――――五日前、某所。
「……と言う訳で、このメンバーがフィブリオのクロノス支部襲撃班だ。
なお、本作戦には〝俺の部隊〟も参加する事になっている。クリードから市街戦の実戦データをせっつかれているのでな」
整然と無数に並ぶコンソールの機動音に混じり、黒服の怪物を通してクリードの下知が三人に飛んだ。
その正面にある巨大なスクリーンには、ライブの衛星画像が市庁舎を映していた。其処がこの町にある偽装されたクロノス支部で
ある事は、入念な下調べの末に明らかにした物だ。
「…へえぇ、結構いいトコですねぇ」
と、渡された資料を捲りながらまるで緊張の色無く答えたのはキョーコ。
「…ああ」
と、素っ気無く答えたのはリオン。
「しかしエグい事考えるねぇクリードは。わざわざ祭りの最中を選ばなくても良いだろうにさ」
クリードの容赦無さに呆れたのはエキドナだった。
「…浮き足立った今が攻め時と奴が判断した。それに、世論も上手い事動く」
フィブリオ市は世界有数の観光名所であるため、常に利益が生まれる。それに浪費が常のクロノスが喰い付かない訳が無い。
勿論全体から見てさしたる額では無いだろうが、それでもクロノスに対する挑発行為にはうってつけだ。
「…大盤振る舞いだねぇ、たかが支部に」
「実は少し前、黒猫(ブラックキャット)が此処に居る情報が入った。奴からは、『出来たらで良いから連れて来い』
と言われているが……経験者として言わせて貰えば、まだ足らん位だ。
話は以上だ、今の内準備に取り掛かっておけ」
「―――待ってくれよ」
まるで抑揚無く彼らに告げ、そのまま去ろうとした黒服の背中に、妙に感情がこもったリオンの声が追いすがった。
「…ファルセットさん、頼みが有るんだけど……」
振り返ると、彼は自分の分の資料に目を落としていた。
「開始の合図、ちょっとオレに預けて欲しいんだ」
彼の目は、とある少女の写真を捉えていた。
なお、本作戦には〝俺の部隊〟も参加する事になっている。クリードから市街戦の実戦データをせっつかれているのでな」
整然と無数に並ぶコンソールの機動音に混じり、黒服の怪物を通してクリードの下知が三人に飛んだ。
その正面にある巨大なスクリーンには、ライブの衛星画像が市庁舎を映していた。其処がこの町にある偽装されたクロノス支部で
ある事は、入念な下調べの末に明らかにした物だ。
「…へえぇ、結構いいトコですねぇ」
と、渡された資料を捲りながらまるで緊張の色無く答えたのはキョーコ。
「…ああ」
と、素っ気無く答えたのはリオン。
「しかしエグい事考えるねぇクリードは。わざわざ祭りの最中を選ばなくても良いだろうにさ」
クリードの容赦無さに呆れたのはエキドナだった。
「…浮き足立った今が攻め時と奴が判断した。それに、世論も上手い事動く」
フィブリオ市は世界有数の観光名所であるため、常に利益が生まれる。それに浪費が常のクロノスが喰い付かない訳が無い。
勿論全体から見てさしたる額では無いだろうが、それでもクロノスに対する挑発行為にはうってつけだ。
「…大盤振る舞いだねぇ、たかが支部に」
「実は少し前、黒猫(ブラックキャット)が此処に居る情報が入った。奴からは、『出来たらで良いから連れて来い』
と言われているが……経験者として言わせて貰えば、まだ足らん位だ。
話は以上だ、今の内準備に取り掛かっておけ」
「―――待ってくれよ」
まるで抑揚無く彼らに告げ、そのまま去ろうとした黒服の背中に、妙に感情がこもったリオンの声が追いすがった。
「…ファルセットさん、頼みが有るんだけど……」
振り返ると、彼は自分の分の資料に目を落としていた。
「開始の合図、ちょっとオレに預けて欲しいんだ」
彼の目は、とある少女の写真を捉えていた。
「…本当、何て言ったら良いか正直判んないけど、ご免」
シンディと共にイヴを挟む形で座るリオンは、痛みを分かち合う様に深謝を重ねた。
その回数の多さと深さに、イヴも次第に警戒心を解いていく。
「……もう、いいよ。過ぎた事なんだから」
勿論嘘だ。だが、自分の事でも無い事でひたすら詫びを入れるリオンの今現在の誠実さに、彼へ僅かながら好意を抱き始めていた。
「そう言ってくれると助かる。…でもいつか、仇取ってやるからな」
しっかりと意志のこもった手が肩に置かれると、表に出ずとも安心感は募っていく。
シンディと共にイヴを挟む形で座るリオンは、痛みを分かち合う様に深謝を重ねた。
その回数の多さと深さに、イヴも次第に警戒心を解いていく。
「……もう、いいよ。過ぎた事なんだから」
