第二話「準備」
二人はタイムマシンに乗り込み、早速起動させた。
「で、どうやってギガゾンビを追いかけるの?どこに行ったかも分かんないのに」
「それはそれ、今のぼくたちにはこれがある…<CPS>!」
CPS。もはや何度も説明したことではあるが、異世界間すら自在に移動できる超常の装置。ある男の手によって開発
され、今はのび太やその仲間たち数人が所有している。
「これの機能を応用して、ギガゾンビが移動した時空間内の痕跡を探る。そして、そこから追いかけるんだ」
「そして、ギガゾンビとの戦闘開始だね!」
「その通り。今回はぼくとのび太くんの二人だけだけど…覚悟はいいね?」
「もちろん!ジャイアンたちなんていなくたってヘッチャラだって所を見せちゃうもんね!」
「OK。じゃあいくよ…新たなる大冒険の始まりだ!」
タイムマシンを起動させ、二人は旅立っていく。目指すは因縁の敵―――ギガゾンビの元へ。
「で、どうやってギガゾンビを追いかけるの?どこに行ったかも分かんないのに」
「それはそれ、今のぼくたちにはこれがある…<CPS>!」
CPS。もはや何度も説明したことではあるが、異世界間すら自在に移動できる超常の装置。ある男の手によって開発
され、今はのび太やその仲間たち数人が所有している。
「これの機能を応用して、ギガゾンビが移動した時空間内の痕跡を探る。そして、そこから追いかけるんだ」
「そして、ギガゾンビとの戦闘開始だね!」
「その通り。今回はぼくとのび太くんの二人だけだけど…覚悟はいいね?」
「もちろん!ジャイアンたちなんていなくたってヘッチャラだって所を見せちゃうもんね!」
「OK。じゃあいくよ…新たなる大冒険の始まりだ!」
タイムマシンを起動させ、二人は旅立っていく。目指すは因縁の敵―――ギガゾンビの元へ。
―――そして、辿り着いた世界。そこは見渡す限りの竹林だった。
風がそよぐたびに、さわさわと笹の葉が揺れる。一見、のどかな風景だった。
「へえ…中々いいところじゃない?」
「うーん、美味しい空気だ。この世界は自然が豊かな場所みたいだね」
思いっきり伸びをして、胸一杯に澄んだ空気を吸い込む。世の中のしがらみから解き放たれ、心身ともに清められていく
ようだ。二人はとてもリラックスできた。
「よし…じゃあ、ドラえもん!」
「ああ、のび太くん!」
「気分もすっきりしたところで帰って昼寝しよう」
「ちぇりおー!」
どっかが間違った掛け声と共に、文字通り鋼鉄の拳をのび太の顔面に叩き込んだ。陥没したのび太のみっともないツラに
向け、情け容赦なく罵倒する。
「だから君はバカでアホで間抜けだというんだ!悪党を倒しにやって来て、いきなり家に帰りたがる正義の味方がどこに
いるんだ!」
「わ…分かってるよ。ちょっとした冗談じゃないか…」
顔面陥没から復活し、よろよろ立ち上がるのび太。如何にギャグシーンとはいえ、特筆物の耐久力だった。
―――その時だった。
「ねえ、ドラえもん。何か…声がしない?」
「え?…ほんとだ。なんだろう、子供の泣き声?」
「ま、まさか、幽霊とかじゃないよね…」
不審に思いながら声のする方に向けて足を運ぶ。すぐに、その声の主は見つかった。
太い竹の根本で膝を抱えて座り込んでいる、まだ三歳かそこらの少女だった。
肩まで伸びた青い髪、頭の天辺には小さな角。弾けるような笑顔が似合いそうなその顔は、今は涙でしわくちゃになって
しまっている。
「…どうしたのかな、あの子」
「さあね。迷子かなあ?」
ひそひそ話をする二人。少女の頭の天辺に角があることは気付いているが、別にそこについては気にする風もない。彼ら
の交友関係のグダグダさ加減から考えれば、今さら頭に角くらいでは驚かないのだ。
少し迷ったが、のび太たちは少女に近づいていった。
放っておいてもよかったのかもしれないが、そうする気にはなれなかった。その少女には、自然と何か、お節介をして
あげたくなる―――そんな雰囲気があったのだ。
「ねえ、君、どうしたの?」
少女は泣き止もうとしなかったが、問いかけは聞こえたようで、ゆっくりと顔を上げる。
「ぐす…おにいちゃんたち、だれ?」
