SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 永遠の扉 第013話 2


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熱もなく光もなく。
そんな空間が六角形に切り抜かれ、地平の果てまで続いている。
着替えを済ませ戻ってきた彼は、聞きなれた大好きな声に耳を傾ける。
「さて、さてさて!」
レンガ造りの地下道に、快活な声が響き渡る。
小柄な影がおさげ2つをぴょこぴょこ揺らし、ロッド片手に熱を吹く。
他者が聞けば顔をしかめるかも知れない。けれど、彼は逆なのだ。安らぎと充足すら覚える。
「『もう一つの調整体』起動に必要な割符をめぐる戦いはいまや佳境! 戦況は三分化であ
ります! ちなみに参考資料をば……でけでん!!」
ロッド一振り。煙と共に黒板が現われた。
彼はちょっとした遊び心で黒子をやっているからアシスタントをしないといけない。
だからチョークでがりがり書いた。以下の文字をがりがり書いた。

津村斗貴子はL・X・E残党勢と──
中村剛太は栴檀香美と──
楯山千歳は無銘の特性で現われた久世夜襲と──

「各者めいめい死力気力をふり絞りの激闘中! いまの銀成市はさながら後漢末期の中国
大陸というトコロでありましょう!! 三国志! 三国鼎立!! おおおー」
がりがり。がりがり。
黒子は絵を描いてみた。画才には自負がある。
というよりあらゆる技術芸術に対して自負がある。入門書さえ読めば何でも玄人はだしだと。
字だってうまい。絵だって前述のとおりうまい。
極度にデフォルメした戦闘予想図にも、小札は「おおお!」と喜色を浮かべた。
「正に戦国時代絵巻! 何とかデイズ!! 達筆なる絵に不肖の想像力はぐいとかき立てら
れさながらご飯目前の無銘くん。恥ずかしながら垂涎未遂なのであります! ああ、この絵が
ある限り、たとえ千里を隔てていようと実況は可能かも知れませぬーぅ!」
「フ。それもいいがほどほどにな。本来の目的を忘れてはならない」
黒子が頭巾を取ると、うららかな金髪が闇を照らした。
総角主税である。小札の遊びに付き合っていたらしい。
「さて。香美の奴は新人ともども山肌に投げられたが、どう出るか」
「香美どのはどちらかといえば平和主義でありましょう。本来なれば戦闘に不向き。されどさ
れど、今後を思えば戦わざるを得ないというのが、不肖の見立て」
とててと総角の横に走って、小札はごくごく自然に並んで歩き出した。
「だな。戦いから何かを掴んで強くなってもらわねば……コレは奴以外、俺にすら当てはまる
コトだが、強くなければいずれは殺される。だから戦ってもらわねばならない」

怒気とともに爪が打ち下ろされた。速い。右足を軸に半身をずらす。回避成功。
そのまま足を跳ね上げ蹴りを打ち込んでも良かったが、やめる。
相手は近距離型。自分は中距離~遠距離型。型に沿い、有利な方を選ぶ。
踵の戦輪(チャクラム)を逆回転。いちど退き、敵と距離を取る。一瞬で詰めてくる相手とは
周知だが、敢えて。
戦輪(チャクラム)はよほど敏感らしい。靴下と靴ごしでも原動力たる生体電流を感知して、
忠実かつ素早く距離を取ってくれる。耳元に心地よい風を吹かせてくれる。
これを思えば、斗貴子の「素肌に着用した方が速く動く」主義の立つ瀬はあまりない。
彼女は大腿部に直接バルキリースカートを着用しているのだが、果たして効果はいかほどか。
(でもやっぱ、先輩は足が出てる方がいいんだよなぁ。ロングスカートとか合わないって)
確実なのは剛太の鼻の下を伸ばせるというコトぐらいか。
「うぅ~! ひとにヒドイこといっといて逃げるワケ!! ばか!! 恩知らず!!!」
半泣き状態のネコ耳娘が追いかけてきた。
なぜ泣いてるかは当人たち以外には判断がつかない。

先ほど。剛太。
つい香美の独白に流され、攻撃のきっかけがつかめないでいるとこう言われた。
「ちなみにあんたの頬の傷だってなおしたし! ちゃんとペロペロなめて」
頬に触れると確かに傷はふさがっていた。血の痕もない。
「ちょ、人が寝てるのをいいコトに、汚いマネすんじゃねェ!」
言葉というのは残酷だ。確かに唾液を傷口に塗りたくるのは、衛生学上、清潔とは言いがたい。
されどたとえ正しい言葉であれど、TPOを弁えねば厄介ごとを招くのだ。
まして男性と女性では物事の捉え方に違いがある。
前者はどちらかといえば論理的、後者はどちらかといえば感情的。
剛太の率直である種正しい物言いも、

