part.2act2
聖域中枢、教皇の間。
白い顔をさらに青白くしたニコルは、グラード財団からの出向で聖域に入ってもらっている男、
マース・ヒューズと内密の会談をしていた。
元イギリス陸軍諜報部所属、非公式作戦の功績から20代で中佐に昇進したという辣腕(らつわん)の情報将校である。
彼はグラード財団の招きに応じてあっさりと除隊。
愛妻家にして家族主義者である彼は、危険度の高い割りに給料の低い軍に見切りをつけ、
条件の良いグラード財団情報処理部門の特別顧問へと華麗に転職していた。
一児の父にしてよき夫、日本風の言い方をするならば一家の大黒柱。
そんな彼は、何の因果か欧州史上最悪のタブー「聖域」へ出入りする身分となっていた。
情報を制すものが世界を制す。
聖域は持ち前の機動力を生かした情報網を世界各地に張り巡らせている。
ありとあらゆる権力者、時には犯罪者すら利用して聖域はその知覚を広げていったのだ。
結果、欧州出身の組織では非常に稀なイスラム系組織との強固なパイプを持つことが出来たのである。
だが、いかに優れた情報網を有していたとしても、扱う者がいなければ宝の持ち腐れだ。
サガの乱に伴い粛清された人材の補填の為、マース・ヒューズが引き抜かれたのはそういった理由がある。
無論、聖域の厳格な審査に通過した人物だから、といった面も大きかったが。
白い顔をさらに青白くしたニコルは、グラード財団からの出向で聖域に入ってもらっている男、
マース・ヒューズと内密の会談をしていた。
元イギリス陸軍諜報部所属、非公式作戦の功績から20代で中佐に昇進したという辣腕(らつわん)の情報将校である。
彼はグラード財団の招きに応じてあっさりと除隊。
愛妻家にして家族主義者である彼は、危険度の高い割りに給料の低い軍に見切りをつけ、
条件の良いグラード財団情報処理部門の特別顧問へと華麗に転職していた。
一児の父にしてよき夫、日本風の言い方をするならば一家の大黒柱。
そんな彼は、何の因果か欧州史上最悪のタブー「聖域」へ出入りする身分となっていた。
情報を制すものが世界を制す。
聖域は持ち前の機動力を生かした情報網を世界各地に張り巡らせている。
ありとあらゆる権力者、時には犯罪者すら利用して聖域はその知覚を広げていったのだ。
結果、欧州出身の組織では非常に稀なイスラム系組織との強固なパイプを持つことが出来たのである。
だが、いかに優れた情報網を有していたとしても、扱う者がいなければ宝の持ち腐れだ。
サガの乱に伴い粛清された人材の補填の為、マース・ヒューズが引き抜かれたのはそういった理由がある。
無論、聖域の厳格な審査に通過した人物だから、といった面も大きかったが。
聖域に内通者がいる。それも中枢に近いところに。
決して表沙汰にできない推論をニコルは抱いていたのだ。
それは、非公式文書及び未整理文書すら目を通したヒューズも同じ見解だ。
事が事だけに、大きな声をだせない話だ。
だからこそニコルは、二十世紀の聖域の生き字引とも言うべきギガースにも一言たりとも漏らしていない。
聖域からの離反者は、実のところ居なかったわけではない。
元寇の決定打となった台風を引き起こした聖闘士、矢座・サジッタの魔矢。
ナポレオンを挫折させた冬将軍を呼び込んだ聖闘士、白鳥座・キグナスのイワノフ。
彼らは、聖域からの出奔者なのである。
故国を護る為、あえて聖域から離反を選択したのだ。
だが、今回の一件はそういった離反者とは違う、卑劣な裏切り者だ。
決して表沙汰にできない推論をニコルは抱いていたのだ。
それは、非公式文書及び未整理文書すら目を通したヒューズも同じ見解だ。
事が事だけに、大きな声をだせない話だ。
だからこそニコルは、二十世紀の聖域の生き字引とも言うべきギガースにも一言たりとも漏らしていない。
聖域からの離反者は、実のところ居なかったわけではない。
元寇の決定打となった台風を引き起こした聖闘士、矢座・サジッタの魔矢。
ナポレオンを挫折させた冬将軍を呼び込んだ聖闘士、白鳥座・キグナスのイワノフ。
彼らは、聖域からの出奔者なのである。
故国を護る為、あえて聖域から離反を選択したのだ。
だが、今回の一件はそういった離反者とは違う、卑劣な裏切り者だ。
「…で、この件での費用なんだが。
聖闘士ってのはこんなに医療費かかる物なんかね?」
聖闘士ってのはこんなに医療費かかる物なんかね?」
「ありえないな。
この時期はそもそも聖闘士自体の数が少ない」
この時期はそもそも聖闘士自体の数が少ない」
1917年から1945年まで増加傾向にある医療費。
