SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ Der Freischuts~狩人達の宴~49-1


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 ――見える。
 悪魔が見える。魔弾を打ち破り、私に向かってきている。
 あの身体から立ち上るのものはなんだ。
 そうか。あれが死か。あれが私を奈落へ突き落とす存在なのか。
 ああ。
 おかしいな。
 速く、速く弾丸を取り出して。
 つめて。 
 狙いをつけて。
 撃たなきゃいけないのに。
 どうして。
 わたしのからだは。
 ちっともうごかないのかな。

 いや。
 うごいてはいる。
 歯の、
 腕の、
 足の、
 全身の、
 動きが、
 震えが、とまらない。

「あ、ああ。ああぁぁぁぁぁぁ……!」

 魔弾が破れたことは、彼女に多大な心的ダメージを負わせていた。魔弾は彼女の力
そのものだった。彼女の闘争者としての支えだった。その支えを、完全に粉砕された
のだ。魔弾――仲間のヴェアヴォルフ達でさえ無力化するのが至難の魔技。それを油
断していた一度目はまだしも、必殺で望んだ二度目まで破られてしまった。



 真っ向から打ち破られた。それは、彼女にとって敗北を意味した。単純な敗北では
ない。彼女の存在を揺るがす、決定的な敗北だ。死に抵抗する手段を剥ぎ取られた
彼女は、ただ怯え泣くだけの少女に戻ってしまった。

 そこに、彼女にとって最悪な状況下の中に、男は降り立った。シグバール。
 右腕を失い、反対の腕もぼろくずのようになった男は、まさに満身創痍だった。
常の彼女ならば、嬉々としてシグバールに魔弾を撃ち込んだろう。しかし、もう魔弾の
射手はこの場に一人しかいない。その称号は今の彼女に相応しくない。

 魔弾という危険に晒されながら空中を行くデスマーチを終えたシグバール、
その後の行動は素早かった。闇の中に蠢くシルエットを確認すると同時に、左手の
ガンアローの照準を標的に合わせ、撃つ。一瞬で合計六発の、神域の早業である。
それはリップヴァーンの四肢をことごとく破損させ、彼女の戦いの道具――長大な
マスケット銃を破壊した。

「あぎっ!」
 衝撃に吹き飛んだリップヴァーンは、背後の壁に激突し、ずるずると力なく崩れ落ちた。
そのまま、立ち上がり反撃してくる気配はなく、骨の髄にまで響く痛みに煩悶するのみ。

 が、彼女は吸血鬼だ。手足を損傷したぐらいでは止まらない。傷は一瞬で再生する。
それだけではない。人をボロ雑巾のように引きちぎる力、銃弾を通さない肉体、
音速に迫るほどの身体能力、そのどれもどれこもが、吸血鬼を地上最強の生物に
押し上げていた。銃を破壊されたとはいえ、十分に戦うことが可能だった。

 ――だが、今の彼女にそれが出来るのだろうか。
「ひ……ぃ……ぃやぁ……」
 耳を凝らさなければわからないほど小さく、漏れるそのあえぎ。彼女を染める
恐怖、畏怖。心を絡めとり、奈落へといざない、虚無へと還そうとする――彼女は
それから逃れようとするが、叶わない。



 マスケット銃は壊れてしまったから。もう魔弾は撃てないから。
 死が、恐怖が嗤い、畏怖がさえずるのを、私は何も出来ずにされるがまま。

 立ち上がろうとする気力すら湧かない。恐怖を克服する前に、四肢を破壊された
のが不味かった。十分な時間さえおけば、それこそ一分さえあれば彼女は戦意を
回復出来たろう。

 しかし、傷口から流れ出る血が零落する命を想起させ、さらに拠り所であった
マスケット銃を失ったことが、彼女から戦いの気概を削ぎ落としていた。その口端
から漏れる言葉にはすでに意味はこもってはなく、ただ恐怖によって歪められる音律
と化している。もはや彼女に勝利はない。何故なら彼女は吸血鬼ではなくなったからだ。
軍人ですらない。部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする類の、無力な人間だ。

