「死ねよ!」
クリフはそう絶叫し、内なる意思を外界に投射する。
空間はそれに応え、その形を捻じ曲げてレッドへと襲い掛かる。だがその攻撃の先には、もはやレッドの姿はない。
「当たるか、馬鹿が!」
硬質化させたブレードを振るい、正面から切りかかる。それはクリフが反射的に展開させた力場に阻まれ、空中で静止した。
「……なんだよ、その腕は。君は化物なのか?」
「てめえにゃ負けるよ」
言いざま、脚でクリフの首を蹴りつける。意表を付かれたクリフはそれをまともに食らい、地面にもんどり打った。
間髪いれずにもう一発蹴りが飛んでくるが、クリフはその脚ごと念動力で受け止め、弾き飛ばす。
その勢いで壁に叩きつけられたレッドへ向けて、もう一度思念の波が向かう。
そのことを予測していたレッドは即座に飛びのいてそれをかわし、床と壁だけが無残に亀裂を走らせた。
(なんつー威力だ……だが、分かってきたぜ)
不可視の力場による広範囲攻撃、それは確かに脅威だったが、肝心のクリフに戦闘経験がまったくないことが致命的だった。
どんなに鋭利な剣でも、相手に当たらなければ意味がない。
クリフの攻撃パターンはまるで単調であり、さながらモグラ叩きのごとく視認した場所へ向けて攻撃するだけで、
なにも考えていないに等しかった。
戦闘の流れというものを理解していない以上、クリフ・ギルバートに勝ち目はない。そう思えた。
「くそ……なんで死なないんだ、レッド」
レッドは超能力者ではない。なので、サイコキネシスを振るうことが術者にとってどれほどの負担になるか想像もつかない。
だが素人目にもクリフは疲弊しきっていた。汗をだらだら流し、息は荒く、こめかみがぴくぴくとチック症を引き起こしていた。
わずか数分の戦闘ですら、彼の意識に多大な精神的負荷を及ぼすらしい。
限界が近い。小刻みに動き回って攻撃を避け続ながらそう判断したレッドは、
勝負を決めるべく両腕の刃に振動波を流し込んだ。
先のクラーク・ノイマン少佐との死闘で獲得した、分子結合を破壊するバイブレーションであった。
果たして、がくりとクリフの身体が崩れ、周囲に渦巻いていたサイコキネシスが消失する。
「もらった!」
交差する両腕をスライドさせながらクリフに飛び掛り、その時、
「ユーゴー……」
虚脱状態にあるクリフがつぶやく。
その一言はどんな念動力よりも強くレッドを揺さ振った。
「人の心が分からないんですか」とレッドに言った少女、
「わたしはレッドを理解しようとしている」と寂しそうにつぶやくセピア、
寄り添って泣く二人。
そんな意味のない光景がレッドの脳裏に蘇り、その切っ先が鈍る。
──それが正しかったのか、間違っていたのか、それは誰に分からないだろう。
だが、その鈍った一瞬こそは、両者にとって取り返しのつかない時間だった。
クリフの内部から、強大な力が突如として爆発的に膨れ上がる。
床を叩き割り、壁に穴を開け、周囲のありとあらゆるものを飲み込んで肥大してゆく。
その奔流に為すすべなく吹き飛ばされながら、レッドは己の思い違いに気づく。
限界が近い。
そう、それは間違っていない。
だがその限界とはあくまで「能力を制御できる限界」であり、その一線を見失ってしまったクリフ・ギルバートは、
ひたすらに破壊を振りまくだけの、暴走する怪物と成り果てたのだ。
それはさながら、知性も気高さもなく、妄念のみでこの世の暗黒から這い出る──魔王のように。
「僕は……人間だ……」
定まらぬ視線でつぶやくクリフの目には、もはやなにも映っていないだろう。
無数の刃で身体を切り刻まれたレッドは、壁に背中を預け、それでも立ち上がろうともがく。
