲み出ているような感じがする。
「トラップが仕掛けにくいのは残念だが、どの道相手も警戒しているだろう。次善としては申し分ない」
 そう言ったのは、同じく高等部の、ただし男子の制服を着た先輩だった。
 ただし、驚くことにこの先輩は実は女性であるらしい。
 それどころか彼(彼女?)には「奈良崎克巳」という名前の他に「ラウンダバウト」という名前があるようだった。
 それだけでも充分に意味不明な話なのに、さっきから彼の頭越しに交わされる会話は「合成人間」だの「統和機構」だの、
彼の理解力を振り切るような単語ばかりが羅列していた。
(いったいなんなんだ、この人たち……)
 だが──それは今に始まったことではなかった。
 彼のクラスに転入してきた李小狼と木之元桜と出会ってから、彼の世界は微妙な『歪み』を見せ始めていたのだ。
 小狼とサクラは『羽』と呼ぶなんだかよく分からないものを探していた。
 そして、それはどうやら『とんでもないもの』らしくて──。
 そこのところを航が聞いてみても、小狼は言葉を濁すだけで突っ込んだことを教えてはくれなかった。
 極めつけが、今回の件だ。
 いきなり倒れた小狼を保健室まで連れて行ったら、なにを思ったかサクラは彼女の愛用のぬいぐるみに切羽詰った表情で話しかけたのだ。
 小狼が倒れたショックで精神のバランスが崩れたのか? と思ったのも束の間で、
そのぬいぐるみが口を利いたかと思ったら、そいつが保健室の壁に謎の映像を映し出したのだった。
 そこから先は驚きの連続だった。
 『次元の魔女』、『敵』、『対価』、『ラウンダバウト』──。
 呆然としてなにもできなかった航の目の前で、遠野という先輩は恐ろしいほどの冷静さで小狼を救うための手続きをこなしていった。
 そして今に至るわけだが、航は、今進行している状況の半分も理解していないのではないかと自分でも思う。
 どうして、遠野と奈良崎という二人の先輩はまるで『迷い』がないように振舞っていられるのか。
 誰かに教えて欲しかった。
 この世界の全てを。今まで自分に見えていなかった、その裏側を。
 今ここで、いったいなにが起こっているのか。自分はなにをするべきで、なにをしないべきなのか。
(──ええい!)
 航はそうした心のもやもやを振り払うように首を振る。
 自分の思惑とは関係なしに世界は動いている。なら、その中でできることをするしかない。
(そうだ、俺は小狼を……)
 その瞬間、航の視界を奇妙な『影』が横切った。
 咄嗟にそれを目で追う。
「──いた! 貯水タンクの陰だ!」
 小さく叫ぶと、二人の先輩が即座に反応した。
「ふふん、やっとこお出ましってワケね」
「南方くん、君は僕の背後に」
 息の詰まりそうな沈黙を孕んで、そこに潜む『敵』と対峙する──
「……なあ、南方くん」
 彼を背後に庇ったまま、そして緊張の糸を切らさずに、奈良崎が航に問う。
「僕からでは位置が悪くて良く見えないらしい──いや、気配は感じているんだ。だが、『そいつ』の姿は──どこだ?」
 「え?」と不審に思った航は、奈良崎のほうに向けた視線を前方に戻す。
 まさか、見失ったのか、という心配は杞憂に終わった。
 『そいつ』の姿はこれ以上なくはっきりと見えていた。
 いや、今や貯水タンクの陰から出てきて、明らかにこっちへと向かっていた。
 こうなってはどこもくそもないだろう、と思い、身を強張らせる航だったが──。
「姿を見失ったのかい? くそ、意外と素早いやつだな──」
 と、てんで見当はずれの呟きが彼女の口から漏れた。
「な、なにを言ってるんすか!? ほら、あの屋根の上ですよ! まっすぐこっちに向かってきてます!」
 たまらず大きな声を上げるが、
「──どこよ?」
 遠野までもが、不可解そうにそんなことを言った。
 『敵』は、目の前まで迫っていた。