「誰って言われると困るけど…怪しいやつじゃないよ」
「ひっく…あやしいもん…とくに青い方が…」
酷い言われようだったがドラえもんは何も言わなかった。彼も数々の心無い言葉(タヌキ、地蔵、青玉etc…)によって
精神的に鍛えられているのだ。
「まあ、怪しいんだったら怪しいでいいけどさ、何で泣いてるのかなって思って」
「えぐっ…父さまと母さまが、どっか行っちゃった…」
「どうして?」
「ぐすっ…わるい人たちがわるいことしてるって…だから、その人たちをしかってあげないといけないって…それで…
それで、ひいおじいちゃんのとこに置いてかれちゃった…」
言葉足らずだったが、のび太たちには理解できた。ギガゾンビ―――彼はやはり、この世界で侵攻を始めたのだ。
この少女の両親は、それに対して立ち上がったということだろう。
胸のうちに、怒りが湧き上がる。ギガゾンビに一体何の権利があって、こんな小さな女の子を泣かせるというのか。
「…大丈夫だよ。きっとすぐに、君のお父さんもお母さんも戻ってくるよ」
「えっく…でも、そのわるい人たち、すっごくわるくてすっごくつよいって…父さまも母さまもすっごくつよいけど、
だけど…」
「大丈夫、ぼくたちも行くから」
のび太は決然と言い放った。
「何を隠そう、ぼくたちはその悪い人たちを懲らしめにやってきた通りすがりの正義の味方なのさ!そうだよね―――
ドラえもん!」
「ああ、その通り!」
ドラえもんも頷く。
「ぼくたちに任せれば何が起きてもへっちゃらさ!出前迅速落書き無用、どんな事件もチョチョイのチョイだよ!」
やや大げさすぎだったが、逆に少女の目には頼もしく映ったらしい。
「ほんと?ほんとにおにいちゃんたちが、わるい人たちをやっつけてくれるの?」
「ああ、ほんとだとも。そうすればお父さんやお母さんもすぐに帰ってくるから、だから、君も泣いてなんかないで。
そんな顔じゃお天道様に笑われるよ。さあ、笑顔に戻って、あの青空に向かって走り出すんだ!」
ドラえもんは(うわ、古くさっ!)と思ったが、口には出さなかった。
「うん―――分かった。泣かないで、父さまと母さまをまってる」
少女はすっくと立ち上がり、やっと笑った。それはこの年頃だけに許された、何の混じりっ気もない、純粋な笑顔だ。
駆け出した少女は、そしてのび太とドラえもんに向かって叫んだ。
「…ありがとね、おにいちゃん!それに…青いネコさん!」
そして、あっという間に姿が見えなくなった。のび太はそんな少女を微笑ましく思いつつ―――隣にいるドラえもんの
様子に面食らった。
「ちょ、ちょっとドラえもん…泣いてるの、君!?どうしたのさ!?」
そう、ドラえもんは某巨人の星もびっくりなくらいに感動の涙を流していた。
「だって、だって…のび太くん、あの子、ぼくのこと…ネコだって…ネコだって、分かってくれたんだよ…!」
「あ…そういえば、青いネコさんって…」
「そうだよ、のび太くん!やっぱり純真な子供は分かってくれるんだよ、ぼくがネコだということを!」
どちらかというとドラえもんをネコと即答したあの子の感性の方が問題な気もしたが、折角ドラえもんがこんなに喜んで
いるのだから、のび太は口には出さなかった。
「…けど、そんなに喜ぶことかなあ…」
「ふふ、悪かったね…ただ、日々言葉の暴力に傷ついている身としてはね…」
「そっか…ま、とにかく、ギガゾンビは確かにこの世界にいるらしいことは分かったんだ」
「そうだね。あの子のためにも、何としてでも止めなければ!今回のぼくは最初っからクライマックスだぜ!」
それにしてもこのドラえもん、ノリノリである。テンションが変な感じだ。
「じゃ、恒例のぼくの道具を出すとしよう。今回はちょっとしたコネですごいものを用意してきたんだ」
「すごいもの?」
「ふっふっふ…見て驚くなよ。ずばり、これだ!」
ドラえもんがポケットから、異形の物体を取り出した。
それはもふもふした毛皮で覆われた、クマとも何ともつかぬ、謎の生物を模した着ぐるみ―――
「はい!<ボン太くんスーツ>~!」
「…………」
のび太は三点リーダ四回を返答として、スタスタと歩み寄り、どこからか取り出したハリセンでドラえもんの後頭部を