「モルモットなんかじゃない……『ヴィクティム』なんかじゃない……」
ナノマシンの修復が追いついていないレッドにとって、この虚無と絶望が形をとったような空間は
ただいるだけで生命の危険にさらされるほどの苛烈さを備えていた。
ぎょろり、とクリフの見開かれた瞳がレッドを捉える。瞳孔は開ききっていた。まるで闇夜の中を彷徨っているかのように。
「なんで……生きているんだ? 駄目なんだよ……死なないとさあ……」
おおん、と空気が鳴いた。
「みんな殺してやるんだ……そして……僕は……ユーゴーと二人で……」
レッドに言葉はない。クリフの精神の深淵を、この世の暗黒を、純粋な悪意の表出を目の当たりにし、ただ驚いていた。
今や、それは目に見えていた。
クリフの感情が世界を歪ませ、その歪みは空気を乱し、光を曲げていた。
「…………」
ふと、クリフがなにかに気づいたように辺りに視線をめぐらせる。それより数秒遅れ、レッドもそれに気がつく。
遠くから、地面を揺るがす響きが近づいていた。火の爆ぜるような、石を割るような、そんな奇妙な音がした。
次いで、鼻を刺すオゾン臭が立ち込める。
「ぐぅっ!」
レッドの両腕が激しく震えた。それは通常のARMS共振とは比べ物にならない、圧倒的なものだった。
「また負けているのか……レッドよ」
瓦礫の山と化した医療セクションの廊下の向こうから、何かが近づいてくる。
それは巨大な怪物だった。
「だが……やはりそいつは危険な実験体のようだな……」
髑髏のような異形、薄紅に淡く輝く爪、スパーク発光と過熱された水蒸気を身にまとい、
「そんな出来損ない相手では張り合いがなかろう……クリフ・ギルバート……このオレが直々に殺してやろう」
人間の面影を一欠けらも残さない、悪魔そのものの姿だった。
「この……『ブリューナクの槍』と……『マッドハッター』がな……!」
クリフはそう絶叫し、内なる意思を外界に投射する。
空間はそれに応え、その形を捻じ曲げてレッドへと襲い掛かる。だがその攻撃の先には、もはやレッドの姿はない。
「当たるか、馬鹿が!」
硬質化させたブレードを振るい、正面から切りかかる。それはクリフが反射的に展開させた力場に阻まれ、空中で静止した。
「……なんだよ、その腕は。君は化物なのか?」
「てめえにゃ負けるよ」
言いざま、脚でクリフの首を蹴りつける。意表を付かれたクリフはそれをまともに食らい、地面にもんどり打った。
間髪いれずにもう一発蹴りが飛んでくるが、クリフはその脚ごと念動力で受け止め、弾き飛ばす。
その勢いで壁に叩きつけられたレッドへ向けて、もう一度思念の波が向かう。
そのことを予測していたレッドは即座に飛びのいてそれをかわし、床と壁だけが無残に亀裂を走らせた。
(なんつー威力だ……だが、分かってきたぜ)
不可視の力場による広範囲攻撃、それは確かに脅威だったが、肝心のクリフに戦闘経験がまったくないことが致命的だった。
どんなに鋭利な剣でも、相手に当たらなければ意味がない。
クリフの攻撃パターンはまるで単調であり、さながらモグラ叩きのごとく視認した場所へ向けて攻撃するだけで、
なにも考えていないに等しかった。
戦闘の流れというものを理解していない以上、クリフ・ギルバートに勝ち目はない。そう思えた。
「くそ……なんで死なないんだ、レッド」
レッドは超能力者ではない。なので、サイコキネシスを振るうことが術者にとってどれほどの負担になるか想像もつかない。
だが素人目にもクリフは疲弊しきっていた。汗をだらだら流し、息は荒く、こめかみがぴくぴくとチック症を引き起こしていた。
わずか数分の戦闘ですら、彼の意識に多大な精神的負荷を及ぼすらしい。