勿論嘘だ。だが、自分の事でも無い事でひたすら詫びを入れるリオンの今現在の誠実さに、彼へ僅かながら好意を抱き始めていた。
「そう言ってくれると助かる。…でもいつか、仇取ってやるからな」
しっかりと意志のこもった手が肩に置かれると、表に出ずとも安心感は募っていく。
「…ところで、実はあの眼帯とのやり取りを見てたんだけど……アイツ、酷いよな」
リオンはイヴの動揺を手で感じ取る。それを〝まずは一手〟と胸の内で噛み締める。
「要らない、なんてさ…ちょっと無いよな。お前の事なんだと思ってんだよアイツ、最低だ」
スヴェンを悪し様に言われるのは少し嫌な気分だったが、彼女は今とても反論する気になれなかった。
彼女もまた、心のどこかで思っている事なのだ。
その沈黙に呼応する様に、リオンの手がゆっくりと雑踏を指し示す。その先には、男が泣き喚く子供を強引に引っ張っていく所が有った。
彼はそれを苦々しく睨み付ける。
「あいつ等も同じだ、子供の事なんて何も考えないで自分の我侭ばっかり優先して、その結果子供がどうなったって何とも思わない。
奴等が自分の我侭優先してるから、世界はこんなにムカムカする事が横行してて、その陰で沢山の子供が犠牲になる。
お前だってそうだ。お前の気持ちなんて考えもせず追っ払って後は知らない、だからな」
イヴの肩に置かれた手に力が入る。まるで自分の意志を彼女に食い込ませる様に。
「…オレは大人なんて嫌いだ。身勝手で、怠惰で、乱暴で、貪欲で、屁理屈ばっかで、結局全然建設的じゃない、
そんな大人が、オレは絶対に大嫌いだ。そしてそんな大人に、子供がどうにかされるのはもっともっと嫌いだ。
…だから―――」
言い様イヴの両肩を掴まえ、強引に自分へと振り向かせる。
そして交錯するイヴの戸惑いとリオンの決意の眼差し。彼の双眸は、まるで吸い込まれそうな真剣さで吹けば飛びそうな彼女を
両手と共にしっかと捉えて離さない。そして、
リオンはイヴの動揺を手で感じ取る。それを〝まずは一手〟と胸の内で噛み締める。
「要らない、なんてさ…ちょっと無いよな。お前の事なんだと思ってんだよアイツ、最低だ」
スヴェンを悪し様に言われるのは少し嫌な気分だったが、彼女は今とても反論する気になれなかった。
彼女もまた、心のどこかで思っている事なのだ。
その沈黙に呼応する様に、リオンの手がゆっくりと雑踏を指し示す。その先には、男が泣き喚く子供を強引に引っ張っていく所が有った。
彼はそれを苦々しく睨み付ける。
「あいつ等も同じだ、子供の事なんて何も考えないで自分の我侭ばっかり優先して、その結果子供がどうなったって何とも思わない。
奴等が自分の我侭優先してるから、世界はこんなにムカムカする事が横行してて、その陰で沢山の子供が犠牲になる。
お前だってそうだ。お前の気持ちなんて考えもせず追っ払って後は知らない、だからな」
イヴの肩に置かれた手に力が入る。まるで自分の意志を彼女に食い込ませる様に。
「…オレは大人なんて嫌いだ。身勝手で、怠惰で、乱暴で、貪欲で、屁理屈ばっかで、結局全然建設的じゃない、
そんな大人が、オレは絶対に大嫌いだ。そしてそんな大人に、子供がどうにかされるのはもっともっと嫌いだ。
…だから―――」
言い様イヴの両肩を掴まえ、強引に自分へと振り向かせる。
そして交錯するイヴの戸惑いとリオンの決意の眼差し。彼の双眸は、まるで吸い込まれそうな真剣さで吹けば飛びそうな彼女を
両手と共にしっかと捉えて離さない。そして、
「――――――…オレと、来ないか?」
言葉は、心身ともに回避を封じられたイヴに真っ向から突き刺さった。
「…オレならきっと、お前を見捨てたりなんかしない。絶対に守り抜いてみせる。
この世の全部の大人の我侭から、お前を守ってやる。お前を、あいつ等に好きになんかさせない、絶対に」
暖かい、と言うより熱さすら伝わる静かな激情だった。そしてそれは、孤独に苛まれ冷え切った彼女を芯から暖めていく。
自分でも甘い、とは思う。だが、彼女の奥底に訴える献身はこれが始めてであり、恐らくは最後だった。
情緒不安定な寂しさや嬉しさをない交ぜにして、貌が歪む。其処へなおも突き崩さんばかりに舌鋒が突き出された。
「お前だって、大人嫌いだろ? 知ってるんだよ、お前がどう言う形で生まれたのか、何もかも。
そいつ等がお前を作ってどう言う風に見てたのかもな。判るだろ? そいつ等が基準なんだぜ? 大人って奴は。
そんな奴等が好きか? 有り得ないだろ? お前は痛みも感じるし、心も有る。それを判ろうともしない奴等を、
好きになれる訳無いだろ?
