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第009話 「例えばどんな風に悲しみを越えてきたの?」

ヴィクトリアは苛立たしげなためいきをつくと、ベッドに身を沈めた。
セーラー服のままなのは、あいにくパジャマなどというしゃれた衣服は持ってきていないからだ。
着のみ着のままこの街へやってきた。そして期せずして寄宿舎にいる。
黒いハイサイソックスを履いた幼い足を短いスカートか無遠慮に投げ出し、天井を睨む。
とかく苛立っている。
が、怒鳴ったり泣き喚いたりする激しさはない。
そういう感情は100年分の鬱屈に押しつぶされ、化石の硬直で奥底に追いやられている。
例えばどんな風に悲しみを超えていけばいいか、本当に少女だった頃から分からない。
学べなかった、という方が正確だろうか。
自分とわずかでも似た境涯の者と出逢えていたのなら、もっと違った人生だっただろう。
だが、100年という人一人の一生分の歳月でそれはなく、やがて母を失った。
港町を見下ろす小高い丘。そこに建つニュートンアップル女学院。
その屋根の上でちりゆく母の姿へ、涙は出なかった。
ただ、疲れた。
老女のように枯れてねじくれた精神から一絞りの何かが消えうせて、ただ疲れている。
その精神で過ごすのは、独りでただ自壊を待つだけの絶望的な期間。
闇に鎖された建物で血の通じた肉をかじり、開きもしない扉を永遠に見つめ続けるような。
母を失った後の人生に覚えたのは、そんな想像するだに億劫な意味。
だがその時。
一人の男が目の前に現われた。

気に入らない

初対面の印象は、他のあらゆるものに対するのと変わらなかった。

早坂秋水。
姿を見たときから一種のキナ臭さと、嫌いな匂いを感じていた。
何故なら出逢った場所は半ば男子禁制の女学院。
そこにわざわざ侵入し、自分を訪ねる者といえば察しはつく。

錬金の戦士。
名前の次にされた自己紹介に、ヴィクトリアは「フン」と鼻白んだ。
更に彼は元・信奉者であるコトを明かしたが、心情は別に和らがない。
むしろそういう境涯の者をわざわざ差し向けて、いかにも闇の世界の住民を手厚く加護して
いるように見せる戦団の姿勢が腹立たしい。
「違う。ここに来たのは俺の意思だ」
「そう言うしかないでしょうね」
氷のような眼差しを差し向けると、折り目正しい学生服の美青年はパンフレットを取り出した。
「単刀直入に言う。君にこの学校へ来て欲しい。俺が言えた義理ではないが、いい学校だ」

少し面食らったが、ヴィクトリアはすかさず棘含みの指摘をくり出した。
ホムンクルスにとって学校はエサ場。そこを守るべき戦士が間口を開けている。
それが矛盾でなければ何なのか。何を目論んでいるのか。と。
「目論みはない。君が人を殺すとはどうしても思えないから誘っている」
話にならない、という風にヴィクトリアは肩をすくめた。
信じる。すがる。夢を見る。
そんな行為なら、100年前から散々してきた。
戦団にホムンクルスへと変えられたその時から。
ごく平凡で幸福な家庭を打ち壊された時から。
現実にそぐわない夢想を幾万回も繰り返し、そのつど絶望してきた。
信じる。すがる。夢を見る。
それらの無意味を辛酸の中で知り尽くした自分に、今さら信頼めいた言葉を投げかけれら
れた所で何も変わらない。変わるはずがないだろう。ヴィクトリアは頑なに信じていた。
だが凍えた眼差しの先、秋水は口を開いた。
「君は俺が見てきたホムンクルスたちとは違う」
秀麗な顔立ちにじっと見据えられて、表情が微かに揺れるのを感じた。
思えば誰かに真正面から見られたコトなど久しくない。
「馬鹿馬鹿しいわね。根拠もないのに」
「根拠ならある」
「何よ」
「君の目だ」
この後、がらんどうの礼拝堂によく透った声を、ヴィクトリアはなかなか忘れるコトができなかった。

