「おいザック! 五階はどうなってる!? アーバイン! ムーア! 一階は!? 答えろ!」
六階。彼の他は誰もいないフロア。暗くて広い、逃げ場の無い最上階。
パトリックは無線機に向かい、五階と一階、それぞれの部下達に状況の報告を求めていた。
精神的支柱である指導者の怒鳴り声から少しの間が置かれた後、銃声と悲鳴をBGMにしながら
副官ザックの応答が響いた。人生最後の。
『パトリック! 聴こえてるかパトリック! 逃げろ! コイツは本物の化物だ! 早く逃げ――がはァ!』
「な、なな、何だって……!?」
肺から出発し、気管を通り、声帯を震わせて紡がれた言葉が、口の中で詰まる。つっかえる。
上手く喋ろうとすればする程、DJのスクラッチに似た滑稽さを含んでしまう。
「お、おい! ここ、こ、こた、答えろ! ザ、ザザザ、ザッ、ザック! じょ、じょう、じょう、
状況を、ほ、ほう、ほほ、報告しろ!」
いくら呼びかけようと返事は無い。交信は完全に途切れている。
胸が高鳴る。精神が高揚していく。
それに合わせるかのように、パトリックの発するアイリッシュ・ゲール語はどんどん捻れ歪み、
聞くに耐えないものに変わっていった。
「みみ、み、皆、し、しん、しん、死んだのか……? こここ、こ、ころ、殺されたのか?
お、おお、俺も? お、お、俺、お、俺も、ころ、殺されるのか?」
パトリックをどもらせているのは怒りではない。恐怖でもない。では闘士としての使命感だろうか?
それも違う。似て非なるものだ。
彼は興奮しているのだ。これ以上無いくらいに。それは“歓喜”と言い換えてもいいだろう。
部下が上げた黄泉路の叫びが彼に感じさせる。脳天から爪先まで。まるでアルフレッド・サウスウィックの
電気椅子が生み出す2000Vの電圧のように。
抗う術など無い強大な“敵”の到来を。阿鼻叫喚の“闘い”の始まりを。己の確実なる“死”の予感を。
血と炎と硝煙の記憶に満ちた彼の神経回路を、殺意と死の誘惑が入り混じった狂気の情報が伝導されていく。
「ヘヘ、ヘヘヘ、ヒヒヒヒヒ、ヒィハハハハァハハ……」
人生最高であろう喜びに、パトリックは口を大きく玉鉤の月にしながら自室に駆け込んだ。
パトリックは無線機に向かい、五階と一階、それぞれの部下達に状況の報告を求めていた。
精神的支柱である指導者の怒鳴り声から少しの間が置かれた後、銃声と悲鳴をBGMにしながら
副官ザックの応答が響いた。人生最後の。
『パトリック! 聴こえてるかパトリック! 逃げろ! コイツは本物の化物だ! 早く逃げ――がはァ!』
「な、なな、何だって……!?」
肺から出発し、気管を通り、声帯を震わせて紡がれた言葉が、口の中で詰まる。つっかえる。
上手く喋ろうとすればする程、DJのスクラッチに似た滑稽さを含んでしまう。
「お、おい! ここ、こ、こた、答えろ! ザ、ザザザ、ザッ、ザック! じょ、じょう、じょう、
状況を、ほ、ほう、ほほ、報告しろ!」
いくら呼びかけようと返事は無い。交信は完全に途切れている。
胸が高鳴る。精神が高揚していく。
それに合わせるかのように、パトリックの発するアイリッシュ・ゲール語はどんどん捻れ歪み、
聞くに耐えないものに変わっていった。
「みみ、み、皆、し、しん、しん、死んだのか……? こここ、こ、ころ、殺されたのか?
お、おお、俺も? お、お、俺、お、俺も、ころ、殺されるのか?」
パトリックをどもらせているのは怒りではない。恐怖でもない。では闘士としての使命感だろうか?
