『迂回と焼菓 ①』
夕暮れの迫る校舎の中、防音加工を施された壁に囲まれた放送室に強い西日が差し込んでいた。
その光の具合で、長く伸ばされた少女の黒髪はうっすらと茶味を帯びてきらきら光っている。
「つまり……『迂回』の『ラウンダバウト』……それがあんたなワケだ。ねえ、奈良崎克巳くん」
合成人間ラウンダバウト──人間名『奈良崎克巳』は、はっきりと困惑していた。
その原因も馬鹿らしいまでにはっきりとしていた。他でもない、今目の前に立つ少女にがその『原因』そのものだった。
「とすりゃ、あたしもそれっぽく自己紹介とかしたほうがいいのかしら? んん?」
少女は、まるで合コンでもしているかのような気安さでそう言ってのける。
彼女はこの状況を理解していないのだろうか、とラウンダバウトは不可解な不安に襲われた。
『ラウンダバウト』というコードネームを知っていると言うことは、自分が普通人でないということをも当然に知っているはずである。
自分は普通人ではない──『天から降りてきた者』の情報を基に造りだされた合成人間──
組成的なレベルで人類と一線を画した身体能力を持ち、それに加えて独自の特殊能力を備えた超人なのだ。
もちろん、合成人間が普通人より優れた能力を持っているというのは、総合的な面に限った話である。
例えばラウンダバウトは普通人よりも遥かに卓越した戦闘技術を有しているが、
だからと言ってオリンピックで金メダルが取れるとかそういう話とはまったくの別問題である。
だが、それにしても、その自信はどこから来ているのかとラウンダバウトは思う。
まるで、自分のことをこれっぽちも怖れていないかのように、少女はラウンダバウトに視線を向けていた。
(合成人間と戦闘で渡り合える普通人、というのは例が無いわけではない……だが……彼女の恐れの無さは異常だ……!)
合成人間が普通人に対して抱いている圧倒的な優位性の一つに『特殊能力』というファクターがある。
組成的に人類以外の存在であるからこそ為し得る、常人には決して再現不可能な『能力』。
その異能を目の当たりにした普通人は、大抵はなす術も無くその能力の前に敗れ去る。
それもある意味当然の話で、合成人間の用いる攻撃方法というのは、
そのほとんどが普通人の持つ『戦闘』の概念の枠の外から繰り出されるのだから。
かつてのネイティブアメリカンが、騎兵隊の使うウィンチェスター銃に手も足も出なかった──
少なくとも『銃』という概念を理解するまでに夥しい量の血が流された──歴史的事実と同じことである。
合成人間対普通人、という構図の場合は、事情はさらに単純だった。
『理解不能』の攻撃に対応できない相手を一方的に倒せばそれで済むのだ。
それは相手の意表を突いた騙まし討ちに近いものであり、だからこそ、そういう『能力』を持っている合成人間が戦闘任務に就くのである。
そうした絶対的とも言えるアドバンテージを埋める可能性はそう多くない。
その最たる例は──。
ラウンダバウトの混迷を極める思考は、少女の澄み切った声によって遮られた。
「『カスタード・パイ』」
「……なんだと?」
「だから自己紹介だってば。人の話はちゃんと聞いてなきゃダメよ。
人間には隠そうとしても隠せない『芳香』があるの。魂から発せられる真実の『匂い』がね。
あたしはそれを感じ取ることが出来るってわけ。それが『カスタード・パイ』。オーケー?」
(やはり……そうなのか……!?)
ラウンダバウトはかつて『統和機構』と呼ばれることもある巨大なシステムに所属していた。
ある任務の失敗のために、現在のラウンダバウトは生死不明を装ってそのシステムからの追跡を逃れているのだが──
統和機構は、ある特定の人間の探索と抹殺のために、その組織力のほとんどを費やしていた。
そう、それこそが、合成人間と対等に戦える『可能性』──人類の進化の方向を制御するために存在する統和機構の、絶対の敵──。
(『進化しすぎた人間』……!)