…だけどオレは違う、オレはお前を判ってやれる。オレも――――…お前と同じ子供だからな」
反復の暇すら与えず、半ば衝動の様にイヴへと言葉を打ち込んだ。
響いた。彼女の何もかもを知り尽くした上での優しい言葉は。スヴェンに突き放され、雨に打たれ続けた子猫の様な彼女に、
拒む理由など何処に有ると言うのだろう。そして思うままに、イヴの唇が応じようと僅かに開く。
「―――むぐっ!」
それを閉ざしたのは、背後から彼女の頭を抱き締める様に口を塞いだシンディだった。
そして彼女は強引に、リオンからイヴを引き剥がした。
「ちょ……ちょっと、シンディ…」
この小さな体の何処にこんな力が有るのか、兎に角リオンから少しでも遠ざけようと彼女を無理矢理自分の背後へと廻す。
「…お前も……来るか?」
「いや!」
豹変に驚いたリオンが落ち着かせようと言葉を和らげるが、シンディは彼に貌と声とで完璧に拒絶する。
そして言い様、彼女はイヴの腕を引いて一目散に雑踏に消え失せた。
…後に独り残されたリオンは、二人が消えた方を感情の無い目でしばらく睨んでいたが、一息吐くや携帯を取り出した。
「………始めていいぜ」
「…オレならきっと、お前を見捨てたりなんかしない。絶対に守り抜いてみせる。
この世の全部の大人の我侭から、お前を守ってやる。お前を、あいつ等に好きになんかさせない、絶対に」
暖かい、と言うより熱さすら伝わる静かな激情だった。そしてそれは、孤独に苛まれ冷え切った彼女を芯から暖めていく。
自分でも甘い、とは思う。だが、彼女の奥底に訴える献身はこれが始めてであり、恐らくは最後だった。
情緒不安定な寂しさや嬉しさをない交ぜにして、貌が歪む。其処へなおも突き崩さんばかりに舌鋒が突き出された。
「お前だって、大人嫌いだろ? 知ってるんだよ、お前がどう言う形で生まれたのか、何もかも。
そいつ等がお前を作ってどう言う風に見てたのかもな。判るだろ? そいつ等が基準なんだぜ? 大人って奴は。
そんな奴等が好きか? 有り得ないだろ? お前は痛みも感じるし、心も有る。それを判ろうともしない奴等を、
好きになれる訳無いだろ?
…だけどオレは違う、オレはお前を判ってやれる。オレも――――…お前と同じ子供だからな」
反復の暇すら与えず、半ば衝動の様にイヴへと言葉を打ち込んだ。
響いた。彼女の何もかもを知り尽くした上での優しい言葉は。スヴェンに突き放され、雨に打たれ続けた子猫の様な彼女に、
拒む理由など何処に有ると言うのだろう。そして思うままに、イヴの唇が応じようと僅かに開く。
「―――むぐっ!」
それを閉ざしたのは、背後から彼女の頭を抱き締める様に口を塞いだシンディだった。
そして彼女は強引に、リオンからイヴを引き剥がした。
「ちょ……ちょっと、シンディ…」
この小さな体の何処にこんな力が有るのか、兎に角リオンから少しでも遠ざけようと彼女を無理矢理自分の背後へと廻す。
「…お前も……来るか?」
「いや!」
豹変に驚いたリオンが落ち着かせようと言葉を和らげるが、シンディは彼に貌と声とで完璧に拒絶する。
そして言い様、彼女はイヴの腕を引いて一目散に雑踏に消え失せた。
…後に独り残されたリオンは、二人が消えた方を感情の無い目でしばらく睨んでいたが、一息吐くや携帯を取り出した。
「………始めていいぜ」
二人は人の波を掻き分け、ひたすらに走る。
「ちょっと、どうしたのシンディ! 何? 何が有ったの!?」
行動以上に驚くほど強い力で引かれながら、イヴは彼女を問い質す。
「駄目!」
彼女の何もかもが必死だった。
「お姉ちゃん、あの子といっしょに行っちゃ駄目!」
子供とは思えない迫力で、彼女はイヴを叱咤した。
断じてそれは、蚊帳の外にされた腹いせなどではない。確かな意志有る行動だった。
「見えたの、今!