それも違う。似て非なるものだ。
彼は興奮しているのだ。これ以上無いくらいに。それは“歓喜”と言い換えてもいいだろう。
部下が上げた黄泉路の叫びが彼に感じさせる。脳天から爪先まで。まるでアルフレッド・サウスウィックの
電気椅子が生み出す2000Vの電圧のように。
抗う術など無い強大な“敵”の到来を。阿鼻叫喚の“闘い”の始まりを。己の確実なる“死”の予感を。
血と炎と硝煙の記憶に満ちた彼の神経回路を、殺意と死の誘惑が入り混じった狂気の情報が伝導されていく。
「ヘヘ、ヘヘヘ、ヒヒヒヒヒ、ヒィハハハハァハハ……」
人生最高であろう喜びに、パトリックは口を大きく玉鉤の月にしながら自室に駆け込んだ。
彼は何事かをブツブツと呟きながら、アーマライトに弾倉(マガジン)を押し込み、ストラップを肩に掛ける。
続いてもう一丁、机に立て掛けてあったアーマライトの銃身(バレル)を引っつかみ、同じように
ストラップを肩に掛けた。
続いてもう一丁、机に立て掛けてあったアーマライトの銃身(バレル)を引っつかみ、同じように
ストラップを肩に掛けた。
更に、震える手が机の引き出しに仕舞われていた手榴弾を取り出す。
どこからともなく足音が聞こえてきた。コツリ、コツリと。
そんなものはまるで耳に入らないのか、パトリックは呟き続ける。
どこからともなく足音が聞こえてきた。コツリ、コツリと。
そんなものはまるで耳に入らないのか、パトリックは呟き続ける。
「かか、か、彼、彼は、こ、こ、こぶしで、ぐ、ぐぐ、ぐいぐいと、は、は、はし、柱を、
お、おお、押し、ゆ、ゆ、ゆう、ゆう、幽霊が、み、みみ見えるとしつこく言い張る」
お、おお、押し、ゆ、ゆ、ゆう、ゆう、幽霊が、み、みみ見えるとしつこく言い張る」
小学校の時にオブライエン先生に習った、どもりを治す為の魔法の言葉(マジック・スペル)。
ああ、懐かしいな。いい先生だった。俺をよく可愛がってくれた。
禿げ頭で大酒呑みだったが、優しくて生徒達に人気があった。
少しの間しか通えなかったが、学校も友達も先生も大好きだった。
なのに、パパ、ママ。何で学校に行っちゃいけないのさ。
ああ、懐かしいな。いい先生だった。俺をよく可愛がってくれた。
禿げ頭で大酒呑みだったが、優しくて生徒達に人気があった。
少しの間しか通えなかったが、学校も友達も先生も大好きだった。
なのに、パパ、ママ。何で学校に行っちゃいけないのさ。
「か、か、彼は、こ、こぶ、こぶしで、ぐぐぐ、ぐいぐいと、は、柱を押し――」
「か、彼はこぶしで、ぐ、ぐいぐいと柱を、お、押し――」
「彼はこぶしでぐいぐいと、はし、柱を押し――」
繰り返す。何度も何度も繰り返す。あきらめずに何度でも繰り返す。
徐々に、徐々に、その魔法の言葉は聞き取りやすい正確なものとなっていく。
上手く言える度に、狂気に引きつる笑いは、無邪気な少年の笑顔に変わっていった。
コツリ、コツリ。足音はこの部屋に近づいてくる。
徐々に、徐々に、その魔法の言葉は聞き取りやすい正確なものとなっていく。
上手く言える度に、狂気に引きつる笑いは、無邪気な少年の笑顔に変わっていった。
コツリ、コツリ。足音はこの部屋に近づいてくる。
「彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し、幽霊が見えるとしつこく言い張る」
言えた。ちゃんと言えたぞ。そうだ。こう言えばいいんだ。
先生が褒めてくれる。上手く言えた時、先生はいつも大きな声で褒めてくれた。
『goooood! Patrick,very gooooooood!!』って。俺は嬉しかった。
もうパパにもママにも怒られない。邪魔にされない。夕食だって食べさせてもらえる。
先生が褒めてくれる。上手く言えた時、先生はいつも大きな声で褒めてくれた。
『goooood! Patrick,very gooooooood!!』って。俺は嬉しかった。