だが、その28年間は黄金聖闘士一人、白銀聖闘士二人という、
聖域史上五指に入る聖闘士の空白時代なのである。
故に、聖闘士の医療費が増加する理由などないのだ。
教皇シオンがその手腕をもって第二次世界大戦を乗り切った時期だが、
シオンノートと呼ばれる彼の手記以外に、当時を記した資料は僅かに過ぎない。
聖闘士の活動がほぼ無かったのだから当たり前、そう思い込んでいた節もある。
だが、その期間こそ、聖域が最も危険視している組織「トゥーレ協会」が誕生し、
衰亡していった時期でもあるのだ。
だが、その28年間は黄金聖闘士一人、白銀聖闘士二人という、
聖域史上五指に入る聖闘士の空白時代なのである。
故に、聖闘士の医療費が増加する理由などないのだ。
教皇シオンがその手腕をもって第二次世界大戦を乗り切った時期だが、
シオンノートと呼ばれる彼の手記以外に、当時を記した資料は僅かに過ぎない。
聖闘士の活動がほぼ無かったのだから当たり前、そう思い込んでいた節もある。
だが、その期間こそ、聖域が最も危険視している組織「トゥーレ協会」が誕生し、
衰亡していった時期でもあるのだ。
「まだあるぞ、17年前の5月から翌年8月までの公式医療費記録。全部デタラメだ。
非公式文書保管庫の中に放り込んであった各年の下書きと比べりゃ一目瞭然だよ。
いやぁ、悪筆で苦労したぜ。
たしか、サガとアイオロスが教皇命令によって代行職務を行い始めたのがこの頃だったはずだが。
まさかそんなズサンな真似はしないだろ…?」
非公式文書保管庫の中に放り込んであった各年の下書きと比べりゃ一目瞭然だよ。
いやぁ、悪筆で苦労したぜ。
たしか、サガとアイオロスが教皇命令によって代行職務を行い始めたのがこの頃だったはずだが。
まさかそんなズサンな真似はしないだろ…?」
ニコルは、その指摘に弾かれたようにヒューズを見た。
その時、彼ら若き黄金聖闘士の指導担当だったはずの人物に思い至ったからだ。
その時、彼ら若き黄金聖闘士の指導担当だったはずの人物に思い至ったからだ。
「ヒューズ!他言無用だ、アテナにも、だぞ?
彼らの公職記録が殆ど無い!サガにはこれを処分する理由はないはずだ!」
彼らの公職記録が殆ど無い!サガにはこれを処分する理由はないはずだ!」
教皇シオンの弟子であり、当時はシオンの代行業務も行っていたはずのその人物。
聖域二十世紀の生き字引ともいうべき人物。
不穏は、ゆっくりと鎌首をもたげていた。
聖域二十世紀の生き字引ともいうべき人物。
不穏は、ゆっくりと鎌首をもたげていた。
さて、どうしよう…。
「あの…」
被った。
貴鬼も、少女(制服から学生だと気が付いた、セーラー服という奴だ。
星の子学園で美穂が着ていたのを、貴鬼は過去に見たことがあった。
どうでもいいが、美穂姉ちゃんは十七歳なのに色気なさ過ぎだと思う。
もうちょっとオシャレとかすれば良いのに、星矢振り向かないぞ)も気まずい事に、第一声が被ってしまった。
貴鬼も、少女(制服から学生だと気が付いた、セーラー服という奴だ。
星の子学園で美穂が着ていたのを、貴鬼は過去に見たことがあった。
どうでもいいが、美穂姉ちゃんは十七歳なのに色気なさ過ぎだと思う。
もうちょっとオシャレとかすれば良いのに、星矢振り向かないぞ)も気まずい事に、第一声が被ってしまった。
「初めまして。
オイラの名前は貴鬼。君の名は?」
オイラの名前は貴鬼。君の名は?」
とりあえず、自己紹介からはじめよう。
人間関係の第一歩は名前を知ることから始まる、そうムウさまも仰っていた。と、貴鬼は思い出す。
人間関係の第一歩は名前を知ることから始まる、そうムウさまも仰っていた。と、貴鬼は思い出す。
「私は、巴。
柏葉巴」
柏葉巴」
どうみても日本人に見えな鎧姿の少年が、流暢な日本語で自己紹介したのに面食らったのか、
巴はすんなりと名乗ってしまっていた。
巴はすんなりと名乗ってしまっていた。
「信じてもらえないかもしれないけれど、オイラはその人形。ローゼンメイデンを探して居たんです。」
で、仲間と一緒に探索中に、と続けようとしたとき、彼女の表情が変わった。
「雛苺を…?」
警戒を露に、緊張した表情に。
下手打った。立ち居振る舞いからしてもう少し年上かと思ったら、ほぼ同年代だったらしい。
今まで泰然としていたのは、単に気丈だったからではなく。状況を理解できなかったからだろう。
いっそのこと幻魔拳でも打ってズラかるか、と、
貴鬼の胸中で、アテナの聖闘士として有るまじき思考が鎌首をもたげる。
鍛え抜かれた肉体に不可能はないなんて!そんな訳無いじゃないですか魔鈴さん!
