SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 第097話 「演劇をしよう!!」(後編) (5)


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 歩く。

「銀成で2番目に旨いコーシーの店……ありますよ……」
「興味あるがガマンだ!! 母上から貰ったお金、あまり無駄遣いしたくない!!」
「……リーダーの……クレカ……も……ですか」


 歩く。

「銀成で1番目に旨いコーシーのお店……も……ありますが……」
「ガマンだ!!」
「…………2件買い物しても……支出……1800円ぐらい……です……よ?」
 立ち止まる。無銘は頑として叫ぶ。
「その1800円が曲者なのだ!! いいか!! 1800円というのはな!!」
「はぁ」
「あと1200円足したら3000円ではないか!!」
「なに……いっているのか……ちょっと……わからない……です」
 当たり前ではないか。何をこのチワワは算数しているのだろう。
 というカオする鐶がもどかしいのか、少年無銘はグヌヌヌしばらく唸ってから決然と叫ぶ。
「3000円ったらお前、福引抽選できるではないか!!」
「……したいのですか…………」
「したい!!」
 即答だった。全身から半透明した黄金のプロミネンスを吹き上げながら「回すとガラガラ鳴るだろう! あれが好き!」とも。
「ずっとチワワだったからなあ。手で、なにか握ったり回したりは新鮮なのだ」
 どうやら相当、気に入ったらしい。腕組みして瞑目しウンウン頷く無銘。
「めっちゃ楽しい……ですか」
「うん。めっちゃ楽しい」
 人差し指立てて問う。あどけなく頷く。普段なにかと尊大で険のある無銘らしからぬ反応だ。大人ぶって、取り繕っているが、
時々なにかの拍子にフっと覗かせてしまう素の部分が鐶はとても好きだ。
「手でいろいろできるのスゴくいいのだ。この手で、きっと、これから沢山いろいろ楽しいコトができるのだと信じている」
 そういって彼はまっすぐ笑う。希望だけが未来を染め上げるのだとつくづく純粋に信じた笑顔で。
「少年なんだ」。実感の鐶。甘酸っぱい感情が全身いっぱいに広がって小さな心臓がとくとく鳴る。高ぶる感情。されど義姉に
きゃあと叫ぶ率直さを奪われている鐶だから、表現はどこか歪になってしまう。
「ウヘヘヘヘ。無銘くん……きゃわわ……。ウヘヘヘヘ」
 涎を垂らし無表情でカタカタ笑うしかなかった。本人的には可愛く微笑んだつもりだが、呪いの市松人形が精一杯だ。
「……鐶貴様キモい」
 右肩を引き、飛んでくる口液の粒を避ける無銘の顔はたいへん引き攣っている。ふうがわるい!? 笑顔の評判よろし
くないのですかと鐶は涙ながらの素で叫び
「あ……。まぁそれはさておき……くじ……どうして……しないの……ですか?」
 大好きなのにしたがらない無銘。なぜだろう。問いかけにしばらく彼は黙っていたが、
「古人に云う。偃鼠(えんそ)、河に飲むも満腹に過ぎず」
 とだけ言った。