もうパパにもママにも怒られない。邪魔にされない。夕食だって食べさせてもらえる。
へへん、と鼻の下を指で擦り、彼は自慢げに呟き続ける。
この言葉なら世界中の誰よりも上手に言える気さえする。
「彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと
柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとし
つこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る彼はこぶし
でぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊
が見えるとしつこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張
る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る」
息継ぎも忘れ、取り憑かれたように呟き続ける。
この言葉なら世界中の誰よりも上手に言える気さえする。
「彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと
柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとし
つこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る彼はこぶし
でぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊
が見えるとしつこく言い張る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張
る彼はこぶしでぐいぐいと柱を押し幽霊が見えるとしつこく言い張る」
息継ぎも忘れ、取り憑かれたように呟き続ける。
コツリ、コツリ、コツリ、コツリ。
鳴り響く足音は次第に大きく、近くなり――
「彼は! こぶしでぐいぐいと柱を押し!」
――やがて、この部屋のドアの前で止まった。
「幽霊が見えると!! しつこく言い張る!!」
魔法の言葉を大音声で高らかに唱えながら、パトリックは二丁のアーマライトの銃口をドアに向け、
引き金(トリガー)を引いた。
二つの銃口が火花を吹きながら、大量の弾丸を撒き散らす。
毎分1800発の銃弾の前に、木製のドアは煙を上げながら砂糖菓子のように簡単に砕けていく。
そして砕け散っていくドアの向こうにチラリと人影が見えたが、すぐに煙の中に消えていった。
銃身の排莢口から無限の勢いでバラバラと薬莢が吐き出される。
床に落下した薬莢が立てる金属音が、野暮ったい銃声の中で心地良い。
鳴り響く足音は次第に大きく、近くなり――
「彼は! こぶしでぐいぐいと柱を押し!」
――やがて、この部屋のドアの前で止まった。
「幽霊が見えると!! しつこく言い張る!!」
魔法の言葉を大音声で高らかに唱えながら、パトリックは二丁のアーマライトの銃口をドアに向け、
引き金(トリガー)を引いた。
二つの銃口が火花を吹きながら、大量の弾丸を撒き散らす。
毎分1800発の銃弾の前に、木製のドアは煙を上げながら砂糖菓子のように簡単に砕けていく。
そして砕け散っていくドアの向こうにチラリと人影が見えたが、すぐに煙の中に消えていった。
銃身の排莢口から無限の勢いでバラバラと薬莢が吐き出される。
床に落下した薬莢が立てる金属音が、野暮ったい銃声の中で心地良い。
そのうちに、銃声も薬莢の落下音も文字通り打ち止めとなった。カチリ、カチリと引き金を引く音だけが
僅かに聞こえるだけ。
だが、それもパトリックが大きく息を吐いて、弾倉が空になったアーマライトを下ろすまでだった。
彼の周りは耳が痛いくらいの静寂に包まれている。
「ヘヘ……終わりかよ……」
