SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 第098話 (4-2)

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『という訳で寮内に戻った訳だけど! 困ったな!! 自由時間といえど門限は近い! 従って外には出辛い!!』
「えー外出たいじゃん外!! なんでダメな訳よ? 垂れ目さっきチチーって外行ってたんじゃん」
「あれはあまり感心しないな。というか誰がお前らホムンクルスを夜の街に放り出すか。危なっかしいにも程がある」
 廊下。並んで歩く影2つ。
『む!! 特訓終わったのに僕らの監視とかお疲れ様だなセーラー服美少女戦士!!』
「じゃあさじゃあさじゃあさ! あんたでもいいじゃんこのさい! 遊ぶ! ヒマだしフサフサぴょこぴょこして遊ぶ!!」
「うっさい!! 誰が貴様らなんかと馴れ合うか!」
 一喝をくれると2人は黙った。それを幸い斗貴子は眉を釣り上げ距離を詰める。
「忘れているようだが本来お前たちは始末されても仕方ない立場だからな。ヴィクター討伐で疲弊した戦団が、大戦士長救
出まではと仕方なく共闘を認めたからこうして殺されずにいる。じゃなきゃ私がとっくに始末──…」
「ところで垂れ目どこさ? アイツなんか好きじゃんあたし!」
「ほう。いい度胸だな。私の言うコトを無視する、か」
 ドス黒い青紫の影が斗貴子の顔の上半分を塗りつぶした。前髪に隠れて瞳は見えないが兇悪な一等星のギラつきが
圧倒的殺意を振りまいている。
『わわわ悪かったセーラー服美少女戦士!! こ、香美は悪気があった訳じゃなくてだな!! もともとこういう性格だし!
そもそもが猫だし! 人の機微が良く分からないだけで!!』
「だいたい貴様らは特訓のときから不真面目すぎる」
「だってあの銀ピカ(防人)のゆーこと難しすぎるじゃん。やれん」
 香美は頬を膨らませた。


