『迂回と焼菓 ②』
「なぜ僕の名前を……それに、僕が……」
ラウンダバウトは無意識的に、着ている学ランの胸の辺りを腕で覆った。
だが、そうしたところで既に手遅れであることは否めなかった。
もはや隠しようもなく、『カスタード・パイ』と名乗った少女は、ラウンダバウトの腕の下の、押し込められた『もの』を見抜いているようだった。
「僕が男ではないと……?」
合成人間ラウンダバウト──彼、いや彼女は、女性型の合成人間だった。
だが通常は男性的な服装を好んでするため、それを看破されることはそうそう無い。というか、ほぼ無いに等しい。
『そのこと』を知っているのは、彼女の主人である『レイン』の他には、
ある合成人間との戦闘中に服を切り裂かれたために乳房を露出してしまった、その戦闘相手くらいである。
女性だと見抜かれたのは、ある意味ではどうでも良いことだった。
だが少女は、その前に自分のコードネームを言い当てているのだった。
出来ないはずのことをし、知りえないはずのことを知る──。
「『MPLS』──」
ラウンダバウトは再びその言葉を口にした。
それは、統和機構内で『進化しすぎた人間』を指す呼称であった。
「は? なによそれ」
だが少女はその単語に不可解なものを聞いたような素振りを見せる。
その態度は嘘ではないように思えた。
「君の『カスタード・パイ』とやら……『魂の匂いを嗅ぐ能力』が本当だとするなら……それは『MPLS』の中でも飛び抜けた能力だ」
「そりゃどーも」
気のなさそうに肩をすくめる少女へ、ラウンダバウトは首を振った。
「これは忠告だ。僕はかつて、世界中に浸透している巨大な『システム』の工作員だった。
それは世界を裏から支配し、あらゆる物事を操作しては社会を自分たちの都合の良いように誘導している」
「はは、フリーメーソンかよ」
茶化すような口調を無視し、ラウンダバウトは続ける。
「その『システム』は、ある種の人物を敵視している。それは君のような、『ありえない』能力を先天的に持った人種だ。
システム──統和機構はそうした人間を『MPLS』と呼び、その探索と抹殺を最優先としている。
統和機構は君たちのような人種を片っ端から殺して回ってるんだ。その無慈悲なシステムは、可能性の分岐たる『MPLS』の存在を認めていない」
そのラウンダバウトの言はやや不正確だった。
実は、統和機構に所属するエージェントの中にも、その抹殺対象たるべき『MPLS』は存在する。
彼女の主人たる『レイン』もその一人だ。レインは『MPLS』でありながら、統和機構の中枢(アクシズ)に近い場所にいる。
それどころか、中枢(アクシズ)の意向を無視する好き勝手な行動をしばしば取っているのだが
(任務失敗をやらかしたラウンダバウトを『生死不明』を装って秘密裏に配下に置いたのもその一例である)、
そうした振る舞いを咎められることもなく、『レイン・オン・ザ・フライディ』こと九連内朱巳は幹部待遇として破格の扱いを受けている。
その他にも、統和機構で最大の戦闘能力を誇り『最強』と綽名される、リィ舞阪こと『フォルテッシモ』、
そして彼と並び称される破壊的能力『モービィ・ディック』を操る『取り消し(リセット)』の雨宮世津子なども、合成人間はなく『MPLS』である。
貴重な研究対象として、また、『使えるうちは便利に使い倒してやろう』という発想の元、統和機構は彼らを管理下に置いている。
どちらかといえばリスクコントロールに近く、一時期はむしろ積極的に『MPLS』を取り込んでいたその統和機構のスタンスは、
ある合成人間の脱走事故『マンティコア・ショック』によって大きく路線変更する。
それ以後は『MPLS』にしろ合成人間にしろ、ちょっとでも危険だと見做されたら問答無用で抹殺対象となることとなった、というのが真相だった。
ラウンダバウトの説明はその辺りの事実関係を省いていた。
言っても仕方のないことであるし、それに言ったところで理解できないだろうと踏んだためであった。
「ふーん……じゃあ、あんたがあたしのことをそのシステムっつーのにチクったら、あたしは殺されちゃうわけ?」
「いや、僕も統和機構に追われている身だ。そんなことはしないよ」
「へえ。なんで追われてんの。なんか失敗でもしたの? 裏切るとかそういう感じじゃないわよね。そんな器用なことが出来るようには見えないもの」
その興味深々な物言いに、ラウンダバウトはわずかに拍子抜けする。
少女は、本当にこの緊迫した状況が見えていないのだろうか。
なにか自分だけが一人相撲を取らされているような脱力感を覚えながらも、ラウンダバウトは気持ちを切り替えてその質問を切り捨てた。
「君には関係ないだろう? それに──そろそろおしゃべりは終わりだよ」
「……なんですって?」
キナ臭いものでも嗅いだように少女の顔がしかめられる。
(だが──もう遅い! 今すぐにでも僕の『能力』を発動させる!)
