「いいえ、あの人はみんなが思っているような傲慢な人でもなければ、
死と破壊に取り付かれたような怪物でもありません。
ただ、ちょっと怒りっぽくて、世界のあり方と自分の違いに苦しんで、でもそれをなんとかしようとしている。
──そんな、どこにでもいるような男の子です。わたしの、大切なお兄ちゃんです」
横浜──。
日本でも有数の港町であり、世界でも有数の中華街、その街並みを一人の少年が歩いていた。
真夏だというのに長袖のシャツを着込んでいるが、暑そうに感じている様子はない。
かといって涼しそうな顔をしているわけでもなく、ただ暑さも寒さもどうでもいい、そんな風情だった。
「あ、ねえねえ、あの子可愛くない? 外国人?」
「モデルとかじゃない?」
そんな声が少年の耳に聞こえてきた。それが自分を指していることは、周囲から発せられる視線と
気配でなんとなく知れた。
(……くだらねえ。なにをじろじろ見てやがるんだ)
少年はかすかに眉をひそめた。そのせいで、もともと険しかった目つきがいっそう厳しいものになる。
無造作に伸ばされた金髪をかきあげると、青い瞳が苛立たしげに光を放った。
アーリア人種としての特徴を完璧にそなえたその相貌は、確かに人目を引くものではあった。
外国人を珍しがる日本人の性格についても知識の上では把握している。
なにかの明確な悪意がある訳ではないことは理解していた。
だが、それでも、少年の心に湧き上がるささくれた気持ちを抑えることは出来なかった。
唾でも吐いてやろうかと思ったが、それだと自分が今苛立っていることを認めているようで、
少年の気にはいらなかった。その代わりにがさがさとポケットから一枚の紙を取り出し、眺める。
「『卵ヨリ鵺ヘ──飼イ葉ヲ食ム黒イ羊ヲ屠殺セヨ』、か。ふん、何様のつもりだ」
誰にも聞こえぬように毒づき、
「まあいい。あんたらのお望みどおりに仕事をしてやるよ。オレは誰にも負けない」
ぐしゃりと紙を握りつぶす少年の瞳は、ぎらぎらと不穏に輝いていた。
横浜港から少し離れたところにある、倉庫街の一つ、古ぼけて打ち捨てられたその廃倉庫に、彼らは集っていた。
幾つもの木箱が山と積まれた真ん中で、二つの集団が微妙な緊張感を漂わせながら対峙している。
「それで、ブツはこれか?」
そう言ったのは二つの集団の片方側のリーダー格、明らかに日本のヤクザと分かる出で立ちの男だ。
「そうだ、確認してくれ」
それに答えるもう片方の──そいつらは、一目にはどういうやつらなのか計りかねる雰囲気を纏っている。
そいつらの身なりは黒のスーツで統一されているが、その着こなしはマフィアやギャングというには上品すぎた。
ただの武器商人というには染み付いた血の匂いがきつ過ぎる。どこかの諜報機関といわれればそんな気もするが、
やはり違和感はぬぐえない、そんな集団だった。
「しかし、これだけの銃器をどうやって──?」
「あんたたちが知る必要はない。契約の内容に不満が?」
言葉をさえぎる口調に、ヤクザたちは思わず息を呑む。そこにはおよそ人間らしい響きが欠落していた。
まるで人を人と思わない、自分たちをここに居並ぶ箱と同列の物として扱っているような──。
「い、いや、そんなつもりじゃないんだ。……お、おい」
「へい」
あたふたと、ジュラルミンのアタッシュケースが差し出される。
黒服がそれを受け取ろうとしたときだった。
「おいおい、火遊びが過ぎるんじゃねーのか」
そんな場違いな声が倉庫に響き渡った。
その場の全員が身構えるのへ、さらにどこか投げやりな言葉が降ってくる。
「ま、あんたらがどうやって小遣い稼ぎしようがオレには知ったこっちゃねーんだけど、よ──」
「上か!」