 偃鼠とはかわうそである。かわうそは黄河の水を飲むが、お腹いっぱいになればやめる。

 ……無銘をずっと見てきた鐶だから、うら若いくせにこういうかび臭い単語はすぐ分かる。
「身の丈にあった…………コトが……大事……と。欲望に振り回されたらお腹バーン…………破裂で、破滅……」
「おうとも!! さっき我はハズレを引いた! 正直リベンジしたい思いでいっぱいなのだ!! だからこそ今一度の福引
は危険なのだ!!! もしまた外れたら確実にムキになる!! 2回……3回。次こそは次こそはと福引やりたさにムキ
になって無駄遣いするではないか!!」
「あるある……です」
 あるあるなのだ! 戛然と叫ぶ少年。魂の叫びだ。
「お金は!! 稼ぐのに苦労するのだ!! 母上が炉端でマジックされてコツコツ稼がれたお金を!! たかが福引で無駄
遣いしたくない!!」
「…………おお。自重する……無銘くん……えらいです…………」
 褒めた鐶だが、ふと顎に手をあて考える仕草をした。ややあって。鬱蒼と曇る瞳がツと申し訳そうに伏せった。
「節約するのは……私に……いろいろ……買ってくれた……せい……でしょうか……?」
 実は鐶、無銘より10cmほど上背がある。(155cm。12歳女子の成育は早い) それを屈めてまで少年の瞳を覗き込ん
だのは急にいたたまれなくなってきたからだ。
 自分に良くしてくれた少年が、好きなコトをできない。コーヒーを飲めずガラガラもできない。そういう不自由を強いているよう
で悲しかった。「ずっとチワワだったからなあ」。長らく、人生の9割以上の長らく、犬として過ごさざるを得なかった無銘だ。
人型になれたのは本当につい最近。しかも成るやすぐ戦団に収監され、来る決戦の準備を兼ねた事後処理に忙殺された。
 というコトを鐶は述べ
「だから……今日が……初めて……です。無銘くんが……自由に……人型で…………こういうにぎやかな場所で遊べるのは
…………今日が初めて…………生まれて初めて……なん……です」
 3日もすれば戦いが待っている。生き延びられるか分からない。ともすれば最初で最後かも知れない。
「なのに…………私なんかのせいで………………楽しく振舞えないのは…………嫌……です」
 訥々と語るたび瞳のふちが熱く彩られるのを感じた。ただならぬ様子に無銘は息を呑み目の色を変えたが、すぐに眉を顰め
声を荒げた。
「古人に云う! 武士は喰わねど高楊枝!」
「無銘くん…………忍者……では?」
「知らん! 母上が使えといったからカネを使った! それだけだ!!」
 彼的には、それで、音楽隊という、帰属すべき組織が鐶の買い物を是としているのを示したつもりだが、しかし逆効果だった。
(小札さんが……いったから……)
 好きな少年とのデートに浮かれていた少女にとって辛すぎる一言だった。さもあらん、お誘いではなく命による接待と知り平気
でいられる意中のあるや。心が軽度の暗黒に突き落とされた。
 零れ落ちそうな角膜の湿りが新たな痛惜に掻き出されそうだ。無銘はすっと手を差し出す。
「よく分からんが泣くな馬鹿め」
「ふぇっ」
 浅黒い指先が涙を掬うのに鐶は面食らった。さまざまな感情が昂じていたが総て吹き飛ぶ思いだった。睫を掠める爪の表面
が存外少女のように綺麗だと脈絡のないコトを考えた。
「云っておくが我は貴様より強いのだ」
「…………え?」
 大きな目を瞬かせると怒号が飛んだ。
「何を泣いているか知らんが! 我の件なら別にいい!! 今日は貴様が主体!! 少々の不都合に目をつぶるなど当然!」
 どうやら涙のワケを勘違いしたらしい。少年無銘への憐憫きわまるあまり泣いた……とでも思っているのだろう。確かに
方向は変わらないが正鵠は射ていない。
 自意識過剰というか鈍いというか。とんと女心の分からぬ少年である。
「ああ……でも…………、私が悪いとかは……言わないんですね……。私のせいで……好きなように振舞えないとは…………
言わないんですね…………」
「知るか。任務だからやってるだけだ」
 チョビっと出た鼻水をひと拭いして笑いかけると、無銘は唇尖らせ明後日を見た。鐶の歯切れは悪い。
「でも…………20万円の……ダミーバルーン……。あれは……小札さんの……計画にもない……もので………………」
 そのせいでコーシー飲めないなら返品したい。怯え混じりに二の腕を胸の前でもぞもぞさせる鐶の赤髪が小突かれた。
「あだ……」
「下らん。配慮など無用。そも薦めたのは我……。舐めるな。自ら蒔いた種を刈り取らせるほど腐ってはおらん」
 頭をさする鐶を腕組みで無愛想に眺めつつ、更に。
「古人に云う。奇貨居くべし。役立つ物は仕入れるべきだ」
 節約は大事だが、使うべきときに使わなければ意味が無い。そう言うのである。少年にしてはなかなか卓越した金銭感覚
であろう。
「コーシー呑まぬのは美学ゆえだ。我を、忍びたらしめる節制なのだ。貴様など関係ないわ」
 鐶はまだ何か言いたげに瞳を泳がせたが、無銘が、強く目を合わせてくるのに気付き口を噤む。
 頬には一滴の汗。これ以上困らせるな、突っ込むなという訴えだ。

 もっと素直な少年ならこう言うだろう。「別にお前が楽しいならいい」。けど言うのが恥ずかしいから、小札という、自分に
とって大きな存在をタテに買い物継続を言い張っているのだ。…………という機微がどうやらあるらしい。と、鐶はぼんやり
だが分かりかけてきた。
 義姉はひどく無口だった。経験則。喋らずとも行えるコミュニケーションの数々。鐶光は有している。言えないコト、語らぬ
方が立ち行くコト。虐待のなか知らず知らず身に着けた迎合。いつか女性の覚える男性の立て方を過酷と恋慕で組み上げ
る鐶。

