ドラゴンボールの伝説は真実だった。
天は暗黒に染まり、巨大な龍が七つの球から生み出された。
「さぁ、願いをいえ。どんな願いでもひとつだけ叶えてやろう」
じわじわと心に染み込むような、渋い声が発せられる。
緊張がピークに達し、私は粘っこい唾液を体内にごくりと押し込んだ。
ドラゴンボール探しを本格的に始めた頃から、何を願うかは決めていた。
答えはずばりマネー、お金だ。私が生まれる数百年も前に確立された資本主義という世
の中では、金がなければ何もできない。逆にいえば、金さえあれば何でもできるというこ
とだ。
多かれ少なかれ、物には値段がついている。地位や名誉、愛でさえ思いのままだ。
私は結論として、一億ゼニーもあれば残り数十年の人生を不自由なく暮らしていけるだ
ろうと踏んでいた。
ならば今すぐ頼んでしまえばいいのだが、このとき私の中である考えが浮かぶ。
だれでも子供の頃に一度くらいは「どんな願いでも叶えてやろう」という問いに対して、
空想をふくらませる。オーソドックスな回答としては私のように金、あるいは美女、不老
不死などが挙げられよう。特定の人物に恨みを晴らしたり、世界平和を願う者もあるかも
しれない。
だが、おそらく究極の回答はこれのはず──。
「あ、あの……叶えられる願いを増やすことは可能なのか?」
天は暗黒に染まり、巨大な龍が七つの球から生み出された。
「さぁ、願いをいえ。どんな願いでもひとつだけ叶えてやろう」
じわじわと心に染み込むような、渋い声が発せられる。
緊張がピークに達し、私は粘っこい唾液を体内にごくりと押し込んだ。
ドラゴンボール探しを本格的に始めた頃から、何を願うかは決めていた。
答えはずばりマネー、お金だ。私が生まれる数百年も前に確立された資本主義という世
の中では、金がなければ何もできない。逆にいえば、金さえあれば何でもできるというこ
とだ。
多かれ少なかれ、物には値段がついている。地位や名誉、愛でさえ思いのままだ。
私は結論として、一億ゼニーもあれば残り数十年の人生を不自由なく暮らしていけるだ
ろうと踏んでいた。
ならば今すぐ頼んでしまえばいいのだが、このとき私の中である考えが浮かぶ。
だれでも子供の頃に一度くらいは「どんな願いでも叶えてやろう」という問いに対して、
空想をふくらませる。オーソドックスな回答としては私のように金、あるいは美女、不老
不死などが挙げられよう。特定の人物に恨みを晴らしたり、世界平和を願う者もあるかも
しれない。
だが、おそらく究極の回答はこれのはず──。
「あ、あの……叶えられる願いを増やすことは可能なのか?」
期待はしてなかった。断られたら、すぐにでも一億ゼニーを頼もうと考えていた。むや
みにチャンスを増やすなど、ルール違反もいいところだ。
ところが、この思惑はいい方に裏切られる。
「可能だ。ただし、同系統の願いを叶えることはできないがな」
「……えっ!? ほっ、ほ、ほ、本当にっ!?」
目を輝かせる私とは対照的に、淡々とした態度の神龍。この願いが許されることの重大
さなど、まるでおかまいなしといった風に。
「で、いくつにするのだ?」
さて、いくつに増やそう。金や筋力と同じく、多くて越したことはないはずだ。
ならば──ついさっきまで一番叶えたかった願いを使ってやろう。
「一億……」
「ん?」
「叶えられる願いを一億に増やしてくれっ! ……あ、俺以外が頼むことはできないよう
にな!」
瞬間的に浮かんだ卑しい考えをあわてて付け加えたが、どうやら無事ひとつの願いとし
て受理されたようだ。
「よし、増やしたぞ。あと一億個、願いをいえ」
突如開けたバラ色の人生に対し、私は満面の笑みで応えた。
みにチャンスを増やすなど、ルール違反もいいところだ。
ところが、この思惑はいい方に裏切られる。
「可能だ。ただし、同系統の願いを叶えることはできないがな」
「……えっ!? ほっ、ほ、ほ、本当にっ!?」
目を輝かせる私とは対照的に、淡々とした態度の神龍。この願いが許されることの重大
さなど、まるでおかまいなしといった風に。
「で、いくつにするのだ?」
さて、いくつに増やそう。金や筋力と同じく、多くて越したことはないはずだ。
ならば──ついさっきまで一番叶えたかった願いを使ってやろう。
「一億……」
「ん?」
「叶えられる願いを一億に増やしてくれっ! ……あ、俺以外が頼むことはできないよう
にな!」
瞬間的に浮かんだ卑しい考えをあわてて付け加えたが、どうやら無事ひとつの願いとし
て受理されたようだ。
「よし、増やしたぞ。あと一億個、願いをいえ」
突如開けたバラ色の人生に対し、私は満面の笑みで応えた。
私はさっそくありったけの欲望を開放した。
まずは金、ついで美女。豪邸を建て、ずっと欲しかった高級スカイカーもたやすく手に
入った。さらに健康にしてもらい、どうせ健康になるならばと不老不死も頂いてしまった。
ペットも飼ったし、長年コンプレックスだった悪筆も直してもらった。