「くあッ」

 対するシグバールも、余裕はない。光弾を撃った反動により、左腕に激痛が走り、
ガンアローを落としてしまった。乾いた音を立て紫の魔銃が床に転がる。

 無理もない。魔弾により肉や骨がぐずぐずになった左腕では、少しの動作でも激痛が
伴う。ガンアローを撃てたことは、まさに奇跡だった。だが、もう奇跡は必要ない。
 ――後は生き汚い俺の領分だ。

 シグバールは踵を軽く床に打ち付けた。鋭い音が鳴り、彼の靴から銀光が飛び出る。
その正体は鋭敏なナイフだ。それの使用法はたった一つ。あの吸血鬼が回復しないうちに
懐に飛び込み、心臓を一突きにする。その一点のみに集約する。

 いかに不死身の怪物とはいえ、心臓が破壊されれば、吸血鬼は灰に還る他ない。彼らとの
近接戦闘は死を意味するというが、適切なルールを踏み払うべき代償さえ払えば、たとえ
非力な存在でも不死者に死をもたらせる。シグバールは奥歯を思い切り噛み締めること
で痛みを誤魔化した。最後の一撃のために。


 そして疾走。踏み込み。跳躍、宙に浮く身体。左足を限界まで振り上げ、狙いを
胸の辺りに定める。これで終わりだ。またいつものように、障害を排して、生き残った
だけのこと。シグバールは特に感慨を持たない。感情の激変もない。シグバールは
冷え切っていた。胸に心が入っていないのだ。

 ――だが。そのとき、彼女の顔が、シグバールの視界に入ってしまった。
周囲は暗かった故に、おおよそのシルエットは判別できたものの、その表情の機微までは
わからなかったのだ。

 彼女は――シグバールからすれば驚いたことに――泣いていた。その様は、戦い
など知らない、ただ恐怖に怯える女性にしか映らなかった。
 ああ、と、シグバールは溜め息をついた。

「泣けるお前は、幸せもんだな」
 ぽつりと呟いたその言葉には、泣くという感情を永久に失った男の、狂おしいほどの羨望
が滲んでいた。“心”の底から搾り出した、とても悲しい言葉だった。

 稲妻のように左足が振り下ろされた。


 ――かに見えた。

「ぐあ、がッ!」

 狙い過たず放たれた左足の一撃は、しかし横合いからの銃弾によって、撃墜された。
三度放たれた銃弾のうち一つはナイフを粉々にし、もう一つはシグバールの足首に着弾し、
関節を破壊。最後の一つは翻ったコートに穴を開けるのみ。

 着地さえままならず、シグバールは床に激突する。何が起こったのか。混乱にゆれる意識は
、今の不可解な現象と、激突の衝撃によって、なかなか回復しなかった。


その揺らめく視界の中に、黒い軍服を着た男がいた。
 真紅に灯った瞳で、シグバールを見ていた。


ここで時間は巻き戻る。
 喰屍鬼(グール)がおこした混乱に揺れる摩天楼を、一つの影が人知を超えるスピードで移動
していた。その影は32年型の勤務制服姿――第三帝国の制服といえばだれもが真っ先に思い浮
かべる、あの黒服を着た男だった。死が死を呼ぶ煉獄を抜け、彼はある高層ビルにたどり着いた。

「ここか」
 ぼそりと一言呟くと、彼はビルに接近し、壁の上を垂直に走り出した。重力を無視したその
行動は、吸血鬼にしか為しえない芸当だった。

 彼はリップヴァーン・ウィンクル中尉に同行してきた武装親衛隊だった。
新大陸侵攻作戦の要――吸血鬼/喰屍鬼生産工場の設立、そしてその成果を確かめるために、
彼は一人のヴェアヴォルフとともに派遣されていた。たったの二人。これほどの少数
の人数しか派遣されなかったのは、この国――アメリカにはヴァチカンなどの古く、
強大な対魔組織が存在しないためだ。もし似たような組織が存在したとしても、せいぜい
フリーの吸血鬼ハンターの寄り合いぐらいだろう。そして有象無象の吸血鬼ハンターに
遅れをとるヴェアヴォルフはいない。故にたった二人の吸血鬼で十分だった。