──「栴檀香美には……そうだな。武装錬金を発動してもらう」

──「分かっているがキミは動物型(ネコ)。本来核鉄を扱うコトはできない」

──「だが同じくレティクル謹製の小札(ロバ型)、鳩尾無銘(イヌ型)、鐶(ニワトリ型)は使えている」

──「キミにも可能性はあるはずだ。武装錬金が使えれば戦力大幅アップだぞ」


「と戦士長が言ったにも関わらずずっと出来ない出来ないと言い通し最後には核鉄を放り投げる始末! 真先に休憩選ん
だしな!! まったくマジメにやるコトはできないのか!!」
『わわわわわ!! ご! ご怒りはもっともだ! 飼い主たる僕の監督不行き届き! 本当にすまない!!』
「謝るぐらいなら誰でもできる! 誠意を見せろ! いっそ今から戻ってちゃんとやれ!!」
 半ばチンピラみたいな物言いをする斗貴子に貴信はちょっと口をもごつかせた。
「なんだ!!」
『い、いや、その、だな!! 僕らが特訓してパワーアップしたら貴方後で困るのでは!!』
 配慮したつもりなのだが却って不興を買った。膨らんだ憎念ゆえだろうか。巨大化した斗貴子の顔がすぐ間近でこれでも
かと見下してきた。
「ほう。たかが武装錬金1コ増えただけで私より強くなれると言いたいのか? むかし散々斬り刻まれたのはどこのどいつらだ?」
『ひいいいいぃいいい! それは僕らです!! 僕らです!! ごめんなさい!!!』
 戦士対音楽隊。その序盤で貴信は香美ともども斗貴子にこっぴどくやられた。結果として総角に回収されたお陰で水入りとなり
──ちなみに彼、回復したふたりを秋水へブツけるとき言った。「ブレミュは誰一人負けていない」と。総角らしい見栄であろう。
貴信たちは斗貴子に一度負けたといっていい──命までは取られなかったが、今でも斗貴子を見ると恐怖がよぎる。幻覚痛さ
えあちこち蝕むようだった。
 なので香美もガタガタと震えるほかないのだが、その顔に斗貴子はしかし満悦とはいかない様子だ。逆に歯噛みし懊悩を
醸し出す。
「ったく。ホムンクルスの分際でどっちも怯えすぎだ」
『す!! すまない!! 僕も香美も元々こういう性格なんだ!!』
 大声こそ張り上げるが根は臆病者の貴信である。というより怖がりだからこそ無理に声を張り上げている。それは昔、ヒト
だったころ対人関係を築こうと頑張った証なのだが結実はせず今に至る。
「おっかないの。あんた本当におっかないじゃん……」
 香美は香美で強気だがホムンクルスになるとき味わった嗜虐と過酷の後遺症で、高所と暗所と閉所が恐ろしくて仕方ない。
 元々ネコなため恐怖にはすこぶる弱い。理知を以て抗する人間とは違う。危害を加えた斗貴子もまた今もって恐ろしい。
 そんな2人(物理的には1体だが)を眺める斗貴子の顔が波打った。強張る頬に瞳の振るえが皺を作り苦汁に深く彩られた。
「……んだ」
『え!?』
「ヴィクトリアといい、どうしてお前たちのようなホムンクルスが居るんだ……」
 露骨に視線をそむけながら、斗貴子。言ってから自省的な辛苦を浮かべ軽く俯く。
 貴信は、思い当たった。
『も! もしや先ほどの防人戦士長の言葉を、気に……!!』
 彼はいった。斗貴子の憎悪が空虚なものだと。対象をとっくに見失った場当たり的なものだと。
(すぐ死を選びたがる、とも!!)
 防人は言った。だから日常を知りなさいと。本当の意味での戦う動機を得ろと。
(あの言葉が影を落としている!! 『ただホムンクルスを殺せばいい』。それだけを頼りにやってきた今までが、本当に
正しかったのかどうか葛藤、させている!!)
 いま斗貴子はヴィクトリアの名を出した。望まずしてホムンクルスになった少女を呟いた。
(一口にホムンクルスといっても実態はさまざま! ステレオタイプに人間を襲う者もいればヴィクトリア嬢のような存在も!)
 貴信たちもそうだが果たして斗貴子が知っているか、どうか。(経緯は説明したが覚えられているかどうか怪しい)
 とにかく貴信も香美も人を襲う気はサラサラない。食人衝動じたいはある。だがそれも総角の作るレーションさえあれば
ヴィクトリアが母のクローンを摂取する要領で問題なく抑えられる。つまり怪物だが他者を害する気はない。むしろ香美は
あだなす存在を峰ぎゃーでやっつけるのが好きだ。
 という事実を反芻したのだろう。斗貴子の表情が暗くなった。
(防人戦士長の指摘のあと僕らのようなホムンクルス!! しまった! 気付くべきだった! いま一緒に行動したらそれ
だけでもう心苦しくしてしまう!! 元信奉者の桜花氏か秋水氏に介添え頼めば良かった!!)
 後悔するが後の祭りだ。同伴した以上彼女はずっと監視を続けるだろう。気遣って振り切っても、それが却って人間への
害意ありと誤解され怒りを買う。ささくれた心をますます荒らす。

(人間に仇なす存在ばかりなら楽だった。そういうモノだからと割り切れた。躊躇なく殺せた)

(なのに戦団はヴィクトリアをホムンクルスにした。本来人を守るべき組織が、ヴィクターの娘とはいえ罪のない少女を)

 100年前のコトとはいえ、所属する組織が、人道に悖る行為を平然と行った。
 帰属意識の薄い斗貴子でさえ足場の揺らぎを感じてしまう。

 在野にひしめくホムンクルス。それらの中に第二第三のヴィクトリアがいたら?
 戦団が、自分たちの正義のみ支えるため創り上げた『悪』がいたら?

 ヴィクターの件は徹底的に伏せられていた。調査した防人さえ真実に気付けないほど。
 以上の葛藤はずっと以前から渦巻いていたが、カズキとの別離が衝撃的すぎて主題にはならなかった。
 失った痛みに流され、壊れそうな心を繋ぐためだけ従前の行為を無思慮に繰り返してきた。

(だが──…)

 まひろが斗貴子の心を解いた。防人はほつれを大きくした。するとかねてより仕舞い込んでいた考えがどんどんどんどん
心の中を漂っていく。それら総て無視すれば楽なのだろうが、やってしくじった秋水というモデルタイプが傍に居て。

 戸惑いに満ちる。


(日常、か。戦士長は目指せというが……。……。そんなもの、そんなもの……私には)


 斗貴子は日常を知らない。7年前までは故郷・赤銅島で普通に暮らしていたという。
 戦団で家族の写真を見たコトがある。ピンと来なかった。自分の周りに映っている人々がどういう名前でどういう関係なのか
まったく思いだせなかった。
 防人から生前の家族の話を聞いた。他人事にしか聞こえなかった。
 千歳から生前の同級生の様子を知った。本で読む被災前の人たちのように味気なかった。