「ふははははっ! 最高の気分だぜっ!」
美女を助手席にスカイカーを乗り回す。葉巻を吸い、十指全てに似合わない指輪をつけ
た。どうしようもない俗物根性だが、今の私に立ち向かえる人間などいない。紛れもなく、
私は全世界でナンバーワンの人間となった。
ところが、百個ほど願いを叶えたところでだんだんと様子がおかしいことに気づく。
まず、空がずっと暗いままだ。
また、どこに行こうと神龍はしつこくつきまとう。やたらに大きい彼の声は、とても無
視できるものではない。
「あと九千九百九十九万九千八百九十六個、願いが残っているぞ」
「ちっ、うるせぇなぁ。少し黙ってろよ!」
「……よし、少し黙ったぞ。あと九千九百九十九万九千八百九十五個、願いを叶えてやろ
う」
こんな調子である。
私もこの頃になりようやく、自分の過ちに気づいた。
まずは金、ついで美女。豪邸を建て、ずっと欲しかった高級スカイカーもたやすく手に
入った。さらに健康にしてもらい、どうせ健康になるならばと不老不死も頂いてしまった。
ペットも飼ったし、長年コンプレックスだった悪筆も直してもらった。
「ふははははっ! 最高の気分だぜっ!」
美女を助手席にスカイカーを乗り回す。葉巻を吸い、十指全てに似合わない指輪をつけ
た。どうしようもない俗物根性だが、今の私に立ち向かえる人間などいない。紛れもなく、
私は全世界でナンバーワンの人間となった。
ところが、百個ほど願いを叶えたところでだんだんと様子がおかしいことに気づく。
まず、空がずっと暗いままだ。
また、どこに行こうと神龍はしつこくつきまとう。やたらに大きい彼の声は、とても無
視できるものではない。
「あと九千九百九十九万九千八百九十六個、願いが残っているぞ」
「ちっ、うるせぇなぁ。少し黙ってろよ!」
「……よし、少し黙ったぞ。あと九千九百九十九万九千八百九十五個、願いを叶えてやろ
う」
こんな調子である。
私もこの頃になりようやく、自分の過ちに気づいた。
催促は現在も続いている。眠ることすら許されない。ちなみに「眠らせてくれ」はとっ
くの昔に使ってしまった。その時は一分ほど寝かせてもらえ、すぐに大声で起こされた。
他にも、もう願いはいらないと頼むと、
「ダメだ。願いの増減は初めの願いと同系統だから叶えられない」
と冷たく断られてしまった。
また、通常は神龍は叶える願いがないと消えてしまうそうだが、私によって増やされた
一億個の願いは“願いの結果”であるため、全てを叶えない限りいなくなることはないそ
うだ。
ちなみに、ごく初期に叶えられたオーソドックスな欲望たちはとうに私の手から離れて
いる。財産は尽き、美女にはふられ、豪邸もだれかの手に渡った。何も考えず「○○が欲
しい」とだけいったので、吸着力がまるでなかったためだ。むろん、健康も今の私にはな
く、不老不死だけはしっかりと機能してくれているから始末が悪い。
最近では、新しい願いを叶えることさえ難しくなってきた。
「さっき食った刺し身が古くてよ、下痢を治してくれねぇか」
「ダメだ。それは以前叶えてやった健康と同系統だから叶えられない」
「じゃあ、せめてオムツを出してくれ」
「ダメだ。以前叶えてやった新品ブリーフと同系統だから叶えられない」
「オムツとブリーフは別物だろうがぁぁっ!」
今年で、私は若い肉体のまま百歳を迎える。空は当時と変わらず暗く、近くにはこれま
た変わらず神龍が佇んでいる。
「さぁ、願いをいえ。どんな願いでも九千九百九十九万四千二百五十三個だけ叶えてやろ
う」
くの昔に使ってしまった。その時は一分ほど寝かせてもらえ、すぐに大声で起こされた。
他にも、もう願いはいらないと頼むと、
「ダメだ。願いの増減は初めの願いと同系統だから叶えられない」
と冷たく断られてしまった。
また、通常は神龍は叶える願いがないと消えてしまうそうだが、私によって増やされた
一億個の願いは“願いの結果”であるため、全てを叶えない限りいなくなることはないそ
うだ。
ちなみに、ごく初期に叶えられたオーソドックスな欲望たちはとうに私の手から離れて
いる。財産は尽き、美女にはふられ、豪邸もだれかの手に渡った。何も考えず「○○が欲
しい」とだけいったので、吸着力がまるでなかったためだ。むろん、健康も今の私にはな
く、不老不死だけはしっかりと機能してくれているから始末が悪い。
最近では、新しい願いを叶えることさえ難しくなってきた。
「さっき食った刺し身が古くてよ、下痢を治してくれねぇか」
「ダメだ。それは以前叶えてやった健康と同系統だから叶えられない」
「じゃあ、せめてオムツを出してくれ」
「ダメだ。以前叶えてやった新品ブリーフと同系統だから叶えられない」
「オムツとブリーフは別物だろうがぁぁっ!」
今年で、私は若い肉体のまま百歳を迎える。空は当時と変わらず暗く、近くにはこれま
た変わらず神龍が佇んでいる。
「さぁ、願いをいえ。どんな願いでも九千九百九十九万四千二百五十三個だけ叶えてやろ
う」
お わ り