ぶっ叩いた。
「な、何をするんだ!」
「それはこっちのセリフ!何そのふざけた道具、ふざけてるの!?」
<ふざけた>と二回も言った。そんくらい、その道具は確かにふざけている。
「う…ま、まあ確かに…けれど見た目はともかく、性能は本物だよ?二十二世紀のマイアミ市警ではこれが正式な装備に
なってるくらいなんだから!」
「二十二世紀のマイアミで一体何が!?ていうか、どうやってそんなのを調達してきたのさ!?」
「うん、セワシくんのお隣さんがカナメさんっていう美人なお姉さんなんだけど、その人の友達がこのボン太くんスーツ
の開発者なんだ。名前はえーっと、ソウスキー・セガールだったっけ?ちょっと違う気もするけど…まあとにかく、ぼく
にも護身用にと格安で譲ってくれたんだよ。彼はその時こう言っていた。
<身の危険というものはいつどこに転がっているか分かったものではない。いざ危機に直面した時にああ、十分な準備を
していれば―――と後悔しても遅いのだ。俺の実体験を例に挙げよう。中東において極秘作戦に従事していた時のことだ。
敵は凶悪なテロリストではあるが小規模で、武装は貧弱なものだ。そうタカをくくった同僚は、最低限の装備だけでテロ
グループのアジトへと潜入した。だが違った。奴らは確かに小規模だったが、使用する兵器や機器の類は最先端とまでは
いかずとも、決して貧弱なものではなかった。結果同僚はあっさりと捕虜となり、俺たちに助け出されるまで肉体的にも
精神的にもおよそ考えうる限りの残虐にして凄惨な拷問を受けた。
俺が言いたいのはつまり、いつそのような事態に陥ったとしても即座に対応できるだけの準備はして然るべきということ
だ。そこでこのボン太くんスーツを君にお勧めしよう。これは市街、密林、海中、果ては宇宙まで、あらゆる状況に適応
したパワードスーツだ。そしてどこからどう見てもただのマスコットにしか思えない外見。まさかこれが敵兵だとは誰も
露とも思うまい。まさにこれこそ新時代の平和と治安を担うにたる兵装なのだ>ってね」
「絶対危ないよ、その人!」
のび太は力の限り怒鳴った。
「敵兵がどうこう以前に戦場でこんなもんが歩いてる時点で怪しさ大爆発だよ!ぼくが敵兵ならこいつを発見した時点で
ミサイルをぶち込むよ!」
「まあ、そういう疑問はそっちに置いといて…実際にぼくも試してみたけど、これはすごいよ?何なら実演しようか」
そう言ってドラえもんはボン太くんスーツを着込みだした。そしてのび太に向けて一言。
「ふもっふ!ふもふも!もふもふもっふる!もっふもっふ!(訳・全く、何たるザマだっ!貴様はウジ虫だっ!ダニだっ!
この地球上で最も劣った生き物だっ!ぼくは貴様を憎み、軽蔑する!)
「な…何言ってるのか分かんないけど、すっごい屈辱的なことを言われた気がする…つーか、普通に喋れないの?」
「ふもふもふも!(訳・残念ながら仕様だよ…まあいいや。お気に召さないというなら、これはやめとこう)」
結局ドラえもんはスーツを脱いで、仕舞いこんだ。
「けれど予言しておこう…のび太くん、君はいつかボン太くんスーツによって命を救われるだろうとね」
「そんな嫌な伏線張らないでよ…ほんとになったらどうするんだ。それよりもっとまともな道具出してよ」
「分かったよ…じゃあまずはこれ、スペアポケットだ。使い方はいうまでもないね」
「ドラえもんの四次元ポケットのスペアで、同じように道具を取り出せる…だろ?」
「その通り。そして、これだ―――」
ドラえもんはポケットから、昔風の衣服と、二丁の拳銃を取り出した。
「―――<MUSASHIセット>!これは未来世界で大人気を博したアニメのキャラクターの衣装なんだ。身につけるだけ
で本来の数十倍から、場合によっては数百倍の身体能力を発揮できる上に、例え空中であっても自在に戦うことができる
重力制御装置<フォーリング・バトル・システム>、自動的に全く無駄のない、その場に応じた最適な動きを行うための
<タクワン・ダンス・システム>、そして、専用の特殊弾に加えて、ありとあらゆる銃弾を撃ち出すことができる究極の