「冷えてはいるが、濁ってはいない」
目、という言葉にヴィクトリアはついつい目の前の青年のそれを見てしまった。
水のようにきらびやかで刃物のように玲瓏で、澄んでいながら一分の翳を宿す瞳。
それはどこか孤独で、自分と同じ境涯の色に染まっていて。
けれどもけして諦観に負けない強さを秘めていて。
例えばどんな風に悲しみを越えてきたの?
合わせた視線のなか思いがあふれた。
まったく突拍子もない思いと、興味が。
されどその対象は憎むべき戦士であり、ヴィクトリアは自らを抑えるのに少し苦労した。
どうしてこの早坂秋水という男は、ホムンクルスたる彼女に向かいあってくるのか。
戦士ならば化物を始末するのは当然だろう。
そう思ったからこそヴィクトリアは100年以上、母を守るように地下深くで過ごしてきた。
されど秋水は、人喰いという禁忌の話題を避けるわけでもなく、ヴィクトリアを責める材料に
する訳でもなく、ただ真剣に話をしようとしていた。
「それに、君は知らないだろうが、世界には他人の子供の為に身を削る母親だっている」
いったい誰のコトを指しているのかなどヴィクトリアには見当がつかなかった。
それが早坂真由美という、秋水や桜花を誘拐して育てた女性のコトだとは。
彼女は女手一つで幼い姉弟を養うべく過酷な労働に身をやつし、そして過労死を遂げた。
その姿勢は、あっけなく秋水たちを見捨てた実母に比較すればどうだろう。
秋水の口調の真剣さは到底横槍を入れられる物ではなかった。
「まして、実の母親が娘を飢えさせて平気でいられるとも、人喰いを黙認できるとも、俺には
どうしても思えない。だから君が命をつないできた手段が何か、見当をつけている」
小さな肩が密かに震えたのは、何か核心めいた物に触れられたからか。
いや、事実ヴィクトリアは地下に潜ってからの100年間、母アレキサンドリアのクローンの、「出
来損ない」にあたる部分を食べて命を繋いできた。
ヴィクトリアの特技といえば毒舌ぐらいしかないように思えるが、のちに蝶野爆爵の曾孫と結
託し、彼の部下を人格や記憶を保ったまま再生するのを見れば、クローン技術も特技の範疇
に含めてもいいだろう。

さらに、通常のクローンが記憶や性格までも引き継げず、錬金術とちょっとしたつながりを
持つフランケンシュタインの製造技術ですら、元になった人間をそのまま蘇らすコトができない
──例をとると、雷が嫌いだった内気な少女が、雷を非常に好む快活なフランケンシュタイ
ンになったり──コトを思えば、ヴィクトリアの手腕は在野の錬金術師をはるかに凌いでい
るといっても過言ではない。
千歳の依頼で根来の髪を増殖したコトなどは朝飯前。
そんな飛びぬけた手腕を持つヴィクトリアだが、秋水との会話でつい少女らしい詭弁を吐い
てしまった。
「あらそう。でも戦士のアナタが招いた私が、学校で誰かを殺したらどうなるかしら?」
論議の軸を一種のありえない事象にすりかえて。
「戦団が始末しに来るわよ。身内の不始末にはとても敏感で、化物でもしないような揉み消
し方をする連中だから」
いっていたのはもちろん父のコト。聞くものが聞けば怨嗟含みの皮肉として眉をひそめただろう。
「分かっている。意見の食い違いから仲間を始末しかけた戦士なら見た事がある」
秋水は反論する訳でもなく、ただ静かに言葉を紡いでいた。
「だが君の場合は違う」
食い入るように見据えてくる瞳に、ヴィクトリアはかすかに戸惑った。
瞳から見える境涯の近さへ、毒気をぶつけるのがはばかられた。
毒を吐いても実直に応じてくる姿勢が、母とかぶって見えた。
結局、他に色々な話(例えば寄宿舎の管理人が戦士長とか)をし始めた秋水を強引に追い払うと。
見覚えのある戦士が入れ替わるようにやってきた。

「今日は先客万来ね。望んでいないっていうのに」

ステンドグラスから夕日をうっすらと浴びながら、ヴィクトリアはその戦士─楯山千歳─の要
件を聞き、銀成市への移動を頼むというよりは命令口調で一方的にいってのけると、地下へ
と姿を消した。

地下深くでガラス張りの水槽がぷくぷく泡を立てていた。もはやいない主を寂しがるように。

「もうどこに居ても同じよ。だから気晴らしに行くだけ──…」
セーラー服の上にメタルブラックのマントといういでたちで呟いた通り、それだけのつもりだった。
翌日、千歳に銀成市へ移動した際には防人へ「寄宿舎には住まない」と広言してから適当
に街を歩き、夜は自分の武装錬金で夜露をしのぎ、楽しくもない物見遊山の挙句に寄宿舎
の近くへつい近寄った。
(別に見たいとかそういう訳じゃないわよ。戦士にさっさと話を断りにいくだけ)
転校の話を反故にしたいのならば黙って消えればいいだけだが、なぜかそうせず近寄った。

