──「お兄ちゃんは先輩たちにちゃんと前に進んで欲しいから、痛いのも怖いのも引き受けたんだと思うよ」
──「だから刺しちゃったコトばかり気にして何もできなくなったら、お兄ちゃんきっとガッカリしちゃいそうだし……」
──「だから手助けしたいの」
──「まだ私に『悪いなー』と思ってくれてたら」
──「まだだ!! あきらめるな先輩!!」
──「お兄ちゃんがいったコトだけはちゃんと守ってあげてね。それからさっきの言葉も」
──「君が武藤と再会できるその日までこの街は必ず守る」
──「そうじゃないとお兄ちゃんに胸を張ってちゃんと謝れないと思うから」
(たとえ俺が負けても今は仲間がいる。負けてもいい。だが彼らがかつて俺にしてくれたように、敵の能力だけは必ず暴く)
敵はレティクルエレメンツ。総角のクローン元率いる破壊の軍団。
(暴くため刀を……振りぬく。一太刀でも多く振り、1つでも多く特性を引き出す)
それが攻略の鍵になると信じて。言葉を、街を、守るため。
咎人にも関わらず暖かい言葉をかけてくれた少女のため。
咎人にも関わらず暖かい言葉をかけてくれた少女のため。
(刀を、振りぬく)
決めた結果、左コメカミをしこたま打たれたが構わない。
相手の強さを知り、認める。そうして初めて人は強くなれる。自分にだっていつかは勝てる。秋水はそう信じている。
防人はまさか秋水にますますもって評されているとは気付けない。
大きすぎる挫折を有している男は過小評価の塊だ。
「以前……」
「ん?」
やにわに語りだした秋水に軽く眉を動かす。
「以前俺に教導したとき脇構えまで言及しなかったのは……」
「ああ。察しの通りだ戦士・秋水。精神にまだ危ういところがあったからな
「ん?」
やにわに語りだした秋水に軽く眉を動かす。
「以前俺に教導したとき脇構えまで言及しなかったのは……」
「ああ。察しの通りだ戦士・秋水。精神にまだ危ういところがあったからな
この点率直だ。遠慮なく言う。未熟な心で技にだけ熟達するのは危うい、と。
実際かつて正にそれの体現、弱い心のまま力をつけたアンバランスでカズキを刺した秋水だから反論の余地は無い。
実際かつて正にそれの体現、弱い心のまま力をつけたアンバランスでカズキを刺した秋水だから反論の余地は無い。
「……」
愁いに染まる眉目秀麗に今度はフォロー。「コラコラ暗くなるな」。目を糸ほど細くし軽く嘆息。
「言い換えれば今は大丈夫ってコトだ。俺は問題なしと判断した。だから教えた。キミだって例外じゃない。心身ともに強く
なってる自信を持て」
とはいうがそれで俄かにほぐれる気質でもなし。「しかし……」と言いよどみまた黙る。
愁いに染まる眉目秀麗に今度はフォロー。「コラコラ暗くなるな」。目を糸ほど細くし軽く嘆息。
「言い換えれば今は大丈夫ってコトだ。俺は問題なしと判断した。だから教えた。キミだって例外じゃない。心身ともに強く
なってる自信を持て」
とはいうがそれで俄かにほぐれる気質でもなし。「しかし……」と言いよどみまた黙る。
(やはり簡単には拭えない、か)
本人に面と向かって謝罪しない限り区切りはつかない。だが本人は遠き遠き月面世界。そこばかりは防人の及ぶ範囲
ではない。多くの戦士の誰もが持つ──… 《戦う動機》。それをかなえられるのは結局当人だけだ。防人は力添えをする
だけだ。剣持真希士のその動機を戦士長という立場、”キャプテンブラボー”個人の信念それぞれから『戦士としてやるな』と
突っぱねつつ彼個人が達する機会を密かに与えたように、或いはカズキを鍛えたように、これから秋水たちを教導するよ
うに、”はからう”コトしかできないと防人は思う。