ラウンダバウトは精神を集中させ、本格的に『それ』を探ろうとした。
『それ』──すなわち、彼女の『能力』の領域であり、誰にも等しく存在するもの──。
(このラウンダバウトが……君の『隙』を支配する!)
ラウンダバウトは無意識的に、着ている学ランの胸の辺りを腕で覆った。
だが、そうしたところで既に手遅れであることは否めなかった。
もはや隠しようもなく、『カスタード・パイ』と名乗った少女は、ラウンダバウトの腕の下の、押し込められた『もの』を見抜いているようだった。
「僕が男ではないと……?」
合成人間ラウンダバウト──彼、いや彼女は、女性型の合成人間だった。
だが通常は男性的な服装を好んでするため、それを看破されることはそうそう無い。というか、ほぼ無いに等しい。
『そのこと』を知っているのは、彼女の主人である『レイン』の他には、
ある合成人間との戦闘中に服を切り裂かれたために乳房を露出してしまった、その戦闘相手くらいである。
女性だと見抜かれたのは、ある意味ではどうでも良いことだった。
だが少女は、その前に自分のコードネームを言い当てているのだった。
出来ないはずのことをし、知りえないはずのことを知る──。
「『MPLS』──」
ラウンダバウトは再びその言葉を口にした。
それは、統和機構内で『進化しすぎた人間』を指す呼称であった。
「は? なによそれ」
だが少女はその単語に不可解なものを聞いたような素振りを見せる。
その態度は嘘ではないように思えた。
「君の『カスタード・パイ』とやら……『魂の匂いを嗅ぐ能力』が本当だとするなら……それは『MPLS』の中でも飛び抜けた能力だ」
「そりゃどーも」
気のなさそうに肩をすくめる少女へ、ラウンダバウトは首を振った。
「これは忠告だ。僕はかつて、世界中に浸透している巨大な『システム』の工作員だった。
それは世界を裏から支配し、あらゆる物事を操作しては社会を自分たちの都合の良いように誘導している」
「はは、フリーメーソンかよ」
茶化すような口調を無視し、ラウンダバウトは続ける。
「その『システム』は、ある種の人物を敵視している。それは君のような、『ありえない』能力を先天的に持った人種だ。
システム──統和機構はそうした人間を『MPLS』と呼び、その探索と抹殺を最優先としている。
統和機構は君たちのような人種を片っ端から殺して回ってるんだ。その無慈悲なシステムは、可能性の分岐たる『MPLS』の存在を認めていない」
そのラウンダバウトの言はやや不正確だった。
実は、統和機構に所属するエージェントの中にも、その抹殺対象たるべき『MPLS』は存在する。
彼女の主人たる『レイン』もその一人だ。レインは『MPLS』でありながら、統和機構の中枢(アクシズ)に近い場所にいる。
それどころか、中枢(アクシズ)の意向を無視する好き勝手な行動をしばしば取っているのだが
(任務失敗をやらかしたラウンダバウトを『生死不明』を装って秘密裏に配下に置いたのもその一例である)、
そうした振る舞いを咎められることもなく、『レイン・オン・ザ・フライディ』こと九連内朱巳は幹部待遇として破格の扱いを受けている。
その他にも、統和機構で最大の戦闘能力を誇り『最強』と綽名される、リィ舞阪こと『フォルテッシモ』、
そして彼と並び称される破壊的能力『モービィ・ディック』を操る『取り消し(リセット)』の雨宮世津子なども、合成人間はなく『MPLS』である。
貴重な研究対象として、また、『使えるうちは便利に使い倒してやろう』という発想の元、統和機構は彼らを管理下に置いている。
どちらかといえばリスクコントロールに近く、一時期はむしろ積極的に『MPLS』を取り込んでいたその統和機構のスタンスは、