「……ひどいじゃん。あたしは、あたしは、ただなおそーと思っただけなのに」
香美を傷つけ、怒りと悲しみを呼ぶしかなかない。
生意気そうな瞳から、涙がぽたぽた。
普通の人間関係なら? ココで謝ればさほどの瑕疵も残さず済む。
だが悲しいかな。剛太は戦士。香美はホムンクルス。
殺すか殺されるかが基本の関係。少なくても剛太はそう信じてしまっている。
だからこそ戸惑い、焦り、口走り。
「う、うるせェ! 勝手なコトすんな。それより戦いだ戦い!」
名状し難いやりきれなさに顔を歪めつつ、モーターギアを放っていた。
戦いを再開させる行動を、選んでいた。

足から手に戦輪(チャクラム)を移動し、投げる。数は2つ。
時を同じくして香美は持ち前の俊足で距離をつめる。
当たるか当たらないかでモーターギアを軽やかにかわし、無手の剛太に肉迫する。
爪で切り裂くのか突き刺すのか、いずれにしろ武装錬金なしでは回避不可。
(当たったら死ぬよな。コレ)
鋭い爪の軌跡に、剛太は生唾を飲み込んだ。
飛び込んでくるのは分かっていた。正面からの攻撃しかできない単純な奴だと知っていた。
だから爪を振り下ろそうとした相手の肩口に、戦輪(チャクラム)を命中できたのも当然とい
えば当然だろう。
生じた激痛に首をねじ曲げ、何が起こったか香美は理解した。
と同時にもう一発。モーターギアは細い二の腕にめり込み、数度回転して止まった。
ホムンクルスといえど痛覚は人並みであるらしい。ならば耐えられるかどうかは精神力しだい。
そして香美の精神力はさほど強靭でないらしく、激痛に顔をしかめながら膝をついた。
「ただ投げるだけじゃねェんだ」
あらかじめ生体電流で射出角度や速度をインプットできる戦輪(チャクラム)を、腕から容赦
なく引き抜かれた香美は、痛みに体をびくりと震わせて、そのまま顔を伏せた。
(チッ。あの激甘アタマじゃあるまいし、なんでホムンクルス相手に──…)
かすかな憐憫に苛立ち、剛太はボサボサの頭をくしゃりと撫でた。
「おい。てめェには聞きたいコトがある。大人しく従うなら」

「やだ」
「なに」
「やだっていってんの!!」
決然と顔を上げた香美の瞳には、すさまじい光があふれている。
「痛いので思い出した! あたしはずぅっとさっき、やな奴に痛い思いをさせられたのよ!!!
けどご主人に治してもらったし!! じゃあ戦うしかないじゃん!! ご主人のために!!
あたしは!!」
肩口にモーターギアを刺したまま、20mばかり躍り上がる影を剛太は見た。
頭上の枝葉でかさりという音がした。香美がもぐりこんだのは想像に難くない。
「戦うっきゃあないじゃん!! いくわよ垂れ目! その武器がいくらうごこーと、あたしの場
所が分からなきゃあたるワケない!!」
木々は高く、枝葉も高く。折り重なる葉に紛れた人影は、夜の闇で判ずるコト不可能。
「でもあたしはネコ。だから──…」
針状の緑光が剛太の頬に、手に、足に、驟雨のように降り注ぐ。

赤い筒をまっすぐ直結させて2mほどの長さにして、8個ほどのそれを束にした。
構造は単純で、ヘビと例えるにはややシンプルすぎる。どちらかといえばミミズだが、獲物に
対する執拗さを鑑みれば、やはりヘビと呼ぶべきか?
それが。
壁に勢いよく激突した。千歳に避けられたせいで。
震度3ほどの衝撃が辺りを揺らし、埃を降らす。
その量の少なさから(掃除はしている → じゃあやっぱり使われてる施設?)と推測する千
歳ではあるが、やはりココがどこかは分からない。
ヘビに追われて逃走を試みるコト、約5分。
走っても走っても廊下沿いに何かの部屋があるだけで、一向に代わり映えしない。
(せめて窓があれば外の情報を得られるのだけど。それに脱出も)
鳩尾無銘の攻撃で飛ばされて以来、瞬間移動も索敵もできないヘルメスドライブだ。
それは千歳の戦闘力がほぼ皆無であるコトに他ならない。
ならば斗貴子たちと合流するコトが急務。
「とっくにご存知かも知れませんけど、仕事というのは達成可能なコトじゃなきゃ仕事たりえ
ませんよねぇ」
薄暗い蛍光灯の横をカツカツと、夜襲がゆるやかに追ってくる。