 事件前の自分の人格をふたりは代わる代わる教えてくれた。
 一時はなろうとしてみた。けれど無理だった。

 初めて殺したホムンクルスへの増念が次から次に湧いてきて白い斗貴子を塗りつぶした。


 家族を知らず育ったようなものだ。戦いだけが原点だった。終着もまた戦いの中にあると漠然とだが思っていた。
 だから……死にたがる。カズキという希望を得ても、彼が死ぬなら自分も死ぬと言い切れた。

(今さら私に……日常なんて)

 カズキにはあった。まひろが居て、六舛たちが居て、彼らと過ごす空間は心地よかった。

(けれどあれは私の物じゃない。私の物にしてはいけないんだ)

 楽しかった空間はいま欠如と寂寥に彩られている。
 カズキはいない。
 もういない。

(私は……止められなかった。彼が行くのを止められなかった。共に死ぬと言っておきながら先立たす真似をした。
まひろちゃんたちから大事な日常を奪った)

 なのに彼のいない日常を占有できるだろうか。斗貴子の倫理は拒絶する。

(誰もカズキの代わりになんてなれない。私でさえ……なれない)

 新しい、斗貴子だけの日常もまた作れない。
 まひろたちの大事な日常を守れなかった存在が、どうして自分だけ甘受できよう。

 それでも作るよう促す防人には感謝している。
 心癒す空間を求めてもいい、休んでもいい。そう言ってくれるのだ。

(そもそも……私と戦士長はどういう関係だったんだ? あの事件前逢ったというが思いだせない)

 それが分かれば防人のいうコトを受け入れられるかも知れない。
 ともすれば彼が最初の日常の象徴たりえるかも知れない。
 ……戦いという日常の。

「あんたさ。ひょっとして銀ピカのいったコト気にしてるわけ?」
「っ」
 眼前を占める巨大な質量を見て我に返る。香美がいた。至近距離に。斗貴子は不覚を悔いた。ホムンクルスを傍に置き
ながら近づかれるまで気付かなかった。
「だったら話しゃいーじゃん、話しゃ」
「話す……?」
「そ。あんたなんでンなコトいうじゃんって聞けばいーでしょーが。そったらわかるでしょーが。ニンゲンってのそーらしいし」
「話す」
 少し目が点になった。
(そういえば……どうして戦士長はあんなコトを? いや分かってる。死なせないためだ。だが……どうしてわざわざ私だけ?)
 あの場にいた戦士は誰もが等しく死にかねない存在だ。
 毒島は接近されれば終わる。剛太は危なっかしい。桜花は武装錬金コミでさえ弱い。
 秋水とて贖罪のためとあらば闘い抜いて死にかねない。
(人の意思を汲め、か)
 秋水がいったのはまひろと剛太についてだが、範囲を敢えて広げてみる。
 懊悩をもたらした防人へと広げてみる。
(戦士長が部下を死なせたがらないのは分かっている。さっきのレクチャーはその表れ。だのに私だけに念を押した。それは
……何故だ?)
 斗貴子は直情径行だが決して頭は悪くない。
 死にたがる斗貴子。死にたがる防人。
 カズキはいつだって全力で救ってきた。何故か?
(私が命の恩人で、戦士長は師匠だからだ)
 大事な存在だからこそ助けんとした。……ならば。
(戦士長にとって私は……大事な、存在。…………なのか?)
 内心過去の希望とみなされているコトを斗貴子はまったく知らない。
 自分にとってただの上司だから向こうもただの部下だと思っている。
 そんな漠然とした合意形成だけで防人を見ていたコトにやっと……気付く。
(なら……戦士長が私を特別視するなら理由はどこだ?)
 簡単すぎる結論だった。どこだと悩む時点で結論は出ていた。
(覚えていない記憶。7年前より更に前の私と……戦士長)
 そこで何かがあった。
(思えば戦士長は何も語らなかった。私の身の回りの情報なら確かに伝えた。けど……自分がどう思っているかは一言も
漏らさなかった。戦士・千歳も同じだった。火渡は……数えるほどしか見たコトがない)
 彼らがどんな感情を抱いているかまったく知らなかった。
 記憶がないから、滅びた故郷の悲劇さえニュースでみる遠い国だった。
 けれど防人たちは当事者だった。まだ生きていた村や人をその目で見ていた。会話もしたし触れ合った。
(それらを……守れなかった)
 だから多くは語れなかった。それぞれが斗貴子をどう思っているかなど言えなかった。
(私はそれを知ろうともしなかった。赤銅島が他人事だったから……)


 袋小路から抜け出す手がかりが少し掴めた。


(話そう。戦士長と。何があって私をどう思っているのか)