黒服の一人が懐から拳銃を抜く。それが示す先、うずたかく積み上げられた木箱の上に、一人の少年が座っていた。
「ただな、ボスの命令なんだ。ウチの物資を横流ししてる馬鹿の息の根を止めて来い、ってな」
その言葉に、黒服たちが真っ先に反応する。
「貴様、まさか──!」
少年は木箱を蹴って宙に踊る。数秒後にはだん、とコンクリートの床に着地した。
端正な顔立ち、無造作に伸ばされた金髪、その奥に光る青い瞳。
「で、ま、こうしてオレみてーなエージェントが派遣されたわけだ。
……ああ、ヤクザのおっさん、あんたらは大人しくしてりゃ殺さない。命令に入っていないんでな」
冗談っぽく言う口の端は、きゅう、と吊上がっていた。
「ふざけるな!」
激昂したヤクザの一人が、少年に向けて発砲する。
だが、少年はそれをするりと避けた。まるで当然のように。歩くような速度で。
「ふん、相手の実力も見極められない馬鹿だってんならしょーがねえ」
少年はひらひらと両手を振り、今や黒服もヤクザたちもいっせいに銃を構え、
「全員、死にな」
その両手が背後に回された次の瞬間には、少年は両手に二丁拳銃を握り横に跳んでいた。
それは、信じられないような光景だった。
幾重もの銃口が向けられているにも関わらず、それらが放つ銃弾は一発たりとも少年に命中しないのだ。
その一方で、少年が吐き出す弾は確実にこちらの人数を減らしてゆく。
最初はヤクザから、そしてそれが全滅してから、黒服へと。
弱いものから戦力を削る──。
冷静に、かつ容赦のないその動きは、明らかに特殊な戦闘訓練を積んでいる者のそれだったが、
それを踏まえても、この圧倒的な人数差を覆す理由にはならない。
こいつは、人間なのか?
少年が発砲してから数分後、累々と重なる死体と、不敵な笑みを貼り付けてこちらを睨む少年とを眺めながら、
もはや最後の一人となった黒服はそんなことを思った。
「お前は……何者なんだ? 本当に人間なのか?」
そう問いながら、黒服は一歩後ろに下がった。
「さーな。オレが教えて欲しいくらいだ」
と、馬鹿にしたような答と共に少年が足を踏み出そうとするのを見て、黒服は内心でほくそ笑む。
そして、二人の間に隔たる六メートルほどの距離を、一歩で詰めた。
「なに──」
少年の口からそんなつぶやきが漏れるのにかまわず、黒服は己の右腕の内部から
特殊鋼のブレードを突き出し、それで少年の胴を斬りつけた。
がき、と鈍い金属音がする。少年が咄嗟にに交差させた拳銃が両断された音だ。
だが、手応えはあった。その障害物すら物ともせず、少年の胸と肋骨を切り裂いた感触が。
どさりと少年がうつぶせに倒れる。それを見下ろしながら、破れたスーツの袖を押さえる。
「悪いな、こっちもただの人間ではない。自分はサイボーグだ。湾岸戦争で右腕と両足を失い、そして新たな手足を得た」
もう聞こえてないだろうがな、と男が心の中で付け加えた。
だが。
「あんた、サイボーグだったのか」
確かに致命傷を負わせたはずの少年が、けろりとした表情で起き上がるではないか。
「しかもその異常な速度……最近、試験的に配備されてる高機動型か?」
血に染まった長袖を脱ぎ捨て、Tシャツ一枚になる。
「くそ、あいつ、そんなこと一言も言ってなかったぞ。情報を出し惜しみしやがって。
オレの戦闘能力でも計るつもりだったのか? ったく、マジで何様のつもりだ」
そして、少年はやっと男のほうを見た。その双眸は、怒りに燃えていた。
歯を剥き出しにして、身体全体から憤怒の感情を放射していた。
「チンケな裏切り者にこいつを使うつもりは無かったが……最新型のサイボーグだってんなら話は別だ」
