「ありがとうございましたー」
自動ドアを潜り抜けた瞬間、ふたりの買い出しは終わる。
ここは銀成デパート1階南西の隅にあるペットショップ。扱う物品が物品だから、こういう場所にしては珍しくガラスのドア
で区切られている。鼻からふっと獣臭が消えるのを感じ鳩尾無銘は一息ついた。彼も連れも本質は動物型ホムンクルス
だから犬猫その他の醸し出す独特の臭いをあまりどうこう言えないのだが、それでも一応ひとの身、1日の、入浴に費やす
時間分ぐらい文句つけてもいいだろうと思うのだ。連れなどは無銘の嗅覚鋭きを知ってか知らずかそれはもうお風呂好きで、
流浪の一団にありながら1日と入浴を欠かした事はない。僻地でも最低限の水浴びをする。
とにかく、買い出しは終わる。
「というかなんで『コレ』なのだ。こんなのどう演劇に使うのだ」
「さあ…………」
鐶はポシェットを持ち上げ首を傾げた。2つある紐を右掌で握りつぶしながら揺するポシェットが重く軋む。
「ところで………………これから……どうします?」
と聞く鐶の頬が僅かに赤らんだのに横の無銘は気付かない。無遠慮に一歩ずいと踏み出した。
「どうするも何も買い出しは終わったのだ。帰るぞ銀成学え…………あれ?」
ペットショップは南口に面している。正確に言えば、南西の角に嵌まり込むよう存在している。出入り口は2つあり、西の
それはそのまま外に通じている。名称の不明の雑草がレンガの隙間からちょこちょこ青々と覗く歩道の傍には小ぢんまり
とした駅前公園がある。そこを抜ければ銀成学園への道に合流できるのだが、しかし無銘は選ばなかった。なぜならその
道を歩くまひろと沙織を見たからだ。彼女らは彼女らで何か用事があって来たらしい。無銘は2人が苦手だ。ヴィクトリアよ
りはマシだが、年頃の少女らしい活発さはどうも持て余すというか対処に困る。見た瞬間それこそ忍者というぐらい気配を
消した。
東にあるペットショップの入り口は、まひろたちの進行方向と間逆だった。ペットショップ西口から入ってこない所をみると
どうやらあそこから更に200mほど進んだところにある銀成デパート西口から入るのだろう。「上階へ一番速くいけるのは
西口。他3つと違い入ってすぐエレベーターがある」……これまた忍びらしくそれとなくデパートを検分していた無銘だから、
彼女らの動きは大まかだが予想できる。ただ予想というのはすぐ覆される。まして相手はまひろと沙織だ。特にまひろなど
は、この世にある、あらゆる精神的物理的道義的量子的予測的運動的な意味での『固定』が難しい存在だ。接触しただけ
でニトロターボの爆炎噴きつつ彼方へ吹っ飛んでいく直径4cmの球体があるとしよう。ナインボール全部それにすり替えた
ビリヤードだ。まひろを相手取るのは。キューの些細な衝突にさえ大騒ぎだ。思考も行動もどこへスッ飛んでいくか分からな
い。しかも他の球……というか弾をいくつも持っている。何がどう作用するか分からぬ超過反応の塊……とまひろを認識す
る無銘が、銀成デパート南口に面する寂れた道路に視線を釘付けたのは、別にまひろが居たからではない。むしろもっと
好ましい、安心の存在を認めたからなのだが、しかしそれは状況と場所からして奇妙だった。
自動ドアを潜り抜けた瞬間、ふたりの買い出しは終わる。
ここは銀成デパート1階南西の隅にあるペットショップ。扱う物品が物品だから、こういう場所にしては珍しくガラスのドア
で区切られている。鼻からふっと獣臭が消えるのを感じ鳩尾無銘は一息ついた。彼も連れも本質は動物型ホムンクルス
だから犬猫その他の醸し出す独特の臭いをあまりどうこう言えないのだが、それでも一応ひとの身、1日の、入浴に費やす
時間分ぐらい文句つけてもいいだろうと思うのだ。連れなどは無銘の嗅覚鋭きを知ってか知らずかそれはもうお風呂好きで、
流浪の一団にありながら1日と入浴を欠かした事はない。僻地でも最低限の水浴びをする。
とにかく、買い出しは終わる。
「というかなんで『コレ』なのだ。こんなのどう演劇に使うのだ」