 或いはそれをきっかけに日常を取り戻せるかも知れない。
 現在はない。未来に向かって構築する資格もいまは持ち得ない。

(だがせめて過去。過去を取り戻せば……生きられる。かも知れない)

 斗貴子とてすぐ死にたい訳ではない。

(生きていさえすれば……また。そう思って、か。未練だな)

 窓の外に月が見える。日常はないが……希望はある。無くしてしまった皆の希望が。

(ところで栴檀たちどうなった……?)
 いやに静かな連れを見ると、
『ちょ! い! いまはそっとしとくべきだ香美!! 僕らの存在は目に毒だ!!』
 香美が自分で口を塞いでモガモガ唸っていた。貴信がやったのだろう。とても慌てている。



(……………………………………あったのだろうか)


 ヴィクトリアに垣間見たごくありきたりの疑問が首をもたげる。




『すまない! えーと! そうだ! そうだ僕たちを地下に戻して欲しい! 毒島氏や防人戦士長はまだいるはず! そこに
いる! だったら貴方も監視せずに済むし休める筈!!!』
 せめてもの申し出だが斗貴子の顔は暗い。
「……。キミたちに」
『ぬ!?』
「キミたちに日常という奴は……あったのか?」
 ポツリとした呟き。だが鮮烈だった。貴信の脳裡に人間だったころの記憶がよみがえる。珍しく声を落とす貴信。
『あった。ああ。あったとも』
 ひとりぼっちだった学校生活。子ネコとの出逢い。香美と名付けた家族とのささやかだが楽しい生活。
『……いまは取り戻したいと思っている』
 多くは望まない。人間に戻れたら。香美をネコに戻せたら。
『やわらかい日差しの当たる暖かい縁側でうたた寝をしよう。ヒザに乗せて一緒に。それだけかな。それだけが……望み、なんだ』
 ふたりにとっての日常とはそれだった。取り戻したいからホムンクルスになっても生きている。
「そう、か」
「どしたのさおっかないの。きゅーに大人しいじゃん。だいじょーぶ?」
 香美はまったく分かっていない。俯く後頭部に鼻を近づけフンフンした。
「うるさい! で、いまの日常っていうのはどういう物だ。ちなみに人喰い前提ならブチ撒けるぞ」
『え!! い、いやその、今のは……』
 咳き込むようにいう。それでも今の日常は確かにあった。体の前面に張り付いた香美との生活。彼女を通して眺める仲間たち。
 誰もが重いものを背負っていて、だから貴信と共有できて。人ならざる存在になりながら道を踏み外さずにいるのは彼らがいる
お陰だと貴信は心から感謝している。
「最後だ。貴様……」
『な! なんだ!!』
「人間を食べたいと思ったコトは?」
 難しい質問だ。けれど素直に答える。
『本能が求めるコトはある! 確かにある!! でもその一方でひどい嫌悪に見舞われる!! 人喰いこそしたコトはないが、
ホムンクルスになる直前僕は香美のためといいながら一見無関係な人物を深く傷つけそして逃げた! なってからもすぐ仇と
呼ぶべき無抵抗な存在を一方的に絞め殺そうとした!! どっちも……嫌な気分だった!! どっちも今度の戦いで倒す
べき存在だが! それでも敵意に衝き動かされ害を加えるのは……嫌! だった!!』
「だから人喰いも嫌……と」
 斗貴子の語気が強まった。それだけでもう震え止まらぬ貴信である。
『う! でででもでも、そ、そうなんだ! ウソじゃない! だから僕はどうすればいいかずっと考えている! 7年前ホムンクルス
になった時からずっと……どうすれば悪意に呑まれないか……結果として殺せず見逃してしまったデッドの振りまいた惨禍に
対し……どう償えるか考えている!!』
「もういい。分かった」
 斗貴子は呟く。すばやく香美に背を向けたため表情はわからない。
「地下に戻す。連行と思え。特訓はしなくていい。お前たちは起きているとうるさい。管理人室から適当に布団でも引っ張っていけ」
「おー。あんた意外に優しいじゃん。優しい!」
「黙れ。さっさと来い」
 貴信は目を点にした。歩き出す斗貴子。不用心、だった。忌み嫌うホムンクルスに背を向ける。それだけ葛藤が深いのか。
(或いは──…)
 楽観的な観測が貴信の心を一瞬占めたときソレは来た。
「なんか騒がしいと思ったら斗貴子先輩と……香美先輩? あれ? 貴信先輩どこだろ? 声はしたけど……」
 角からひょこりと顔を覗かせたのはあどけない少女。黄みの強い茶髪を左右にぴょこりと括っている。
 不意の登場に斗貴子は面食らったようだった。一瞬背後を見たのは戦士としての庇護欲と警戒心
「ええとキミは確か……。ちーちんだったかさーちゃんだったか……」
「もう。まっぴーじゃないんですから覚えてくださいよ斗貴子先輩。私はさーちゃんの方。河合沙織」
 困ったように顔をしかめて自己紹介する少女に、先ほど述べた貴信の罪悪感はさざめくのだ。
(ああ駄目だ!! 鐶副長が化けていたこのコ! 都合上監禁せざるを得なかったこのコを見ると! 心が! 心が!!)
 痛んで痛んで仕方ない。記憶というエネルギーを鐶に転送するため、鎖分銅で一度頭をぶっている。
 一応上記の経緯は謝罪したし「よく分からないからいいや」と許しを得ているが……。
 まっとうな人間関係を築いたコトがない人間ほど負い目には敏感だ。笑って「許される」方が双方とも円滑にやれる世界の
機微などまったく実感できない貴信だから、何をすればいいか心底悩んでしまう。