それからは前述の通り。
L・X・Eの残党と遭遇したところを栴檀香美に助けられ、総角と顔を会わせた後に寄宿舎へ。

(気に入らない)
香美や総角が、である。
前者は妙に人道を弁えた風で、後者はやけに悠然としている。
両者ともホムンクルスだというのに、禍々しい気配が微塵もない。
秋水いうところの「濁っていない」瞳の持ち主で、人喰いとは無縁そうだ。
そして彼らは再びヴィクトリアと会話するコトを望んでいたが……
(誰がアイツらなんかと)
ヴィクトリアは自身がそうであるにも関わらず、ホムンクルスをひどく嫌悪している。
というより、「錬金術」から派生した物ならば錬金の戦士であろうと錬金戦団であろうと、核鉄
も調整体も等しく激しい嫌悪の対象だ。
錬金術のせいで家庭が破壊され、100年の地下生活を余儀なくされれば彼女ならずともそ
うなるのは必然であるだろう。
(気に入らない)
ホムンクルスも戦士も、悪辣であるべきだったのだ。
いや、そうだと思い込みたかっただけかも知れない。
でなければそれらを恨み続けた100年という歳月があまりに空しい期間となってしまうのだから。
だのに香美たちは人当たりが良く、防人もごく普通の転校生への対応をヴィクトリアにしてきた。
(なんでホムンクルスが私を助けるのよ。なんで戦士が私をココに連れてくるのよ)
寝返って枕に顔を埋めながら、ヴィクトリアは叫び出したいほど不愉快になってきた。
されたコトは到底憎むべき事象ではないが、だからこそ憎らしい。
劣悪であるべき存在が、善良なのが気に入らない。

(そうよ。……嬉しいわけ、ないでしょ)
考えまいとするが、さっき出会った総角のセリフが気になってくる。

──「悪いが、知らばっくれても分かる。少し父親の面影があるからな。取り繕っていても顔立ち
──ばかりは偽れないものだ。誰でも、な」

(アイツ、パパとどういう関係なのよ。だいたいなんで見覚えが……)
だんだん瞳が暗くなってきた。
(気に入らない)
そうとしか感想を抱けないのも腹立たしい。
過酷で辛苦しかない100年が心情を表す言葉を乏しくしているのが自分でも分かる。
が、ふかふかしたベッドの上で満腹の身をもてあましているうちに、ついつい心地よい眠気が
襲来し、いつしか彼女は寝入ってしまった。

遠い遠い記憶の中、風にたなびく一面の草原。
崩れかけた家の中で、目覚めぬ母を前に泣きじゃくる幼い自分。
夢を見ている。そう夢の中で気付くのは明晰夢というが、覚醒は選択しない。
たとえ夢の中でも母の姿が見れるのならば、永遠に醒めなくてもいい。
ヴィクトリアが思っていると、部屋の戸が開いた。
入ってきたのはあまり馴染みのない顔。
長い金髪で碧眼の、すらりと鼻筋が通った生真面目そうな男性。
(え?)
幼い自分も夢を見ている自分も同時に息を呑んだ。
前者は不意の来訪者に身を固くしただけだが、後者は違う。
(この顔……アイツと一緒……)
総角を思い出す。ただ、この来訪者の方はやや老けている。
総角が17~8とすれば、こちらは20代後半。
だからこそヴィクトリアは唖然とする。

──この顔と同じ奴を見たコトはないか? もうちょっと老けてると思うが

寄宿舎の近くで聞いた総角の台詞と見事に合致している。

少なくても彼はこの来訪者について何かを知っている。
何となくだった見覚えが、この夢のせいでハッキリとした輪郭を帯びていく。

「いいかいヴィクトリア。これから教えるコトはいまの君にはとても難しいと思うけど、頑張って
覚えるんだ。この技術を君のママに教えたのは俺だから、頑張れば君だってちゃんとでき
るようになる。いいかい。君は人間でいたいな? いたい筈だ」

来訪者が屈みこんで諭すように喋ると、幼いヴィクトリアは泣きながらこくりと頷いた。

「……よし。いいコだ。だが俺はここにそう長くはいられない。短い授業になってしまうが、
だからこそしっかりと覚えるんだ。いつか、いつかきっとこの技術が、君や周りの人間を
助ける手がかりになる。そう信じて正しく使ってほしい。……この、クローンの技術を」

幼いヴィクトリアはいやいやをした。来訪者にずっと傍に居てほしいとぐずっているのだろう。

「それはできない。俺も錬金戦団から追われる身だ。だが、いつまでも追われるつもりはない。
どれだけの星霜を経ようとも、奴らだけは必ず滅ぼす。奴らの総ては必ず滅ぼさなくてはな
らない。そうしない限り、たとえ君の父をここに取り戻しても……」