本人に面と向かって謝罪しない限り区切りはつかない。だが本人は遠き遠き月面世界。そこばかりは防人の及ぶ範囲
ではない。多くの戦士の誰もが持つ──… 《戦う動機》。それをかなえられるのは結局当人だけだ。防人は力添えをする
だけだ。剣持真希士のその動機を戦士長という立場、”キャプテンブラボー”個人の信念それぞれから『戦士としてやるな』と
突っぱねつつ彼個人が達する機会を密かに与えたように、或いはカズキを鍛えたように、これから秋水たちを教導するよ
うに、”はからう”コトしかできないと防人は思う。
(………………)
斗貴子の表情も硬い。わだかまりという微量の溶質が表情筋という器の表面張力ギリギリまで満ち満ちた「いま言うべき
コトでもなし」溶媒の底にドロドロとごり時おり回遊。するのが見えた。もっとも以前、哀惜に炙られた怨嗟と憤怒の熱量で
綯い交ぜになり変質し凄まじい敵意の揮発性臭気を放っていたコトを思えばまったく沈静したといっていい。まさかいきなり
仲間意識を有する筈もないが──カズキの件がなかったとしても秋水は元・信奉者。斗貴子が憎んでやまぬホムンクルス
に与していた。そも彼女の本質は友愛より孤高に近い。仲間たる戦士さえ寄せ付けぬ雰囲気がある──非攻撃対象、
共に従軍するのだという誇り高い理知であらゆる過去への攻撃を捨てているのは、少なくても、戦士長としての防人、
一団を預かる管理者的には好ましい。もっとも一個人としてはもっとカズキ以外の人間と交遊して欲しいと願っているが。
斗貴子の表情も硬い。わだかまりという微量の溶質が表情筋という器の表面張力ギリギリまで満ち満ちた「いま言うべき
コトでもなし」溶媒の底にドロドロとごり時おり回遊。するのが見えた。もっとも以前、哀惜に炙られた怨嗟と憤怒の熱量で
綯い交ぜになり変質し凄まじい敵意の揮発性臭気を放っていたコトを思えばまったく沈静したといっていい。まさかいきなり
仲間意識を有する筈もないが──カズキの件がなかったとしても秋水は元・信奉者。斗貴子が憎んでやまぬホムンクルス
に与していた。そも彼女の本質は友愛より孤高に近い。仲間たる戦士さえ寄せ付けぬ雰囲気がある──非攻撃対象、
共に従軍するのだという誇り高い理知であらゆる過去への攻撃を捨てているのは、少なくても、戦士長としての防人、
一団を預かる管理者的には好ましい。もっとも一個人としてはもっとカズキ以外の人間と交遊して欲しいと願っているが。
【まひろたちのような女友達とだけでなく、男性の同僚との一般的な交遊を経験して欲しい。斗貴子の仕事観は男性的、能
力も高い。なるべくディスカッション寄りの対立と修復を経てより高いレベルの判断力を手に入れ成長する、それがなければ
斗貴子は社会に馴染めない。防人はいつか彼女に普通の暮らしをして欲しいのだ】
力も高い。なるべくディスカッション寄りの対立と修復を経てより高いレベルの判断力を手に入れ成長する、それがなければ
斗貴子は社会に馴染めない。防人はいつか彼女に普通の暮らしをして欲しいのだ】
「だからだな2人とも。そう硬くなるな」
「!!」
「い゛っ!?」
斗貴子と秋水が同時に驚愕したのは、防人に肩を掴まれ引き寄せられたからだ。「あらあら仲のいい」、感心したように
つぶやく桜花が思い出したのは幼少時代。義母がよく(誘拐被害者の)子供たちにやっていたスキンシップ。防人はスクラムで
も組むよう部下たちを両脇に抱えている。「……スゴイ、です」「アイツらけっこー離れてたのに一瞬でまとめたじゃん一瞬!」
音楽隊の面々が目を見張るほどの早く肩に手をまわした。
(手! 先輩のあんな所スレスレに手を!!)