「そう、ですね。……無銘くんは…………強いから……こんなコトじゃ……泣かない……です」
「ふふん。やっと分かったか。そうだ任務とは非情なるもの。何があろうと我は泣かん」
「何があっても……ですか?」
 時節柄、ちょっと冷風を帯びた緊張感が両者の間を吹きぬけた。
 レティクルエレメンツ。いずれ戦う10人の幹部はいずれも鐶に劣らぬ強者ばかり。
 戦えば『何が起こるか』。犠牲ゼロだと楽観するほど子供ではない2人。
「……何があってもだ。たとえ師父や……母上が亡くなったとしても……泣かん。泣くわけにはいかん」
 ぎゅっと拳を握る無銘。声は務めて静か。だが耐えているのが分かった。想像するだけで恐ろしい現象を、必死に、精神
力で捻じ伏せているのが見て取れた。鐶も同じだった。人は死ぬ。生命は散る。かつて目の前で、義姉に、両親を惨殺さ
れたのだ。いま喋っている無銘でさえ数日後には骸……かも知れない。考えるだけで怖かった。

 でも無銘はきっと耐えるだろう。

 なぜなら……忍びだから。

 まだチワワだった頃、小さな体で、ボロボロの体で、戦士と戦い、鐶を守り抜いたのだ。

 それが任務だったから。

 それを守るべき忍びだから。

「きっと…………泣かないです。どんな辛いコトがあっても……泣かない。そう……信じています……」
「フン。当たり前だ。言っておくが貴様が死んでも泣かんからな我は」
「はい。期待……してます」
 だが、と無銘は一歩進み出る。
「貴様を生擒(せいきん)せよという師父の命は今もって継続中」
 その背中は鐶より小さい。けれどこの世の誰より大きく見えた。
「…………忌々しいが貴様を、副長として機能させるのもまた任。守ってやる。くたばるな」
「はい……。ありがとうございます」

 こそばゆそうに微笑む。思えば彼は逢ったときからずっとこうである。任。任務。その一言でいつも傍に居てくれる。
来て欲しいときに来てくれる。逆はない。任務をタテに鐶を捨てるコトはない。
 ならそれでいいのだと鐶は思い、
「わずか1200円節約するためコーシー我慢するなんて……すごい……ですね……。立派……です」
 話を戻す。
 つい4000円のプラモとか衝動買いしてしまう鐶なので、瞳は尊敬に溢れた。無銘は得意気に胸そっくり返すと思われた
が、にわかに視線を落とした。声のトーンが急激に落ちる。頬かく彼は気まずそう。
「……だって、むかしお祭りのくじ引きでムキになって2400円も使っちゃったし…………。その反省なのだ」
「なにそれ……可愛い……です。可愛い金銭感覚……です」
 しかし、『むかし』の彼といえばこれすなわちチワワである。人間形態になれない時分、如何にしてくじ引きをやったのだろう。
兵馬俑でも使ったのだろうか? よく分からない。
「……? 福引……なら、それこそ、20万円のダミーバルーンの……レシートで…………すれば……いいの……では?」
 カード決済でも買い物は買い物、出来るはずだという鐶に無銘は深刻な顔をした。
「それだが、道行くものの声を聞くに、あの店、警察の手が入ったらしい。見るからに違法物品だらけだったからな」
「模造刀……と書かれた商品に……止まったハエ……足……切れてました」
「IED(即製爆弾)かんたんキット、アレ多分本物だ。あとレジの後ろ。棚と棚の間から向こうの空間がチラリと見えた」
「硝煙の匂い……しました。Mk19(オートマティックグレネードランチャー)とか……見えました……」
 潰れて当然の店だった。潰れるべき治安の敵だった。
 なれば客も追跡されるだろう。おまわりさんたちはきっとヤバイ物品を回収しようと必死……。
「いまあの店のレシートでガラガラするのは危険だ。きっとガラガラする所にも手は回っている。ガラガラしたら通報される。
ガラガラしたいのは山々だが、ガラガラしたら我の擬似風船による戦略構想もガラガラ崩れる」
「ガラガラ……いいすぎ……です」
 口では何だかんだ言っているが、やはりしたいらしい。なら鐶の買い物のレシートですればいいようなものだが、「それは
貴様の分」と頑として譲らない。あげるといっても拒む。とうとうガラガラという言葉じたい禁止だと──そも言い出したのは彼
なのだが──言い出した。
 鐶はちょっと黙ってから、ぽつり。
「…………ガラガラヘービが」
「やってきた」
 パシーン! ふたりは無言でハイタッチ。そして無表情で歩き出す。

「あいつらシュールやなあ」
「ねーデッド。いつになったらアジト帰らせてくれるのさ」

 フードコートでメロンフロート(M)をストローで啜っていた金髪ツインテールの少女の傍で、真白な少年が気だるげに呟いた。
 しんどいらしい。ホットドッグやポテトの散在する机の上に顎だけ乗せている。真紅の、宝石のような瞳はいま、総面積の6割
以上に霧が立ち込めている。瞼という肉質の霧が。

