深夜。京の都・平安京に足利軍が到着した。師直の軍と尊氏・直義兄弟の軍との
二手に分かれて、怒涛のように進軍していく。
古来より、攻めるに易く守るに難いと言われているこの平安京だが、それにしても
この突入劇は見事過ぎる。まるで何者かが内側から手引きをしているかのような。
街は大混乱に陥り、人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、尊氏は配下の全員に厳命して
いた。市民には決して手出しせぬよう、目指す敵以外に被害をもたらさぬようにと。
そのおかげか、入り組んだ市街での大混戦にも関わらず火災すら出ていない。
「こんな場所では楠木得意の奇策も陥穽もやりようがありますまい。新田などは恐るる
に足りませぬし、もはやこの平安京が我らの手に落ちるのも時間の問題ですな、兄上」
かつての足利軍駐屯地に再び設けられた本陣。いまいち浮かない顔で立つ尊氏の隣で、
直義は誇らしげだ。
確かに直義の言う通り、足利軍は新政府軍を追い立ててどんどん都の奥深くへと進撃
している。後醍醐天皇のいる御所に到達するのも間もなく……
「がっ!」
「ぐおっ!?」
足利兄弟の元に悲鳴が届いた。陣を守る兵たちが、まるで突風に煽られたススキのように
みるみる内に切り崩され、何者かがこちらに向かってきているのだ。
反射的に尊氏は刀を抜いて身構えた。そして、
「直義っ!」
白刃一閃。直義の眉間を狙って矢のように飛んで来た石つぶてを、一刀両断叩き落した。
見れば、もう尊氏と直義以外、この場に立っている足利軍の者はいない。兵たちは残らず
打ちのめされ、蹴り倒され、あるいは直義がそうなりかけたように石つぶてを眉間に受けて
気を失っている。
その犯人は、兄弟の目の前に立っている少年。単身非武装、なのに無傷で、無人の野を
行くが如く足利の本陣に攻め込んできて総大将に肉薄した、人ならざる修羅。
「陸奥殿……」
尊氏は刀を下ろした。大和も構えを解いた。
「久しぶりだね、足利さん」
「全く。……こんな形で再会したくはなかったですが」
「それはこっちの台詞だよっっ!」
辺りを包む何万という兵たちの怒号も吹っ飛ばす大声で、大和が叫んだ。
「何がどうなってこうなったのか、お兄さんに説明されたけどオレ馬鹿だから解らない!
けど、こんなことしてたら足利さん、ますます後醍醐帝やみんなから離れちゃうってこと
ぐらい解る! というかもう既に、新政府から完全に敵視されてるってことも解ってる!」
それこそこっちの台詞、嫌になるぐらい解ってますと尊氏は胸の奥で呟く。
「だから足利さん、兵をまとめて一度軍を退いて、落ち着いて話し合いを……」
「殿おおおおぉぉっ!」
大和が尊氏を説得しようとしたその時、騎馬の一隊が駆け込んできた。
「罠です! 我が軍も師直様の軍も、敵の伏兵に完全に包囲されほぼ壊滅!」
「何!? では師直の言っていた、新政府軍内の内応者というのが裏切ったのか?」
「はっ、おそらく! 既に師直様は西へ落ちられました! 間もなくここにも新田・楠木の
本軍が来ます! さあ殿、直義様、早く!」
騎馬兵たちはそれぞれの武器を構えて大和に殺到した。入れ違いに尊氏と直義が
走り去る。
「あ、待って足利さん! まだ話が……ええい、邪魔するなっ!」
「行かせぬ! 我らの命に代えても通さぬぞ!」
「殿は我らの希望、真の武士の世を築くことのできる唯一のお方なのだ!」
「だ、だから、足利さんがあんたらのことをいつも心配して苦労してるのは
オレだって知ってるってば! 一緒に苦情相談所やってたんだから! だけど今は、」
「黙れ、新政府の犬め! 殿の前に立ちふさがる者は全ての我らの怨敵だ!」
「たとえ我らが死すとも、我らの子のため、孫のため! 足利の天下を築かねばならん!」
「っっ……あぁ~もうっ! オレは今、何のために誰を相手に戦えばいいんだよっっ!?」
尊氏への希望と忠誠を燃やして決死の覚悟の兵たちを前に、大和は戦いあぐねてしまって。
結局、足利の軍勢は壊滅したものの尊氏・直義・師直は何とか西へと落ち延びた。
二手に分かれて、怒涛のように進軍していく。
古来より、攻めるに易く守るに難いと言われているこの平安京だが、それにしても