お姉ちゃん、あの子と行ったらあの子の言う通り泣かなくなる! ――――でも、笑わなくもなるから絶対に駄目!!」
「それって、どう言う…」
しかし言葉と走りが、突然の爆音に妨げられる。
「!?」「きゃっ!!」
あわや転倒しそうになるシンディを咄嗟に髪で引き寄せ、彼女が気付く間も無く支えた。
「…え? あれ?」
激しく地面に叩き付けられる筈だった自分の体が無事な事にも支える物にも驚くが、イヴはそれ以上に爆発音とそびえる黒煙の大きさ、
そしてこの街の地理とを合わせた、大体の概算で得た状況に絶句していた。
――――方向は幹線道路。使用された爆薬は軍事用のプラスチック火薬がおよそ三百キロ。
それらから分析され、導き出された結論は唯一つ。
「ちょっと、どうしたのシンディ! 何? 何が有ったの!?」
行動以上に驚くほど強い力で引かれながら、イヴは彼女を問い質す。
「駄目!」
彼女の何もかもが必死だった。
「お姉ちゃん、あの子といっしょに行っちゃ駄目!」
子供とは思えない迫力で、彼女はイヴを叱咤した。
断じてそれは、蚊帳の外にされた腹いせなどではない。確かな意志有る行動だった。
「見えたの、今!
お姉ちゃん、あの子と行ったらあの子の言う通り泣かなくなる! ――――でも、笑わなくもなるから絶対に駄目!!」
「それって、どう言う…」
しかし言葉と走りが、突然の爆音に妨げられる。
「!?」「きゃっ!!」
あわや転倒しそうになるシンディを咄嗟に髪で引き寄せ、彼女が気付く間も無く支えた。
「…え? あれ?」
激しく地面に叩き付けられる筈だった自分の体が無事な事にも支える物にも驚くが、イヴはそれ以上に爆発音とそびえる黒煙の大きさ、
そしてこの街の地理とを合わせた、大体の概算で得た状況に絶句していた。
――――方向は幹線道路。使用された爆薬は軍事用のプラスチック火薬がおよそ三百キロ。
それらから分析され、導き出された結論は唯一つ。
〝…逃がさないつもりなんだ………みんなを〟
――――そして現在。
「嘘でしょ…? まさかアタシら捜すのに街一つ巻き込む気なの…?」
「馬鹿言うな。話通りならそのクリード何とかは、極めて計算高くイカレてるクチだ。そんな無駄するか。
…ただ、それは飽くまで目的の一つってトコだろうがな」
リンスの愕然の色濃い意見を、容易く否定と捕捉を混ぜて返すが、それでもスヴェンの貌は色を失っていた。
「………有り得ないわ、此処は観光地よ? 人の出入りが激し過ぎてチェックし切れないし、そもそも此処を攻撃したら
どんなテロリストだって世論を敵に回すわ。それに、クロノスに大義名分を与える事に……!!!」
「悪ィが奥さん、あいつの頭は完璧におかしいんだ。元相棒のオレが言うんだから間違いねえよ
…此処までイッちまってるとは思わなかったけどな」
元捜査官らしいマリアの言葉を苦々しく覆しつつ、トレインは愛銃の弾数を確かめる。既に彼の目は戦闘状態に入っていた。
「馬鹿言うな。話通りならそのクリード何とかは、極めて計算高くイカレてるクチだ。そんな無駄するか。
…ただ、それは飽くまで目的の一つってトコだろうがな」
リンスの愕然の色濃い意見を、容易く否定と捕捉を混ぜて返すが、それでもスヴェンの貌は色を失っていた。
「………有り得ないわ、此処は観光地よ? 人の出入りが激し過ぎてチェックし切れないし、そもそも此処を攻撃したら
どんなテロリストだって世論を敵に回すわ。それに、クロノスに大義名分を与える事に……!!!」
「悪ィが奥さん、あいつの頭は完璧におかしいんだ。元相棒のオレが言うんだから間違いねえよ
…此処までイッちまってるとは思わなかったけどな」
元捜査官らしいマリアの言葉を苦々しく覆しつつ、トレインは愛銃の弾数を確かめる。既に彼の目は戦闘状態に入っていた。
―――ここまでの意見を元に推理した結果、この街に襲撃を仕掛けたのは星の使徒であり、勿論それはクリードの命令だと言う事だ。