少年は両腕を真横に伸ばした。引き締まった、よく鍛えられた腕だった。
「な……」
男は、今度こそ驚愕と恐怖に襲われた。
少年の両腕が、異様な音を立て、その形を変えていく。人間の、いや、生物のものとは思えぬ異形の腕へ。
そして、それは鋭角状の……まるで二本の刃のような形へと変貌した。
「貴様……何者だ!?」
再び発せられたその問いに、少年は苛立ちを隠せない、棘のある口調で答えた。
「ああ? 見て分からねーか? あんたと同じだよ。エグリゴリの生み出した怪物さ」
そう言い、少年はその大型のブレードを振るった。
男は無駄だと半ば悟りながら、それでも機械化された俺の腕でそれを防ごうとする。
だが、やはり、少年の刃は男の鋼鉄の腕を難なく断ち、もう片方の刃が男の胴体を真っ二つにしてしまった。
自分で作った血の海にぐちゃりと落ちる。消え行く意識の中、男は最後の力を振り絞って再三の問いをぶつけた。
「貴様は、いったい……」
男の思考が闇に溶けるその直前、少年の声が耳に届いた。
「レッド。オレは……キース・レッドだ」
夕暮れの横浜中華街を歩きながら、少年──レッドは、心の内でぶつぶつ呟いていた。
(ムカつくぜ……どいつもこいつも)
血染めの服は早々に着替えたが、肌に染みた血の匂いはまだこびりついているような感じであった。
問題なく仕事を終えたのだから、こんなにカリカリすることもないだろうと自分に言い聞かせてみるが、効果はない。
手傷を負わせられる不覚を取ったこと、その原因である情報の隠蔽、そしてそれを命令した──。
「キース・ブラック」
その言葉が口から漏れるとき、レッドはいつも叫び出したくなる。
胸に渦巻くあらゆる悪感情のすべてが、そこに起因しているような気がして。
「見てやがれ……オレはもっと強くなって、そして、あんたら全てを、あんたらの信じている全てを覆してやる」
ふと、振り返る。
真っ赤な夕日が街の向こうに沈もうとしていた。それを美しいと思うだけの心の余裕はあった。
キース・レッドの苛立ちは、まだ収まらない。
第一話『赤』 了
死と破壊に取り付かれたような怪物でもありません。
ただ、ちょっと怒りっぽくて、世界のあり方と自分の違いに苦しんで、でもそれをなんとかしようとしている。
──そんな、どこにでもいるような男の子です。わたしの、大切なお兄ちゃんです」
横浜──。
日本でも有数の港町であり、世界でも有数の中華街、その街並みを一人の少年が歩いていた。
真夏だというのに長袖のシャツを着込んでいるが、暑そうに感じている様子はない。
かといって涼しそうな顔をしているわけでもなく、ただ暑さも寒さもどうでもいい、そんな風情だった。
「あ、ねえねえ、あの子可愛くない? 外国人?」
「モデルとかじゃない?」
そんな声が少年の耳に聞こえてきた。それが自分を指していることは、周囲から発せられる視線と
気配でなんとなく知れた。
(……くだらねえ。なにをじろじろ見てやがるんだ)
少年はかすかに眉をひそめた。そのせいで、もともと険しかった目つきがいっそう厳しいものになる。
無造作に伸ばされた金髪をかきあげると、青い瞳が苛立たしげに光を放った。
アーリア人種としての特徴を完璧にそなえたその相貌は、確かに人目を引くものではあった。
外国人を珍しがる日本人の性格についても知識の上では把握している。
なにかの明確な悪意がある訳ではないことは理解していた。
だが、それでも、少年の心に湧き上がるささくれた気持ちを抑えることは出来なかった。
唾でも吐いてやろうかと思ったが、それだと自分が今苛立っていることを認めているようで、
少年の気にはいらなかった。その代わりにがさがさとポケットから一枚の紙を取り出し、眺める。