そんな貴鬼の危機を救ったのは、以外にも二人の話題となっていたローゼンメイデン・雛苺だった。
とっとっと、と、軽い体重の者特有の跳ねるような足取りで貴鬼に駆け寄ったのだ。
下手打った。立ち居振る舞いからしてもう少し年上かと思ったら、ほぼ同年代だったらしい。
今まで泰然としていたのは、単に気丈だったからではなく。状況を理解できなかったからだろう。
いっそのこと幻魔拳でも打ってズラかるか、と、
貴鬼の胸中で、アテナの聖闘士として有るまじき思考が鎌首をもたげる。
鍛え抜かれた肉体に不可能はないなんて!そんな訳無いじゃないですか魔鈴さん!
そんな貴鬼の危機を救ったのは、以外にも二人の話題となっていたローゼンメイデン・雛苺だった。
とっとっと、と、軽い体重の者特有の跳ねるような足取りで貴鬼に駆け寄ったのだ。
「へんな眉毛なの~」
貴鬼の右足を軸にしてくるっと彼の前に回りこみ、下から貴鬼の顔を覗き込むや否やの一言。
雛苺というらしいローゼンメイデンの失礼な一言で、巴が緊張を解いたのだ。
あまつさえ、笑っていた。
年頃の少女らしく、ころころとかわいらしく笑っていた。
酷ぇ、と貴鬼は思うがとにかく、緊張が削がれたのが良かった。
オイラがこの部屋に居るのは、ローゼンメイデンと戦闘したためで、全く持って不可抗力。
直ぐに出て行くから、出来たら騒ぎ立てないでほしい。
そういう説明をする事ができたのは、他ならぬこの雛苺のおかげだった。
雛苺というらしいローゼンメイデンの失礼な一言で、巴が緊張を解いたのだ。
あまつさえ、笑っていた。
年頃の少女らしく、ころころとかわいらしく笑っていた。
酷ぇ、と貴鬼は思うがとにかく、緊張が削がれたのが良かった。
オイラがこの部屋に居るのは、ローゼンメイデンと戦闘したためで、全く持って不可抗力。
直ぐに出て行くから、出来たら騒ぎ立てないでほしい。
そういう説明をする事ができたのは、他ならぬこの雛苺のおかげだった。
「ぃいよっし!
水銀燈は無事!」
水銀燈は無事!」
モニターから飛び出してきた少年は、ジュンの当惑も真紅の緊張も知ったことではないとばかりに、
腕の中で気を失っている水銀燈に外傷が無いことを確かめ、声をあげた。
腕の中で気を失っている水銀燈に外傷が無いことを確かめ、声をあげた。
「なんなんだよ、おまえ…」
かすれるようにジュンは呟いた。
「ニホンゴ?
そうか、ここ日本、師匠の故国なのか…?」
そうか、ここ日本、師匠の故国なのか…?」
そこでこほん、と咳払いをした少年は、ジュンに向かって名乗りを上げた。
「僕は誇り高きアテナの黄金聖闘士!ピスケスのアドニス!」
ジュンの呆けた顔、真紅の怪訝な顔を受けても尚、彼は胸を張って真っ直ぐに立っていた。
アドニスは気が付いていない。一般的な日本人にとって、黄金聖衣をまとった聖闘士がいかに珍妙な存在かを。
アドニスは気が付いていない。一般的な日本人にとって、黄金聖衣をまとった聖闘士がいかに珍妙な存在かを。
「コスプレ?」
ジュンの呟きは、見事に的を射ていた。
「いや、違うって」
すかさず突っ込みを入れるアドニス。
このあたり実にノリが軽い。黄金聖闘士に求められる重厚さとはまったくもって対極だが、
嘗て伝説の聖闘士とよばれた教皇と老師もまた、若き日には似たようなもんだったから、
まぁ、そんなものかもしれない。
このあたり実にノリが軽い。黄金聖闘士に求められる重厚さとはまったくもって対極だが、
嘗て伝説の聖闘士とよばれた教皇と老師もまた、若き日には似たようなもんだったから、
まぁ、そんなものかもしれない。
「いいか!日本人!