来訪者の目が狂気に染まった。それまではどこか中世的な優しい面持ちだった彼の頬は
限りない失意と怒りに引きつり、ドス黒い闇を宿した瞳が彼方を睨む。

「回り続ける。轍で結ばれし輪は断たるる事なく、永劫に」

胸で淡く輝き服を透過する光の形は、章印。ホムンクルスの証だ。
それに照らされ、認識票が首に掛かっているのが見えた。
一般に夢の中では文字を読めないというが、ヴィクトリアは読んだ。

「MELSTEEN=BLADE (メルスティーン=ブレイド)」

それが来訪者の名前らしいと気づく頃に、ヴィクトリアの夢は醒めた。

窓から差し込むまばゆい光を浴びながら、ベッドの上で身を起こす。
例えば老人が幼少を夢見たとすれば、老化した脳細胞のせいでほとんど判然としないだろう。
だが不老不死ゆえに夢は鮮明で、それだけにヴィクトリアは分からなくなってきた。
総角と来訪者の関係、そして来訪者と自分の関係。
重大なコトを忘れている。
すっきりしない目覚めでヴィクトリアは朝を迎えた。

8月29日。

ヴィクトリアがまどろんでいるうちに秋水と桜花は寄宿舎への移住を完了した。
彼らが世界への無関心ゆえに必要最小限の家財道具しか持たなかったコトと、瞬間移動能
力を持つ千歳がいたおかげで、移設自体は30分とかからなかった。
まず桜花や秋水の部屋に千歳が飛ぶ。家財道具に触れる。寄宿舎の一室に飛ぶ。
だいたい5~6回も繰り返したあと、秋水たちはあてがわれた部屋に家具を設置した。
そして朝、である。

長身が寄宿舎の廊下を姿勢よく歩んでいく。
すれ違った生徒は一瞬「え!?」と目をむいたが、男子生徒は手近な生徒にヒソヒソ事情を
聞き、女子生徒はぽーっと見とれるのであまり騒ぎにはならない。
もちろん彼はそれに気付かず、物思いにふけっている。
秋水は防人から渡された紙を見るのに忙しい。
(……寄宿舎見取り図。警護のための必要資料)
それを見ながら実地を歩きつつ、ヴィクトリアの部屋を目指している。
昨日、ごたごたしている所へ予想より早く彼女がやってきたから、碌に話すコトができなかった。
(せめてこれを使って案内ぐらいはしないと)
ヴィクトリアを銀成学園へ誘った自身の責務は、まだそれ位しか果たせない。
戦士陣営が倒すべき敵やるべきコトは非常に多い。
L・X・E残党を全滅させる任務は斗貴子が引き継いでいるがまだまだ山積み。
昨日寄宿舎近くで逆向凱を辛うじて退けたといっても、また襲撃を受けた時に上手くいくとは
かぎらない。
また、かつて死んだはずの彼を蘇らせた『もう1つの調整体』は、廃棄版だという。
にもかかわらず、一度は総角を退けて秋水に苦戦を強いたコトを思えば、正式版をけしてホムンクルスの手に渡してはならないというのは自明の理だ。
その正式版を手に入れるためには6つの割符が必要であり、うち1つは防人が管理している。
残りは5つ。こちらは千歳や桜花が捜索する手はずだ。
(もっとも秋水たちは知らないが、すでに残り5つは総角とその部下の手中へ落ちている)
本来なら秋水も寄宿舎警護に全力を裂くべきだが、ヴィクトリアに対してどうしても何かをして
やりたい。
幸か不幸か、秋水は寄宿舎に住むコトになった。
支援体制を保つためにヴィクトリアの傍へいるのは、つまり同時にホムンクルスである彼女
の動向監視にもなり、本来の任務を果たせる。
そういう都合のいい割り切りをしている訳ではなく、ただ漠然とヴィクトリアに協力したい。
カズキのように体当たりでヴィクトリアを説得できないとは分かっている。
けれども。
太平洋上で聞いてしまった。
彼女の父・ヴィクターの叫びを。
年端もいかない娘を戦団の手によってホムンクルスへと変えられた悲劇を。

自らの望まぬ形で闇に閉じ込められ、誰の助けも望めなかった。
そして最愛の者をずっと守り続けてきた。

要素だけを抜き出せば、防人たちがいうように前歴はあまりに似ている。
(君は姉さんや俺と同じなんだ。だから放っておきたくは──…)
「え? ええ? なんで? どーして秋水先輩がココに? もしかしてお泊り?」
小鳥のように可愛らしい声に、秋水は反射的に目をあげてしまった。
まひろが目を白黒させている。
見ればそこは廊下のT字路で、向うから来たまひろとばったり遭遇したらしい。