左腕を落とされたことにより、『マッドハッター』の主兵装たる『ブリューナクの槍』は使用不可能となった。
現在のシルバーでは、十本の爪を合わせるよる精密なコントロール下でなければ直線状に荷電粒子を放つための磁場を形成できない。
だがそのことで戦局がレッドにとって有利に働くかと言えば、必ずしもそうはならないだろう。
もとより『ブリューナクの槍』は接近戦に不向きな武装であり、
あくまで殲滅戦や包囲戦など、ある程度以上の距離を保った状況でこそ最大の威力を発揮する。
敵の攻撃範囲外から圧倒的な出力差で押し切るのが基本戦術のARMSであるからして、
その特性が十分に生かされていない現状では『ブリューナクの槍』が使えなくなったとしてもそれほどの痛手にはならない。
それを証明するように、キース・シルバーは戦闘スタイルを接近戦に特化したかたちに切り替えてレッドに挑みかかる。
すなわち、超高熱を収束させた右腕による直接攻撃であった。
表面温度が一万度にも達しようとしている『マッドハッター』の掌は、溶鉱炉のように赤く発色していた。
それをもろに食らってしまえば、生身の部分どころかARMSでさえも一瞬で熔けてしまうだろう。
「──だったら、そっちの腕も落としてやるぜ!」
先ほどよりもさらに強い振動波を込めて、『グリフォン』のブレードが風を斬るようにシルバーへ直進する。
「遅い……!」
乱暴に振られた『マッドハッター』の腕が、その刃をバターのように断ち切った。
本体から切り離されて統制を失ったナノマシンが、『マッドハッター』の高熱に感化されて自ら燃え上がり一瞬で焼失する。
「『負けない』……そう言ったな……レッドよ……! だが……貴様では無理だ……!」
再びシルバーの腕が頭上より振り下ろされる。
「やってみなきゃ分からねえだろうが!」
それを紙一重で避けたレッドは、リーチの差を逆手に取りシルバーの懐に潜り込んで直に超振動を叩き込む。
「ぐう……!」
『マッドハッター』の動きが鈍った一瞬を逃さず、髑髏を象る頭部に取り付く。
今や、ARMSの侵食を示す幾何学紋様はレッドの全身にまで展開されている。
その両腕に留まらず、レッドは身体の全てを震動兵器に変えてシルバーを攻撃していた。
ガラス細工のように『マッドハッター』の全身に深いクラックが刻まれ、罅割れの隙間からぼろぼろとナノマシンの残骸が零れ落ちる。
『グリフォン』の生む破壊的なバイブレーションが、ARMSの再生能力を凌駕しつつあった。
単純な破壊能力という一点に於いて、『グリフォン』は『マッドハッター』の領域に肉薄していた。
「レッド……それが全力か……他愛無い……!」
『マッドハッター』は己の体表面に微細なレーザーを走らせ、しがみつくレッドを弾き飛ばした。
セピアが地面にもんどりうったレッドに駆け寄り、庇うようにその身体を掻き抱く。
「誰もオレに触れることは出来ない……オレが触れた者は全て燃え尽きる……。
オレこそが最強の戦闘生命体だ……貴様等のような出来損ないとは訳が違うのだ……!」
シルバーの声は闘争の歓喜に満ちていた。
ごおおおおお、と、おそよ人のものとは思えぬ咆哮を張り上げる。
それは己の絶対的優位を祝福する賛美歌だった。対峙した者に「死」を与える地獄よりの呼び声だった。
その雄叫びも、レッドの耳には届いていない。
「レッド! 返事して!?」
レッドの答えはなかった。
高圧の電撃を浴びた影響だろうか、『グリフォン』が不規則な振動を繰り返していた。
ARMS共振が非常に弱まっているのがセピアの『モックタートル』に感覚される。
その中で、両腕だけはさらにでたらめとも思えるビートを刻み、その過剰な振動に『グリフォン』それ自体が崩壊を始める。