 デッドと呼ばれた少女は、サングラス──ティアドロップ型。色はクロームイエロー──をスチャリと直しながらカラカラ笑う。
関西弁も相まって元気いっぱいの印象だ。


「ウィル。もうちょい辛抱しい。ブレイク、気まぐれが終わったらイソゴばーさんに連絡とる言うとったからな。それまで物見遊山や」


 文句をいうウィルを尻目に「お」とデッドは呟く。何かの会話の弾みだろう。拳を突き上げる無銘が見た。

 その無銘の顔面右方10cmの空間がぐにゃりと歪む。現れたのは桶状の物体だ。

「使い込んだ木製製品のように黒い。あれがウワサの龕灯やさかいよー見とき」
「えー。いいよー。特性なんて知ってるしー。性質付与。取り込んだ映像から、質感とか、属性だけをコピペできるんでしょ~」
 ウィルはますますくたった。具体的には、机からずり落ちた。椅子に縋るよう纏わりついている。ああ寝る前兆や、デッドは
当たり前のように顎を蹴り抜くどこからか聞こえた重い軋みに首を捻ったのは付近で遅めの夕食をとっていた外資系企業の
営業マン。ピンクのキャミソールから投げ出されるように伸びる細い脚は血流を感じさせないほど白く……。
 デッドはわずかの間、痛みに耐えるような顔をし太ももを撫でる。
「ちゃあんと見とけやコラ。お前かて一応アース降ろせる身ぃやろがい。盟主様ほどやないけど」
「でもボク、勢号みたいなコトできないし…………」

 視線の先で龕灯。下部から光を発す。輝きは柱となり、鳩尾無銘の右手を照らす。

「ええなー。ちっこい武装錬金は。道行く人ら見とるけど『最近のオモチャはよぅできとるなあ』程度の顔や」

 A4サイズのスクリーンが龕灯の前に投影されているのだが、誰も、特に、気にする様子はない。
 映ってるの忍者刀だよね。ウィルはそれだけ言って、寝て、蹴られた。




「忍法・三日月剣。我が手を刀と化すわざ。これはとっても便利なのだ」
 さきほど財布を切り裂いたのもコレだろう。少年無銘・やおら自らの髪を抜き放り投げる。続いて親指以外を綺麗に揃え
ぴゅんぴゅんと振り回した。髪の毛がパラパラと乱れ散るまでさほどの時間もかからない。幾本もの線条が走ったとみるや
あっという間に不揃いに散逸し落ちていく。そのさまを彼はうっとりと眺め
「なんでも切れる。我の意のままなのだ」
 心底嬉しそうに笑う。原型無視だった。無邪気さは柴犬のようだった。鐶は跳ね上がる鼓動を抑えながら一歩踏み出し軽く
うつむいた。髪が赤くてよかった……つまらないコトを思うのは耳たぶが熱いから。流れる炎に溶け込んできっと見えないコ
トだろう。
(……良かった…………ですね。人型に……なれて)

「人型になれたから、手で、いろいろ出来るのだ。我はそれを沢山あじわいたい」

 だからガラガラもしたいし、三日月剣だって振るいたい。秋水に? 途切れ途切れ聞くと大いに頷く。

「いいなあ手。手でいろんな感触味わえるって、いいなあ」

 ブンブン振ったり握ったり開いたりして、また笑う。網膜に笑顔が飛び込むたび、全身が切なく締め付けられるのを感じる
鐶だ。時々立ち止まっては、短いスカートの裾に手をやったり、細い太ももを軽くすり合わせたり、濃い青の靄が立ち込めた
瞳を湿りがちに伏せ熱い吐息をつく。秘めたる火照りが疼く痛みに刻まれて、心地よくて。でも辛くて。