体は黒い光にうっすら侵食されているが、謎の復活とは関係あるのだろうか。
「不可能なコトをやらされれば、部下のモチベーションは下がる一方。利益を生む行為には
直結しない。死んだ、というか俺が殺した部長の受け売りですけどね。で、千歳さん。あなた
のモチベーションはどうですか? 窓を探すコト自体なかなか困難。ましてお仲間と合流でき
るかどうかも分からない。俺ならそんな仕事、さっさと投げますけどねぇ」
「まずまず……といったところかしら。情けない話だけど、戦闘力がない以上、まずはあなた
から逃げ切る必要があるの。でも、そうすると追撃を受けるから私はかなり不利ね。だから
こそ、集中する必要がある」
「それは結構。根来さん抜きでも──根来さんの言葉を借りれば『1人で充分戦える』ですか」
千歳1人、さほどの脅威でもないと踏んでいるのか。とすれば、かつて彼女の秘策に決定的
な敗因を作られた反省をしてしないコトになるが。
「あなたを軽んじたりはしてませんよ。そのあたり、ブッちゃけましょうか?」
「残念だけどお断りするわ。時間稼ぎに付き合える余裕は正直ないから……」
一筋の汗が化粧っ気のない美しい頬を伝い落ちた。
右手へバンドで固定したヘルメスドライブの周辺も、じっとり水滴に塗れている。
壁にめりこんでいたヘビが再び動き出しつつある。
「じゃあ逃げながらでもいいのでお聞き下さい」
促されたようであまりいい心持ちではないが、千歳は再び駆け出した。
白い首筋は湯上りのように色づき、まろやかな吐息がひっきりなしに鼻孔から溢れる。
「正直、悩んでますね。速攻であなたを倒すか」
タイトなスカートから覗く細い足が、ひっきりなしに地面を叩く。
(時間があれば策を練る、そう警戒してるのね。でも正直、こんな状況で)
背後のヘビが鎌首を繰り出してきた。とっさに飛ぶ。舞い上がる床の破片にバランスを崩さ
れそうになりながら、かろうじて着地して更に走る。
仮に策があったとして、実行に移す時間は与えられるだろうか。
よほど単純な策でない限りは──…
曲がり角が見えた。もしかすると行き止まりの可能性もあるが、走るしかない。
「それとも万策も体力も尽きたところをじっくり吸血するか」
千歳に火渡の毒気と攻撃性が半分でも備わっていたら、毒づいていただろう。
夜襲はいかにも2枚のカードの選択に悩んでいる風だが、実際に出す物は決まっているに
ちがいない。
(つまりは後者。このヘビで私を追いたて、策の発露を防ぎつつ、消耗させるのが狙い)

角を曲がる。幸い、道は続いている。体力も残っている。まだ走れる。
「ちなみにヘビはトイズフェスティバルの変形バリエーション。ディスクアニマルの真似です!
さあ、この状態で何か策を練り、抽出するコトはできますか!?」
「ええ」
唐突に踵を返した千歳。掌に着装したヘルメスドライブを。
彼女へ大口開けて飛び掛るヘビめがけ。
正確には首すじへ── 正確には筒が接合されている部分へ──
ヘルメスドライブの角を!
手刀よろしく叩き込む!!
両者の動きが一瞬止まる。鈍い音が薄暗い廊下の果てまで響ききる。
果たして。
ヘビの首すじは、筒の接合部は、硬質の楯に破砕されていた。
細かな欠片がカラカラとこぼれ落ち、最後に真赤な筒が地面へ落下。
それ位だ。結局、ヘビに与えたダメージといえばそれ位。
千歳は無事で終われなかった。
たじろぐかに思えたヘビの間髪いれぬ体当たりを受け、1mばかり吹き飛ばされた。
うっすら肉付いた臀部が床にたたき付けられ、骨を打った独特の鈍痛が千歳に走る。
右腕の関節もギシギシと悲鳴をあげている。
床を砕くヘビに対し、細腕でカウンターを繰り出したのだ。無理もない。
「無謀ですね。しかし! その体勢の崩れこそ願ってもないチャンス!」
夜襲の声とともにヘビに光が灯る。
闇に浮かぶは555の目。ゴジラの尾びれ。うっすらとした電飾の光。
正念場。千歳はすべき動作を素早くこなし、立ち上がり、ヘビの横をすり抜ける。
元来た道を突っ走る。赤い欠片を夜襲目がけて投げながら。
「あなたの本当の狙い…は…私の体勢が崩れた瞬間にヘビを自爆。必ず当てるために。違う?」
するとどうしたコトか。
夜襲は先ほどまで千歳がいた場所に移動していた。
そこは爆発寸前のヘビの前でもある。