有ろう事か彼らは、完全に焦土作戦のつもりで街の退路を塞いだのだ。
「でも………何であいつ…」
「……トレイン、悪いがこれ以上議論の時間は無いぜ。
少しでも多くの人達を非難させないと、洒落じゃ済まん数を巻き込む事になる」
既に人々は、若干の集団ヒステリーを起こしかけていた。
「取り敢えず、手分けして近くの警備員たちに避難を頼め。携帯は回線が混乱して使えんだろうから、発信機モードにしておけ。
戦闘は人的被害の安全確認が出来てからだ。だが最終的な判断はそれぞれに任す、急げよ」
きびきびと指示だけを置き土産に去ろうとするスヴェンだったが、
「…スヴェン、イヴちゃんは!?」
リンスの呼び掛けが、駆け出そうとした背中を無理に引き止めた。
スヴェン自身気に掛けていた事だが、間の悪い事に離れ離れとなった今に限って事は発生し、しかもシンディまで居ない。
弱り目に祟り目でもまだ足らない様なこの状況で、正直彼自身が答えを誰かに求めたい気分だった。
…一応候補は無くも無いが、今彼が考えているのはなるべくなら出したくない発想だ。然るに、その上で答えを求められれば、
最早それを単なる腹案に止める事など出来はしない。
――――――言葉は、観念の溜息と共に洩れた。
有ろう事か彼らは、完全に焦土作戦のつもりで街の退路を塞いだのだ。
「でも………何であいつ…」
「……トレイン、悪いがこれ以上議論の時間は無いぜ。
少しでも多くの人達を非難させないと、洒落じゃ済まん数を巻き込む事になる」
既に人々は、若干の集団ヒステリーを起こしかけていた。
「取り敢えず、手分けして近くの警備員たちに避難を頼め。携帯は回線が混乱して使えんだろうから、発信機モードにしておけ。
戦闘は人的被害の安全確認が出来てからだ。だが最終的な判断はそれぞれに任す、急げよ」
きびきびと指示だけを置き土産に去ろうとするスヴェンだったが、
「…スヴェン、イヴちゃんは!?」
リンスの呼び掛けが、駆け出そうとした背中を無理に引き止めた。
スヴェン自身気に掛けていた事だが、間の悪い事に離れ離れとなった今に限って事は発生し、しかもシンディまで居ない。
弱り目に祟り目でもまだ足らない様なこの状況で、正直彼自身が答えを誰かに求めたい気分だった。
…一応候補は無くも無いが、今彼が考えているのはなるべくなら出したくない発想だ。然るに、その上で答えを求められれば、
最早それを単なる腹案に止める事など出来はしない。
――――――言葉は、観念の溜息と共に洩れた。
――――――言葉は、観念の溜息と共に洩れた。
「…シンディは見掛け次第保護する。だが、イヴは放っとけ」
尋ねたリンスも、聞いたマリアも、スイッチを切り替えたトレインも、それには流石に驚きを隠せなかった。
「マジか……スヴェン」
「俺は至って大真面目だ。ひょっとしたらこの危機は、あの子にとっていい機会かも知れん」
肩越しに見せた貌に、心底の迷いは僅かも見られなかった。
「アンタ……どこまで…!!」
「勘違いするな。これはイヴに対しての最後の譲歩みたいなモンだ、だから敢えて放っておかなきゃならん。
これから先も戦う為に生き残るのか、それとも俺の予言通り死ぬのか、決めるのは結局イヴだ。間違っても俺達じゃない」
何とも身勝手且つ無茶苦茶な話だが、悔しい事に誰一人まるで言い返せなかった。
そうして固まるマリアに、彼は何かを投げ寄越す。応じて受け取って見れば、それは彼が手首に仕込む予備の銃だ。
「え…?」
「もしイヴが無事じゃなかったら、悪いがマリア、そいつで俺を殺してくれ。なに、ロイドの仇なら安いもんだろ?」
まるで些末事の様に、彼は自分の命を平然と投げ捨てた。
「スヴェン!!」
そんな彼にトレインが声を荒げ、胸倉を捻り上げる。
「お前…オレに云った事忘れたのかよ。オレは駄目でお前は良いなんて、そんな理屈有るか!!」