首を傾げて、ガキ大将のように鼻息を荒くしながら、弾倉を交換するパトリック。
僅かに聞こえるだけ。
だが、それもパトリックが大きく息を吐いて、弾倉が空になったアーマライトを下ろすまでだった。
彼の周りは耳が痛いくらいの静寂に包まれている。
「ヘヘ……終わりかよ……」
首を傾げて、ガキ大将のように鼻息を荒くしながら、弾倉を交換するパトリック。
不意に、濛々と煙る中から何か丸いものがこちらに投げ込まれた。
続けて二個、三個と。次々に四個、五個と。
その光景を見たパトリックは危うく吹き出しそうになってしまった。
どうにも気の利いたコメディのようだった。顔見知りが床を転がってくるのだから。
ザックを始めとした二十年来の部下達が、採れたての果実となって転がってくるのだから。
続けて二個、三個と。次々に四個、五個と。
その光景を見たパトリックは危うく吹き出しそうになってしまった。
どうにも気の利いたコメディのようだった。顔見知りが床を転がってくるのだから。
ザックを始めとした二十年来の部下達が、採れたての果実となって転がってくるのだから。
なんだ、お前ら。そんなとこにいたのか。持ち場を放っぽり出して、何やってるんだ。
そして、オマケだと言わんばかりに勿体振った間を空けて、最後の一個が投げ込まれた。
まだ記憶に新しい。いや、記憶から抜け落ちていく筈だった、フリル付きカチューシャとリボン。
まだ記憶に新しい。いや、記憶から抜け落ちていく筈だった、フリル付きカチューシャとリボン。
やあ、ブリギット。さっき出て行ったのにもう戻ってきたのか。悪い子だ、俺の言う事が聞けないなんて。
指揮官と少女が“再会”を果たしているその前方で、煙の中を幽かに人影が揺らめいた。
刹那の煌きの後、その人影から幾本もの“銃剣”がパトリックに向かって放たれた。
銃剣は彼の左肩、胸、腹、両膝を一度に深々と刺し貫く。
「ガハッ!」
パトリックは跪くかの如く座り込み、赦しを乞うが如く手を突いた。
床に転がるブリギットと眼が合う。
刹那の煌きの後、その人影から幾本もの“銃剣”がパトリックに向かって放たれた。
銃剣は彼の左肩、胸、腹、両膝を一度に深々と刺し貫く。
「ガハッ!」
パトリックは跪くかの如く座り込み、赦しを乞うが如く手を突いた。
床に転がるブリギットと眼が合う。
まあ、見てろよ。今からが一番楽しいとこなんだから。
煙にたゆたう人影は、今は鮮明なものとなっていた。大きい。尋常ならざる長身だ。
突如、抑揚の無い無機質な低い声が廊下に、部屋中に響き渡る。早口に、こちらを追い立てんばかりに。
「我らの神の救いと力と国と、神のキリストの権威とは、今既に来たれり。我らの兄弟を訴え、
夜昼我らの神の御前に訴うるもの落とされたり。兄弟達は子羊の血と己が証の言葉とによりて勝ち、
死に至るまで己が命を惜しまざりき。この故に天と天に住める者よ、よろこべ」
一呼吸を置き、声はそれまでとは打って変わって、憤怒と激情に満ち満ちたものとなった。
審判の日に現れる四つの生き物が上げる雷鳴のような声とは、もしかしたらこういう声なのかもしれない。
「しかして地と海とは禍いなるかな、悪魔は己が時の暫くなるを知り、大いなる憤りを抱きて
汝らのもとに下りたればなり!
突如、抑揚の無い無機質な低い声が廊下に、部屋中に響き渡る。早口に、こちらを追い立てんばかりに。
「我らの神の救いと力と国と、神のキリストの権威とは、今既に来たれり。我らの兄弟を訴え、
夜昼我らの神の御前に訴うるもの落とされたり。兄弟達は子羊の血と己が証の言葉とによりて勝ち、
死に至るまで己が命を惜しまざりき。この故に天と天に住める者よ、よろこべ」
一呼吸を置き、声はそれまでとは打って変わって、憤怒と激情に満ち満ちたものとなった。
審判の日に現れる四つの生き物が上げる雷鳴のような声とは、もしかしたらこういう声なのかもしれない。
「しかして地と海とは禍いなるかな、悪魔は己が時の暫くなるを知り、大いなる憤りを抱きて
汝らのもとに下りたればなり!