限界が近い。小刻みに動き回って攻撃を避け続ながらそう判断したレッドは、
勝負を決めるべく両腕の刃に振動波を流し込んだ。
先のクラーク・ノイマン少佐との死闘で獲得した、分子結合を破壊するバイブレーションであった。
果たして、がくりとクリフの身体が崩れ、周囲に渦巻いていたサイコキネシスが消失する。
「もらった!」
交差する両腕をスライドさせながらクリフに飛び掛り、その時、
「ユーゴー……」
虚脱状態にあるクリフがつぶやく。
その一言はどんな念動力よりも強くレッドを揺さ振った。
「人の心が分からないんですか」とレッドに言った少女、
「わたしはレッドを理解しようとしている」と寂しそうにつぶやくセピア、
寄り添って泣く二人。
そんな意味のない光景がレッドの脳裏に蘇り、その切っ先が鈍る。
──それが正しかったのか、間違っていたのか、それは誰に分からないだろう。
だが、その鈍った一瞬こそは、両者にとって取り返しのつかない時間だった。
クリフの内部から、強大な力が突如として爆発的に膨れ上がる。
床を叩き割り、壁に穴を開け、周囲のありとあらゆるものを飲み込んで肥大してゆく。
その奔流に為すすべなく吹き飛ばされながら、レッドは己の思い違いに気づく。
限界が近い。
そう、それは間違っていない。
だがその限界とはあくまで「能力を制御できる限界」であり、その一線を見失ってしまったクリフ・ギルバートは、
ひたすらに破壊を振りまくだけの、暴走する怪物と成り果てたのだ。
それはさながら、知性も気高さもなく、妄念のみでこの世の暗黒から這い出る──魔王のように。
「僕は……人間だ……」
定まらぬ視線でつぶやくクリフの目には、もはやなにも映っていないだろう。
無数の刃で身体を切り刻まれたレッドは、壁に背中を預け、それでも立ち上がろうともがく。
「モルモットなんかじゃない……『ヴィクティム』なんかじゃない……」
ナノマシンの修復が追いついていないレッドにとって、この虚無と絶望が形をとったような空間は
ただいるだけで生命の危険にさらされるほどの苛烈さを備えていた。
ぎょろり、とクリフの見開かれた瞳がレッドを捉える。瞳孔は開ききっていた。まるで闇夜の中を彷徨っているかのように。
「なんで……生きているんだ? 駄目なんだよ……死なないとさあ……」
おおん、と空気が鳴いた。
「みんな殺してやるんだ……そして……僕は……ユーゴーと二人で……」
レッドに言葉はない。クリフの精神の深淵を、この世の暗黒を、純粋な悪意の表出を目の当たりにし、ただ驚いていた。
今や、それは目に見えていた。
クリフの感情が世界を歪ませ、その歪みは空気を乱し、光を曲げていた。
「…………」
ふと、クリフがなにかに気づいたように辺りに視線をめぐらせる。それより数秒遅れ、レッドもそれに気がつく。
遠くから、地面を揺るがす響きが近づいていた。火の爆ぜるような、石を割るような、そんな奇妙な音がした。
次いで、鼻を刺すオゾン臭が立ち込める。
「ぐぅっ!」
レッドの両腕が激しく震えた。それは通常のARMS共振とは比べ物にならない、圧倒的なものだった。
「また負けているのか……レッドよ」
瓦礫の山と化した医療セクションの廊下の向こうから、何かが近づいてくる。
それは巨大な怪物だった。
「だが……やはりそいつは危険な実験体のようだな……」
髑髏のような異形、薄紅に淡く輝く爪、スパーク発光と過熱された水蒸気を身にまとい、
「そんな出来損ない相手では張り合いがなかろう……クリフ・ギルバート……このオレが直々に殺してやろう」
人間の面影を一欠けらも残さない、悪魔そのものの姿だった。
「この……『ブリューナクの槍』と……『マッドハッター』がな……!」
第八話 『魔』 了