 彼の幸福は別の女性のもたらしたものだ。鐶なくして成立するものだ。

 それが分かってしまうから、嬉しくも、悲しい。

 今でこそ無銘は心から嬉しそうだが、事ココに至るまで味わった苦しみの量は察するに余りある。生まれたときからチワワで
しかし意志だけは人間だった。どれほど屈辱だろう。人が、ずっと、犬の姿勢を強いられるのだ。箸ひとつ持てず、地べたの
食事に口を突っ込む。……。総角や小札曰く、「物心ついたときそれはもう荒れた」。思春期にありがちな、「どうして他と違う
のか」に泣き叫び、親代わりのふたりを苦しめたという。7年前のある事件を契機にある程度までは受け入れ、総角たちとも
親子になったが──…
 この1年、逢って間もない鐶でさえ分かるほど、無銘は、チワワな自分を嫌っていた。
 針に糸を通す。たったそれだけの誰でもできる手技行為を心から羨んでいた。兵馬俑の遠隔操作では飽き足りなかった。
「ゲテモノを食べたい」。たったそれだけの理由で犬の姿に押し込めた、レティクルの幹部ふたりへの憎悪は、不自由を味わ
うたびますます鋭さをまし、熱く黒く膨らんでいくようだった。
(……でも……人間形態になれたのは…………)
 早坂秋水との戦いあらばこそだ。
(……)
 鐶の心に影を差すのは、『成り方』。無銘は、小札を守りたい一身で、死を賭して、人と成った。
 少女は、救われてからずっと、少年の力になりたいと思っていた。
 人間の姿になりたい。そんな念願さえ共に叶えられると思っていた。なぜなら助けられたからだ。好きに……なったからだ。
きっと自分は恩を返せる。今度は自分が助ける番、長年望み続けたコトがとうとう現実になるとき、自分は、直前、かつてな
い大いなる助力をしているのだと根拠も無いのに信じていた。実年齢はまだ8歳の、過酷な目に遭い続けたからこそ、まだ
どこか夢見がちな──もっとも、だからこそ、豹変に豹変を重ねた義姉の命を諦めずに済んだ。更正と救済を望めている
──少女は、それこそ自分がアニメに出てくるヒロインのように、ヒーロー覚醒の端緒たる確たる絆とアシストを、『もたら
せる』と、無条件に、信じていた。

 無銘を人型にしたのは小札だった。
 母への想いだけが、無念も渇望も何もかも埋めた。

 男性が劇的に変わるとき、副座に別の女性がいる。
 ……喪失感は、埋めがたい。
 人型となりし無銘を見るとき、かすかに過ぎる小札への敗北感。

(皮肉……です)

 鐶は、特異体質で、様々な変身ができる。

 総ての鳥類。総ての人間。

 その範疇なら化けれない存在(モノ)はない。

 なれない存在(モノ)は……ないのだ。

(なのに……)

 それこそ鐶は思春期まっさかりで思うのだ。

(本当になりたい存在(モノ)には…………なれません)


 無銘に対し、小札のような。

 かけがえのない存在たりえぬ自分。

 どれだけ変身してもなれない。
 仮に変身して、なったとしても、無銘がかけがえなく思うのは、変身後の、姿。
 鐶そのものではない。
 鐶光という、ありのままの、姿から目を背かれるのだ。
 虚ろな目の、早老症を抱えた”鐶光そのもの”が受け入れられないのは、劣等感と相まって、辛い。

 色々な存在(モノ)になれる。しかし真に成りたい存在(モノ)にはなれない。

 無銘を人型にするほど突き動かした小札にはなれない。

 桜花は応援してくれる。頑張ろうとは思う。

 けれど残された時間は少なくて。

 やがてくる決戦で生き延びたとしても、体質を抜本的に変えない限り──…

 若い女性で居られる期間は……短い。

 5倍速のプロジェリア。短い時間で、9年もの歳月をかけて編みこまれた無銘と小札の絆に勝てるのだろうか。

「なりたいものになれない」。予感すると、ただ、辛い、


「とにかく! コーシーはレティクルとの決着がついてからだ!!」


 はっと顔を上げる。どうやら思考に没入している間、無銘はずっと喋っていたらしい。
 なら反応のなさを訝るべきだが、そこは普段が普段の鐶。また何かボーっとしている程度にしか思われていないのだろう。
 鐶の頭の回転は速い。(物理的な意味でも。フクロウの特異体質で360度回転する)
「無銘……くん」
「なんだ」
「それ……死亡フラグ…………です」
 なんだそれどんな旗……? よく分かっていない様子の無銘にポツリポツリと説明する。


「なにぃ! こーいうコト言うと死ぬのか!?」
「死にます…………。戦いが終わったらとか、故郷に婚約者が居るとか、言うと、死にます……」
 映画などを対象にしたネットスラングなのだが、どうも無銘はより根幹的な、言霊の問題として捉えたようだ。
 やや浅黒い顔を青くしてしばらく声も出ない風に口をパクパクさせていたが、すぐさま強がる。
「ふふふふふん。そ、そんなんどうせ迷信だからなっ! 鐶貴様、貴様あれだ、我を、我を担いでるだけだろう」
「……ちゃんとした…………統計とか……伝習に……裏打ちされた…………信頼できる……データ、です」
 ウソは言っていない。問題があるとすれば、つい、「虚構の世界のお約束です」と付け足し忘れたところで。
 鐶の淡々とした語り口は、それだけに却って説得力がある。言葉が進むたび無銘は青くなった。頬も微かだがこけた。
「助かる方法は……?」
「ないです」
 ビビビっと少年忍者の背筋が逆立つのが見えた。ヤマアラシのようだった。嫌だ死にたくないこわい……ちいさな呟きを
音速以上の並みでかき消すようにはつと居直り叫ぶ無銘。
「じゃ、じゃあ逆! 生存フラグはっ!」
 鐶はぼうっとした眼差しでしばらく考え込んだ。あまり聞かない言葉なので思い出すのに手間取った。
「な、ないのか! 我死ぬのか!?」
「………………胸ポケットに……金属製の……大事な人から送られた……何かを……入れる、とか……?」