「君は、『MPLS』なのか……!?」
ラウンダバウトの詰問に、少女は目を細めて肩をすくめた。
その捉えどころの無さに、ラウンダバウトは業を煮やして声を荒げる。
「答えろ!」
その光の具合で、長く伸ばされた少女の黒髪はうっすらと茶味を帯びてきらきら光っている。
「つまり……『迂回』の『ラウンダバウト』……それがあんたなワケだ。ねえ、奈良崎克巳くん」
合成人間ラウンダバウト──人間名『奈良崎克巳』は、はっきりと困惑していた。
その原因も馬鹿らしいまでにはっきりとしていた。他でもない、今目の前に立つ少女にがその『原因』そのものだった。
「とすりゃ、あたしもそれっぽく自己紹介とかしたほうがいいのかしら? んん?」
少女は、まるで合コンでもしているかのような気安さでそう言ってのける。
彼女はこの状況を理解していないのだろうか、とラウンダバウトは不可解な不安に襲われた。
『ラウンダバウト』というコードネームを知っていると言うことは、自分が普通人でないということをも当然に知っているはずである。
自分は普通人ではない──『天から降りてきた者』の情報を基に造りだされた合成人間──
組成的なレベルで人類と一線を画した身体能力を持ち、それに加えて独自の特殊能力を備えた超人なのだ。
もちろん、合成人間が普通人より優れた能力を持っているというのは、総合的な面に限った話である。
例えばラウンダバウトは普通人よりも遥かに卓越した戦闘技術を有しているが、
だからと言ってオリンピックで金メダルが取れるとかそういう話とはまったくの別問題である。
だが、それにしても、その自信はどこから来ているのかとラウンダバウトは思う。
まるで、自分のことをこれっぽちも怖れていないかのように、少女はラウンダバウトに視線を向けていた。
(合成人間と戦闘で渡り合える普通人、というのは例が無いわけではない……だが……彼女の恐れの無さは異常だ……!)
合成人間が普通人に対して抱いている圧倒的な優位性の一つに『特殊能力』というファクターがある。
組成的に人類以外の存在であるからこそ為し得る、常人には決して再現不可能な『能力』。
その異能を目の当たりにした普通人は、大抵はなす術も無くその能力の前に敗れ去る。
それもある意味当然の話で、合成人間の用いる攻撃方法というのは、
そのほとんどが普通人の持つ『戦闘』の概念の枠の外から繰り出されるのだから。
かつてのネイティブアメリカンが、騎兵隊の使うウィンチェスター銃に手も足も出なかった──
少なくとも『銃』という概念を理解するまでに夥しい量の血が流された──歴史的事実と同じことである。
合成人間対普通人、という構図の場合は、事情はさらに単純だった。
『理解不能』の攻撃に対応できない相手を一方的に倒せばそれで済むのだ。
それは相手の意表を突いた騙まし討ちに近いものであり、だからこそ、そういう『能力』を持っている合成人間が戦闘任務に就くのである。
そうした絶対的とも言えるアドバンテージを埋める可能性はそう多くない。
その最たる例は──。
ラウンダバウトの混迷を極める思考は、少女の澄み切った声によって遮られた。
「『カスタード・パイ』」
「……なんだと?」
「だから自己紹介だってば。人の話はちゃんと聞いてなきゃダメよ。
人間には隠そうとしても隠せない『芳香』があるの。魂から発せられる真実の『匂い』がね。
あたしはそれを感じ取ることが出来るってわけ。それが『カスタード・パイ』。オーケー?」
(やはり……そうなのか……!?)
ラウンダバウトはかつて『統和機構』と呼ばれることもある巨大なシステムに所属していた。
ある任務の失敗のために、現在のラウンダバウトは生死不明を装ってそのシステムからの追跡を逃れているのだが──
統和機構は、ある特定の人間の探索と抹殺のために、その組織力のほとんどを費やしていた。
そう、それこそが、合成人間と対等に戦える『可能性』──人類の進化の方向を制御するために存在する統和機構の、絶対の敵──。
(『進化しすぎた人間』……!)