影が動いた。
木屑やコンクリートの欠片を踏み締め、その常人離れした体躯の持ち主は一歩、また一歩と部屋に
足を踏み入れる。
ついに来た。ここまで辿り着かれてしまった。
いや、違う。
来てくれたのだ。命の奪い合いを渇望する男の招待に応じたのだ。両手には主の祝福を受けた
剣をしっかりと携えて。
“御主に伏する死徒”“刺客(イスカリオテ)のユダ”“神の代理人”“銃剣(バヨネット)”
ヴァチカン特務局第13課、アレクサンド・アンデルセン神父。
彼は床に這いつくばるパトリックを見下ろし、銃剣を握る手でクイと眼鏡を押し上げる。
パトリックもまたアンデルセンを見上げた。
木屑やコンクリートの欠片を踏み締め、その常人離れした体躯の持ち主は一歩、また一歩と部屋に
足を踏み入れる。
ついに来た。ここまで辿り着かれてしまった。
いや、違う。
来てくれたのだ。命の奪い合いを渇望する男の招待に応じたのだ。両手には主の祝福を受けた
剣をしっかりと携えて。
“御主に伏する死徒”“刺客(イスカリオテ)のユダ”“神の代理人”“銃剣(バヨネット)”
ヴァチカン特務局第13課、アレクサンド・アンデルセン神父。
彼は床に這いつくばるパトリックを見下ろし、銃剣を握る手でクイと眼鏡を押し上げる。
パトリックもまたアンデルセンを見上げた。
ああ、神父様。丁度いいところに来てくれた。聞いて欲しい事があるんだよ。
とりあえずこの銃声を聴いてみてくれ。すごく気持ちいいから。すごく響くから。
とりあえずこの銃声を聴いてみてくれ。すごく気持ちいいから。すごく響くから。
パトリックは笑いを含んだ無言のまま、身体を起こして素早く銃を構える。
二丁を構えたつもりだったが左腕は動かない。右腕だけだ。
人差し指に力を込めて、パトリックは再度、発砲を開始した。
今度は標的がハッキリと見える。しかも、先程よりも更に近距離だ。狙うのは簡単だ。
弾は命中している。血も飛び散る。だが、倒れない。顔色も変えていない。銃創は瞬時に塞がっていく。
何もかもがアーマー市警襲撃作戦の時に、モニターで見たとおりだった。
「そんな玩具(オモチャ)で、この私がどうにか出来るとでも思っているのか……」
アンデルセンはまるで瞬間移動を思わせる素早さで、一足飛びにパトリックの目の前まで近づくと、
銃剣を大きく一振りした。
パトリックの右腕がドサリと床に落ちる。
「ぐぅおおッ!」
「パトリック・オコーネル。貴様は我らが神に背を向け、堕落し、人ならざるものを使役した。
貴様の罪は重い……」
アンデルセンは両手に下げる、銀色に鈍く輝く銃剣と真新しい血が滴る銃剣を、厳かな手つきで
膝立ちのパトリックに近づけた。
二丁を構えたつもりだったが左腕は動かない。右腕だけだ。
人差し指に力を込めて、パトリックは再度、発砲を開始した。
今度は標的がハッキリと見える。しかも、先程よりも更に近距離だ。狙うのは簡単だ。
弾は命中している。血も飛び散る。だが、倒れない。顔色も変えていない。銃創は瞬時に塞がっていく。
何もかもがアーマー市警襲撃作戦の時に、モニターで見たとおりだった。
「そんな玩具(オモチャ)で、この私がどうにか出来るとでも思っているのか……」
アンデルセンはまるで瞬間移動を思わせる素早さで、一足飛びにパトリックの目の前まで近づくと、
銃剣を大きく一振りした。
パトリックの右腕がドサリと床に落ちる。
「ぐぅおおッ!」
「パトリック・オコーネル。貴様は我らが神に背を向け、堕落し、人ならざるものを使役した。
貴様の罪は重い……」
アンデルセンは両手に下げる、銀色に鈍く輝く銃剣と真新しい血が滴る銃剣を、厳かな手つきで