 核鉄がいいという結論に落ち着くまで時間はかからなかった。


「よしコレで我ら生き延びる筈ッ!」
「戦いが終わっても……別に……何もしない……です。フラグ……回避……です」
「でも怖い!!」
「怖い……ですね」


 験を担ぐ無銘が、お小遣いの前借りという形で、銀成市No1&2のコーシーを飲みに行ったのは言うまでもない。

「1番目は少々甘すぎだったな。2番目は逆に酸味が強い。3番目最強!」
「そう……ですか」

 嬉しそうに講釈を垂れる無銘を見ると、それだけで幸せだった。


 最後にふたりは、ゲームセンターで白熱の、ゲーム対戦をした。

 鐶は、例の、ロボットのゲームが好きだが、それ以外はからきしだ。昔、義姉(リバース)を対戦で執拗なまでにいたぶった
過去を持つが、それは改造の力を借りればこそだ。こと戦いとなれば香美顔負けの速度で反応する、時もあるが、ゲーム
となるとさっぱりだ。格闘ゲームでさえ適当にレバガチャする無銘に負け越す。スポーツとなればルールがまったく分からない。
パズルもダメ。テーブルゲームもダメ。

 というのが判明。

「やっぱ……ボール投げ……です。取ってこい無銘くん……です」
「うるさいもうやらんからなアレは!」
「むかしは……よくやったのに……。遠くへ投げると……ハフハフ言いながら咥えて……持ってきて……また投げろといわ
んばかりに……ポロっと……落として……そんで投げると……矢のように走ったのに…………」
「…………本能がさせたのだ!! 我はあんなの不服だった! 不服だったぞ!」
「また本能……ですか。…………えっちなのも……そのせい……ですか……。どき……どき……」
「いまだ言うかソレ!?」
「とにかく……私……電子ゲームは……からきし……です……。スパロボの早解きなら……得意……です……けど」

 というわけで、体を動かすゲームで勝負。(ただしダンスゲームは除外。鐶はのろかった)

 今日びの遊興施設にあるものといえばエアホッケーかワニワニパニックぐらいだ。

 直接対決の前者は熱かった。両者とも武装錬金はおろか忍法や鳥の異能なしの真剣勝負。フェイントも駆け引きもなくただ
反射の限りを持って真っ向ガツガツと打ち合うのだ。
 ふたりはまだ年齢的に子供だからテンションが上がると

「鐶貴様卑怯だぞこら!!」

だの

「まけなーいぜ! まけなーいぜ! まけなーいぜ! ぞなもしーっ!!」

だの、地金丸出しで熱中する。様子は微笑ましいのに動きときたら神速vs神速というありさまで、ギャラリーたちはJr大会
の決勝でも見ているようにただ黙然と見守るほか無い。



 瞳を輝かせて右に左に小さな体をぴょんぴょん飛ばし。

 そしてドンドンドンドンふたりはテンションが高くなって、おおはしゃぎして、ふとしたきっかけで我に返って恥ずかしい思いを
するのだ。

 まだチワワだった忍びと河べりでボールの投げっこをしている時からそうだった。

 そうやって、思春期前の、まだ子供な子供らしいしくじりを彼らは共有してきた。

 ずっとずっと共有してきた。

 共有できるのが当たり前で──…

 この先もずっと、何かの拍子で、相手のそれが見られるのだと無条件に信じていた。

 逢ってまだ1年ぐらいなのに、一緒にいるのが当たり前で。



 だから、少し未来の、鐶と無銘は。





「とりあえず映画館には親子連れさん入らないよう調整。うっせーですからね。無愛想なブティックショップ店員さんは愛想よ
く。ゲーセンは苦労しやしたねー。ケンカしかけてる不良さんたちいましたから。落ち着けるの難しいんすよ」
『お疲れ様』
 ブレイクがちょこちょこ席を外すのを見たリバースだ。どうやらデパート内をうろうろしていたらしい。監視モニターの中に
ときどき現れるのを目撃した。客を、襲っていた。武器を出し、他者を無理やり意のままにするコトを襲撃というなら、ブレ
イクは確かにそれを繰り返していた。ただしハルベルドは部分発動、穂先が掌から1~2cmほど出るほど些細な武装で、
流血もまたなかった。たとえば──…

