第九十七話「THE FOX AND THE GRAPES」
さっさと終わらせちまおう。西東はそう言った。
「これが小説ならば、もう読者が見たい部分は全部終わっちまったんだ。こんな場面、本来ならば書く必要などは
ない。後から<こうこうこんなことがあった>とでも注釈を入れればすむような場面なんだ。だから―――
さっさと終わらせちまおう」
そして西東は懐から、一丁の拳銃を取り出し、のび太に持たせた。
ずしりと重い―――人殺しのための鉄塊だ。
「人払いはしてある。しばらくは誰の邪魔も入らねえから心配するな。何も考えず、俺の脳天に向けて撃つ。それで
仕舞だ―――そうそう、一つだけ言わなきゃいけないことが残ってた。今回の勝負の結果についてだ」
「何か、文句でもあるの?」
「いや、文句は無い。お前が勝って俺が負けた。それには文句の付けようもないさ。だが、もしかしたらお前らはそれに
ついて、運命を切り開いた、運命に打ち勝った―――などと、傲岸不遜なことを考えてるんじゃないかと心配でな」
西東は一拍置いて続けた。
「俺達は運命に流していただいている身―――それに逆らうことは赦されない。お前らは運命を切り開いたわけではない。
―――ただ、運命がお前たちを勝たせてくださっただけだ。忘れるな。全ては運命だ。この結果は最初から決まっていた。
運命は最初からお前たちを選んでくださっていた。それだけだ」
「・・・・・・」
詭弁ですらない。言い訳にすらなっていない。
運命が全てを決めているから、どんな結果も運命を切り開いたことにはならない。
ただ、運命がそう決めたからそうなった。
それで全てを片付ける。それで全てを無為となす。
詭弁、言い訳、曳かれ者の小唄。なんと言ってもいいけれど―――それじゃあまるで、狐と葡萄の例え話だ。
あまりにも・・・あんまりすぎる。
「西東、さん・・・」
のび太は言った。
「ぼくらが戦ってきた相手にとって、ぼくらって実は、全然眼中になかったんじゃないかと思うんだ」
「<全然眼中になかった>ふん。と、いうと?」
「まあ、そいつらはそいつらで別に目的があって・・・それさえ果たせるなら、別にぼくたちなんてどうでもよかった。
別にぼくたちがどうしようと、どうでもよかった。そんな奴らばかりだった。けど・・・あなたは違った」
そう、あなたは。
「あなたはぼくらを。ぼくらそのものを目的にした。最終的には世界の終わりを見ることがあなたの目標だったんだろう
けど―――それでも、ぼくたちを見ていた。敵としてだったけど―――見てくれた」
それは、怖いくらいに―――
「ぼく、人に褒められることなんて、あんまりないからさ。だから・・・あなたのことは怖いし、色々酷いこともされた
から、大嫌いだけど・・・それでも、嬉しかった。あそこまで褒めてくれて・・・認めてくれたから」
心の底から、それだけは嬉しかった。
「だから・・・だから、ぼくは。あなたがもう、世界の終わりなんて目指さないって・・・そう約束してくれるなら・・・」
「ぼくはあなたを殺す・・・そんなのはなかったことにして―――あなたとだって、友達になれると思うんだ」
「・・・くっくっく」
西東は、いつものように、犯しそうに笑った。
「やめてくれ。俺には友達はいらない。もう、いらない。俺の友達と言えるのは、二人だけだ。そいつらももう、死んだ。
だからもう―――いらねえよ、そんなもん」
それに、だ。西東は続けた。
「それに俺は、世界の終わりを見ることを諦めることはできん。シュウもまた、世界の終わりの答えではなかった。
ならば、どこかに―――どこかに、あるはずだ。世界の終わり。その解答は。俺はそれを、どうしても見たい」
「・・・・・・」
「俺はそのために、あらゆるものを捨てちまった。二人の親友も、娘も、何もかも、大事なものもそうでないものも、
全て等しく切り捨てた―――いまさら、自分の命程度を惜しめるものか」
