陸奥圓明流の攻撃は、確かに人を越えた修羅のものである。百戦錬磨の正成を
圧倒したことからもそれは明らかだ。
だが陸奥圓明流の防御は、あくまでも人間を相手に戦うためのもの。人間に攻撃された
場合を想定し、それを防ぐためのものである。
本気になった勇、『半魔』の血の滾りは、もはやヒトの域ではない。
「ふふっ。この程度なのですか? もしや貴方は、まだ色を知らな……っと、失礼。
機会があれば、わたしが直々に教えて差し上げても良かったのですけど」
優しげな声で、勇が語りかけてくる。両腕を大きく広げた、本気の構えで。その両手の
先、十本の指から滴る血は、大和のもの。陸奥の血だ。
大和は息を切らせて、勇と対峙している。腕からも脚からも胸からも腹からも血を流し、
その血の出所は肉を指の形に抉り取られている。
「残念ながら、貴方はここで逝くことになりますから。あの世で護良親王様や、近々
逝かれる新田様などからお聞きになるがよろしいでしょう。わたしの色を……」
ネズミに襲いかかる猫の動きで、勇が大和に襲いかかった。瞬き一つの間に十、二十
と繰り出される勇の攻撃を、大和は的確に見切って防御する。するのだが、
勇の手はまるでサメの歯のように、大和の皮を裂き肉を抉り、鮮血を溢れさせる。
「……くっ!」
勇の連撃の間隙をぬって、大和が右の跳び回し蹴りを放った。勇は軽くかわす、
そのかわした先に、大和の左後ろ回し蹴りが追撃を加えた。
陸奥圓明流『旋』。相手が並の達人なら、二発目の蹴りを目視する前に意識を
蹴り潰されているところだ。が、
「ぬるいですわ……!」
勇は二発目の蹴りが頬に触れると同時に、その蹴りと同じ速度で同じ方向に体を
捻って蹴りの威力を殺し、その回転を利して大和に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
『旋』を放った体勢のまま、空中で防御も回避もできなかった大和は、勇の攻撃を
まともに受けて吹っ飛ばされる。
辛うじて体勢を整えて着地するが、このままではいくらやっても同じことの繰り返し
だろう。そしていずれ、敗れる。
大和は間合いを大きく取ると、一つ深呼吸をしてから叫んだ。
「……陸奥圓明流奥義!」
低い姿勢で両腕を交差させた大和の姿が、突然勇の視界から消える。
「あら?」
凄まじい速さで勇の周囲を駆けている大和。その速さは勇にも追いきれない。が、
無手である以上いずれは手か足の届く距離まで来て攻撃してくるはず。
圓明流は無手の業。それが解っている以上、攻撃にくる一瞬の殺気さえ逃さねば、
捉えきれぬ道理はない。
「これが奥義……? 底が知れましたね、陸奥圓明流!」
カッ、と目を見開いて振り向いた勇の前で、大和が倒立して大きく脚を広げている。
その両脚が、まるで龍の顎のように勇の頭部を噛み砕かんと交差された。神速と言うに
ふさわしい速さだったが、鬼の反射神経を持つ勇には及ばない。勇は体を反らせて
龍の顎をかわす。両腕をだらりと下げたまま、余裕の表情で。
その直後、龍の咆哮が鬼に突き刺さった!