かつて、クリードとの死闘の果てに半死半生となった己を叱咤した男を、トレインはその時の様に吠え立てる。
無謀を禁じた癖に自らも捨て身に興じる事は、流石に許し難かった。しかし、
「俺は、その時俺の判断のケジメを付けるだけだ。お前と一緒にするな。
………心配するな、もう〝あの時〟みたいな事は無しだ。時間が惜しい、お前も急げ」
言葉少なにトレインの手を振り切ると、彼は混乱の中に飛び込んで消えた。
…しばし呆然としたかったが、彼の言う通り時間は確かに惜しい、と言うより少ない。
「―――オレ達も急ごう!」
「マジか……スヴェン」
「俺は至って大真面目だ。ひょっとしたらこの危機は、あの子にとっていい機会かも知れん」
肩越しに見せた貌に、心底の迷いは僅かも見られなかった。
「アンタ……どこまで…!!」
「勘違いするな。これはイヴに対しての最後の譲歩みたいなモンだ、だから敢えて放っておかなきゃならん。
これから先も戦う為に生き残るのか、それとも俺の予言通り死ぬのか、決めるのは結局イヴだ。間違っても俺達じゃない」
何とも身勝手且つ無茶苦茶な話だが、悔しい事に誰一人まるで言い返せなかった。
そうして固まるマリアに、彼は何かを投げ寄越す。応じて受け取って見れば、それは彼が手首に仕込む予備の銃だ。
「え…?」
「もしイヴが無事じゃなかったら、悪いがマリア、そいつで俺を殺してくれ。なに、ロイドの仇なら安いもんだろ?」
まるで些末事の様に、彼は自分の命を平然と投げ捨てた。
「スヴェン!!」
そんな彼にトレインが声を荒げ、胸倉を捻り上げる。
「お前…オレに云った事忘れたのかよ。オレは駄目でお前は良いなんて、そんな理屈有るか!!」
かつて、クリードとの死闘の果てに半死半生となった己を叱咤した男を、トレインはその時の様に吠え立てる。
無謀を禁じた癖に自らも捨て身に興じる事は、流石に許し難かった。しかし、
「俺は、その時俺の判断のケジメを付けるだけだ。お前と一緒にするな。
………心配するな、もう〝あの時〟みたいな事は無しだ。時間が惜しい、お前も急げ」
言葉少なにトレインの手を振り切ると、彼は混乱の中に飛び込んで消えた。
…しばし呆然としたかったが、彼の言う通り時間は確かに惜しい、と言うより少ない。
「―――オレ達も急ごう!」
―――――同刻。市街南部、市庁舎前。
今や街の至る所がこうである様に、此処もまた混乱の様相を呈していた。
或る者は狂乱の叫びと共に、或る者は混沌故の怒号を従えて、また或る者は無数の疑問符を散らばせて、全てが麻の如く乱れた。
そしてそれを、屋根の上から睥睨する影ならぬ影達。見えない訳では無いが、その輪郭も細部も何故か明らかにならない。
確かな像とならず、まるで幾つもの不自然に切り取った空間の様だ。
「…寄る辺無き者どもの浅ましきかな、ですな。隊長」
その内の一つが、酷く大きな影に妙に格式ばって呆れた様に云う。
「……それよりも、内部のスキャンは済んでいるのか?」
「は、武装及び防犯設備は概ね自動で生きておりますが、人員そのものは普段より少ないかと。
しかし予測される損耗率は三%未満、こちらの人的被害は限り無くゼロに近い物と思われます。
―――快勝は間違い有りませんな」
自信たっぷりに言った影に、大きな影から何かが勢い良く伸びて掴まえた。
「俺は冥加任せな返事など聞いていない。戦場では誰でもすぐに死ぬ、俺も貴様もだ。
チームで動く以上、手綱を緩めて死ぬのが貴様だけでは無い事を牢記しろ」
「………す…済みません、隊長」
「其処は『了解』だ。俺は行動以外の謝罪を認めない、貴様の忠は働きで示せ」
「りょ……了…解…」
ようやく伸びた何かが離れると、影は俯き激しくえづく。どうやら喉を押さえられていたらしかった。
「総員、光学ステルス解除」
大きな影の平板極まる号令に合わせ、彼等の姿を不明確にしていた光学迷彩が解除される。