二丁拳銃<GUN鬼の銃>―――それら<MUSASHIクオリティ>と呼ばれる数々の特殊機能を搭載した、戦闘に関して
言えば、まさに最強の秘密道具さ!モニターが爆発したかのような臨場感あるバトルが期待できるよ!」
「…なんか、各方面から色々言われそうな道具だね…」
「言うなって。未来世界の子供たちの間ではMUSASHIごっこが大流行なんだよ。みんなおんみょうだんをくらえ~と
楽しそうなんだから」
「嘘くさっ!…まあ、ボン太くんよりはマシか」
のび太は手早く<MUSASHIセット>を着込むのだった。
「さて、それではまたしても恒例<たずね人ステッキ>で行く道を決めようか!」
「うーん、行き当たりばったりだなあ…」
「そうは言っても手がかりも何もない状態だから仕方ないよ。よし、あっちだ!行くよ、のび太くん」
「了解!」
のび太とドラえもんはタケコプターを付けて、異世界の空を行くのだった。
風がそよぐたびに、さわさわと笹の葉が揺れる。一見、のどかな風景だった。
「へえ…中々いいところじゃない?」
「うーん、美味しい空気だ。この世界は自然が豊かな場所みたいだね」
思いっきり伸びをして、胸一杯に澄んだ空気を吸い込む。世の中のしがらみから解き放たれ、心身ともに清められていく
ようだ。二人はとてもリラックスできた。
「よし…じゃあ、ドラえもん!」
「ああ、のび太くん!」
「気分もすっきりしたところで帰って昼寝しよう」
「ちぇりおー!」
どっかが間違った掛け声と共に、文字通り鋼鉄の拳をのび太の顔面に叩き込んだ。陥没したのび太のみっともないツラに
向け、情け容赦なく罵倒する。
「だから君はバカでアホで間抜けだというんだ!悪党を倒しにやって来て、いきなり家に帰りたがる正義の味方がどこに
いるんだ!」
「わ…分かってるよ。ちょっとした冗談じゃないか…」
顔面陥没から復活し、よろよろ立ち上がるのび太。如何にギャグシーンとはいえ、特筆物の耐久力だった。
―――その時だった。
「ねえ、ドラえもん。何か…声がしない?」
「え?…ほんとだ。なんだろう、子供の泣き声?」
「ま、まさか、幽霊とかじゃないよね…」
不審に思いながら声のする方に向けて足を運ぶ。すぐに、その声の主は見つかった。
太い竹の根本で膝を抱えて座り込んでいる、まだ三歳かそこらの少女だった。
肩まで伸びた青い髪、頭の天辺には小さな角。弾けるような笑顔が似合いそうなその顔は、今は涙でしわくちゃになって
しまっている。
「…どうしたのかな、あの子」
「さあね。迷子かなあ?」
ひそひそ話をする二人。少女の頭の天辺に角があることは気付いているが、別にそこについては気にする風もない。彼ら
の交友関係のグダグダさ加減から考えれば、今さら頭に角くらいでは驚かないのだ。
少し迷ったが、のび太たちは少女に近づいていった。
放っておいてもよかったのかもしれないが、そうする気にはなれなかった。その少女には、自然と何か、お節介をして
あげたくなる―――そんな雰囲気があったのだ。
「ねえ、君、どうしたの?」
少女は泣き止もうとしなかったが、問いかけは聞こえたようで、ゆっくりと顔を上げる。
「ぐす…おにいちゃんたち、だれ?」
「誰って言われると困るけど…怪しいやつじゃないよ」
「ひっく…あやしいもん…とくに青い方が…」
酷い言われようだったがドラえもんは何も言わなかった。彼も数々の心無い言葉(タヌキ、地蔵、青玉etc…)によって
精神的に鍛えられているのだ。
「まあ、怪しいんだったら怪しいでいいけどさ、何で泣いてるのかなって思って」
「えぐっ…父さまと母さまが、どっか行っちゃった…」
「どうして?」
「ぐすっ…わるい人たちがわるいことしてるって…だから、その人たちをしかってあげないといけないって…それで…
それで、ひいおじいちゃんのとこに置いてかれちゃった…」
言葉足らずだったが、のび太たちには理解できた。ギガゾンビ―――彼はやはり、この世界で侵攻を始めたのだ。
この少女の両親は、それに対して立ち上がったということだろう。
胸のうちに、怒りが湧き上がる。ギガゾンビに一体何の権利があって、こんな小さな女の子を泣かせるというのか。