膝立ちのパトリックに近づけた。
「この私が神に代わりて罰を下してくれる。貴様がその罪を贖うには、一度死ぬだけでは足りん――」
静かに、ゆっくりと二本の銃剣を交叉させ、その長い刀身でパトリックの首を挟む。
「――七度の七十七倍、殺してやろう。その肉を滅し、その霊を亡ぼし、その魂が永劫の時を以って
地獄の牢に繋がれるようになァ……」
「ヘ……。ヘヘヘ、ヘェアハハハハハ……ヒヒヒヒヒ……」
聖なる断頭台に掛けられたパトリックは調子外れの笑い声を洩らす。
死刑執行人(アンデルセン)が両腕を横に広げるだけで、その39年の人生が幕を下ろすというのに。
「何がおかしい」
問い掛けるアンデルセンの声を聞きながら、パトリックはまるで場違いな下らない事を考えていた。
“今の俺ならハリウッドデビューだって出来そうだ。監督はジョン・マクティアナンじゃなきゃ
OKしないがな”などと。
「ヘヘ、ヘヘヘッ……。テ、テメエも死ぬんだ、糞垂れ野郎(マザーファッカー)……!」
何かが床に落ち、転がった。
下を向いたアンデルセンの足元には、ピンが抜かれた手榴弾が二つ。
「ヌウッ!?」
爆破の閃光が僅かに一瞬、アンデルセンとパトリックを照らしたが、すぐに何もかもがわからなくなった。
部屋のガラスが外に向かって砕け散り、強烈な爆発音が六階全体に轟く。
爆発の中心にいたアンデルセンは衝撃と爆炎の直撃を受けた。
静かに、ゆっくりと二本の銃剣を交叉させ、その長い刀身でパトリックの首を挟む。
「――七度の七十七倍、殺してやろう。その肉を滅し、その霊を亡ぼし、その魂が永劫の時を以って
地獄の牢に繋がれるようになァ……」
「ヘ……。ヘヘヘ、ヘェアハハハハハ……ヒヒヒヒヒ……」
聖なる断頭台に掛けられたパトリックは調子外れの笑い声を洩らす。
死刑執行人(アンデルセン)が両腕を横に広げるだけで、その39年の人生が幕を下ろすというのに。
「何がおかしい」
問い掛けるアンデルセンの声を聞きながら、パトリックはまるで場違いな下らない事を考えていた。
“今の俺ならハリウッドデビューだって出来そうだ。監督はジョン・マクティアナンじゃなきゃ
OKしないがな”などと。
「ヘヘ、ヘヘヘッ……。テ、テメエも死ぬんだ、糞垂れ野郎(マザーファッカー)……!」
何かが床に落ち、転がった。
下を向いたアンデルセンの足元には、ピンが抜かれた手榴弾が二つ。
「ヌウッ!?」
爆破の閃光が僅かに一瞬、アンデルセンとパトリックを照らしたが、すぐに何もかもがわからなくなった。
部屋のガラスが外に向かって砕け散り、強烈な爆発音が六階全体に轟く。
爆発の中心にいたアンデルセンは衝撃と爆炎の直撃を受けた。
部屋中に黒煙が立ち込めている。
パトリックは爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。
「グゥエエッ! ガハァ! ハァ、ハァ、ゴホッ……!」
壁にもたれるように座り込み、うつむいたパトリックはまるでボロ雑巾だ。
どこもかしこもに炎によって焼け焦げ、手榴弾の破片によってズタズタになっている。
身体中に突き刺されたままだった銃剣は、爆発の際にパトリックの身体を大きく切り裂いて
どこかに飛んで行ってしまった。
特に腹からは生命維持に必要な器官がゴッソリと顔を覗かせている。
そして閉じられた両眼からは、涙のように止めど無く鮮血が流れていた。
パトリックはそれでも尚、してやったりと勝ち誇った笑い声を血反吐と共に吐き出し、動かない腕で
ガッツポーズを決めようと力を込める。
「ガアッ、ガハッ! ヒヒ、ヒヒヒ、ヒハハハハハ! ゲホォ! ザマぁ見やがれ(イピ・カイ・イェー)!
ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
パトリックは爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。
「グゥエエッ! ガハァ! ハァ、ハァ、ゴホッ……!」
壁にもたれるように座り込み、うつむいたパトリックはまるでボロ雑巾だ。
どこもかしこもに炎によって焼け焦げ、手榴弾の破片によってズタズタになっている。
身体中に突き刺されたままだった銃剣は、爆発の際にパトリックの身体を大きく切り裂いて
どこかに飛んで行ってしまった。
特に腹からは生命維持に必要な器官がゴッソリと顔を覗かせている。
そして閉じられた両眼からは、涙のように止めど無く鮮血が流れていた。
パトリックはそれでも尚、してやったりと勝ち誇った笑い声を血反吐と共に吐き出し、動かない腕で
ガッツポーズを決めようと力を込める。
「ガアッ、ガハッ! ヒヒ、ヒヒヒ、ヒハハハハハ! ゲホォ! ザマぁ見やがれ(イピ・カイ・イェー)!
ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
楽しい。楽しいなあ。
こんなに楽しいのは、ああ、いつ以来だろう。
そうだ。初めての時だ。初めての組織(IRA)の仕事の時だ。
小学校を爆破した時だ。俺の通ってた小学校を。あれは凄かったな。
みんなバラバラだった。校舎も机も教壇も生徒も先生も。
オブライエン先生の禿げ頭もパッカリ割れて、脳味噌が花を咲かせたようだった。
綺麗で、滑稽で。ああ、楽しかったなあ。
こんなに楽しいのは、ああ、いつ以来だろう。
そうだ。初めての時だ。初めての組織(IRA)の仕事の時だ。
小学校を爆破した時だ。俺の通ってた小学校を。あれは凄かったな。
みんなバラバラだった。校舎も机も教壇も生徒も先生も。
オブライエン先生の禿げ頭もパッカリ割れて、脳味噌が花を咲かせたようだった。
綺麗で、滑稽で。ああ、楽しかったなあ。
「フフフ……ヒヒヒ……」
いやあ、あんなもんじゃない。
今度は俺が殺されるんだ。みんなが俺を殺すんだ。
俺が殺すんだ。俺を殺すんだ。俺が神父を殺すんだ。俺が殺されるんだ。
さあ、みんな殺しに来い。協力者も、英軍も、神父も、警官も、先生も、パパも、ママも。
俺が、俺が、俺が殺してやるから。
楽しいぞ。死ぬまで殺すんだ。殺されるまで死なすんだ。楽しいぞ。
今度は俺が殺されるんだ。みんなが俺を殺すんだ。
俺が殺すんだ。俺を殺すんだ。俺が神父を殺すんだ。俺が殺されるんだ。
さあ、みんな殺しに来い。協力者も、英軍も、神父も、警官も、先生も、パパも、ママも。
俺が、俺が、俺が殺してやるから。
楽しいぞ。死ぬまで殺すんだ。殺されるまで死なすんだ。楽しいぞ。
まだだった。パトリックの望み通り、まだ闘い(ゲーム)は終わってはいなかった。
立ち込める黒煙の中からアンデルセンが姿を現したのだ。
「流石に少し時間がかかったな……」
無傷だ。
厳密に言えば爆発によって致命傷に近い傷を負ったのかもしれないが、再生者(リジェネレーター)である
彼にとっては致命傷になど決してなり得ない。
うつむくパトリックはアンデルセンの生存を感じ取ると、頭をもたげてカッと瞼を開いた。
赤く煮えたぎるマグマを湛えた眼窩から、それまで以上の大量の血涙が溢れ出る。
血塗れの泣き笑いで声の聞こえた方へ顔を向けるパトリック。
それに応じるようにアンデルセンも法衣の懐から新しい銃剣を取り出す。
「ククク……。どうした? やけに楽しそうじゃないか、パトリック・オコーネル。
まるで化物だ。まるでワラキアの夜だ。人の形をしているくせになんて様(ザマ)だ」
と罵ってはいるものの、そのアンデルセンの顔にも狂喜の笑みが貼り付いている。
立ち込める黒煙の中からアンデルセンが姿を現したのだ。