「自分のARMSで傷ついている……! ど、どうしてこんなになるまで……?」
ぱらぱらと剥離していくナノマシンを見て反射的に恐怖を覚えたセピアは、共振現象を応用して『グリフォン』の機能を静止させようとする。
「や……め、ろ」
意識などとっくに消えていると思っていたレッドが、息も絶え絶えに口を動かした。
その瞳を見て、セピアは息を呑む。
レッドは、まだ戦うつもりでいた。その目には、明らかな攻撃意欲があった。
「なんで……? 勝てるわけないじゃない、どうしてそんなムキになってるのよ! クリフを助けるんじゃなかったの!?」
セピアは泣いていた。鼻水と涙で顔面をぐしゃぐしゃにし、それを拭うこともせずレッドの胸に顔を押し当て、叫び続ける。
「そんなに戦いたいの、そんなに人殺しがしたいの!? 分かんないよ、どうして!?」
レッドはそれに答える。……答えようとした。
しかし、はっきりとした声にはならず、ただひゅうひゅうと笛の音のように宙へ消えていってしまった。
だが──。
セピアの涙が、ぴたりと止まった。
呆気に取られたように、自分の膝の上で不気味な蠢動を継続しているレッドを凝視する。
その二人に覆いかぶさるように、一つの影が伸びる。
「どけ……セピア……これ以上の邪魔立ては許さん……!」
キース・シルバーだった。
歪な形の右腕が、セピアの視界を覆う。肌を焼く灼熱が、その掌から放射されていた。
だがセピアはほとんど動じることなく、レッドに視線を注ぎ続けている。そして、
「……さっきは、思いっきりわたしを狙っていたじゃないですか」
顔も上げずに、そう言った。
「ふん……そうすればレッドの方から飛び込んでくると踏んだだけのことだ……」
まともに考えればかなり酷いことを言っているのだが、セピアはそんなことを気にする様子もなく、言葉を続ける。
「もう止めることはできないんですか。兄弟同士で戦うのはおかしいと思わないんですか」
「ふざけたことを言うな……オレも……レッドも……純粋な戦闘型ARMSを移植された……殺戮機械だ……!
戦うことより他になにが出来る……無意味に死と破壊を撒き散らし……死者の積み重なる丘の上で息絶える……。
それがオレたちに与えられた唯一無二の……運命という名のプログラムなのだ……!」
そうしている間にも、シルバーの『マッドハッター』は損傷を修復している。
先ほどレッドが切断したはずの左腕も、八割以上が再生されていた。
「レッドはオレに良く似ている……戦いこそを至上の目的とした傲慢な人間(キース)……死と破壊に取り付かれた怪物だ……!」
『マッドハッター』の両手が合わされる。完全復活した『ブリューナクの槍』が二人に向けられていた。
鼻を刺すイオン臭が辺りに立ちこめ、十本の爪の中心に高密度のエネルギーが膨張してゆく。
「この距離では回避は出来まい……ARMSもろとも熔けるがいい……!」
『マッドハッター』の手が二人を今まさに焼き尽くそうとする刹那、セピアが顔を上げた。
彼女の瞳は、逃げ場の無い「死」を目前にしても揺るぎなかった。
その細い身体に似つかわしくない気迫に、思わずシルバーの手が止まった。
「違います」
「なんだと……!?」
「この人はみんなが思っているような傲慢な人でもなければ、 死と破壊に取り付かれたような怪物でもありません。
ただ、ちょっと怒りっぽくて、世界のあり方と自分の違いに苦しんで、でもそれをなんとかしようとしている──」
セピアはなおもがちがちと震えるレッドの手を取り、胸に抱き締める。
現在のシルバーでは、十本の爪を合わせるよる精密なコントロール下でなければ直線状に荷電粒子を放つための磁場を形成できない。
だがそのことで戦局がレッドにとって有利に働くかと言えば、必ずしもそうはならないだろう。