其処に現れたのは、総身を黒エナメルに光らせる薄手のボディアーマーに覆った兵士達だった。
張り付くほどに密着し、それを更に緊縛する様に戦闘用備品のホルスターを全身に巻き付け、頭に当たる部分には覗き窓も無い
さながらバケツを被せた様な兜がしかと鎮座する。それらはまるで、辛うじて人型を模した奇怪な人形だった。
没個性を通り越して却って非人間的な集団の中心で、あの黒服の怪物は轟く様に宣言した。
「―――襲撃…開始!!!」
―――――市街西部幹線道路、爆破地点。
或る者は狂乱の叫びと共に、或る者は混沌故の怒号を従えて、また或る者は無数の疑問符を散らばせて、全てが麻の如く乱れた。
そしてそれを、屋根の上から睥睨する影ならぬ影達。見えない訳では無いが、その輪郭も細部も何故か明らかにならない。
確かな像とならず、まるで幾つもの不自然に切り取った空間の様だ。
「…寄る辺無き者どもの浅ましきかな、ですな。隊長」
その内の一つが、酷く大きな影に妙に格式ばって呆れた様に云う。
「……それよりも、内部のスキャンは済んでいるのか?」
「は、武装及び防犯設備は概ね自動で生きておりますが、人員そのものは普段より少ないかと。
しかし予測される損耗率は三%未満、こちらの人的被害は限り無くゼロに近い物と思われます。
―――快勝は間違い有りませんな」
自信たっぷりに言った影に、大きな影から何かが勢い良く伸びて掴まえた。
「俺は冥加任せな返事など聞いていない。戦場では誰でもすぐに死ぬ、俺も貴様もだ。
チームで動く以上、手綱を緩めて死ぬのが貴様だけでは無い事を牢記しろ」
「………す…済みません、隊長」
「其処は『了解』だ。俺は行動以外の謝罪を認めない、貴様の忠は働きで示せ」
「りょ……了…解…」
ようやく伸びた何かが離れると、影は俯き激しくえづく。どうやら喉を押さえられていたらしかった。
「総員、光学ステルス解除」
大きな影の平板極まる号令に合わせ、彼等の姿を不明確にしていた光学迷彩が解除される。
其処に現れたのは、総身を黒エナメルに光らせる薄手のボディアーマーに覆った兵士達だった。
張り付くほどに密着し、それを更に緊縛する様に戦闘用備品のホルスターを全身に巻き付け、頭に当たる部分には覗き窓も無い
さながらバケツを被せた様な兜がしかと鎮座する。それらはまるで、辛うじて人型を模した奇怪な人形だった。
没個性を通り越して却って非人間的な集団の中心で、あの黒服の怪物は轟く様に宣言した。
「―――襲撃…開始!!!」
―――――市街西部幹線道路、爆破地点。
完全に破壊され、単なる瓦礫に成り果てた道路を背景に、最新型のOICWを抱えた兵士達が街の混乱を見入る。
戦闘服もまた最新技術著しい。微細工学、人体力学、電子工学を人道的にマイナス方向に極めさせ、軽量並びに高防御力、
武装を失っても戦えるようその内にも武器を仕込ませ、しかも電子戦にも仔細無く対応出来る。
かつて、デュラムが部下達に着せた戦闘服と同様でありながら明らかに上位技術の代物だった。
「リオン様から通信が有った。『行動開始、程度は任せる』だそうだ」
指揮官の言葉に、兵士達は思わず下卑た微笑を零す。
戦場に於いてはありとあらゆる悪徳が合法となる。それを上官自ら許しを下したなら、彼等の浅薄な欲望は容易く理性を引き千切る。
ましてや此処は観光地、しかも祭りの真っ最中。武力に訴えたなら獲物はそれこそ選り取り見取りだ。
「…親方の命令とあっちゃ、仕方無ぇよなあ…」
口調に反し、彼らは一様にこれよりの展開に笑いが止まらなかった。
戦闘服もまた最新技術著しい。微細工学、人体力学、電子工学を人道的にマイナス方向に極めさせ、軽量並びに高防御力、
武装を失っても戦えるようその内にも武器を仕込ませ、しかも電子戦にも仔細無く対応出来る。
かつて、デュラムが部下達に着せた戦闘服と同様でありながら明らかに上位技術の代物だった。
「リオン様から通信が有った。『行動開始、程度は任せる』だそうだ」