羨ましいと泣いたのは誰か言うまでもない。「貴様突っ込みどころ違うぞ……」、鳩尾無銘は呆れた。
「真面目なのはいいがあまり根を詰めるな。考えすぎても始まらない。むしろ動きを鈍らせる」
「…………」
「それはそうですが」
まったく体育会系な接触に斗貴子はやや顔を赤くし不満ありげだ。女性としての恥じらいというよりパーソナルエリアが
人一倍広いせいだ。無遠慮なスキンシップは好まない。大抵の人間は殴る。カズキでさえ時に殴る。やって無事なのは
まひろか防人ぐらいなものだろう。後者が師匠筋兼上司であるコトを鑑みれば天性ひとつで距離を縮める前者のスゴ
さがよく分かろう。
他方秋水、こちらはバリバリ現役の剣道部員で(以前はともかく現在は)荒くれた男どもの野卑なる接触に日々慣れよう
と精進している。「目上の人間は時にこうするものらしい」と納得しつつも……旗幟変節に至らぬと見え表情は硬い。
「大事なのは緊張と緩和だ。これは脇構えだけじゃないぞ。武術全般。ひいては戦いのみならず生き方にも言える」
「難しく考える必要はない、ちょっとした着想で戦い方を変えられる……ですね」
いつだったか受けた教えを反復すると防人はカラカラ笑った。
「ブラボー。よく覚えていた。なら日々の中で少しずつ実践すればいい。鍛えるというのはそういうコトだ。日々僅かずつ積
み上げるコトだ」
武術の文脈で言われると否定できないのが秋水だ。
「戦士・斗貴子。キミもだぞ。たまには肩の力を抜いていい。だから俺は演劇部に入れてみたし学校にだって融け込んで欲
しいと思っている」
「心遣いは感謝しています。けど──…」
やはり自分には戦う道しかないのだと斗貴子はいう。頑な。そんな趣旨の言葉をそれぞれの文法で囁きあうのは
音楽隊の面々だ。
「いやお前らがいうなよ」
「まったくだ。先輩がああなのテメェらホムンクルスのせい!!」
御前と剛太が吹っかけると血の気の多い犬猫がぎゃんぎゃん喚きだした。「別に望んでなってない」というのが理由。
背後で巻き起こる言い争いを桜花や毒島、小札といった穏健派どもが仲裁するのを尻目に防人はいう。
「戦士・斗貴子。戦いを選ぼうとするキミは正しい。戦士として文句のないほどブラボーだ。否定はしない。キミが日常
を捨て戦いを選ぶコトで助かる命も確かにある。ホムンクルスが根絶されない限り結局誰かが戦う他ない。それも事実だ」
諭すように呼びかけると僅かだが力を抜くのが見えた。もっとも半分は「理解を得たという理解」より「そこまで分かって
るなら学校だの演劇だの余計なモノを入れないで欲しい、決戦間近なのに何やってんだこの人は」なる呆れの脱力である。
防人は嘆息した。
「戦士・斗貴子。キミの戦う動機はなんだ?」
「決まっています。ホムンクルスの根絶です」
「なら何故そう思うようになった?」
「……話した筈です。脳裏に過ぎるあの光景を二度と見ないためです。今度はこちらが見せるためです」
凛と斬りつけるように──シャープに研ぎ澄まされたその表情に剛太はポーとなった。言い争いはそこで終わった──切
り返す。秋水の「いいのか上司に」と困惑する中、防人だけはやれやれと目を細める。どうやら想定済みらしい。
「!!」
「い゛っ!?」
斗貴子と秋水が同時に驚愕したのは、防人に肩を掴まれ引き寄せられたからだ。「あらあら仲のいい」、感心したように
つぶやく桜花が思い出したのは幼少時代。義母がよく(誘拐被害者の)子供たちにやっていたスキンシップ。防人はスクラムで
も組むよう部下たちを両脇に抱えている。「……スゴイ、です」「アイツらけっこー離れてたのに一瞬でまとめたじゃん一瞬!」
音楽隊の面々が目を見張るほどの早く肩に手をまわした。
(手! 先輩のあんな所スレスレに手を!!)