「さあ…………」
鐶はポシェットを持ち上げ首を傾げた。2つある紐を右掌で握りつぶしながら揺するポシェットが重く軋む。
「ところで………………これから……どうします?」
と聞く鐶の頬が僅かに赤らんだのに横の無銘は気付かない。無遠慮に一歩ずいと踏み出した。
「どうするも何も買い出しは終わったのだ。帰るぞ銀成学え…………あれ?」
ペットショップは南口に面している。正確に言えば、南西の角に嵌まり込むよう存在している。出入り口は2つあり、西の
それはそのまま外に通じている。名称の不明の雑草がレンガの隙間からちょこちょこ青々と覗く歩道の傍には小ぢんまり
とした駅前公園がある。そこを抜ければ銀成学園への道に合流できるのだが、しかし無銘は選ばなかった。なぜならその
道を歩くまひろと沙織を見たからだ。彼女らは彼女らで何か用事があって来たらしい。無銘は2人が苦手だ。ヴィクトリアよ
りはマシだが、年頃の少女らしい活発さはどうも持て余すというか対処に困る。見た瞬間それこそ忍者というぐらい気配を
消した。
東にあるペットショップの入り口は、まひろたちの進行方向と間逆だった。ペットショップ西口から入ってこない所をみると
どうやらあそこから更に200mほど進んだところにある銀成デパート西口から入るのだろう。「上階へ一番速くいけるのは
西口。他3つと違い入ってすぐエレベーターがある」……これまた忍びらしくそれとなくデパートを検分していた無銘だから、
彼女らの動きは大まかだが予想できる。ただ予想というのはすぐ覆される。まして相手はまひろと沙織だ。特にまひろなど
は、この世にある、あらゆる精神的物理的道義的量子的予測的運動的な意味での『固定』が難しい存在だ。接触しただけ
でニトロターボの爆炎噴きつつ彼方へ吹っ飛んでいく直径4cmの球体があるとしよう。ナインボール全部それにすり替えた
ビリヤードだ。まひろを相手取るのは。キューの些細な衝突にさえ大騒ぎだ。思考も行動もどこへスッ飛んでいくか分からな
い。しかも他の球……というか弾をいくつも持っている。何がどう作用するか分からぬ超過反応の塊……とまひろを認識す
る無銘が、銀成デパート南口に面する寂れた道路に視線を釘付けたのは、別にまひろが居たからではない。むしろもっと
好ましい、安心の存在を認めたからなのだが、しかしそれは状況と場所からして奇妙だった。
道路から一段上がった歩道にありがちな、羊のような、葉の小さな木。大人の腰ぐらいの高さあるその影から。
シルクハットがチロリと覗いていた。鐶も気付いたようだ。一瞬ちょっと無銘を見て肩を落としたのは、女性としての敗北
感ゆえか。燃えるような髪の下で瞳だけが極北の深海だった。凍える闇に浸された。
感ゆえか。燃えるような髪の下で瞳だけが極北の深海だった。凍える闇に浸された。
白く乾いた枝の入り組む隙間から18m先の室内を伺いかねたのか、見慣れた鳶色の瞳が髪ごとぴょこりと跳ね上がる。
視線が、絡み合う。反抗期一歩手前、何かの送り迎えでやってきた母親が嬉しいけれど周囲の目が気になって大仰に喜べ
ない少年の眼差しと、その女友達の、2人きりの時間を崩された微かな不満と、それはそれとした女性としての尊敬や好ま
しさや絶対勝てないという諦観を織り交ぜた複雑さがただでさえ沈鬱で図りがたい瞳に照射された名状しがたき眼光。
視線が、絡み合う。反抗期一歩手前、何かの送り迎えでやってきた母親が嬉しいけれど周囲の目が気になって大仰に喜べ
ない少年の眼差しと、その女友達の、2人きりの時間を崩された微かな不満と、それはそれとした女性としての尊敬や好ま
しさや絶対勝てないという諦観を織り交ぜた複雑さがただでさえ沈鬱で図りがたい瞳に照射された名状しがたき眼光。
「あ、お師匠さんす」
『そういえばブレイク君、一時期師事してたよね。小札さんに』
ペットショップと南口を挟んで向かい側。全国チェーンの有名なコーヒーショップの中で囁いたのはブレイクとリバース。