「君は、『MPLS』なのか……!?」
ラウンダバウトの詰問に、少女は目を細めて肩をすくめた。
その捉えどころの無さに、ラウンダバウトは業を煮やして声を荒げる。
「答えろ!」
──事の発端は、校舎に響き渡った校内放送だった。
正確に言うなら、それはラウンダバウトにとっての発端である。
ラウンダバウトがこの後巻き込まれる奇妙な状況は、すでにずっと前から開始されており、
その意味では、ラウンダバウトがその発端に触れたことで、その状況は世界の水面に浮かび上がったとも言える。
正確に言うなら、それはラウンダバウトにとっての発端である。
ラウンダバウトがこの後巻き込まれる奇妙な状況は、すでにずっと前から開始されており、
その意味では、ラウンダバウトがその発端に触れたことで、その状況は世界の水面に浮かび上がったとも言える。
その日の放課後、ラウンダバウトは私立ぶどうヶ丘学園の敷地内を調査をしていた。
調査対象は──『なんだかよく分からない羽』である。
ここ数日、ラウンダバウトは李小狼という中等部の生徒に自分の『能力』を使い、幾つかの情報を引き出していた。
それを総合すると、こうなる。
『李小狼の友人である木之本桜、最近赴任してきたファイという英語教師、そして黒鋼という体育教師は
実は異世界からの旅人であり、彼らは木之本桜の記憶の欠片を求めて様々な世界を渡り歩いている。
その記憶は羽のかたちをとって具象化されており、それはあらゆるものに作用する強力な影響力を備えている』
──正直なところ、眉唾物の話だとラウンダバウトは考えていた。
だが、それを言うならラウンダバウトの存在自体も相当に『怪しい』。
なにしろ、人の手によって生み出された有機的戦闘兵器なのだ。
それに──とラウンダバウトは己の主人のことを思った。
(レインが……あのお方が僕に調査を命じられたのだ。僕はその期待に応えなければならない)
ラウンダバウトは、自分が失敗を犯しやすい性質を持っていることを自覚している。
そのために、事は慎重に運ばなければならない。
事を慎重に運ぶ、とは、物事を疑ってかかるということとそのままイコールではない。
何事も頭から信じるのも危険だが、その逆も然りである。
『羽』の存在がいくら荒唐無稽だからと言って、それが理由で調査に手抜きがあってはならない。
調査対象は──『なんだかよく分からない羽』である。
ここ数日、ラウンダバウトは李小狼という中等部の生徒に自分の『能力』を使い、幾つかの情報を引き出していた。
それを総合すると、こうなる。
『李小狼の友人である木之本桜、最近赴任してきたファイという英語教師、そして黒鋼という体育教師は
実は異世界からの旅人であり、彼らは木之本桜の記憶の欠片を求めて様々な世界を渡り歩いている。
その記憶は羽のかたちをとって具象化されており、それはあらゆるものに作用する強力な影響力を備えている』
──正直なところ、眉唾物の話だとラウンダバウトは考えていた。
だが、それを言うならラウンダバウトの存在自体も相当に『怪しい』。
なにしろ、人の手によって生み出された有機的戦闘兵器なのだ。
それに──とラウンダバウトは己の主人のことを思った。
(レインが……あのお方が僕に調査を命じられたのだ。僕はその期待に応えなければならない)
ラウンダバウトは、自分が失敗を犯しやすい性質を持っていることを自覚している。
そのために、事は慎重に運ばなければならない。
事を慎重に運ぶ、とは、物事を疑ってかかるということとそのままイコールではない。
何事も頭から信じるのも危険だが、その逆も然りである。
『羽』の存在がいくら荒唐無稽だからと言って、それが理由で調査に手抜きがあってはならない。
ラウンダバウトの主人──『レイン・オン・ザ・フライディ』と名乗る少女は、薄暗い部屋の中でラウンダバウトにこう言った。
「あなたは『カーメン』という概念についてどう思うかしら?」
『カーメン』なるものが一体なんであるかは見当もつかないが、それがあなたの敵になるのなら命を懸けて排除してみせる、
というようなことをラウンダバウトが答えると、レインは「頼もしいわね」と笑い、続けて言った。
