『赤ん坊を待ちながら ③』
静は階段の手すりから身を乗り出し、上へ続く階段を見上げた。
コの字状にループする階段の、中空となっているその隙間から、先程目にした黒い影が風のような速さで駆け上ってゆくのがちらちら見える。
その影は静の視線に気がついているふうには見えなかった。脇目も振らずに、二段飛ばしで駆けている。
後を振り返るような臆病さもなく、先へ先へと急ぐような焦りもなく、ただ一己の自然現象として昇っているような、
それはそういう無頓着さだった。或いは幽霊かなにかにも似た、頑ななまでの周囲への無関心だった。
「…………」
静は手すりに片手を置いたまま、ゆっくりと段を踏む。足元を確かめるように、そして目線は上のままに。
一段、また一段と上がっているうちに、その足取りは速さを増していた。半ば無意識的に足音を殺している。
自分が黒い影の後を追っているのだと気がつくころには、すでに最上階である四階への階段へ差し掛かっていた。
影を追うこと、そこになにかの深い考えがあったわけではなかった。
ただ、ひとつの漠然とした期待があった。そのささやかな怪奇に対し、静はある種の引力を感じ、求めていた。
四階の踊り場に辿り着く。そのとき、さらに上から「ぎい、ばたん」という軋む金属の音がした。
(──屋上)
今や、足音だけではなく、息も気配も完璧に殺しており、それどころかスタンド能力である『アクトン・ベイビー』によって
己の姿さえも半透明化していたのが、静自身はそのことにまだ気がついていない。
階段のどん詰まりである塔屋に足を踏み入れる。階段と正反対の位置に屋上へと通じる扉があった。
スチールのノブに触れると、微かに錆びた金切り声を響かせる。
そろそろと扉を引き開けると、濃密な湿気をはらんだ生暖かい空気が静の脇をすり抜けて流れていく。
静はわずかな隙間に半身を滑り込ませ、後ろ手で戸を閉めた。
一瞬、眩暈がした。
日に日に強くなる直射日光が、日本列島を縦断する高気圧が、夏の本格化するのを教えている。
容赦のない陽光に晒されるコンクリートは受けきれぬ熱を放射させ、陽炎が静の視界を歪ませる。
ふと、足元を見る。
不完全な状態で発動している『アクトン・ベイビー』が、ゆらゆらと不透明に揺れる影法師を形作っている。
それはもうひとつの夏の陽炎だった。
静・ジョースターの作り出した夏の幻影だった。
コの字状にループする階段の、中空となっているその隙間から、先程目にした黒い影が風のような速さで駆け上ってゆくのがちらちら見える。
その影は静の視線に気がついているふうには見えなかった。脇目も振らずに、二段飛ばしで駆けている。
後を振り返るような臆病さもなく、先へ先へと急ぐような焦りもなく、ただ一己の自然現象として昇っているような、
それはそういう無頓着さだった。或いは幽霊かなにかにも似た、頑ななまでの周囲への無関心だった。
「…………」
静は手すりに片手を置いたまま、ゆっくりと段を踏む。足元を確かめるように、そして目線は上のままに。
一段、また一段と上がっているうちに、その足取りは速さを増していた。半ば無意識的に足音を殺している。
自分が黒い影の後を追っているのだと気がつくころには、すでに最上階である四階への階段へ差し掛かっていた。
影を追うこと、そこになにかの深い考えがあったわけではなかった。
ただ、ひとつの漠然とした期待があった。そのささやかな怪奇に対し、静はある種の引力を感じ、求めていた。
四階の踊り場に辿り着く。そのとき、さらに上から「ぎい、ばたん」という軋む金属の音がした。
(──屋上)
今や、足音だけではなく、息も気配も完璧に殺しており、それどころかスタンド能力である『アクトン・ベイビー』によって
己の姿さえも半透明化していたのが、静自身はそのことにまだ気がついていない。
階段のどん詰まりである塔屋に足を踏み入れる。階段と正反対の位置に屋上へと通じる扉があった。
スチールのノブに触れると、微かに錆びた金切り声を響かせる。
そろそろと扉を引き開けると、濃密な湿気をはらんだ生暖かい空気が静の脇をすり抜けて流れていく。
静はわずかな隙間に半身を滑り込ませ、後ろ手で戸を閉めた。
一瞬、眩暈がした。
日に日に強くなる直射日光が、日本列島を縦断する高気圧が、夏の本格化するのを教えている。
容赦のない陽光に晒されるコンクリートは受けきれぬ熱を放射させ、陽炎が静の視界を歪ませる。