ある合成人間の脱走事故『マンティコア・ショック』によって大きく路線変更する。
それ以後は『MPLS』にしろ合成人間にしろ、ちょっとでも危険だと見做されたら問答無用で抹殺対象となることとなった、というのが真相だった。
ラウンダバウトの説明はその辺りの事実関係を省いていた。
言っても仕方のないことであるし、それに言ったところで理解できないだろうと踏んだためであった。
「ふーん……じゃあ、あんたがあたしのことをそのシステムっつーのにチクったら、あたしは殺されちゃうわけ?」
「いや、僕も統和機構に追われている身だ。そんなことはしないよ」
「へえ。なんで追われてんの。なんか失敗でもしたの? 裏切るとかそういう感じじゃないわよね。そんな器用なことが出来るようには見えないもの」
その興味深々な物言いに、ラウンダバウトはわずかに拍子抜けする。
少女は、本当にこの緊迫した状況が見えていないのだろうか。
なにか自分だけが一人相撲を取らされているような脱力感を覚えながらも、ラウンダバウトは気持ちを切り替えてその質問を切り捨てた。
「君には関係ないだろう? それに──そろそろおしゃべりは終わりだよ」
「……なんですって?」
キナ臭いものでも嗅いだように少女の顔がしかめられる。
(だが──もう遅い! 今すぐにでも僕の『能力』を発動させる!)
ラウンダバウトは精神を集中させ、本格的に『それ』を探ろうとした。
『それ』──すなわち、彼女の『能力』の領域であり、誰にも等しく存在するもの──。
(このラウンダバウトが……君の『隙』を支配する!)
人間の精神活動、ひいては生命活動というものは『鼓動(ビート)』で成り立っている、というのがラウンダバウトの持論である。
もっと顕著な例が脈拍であり、呼吸である。
一見、それらは間断なく流れるように行われているようだが、心筋が収縮から弛緩に転じる刹那は確実に存在するし、
それは呼吸を支配する横隔膜の細動にも言えることだった。
人間の精神が生命に支配されている以上、思考や感情といったものも『鼓動』という縛りから逃れることは出来ない。
詐欺師などは相手が息を吐ききった瞬間を狙ってマジックワードを言うようにしているらしい。そのときが精神的に無防備な瞬間であると経験上知っているからだ。
また、人は自分が常に思考を行っていると錯覚しがちだが、『なにも考えていない』瞬間はその故になかなか認識されにくいだけであって、
その割合は一日のかなりの時間を占めている。
人は『眠り』という名の気絶状態を日常的に繰り返し、『夢』という名の幻覚を見る。それすらも周期的な鼓動の上に成り立っている。
その鼓動が織り成す複雑な『流れ(メロディー)』の中に、『それ』はある。
どんなに完璧で淀みのない楽曲にも存在する休符記号と同じように、生命が生命である以上は絶対不可避の『隙』。
ラウンダバウトは、自分の身体から放出した生体波動の反射を分析することで、相手の『隙』を感知することが出来た。
そして、ある特定の波長の高周波をその『隙』の瞬間に打ち込み、相手の意識下に催眠暗示を植え付ける──。
それがラウンダバウトの『能力』だった。
その催眠暗示の内容は極めてシンプルなもの──「油断しろ」である。
催眠暗示的な能力を有する合成人間はラウンダバウトの他にも数多くいるが、その能力を受けた者のほとんどが大なり小なり日常生活に異状を来たしている。
それはアプローチの方法が体内から分泌する合成薬物やら生体電撃やらと、かなり乱暴な手段であることも一因ではあるが、
それ以上に、催眠暗示そのものの内容が「情報を集めて来い」「自分に従え」などといった、『強引さ』の付きまとうものであるからだ──とラウンダバウトは考えている。
その本人の意思を無視した暗示との葛藤が対象者の内面で生じるために、