「でもね──『それ』はあたしの敵になるようなものじゃないのよ。あたしに取ってはなんの価値も無いの。
『それ』が問題となるのは、あなたのような合成人間だったりするのよ。
あなたは気が付いてないのかも知れないけれど、あなたは一度、『カーメン』に肉薄しているわ。
言ってること、分かるかしら? 合成人間に災厄をもたらし、絶望と希望の源である『カーメン』──。
あなたは、それに不用意に接近したと言っているの。『迂回』の異名を取るあなたら、それがどんなに危険なことか理解できるわよね?」
そして、レインは一束の書類をラウンダバウトに手渡した。
「あなたはそこに行き、『羽』について調べて来なさい。
そいつは、統和機構の中枢(アクシズ)のセンサーに引っ掛かる可能性のある、とても危険な代物よ。
そう──ある種のやつらに言わせれば『世界の敵』の条件にぴったり適合している、これはそういうものなの。
だけど、それもまた一つの『カーメン』──死者を甦らせ、過去現在未来すべての対極に位置する『概念』の欠片よ」
『カーメン』について知ることがあなたの望みなら、それを叶えてみせる、とラウンダバウトが宣言すると、レインは今度こそ満足そうに頷いた。
「ならば行きなさい──自らの足元に口を広げた陥穽を『迂回』するためにも」
その時、部屋のドアノブががちゃがちゃ音を立てた。
次の瞬間にはドアが開け放たれる。差し込む光が室内を照らし、こじんまりとした、だが品のいいホテルの内装が明るみにでる。
「あ……いらしたのですか……」
ドアから入ってきた中年の掃除婦は、慌てて頭を下げた。
「ノ、ノックしたのですが……あ、あの……お部屋のお掃除です。し、失礼しました……また後で出直して来──」
言いかけた言葉を飲み込み、掃除婦は呆気に取られて顔を上げる。
──そこには誰もいなかった。
「…………」
しばらく呆けたように立ちすくんでいた掃除婦だったが、
「……あたし、なにしに来たんだっけ? あ、そうだ……掃除よ。掃除だよ。さっ、お仕事、お仕事……」
胸に去来した違和感を振り払うように、彼女は自分の職務を開始した。
「あなたは『カーメン』という概念についてどう思うかしら?」
『カーメン』なるものが一体なんであるかは見当もつかないが、それがあなたの敵になるのなら命を懸けて排除してみせる、
というようなことをラウンダバウトが答えると、レインは「頼もしいわね」と笑い、続けて言った。
「でもね──『それ』はあたしの敵になるようなものじゃないのよ。あたしに取ってはなんの価値も無いの。
『それ』が問題となるのは、あなたのような合成人間だったりするのよ。
あなたは気が付いてないのかも知れないけれど、あなたは一度、『カーメン』に肉薄しているわ。
言ってること、分かるかしら? 合成人間に災厄をもたらし、絶望と希望の源である『カーメン』──。
あなたは、それに不用意に接近したと言っているの。『迂回』の異名を取るあなたら、それがどんなに危険なことか理解できるわよね?」
そして、レインは一束の書類をラウンダバウトに手渡した。
「あなたはそこに行き、『羽』について調べて来なさい。
そいつは、統和機構の中枢(アクシズ)のセンサーに引っ掛かる可能性のある、とても危険な代物よ。
そう──ある種のやつらに言わせれば『世界の敵』の条件にぴったり適合している、これはそういうものなの。
だけど、それもまた一つの『カーメン』──死者を甦らせ、過去現在未来すべての対極に位置する『概念』の欠片よ」
『カーメン』について知ることがあなたの望みなら、それを叶えてみせる、とラウンダバウトが宣言すると、レインは今度こそ満足そうに頷いた。
「ならば行きなさい──自らの足元に口を広げた陥穽を『迂回』するためにも」
その時、部屋のドアノブががちゃがちゃ音を立てた。
次の瞬間にはドアが開け放たれる。差し込む光が室内を照らし、こじんまりとした、だが品のいいホテルの内装が明るみにでる。
「あ……いらしたのですか……」
ドアから入ってきた中年の掃除婦は、慌てて頭を下げた。