もとより『ブリューナクの槍』は接近戦に不向きな武装であり、
あくまで殲滅戦や包囲戦など、ある程度以上の距離を保った状況でこそ最大の威力を発揮する。
敵の攻撃範囲外から圧倒的な出力差で押し切るのが基本戦術のARMSであるからして、
その特性が十分に生かされていない現状では『ブリューナクの槍』が使えなくなったとしてもそれほどの痛手にはならない。
それを証明するように、キース・シルバーは戦闘スタイルを接近戦に特化したかたちに切り替えてレッドに挑みかかる。
すなわち、超高熱を収束させた右腕による直接攻撃であった。
表面温度が一万度にも達しようとしている『マッドハッター』の掌は、溶鉱炉のように赤く発色していた。
それをもろに食らってしまえば、生身の部分どころかARMSでさえも一瞬で熔けてしまうだろう。
「──だったら、そっちの腕も落としてやるぜ!」
先ほどよりもさらに強い振動波を込めて、『グリフォン』のブレードが風を斬るようにシルバーへ直進する。
「遅い……!」
乱暴に振られた『マッドハッター』の腕が、その刃をバターのように断ち切った。
本体から切り離されて統制を失ったナノマシンが、『マッドハッター』の高熱に感化されて自ら燃え上がり一瞬で焼失する。
「『負けない』……そう言ったな……レッドよ……! だが……貴様では無理だ……!」
再びシルバーの腕が頭上より振り下ろされる。
「やってみなきゃ分からねえだろうが!」
それを紙一重で避けたレッドは、リーチの差を逆手に取りシルバーの懐に潜り込んで直に超振動を叩き込む。
「ぐう……!」
『マッドハッター』の動きが鈍った一瞬を逃さず、髑髏を象る頭部に取り付く。
今や、ARMSの侵食を示す幾何学紋様はレッドの全身にまで展開されている。
その両腕に留まらず、レッドは身体の全てを震動兵器に変えてシルバーを攻撃していた。
ガラス細工のように『マッドハッター』の全身に深いクラックが刻まれ、罅割れの隙間からぼろぼろとナノマシンの残骸が零れ落ちる。
『グリフォン』の生む破壊的なバイブレーションが、ARMSの再生能力を凌駕しつつあった。
単純な破壊能力という一点に於いて、『グリフォン』は『マッドハッター』の領域に肉薄していた。
「レッド……それが全力か……他愛無い……!」
『マッドハッター』は己の体表面に微細なレーザーを走らせ、しがみつくレッドを弾き飛ばした。
セピアが地面にもんどりうったレッドに駆け寄り、庇うようにその身体を掻き抱く。
「誰もオレに触れることは出来ない……オレが触れた者は全て燃え尽きる……。
オレこそが最強の戦闘生命体だ……貴様等のような出来損ないとは訳が違うのだ……!」
シルバーの声は闘争の歓喜に満ちていた。
ごおおおおお、と、おそよ人のものとは思えぬ咆哮を張り上げる。
それは己の絶対的優位を祝福する賛美歌だった。対峙した者に「死」を与える地獄よりの呼び声だった。
その雄叫びも、レッドの耳には届いていない。
「レッド! 返事して!?」
レッドの答えはなかった。
高圧の電撃を浴びた影響だろうか、『グリフォン』が不規則な振動を繰り返していた。
ARMS共振が非常に弱まっているのがセピアの『モックタートル』に感覚される。
その中で、両腕だけはさらにでたらめとも思えるビートを刻み、その過剰な振動に『グリフォン』それ自体が崩壊を始める。
「自分のARMSで傷ついている……! ど、どうしてこんなになるまで……?」
ぱらぱらと剥離していくナノマシンを見て反射的に恐怖を覚えたセピアは、共振現象を応用して『グリフォン』の機能を静止させようとする。
「や……め、ろ」
意識などとっくに消えていると思っていたレッドが、息も絶え絶えに口を動かした。