だから―――
「俺をここで殺さなければ、俺は再び十三階段を集め、世界の終わりを目指すだけだ。お前はそんな俺の遊びに、一生
付き合うつもりかよ?」
「それは・・・嫌だなあ、ちょっと」
のび太は苦笑した。
「だろうな。ならば、ここで」
俺との因果は、閉じておけ。
それだけ言って、西東は黙りこくった。もう何も言わない。
のび太は拳銃を、西東に向けた。外さない。のび太の腕があれば。のび太に腕がなかったところで、この距離ならば―――
外れることはありえない。
「・・・ああ、そうだ。言い忘れた」
西東は、突然口を開いた。
「これで俺とお前の勝負は幕を閉じるわけだが・・・お前の戦いはこれで終わりではない。むしろ、これからが本番だぜ」
西東は、笑った。犯しそうに笑った。
「世界はお前を放っておかない。直に第二・第三の俺が現れる。今回の一件などほんの前哨戦と思えるほどの無数の怪物
たちが、お前の行く手に待っている。幾多の不幸と幾多の不運が、あまねく異形が全ての異能が、お前に牙を剥くだろう。
全ての伏線を消化したなどと思うな。全ての世界を知ったなどと思うな。お前の知ったことなど、ほんの僅かだ。
それだけは、肝に銘じておけよ」
くっくっく。狐は笑った。
「それで―――お前は何処へ行く?世界はお前のような奴を放っておいてはくれない。これから先に待ち受ける数多の困難
を前に、何処へ?なあ―――答えろよ、俺の敵・・・野比のび太」
西東は言う。狐は言う。最悪は言う―――
「俺の屍を越えて、お前はこれから、どこへ行くんだ?」
のび太は答えた。
「ぼくはもう、どこにも行く気はないよ。当分冒険は真っ平だ」
そして、引鉄を―――誰にも恥じることのない、自らの意志で、引いた。
「ひとまず家に、帰るとするよ。それからのことは・・・それから考える」
銃声が響いた。
かくして、最悪の狐―――西東天との戦闘はこの時点で、完全に終結したのだった。
さっさと終わらせちまおう。西東はそう言った。
「これが小説ならば、もう読者が見たい部分は全部終わっちまったんだ。こんな場面、本来ならば書く必要などは
ない。後から<こうこうこんなことがあった>とでも注釈を入れればすむような場面なんだ。だから―――
さっさと終わらせちまおう」
そして西東は懐から、一丁の拳銃を取り出し、のび太に持たせた。
ずしりと重い―――人殺しのための鉄塊だ。
「人払いはしてある。しばらくは誰の邪魔も入らねえから心配するな。何も考えず、俺の脳天に向けて撃つ。それで
仕舞だ―――そうそう、一つだけ言わなきゃいけないことが残ってた。今回の勝負の結果についてだ」
「何か、文句でもあるの?」
「いや、文句は無い。お前が勝って俺が負けた。それには文句の付けようもないさ。だが、もしかしたらお前らはそれに
ついて、運命を切り開いた、運命に打ち勝った―――などと、傲岸不遜なことを考えてるんじゃないかと心配でな」
西東は一拍置いて続けた。
「俺達は運命に流していただいている身―――それに逆らうことは赦されない。お前らは運命を切り開いたわけではない。
―――ただ、運命がお前たちを勝たせてくださっただけだ。忘れるな。全ては運命だ。この結果は最初から決まっていた。
運命は最初からお前たちを選んでくださっていた。それだけだ」
「・・・・・・」
詭弁ですらない。言い訳にすらなっていない。
運命が全てを決めているから、どんな結果も運命を切り開いたことにはならない。
ただ、運命がそう決めたからそうなった。
それで全てを片付ける。それで全てを無為となす。
詭弁、言い訳、曳かれ者の小唄。なんと言ってもいいけれど―――それじゃあまるで、狐と葡萄の例え話だ。
あまりにも・・・あんまりすぎる。
「西東、さん・・・」
のび太は言った。
「ぼくらが戦ってきた相手にとって、ぼくらって実は、全然眼中になかったんじゃないかと思うんだ」