対象者の性格が一変したり、命令を実行できなかったり、ふとしたことで暗示が解けてしまうのだ、と。
だが、ラウンダバウトの打ち込む暗示は『強引さ』を排除しているため、そうした不都合が起きにくくなっている。
相手の認識に油断を生じさせて自分を『見えにくく』したり、相手の警戒心を油断させることで大抵の質問にも答えられるようにする。
絶対的な支配とは程遠く、場合によってはこちらから上手く誘導してやらなければ役に立たない、なんとも迂遠で手間の掛かる『能力』だが、
強引に干渉することで取り返しのつかない失敗を招くよりかは余程マシであるとラウンダバウトは思っている。
もっと顕著な例が脈拍であり、呼吸である。
一見、それらは間断なく流れるように行われているようだが、心筋が収縮から弛緩に転じる刹那は確実に存在するし、
それは呼吸を支配する横隔膜の細動にも言えることだった。
人間の精神が生命に支配されている以上、思考や感情といったものも『鼓動』という縛りから逃れることは出来ない。
詐欺師などは相手が息を吐ききった瞬間を狙ってマジックワードを言うようにしているらしい。そのときが精神的に無防備な瞬間であると経験上知っているからだ。
また、人は自分が常に思考を行っていると錯覚しがちだが、『なにも考えていない』瞬間はその故になかなか認識されにくいだけであって、
その割合は一日のかなりの時間を占めている。
人は『眠り』という名の気絶状態を日常的に繰り返し、『夢』という名の幻覚を見る。それすらも周期的な鼓動の上に成り立っている。
その鼓動が織り成す複雑な『流れ(メロディー)』の中に、『それ』はある。
どんなに完璧で淀みのない楽曲にも存在する休符記号と同じように、生命が生命である以上は絶対不可避の『隙』。
ラウンダバウトは、自分の身体から放出した生体波動の反射を分析することで、相手の『隙』を感知することが出来た。
そして、ある特定の波長の高周波をその『隙』の瞬間に打ち込み、相手の意識下に催眠暗示を植え付ける──。
それがラウンダバウトの『能力』だった。
その催眠暗示の内容は極めてシンプルなもの──「油断しろ」である。
催眠暗示的な能力を有する合成人間はラウンダバウトの他にも数多くいるが、その能力を受けた者のほとんどが大なり小なり日常生活に異状を来たしている。
それはアプローチの方法が体内から分泌する合成薬物やら生体電撃やらと、かなり乱暴な手段であることも一因ではあるが、
それ以上に、催眠暗示そのものの内容が「情報を集めて来い」「自分に従え」などといった、『強引さ』の付きまとうものであるからだ──とラウンダバウトは考えている。
その本人の意思を無視した暗示との葛藤が対象者の内面で生じるために、
対象者の性格が一変したり、命令を実行できなかったり、ふとしたことで暗示が解けてしまうのだ、と。
だが、ラウンダバウトの打ち込む暗示は『強引さ』を排除しているため、そうした不都合が起きにくくなっている。
相手の認識に油断を生じさせて自分を『見えにくく』したり、相手の警戒心を油断させることで大抵の質問にも答えられるようにする。
絶対的な支配とは程遠く、場合によってはこちらから上手く誘導してやらなければ役に立たない、なんとも迂遠で手間の掛かる『能力』だが、
強引に干渉することで取り返しのつかない失敗を招くよりかは余程マシであるとラウンダバウトは思っている。
少女の長い髪の毛先がびりびり震えていた。
それは、ラウンダバウトの発する催眠暗示を内包した高周波が少女へと注がれていることを意味している。
ラウンダバウトには少女の精神状態が手に取るように感覚されていた。
少女は隙だらけで──油断している。間違いなく、ラウンダバウトの『能力』の影響下にあった。