道路側はガラス張りで、レジを除けば先ほどまで無銘たちのいた場所に一番近い場所だから、自然南口の外もよく見える。
『というか元お弟子さんだよね? 向こうからも見えるよ? 顔見られたらマズくないかな?』
コーヒーに七味唐辛子を入れながらリバース(別に吐いた訳ではない)。
白魚のような手は当たり前のようにそれをしているが、偶然目撃したウェイターはちょっと泣きそうな顔をした。
リバース=イングラム。大の辛党である。
「いやいや、教えて頂いてた時は整形前でしたからね。ホムンクルスになられてからも一度お会いしましたが、レティクル加
入はその後っす。たぶんお師匠さんは知らないかと。俺っち命野輪(みことの・りん)が光っちの師匠ブレイクとはまさかまったく
夢にも思わぬはず。だいたい整形しておりやすからね。いまの俺っちを見てもかつての弟子とは気付かないでしょ」
『成程』
無銘にしても似たような物だ。小札と絶えず一緒にいる彼だから、『ホムンクルスになられてからも一度お会い』したブレイク
は見ている。ただそれは整形前の姿……。総角もまた然り。
要するに。
『要するに光ちゃんに見られたらマズいのよね』
「そっすね。俺っちたち2人見てレティクルの幹部と気付けるのは、直接接した光っちのみす。整形後の俺っちに教えを乞い、
青っちの義妹として当たり前にずっと顔を見てきた……光っちだけす」
動きがあった。小札が手招きすると無銘が矢のように飛び出した。しばらくふたりは話していたが急にイヌ少年は気色ばみ
ばたばた手を振った。しかし小札はそれまで眼前にブラさげていた巾着袋──何かの着物の切れ端から作ったらしい。太陽の
下でザラザラ反射をしていた──を半ば強引に押し付け駆け去っていく。
あっと手を伸ばした無銘。足元から象牙色の煙を立て爆走する小札。もともと小さな体はあっという間に彼方で豆粒だ。
無銘は未練がましく視線を吸いつけていたがやおらデパートめがけ首をねじ向け再び小札の去った虚空を見る。逡巡。
二・三度おなじ所業をしていたが苦悶の形相で南口に駆け寄っていく。
『そういえばブレイク君、一時期師事してたよね。小札さんに』
ペットショップと南口を挟んで向かい側。全国チェーンの有名なコーヒーショップの中で囁いたのはブレイクとリバース。
道路側はガラス張りで、レジを除けば先ほどまで無銘たちのいた場所に一番近い場所だから、自然南口の外もよく見える。
『というか元お弟子さんだよね? 向こうからも見えるよ? 顔見られたらマズくないかな?』
コーヒーに七味唐辛子を入れながらリバース(別に吐いた訳ではない)。
白魚のような手は当たり前のようにそれをしているが、偶然目撃したウェイターはちょっと泣きそうな顔をした。
リバース=イングラム。大の辛党である。
「いやいや、教えて頂いてた時は整形前でしたからね。ホムンクルスになられてからも一度お会いしましたが、レティクル加
入はその後っす。たぶんお師匠さんは知らないかと。俺っち命野輪(みことの・りん)が光っちの師匠ブレイクとはまさかまったく
夢にも思わぬはず。だいたい整形しておりやすからね。いまの俺っちを見てもかつての弟子とは気付かないでしょ」
『成程』
無銘にしても似たような物だ。小札と絶えず一緒にいる彼だから、『ホムンクルスになられてからも一度お会い』したブレイク
は見ている。ただそれは整形前の姿……。総角もまた然り。
要するに。
『要するに光ちゃんに見られたらマズいのよね』
「そっすね。俺っちたち2人見てレティクルの幹部と気付けるのは、直接接した光っちのみす。整形後の俺っちに教えを乞い、
青っちの義妹として当たり前にずっと顔を見てきた……光っちだけす」
動きがあった。小札が手招きすると無銘が矢のように飛び出した。しばらくふたりは話していたが急にイヌ少年は気色ばみ
ばたばた手を振った。しかし小札はそれまで眼前にブラさげていた巾着袋──何かの着物の切れ端から作ったらしい。太陽の
下でザラザラ反射をしていた──を半ば強引に押し付け駆け去っていく。