ふと、足元を見る。
不完全な状態で発動している『アクトン・ベイビー』が、ゆらゆらと不透明に揺れる影法師を形作っている。
それはもうひとつの夏の陽炎だった。
静・ジョースターの作り出した夏の幻影だった。
「──そこにいるのは誰だい?」
静の背後から、男とも女ともつかない声が掛けられた。
静は反射的に周囲を見回すが、声の主と思しき人影はない。
「振り返って上を見たまえ」
言われたとおりにする。
静が今しがた出てきた塔屋の平屋根には校舎全体の上水を賄う大型の貯水タンクが設置されており、
その頂上──時計塔を除いて、この学校で最も高いその地点に、そいつは立っていた。
静が追ってきた黒い影の正体は──やっぱり黒い影だった。
そいつはこの暑さにも拘らず、全身黒ずくめだった。
筒状の黒帽子をすっぽり被り、くるぶしあたりまで伸びる黒のコートを身に纏い、その隙間から見えるブーツも黒かった。
全身にダークな色調のなんだかよくわからない装飾品をじゃらじゃらつけていて、一見したところ『怪しい人』としか思えない。
太陽を背にして立つそいつをよく見ようと、逆光に目を細めた静ははっと息を呑んだ。
毒々しいまでの黒のルージュを唇に差したそいつの顔には見覚えがあった。
それもつい最近──ほんのちょっと前に、十和子と話をしていた──。
「ああ、君は……秋月貴也の同級生だったな──名は確か、静・ジョースター。合っているかな?」
そいつは、まるで他人のことに触れるように、自分の名前を口にする。
「秋月、くん……なの?」
知らず、語尾が疑問形になっていた。その煮え切らない疑問文に応えて、
「今は違う」
と、そいつはおよそ意味不明なことをのたまう。
「え、じゃあ、誰?」
我ながら間抜けな質問だと思いつつも、静はそう聞いてしまう。
だが、それほどまでに、十和子に良いように言いくるめられていた弱気そうな少年と、目の前にいる黒帽子の怪人との印象は噛み合っていなかった。
確かに同じ顔をしているのに、同一人物であるのはずなのに、別人──そんな違和感が、そこにはあった。
「私はブギーポップ。なんというのかな、秋月貴也の『別人格』──そういう解釈が、もっとも理解しやすいと思う」
秋月貴也の柔和な面影など微塵も残さず、氷のような無表情で、そいつはそう自己紹介した。
「に、二重人格? あの『ビリー・ミリガン』みたいな?」
静が口にしたのは、実在する解離性同一性障害患者に材を取った、米国で一世を風靡したベストセラー小説のタイトルだった。
確か日本でも大ヒットし、この本をきっかけにいわゆる『多重人格』という概念が世界中に浸透したはずだと静は記憶している。
そいつは肩をすくめた。能面のように硬化した表情でそれをやるので、とても不気味だった。
「いや、私にはああした人格間の相互扶助や問題意識は極めて希薄だ。私はあくまで『居候』の身の上なんでね。
──それに、私は自動的なんだ。『なにか問題が起こったからそれに対処できる人格を呼び出そう』という潜在意識的なプロセスは存在しない。
ある種の外的条件が成立することで、私は『浮かび上がっ』てくるんだ。それは反射的と言っていいほどで、私は常に受動的なんだ。
どちからというと貴志祐介の『ISOLA』に登場する人格『範子』に近い。興味があるなら一度読んでみるといい。こっちは完全な創作だがね」
そっちの方は知らなかった。それも多重人格者の物語なのだろうか。
それはともかくとして──正直、話についていけなかった。
ついさっきまで普通の学生服を着ていたクラスメートがいきなり変なコスプレをして「私は二重人格者です」と言われても、
どうリアクションを返したらいいのか分からない。
最も問題なのは、そいつ──ブギーポップが嘘や冗談を言っているようには見えず、静自身もそう受け取っていないことだろう。
「彼はちょっと妄想の激しいアレな人なんだ」と片付けてしまうのが一番楽なように思えるのだが、
ブギーポップの真摯な眼差しや、しゃんと伸びた背筋は、そういう夢見がちな態度を超越していた。
そいつは、しっかりと静を見据えていた。
思春期にありがちな誇大妄想の「登場人物」としてでなく、この世界に確かに存在する一個の人格として、
あくまで対等な目線で静を捉えていた(物理的には高所から見下ろしてるわけだが)。
(秋月くんは今は秋月くんじゃなくておかしな格好をした『ブギーポップ』で……えっと……つまり……?)