「流石に少し時間がかかったな……」
無傷だ。
厳密に言えば爆発によって致命傷に近い傷を負ったのかもしれないが、再生者(リジェネレーター)である
彼にとっては致命傷になど決してなり得ない。
うつむくパトリックはアンデルセンの生存を感じ取ると、頭をもたげてカッと瞼を開いた。
赤く煮えたぎるマグマを湛えた眼窩から、それまで以上の大量の血涙が溢れ出る。
血塗れの泣き笑いで声の聞こえた方へ顔を向けるパトリック。
それに応じるようにアンデルセンも法衣の懐から新しい銃剣を取り出す。
「ククク……。どうした? やけに楽しそうじゃないか、パトリック・オコーネル。
まるで化物だ。まるでワラキアの夜だ。人の形をしているくせになんて様(ザマ)だ」
と罵ってはいるものの、そのアンデルセンの顔にも狂喜の笑みが貼り付いている。
パトリックは立ち上がろうとしていた。両膝を射抜かれたその脚で。
それでは終わらず、残った腕で銃を構えようとしている。肩を射抜かれたその腕で。
「さ、さァ……殺、ろう……ぜ……」
息も絶え絶え、指で押せば倒れそうな程に頼りない。
全身を震わせながら立ち上がったパトリックは、銃を構えたまま動かずにいる。
「シィイイイイイアァアアアアア!!」
アンデルセンは少しの慈悲も憐れみも無く、動かないパトリックに突進した。
振り払うようにして銃を握る左腕を斬り落とす。
そして、間髪入れず首筋に横薙ぎの一閃を放った。
それでは終わらず、残った腕で銃を構えようとしている。肩を射抜かれたその腕で。
「さ、さァ……殺、ろう……ぜ……」
息も絶え絶え、指で押せば倒れそうな程に頼りない。
全身を震わせながら立ち上がったパトリックは、銃を構えたまま動かずにいる。
「シィイイイイイアァアアアアア!!」
アンデルセンは少しの慈悲も憐れみも無く、動かないパトリックに突進した。
振り払うようにして銃を握る左腕を斬り落とす。
そして、間髪入れず首筋に横薙ぎの一閃を放った。
「――AMEN!」
パトリックは何を考えていたのだろうか。それは宙を舞う彼の表情から推し量るしかない。
最期まで歓喜の笑いを崩さなかった彼の表情を見る事が出来るなら、誰もが同一の印象を受けるだろう。
その表情は今にも「more!(もっとだ!)」と叫びだしそうだった。
最期まで歓喜の笑いを崩さなかった彼の表情を見る事が出来るなら、誰もが同一の印象を受けるだろう。
その表情は今にも「more!(もっとだ!)」と叫びだしそうだった。
死は勝利にのまれてしまった。死よ、お前の勝利はどこにあるのか? 死よ、お前の棘はどこにあるのか?
湿った音を立てて“片方の”パトリックが床に転がった。少し遅れて“もう片方の”パトリックも
床に倒れ込んだ。
パトリック・オコーネルは、死んだ。
彼は遂にその最後の瞬間まで、この闘争劇の主役である“錬金戦団”や“錬金の戦士”の存在を
知る事は無かった。
彼は何も知らなかったに等しい。彼の元にいたホムンクルスの正体も。彼を殺した神父の真の敵も。
闇の世界に生きていた筈の彼も、さらに深い闇の中で戦い続ける存在の前には、その一抹を触れたに
過ぎなかったのだ。
彼はカトリック信徒として生を受け、テロリストとして闘争の中を生き抜き、背信の徒として処刑された。
床に倒れ込んだ。
パトリック・オコーネルは、死んだ。
彼は遂にその最後の瞬間まで、この闘争劇の主役である“錬金戦団”や“錬金の戦士”の存在を
知る事は無かった。
彼は何も知らなかったに等しい。彼の元にいたホムンクルスの正体も。彼を殺した神父の真の敵も。
闇の世界に生きていた筈の彼も、さらに深い闇の中で戦い続ける存在の前には、その一抹を触れたに
過ぎなかったのだ。
彼はカトリック信徒として生を受け、テロリストとして闘争の中を生き抜き、背信の徒として処刑された。
ただの、人間として。