あっと手を伸ばした無銘。足元から象牙色の煙を立て爆走する小札。もともと小さな体はあっという間に彼方で豆粒だ。
無銘は未練がましく視線を吸いつけていたがやおらデパートめがけ首をねじ向け再び小札の去った虚空を見る。逡巡。
二・三度おなじ所業をしていたが苦悶の形相で南口に駆け寄っていく。
「……なにか、あったのですか」
「休暇だ!」
儚げに佇む少女の前で無銘は叫ぶ。音波の鞭でセメントの角をそぎ落とすような鋭い声だった。
「…………話が、みえないの……ですが」
眉を顰める鐶。困惑が見て取れた。もともと演劇に関わるコトじたい彼女の中では休暇扱いだ。音楽隊は戦うために流浪
している。それこそいまカフェでやりとりを聞いてるブレイクたちレティクルエレメンツと戦うために。
「じゃあそのだ、慰労、慰労だ!!」
「小札さんは……なに……言ったのですか?」
無銘ときたら何かヘンだ。いや元々鐶に「言論遅滞」だの「滅びを招くその刃だの」おかしな號を勝手につけては「どうだカッコ
いいだろう」と喜ぶヘンな奴だが(世間では中二病というらしい。困りながらも鐶は笑って見守っている)、今日は別のベクトルで
おかしい。言い淀みなど不遜な無銘らしからぬ行為だ。小札を持ち出したのは、もっと源流の言葉を聞いた方が早いという
合理的な判断だが、それが却って無銘を追い詰めた。
「…………飯を食い、適当に遊び映画など見る」
「はい?」
「だから飯を食い、適当に遊び映画など見るのだ! 貴様と我が!!」
いよいよ赤黒い顔を誤魔化すように鐶の腕を引っつかみ、無銘はデパート内部めがけズンズカズンと歩き出した。
連れ去られる鐶。瞳は白黒していたが分かったのは義姉ぐらいだ。
「休暇だ!」
儚げに佇む少女の前で無銘は叫ぶ。音波の鞭でセメントの角をそぎ落とすような鋭い声だった。
「…………話が、みえないの……ですが」
眉を顰める鐶。困惑が見て取れた。もともと演劇に関わるコトじたい彼女の中では休暇扱いだ。音楽隊は戦うために流浪
している。それこそいまカフェでやりとりを聞いてるブレイクたちレティクルエレメンツと戦うために。
「じゃあそのだ、慰労、慰労だ!!」
「小札さんは……なに……言ったのですか?」
無銘ときたら何かヘンだ。いや元々鐶に「言論遅滞」だの「滅びを招くその刃だの」おかしな號を勝手につけては「どうだカッコ
いいだろう」と喜ぶヘンな奴だが(世間では中二病というらしい。困りながらも鐶は笑って見守っている)、今日は別のベクトルで
おかしい。言い淀みなど不遜な無銘らしからぬ行為だ。小札を持ち出したのは、もっと源流の言葉を聞いた方が早いという
合理的な判断だが、それが却って無銘を追い詰めた。
「…………飯を食い、適当に遊び映画など見る」
「はい?」
「だから飯を食い、適当に遊び映画など見るのだ! 貴様と我が!!」
いよいよ赤黒い顔を誤魔化すように鐶の腕を引っつかみ、無銘はデパート内部めがけズンズカズンと歩き出した。
連れ去られる鐶。瞳は白黒していたが分かったのは義姉ぐらいだ。
小札は、言った。
「お仕事お疲れ様であります無銘くん!! ところでお見受けしたところ終了しだいすぐさま直帰直行なされるご様子。
いえ、無論忍びとしてはそれもご立派だと思いまする。しかしながら無銘くん、せっかくデパートに行きながら何も飲まず
召し上がらず帰られるのは深夜錦を着て故郷を歩かれるようなもの、まして鐶副長どのは御年8歳、肉体年齢は周知の
とおり12歳であらせられますが実年齢に限ってはまだまだ幼き方なのです。休日ご家族と斯様な場所にてお食事し、
遊ばれキッズ映画の一本など鑑賞なされる権利は当然にありまする」
いえ、無論忍びとしてはそれもご立派だと思いまする。しかしながら無銘くん、せっかくデパートに行きながら何も飲まず
召し上がらず帰られるのは深夜錦を着て故郷を歩かれるようなもの、まして鐶副長どのは御年8歳、肉体年齢は周知の
とおり12歳であらせられますが実年齢に限ってはまだまだ幼き方なのです。休日ご家族と斯様な場所にてお食事し、