頭がウニになりそうだった。もし脳が筋肉組織で出来ていたとしたら、きっと前頭前野のあたりが痙攣を起こしているだろう。
「──まあ、好きなように解釈すればいいさ。ただの頭のおかしい人間だと思ってもらっても私は構わない。
むしろ、その通りだと自分でも思うね」
と、またも他人事のように言ってのける。その口ぶりに、静はどことなく「寂しさ」を感じ取った。
顔はやはり無表情で、その皮膚感覚に確信を持つには至らなかったが。
「ところで、君──どうしてそんなに影が薄いんだい」
静は、それを最初「お前は地味で存在感のないやつだな」という意味に捉えて鼻白みかけたが、
そこでやっと自分が『アクトン・ベイビー』を発動させてたことに気がつき、自分のほうがはるかに異常人物だということに今さら思い至る。
だが、ブギーポップはあくまで無機質で怜悧な面差しを固持していた。
あまつさえ、さも当然といった口ぶりで感嘆する。
「なるほど……『透明になる』、それが君の『才能』か」
「え、あの、驚かないの?」
「驚いて欲しいのかい? 申し訳ないが、その手の特殊能力者には慣れていてね、あまり驚異には感じないな」
『特殊能力者』、『慣れている』──?
こいつはいったい何者なんだ、という問いが今更のように持ち上がってくるが、それをどう言葉にしたらいいか分からないのがもどかしかった。
分からないままに、静は空に一番近いところにいるブギーポップを凝視している。
「ブ、ブギーポップ? って、呼んでもいい?」
「好きなように呼べばいい。どう呼ばれようと、私は私だ。主体のない、ただの不気味な泡だ」
端から見ると、それは奇妙な光景だろう。
ロミオとジュリエットのような位置関係で、ただし男女は逆で、片や半透明の奇人、片や黒ずくめの怪人。
真夏の夜の夢に見るにはぴったりのちょっとしたホラーだろう。
(でも……嫌な感じじゃない)
今ここだけが世界から切り離されたような、不思議な感覚だった。時間が止まっているようだった。
静の真っ直ぐな視線を受け止めて、ブギーポップは凪のように静謐な瞳でそれを撥ね返していた。
見ようによっては、それは「じっと見つめ合っている」というリリカルな表現も可能かもしれない。
上向きの首が少し痛くなってきたが、そんなことはまるきり問題外だった。
「なにか言いたそうな顔をしているな」
だしぬけに、ブギーポップが呟く。
「え、そ、そんなことない」
慌てて否定してから、思い直して、おずおずと上目遣いに訊ねる。
「……聞いていい?」
「私に答えられることなら」
「こんなところで、なにしてるの?」
ブギーポップはそこで静から視線を外し、眼下に広がる校庭に目を移した。
「見張っているのさ」
「……なにを?」
西日に傾き始めた日光の加減で、ブギーポップの横顔になんとも言えない陰が走る。
こうして澄ました顔をしてれば意外と端正な目鼻立ちなんだなあ、と静は場違いなことを思った。
「『dis beet disrupts(崩壊のビート)』」
「え?」
「この学園には怪物が潜んでいる。それは世界を滅ぼしかねない、真に危険な──『世界の敵』だ」
そして、ブギーポップは静を見た。
「笑えるだろう?」
当の本人はこれっぽちも笑っておらず、かと言って自分が笑い飛ばすには、その声には絶望が深すぎるように思えて、
──静は途方に暮れた。
静の背後から、男とも女ともつかない声が掛けられた。
静は反射的に周囲を見回すが、声の主と思しき人影はない。
「振り返って上を見たまえ」
言われたとおりにする。
静が今しがた出てきた塔屋の平屋根には校舎全体の上水を賄う大型の貯水タンクが設置されており、
その頂上──時計塔を除いて、この学校で最も高いその地点に、そいつは立っていた。