「『卵ヨリ鵺ヘ──飼イ葉ヲ食ム黒イ羊ヲ屠殺セヨ』、か。ふん、何様のつもりだ」
誰にも聞こえぬように毒づき、
「まあいい。あんたらのお望みどおりに仕事をしてやるよ。オレは誰にも負けない」
ぐしゃりと紙を握りつぶす少年の瞳は、ぎらぎらと不穏に輝いていた。
横浜港から少し離れたところにある、倉庫街の一つ、古ぼけて打ち捨てられたその廃倉庫に、彼らは集っていた。
幾つもの木箱が山と積まれた真ん中で、二つの集団が微妙な緊張感を漂わせながら対峙している。
「それで、ブツはこれか?」
そう言ったのは二つの集団の片方側のリーダー格、明らかに日本のヤクザと分かる出で立ちの男だ。
「そうだ、確認してくれ」
それに答えるもう片方の──そいつらは、一目にはどういうやつらなのか計りかねる雰囲気を纏っている。
そいつらの身なりは黒のスーツで統一されているが、その着こなしはマフィアやギャングというには上品すぎた。
ただの武器商人というには染み付いた血の匂いがきつ過ぎる。どこかの諜報機関といわれればそんな気もするが、
やはり違和感はぬぐえない、そんな集団だった。
「しかし、これだけの銃器をどうやって──?」
「あんたたちが知る必要はない。契約の内容に不満が?」
言葉をさえぎる口調に、ヤクザたちは思わず息を呑む。そこにはおよそ人間らしい響きが欠落していた。
まるで人を人と思わない、自分たちをここに居並ぶ箱と同列の物として扱っているような──。
「い、いや、そんなつもりじゃないんだ。……お、おい」
「へい」
あたふたと、ジュラルミンのアタッシュケースが差し出される。
黒服がそれを受け取ろうとしたときだった。
「おいおい、火遊びが過ぎるんじゃねーのか」
そんな場違いな声が倉庫に響き渡った。
その場の全員が身構えるのへ、さらにどこか投げやりな言葉が降ってくる。
「ま、あんたらがどうやって小遣い稼ぎしようがオレには知ったこっちゃねーんだけど、よ──」
「上か!」
黒服の一人が懐から拳銃を抜く。それが示す先、うずたかく積み上げられた木箱の上に、一人の少年が座っていた。
「ただな、ボスの命令なんだ。ウチの物資を横流ししてる馬鹿の息の根を止めて来い、ってな」
その言葉に、黒服たちが真っ先に反応する。
「貴様、まさか──!」
少年は木箱を蹴って宙に踊る。数秒後にはだん、とコンクリートの床に着地した。
端正な顔立ち、無造作に伸ばされた金髪、その奥に光る青い瞳。
「で、ま、こうしてオレみてーなエージェントが派遣されたわけだ。
……ああ、ヤクザのおっさん、あんたらは大人しくしてりゃ殺さない。命令に入っていないんでな」
冗談っぽく言う口の端は、きゅう、と吊上がっていた。
「ふざけるな!」
激昂したヤクザの一人が、少年に向けて発砲する。
だが、少年はそれをするりと避けた。まるで当然のように。歩くような速度で。
「ふん、相手の実力も見極められない馬鹿だってんならしょーがねえ」
少年はひらひらと両手を振り、今や黒服もヤクザたちもいっせいに銃を構え、
「全員、死にな」
その両手が背後に回された次の瞬間には、少年は両手に二丁拳銃を握り横に跳んでいた。
それは、信じられないような光景だった。
幾重もの銃口が向けられているにも関わらず、それらが放つ銃弾は一発たりとも少年に命中しないのだ。
その一方で、少年が吐き出す弾は確実にこちらの人数を減らしてゆく。
最初はヤクザから、そしてそれが全滅してから、黒服へと。
弱いものから戦力を削る──。
冷静に、かつ容赦のないその動きは、明らかに特殊な戦闘訓練を積んでいる者のそれだったが、
それを踏まえても、この圧倒的な人数差を覆す理由にはならない。
こいつは、人間なのか?