遊ばれキッズ映画の一本など鑑賞なされる権利は当然にありまする」
「お仕事が終わったからとブラブラするのは性に合わぬと無銘くんは言われるでしょう」
「でしたらこう考えられてはいかがでしょーか? 公務、かねてより戦闘続き、つい先日まで投獄され、長旅終えてやっと
銀成にたどり着かれました鐶副長。お疲れかと存じます。ゆえに無銘くんは慰労なされるのです。無銘くんなれば鐶副長
も喜ばれるコト請け合い!」
銀成にたどり着かれました鐶副長。お疲れかと存じます。ゆえに無銘くんは慰労なされるのです。無銘くんなれば鐶副長
も喜ばれるコト請け合い!」
「しかし無銘くんにおかれましては先日鐶副長どのに靴を買われたため懐具合、大変さびしゅうかと存知ます」
「ゆえにこれをお使いくださいとババーン差し出しまするはヘソクリっ!!」
「遠慮ご無用!! お金とは使うべきときに使うもの!! さあ、さあさあっ! 今がその時でありまするお覚悟をーーーーっ!」
「にひひ。むかしと比べ随分押しが強くなりやしたねえ。お師匠。母は何とやらでしょうか」
『?? むかしの小札さんっておとなしかったの? いまはその、”ああ”だけど』
ブレイクとリバースは調整体である。但しDr.バタフライの作った粗雑なものではなく、基盤になった複数の動植物の精神を
統御できる『100年前失われた』高度な調整体である。肉体面・精神面は他のホムンクルスを大きく凌ぎ、ガラス越しの会話
を聞けるほど感覚も鋭い。小札の言葉が分かったのはそのせいだ。
「へえ。気弱少女でした。そのうえ巫女した」
『巫女!?』
時々「でした」の「で」を抜いて喋るブレイクだ。巫女のくだりは何だか日本語を無視していて、それこそ渦中の小札から話芸を
習ったとは思いがたいリバースだが、調理師の作法とパティシエの礼儀は必ずしも一致する必要は無い。文法と、人を楽しませる
語りの技術が相容れるとは思えないし、そもそもそんな細かいコトより巫女の方が気になった。
『巫女……あんな騒がしいのに巫女…………』
ここにクライマックスが居れば、真赤な袴萌えと騒ぐだろうが、あいにくあまりディープなオタク知識のないリバースは、ただ一般的
な、『神事を行い穢れを祓う』、神韻縹渺たる職業としての巫女と今の小札を突きあわせた。戸惑ったのは乖離ゆえだ。
「ですから」とブレイクはゆっくり立ち上がり、伝票を手に取った。
「巫女だったころは大人しかったす。いつも一世さん……お兄さんすね。アオフシュテーエンさんの後ろに隠れて震えておりやした。
俺っちに話芸仕込むよう言われたのも人見知り治すためす。最後のほうはそれなりに打ち解けやしたがね」
『?? むかしの小札さんっておとなしかったの? いまはその、”ああ”だけど』
ブレイクとリバースは調整体である。但しDr.バタフライの作った粗雑なものではなく、基盤になった複数の動植物の精神を
統御できる『100年前失われた』高度な調整体である。肉体面・精神面は他のホムンクルスを大きく凌ぎ、ガラス越しの会話
を聞けるほど感覚も鋭い。小札の言葉が分かったのはそのせいだ。
「へえ。気弱少女でした。そのうえ巫女した」
『巫女!?』
時々「でした」の「で」を抜いて喋るブレイクだ。巫女のくだりは何だか日本語を無視していて、それこそ渦中の小札から話芸を
習ったとは思いがたいリバースだが、調理師の作法とパティシエの礼儀は必ずしも一致する必要は無い。文法と、人を楽しませる
語りの技術が相容れるとは思えないし、そもそもそんな細かいコトより巫女の方が気になった。
『巫女……あんな騒がしいのに巫女…………』
ここにクライマックスが居れば、真赤な袴萌えと騒ぐだろうが、あいにくあまりディープなオタク知識のないリバースは、ただ一般的
な、『神事を行い穢れを祓う』、神韻縹渺たる職業としての巫女と今の小札を突きあわせた。戸惑ったのは乖離ゆえだ。
「ですから」とブレイクはゆっくり立ち上がり、伝票を手に取った。