羨ましいと泣いたのは誰か言うまでもない。「貴様突っ込みどころ違うぞ……」、鳩尾無銘は呆れた。
「真面目なのはいいがあまり根を詰めるな。考えすぎても始まらない。むしろ動きを鈍らせる」
「…………」
「それはそうですが」
まったく体育会系な接触に斗貴子はやや顔を赤くし不満ありげだ。女性としての恥じらいというよりパーソナルエリアが
人一倍広いせいだ。無遠慮なスキンシップは好まない。大抵の人間は殴る。カズキでさえ時に殴る。やって無事なのは
まひろか防人ぐらいなものだろう。後者が師匠筋兼上司であるコトを鑑みれば天性ひとつで距離を縮める前者のスゴ
さがよく分かろう。
他方秋水、こちらはバリバリ現役の剣道部員で(以前はともかく現在は)荒くれた男どもの野卑なる接触に日々慣れよう
と精進している。「目上の人間は時にこうするものらしい」と納得しつつも……旗幟変節に至らぬと見え表情は硬い。
「大事なのは緊張と緩和だ。これは脇構えだけじゃないぞ。武術全般。ひいては戦いのみならず生き方にも言える」
「難しく考える必要はない、ちょっとした着想で戦い方を変えられる……ですね」
いつだったか受けた教えを反復すると防人はカラカラ笑った。
「ブラボー。よく覚えていた。なら日々の中で少しずつ実践すればいい。鍛えるというのはそういうコトだ。日々僅かずつ積
み上げるコトだ」
武術の文脈で言われると否定できないのが秋水だ。
「戦士・斗貴子。キミもだぞ。たまには肩の力を抜いていい。だから俺は演劇部に入れてみたし学校にだって融け込んで欲
しいと思っている」
「心遣いは感謝しています。けど──…」
やはり自分には戦う道しかないのだと斗貴子はいう。頑な。そんな趣旨の言葉をそれぞれの文法で囁きあうのは
音楽隊の面々だ。
「いやお前らがいうなよ」
「まったくだ。先輩がああなのテメェらホムンクルスのせい!!」
御前と剛太が吹っかけると血の気の多い犬猫がぎゃんぎゃん喚きだした。「別に望んでなってない」というのが理由。
背後で巻き起こる言い争いを桜花や毒島、小札といった穏健派どもが仲裁するのを尻目に防人はいう。
「戦士・斗貴子。戦いを選ぼうとするキミは正しい。戦士として文句のないほどブラボーだ。否定はしない。キミが日常
を捨て戦いを選ぶコトで助かる命も確かにある。ホムンクルスが根絶されない限り結局誰かが戦う他ない。それも事実だ」
諭すように呼びかけると僅かだが力を抜くのが見えた。もっとも半分は「理解を得たという理解」より「そこまで分かって
るなら学校だの演劇だの余計なモノを入れないで欲しい、決戦間近なのに何やってんだこの人は」なる呆れの脱力である。
防人は嘆息した。
「戦士・斗貴子。キミの戦う動機はなんだ?」
「決まっています。ホムンクルスの根絶です」
「なら何故そう思うようになった?」
「……話した筈です。脳裏に過ぎるあの光景を二度と見ないためです。今度はこちらが見せるためです」
凛と斬りつけるように──シャープに研ぎ澄まされたその表情に剛太はポーとなった。言い争いはそこで終わった──切
り返す。秋水の「いいのか上司に」と困惑する中、防人だけはやれやれと目を細める。どうやら想定済みらしい。
(そういえば先輩)
過去、サバイバル訓練のとき聞いた過去。それを剛太は思い出す。
(部分的な記憶障害。家族を皆殺しにされたって言うけど)
過去、サバイバル訓練のとき聞いた過去。それを剛太は思い出す。
(部分的な記憶障害。家族を皆殺しにされたって言うけど)
(その時の記憶はほとんどない)
秋水も剛太経由で小耳に挟んだ程度だが知っている。
秋水も剛太経由で小耳に挟んだ程度だが知っている。
「レティクルエレメンツは強いぞ。戦士・斗貴子」
急に話題が変わり却って傍観者の剛太と秋水が戸惑った。
むしろ当事者たる斗貴子の方が粛然とした。何が飛んでくるか悟ったのだろう。防人、続く。
「断片的な記憶だけじゃ限度ってもんがある」
「よく言います。銀成(ココ)に着任したとき焚きつけた癖に」
というのは、L・X・Eとの戦いが始まった当時の話だ。カズキに甘いあまり戦士として”度”を失いかけていた斗貴子を防人
は戒めた。戦士としての自分を揺り起こせ、でなければ敗けて死ぬと。