少年が発砲してから数分後、累々と重なる死体と、不敵な笑みを貼り付けてこちらを睨む少年とを眺めながら、
もはや最後の一人となった黒服はそんなことを思った。
「お前は……何者なんだ? 本当に人間なのか?」
そう問いながら、黒服は一歩後ろに下がった。
「さーな。オレが教えて欲しいくらいだ」
と、馬鹿にしたような答と共に少年が足を踏み出そうとするのを見て、黒服は内心でほくそ笑む。
そして、二人の間に隔たる六メートルほどの距離を、一歩で詰めた。
「なに──」
少年の口からそんなつぶやきが漏れるのにかまわず、黒服は己の右腕の内部から
特殊鋼のブレードを突き出し、それで少年の胴を斬りつけた。
がき、と鈍い金属音がする。少年が咄嗟にに交差させた拳銃が両断された音だ。
だが、手応えはあった。その障害物すら物ともせず、少年の胸と肋骨を切り裂いた感触が。
どさりと少年がうつぶせに倒れる。それを見下ろしながら、破れたスーツの袖を押さえる。
「悪いな、こっちもただの人間ではない。自分はサイボーグだ。湾岸戦争で右腕と両足を失い、そして新たな手足を得た」
もう聞こえてないだろうがな、と男が心の中で付け加えた。
だが。
「あんた、サイボーグだったのか」
確かに致命傷を負わせたはずの少年が、けろりとした表情で起き上がるではないか。
「しかもその異常な速度……最近、試験的に配備されてる高機動型か?」
血に染まった長袖を脱ぎ捨て、Tシャツ一枚になる。
「くそ、あいつ、そんなこと一言も言ってなかったぞ。情報を出し惜しみしやがって。
オレの戦闘能力でも計るつもりだったのか? ったく、マジで何様のつもりだ」
そして、少年はやっと男のほうを見た。その双眸は、怒りに燃えていた。
歯を剥き出しにして、身体全体から憤怒の感情を放射していた。
「チンケな裏切り者にこいつを使うつもりは無かったが……最新型のサイボーグだってんなら話は別だ」
少年は両腕を真横に伸ばした。引き締まった、よく鍛えられた腕だった。
「な……」
男は、今度こそ驚愕と恐怖に襲われた。
少年の両腕が、異様な音を立て、その形を変えていく。人間の、いや、生物のものとは思えぬ異形の腕へ。
そして、それは鋭角状の……まるで二本の刃のような形へと変貌した。
「貴様……何者だ!?」
再び発せられたその問いに、少年は苛立ちを隠せない、棘のある口調で答えた。
「ああ? 見て分からねーか? あんたと同じだよ。エグリゴリの生み出した怪物さ」
そう言い、少年はその大型のブレードを振るった。
男は無駄だと半ば悟りながら、それでも機械化された俺の腕でそれを防ごうとする。
だが、やはり、少年の刃は男の鋼鉄の腕を難なく断ち、もう片方の刃が男の胴体を真っ二つにしてしまった。
自分で作った血の海にぐちゃりと落ちる。消え行く意識の中、男は最後の力を振り絞って再三の問いをぶつけた。
「貴様は、いったい……」
男の思考が闇に溶けるその直前、少年の声が耳に届いた。
「レッド。オレは……キース・レッドだ」
夕暮れの横浜中華街を歩きながら、少年──レッドは、心の内でぶつぶつ呟いていた。
(ムカつくぜ……どいつもこいつも)
血染めの服は早々に着替えたが、肌に染みた血の匂いはまだこびりついているような感じであった。
問題なく仕事を終えたのだから、こんなにカリカリすることもないだろうと自分に言い聞かせてみるが、効果はない。
手傷を負わせられる不覚を取ったこと、その原因である情報の隠蔽、そしてそれを命令した──。
「キース・ブラック」
その言葉が口から漏れるとき、レッドはいつも叫び出したくなる。
胸に渦巻くあらゆる悪感情のすべてが、そこに起因しているような気がして。
「見てやがれ……オレはもっと強くなって、そして、あんたら全てを、あんたらの信じている全てを覆してやる」
ふと、振り返る。
真っ赤な夕日が街の向こうに沈もうとしていた。それを美しいと思うだけの心の余裕はあった。
キース・レッドの苛立ちは、まだ収まらない。
第一話『赤』 了