その瞳を見て、セピアは息を呑む。
レッドは、まだ戦うつもりでいた。その目には、明らかな攻撃意欲があった。
「なんで……? 勝てるわけないじゃない、どうしてそんなムキになってるのよ! クリフを助けるんじゃなかったの!?」
セピアは泣いていた。鼻水と涙で顔面をぐしゃぐしゃにし、それを拭うこともせずレッドの胸に顔を押し当て、叫び続ける。
「そんなに戦いたいの、そんなに人殺しがしたいの!? 分かんないよ、どうして!?」
レッドはそれに答える。……答えようとした。
しかし、はっきりとした声にはならず、ただひゅうひゅうと笛の音のように宙へ消えていってしまった。
だが──。
セピアの涙が、ぴたりと止まった。
呆気に取られたように、自分の膝の上で不気味な蠢動を継続しているレッドを凝視する。
その二人に覆いかぶさるように、一つの影が伸びる。
「どけ……セピア……これ以上の邪魔立ては許さん……!」
キース・シルバーだった。
歪な形の右腕が、セピアの視界を覆う。肌を焼く灼熱が、その掌から放射されていた。
だがセピアはほとんど動じることなく、レッドに視線を注ぎ続けている。そして、
「……さっきは、思いっきりわたしを狙っていたじゃないですか」
顔も上げずに、そう言った。
「ふん……そうすればレッドの方から飛び込んでくると踏んだだけのことだ……」
まともに考えればかなり酷いことを言っているのだが、セピアはそんなことを気にする様子もなく、言葉を続ける。
「もう止めることはできないんですか。兄弟同士で戦うのはおかしいと思わないんですか」
「ふざけたことを言うな……オレも……レッドも……純粋な戦闘型ARMSを移植された……殺戮機械だ……!
戦うことより他になにが出来る……無意味に死と破壊を撒き散らし……死者の積み重なる丘の上で息絶える……。
それがオレたちに与えられた唯一無二の……運命という名のプログラムなのだ……!」
そうしている間にも、シルバーの『マッドハッター』は損傷を修復している。
先ほどレッドが切断したはずの左腕も、八割以上が再生されていた。
「レッドはオレに良く似ている……戦いこそを至上の目的とした傲慢な人間(キース)……死と破壊に取り付かれた怪物だ……!」
『マッドハッター』の両手が合わされる。完全復活した『ブリューナクの槍』が二人に向けられていた。
鼻を刺すイオン臭が辺りに立ちこめ、十本の爪の中心に高密度のエネルギーが膨張してゆく。
「この距離では回避は出来まい……ARMSもろとも熔けるがいい……!」
『マッドハッター』の手が二人を今まさに焼き尽くそうとする刹那、セピアが顔を上げた。
彼女の瞳は、逃げ場の無い「死」を目前にしても揺るぎなかった。
その細い身体に似つかわしくない気迫に、思わずシルバーの手が止まった。
「違います」
「なんだと……!?」
「この人はみんなが思っているような傲慢な人でもなければ、 死と破壊に取り付かれたような怪物でもありません。
ただ、ちょっと怒りっぽくて、世界のあり方と自分の違いに苦しんで、でもそれをなんとかしようとしている──」
セピアはなおもがちがちと震えるレッドの手を取り、胸に抱き締める。
「──そんな、どこにでもいるような男の子です。わたしの、大切なお兄ちゃんです」
「戯れ言を……!」
「あなたもそうです、シルバーお兄さま。どうして自分が人間じゃないと思うんですか?
わたしは自分を人間だと思っています。どんなに辛いことがあっても、その気持ちは変わりません」
「──黙れ!」
珍しく不快感を露わにして、シルバーが叫ぶ。それに呼応するように、『ブリューナクの槍』が臨界に近づく。
「口先だけの綺麗ごとでなにが変わる……ただの人間がこの状況を覆せるとでも言うのか……!?