 しかし、その自負こそが、リップヴァーンを生と死の狭間に追いやることとなり、彼を
こうして走らせる理由になっていた。
 自分だけでいいと、彼女は引きとめようとする彼を押し留め、一人で任務へ向かった。
止めることもできたが、彼はアジトでの待機を選んだ。
 そもそも自分の存在がおかしい。この任務は彼女一人だけで十分のはずだ。
それほどに単純な力の差がある。百人の吸血鬼を相手取っても、ヴェアヴォルフは楽々と
殺戮してのけるだろう。それも、たった一人で。生前さえも人間の枠を超えた超能力者だったにも
かかわらず、最後の大隊の吸血鬼化技術は、彼らに吸血鬼の枠さえ飛び越えさせていた。
 彼にとって、ヴェアヴォルフは脅威と驚異の産物だった。


だから彼女が滅ぼされるなど、想像もつかなかった。吸血鬼の超知覚が、彼女の生命の灯火
が小さくなっていくのを捉えるまでは。身体が、自然に動いていた。そしてリップ
ヴァーンの元へと急いだ。彼女を助けるために。

 そして壁を登りきり、屋上にたどり着いたときに彼が見たものは……四肢を砕かれ
地に伏すリップヴァーン中尉の姿だった。

 頭に血は上らなかった。
 冷静に動くことは出来た。
 冷静に、彼女をあんな風にしたあのクソ野郎の喉下に、牙を突きたてよう。
 そう思った。

 禍々しく輝くナイフの一撃をルガーで無効化。そして彼は、無様に床に転がる敵
に向かって、シュア、と呼気を漏らした。そして流れるように床を疾駆。口を大きく開け、
シグバールに迫る。シグバールは対応できなかった。リップヴァーンがそうであるよう
に、シグバールもまた満身創痍だった。
 吸血鬼の牙が、シグバールの喉元に吸い込まれるように突き立てられる。
 その刹那。

 突然、彼とシグバールの間に――身の丈ほどの大剣(クレイモア)が打ち込まれた。


 間一髪、彼は大剣と激突せずにすんだ。吸血鬼の驚異的な反射神経の恩恵だ。突発的なことに
動揺しながらも、彼は後方へステップ、距離をとった。そして深追いせずにリップヴァーンの元
へ走った。戦場で培った切り替えの速さだった。殺せぬのなら本来の目的を果たすのみ。

 リップヴァーンに接近し、その身体をすばやく抱きかかえる。そして、大剣の方へ向き直った。
突然の来襲者を確認するために。

「そいつの仲間か」

 ――その声は感情がことごとく抜け落ちた、うつろなものだった。
 声の主は、大剣の上にたたずみ、両の瞳で二人の吸血鬼を見つめていた。澄んだ蒼い髪
と顔全体に走った十字傷が印象的な男だった。身を包むのはシグバールのものと同じ黒いコート
で、互いが仲間であることは明白だった。音もなく大剣から降り、シグバールの傍に着地。その
間も視線は動かない。絶えず吸血鬼に注がれている。 
「よう……サイクスじゃねえか」
「しゃべるな、シグバール。傷にさわる」

 サイクスと呼ばれた男は無造作にシグバールの腕をつかみ、そのまま起き上がらせた。
「いたた」という非難めいた声を無視し、シグバールに肩を貸した。

 吸血鬼は背から長い棒状のものを取った。人間をたやすく切断できる、鋭く研がれたスコップだ。
腰をかがめ、敵の動向を注視する。すでに吸血鬼の凶暴性はなりを潜めていた。彼はただの吸血鬼
ではない。ただの人間が吸血鬼化したのとはわけが違う。自己を徹底的に管理し、理性によって
心身を律する兵士は、恐怖と獣性をたやすく押さえ込む。故に彼ら吸血鬼化武装親衛隊は、人間が
磨き上げてきた戦いの理知を最大限に引き出し敵を殲滅する、最高峰の暴君――吸血鬼なのである。
だがそれでも、壁というものは存在する。吸血鬼は暴君であっても、覇者ではない。