 雑踏の中、いまから映画にと意気込む家族連れに、掌から、ピーコックブルーの雷を浴びせた。一瞬の出来事だった。
それこそ雷が閃いて消えるほど刹那。光を見た人間は何人も居たが、ガラケーのフラッシュだろうと気にも止めなかった。
以降、ブレイクは、衆人の群れの中で白昼堂々、静かな襲撃を繰り返す。

 一方、青緑系の雷撃を浴びた家族連れ4名は──…

「ムッ! 突然だが父さん達、本当に大切なことのお金を貯める習慣が芽生えた!」
「ロボット映画はキャンセルよ!! レンタルが出るまで待ちなさい!」
「わーい!! 50円で借りられる旧作になるまで待つぞーー!!」
「鑑賞料を学資貯金に回すぞーーー!!」

 眼球をグルングルンと回しながら彼らはうわ言のように呟いた。
 雷を浴びたのに火傷1つなかった。ニヘラと笑ったブレイクは静かに人混みへ消えた。

 そして遠くからやってくる無銘と鐶……。


 店の人間関係や、客どもの得手勝手に辟易しそろそろ転職を考えているブティックショップの店員には──…

 純白とミントグリーンの光。

「感じる……。負のパワーがむくむくと洗い流されるのを! 悪い縁から解放されたわ笑顔で接客ッ!」

 ドロドロとくすんでいたのがウソのように輝く笑顔。マネキンにやばいやばいと呟く子供達に笑えるほど心豊かになった。


 釘バットやチェーンを取り出し向かい合う不良の集団を柔らかなベピーピンクが包む。

「収まった! 攻撃的なホルモンの分泌が収まった!!」
「心のささくれ治ったらみんなトモダチ!! メシ喰い行くぞー!!」
「うぉーーーーーーーーーーー!!」



(映画鑑賞、無愛想な接客、ケンカ……ブレイク君は総てを……『禁じた』)
 それだけだけなら、看板の、禁止能力と相違はない。鐶と無銘のデートを阻む障害を特性で排除した、だけだ。
(問題は──…)
 なぜ親子連れや、店員や、不良の集団をピンポイントで『禁止』できたのか?
 モニターで見た? 確かに不良の集団は一目で一触即発と分かる。穏やからぬ雰囲気はカメラ越しでも察知できる。
 ブティックショップの店員にしても、機微に長けたものなら、無愛想だと分かるだろう。
 だが。
 親子連れ。
 彼らが襲われたのは、鐶たちと同じ映画を見るからだ。しかし何故それが分かった? モニターに映る彼らはただ普通に
談笑しながら歩いていた。前売り券やパンフレット、グッズの類は身につけていなかった。つまり外観からの
行動予測は不可能だった。にも関わらずブレイクは、ピンポイントで彼らを『禁止』し、遠ざけた。

 いや……そもそももっと前提となる大きな疑問がある。

 ブレイクは、親子連れたち、デートの障壁を先回りして取り除いていた訳だが──…

 なぜ先回りできたのか?

 鐶と、無銘が、どこに行くか分からなければ、そもそも先回り自体できないのだ。

 もちろん禁止能力を使えば、ルートを絞るなど造作もない。
 ただしブレイクはふたりの前に一切現れていない。そも彼は鐶の師匠だ。顔を見られればそれがもう釁端(きんたん)、
大戦争の幕開けだ。過去、無銘と逢ったコトさえある。当時は整形前の、火傷が目立つ風貌で、だから無銘に限っては
顔バレしないと言い切れるが、匂いを覚えられていればこれまたアウト。
 だから2人には近づいてさえいない。禁止能力もまた見舞っていない。

 にも関わらず、無銘たちがどこに行くか読み切り、来訪予定の場所を綺麗に均した。

 さらにドーナツショップに向かう筈だった無数の客……。彼らにいたってはブレイクは一切直接干渉していない。
 ただ、配電盤に、青紫の光を流し込んでいた。照明がわずかだが、青紫になった。

 ガラガラ。桜花たちと合流したからこそ盛り上がったアレも謎だろう。
 どうして彼女らをタイミングよく誘導できたのか?