「…大丈夫だよ。きっとすぐに、君のお父さんもお母さんも戻ってくるよ」
「えっく…でも、そのわるい人たち、すっごくわるくてすっごくつよいって…父さまも母さまもすっごくつよいけど、
だけど…」
「大丈夫、ぼくたちも行くから」
のび太は決然と言い放った。
「何を隠そう、ぼくたちはその悪い人たちを懲らしめにやってきた通りすがりの正義の味方なのさ!そうだよね―――
ドラえもん!」
「ああ、その通り!」
ドラえもんも頷く。
「ぼくたちに任せれば何が起きてもへっちゃらさ!出前迅速落書き無用、どんな事件もチョチョイのチョイだよ!」
やや大げさすぎだったが、逆に少女の目には頼もしく映ったらしい。
「ほんと?ほんとにおにいちゃんたちが、わるい人たちをやっつけてくれるの?」
「ああ、ほんとだとも。そうすればお父さんやお母さんもすぐに帰ってくるから、だから、君も泣いてなんかないで。
そんな顔じゃお天道様に笑われるよ。さあ、笑顔に戻って、あの青空に向かって走り出すんだ!」
ドラえもんは(うわ、古くさっ!)と思ったが、口には出さなかった。
「うん―――分かった。泣かないで、父さまと母さまをまってる」
少女はすっくと立ち上がり、やっと笑った。それはこの年頃だけに許された、何の混じりっ気もない、純粋な笑顔だ。
駆け出した少女は、そしてのび太とドラえもんに向かって叫んだ。
「…ありがとね、おにいちゃん!それに…青いネコさん!」
そして、あっという間に姿が見えなくなった。のび太はそんな少女を微笑ましく思いつつ―――隣にいるドラえもんの
様子に面食らった。
「ちょ、ちょっとドラえもん…泣いてるの、君!?どうしたのさ!?」
そう、ドラえもんは某巨人の星もびっくりなくらいに感動の涙を流していた。
「だって、だって…のび太くん、あの子、ぼくのこと…ネコだって…ネコだって、分かってくれたんだよ…!」
「あ…そういえば、青いネコさんって…」
「そうだよ、のび太くん!やっぱり純真な子供は分かってくれるんだよ、ぼくがネコだということを!」
どちらかというとドラえもんをネコと即答したあの子の感性の方が問題な気もしたが、折角ドラえもんがこんなに喜んで
いるのだから、のび太は口には出さなかった。
「…けど、そんなに喜ぶことかなあ…」
「ふふ、悪かったね…ただ、日々言葉の暴力に傷ついている身としてはね…」
「そっか…ま、とにかく、ギガゾンビは確かにこの世界にいるらしいことは分かったんだ」
「そうだね。あの子のためにも、何としてでも止めなければ!今回のぼくは最初っからクライマックスだぜ!」
それにしてもこのドラえもん、ノリノリである。テンションが変な感じだ。
「じゃ、恒例のぼくの道具を出すとしよう。今回はちょっとしたコネですごいものを用意してきたんだ」
「すごいもの?」
「ふっふっふ…見て驚くなよ。ずばり、これだ!」
ドラえもんがポケットから、異形の物体を取り出した。
それはもふもふした毛皮で覆われた、クマとも何ともつかぬ、謎の生物を模した着ぐるみ―――
「はい!<ボン太くんスーツ>~!」
「…………」
のび太は三点リーダ四回を返答として、スタスタと歩み寄り、どこからか取り出したハリセンでドラえもんの後頭部を
ぶっ叩いた。
「な、何をするんだ!」
「それはこっちのセリフ!何そのふざけた道具、ふざけてるの!?」
<ふざけた>と二回も言った。そんくらい、その道具は確かにふざけている。
「う…ま、まあ確かに…けれど見た目はともかく、性能は本物だよ?二十二世紀のマイアミ市警ではこれが正式な装備に
なってるくらいなんだから!」
「二十二世紀のマイアミで一体何が!?ていうか、どうやってそんなのを調達してきたのさ!?」
「うん、セワシくんのお隣さんがカナメさんっていう美人なお姉さんなんだけど、その人の友達がこのボン太くんスーツ
の開発者なんだ。名前はえーっと、ソウスキー・セガールだったっけ?ちょっと違う気もするけど…まあとにかく、ぼく
にも護身用にと格安で譲ってくれたんだよ。彼はその時こう言っていた。
<身の危険というものはいつどこに転がっているか分かったものではない。いざ危機に直面した時にああ、十分な準備を