僕は聖闘士だ!」
僕は聖闘士だ!」
聖域近郊でもないかぎり、基本的に聖闘士の存在は眉唾物、下手すればペテン師と大差ないのだが、
しかし、日本ではギャラクシアンウォーズの一件もあってそれなりに知られていた。
と、いっても熱しやすく冷めやすい日本人の民族性を考えると、「ああ、そんなのもあったね」扱いなのが事実だ。
文庫版しかしらない人に「何をするだー!許さん!」というのと一緒である。
もしくはドアノブを捻じ曲げられて驚く勇次郎。
しかし、日本ではギャラクシアンウォーズの一件もあってそれなりに知られていた。
と、いっても熱しやすく冷めやすい日本人の民族性を考えると、「ああ、そんなのもあったね」扱いなのが事実だ。
文庫版しかしらない人に「何をするだー!許さん!」というのと一緒である。
もしくはドアノブを捻じ曲げられて驚く勇次郎。
「せいんと?
聖人っていうより星人だな…」
聖人っていうより星人だな…」
混乱していたのか、当のジュンもわけの分からないことを言う。
「無粋な格好ね」
真紅も辛辣だ。
「古代ギリシアの遺産なんだけどさ…」と、ちょっとへこんだ声音でアドニスが呟くが、
真紅の姿を見咎めるや態度を一辺させる。
「古代ギリシアの遺産なんだけどさ…」と、ちょっとへこんだ声音でアドニスが呟くが、
真紅の姿を見咎めるや態度を一辺させる。
「ところで日本人。その人形、ローゼンメイデンだな?」
いきなり纏う空気を豹変させたアドニスに、ジュンの腰が落ちた。
「…?
あ、悪い。悪気はないんだ」
あ、悪い。悪気はないんだ」
ジュンは腰を抜かしたのだ。
しまったとアドニスは内心舌打ちした。
いきなり現実世界へと帰ってきたせいか、どうにも調子が変だ。
聖闘士と名乗りをあげたのも不味かったが、いきなり一般人を脅かしてどうする。
そこでアドニスは重大な事実に気が付いた。
体に何の不調もないのだ。
しまったとアドニスは内心舌打ちした。
いきなり現実世界へと帰ってきたせいか、どうにも調子が変だ。
聖闘士と名乗りをあげたのも不味かったが、いきなり一般人を脅かしてどうする。
そこでアドニスは重大な事実に気が付いた。
体に何の不調もないのだ。
千切れ掛けた脚も快癒どころか、傷一つない。多分貴鬼も同じだろう。舐めた真似してくれやがる。
しかし、そんな感情の波をおくびにも出さず、アドニスはジュンに向かって手を差し出した。
「立てるか?」といった意味だ。
そんなアドニスに面食らったのか、ジュンは、彼にしては素直に手を握った。
なんか暖かい手だな、と、ジュンは思った。
アドニスもまた、優しい手だと思った。争いなど知らない手だとも思った。
しかし、そんな感情の波をおくびにも出さず、アドニスはジュンに向かって手を差し出した。
「立てるか?」といった意味だ。
そんなアドニスに面食らったのか、ジュンは、彼にしては素直に手を握った。
なんか暖かい手だな、と、ジュンは思った。
アドニスもまた、優しい手だと思った。争いなど知らない手だとも思った。
「僕は、桜田ジュン。
こっちは真紅。」
こっちは真紅。」
なんとなく、素直な気持ちになってジュンは自己紹介した。
生物としての格が違うのだから、変に片意地張っても仕方ない。
そんな諦めにも似た気分が妙なすがすがしさをジュンに与えていた。
そして、真紅は、アドニスの腕の中で眠る水銀燈をじっと睨みつけたままだ。
真紅の厳しい視線に、アドニスもジュンも気が付くことはなかった。
生物としての格が違うのだから、変に片意地張っても仕方ない。
そんな諦めにも似た気分が妙なすがすがしさをジュンに与えていた。
そして、真紅は、アドニスの腕の中で眠る水銀燈をじっと睨みつけたままだ。
真紅の厳しい視線に、アドニスもジュンも気が付くことはなかった。