「<全然眼中になかった>ふん。と、いうと?」
「まあ、そいつらはそいつらで別に目的があって・・・それさえ果たせるなら、別にぼくたちなんてどうでもよかった。
別にぼくたちがどうしようと、どうでもよかった。そんな奴らばかりだった。けど・・・あなたは違った」
そう、あなたは。
「あなたはぼくらを。ぼくらそのものを目的にした。最終的には世界の終わりを見ることがあなたの目標だったんだろう
けど―――それでも、ぼくたちを見ていた。敵としてだったけど―――見てくれた」
それは、怖いくらいに―――
「ぼく、人に褒められることなんて、あんまりないからさ。だから・・・あなたのことは怖いし、色々酷いこともされた
から、大嫌いだけど・・・それでも、嬉しかった。あそこまで褒めてくれて・・・認めてくれたから」
心の底から、それだけは嬉しかった。
「だから・・・だから、ぼくは。あなたがもう、世界の終わりなんて目指さないって・・・そう約束してくれるなら・・・」
「ぼくはあなたを殺す・・・そんなのはなかったことにして―――あなたとだって、友達になれると思うんだ」
「・・・くっくっく」
西東は、いつものように、犯しそうに笑った。
「やめてくれ。俺には友達はいらない。もう、いらない。俺の友達と言えるのは、二人だけだ。そいつらももう、死んだ。
だからもう―――いらねえよ、そんなもん」
それに、だ。西東は続けた。
「それに俺は、世界の終わりを見ることを諦めることはできん。シュウもまた、世界の終わりの答えではなかった。
ならば、どこかに―――どこかに、あるはずだ。世界の終わり。その解答は。俺はそれを、どうしても見たい」
「・・・・・・」
「俺はそのために、あらゆるものを捨てちまった。二人の親友も、娘も、何もかも、大事なものもそうでないものも、
全て等しく切り捨てた―――いまさら、自分の命程度を惜しめるものか」
だから―――
「俺をここで殺さなければ、俺は再び十三階段を集め、世界の終わりを目指すだけだ。お前はそんな俺の遊びに、一生
付き合うつもりかよ?」
「それは・・・嫌だなあ、ちょっと」
のび太は苦笑した。
「だろうな。ならば、ここで」
俺との因果は、閉じておけ。
それだけ言って、西東は黙りこくった。もう何も言わない。
のび太は拳銃を、西東に向けた。外さない。のび太の腕があれば。のび太に腕がなかったところで、この距離ならば―――
外れることはありえない。
「・・・ああ、そうだ。言い忘れた」
西東は、突然口を開いた。
「これで俺とお前の勝負は幕を閉じるわけだが・・・お前の戦いはこれで終わりではない。むしろ、これからが本番だぜ」
西東は、笑った。犯しそうに笑った。
「世界はお前を放っておかない。直に第二・第三の俺が現れる。今回の一件などほんの前哨戦と思えるほどの無数の怪物
たちが、お前の行く手に待っている。幾多の不幸と幾多の不運が、あまねく異形が全ての異能が、お前に牙を剥くだろう。
全ての伏線を消化したなどと思うな。全ての世界を知ったなどと思うな。お前の知ったことなど、ほんの僅かだ。
それだけは、肝に銘じておけよ」
くっくっく。狐は笑った。
「それで―――お前は何処へ行く?世界はお前のような奴を放っておいてはくれない。これから先に待ち受ける数多の困難
を前に、何処へ?なあ―――答えろよ、俺の敵・・・野比のび太」
西東は言う。狐は言う。最悪は言う―――
「俺の屍を越えて、お前はこれから、どこへ行くんだ?」
のび太は答えた。
「ぼくはもう、どこにも行く気はないよ。当分冒険は真っ平だ」
そして、引鉄を―――誰にも恥じることのない、自らの意志で、引いた。
「ひとまず家に、帰るとするよ。それからのことは・・・それから考える」
銃声が響いた。
かくして、最悪の狐―――西東天との戦闘はこの時点で、完全に終結したのだった。