していれば―――と後悔しても遅いのだ。俺の実体験を例に挙げよう。中東において極秘作戦に従事していた時のことだ。
敵は凶悪なテロリストではあるが小規模で、武装は貧弱なものだ。そうタカをくくった同僚は、最低限の装備だけでテロ
グループのアジトへと潜入した。だが違った。奴らは確かに小規模だったが、使用する兵器や機器の類は最先端とまでは
いかずとも、決して貧弱なものではなかった。結果同僚はあっさりと捕虜となり、俺たちに助け出されるまで肉体的にも
精神的にもおよそ考えうる限りの残虐にして凄惨な拷問を受けた。
俺が言いたいのはつまり、いつそのような事態に陥ったとしても即座に対応できるだけの準備はして然るべきということ
だ。そこでこのボン太くんスーツを君にお勧めしよう。これは市街、密林、海中、果ては宇宙まで、あらゆる状況に適応
したパワードスーツだ。そしてどこからどう見てもただのマスコットにしか思えない外見。まさかこれが敵兵だとは誰も
露とも思うまい。まさにこれこそ新時代の平和と治安を担うにたる兵装なのだ>ってね」
「絶対危ないよ、その人!」
のび太は力の限り怒鳴った。
「敵兵がどうこう以前に戦場でこんなもんが歩いてる時点で怪しさ大爆発だよ!ぼくが敵兵ならこいつを発見した時点で
ミサイルをぶち込むよ!」
「まあ、そういう疑問はそっちに置いといて…実際にぼくも試してみたけど、これはすごいよ?何なら実演しようか」
そう言ってドラえもんはボン太くんスーツを着込みだした。そしてのび太に向けて一言。
「ふもっふ!ふもふも!もふもふもっふる!もっふもっふ!(訳・全く、何たるザマだっ!貴様はウジ虫だっ!ダニだっ!
この地球上で最も劣った生き物だっ!ぼくは貴様を憎み、軽蔑する!)
「な…何言ってるのか分かんないけど、すっごい屈辱的なことを言われた気がする…つーか、普通に喋れないの?」
「ふもふもふも!(訳・残念ながら仕様だよ…まあいいや。お気に召さないというなら、これはやめとこう)」
結局ドラえもんはスーツを脱いで、仕舞いこんだ。
「けれど予言しておこう…のび太くん、君はいつかボン太くんスーツによって命を救われるだろうとね」
「そんな嫌な伏線張らないでよ…ほんとになったらどうするんだ。それよりもっとまともな道具出してよ」
「分かったよ…じゃあまずはこれ、スペアポケットだ。使い方はいうまでもないね」
「ドラえもんの四次元ポケットのスペアで、同じように道具を取り出せる…だろ?」
「その通り。そして、これだ―――」
ドラえもんはポケットから、昔風の衣服と、二丁の拳銃を取り出した。
「―――<MUSASHIセット>!これは未来世界で大人気を博したアニメのキャラクターの衣装なんだ。身につけるだけ
で本来の数十倍から、場合によっては数百倍の身体能力を発揮できる上に、例え空中であっても自在に戦うことができる
重力制御装置<フォーリング・バトル・システム>、自動的に全く無駄のない、その場に応じた最適な動きを行うための
<タクワン・ダンス・システム>、そして、専用の特殊弾に加えて、ありとあらゆる銃弾を撃ち出すことができる究極の
二丁拳銃<GUN鬼の銃>―――それら<MUSASHIクオリティ>と呼ばれる数々の特殊機能を搭載した、戦闘に関して
言えば、まさに最強の秘密道具さ!モニターが爆発したかのような臨場感あるバトルが期待できるよ!」
「…なんか、各方面から色々言われそうな道具だね…」
「言うなって。未来世界の子供たちの間ではMUSASHIごっこが大流行なんだよ。みんなおんみょうだんをくらえ~と
楽しそうなんだから」
「嘘くさっ!…まあ、ボン太くんよりはマシか」
のび太は手早く<MUSASHIセット>を着込むのだった。
「さて、それではまたしても恒例<たずね人ステッキ>で行く道を決めようか!」
「うーん、行き当たりばったりだなあ…」
「そうは言っても手がかりも何もない状態だから仕方ないよ。よし、あっちだ!行くよ、のび太くん」
「了解!」
のび太とドラえもんはタケコプターを付けて、異世界の空を行くのだった。