「やめておけ、死ぬぞ」

 その言葉は彼の臓腑をえぐり、心臓にまで達した。ジワリと汗が滲み、手や足が小さく震え始める。
この感覚は何度か味わったことがある。東部戦線の塹壕の中、そしてあの「大尉」の目を覗いたとき
――いずれも、絶対的な死が具現したときだ。とても抑えきれない。普段の戦場とは、まったく違った。
 敵に、恐れしか抱けない。
 彼とその敵の間には、深い深い、圧倒的な力の差があったのである。
 相対すれば殺される。
 人間の理性も、吸血鬼の獣性さえも、そう結論づけていた。



それでも彼は一歩前に出た。
 わかっている。だが、絶対に退けぬ時がある。
 今がそうだった。
 彼は自分の腕の中にあるものを意識した。
 そこには少女が一人いた。死に怯えるしか出来ない少女だ。
 腕に力を込めた。彼女を安心させるために。
 彼女をこんな風にした奴らが許せなかった。だから命を懸けようと思った。
 彼は愚かな男だった。しかし、どこにでもいるような男だった。


 蒼い髪の男は、吸血鬼の葛藤など何処吹く風、というように話を進める。

「本来ならしかるべき報復を与えるところなのだが……こいつの治療が先だ」
「こいつって……ちっとはセンパイを敬え、ってハナシだ」

「フン」とサイクスは無視。シグバールの舌打ち。

 それを契機にして、サイクスとシグバールから黒煙が噴出し始めた。ノーバディたちの次元渡り
の手段――「闇の回廊」が開いたのだ。それは見る見るうちに二人の周囲に広がり、吸血鬼の視界を
侵す。吸血鬼は身構える。何が起こっているかはわからないが、少なくとも彼女だけは守らねばなら
ない。そう気負う吸血鬼に、蒼い髪の男から投げかけられる、声。

「心配するな。もうお前達をどうこうする気はない。我らの目的は十分に達成されたからな。
まあ……今回のことは、こちらもそちらも多大な損害を負ったのだ。痛みわけということにして
おけ。――――――――さらばだ」

 闇が二人のノーバディに絡みつき、その全身を被った後に、地面に吸い込まれるように収縮し、
消滅した。そして彼らという存在をこの世界から消し去った。永久に。
「――――ふは」

 唐突に、彼は息を止めていたのを思い出した。新鮮な空気を求め、急いでマスクを剥がす。
余分な肉のない、絞られた顔が出てきた。縦に一文字に走る傷が左頬にあった。

 彼はリップヴァーンの様態を確認した。遅々ではあるが、四肢の再生は始まっている。
パニックは尾を引いていた。もうすこしすれば常の彼女に戻れるだろう。

 ひとまずの安心。しかし油断は出来ない。ヴェアヴォルフである彼女が戦えない以上、障害は
すべて自分が掃わねばならない。通常の軍隊はいざ知らず、ハンターどもに嗅ぎつかれるのは
厄介だった。奴らの手は長く、そして諦めることを知らない。故に迅速に脱出する必要があった。
 とりあえずは、渡米の手助けをした「心棒者」の場所に行こう。「心棒者」とは「最後の大隊」
の吸血鬼化技術に魅入られた人間だ。永遠を渇望する愚者。信頼に値せぬ人種だが、点数稼ぎが好
きな奴らは、「客人」を死んでも守りきるに違いない。そこまでいけば、安心だ。ハンターも、
ただの人間――「心棒者」の大部分は人間だ、今も、そしてこれからも――には、不用意な真似はできまい。

 決断を下し、彼は再びマスクをつけ、リップヴァーンを抱え隣のビルへ飛翔。つかの間の浮遊感。着地、
そのまま次から次へとビルを渡っていく。

 グールの大群の対処に忙殺される警察や軍は、その影に気づくことはなかった。




                     End/to be contined Epilog