静が追ってきた黒い影の正体は──やっぱり黒い影だった。
そいつはこの暑さにも拘らず、全身黒ずくめだった。
筒状の黒帽子をすっぽり被り、くるぶしあたりまで伸びる黒のコートを身に纏い、その隙間から見えるブーツも黒かった。
全身にダークな色調のなんだかよくわからない装飾品をじゃらじゃらつけていて、一見したところ『怪しい人』としか思えない。
太陽を背にして立つそいつをよく見ようと、逆光に目を細めた静ははっと息を呑んだ。
毒々しいまでの黒のルージュを唇に差したそいつの顔には見覚えがあった。
それもつい最近──ほんのちょっと前に、十和子と話をしていた──。
「ああ、君は……秋月貴也の同級生だったな──名は確か、静・ジョースター。合っているかな?」
そいつは、まるで他人のことに触れるように、自分の名前を口にする。
「秋月、くん……なの?」
知らず、語尾が疑問形になっていた。その煮え切らない疑問文に応えて、
「今は違う」
と、そいつはおよそ意味不明なことをのたまう。
「え、じゃあ、誰?」
我ながら間抜けな質問だと思いつつも、静はそう聞いてしまう。
だが、それほどまでに、十和子に良いように言いくるめられていた弱気そうな少年と、目の前にいる黒帽子の怪人との印象は噛み合っていなかった。
確かに同じ顔をしているのに、同一人物であるのはずなのに、別人──そんな違和感が、そこにはあった。
「私はブギーポップ。なんというのかな、秋月貴也の『別人格』──そういう解釈が、もっとも理解しやすいと思う」
秋月貴也の柔和な面影など微塵も残さず、氷のような無表情で、そいつはそう自己紹介した。
「に、二重人格? あの『ビリー・ミリガン』みたいな?」
静が口にしたのは、実在する解離性同一性障害患者に材を取った、米国で一世を風靡したベストセラー小説のタイトルだった。
確か日本でも大ヒットし、この本をきっかけにいわゆる『多重人格』という概念が世界中に浸透したはずだと静は記憶している。
そいつは肩をすくめた。能面のように硬化した表情でそれをやるので、とても不気味だった。
「いや、私にはああした人格間の相互扶助や問題意識は極めて希薄だ。私はあくまで『居候』の身の上なんでね。
──それに、私は自動的なんだ。『なにか問題が起こったからそれに対処できる人格を呼び出そう』という潜在意識的なプロセスは存在しない。
ある種の外的条件が成立することで、私は『浮かび上がっ』てくるんだ。それは反射的と言っていいほどで、私は常に受動的なんだ。
どちからというと貴志祐介の『ISOLA』に登場する人格『範子』に近い。興味があるなら一度読んでみるといい。こっちは完全な創作だがね」
そっちの方は知らなかった。それも多重人格者の物語なのだろうか。
それはともかくとして──正直、話についていけなかった。
ついさっきまで普通の学生服を着ていたクラスメートがいきなり変なコスプレをして「私は二重人格者です」と言われても、
どうリアクションを返したらいいのか分からない。
最も問題なのは、そいつ──ブギーポップが嘘や冗談を言っているようには見えず、静自身もそう受け取っていないことだろう。
「彼はちょっと妄想の激しいアレな人なんだ」と片付けてしまうのが一番楽なように思えるのだが、
ブギーポップの真摯な眼差しや、しゃんと伸びた背筋は、そういう夢見がちな態度を超越していた。
そいつは、しっかりと静を見据えていた。
思春期にありがちな誇大妄想の「登場人物」としてでなく、この世界に確かに存在する一個の人格として、
あくまで対等な目線で静を捉えていた(物理的には高所から見下ろしてるわけだが)。
(秋月くんは今は秋月くんじゃなくておかしな格好をした『ブギーポップ』で……えっと……つまり……?)