圧倒したことからもそれは明らかだ。
だが陸奥圓明流の防御は、あくまでも人間を相手に戦うためのもの。人間に攻撃された
場合を想定し、それを防ぐためのものである。
本気になった勇、『半魔』の血の滾りは、もはやヒトの域ではない。
「ふふっ。この程度なのですか? もしや貴方は、まだ色を知らな……っと、失礼。
機会があれば、わたしが直々に教えて差し上げても良かったのですけど」
優しげな声で、勇が語りかけてくる。両腕を大きく広げた、本気の構えで。その両手の
先、十本の指から滴る血は、大和のもの。陸奥の血だ。
大和は息を切らせて、勇と対峙している。腕からも脚からも胸からも腹からも血を流し、
その血の出所は肉を指の形に抉り取られている。
「残念ながら、貴方はここで逝くことになりますから。あの世で護良親王様や、近々
逝かれる新田様などからお聞きになるがよろしいでしょう。わたしの色を……」
ネズミに襲いかかる猫の動きで、勇が大和に襲いかかった。瞬き一つの間に十、二十
と繰り出される勇の攻撃を、大和は的確に見切って防御する。するのだが、
勇の手はまるでサメの歯のように、大和の皮を裂き肉を抉り、鮮血を溢れさせる。
「……くっ!」
勇の連撃の間隙をぬって、大和が右の跳び回し蹴りを放った。勇は軽くかわす、
そのかわした先に、大和の左後ろ回し蹴りが追撃を加えた。
陸奥圓明流『旋』。相手が並の達人なら、二発目の蹴りを目視する前に意識を
蹴り潰されているところだ。が、
「ぬるいですわ……!」
勇は二発目の蹴りが頬に触れると同時に、その蹴りと同じ速度で同じ方向に体を
捻って蹴りの威力を殺し、その回転を利して大和に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
『旋』を放った体勢のまま、空中で防御も回避もできなかった大和は、勇の攻撃を
まともに受けて吹っ飛ばされる。
辛うじて体勢を整えて着地するが、このままではいくらやっても同じことの繰り返し
だろう。そしていずれ、敗れる。
大和は間合いを大きく取ると、一つ深呼吸をしてから叫んだ。
「……陸奥圓明流奥義!」
低い姿勢で両腕を交差させた大和の姿が、突然勇の視界から消える。
「あら?」
凄まじい速さで勇の周囲を駆けている大和。その速さは勇にも追いきれない。が、
無手である以上いずれは手か足の届く距離まで来て攻撃してくるはず。
圓明流は無手の業。それが解っている以上、攻撃にくる一瞬の殺気さえ逃さねば、
捉えきれぬ道理はない。
「これが奥義……? 底が知れましたね、陸奥圓明流!」
カッ、と目を見開いて振り向いた勇の前で、大和が倒立して大きく脚を広げている。
その両脚が、まるで龍の顎のように勇の頭部を噛み砕かんと交差された。神速と言うに
ふさわしい速さだったが、鬼の反射神経を持つ勇には及ばない。勇は体を反らせて
龍の顎をかわす。両腕をだらりと下げたまま、余裕の表情で。
その直後、龍の咆哮が鬼に突き刺さった!
ザグッッ!
皮が裂かれ肉が抉られ、血飛沫が炸裂する。着地した大和が、素早く体勢を整えつつ
間合いを取って立ち上がる、と。
「な、何っ!?」
血まみれの勇が立っていた。鍛え抜いた太い首をもつ力士などならいざ知らず、片手で
握り潰せそうな勇の細い首で、陸奥圓明流奥義『龍破』……その正体は両脚の高速交差
が巻き起こす真空の刃……に耐えられるはずはない。大和はそう思っていたし事実そう
なのだが、しかしそうはならなかった。
「なるほど……これはこれは……侮っていましたね、陸奥の業を……」
額に開いた大きな傷口から大量の血を流して、勇が笑みを浮かべている。
勇はあの一瞬で真空の存在に気付き、咄嗟に顎を引いて頭を下げ額を突き出し、
真空を受け止めたのだ。つまり龍の咆哮に向かって頭突きをぶつけたのである。
いくら勇の小さな頭とはいえ、丸く硬い頭蓋骨だ。真空の刃は所詮、風に過ぎない。
刃の鋭さはあっても槌の破壊力はないので、頭蓋を壊すどころかヒビすら入らなかった。
もちろん、叩かれ揺らされて脳震盪ということもない。
だが頭のケガである。出血量は半端ではない。溢れる流血が額から顔、そして胸へと伝う。
大和からの返り血と自らの流血とで薄く赤い衣が紅く染まり、勇の肢体に濡れて吸い付き、
しなやかな体の線が浮かび上がっている。
その様は妖しく美しく艶かしく、そして恐ろしく。正に『鬼女』そのものであった。
「陸奥大和……よくぞそこまで鍛え……よくぞそこまで造り上げましたね……
貴方のその克己心に……愛すら感じます…………ですから……」
白い顔を紅く染めて勇が笑う。その紅は、はたして流れ出た血によるものだけであろうか。
いや、違う。高揚した勇の頬が、熱く紅く染まっているのだ。
勇は両腕を揃え、何かを支え持つように真っ直ぐ上に伸ばした。そして、熱っぽい目を
大和に向けて、その唇から何かが漏れ出すような声で語りかける。
「貴方にはお見せしましょう……わたしの全てを、最高のわたしを……鬼の拳を」
まるで恐怖した神が、鬼の手を鎖で縛りつけて必死に天空から引っ張り、動きを止め
ようとしているような。その鎖が引きちぎられた時、一体どんな力が出現するのだろうか。
そんな鬼、いや鬼女と対峙する修羅、大和は思う。……龍破さえも通じなかった。
こうなったらもう、打つ手は一つしかない。だが、もしその技で仕留め切れなかった場合、
大和は勇の眼前で致命的な隙を晒すことになる。体力的にも限界を迎えるだろう。
となれば、末路は見えている。
が、やるしかない!