(さすが津村さん。頭いい……)
だいたいどういう経緯か悟った桜花は口に手を当てた。よぎるのは感心。要するにむかし断片的な記憶に縋るよう命じた
防人が一転その限度を語る是非について問うたのだ、斗貴子は。
ディベートなら劣勢必至。にも関わらず次の瞬間防人のとった行動に秋水は驚きつつも感心した。
「焚きつける、か。あの時も今も同じところに誘導してるつもりだぞ。俺は」
瞳に愁いを湛えしんみりと笑った。あまり見たことのない顔だ。
聞き分けのない妹を愛情持って諭す兄のような果てなき愛に満ちていた。
斗貴子は黙る。よく沈静できたものだというのが秋水評。
「いいか戦士・斗貴子。キミは少々生き急いでいる。何かあるたび死を選ぼうとする」
急に話題が変わり却って傍観者の剛太と秋水が戸惑った。
むしろ当事者たる斗貴子の方が粛然とした。何が飛んでくるか悟ったのだろう。防人、続く。
「断片的な記憶だけじゃ限度ってもんがある」
「よく言います。銀成(ココ)に着任したとき焚きつけた癖に」
というのは、L・X・Eとの戦いが始まった当時の話だ。カズキに甘いあまり戦士として”度”を失いかけていた斗貴子を防人
は戒めた。戦士としての自分を揺り起こせ、でなければ敗けて死ぬと。
(さすが津村さん。頭いい……)
だいたいどういう経緯か悟った桜花は口に手を当てた。よぎるのは感心。要するにむかし断片的な記憶に縋るよう命じた
防人が一転その限度を語る是非について問うたのだ、斗貴子は。
ディベートなら劣勢必至。にも関わらず次の瞬間防人のとった行動に秋水は驚きつつも感心した。
「焚きつける、か。あの時も今も同じところに誘導してるつもりだぞ。俺は」
瞳に愁いを湛えしんみりと笑った。あまり見たことのない顔だ。
聞き分けのない妹を愛情持って諭す兄のような果てなき愛に満ちていた。
斗貴子は黙る。よく沈静できたものだというのが秋水評。
「いいか戦士・斗貴子。キミは少々生き急いでいる。何かあるたび死を選ぼうとする」
防人の指摘に一同目を点にした。まっさきに理解したのはやはり桜花。
(パピヨンの件。ホムンクルス幼体に寄生されたとき津村さんは……)
──私は自分で自身の始末をつける。
剛太が気付いたのは苦く辛い記憶ゆえか。
(あの激甘アタマが再殺されそうになった時もそうだ)
──キミが死ぬ時が私が死ぬ時だ!
斗貴子にはそもそも《戦う動機》さえない。負けたら死んでいい。そう思わせ戦いに繰り出させる感情は決して動機足りえない。
死の影のもとカズキに挑み負けた防人だからこそ強く思う。
「あの時……気付いた。死を選ぼうとする奴は脆い。何があっても、抜き差しならない状況に追い込まれても、諦めず生き
抜こうとする者の方が強いと」
「戦士長……」
斗貴子の瞳は僅かだが揺れた。俯く。少し唇を噛んだ。理を認めつつ感情的に納得できないという風だ。
「キミはまだ本当の意味で戦う動機を得ていない。別にそれが復讐だと言い切れるなら構わない。信念の相違。総てをかけて
成し遂げたいのなら……何があっても、そこまでは生きたいというなら今は止めない」
事実かれは剣持真希士の本懐を遂げさせている。任務の上では制止しつつも裏からさり気なく手を回し。
「だがキミは過去をどれだけ覚えている?」
「それは──…」
断片的だ。惨劇の舞台と化した教室。或いは武装錬金の初発動。首謀者を殺した記憶こそあるが他はどこかあやふやだ。
西山という首謀者は、斗貴子のクラスメイトたちが受難のとき、赤銅島の火山で火渡と交戦中だった。しかしどういう訳か斗
貴子は西山が教室で惨劇を振りまいていたよう記憶している。後姿だが、黒い髪のホムンクルスが『手から』『食事』する風
景が刻まれている。
「その辺は以前キミから話を聞いた。だが俺が教室で殲滅した人型ホムンクルス2体のいずれとも風体が違う。他は動物型
……手で喰う奴はいなかった」
この奇妙な不一致を思うとき斗貴子は揺らぎを感じるのだ。基盤の。頭が血を失ったように支えを失くす。俊敏で鋭利な
バルキリースカート。その可動肢の根幹に覚えるような頼りない細さに彩られる。武装錬金は精神発現なのだ。使い手の
心を映す。
抜こうとする者の方が強いと」
「戦士長……」