結果。

廊下を突き抜ける紅蓮の爆風に、夜襲は成すすべなく呑まれた。

「トイズフェスティバルの特性は……攻撃に応じた自動回避。百雷銃を仕掛けた場所へ創造
主を瞬間移動させる。だからさっき落ちた筒を」
「いま俺がいる場所に仕掛け、欠片を投げて……強制転移発動と。相変わらず……お見事」
夜襲はニヤリと笑う。腕は左右ちぐはぐ、顔は焦げ、右目は焼き魚のように白濁している。
足はもうない。ひょっとしたら廊下の向こうに転がってる消し炭がそうだったのかも知れない。
「再生怪人なので、ま、こんなもんですかね。た……だし」
かききえた夜襲はモヤのような物体になり、ヘルメスドライブへ吸い込まれる。
「俺は予兆にすぎ……ません。暴…………走、まだまだ続き……ますよ」
ヘルメスドライブの画面が、再び明滅を始め──
「ぬすまれた過去を探しつーづけて、俺はさまよう見知らぬ町をー」
とても。
とても。
とても、見覚えのある物体を映し出した。
「炎のにおーい、しーみーついーてぇー…むせる」
不等号に線を2本あしらったような、独特の記号。
それが刻印されたブラウンの靴底が、画面の奥から徐々に迫りつつある。

「さよならはいったはずだ。別れたはずだ」

……地獄を見れば心が乾く。千歳の心境は正にそれだ。
とっさにヘルメスドライブの画面が自分に向かわぬよう背けるのが精一杯。
「流星!! ブラボー脚!!!!」
とてつもなく重い衝撃が、画面を突き破り現出した。
その直撃を受けた曲がり角、一瞬で瓦礫の山と化した。
まるでミサイルを打ち込まれたように。
機関室だろうか。瓦礫の向こうに黒光りする装置の群れが見える。
それを背景に、瓦礫の山と埃を押しのけ立ち上がったのは。
全身を銀色のコートに包んだ存在。黒い光をうっすら纏っているが、銀の気配は揺らがない。
「ブラボーな判断だ。戦士・千歳。確かに画面がお前に向いたままなら攻撃を受けていた」
見慣れた帽子の下から、聞きなれた声が響く。
かつては千歳と火渡でチームを組んでいた。
いまは戦士長にして、錬金戦団きっての非常識な身体能力を持つ男。
されどそれは天賦の才によるものではなく、あくまで地道な努力によるものだというコトを、
千歳は誰よりも知っている。
だからこそ、その男が戦場において立ちはだかるのは何にも勝る脅威である。
息苦しい。まるで眼前の空気が鉛がごとく固っているようだ。
「……あなたも、敵」
「yes I am!」
チッ♪ チッ♪ などと独特のポーズで拳振りつつ答えるのは誰あろう。
キャプテンブラボーこと、防人衛。
「残念だがその通りだ。しかし、安心しろ。あくまで俺はお前自身が作った偽者。……いや、
ヘルメスドライブが作ったというべきか」
(一体どういう意味?)
「ずいぶん知りたそうだな戦士・千歳。だがこれ以上は秘密だ。なぜなら……

その方がカッコいいから!!

お前に攻撃を加えるのは忍びないが、逆らえないように出来ている。行くぞ!!」
銀の強者が瓦礫を蹴り、千歳に迫る!