「さあ、まずは君の名前を教えてくれるかな?」
ラウンダバウトの問いに、少女は素直に答える。
「──遠野、十和子」
ラウンダバウトは微かな満足感に浸りながら、次の問いを投げかけた。
「では、遠野さん。君の目的はなんだ? なぜ李小狼くんと木之本桜さんに関わろうとしているんだ?」
「──りゃ──っての」
「? なんだって?」
「そりゃ、こっちのセリフだっての、奈良崎ちゃん」
そう言って、少女──遠野十和子は笑った。
その笑みは、『隙』とも『油断』ともかけ離れた、ある種の悪意に満ちているような、そういう笑顔だった。
「馬鹿な!」
反射的にラウンダバウトは叫んでいた。
「なぜ僕の暗示が効かない!? 君は合成人間なのか!?」
咄嗟に思い浮かんだ可能性がそれだった。
かつて、ラウンダバウトは自分とよく似た能力を持った合成人間と戦闘を行なった経験がある。
あまりにも近い能力のため、互いの能力が干渉し合ってジャミングにも似た現象を引き起こし、自分の能力がほとんど通用しなかったのだ。
そのときの経験則が思い起こされ、遠野十和子もまた合成人間ではないか、という推測が出てきたのだが、
「あっらー? おしゃべりはもうお仕舞いなんじゃなかったっけ?」
意地の悪さを前面に押し出しながら、それでも眩しさを感じさせるような爽やかな笑顔で、遠野十和子はラウンダバウトを茶化してきた。
「ぐっ……」
言葉に詰まるラウンダバウトの鼻先で、遠野十和子はち、ち、と指を振ってみせる。
「『MPLS』に合成人間……それから統和機構? いやいや、あんたってばイージーなやつなのねえ。
そんなことペラペラしゃべっちゃっていいワケ? 実に世話のないやつだわ、あんた」
その言葉を半分以上聞き流しながら、ラウンダバウトは必死になって考えていた。
(確かに僕は、彼女の『隙』を感知したし……『油断』の暗示も叩き込んだ……なら、これはいったいどういうことだ?)
「最初はワケ分かんなかったけど、だいたい掴んできたわ……あんたの『能力』ってやつ、それは──催眠──いや、もっと別の……」
そこでちょっと考え込むように人差し指を顎に当て、
「『相手に無理やり隙を作らせる』……とか、そんなんね。どう? 合ってる?」
ラウンダバウトは懸命にポーカーフェイスを作ろうとするが、それは彼女の不得意分野であったし、
それに、遠野十和子の『カスタード・パイ』という能力が本当なら、まるで意味を成さないであろう。
得体の知れない『なにか』が、目に見えない力となってラウンダバウトを支配していた。
それは彼女が遠野十和子に施そうとしていたこととまるで真逆で──己の『能力』を捻じ曲げて自分に叩き返してくるように、
そして今まさに自分を食らおうとしているような、見た目だけはどこにでもいそうなその少女が、不可解で、恐ろしかった。
「う、うう……」
「ふふん、ダメよ、そんなんじゃ。『はい、その通りです』って白状してるのと同じよ」
遠野十和子はその白い指先でラウンダバウトの頬をつつ、となぞり、それはゆっくりと首筋を這って胸元へ至り──そして胸倉をつかまれた。
「あんたの言うとーりよ。おしゃべりはお仕舞いなの。ちょっとツラ貸してくれる?」
そのままどん、と壁際に押し付けられ、そこでラウンダバウトは遠野十和子の顔からいつの間にか笑みが消えていることを知った。
「あんたの『能力』のお陰でね……その小狼くんが死にかけてんのよ」
「──なに」
目の前の少女への恐怖感も、己の能力への不信感も遠いどこかへ忘れ去り、ラウンダバウトは目を見開いた。
「どういうことだ!?」
それは、ラウンダバウトの発する催眠暗示を内包した高周波が少女へと注がれていることを意味している。