指揮官の言葉に、兵士達は思わず下卑た微笑を零す。
戦場に於いてはありとあらゆる悪徳が合法となる。それを上官自ら許しを下したなら、彼等の浅薄な欲望は容易く理性を引き千切る。
ましてや此処は観光地、しかも祭りの真っ最中。武力に訴えたなら獲物はそれこそ選り取り見取りだ。
「…親方の命令とあっちゃ、仕方無ぇよなあ…」
口調に反し、彼らは一様にこれよりの展開に笑いが止まらなかった。
―――――市街東部、大通り。
「キョーコ様、ご指示を」
「…ほえ?」
市民に偽装した彼女の手勢が、屋台の菓子やら何やらをしきりに頬張る彼女に指令を求めた。
「ですから、行動の御指示を」
「へ? …ああ、ええ」
混乱の狂騒に駆られた民衆を横目で見ながら、彼女は状況を理解していないのか気の無い生返事を返すだけだった。
一同その真剣みの無さに少し苛立ったが、それでも一騎当千の道士であり上官である事実に変わりは無い。止む無くそれを飲み込んで
粛々と彼女の指示を待つ。
「――――――帰る」
「…は?」
意図の見えない言葉に、尋ねた兵士は呆然とした。
「だから私、帰ります。せっかく祭りをエンジョイしてたのに、いきなりこんな事になってちょっと萎えっていうか
引くっていうか。とにかく、興醒めなんですよねぇこういう系って。
だからもうつまんないから、私先に帰ってますね。あぁ、皆さんは好きにしてていいですよ」
勝手に言い重ね、彼女はすたすたと歩き出す。
「い……いえ、あの!」
呼び掛けにも一切応じる事無く、彼女は人の波に消えていった。
―――――市街中心部、オープンカフェ。
「…ほえ?」
市民に偽装した彼女の手勢が、屋台の菓子やら何やらをしきりに頬張る彼女に指令を求めた。
「ですから、行動の御指示を」
「へ? …ああ、ええ」
混乱の狂騒に駆られた民衆を横目で見ながら、彼女は状況を理解していないのか気の無い生返事を返すだけだった。
一同その真剣みの無さに少し苛立ったが、それでも一騎当千の道士であり上官である事実に変わりは無い。止む無くそれを飲み込んで
粛々と彼女の指示を待つ。
「――――――帰る」
「…は?」
意図の見えない言葉に、尋ねた兵士は呆然とした。
「だから私、帰ります。せっかく祭りをエンジョイしてたのに、いきなりこんな事になってちょっと萎えっていうか
引くっていうか。とにかく、興醒めなんですよねぇこういう系って。
だからもうつまんないから、私先に帰ってますね。あぁ、皆さんは好きにしてていいですよ」
勝手に言い重ね、彼女はすたすたと歩き出す。
「い……いえ、あの!」
呼び掛けにも一切応じる事無く、彼女は人の波に消えていった。
―――――市街中心部、オープンカフェ。
「……判った判った、じゃあアンタ達は私の指揮下に就きな。間違っても私に近寄るんじゃないよ。
ま、適当に暴れておけば良いさ、此処の破壊そのものは目的じゃないんだし」
『…は? それはどう言う…』
返信を待たず、エキドナは通信を切った。
流石にこの混乱では、ただ一人オープンカフェで悠々とミルクティーを愉しむ女一人を気に止める輩は居ない。
―――そう、彼女には侍らせるべき部下が居ない。自身の道がそれを補って余りあり、尚且つそれを巻き込むほど強力だからだ。
「…さぁて、誰にしたモンかねぇ」
彼女の視線の先には、天板の歪んだテーブルが有った。
ま、適当に暴れておけば良いさ、此処の破壊そのものは目的じゃないんだし」
『…は? それはどう言う…』
返信を待たず、エキドナは通信を切った。
流石にこの混乱では、ただ一人オープンカフェで悠々とミルクティーを愉しむ女一人を気に止める輩は居ない。
―――そう、彼女には侍らせるべき部下が居ない。自身の道がそれを補って余りあり、尚且つそれを巻き込むほど強力だからだ。
「…さぁて、誰にしたモンかねぇ」
彼女の視線の先には、天板の歪んだテーブルが有った。