「あ、でも2人に逢えてちょうどよかった。実はね──…」

 沙織の申し出を受けたばかりに貴信は災難を抱え込むが……それはまた、別の話。




「剣道!? 俺がァ!?」
 正座の痺れがとれ今は休憩中の剛太は、碧の500mlペットボトルを口から外し乱暴に置く。琥珀色の水面が筒の中で
きらきら揺らめいた。
「そうだ。君は頭がいい。だからこそ、教えられた技術に固執しがちだ」
「しがちだってお前……俺の戦いの何を知ってる訳?」
 おにぎりからパッケージを素早くむいて放り込む。膝の前にはサンドイッチやホットドッグ。幕の内弁当もある。総てコンビニ
食。「自炊した方が……」とか「野菜も……」とか食生活を案じる秋水の言葉はことごとく却下した。「だって楽だし」それが理由。
「ニオイだ」
「なにお前実はホムンクルス? イヌ型?」
「違う。剣道用語だ。平たく言えばそういう雰囲気が君にはある」
「あっそ。でも要するにブラボーの教えはアレだろ。筋肉連動させりゃ攻撃力あがる。重力上手く使って相手の虚をつけば勝てる。
それだけでいいじゃねェか。時間ないし体術に限っちゃ単純単純、何も考えねェ方がうまくいくって絶対」
 やる気なく目を下げしっしと手を払う剛太。ウマカバーガーで買ったらしいハンバーガーにかぶりつく。
「…………」
 駄目な見本を見た気がした。
「攻めて崩れるのは相手だけじゃない。自分もだ。攻勢に転じた瞬間隙が生まれる。巧者はむしろそれを突く。体術だけじゃ
ない。知略も同じだ。戦いの本質はみな同じだ」
「ハイハイ分かった。でも俺疲れてるの。やらないからな絶対」
「やれば津村も喜ぶぞ」
「何やりゃいいさっさと教えろ!!
 猛然と立ち上がる剛太に桜花が噴き出すのが見えた。
(姉さん。最近緩い。緩すぎる……)
 しょうもないコトでクスクス笑う彼女の姿は嬉しいのだが何だか変な感じである。
「おい何ボサっとしてるんだ! 早く相手! プリーズ!!」
 剛太に目を戻すともう面も胴も小手も付けていた。そこかしこからアロハシャツが覗くのは、儀礼を重んじる秋水の眉をかなり
潜めさせる光景だがとりあえず無視。
「つかお前ちゃんと手加減するんだろうな? 俺初心者だぞ?」
「あ、いや。相手は俺じゃなくて……」
 剛太は首を傾げた。と同時に衝撃が突き抜けた。
「クク! 隙ありだまずは一本!!」
 トッと着地する影があった。防具はつけていない。短い竹刀を腰の後ろで横に構えながらその人物は不敵に笑う。
「来い! 我がタイ捨流の餌食にしてくれるわ!!」
 太い眉の下で金色の瞳が溌剌と輝いている。
「鳩尾無銘! え、俺の相手こいつなの!!?」
 仰天する間にも一陣の黒い颶風が胸元に流れ込んでくる。剛太は慌てて身を引いた。





「フ。秋水め。防人戦士長の示唆があったとはいえ……また面白い指導を。部活動の賜物か」




 腕組みしくつくつ笑う総角のそばで小札の円周率詠唱30万桁突破。CDは後日無料配布。