お前たちにクリフ・ギルバートは救えない……それが現実だ……!」
「どんなに絶体絶命の状況でも、必ず光明はあります。──クリフが今、こっちに近づいています」
「なんだと……!?」
言っていることは理解できたがなにを言いたいのかが理解できない、といった感じで、シルバーが問い返す。
「彼の暴風雨みたいな精神フィールドが、どんどんこっちに近づいているんです」
言いながら、セピアの全身が僅かに輝いていた。
情報制御用ARMS『モックタートル』が、その機能を発揮させようとしていた。
「そう、どんなに逃げ道がないように思えても、それこそが『逃げ道』になる状況──今がその時です。
あなたとクリフの戦いが、この建物を滅茶苦茶に壊してしまいました。辛うじて原形を保っていますけど、もう限界なんです。
それに」
セピアは、胸の中のレッドの腕をいっそう強く抱く。
「気づいていましたか、さっきからレッドの『グリフォン』が──その限界の、さらにぎりぎりのところまで、建物全体に超震動を与え続けていたことを」
それら言葉の端々を繋ぎ合わせるシルバーの脳裏に、ある一つの光景が結像される。
「まさか……!」
「レッドはあなたに勝てないでしょう……でも、絶対、負けないんです。だって──」
みしみしと、かなりの広い範囲に渡って床が歪む。それは地の底から突き上げるような、魔王のような圧倒的な力によるものだった。
最凶のサイコキネシスを操るクリフ・ギルバートが階下から接近していた。
レッドとシルバーの死闘の果てに、フロアの建築構造物のほとんど全てが崩壊寸前だった。
「勝負はお預けになるんですから」
そして──。
「レッド……あなたの力を!」
セピアの祈りと共に『モックタートル』が強大な超震動を発現し、最後のダメ押しを食らった医療セクションの底が抜けた。
轟音と地響きと、それに続く無重力感がシルバーを襲う。
それはマザーグースの「ロンドン橋落ちた」を彷彿とさせる、壮大なブレイクダウンだった。
「あなたもそうです、シルバーお兄さま。どうして自分が人間じゃないと思うんですか?
わたしは自分を人間だと思っています。どんなに辛いことがあっても、その気持ちは変わりません」
「──黙れ!」
珍しく不快感を露わにして、シルバーが叫ぶ。それに呼応するように、『ブリューナクの槍』が臨界に近づく。
「口先だけの綺麗ごとでなにが変わる……ただの人間がこの状況を覆せるとでも言うのか……!?
お前たちにクリフ・ギルバートは救えない……それが現実だ……!」
「どんなに絶体絶命の状況でも、必ず光明はあります。──クリフが今、こっちに近づいています」
「なんだと……!?」
言っていることは理解できたがなにを言いたいのかが理解できない、といった感じで、シルバーが問い返す。
「彼の暴風雨みたいな精神フィールドが、どんどんこっちに近づいているんです」
言いながら、セピアの全身が僅かに輝いていた。
情報制御用ARMS『モックタートル』が、その機能を発揮させようとしていた。
「そう、どんなに逃げ道がないように思えても、それこそが『逃げ道』になる状況──今がその時です。
あなたとクリフの戦いが、この建物を滅茶苦茶に壊してしまいました。辛うじて原形を保っていますけど、もう限界なんです。
それに」
セピアは、胸の中のレッドの腕をいっそう強く抱く。
「気づいていましたか、さっきからレッドの『グリフォン』が──その限界の、さらにぎりぎりのところまで、建物全体に超震動を与え続けていたことを」
それら言葉の端々を繋ぎ合わせるシルバーの脳裏に、ある一つの光景が結像される。
「まさか……!」
「レッドはあなたに勝てないでしょう……でも、絶対、負けないんです。だって──」
みしみしと、かなりの広い範囲に渡って床が歪む。それは地の底から突き上げるような、魔王のような圧倒的な力によるものだった。
最凶のサイコキネシスを操るクリフ・ギルバートが階下から接近していた。
レッドとシルバーの死闘の果てに、フロアの建築構造物のほとんど全てが崩壊寸前だった。
「勝負はお預けになるんですから」
そして──。
「レッド……あなたの力を!」
セピアの祈りと共に『モックタートル』が強大な超震動を発現し、最後のダメ押しを食らった医療セクションの底が抜けた。
轟音と地響きと、それに続く無重力感がシルバーを襲う。
それはマザーグースの「ロンドン橋落ちた」を彷彿とさせる、壮大なブレイクダウンだった。