頭がウニになりそうだった。もし脳が筋肉組織で出来ていたとしたら、きっと前頭前野のあたりが痙攣を起こしているだろう。
「──まあ、好きなように解釈すればいいさ。ただの頭のおかしい人間だと思ってもらっても私は構わない。
むしろ、その通りだと自分でも思うね」
と、またも他人事のように言ってのける。その口ぶりに、静はどことなく「寂しさ」を感じ取った。
顔はやはり無表情で、その皮膚感覚に確信を持つには至らなかったが。
「ところで、君──どうしてそんなに影が薄いんだい」
静は、それを最初「お前は地味で存在感のないやつだな」という意味に捉えて鼻白みかけたが、
そこでやっと自分が『アクトン・ベイビー』を発動させてたことに気がつき、自分のほうがはるかに異常人物だということに今さら思い至る。
だが、ブギーポップはあくまで無機質で怜悧な面差しを固持していた。
あまつさえ、さも当然といった口ぶりで感嘆する。
「なるほど……『透明になる』、それが君の『才能』か」
「え、あの、驚かないの?」
「驚いて欲しいのかい? 申し訳ないが、その手の特殊能力者には慣れていてね、あまり驚異には感じないな」
『特殊能力者』、『慣れている』──?
こいつはいったい何者なんだ、という問いが今更のように持ち上がってくるが、それをどう言葉にしたらいいか分からないのがもどかしかった。
分からないままに、静は空に一番近いところにいるブギーポップを凝視している。
「ブ、ブギーポップ? って、呼んでもいい?」
「好きなように呼べばいい。どう呼ばれようと、私は私だ。主体のない、ただの不気味な泡だ」
端から見ると、それは奇妙な光景だろう。
ロミオとジュリエットのような位置関係で、ただし男女は逆で、片や半透明の奇人、片や黒ずくめの怪人。
真夏の夜の夢に見るにはぴったりのちょっとしたホラーだろう。
(でも……嫌な感じじゃない)
今ここだけが世界から切り離されたような、不思議な感覚だった。時間が止まっているようだった。
静の真っ直ぐな視線を受け止めて、ブギーポップは凪のように静謐な瞳でそれを撥ね返していた。
見ようによっては、それは「じっと見つめ合っている」というリリカルな表現も可能かもしれない。
上向きの首が少し痛くなってきたが、そんなことはまるきり問題外だった。
「なにか言いたそうな顔をしているな」
だしぬけに、ブギーポップが呟く。
「え、そ、そんなことない」
慌てて否定してから、思い直して、おずおずと上目遣いに訊ねる。
「……聞いていい?」
「私に答えられることなら」
「こんなところで、なにしてるの?」
ブギーポップはそこで静から視線を外し、眼下に広がる校庭に目を移した。
「見張っているのさ」
「……なにを?」
西日に傾き始めた日光の加減で、ブギーポップの横顔になんとも言えない陰が走る。
こうして澄ました顔をしてれば意外と端正な目鼻立ちなんだなあ、と静は場違いなことを思った。
「『dis beet disrupts(崩壊のビート)』」
「え?」
「この学園には怪物が潜んでいる。それは世界を滅ぼしかねない、真に危険な──『世界の敵』だ」
そして、ブギーポップは静を見た。
「笑えるだろう?」
当の本人はこれっぽちも笑っておらず、かと言って自分が笑い飛ばすには、その声には絶望が深すぎるように思えて、
──静は途方に暮れた。