ラウンダバウトには少女の精神状態が手に取るように感覚されていた。
少女は隙だらけで──油断している。間違いなく、ラウンダバウトの『能力』の影響下にあった。
「さあ、まずは君の名前を教えてくれるかな?」
ラウンダバウトの問いに、少女は素直に答える。
「──遠野、十和子」
ラウンダバウトは微かな満足感に浸りながら、次の問いを投げかけた。
「では、遠野さん。君の目的はなんだ? なぜ李小狼くんと木之本桜さんに関わろうとしているんだ?」
「──りゃ──っての」
「? なんだって?」
「そりゃ、こっちのセリフだっての、奈良崎ちゃん」
そう言って、少女──遠野十和子は笑った。
その笑みは、『隙』とも『油断』ともかけ離れた、ある種の悪意に満ちているような、そういう笑顔だった。
「馬鹿な!」
反射的にラウンダバウトは叫んでいた。
「なぜ僕の暗示が効かない!? 君は合成人間なのか!?」
咄嗟に思い浮かんだ可能性がそれだった。
かつて、ラウンダバウトは自分とよく似た能力を持った合成人間と戦闘を行なった経験がある。
あまりにも近い能力のため、互いの能力が干渉し合ってジャミングにも似た現象を引き起こし、自分の能力がほとんど通用しなかったのだ。
そのときの経験則が思い起こされ、遠野十和子もまた合成人間ではないか、という推測が出てきたのだが、
「あっらー? おしゃべりはもうお仕舞いなんじゃなかったっけ?」
意地の悪さを前面に押し出しながら、それでも眩しさを感じさせるような爽やかな笑顔で、遠野十和子はラウンダバウトを茶化してきた。
「ぐっ……」
言葉に詰まるラウンダバウトの鼻先で、遠野十和子はち、ち、と指を振ってみせる。
「『MPLS』に合成人間……それから統和機構? いやいや、あんたってばイージーなやつなのねえ。
そんなことペラペラしゃべっちゃっていいワケ? 実に世話のないやつだわ、あんた」
その言葉を半分以上聞き流しながら、ラウンダバウトは必死になって考えていた。
(確かに僕は、彼女の『隙』を感知したし……『油断』の暗示も叩き込んだ……なら、これはいったいどういうことだ?)
「最初はワケ分かんなかったけど、だいたい掴んできたわ……あんたの『能力』ってやつ、それは──催眠──いや、もっと別の……」
そこでちょっと考え込むように人差し指を顎に当て、
「『相手に無理やり隙を作らせる』……とか、そんなんね。どう? 合ってる?」
ラウンダバウトは懸命にポーカーフェイスを作ろうとするが、それは彼女の不得意分野であったし、
それに、遠野十和子の『カスタード・パイ』という能力が本当なら、まるで意味を成さないであろう。
得体の知れない『なにか』が、目に見えない力となってラウンダバウトを支配していた。
それは彼女が遠野十和子に施そうとしていたこととまるで真逆で──己の『能力』を捻じ曲げて自分に叩き返してくるように、
そして今まさに自分を食らおうとしているような、見た目だけはどこにでもいそうなその少女が、不可解で、恐ろしかった。
「う、うう……」
「ふふん、ダメよ、そんなんじゃ。『はい、その通りです』って白状してるのと同じよ」
遠野十和子はその白い指先でラウンダバウトの頬をつつ、となぞり、それはゆっくりと首筋を這って胸元へ至り──そして胸倉をつかまれた。
「あんたの言うとーりよ。おしゃべりはお仕舞いなの。ちょっとツラ貸してくれる?」
そのままどん、と壁際に押し付けられ、そこでラウンダバウトは遠野十和子の顔からいつの間にか笑みが消えていることを知った。
「あんたの『能力』のお陰でね……その小狼くんが死にかけてんのよ」
「──なに」
目の前の少女への恐怖感も、己の能力への不信感も遠いどこかへ忘れ去り、ラウンダバウトは目を見開いた。
「どういうことだ!?」