この突入劇は見事過ぎる。まるで何者かが内側から手引きをしているかのような。
街は大混乱に陥り、人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、尊氏は配下の全員に厳命して
いた。市民には決して手出しせぬよう、目指す敵以外に被害をもたらさぬようにと。
そのおかげか、入り組んだ市街での大混戦にも関わらず火災すら出ていない。
「こんな場所では楠木得意の奇策も陥穽もやりようがありますまい。新田などは恐るる
に足りませぬし、もはやこの平安京が我らの手に落ちるのも時間の問題ですな、兄上」
かつての足利軍駐屯地に再び設けられた本陣。いまいち浮かない顔で立つ尊氏の隣で、
直義は誇らしげだ。
確かに直義の言う通り、足利軍は新政府軍を追い立ててどんどん都の奥深くへと進撃
している。後醍醐天皇のいる御所に到達するのも間もなく……
「がっ!」
「ぐおっ!?」
足利兄弟の元に悲鳴が届いた。陣を守る兵たちが、まるで突風に煽られたススキのように
みるみる内に切り崩され、何者かがこちらに向かってきているのだ。
反射的に尊氏は刀を抜いて身構えた。そして、
「直義っ!」
白刃一閃。直義の眉間を狙って矢のように飛んで来た石つぶてを、一刀両断叩き落した。
見れば、もう尊氏と直義以外、この場に立っている足利軍の者はいない。兵たちは残らず
打ちのめされ、蹴り倒され、あるいは直義がそうなりかけたように石つぶてを眉間に受けて
気を失っている。
その犯人は、兄弟の目の前に立っている少年。単身非武装、なのに無傷で、無人の野を
行くが如く足利の本陣に攻め込んできて総大将に肉薄した、人ならざる修羅。
「陸奥殿……」
尊氏は刀を下ろした。大和も構えを解いた。
「久しぶりだね、足利さん」
「全く。……こんな形で再会したくはなかったですが」
「それはこっちの台詞だよっっ!」
辺りを包む何万という兵たちの怒号も吹っ飛ばす大声で、大和が叫んだ。
「何がどうなってこうなったのか、お兄さんに説明されたけどオレ馬鹿だから解らない!
けど、こんなことしてたら足利さん、ますます後醍醐帝やみんなから離れちゃうってこと
ぐらい解る! というかもう既に、新政府から完全に敵視されてるってことも解ってる!」
それこそこっちの台詞、嫌になるぐらい解ってますと尊氏は胸の奥で呟く。
「だから足利さん、兵をまとめて一度軍を退いて、落ち着いて話し合いを……」
「殿おおおおぉぉっ!」
大和が尊氏を説得しようとしたその時、騎馬の一隊が駆け込んできた。
「罠です! 我が軍も師直様の軍も、敵の伏兵に完全に包囲されほぼ壊滅!」
「何!? では師直の言っていた、新政府軍内の内応者というのが裏切ったのか?」
「はっ、おそらく! 既に師直様は西へ落ちられました! 間もなくここにも新田・楠木の
本軍が来ます! さあ殿、直義様、早く!」
騎馬兵たちはそれぞれの武器を構えて大和に殺到した。入れ違いに尊氏と直義が
走り去る。
「あ、待って足利さん! まだ話が……ええい、邪魔するなっ!」
「行かせぬ! 我らの命に代えても通さぬぞ!」
「殿は我らの希望、真の武士の世を築くことのできる唯一のお方なのだ!」
「だ、だから、足利さんがあんたらのことをいつも心配して苦労してるのは
オレだって知ってるってば! 一緒に苦情相談所やってたんだから! だけど今は、」
「黙れ、新政府の犬め! 殿の前に立ちふさがる者は全ての我らの怨敵だ!」
「たとえ我らが死すとも、我らの子のため、孫のため! 足利の天下を築かねばならん!」
「っっ……あぁ~もうっ! オレは今、何のために誰を相手に戦えばいいんだよっっ!?」
尊氏への希望と忠誠を燃やして決死の覚悟の兵たちを前に、大和は戦いあぐねてしまって。
結局、足利の軍勢は壊滅したものの尊氏・直義・師直は何とか西へと落ち延びた。
夜明けの平安京。逃げ去る尊氏たちの背に届けとばかりに、高笑いしている男がいた。
「わっはっはっはっはっ! 無様だぞ無力だぞ足利!」
一度は敗走したものの、この平安京戦では大勝利の立役者となった武将、新田義貞だ。