(謎を解く鍵が……『真の特性』。禁止能力はその一環に過ぎないのよ。そして……真の特性は、弱い。総角主税にコピー
されても差し支えないほどね。ブレイク君だからこそ昇華している。もっとも言い換えれば、ブレイク君と、同じ経歴を持てば
総角主税……さんでも禁止能力は使用可能、だけど)

 思い出すのは毒島華花。毒ガスの使い手だ。もし総角がブレイクの武装錬金をコピーし、彼と同じように使いこなせるように
なったとしよう。それでも総角は、ブレイクほど、自由に能力を行使できない理由がある。ありえぬ話だが、毒島が、エアリ
アルオペレーターを『外したまま』、毒ガスを発するようなものだとリバースは思う。強すぎる能力。諸刃の剣。ブレイク以外が
ハルバードを使った場合、必ず跳ね返ってくる理由がある。

 総角がコピれないとリバースが思うのはそのせいだ。厳密に言えば「完全模倣しても、使いこなすのは難しい」。
 ……ブレイクと違って、明確すぎる弱点を、彼は有してしまうのだ。攻撃中の毒島がマスクを剥がされたが最後、大打撃を
負うような、そういう、弱点。


(まあいいわ。それより光ちゃん。光ちゃん可愛いわ可愛い! ぎゅっしちゃうぎゅっ!! きゃー!!)

 目を対立する不等号に細めて。
 リバースは無数の写真の束をぎゅっと抱きしめた。たわわな膨らみが重くつぶれた。
 写真はいうまでもなく鐶が中心だ。様々な角度から隠し撮りしたらしい。らしいというのは、どう撮られたか分からないから
だ。警備室のドアが開く。頭からつま先まで流行の、無個性な装飾に固めた若い女性が虚ろな目でデジカメを出した。ブレ
イクが顎をしゃくると部屋の隅にあるプリンタにSDカードを差込み現像開始。

 こんな調子で写真が沢山集まってきた。供出したのはそれこそ老若男女さまざまだ。若い女性はそのままふらふらと退室。
 操られているのは目に見えて分かる。だが……『操る』?、禁止能力では及ばぬ領域だ。ハルベルドの武装錬金、バキバキ
ドルバッキーの『真の特性』。いまだ明かされぬ能力を有している。

「どっすかー。光っち、楽しそうすか?」
 ブレイクはひょいとリバースの後ろに立った。顎を心持ち突き出しているのは、肩に乗せていいか伺っているからだ。
(本当甘えん坊ね。年上なのに)
 困ったように目を細めながらも特に拒絶は見せない。了解と受け取ったのだろう。柔らかな肩に顔を預け、ブレイクは
写真を1枚1枚検分し始めた。
「いいカオっすね。灰色にしか見えやせんが輝いてます」
 リバースは知っている。ブレイクは全色盲……2005年に改まった呼び方をすれば『1色覚』。それもとびきり珍しい後天
性のものだ(先天性の”数万人に1人”より更に少ない)。聞くところによると交通事故のせいらしい。頭を強打し、脳の色彩
を司る『腹側皮質視覚路3番目の領域(V4)』に何らかの障害を負ったという。
 だからブレイクの見る世界は灰色だ。ずっとずっと何もかもが灰色だ。
 リバースが彼をいとしく思うのは、そういう”傷”や”欠如”を共有しているからだ。生後11ヶ月で実母に首を絞められ、声帯
がつぶれ、癒着したリバースだ。大きな声で喋れなくなったせいで幼い頃から人の輪に溶け込めず、孤独を味わい続けた。

 そんな自分と彼はどこか似ている。救われもした。リバースはそう考える。

 事故前のブレイクは……優れた色彩感覚を持っていた。
 カラーコーディネートを施した、中学の文化祭の喫茶店は、学校始まって以来の驚異的な売り上げを弾き出した。色相や
配色をとっかかりに人間の『枠』を探る作業をますます好きになった。カラーコーディネーターになる。中学1年のころ抱いた
夢は高校2年生のとき灰色になった。

 そこから様々な栄光と裏切りを経て、人間の『枠』に限界を感じた。
 いまでは悪の組織の幹部だ。死に追いやった人間は限りない。

 リバースは想いを巡らせながら写真を見る。すぐ傍にある、ブレイクの息遣いに心が落ち着く。
『もうすぐ戦いだもの。ちょっとぐらい楽しんで欲しいから』
 虚ろな目の少女はそれでもどこか嬉しそうだった。ささやかな幸福を感じているようだった。
「にひひ。無銘くんもなかなかいいエスコートしたね」
 写真の中心からやや逸れた場所でしかめ面をする少年忍者をピンと弾く。なにしろ──…
「意識あるときは必ず腕ぇ握ってましたもん。枠も分かりやした。忍者すけどナイトすね。ナイト」


 目当ての少年または少女を見る2人の目は暖かい。

「戦うの楽しみす。お師匠さんの養子にして青っちの義弟すから」
『私も光ちゃんに沢山沢山、いっぱいいっぱい……『伝えたい』』

 いずれ戦う宿命を予感しながらも……暖かい。


「ありがと」。小さな声が警備員室に響く。

 頭をコツンと直撃し波打つ乳白のショートヘアーに青年は頬を緩めた。