他の戦士達の動向も気になるが、寄宿舎待機を命じられている以上、どうしようもない。
そういう意味では、この接触、焦りを散らすのには適しているかもしれない。
斗貴子が見たら、戦いもせずにいい身分だと毒づくだろうが。
テーブルの上に勢いよくどんぶりが置かれた。
「まひろ特製南プラバンス風あんかけ麻婆豆腐!」
うす茶に染まった豆腐がほかほかと湯気を立てている。
こんがり焼けたひき肉そぼろにあんが垂れ、随所のねぎと紅生姜がおいしそうな色彩だ。
「いや、君は一体何を作っているんだ」
寄宿舎の食堂で秋水はこめかみを抑えた。
「お夜食!!」
アースカラーの三角巾をふりほどくと、まひろの豊かな髪がふわりと浮いた。
「そうじゃなくて」
南プラバンスと銘打ってなぜ麻婆豆腐なのか。
それに厨房に生徒が入っていいのか。
千歳だって本職は戦士で別に調理師でもなんでもないが、いちおう寮母としての立場がある
から厨房に入れるのだ。
だいたい、時刻は午後9時を回っている。食事をする時間に不向きだ。
疑問反問はつきないが、投げかけたところで果たして答えてもらえるかどうか。
「なんだかー、秋水先輩忙しくなりそうだし、栄養とってもらいたいなーって」
まひろはイスに座ると、梨の花のように「にぱー」と笑った。『梨』の『花』のように。
「へっへーん! 何を隠そう、私は料理の達人よ!!」
聞けば両親が海外に行ってるコトが多く、たまに自己流で作っているうちに何となく上達した
らしい。
もはや自分の主張モードに移っている。
いい子なのだが、人の意見をもう少し聞くべきじゃないかと秋水は思うが、別段嫌悪感は湧
かない。
それより正直のところ、桜花が怖い。
いちおう「まひろに急に呼ばれたので行く」と伝えたが、いつ何時、
「あらあら。楽しそうねぇ秋水クン。私をほったらかしで」
と腹に一物ありそうな笑顔で登場するか分からない。御前様が影から見ている可能性もある。
秋水らしくはないが、辺りを落ち着きなく見渡してしまう。
桜花にずっとべったりだった頃を思えば、普通の姉弟らしさに近づきつつあるが、秋水自身
はあまりそういう変化に気付かない。
「どうしたの秋水先輩。……ひょっとして麻婆豆腐、ダメだった?」
だとすると悪いコトをした、という表情でまひろは秋水を覗き込む。
大きな瞳は黒曜石よりも漆よりもきらきらと光っている。
「い、いや。支障はない」
あまりに純真な瞳を見ていると、自分の犯した過ちが知られそうで、つい秋水は視線を外して
しまう。
カズキを刺したコト、いずれ謝るべきだと思っているが、まひろの朗らかさを突然の奈落に突
き落とすようなマネはしたくない。涙の時を知っているから、したくない。
とりあえずレンゲを手にして、麻婆豆腐の攻略に移る。
幸いにして、秋水は食事のマズさを知らない。
幼少の頃に極度の飢餓状態におかれてからは、決まった時間に火の通った物を食べられる
だけでも「おいしい」と思える。
だからまひろの作ったやや突飛な料理に対しても、恐れるコトなく箸(レンゲだが)をつけられる。

──あれはアホウドリだ。

蝶野爆爵ことDr.バタフライなどは秋水の食事風景を評してかつてそういったコトがあるが、
なるほど、味覚についてはそうかも知れない。
江戸時代中期、とある舟人たちが無人島に漂着したコトがある。
その際、食料となったのがアホウドリだ。
彼らは好奇の赴くまま人間へ近づき、捉えられ、喰われたという。
なぜならば人間を脅威として認識していなかったためだ。
秋水の味覚も、脅威というものを知らず、知らないがゆえに、「まひろ特製南プラバンス風あ
んかけ麻婆豆腐」なる面妖なメニューを口に運んでいるのだろう。
「……うまい」
「でしょー!」

ちなみにその頃、ヴィクトリアは千里と沙織で神経衰弱をしていた。
(神経衰弱が趣味なんだ……)
やや気恥ずかしげにカミングアウトしてきた千里を、可愛いなとつい思ってしまう。
アレキサンドリアに似ているがやはり子供じみてて、けれどそんな子供じみた千里に母の
面影を見いだしてしまって、ヴィクトリアは面映い。
とりあえず、ちょっとだけ素直な部分を出しながら、友人たちときゃいきゃい遊ぶのも、悪くな
いと思った。そう思えるようになりつつある。
ホムンクルスでありながら、人間社会に対し、そう。