「ノ、ノックしたのですが……あ、あの……お部屋のお掃除です。し、失礼しました……また後で出直して来──」
言いかけた言葉を飲み込み、掃除婦は呆気に取られて顔を上げる。
──そこには誰もいなかった。
「…………」
しばらく呆けたように立ちすくんでいた掃除婦だったが、
「……あたし、なにしに来たんだっけ? あ、そうだ……掃除よ。掃除だよ。さっ、お仕事、お仕事……」
胸に去来した違和感を振り払うように、彼女は自分の職務を開始した。
『えーと、中等部の李小狼くん、木之本桜さん、これを聞いたら今すぐ放送室まで来なさい。
繰り返します。中等部の李小狼くん、木之本桜さん、これを聞いたら今すぐダッシュで三分以内に放送室まで来い。以上』
その放送を聞いたラウンダバウトは眉をひそめた。
「……誰だ、これは?」
誰が、ということも重要だが、それ以上に問題なのは、なんのために、ということだろう。
転校生である李小狼と木之本桜に対してなにかしらの伝達事項があるのかも知れない、という可能性も考えたが、
今このときというタイミングで呼び出している以上、警戒しなくてはならない。
或いは、『羽』を狙う勢力──もしかしたら、ラウンダバウトの『前職』、統和機構のエージェントということも十分にありえる。
ラウンダバウトは頭の中で素早く計算した。
彼我の距離からして、一分弱ほどあれば放送室に先回りして潜伏し、いくつかの簡易トラップを仕掛けることは十分に可能だった。
もちろん、この放送の主が放送室にいることは承知しているが、ラウンダバウトの『能力』を用いればそんなことはまるで問題にならない。
『そいつ』が一体なんのつもりで彼らを呼び出したのか見極め、場合によっては『そいつ』も排除する必要があるだろう。
そのためにもトラップの設置は必須だ──下手に近接戦闘にもつれ込めば、あの二人に害が及ぶかもしれない。
我ながらまだるっこしいやり方ではあるが、非戦闘員である彼らを守りながら戦うにはそれが最善だろう──と判断する。
任務のために李小狼には自分の『能力』を行使しているが、個人的な感情としてはあの二人には好感を寄せているラウンダバウトだった。
繰り返します。中等部の李小狼くん、木之本桜さん、これを聞いたら今すぐダッシュで三分以内に放送室まで来い。以上』
その放送を聞いたラウンダバウトは眉をひそめた。
「……誰だ、これは?」
誰が、ということも重要だが、それ以上に問題なのは、なんのために、ということだろう。
転校生である李小狼と木之本桜に対してなにかしらの伝達事項があるのかも知れない、という可能性も考えたが、
今このときというタイミングで呼び出している以上、警戒しなくてはならない。
或いは、『羽』を狙う勢力──もしかしたら、ラウンダバウトの『前職』、統和機構のエージェントということも十分にありえる。
ラウンダバウトは頭の中で素早く計算した。
彼我の距離からして、一分弱ほどあれば放送室に先回りして潜伏し、いくつかの簡易トラップを仕掛けることは十分に可能だった。
もちろん、この放送の主が放送室にいることは承知しているが、ラウンダバウトの『能力』を用いればそんなことはまるで問題にならない。
『そいつ』が一体なんのつもりで彼らを呼び出したのか見極め、場合によっては『そいつ』も排除する必要があるだろう。
そのためにもトラップの設置は必須だ──下手に近接戦闘にもつれ込めば、あの二人に害が及ぶかもしれない。
我ながらまだるっこしいやり方ではあるが、非戦闘員である彼らを守りながら戦うにはそれが最善だろう──と判断する。
任務のために李小狼には自分の『能力』を行使しているが、個人的な感情としてはあの二人には好感を寄せているラウンダバウトだった。
予想よりも早く、ラウンダバウトは放送室に到着した。
中に足を踏み入れ、すぐさまラウンダバウトは異変に気付く。
(……誰もいない、だと?)
放送室に人を呼び出しておいて、誰もいないとはどういうことだろうか。
小用を足しに出て行ったのだろうか、それならそれで今の内にトラップを──そこまで考えたラウンダバウトは、『その』可能性に思い至る。
(『トラップ』……まさか……僕を嵌めるための……!?)