これも、高師直に内通して足利軍を罠の奥深くへと誘い込んでくれた間諜のおかげ。
「おめでとうございます、新田様」
義貞の傍らで恭しく頭を下げる間諜の少女。……もはや言うまでもなく、勇だ。
「護良親王に助力して幕府を倒し、新政府の土台を築いた上で、その護良親王を利用して
足利を反政府軍に仕立て上げ、こうして罠に嵌めて壊滅に追いやる、と。見事だったぞ!」
「恐れ入ります」
「お前のことは、稲村ガ崎での一件以来只者ではないと思っていたが……やはり、我が
新田家に栄光をもたらす勝利の女神であったようだな」
「いえ、わたしなど。それより、もはや足利は放っておけば消滅する運命です。新田様は
遠からず新政府の軍事を一手に握るお方となりましょうから、今の内にいろいろと
ご準備なされた方が」
「うむうむ、確かにその通りだ。よぉし、これから忙しくなるぞぉ!」
楠木正成がどんなに手柄を立てようとも、出自は下級も下級の田舎武士だ。何があろう
とも、源氏の流れを汲む新田家の上に立つことはない。もちろん、足利は敵軍で敗軍だ。
となると、他に競争相手はいない。もはや新政府内での新田家の地位は約束されたも
同然。尊氏たちの野垂れ死にも約束されたも同然。
そんなこんなで笑いが止まらない新田義貞。その姿を遠くから見つめている、正成と大和。
「陸奥。足利殿はどうだった」
「……全然変わってないよ、あの人は。だからあんなに、みんなに信頼されてるんだ」
「だろうな」
沈痛な面持ちで正成が答える。今回の戦は間違いなく新政府軍の大勝利であり、足利軍
はボロボロになって逃げていった。だというのに、新政府軍から抜け出して尊氏たちに
着いていく者が多数出ているのだ。これからも更に増えそうな勢いで。
それでも義貞の命令で追撃がかからない。かけられない。それは身分の低い正成では
どうにもできないこと。いや、できたとしても今の足利軍を追撃・全滅させるというのは……
「お兄さん、足利さんたちはどうなるの? オレたちはこれからどうすれば?」
「わっはっはっはっはっ! 無様だぞ無力だぞ足利!」
一度は敗走したものの、この平安京戦では大勝利の立役者となった武将、新田義貞だ。
これも、高師直に内通して足利軍を罠の奥深くへと誘い込んでくれた間諜のおかげ。
「おめでとうございます、新田様」
義貞の傍らで恭しく頭を下げる間諜の少女。……もはや言うまでもなく、勇だ。
「護良親王に助力して幕府を倒し、新政府の土台を築いた上で、その護良親王を利用して
足利を反政府軍に仕立て上げ、こうして罠に嵌めて壊滅に追いやる、と。見事だったぞ!」
「恐れ入ります」
「お前のことは、稲村ガ崎での一件以来只者ではないと思っていたが……やはり、我が
新田家に栄光をもたらす勝利の女神であったようだな」
「いえ、わたしなど。それより、もはや足利は放っておけば消滅する運命です。新田様は
遠からず新政府の軍事を一手に握るお方となりましょうから、今の内にいろいろと
ご準備なされた方が」
「うむうむ、確かにその通りだ。よぉし、これから忙しくなるぞぉ!」
楠木正成がどんなに手柄を立てようとも、出自は下級も下級の田舎武士だ。何があろう
とも、源氏の流れを汲む新田家の上に立つことはない。もちろん、足利は敵軍で敗軍だ。
となると、他に競争相手はいない。もはや新政府内での新田家の地位は約束されたも
同然。尊氏たちの野垂れ死にも約束されたも同然。
そんなこんなで笑いが止まらない新田義貞。その姿を遠くから見つめている、正成と大和。
「陸奥。足利殿はどうだった」
「……全然変わってないよ、あの人は。だからあんなに、みんなに信頼されてるんだ」
「だろうな」
沈痛な面持ちで正成が答える。今回の戦は間違いなく新政府軍の大勝利であり、足利軍
はボロボロになって逃げていった。だというのに、新政府軍から抜け出して尊氏たちに
着いていく者が多数出ているのだ。これからも更に増えそうな勢いで。
それでも義貞の命令で追撃がかからない。かけられない。それは身分の低い正成では
どうにもできないこと。いや、できたとしても今の足利軍を追撃・全滅させるというのは……
「お兄さん、足利さんたちはどうなるの? オレたちはこれからどうすれば?」