斗貴子の瞳は僅かだが揺れた。俯く。少し唇を噛んだ。理を認めつつ感情的に納得できないという風だ。
「キミはまだ本当の意味で戦う動機を得ていない。別にそれが復讐だと言い切れるなら構わない。信念の相違。総てをかけて
成し遂げたいのなら……何があっても、そこまでは生きたいというなら今は止めない」
事実かれは剣持真希士の本懐を遂げさせている。任務の上では制止しつつも裏からさり気なく手を回し。
「だがキミは過去をどれだけ覚えている?」
「それは──…」
断片的だ。惨劇の舞台と化した教室。或いは武装錬金の初発動。首謀者を殺した記憶こそあるが他はどこかあやふやだ。
西山という首謀者は、斗貴子のクラスメイトたちが受難のとき、赤銅島の火山で火渡と交戦中だった。しかしどういう訳か斗
貴子は西山が教室で惨劇を振りまいていたよう記憶している。後姿だが、黒い髪のホムンクルスが『手から』『食事』する風
景が刻まれている。
「その辺は以前キミから話を聞いた。だが俺が教室で殲滅した人型ホムンクルス2体のいずれとも風体が違う。他は動物型
……手で喰う奴はいなかった」
この奇妙な不一致を思うとき斗貴子は揺らぎを感じるのだ。基盤の。頭が血を失ったように支えを失くす。俊敏で鋭利な
バルキリースカート。その可動肢の根幹に覚えるような頼りない細さに彩られる。武装錬金は精神発現なのだ。使い手の
心を映す。
(明確には覚えていない記憶……。津村の源泉はそれか)
秋水は知る。被害に遭った。そこは事実だ。
(ご両親とも死別している。以前まひろちゃん共々お茶したとき聞いたっけ)
桜花は思い出す。周囲の人を奪われた。そこも事実だ。
(だけど先輩はあまりよく覚えちゃいない。俺に身の上語ったときだってどこか他人事だった)
剛太の推測どおり実感は薄い。
周囲から聞かされた”事実”とほんの一握りの不明瞭な記憶だけ頼りに今まで斗貴子は戦ってきた。
秋水は知る。被害に遭った。そこは事実だ。
(ご両親とも死別している。以前まひろちゃん共々お茶したとき聞いたっけ)
桜花は思い出す。周囲の人を奪われた。そこも事実だ。
(だけど先輩はあまりよく覚えちゃいない。俺に身の上語ったときだってどこか他人事だった)
剛太の推測どおり実感は薄い。
周囲から聞かされた”事実”とほんの一握りの不明瞭な記憶だけ頼りに今まで斗貴子は戦ってきた。
(あやふやな記憶を頼りにホムンクルス総てに憎悪を向ける……)
不安定だったころの自分を思い出し秋水は身震いする。彼にとって世界は敵だった。厳密に言えば桜花を奪いに来る
時だけ敵だった。奪われる。恐れたとき世界の区別は何もかも崩壊して惑乱しだからカズキを後ろから刺した。
時だけ敵だった。奪われる。恐れたとき世界の区別は何もかも崩壊して惑乱しだからカズキを後ろから刺した。
死ぬだけでも最悪だが。
(津村は……俺と同じになりかねない)
ホムンクルス西山という憎むべき敵の首魁はすでにずっと前斗貴子自らが葬っている。
だのに憎悪は消えない。「ホムンクルス総て」という不確定な存在総てを憎んでいる。
だのに憎悪は消えない。「ホムンクルス総て」という不確定な存在総てを憎んでいる。
罪業を背負いかねない素地を斗貴子はつまり有している。
「戦士・斗貴子。俺はキミに生きて欲しい。できれば普通の幸福を味わって欲しいと願っている。だからこそ戦う動機を今一度
見つめなおすべきだ」
見つめなおすべきだ」
防人は斗貴子の頭を軽く撫でた。
「戦ってキミ自身も生き延びる……動機を」
「………………」
斗貴子は難しい顔だ。本当に彼女は戦いしか知らないのだと秋水は思う。
「………………」
斗貴子は難しい顔だ。本当に彼女は戦いしか知らないのだと秋水は思う。
防人の説諭、続く。
「キミは日常を知らない。守るべき日常を」
「キミだって誰かの目に映る日常なんだ。キミがいなくなって泣く者だっている。或いはキミを希望とする者も……」
(例えば俺……? ん? 違うな。なんかキャプテンブラボー)
自らのコトを指しているのでは? 剛太に疑念が渦巻いた。
「だから俺はそういった物を知ってほしい。そういった物がキミを大切にしているコトに気付いてほしい」
だから学園に転入させ演劇部に転入させた。防人はそう言う。