「あんた、李小狼くん?」
我に返って振り向くと、一人の女生徒がいた。
その少女は、なんとも形容しがたいにやにや笑いを浮かべ、入り口に立ってラウンダバウトを眺めていた。
「え、ああ……そうです……僕が李小狼です」
試しにそう言うと、少女は「あら、そう」と、にこにこしながらラウンダバウトに近づいていく。
ラウンダバウトは同級生の男子に比べると背丈はやや低く、顔立ちもそれほど歳経た感じではないので、
中学生だと言っても十分に通用する背格好であることは自覚していた。
「木之本桜さんは?」
「後から来ます。もう間もなくです。それで……なんの御用でしょうか?」
少女はさらに笑みを浮かべながらラウンダバウトへ近づいてくる。
そして、鼻と鼻がくっつきそうな距離で、その綺麗な笑みを崩さぬまま、少女は吐き捨てるように言う。
「──んなわけねーだろ、間抜け。あんた、高等部の学ラン着ておいてそれはねーでしょ」
……まあ、想定内のことではあった。ラウンダバウトは即座に頭を切り替えて、次の行動に移ることを決断する。
すなわち、『能力』を発動させて、この少女を自分の影響下に──。
その瞬間、少女はある言葉を呟いた。
それはとてもさらりとした口調だったので、一瞬聞き逃すほどだった。
だが、彼女は確かに『それ』を口にした。
「『ラウンダバウト』──」
驚愕のあまり絶句する。ラウンダバウトは、この学校では徹頭徹尾『奈良崎克巳』で通してきた。
まかり間違っても、そのコードネームをここの誰かが口にするなど、ありえないことだった。
そんなラウンダバウトの心情などお構いなしに、少女はさらに続ける。
「つまり……『迂回』の『ラウンダバウト』……それがあんたなワケだ。ねえ、奈良崎克巳くん」
中に足を踏み入れ、すぐさまラウンダバウトは異変に気付く。
(……誰もいない、だと?)
放送室に人を呼び出しておいて、誰もいないとはどういうことだろうか。
小用を足しに出て行ったのだろうか、それならそれで今の内にトラップを──そこまで考えたラウンダバウトは、『その』可能性に思い至る。
(『トラップ』……まさか……僕を嵌めるための……!?)
「あんた、李小狼くん?」
我に返って振り向くと、一人の女生徒がいた。
その少女は、なんとも形容しがたいにやにや笑いを浮かべ、入り口に立ってラウンダバウトを眺めていた。
「え、ああ……そうです……僕が李小狼です」
試しにそう言うと、少女は「あら、そう」と、にこにこしながらラウンダバウトに近づいていく。
ラウンダバウトは同級生の男子に比べると背丈はやや低く、顔立ちもそれほど歳経た感じではないので、
中学生だと言っても十分に通用する背格好であることは自覚していた。
「木之本桜さんは?」
「後から来ます。もう間もなくです。それで……なんの御用でしょうか?」
少女はさらに笑みを浮かべながらラウンダバウトへ近づいてくる。
そして、鼻と鼻がくっつきそうな距離で、その綺麗な笑みを崩さぬまま、少女は吐き捨てるように言う。
「──んなわけねーだろ、間抜け。あんた、高等部の学ラン着ておいてそれはねーでしょ」
……まあ、想定内のことではあった。ラウンダバウトは即座に頭を切り替えて、次の行動に移ることを決断する。
すなわち、『能力』を発動させて、この少女を自分の影響下に──。
その瞬間、少女はある言葉を呟いた。
それはとてもさらりとした口調だったので、一瞬聞き逃すほどだった。
だが、彼女は確かに『それ』を口にした。
「『ラウンダバウト』──」
驚愕のあまり絶句する。ラウンダバウトは、この学校では徹頭徹尾『奈良崎克巳』で通してきた。
まかり間違っても、そのコードネームをここの誰かが口にするなど、ありえないことだった。
そんなラウンダバウトの心情などお構いなしに、少女はさらに続ける。
「つまり……『迂回』の『ラウンダバウト』……それがあんたなワケだ。ねえ、奈良崎克巳くん」
「君は、『MPLS』なのか……!? 答えろ!」
だが、少女はそれに答えるようなことはせず──、
「ねえ、奈良崎くん。あたし、さっきからずうっと気になっていたんだけどさあ──」
逆に、ラウンダバウトに向かってとんでもないことを言い放った。
「なんで、あんたは男の格好をしているのかな?」
「──な」
ランウダバウトはほとんど自動的に問い返していた。
「なぜそれを……?」
だが、少女はそれに答えるようなことはせず──、
「ねえ、奈良崎くん。あたし、さっきからずうっと気になっていたんだけどさあ──」
逆に、ラウンダバウトに向かってとんでもないことを言い放った。
「なんで、あんたは男の格好をしているのかな?」
「──な」
ランウダバウトはほとんど自動的に問い返していた。
「なぜそれを……?」