「オオオオオオオオォォォォッ!」
覚悟を決めた大和が、小細工なしで真っ直ぐに奔った。
勇は、じっとそれを見つめている。
「よもや、これを使えるとは思っていませんでした。感謝していますよ……陸奥。
貴方の最期の『勇』、しかと見届けさせて頂きます」
大和が間合いに入り、拳を突き出した。勇も拳を……と、拳が腕が肩が胸が、勇の上体
がまるごと消失した。突き出す拳の凄まじい速さが大和の、陸奥圓明流の視力さえ
越えたのだ。
この時。刹那の間に、大和は悟った。
『…………勝てない……か』
間合いを取って立ち上がる、と。
「な、何っ!?」
血まみれの勇が立っていた。鍛え抜いた太い首をもつ力士などならいざ知らず、片手で
握り潰せそうな勇の細い首で、陸奥圓明流奥義『龍破』……その正体は両脚の高速交差
が巻き起こす真空の刃……に耐えられるはずはない。大和はそう思っていたし事実そう
なのだが、しかしそうはならなかった。
「なるほど……これはこれは……侮っていましたね、陸奥の業を……」
額に開いた大きな傷口から大量の血を流して、勇が笑みを浮かべている。
勇はあの一瞬で真空の存在に気付き、咄嗟に顎を引いて頭を下げ額を突き出し、
真空を受け止めたのだ。つまり龍の咆哮に向かって頭突きをぶつけたのである。
いくら勇の小さな頭とはいえ、丸く硬い頭蓋骨だ。真空の刃は所詮、風に過ぎない。
刃の鋭さはあっても槌の破壊力はないので、頭蓋を壊すどころかヒビすら入らなかった。
もちろん、叩かれ揺らされて脳震盪ということもない。
だが頭のケガである。出血量は半端ではない。溢れる流血が額から顔、そして胸へと伝う。
大和からの返り血と自らの流血とで薄く赤い衣が紅く染まり、勇の肢体に濡れて吸い付き、
しなやかな体の線が浮かび上がっている。
その様は妖しく美しく艶かしく、そして恐ろしく。正に『鬼女』そのものであった。
「陸奥大和……よくぞそこまで鍛え……よくぞそこまで造り上げましたね……
貴方のその克己心に……愛すら感じます…………ですから……」
白い顔を紅く染めて勇が笑う。その紅は、はたして流れ出た血によるものだけであろうか。
いや、違う。高揚した勇の頬が、熱く紅く染まっているのだ。
勇は両腕を揃え、何かを支え持つように真っ直ぐ上に伸ばした。そして、熱っぽい目を
大和に向けて、その唇から何かが漏れ出すような声で語りかける。
「貴方にはお見せしましょう……わたしの全てを、最高のわたしを……鬼の拳を」
まるで恐怖した神が、鬼の手を鎖で縛りつけて必死に天空から引っ張り、動きを止め
ようとしているような。その鎖が引きちぎられた時、一体どんな力が出現するのだろうか。
そんな鬼、いや鬼女と対峙する修羅、大和は思う。……龍破さえも通じなかった。
こうなったらもう、打つ手は一つしかない。だが、もしその技で仕留め切れなかった場合、
大和は勇の眼前で致命的な隙を晒すことになる。体力的にも限界を迎えるだろう。
となれば、末路は見えている。
が、やるしかない!
「オオオオオオオオォォォォッ!」
覚悟を決めた大和が、小細工なしで真っ直ぐに奔った。
勇は、じっとそれを見つめている。
「よもや、これを使えるとは思っていませんでした。感謝していますよ……陸奥。
貴方の最期の『勇』、しかと見届けさせて頂きます」
大和が間合いに入り、拳を突き出した。勇も拳を……と、拳が腕が肩が胸が、勇の上体
がまるごと消失した。突き出す拳の凄まじい速さが大和の、陸奥圓明流の視力さえ
越えたのだ。
この時。刹那の間に、大和は悟った。
『…………勝てない……か』