「巫女だったころは大人しかったす。いつも一世さん……お兄さんすね。アオフシュテーエンさんの後ろに隠れて震えておりやした。
俺っちに話芸仕込むよう言われたのも人見知り治すためす。最後のほうはそれなりに打ち解けやしたがね」
「さて、と」
会計を終えたブレイクたちはデパートの配電室に居た。楽な道中ではなかったらしい。警備員が2人、彼らの足元に転がって
いる。年のころはバラバラだ。腹が出ているのは帽子の上からでも分かるほど髪の白い中年男性。決して背が低くない相方よ
り頭ひとつ高いのは肌のハリからしてまだ10代の少年だった。どうやらバイトらしい。共に胸は膨らんだりしぼんだりで、息は
あるようだ。外傷も無い。……しゃがみこみ、ツインの頬杖をついていたリバースはヒマらしく、彼らを指でつついたり頬をつ
まんだりし始めた。なんてコトのない作業だが楽しそうだ。童女のような笑みが広がった。
いる。年のころはバラバラだ。腹が出ているのは帽子の上からでも分かるほど髪の白い中年男性。決して背が低くない相方よ
り頭ひとつ高いのは肌のハリからしてまだ10代の少年だった。どうやらバイトらしい。共に胸は膨らんだりしぼんだりで、息は
あるようだ。外傷も無い。……しゃがみこみ、ツインの頬杖をついていたリバースはヒマらしく、彼らを指でつついたり頬をつ
まんだりし始めた。なんてコトのない作業だが楽しそうだ。童女のような笑みが広がった。
「武装錬金」
配電盤の前でブレイクはハルバードを発現する。付近にいくつか防犯カメラがあるが電源はとっくに落としている。映像は
残らない。あとは警備員2人を起こし記憶を消すだけだ。
残らない。あとは警備員2人を起こし記憶を消すだけだ。
『……初めて聞いたよブレイク君。バキバキドルバッキーの『真の特性』』
「にひひ。隠しててすいやせんねえ。でもコレいうのは青っちだけすから」
『むー』
「お、照れてやすかひょっとして」
『知らない』
プイと顔を背けたリバースはちょっと不機嫌そうだ。『文字が必要っていったからコンビ組んだのに、ウソだなんて』。何やら
騙詐的な交流が両者の間にあったらしい。
『組みたいなら組みたいって素直に言えばいいじゃない。ブレイク君の馬鹿。騙すなんて最低』
「お、言えば組ませてくれたんで?」
『……別にそこまで拒む理由ないもん。盟主様が必要っていったり、戦略上必要なら、そーするし』
「とか何とか言ってー。本当は俺っちと組みたいんでしょ?」
『のーこめんと』
「照れ屋さんな青っちも可愛いっすねー」
もう少女は何も言わない。ブレイクに背を向けたまま若い警備員の首の、産毛をむしり始めた。
「てかまたマニアックなコトしてますねー」
『産毛ならむしっても平気だもん。髪抜いて生えなくなったら可哀想だし』
器用にもその産毛で文字を書き答えるリバース。怒りながらも無視はしない。耳たぶだけがほんのり赤い。
ブレイクはソレをにへらと眺めながら、ちょっとだけ笑みを止める。
(可哀想、すか。髪絶滅するのが天国な位の地獄いろんなトコに振りまいておいて)
可憐で大人しげで、倫理観を持ち合わせている少女なのに、その振り分けはつくづく歪である。いわゆるリア充、青春を
謳歌している人間は平気で『意志を伝え』、破壊するのに、一方で孤児院を作り恵まれない子供たちのため身を粉にして
働いている。銀成市に来たのだって表向きは養護施設との意見交換だ。
(ま、壊れてるからこそいいんすけどねー)
ひょっとしたら一番壊れているのは自分かも知れない。愛と我が名を唱えながら天空のケロタキスは槍を振り──…
「にひひ。隠しててすいやせんねえ。でもコレいうのは青っちだけすから」
『むー』
「お、照れてやすかひょっとして」
『知らない』
プイと顔を背けたリバースはちょっと不機嫌そうだ。『文字が必要っていったからコンビ組んだのに、ウソだなんて』。何やら
騙詐的な交流が両者の間にあったらしい。
『組みたいなら組みたいって素直に言えばいいじゃない。ブレイク君の馬鹿。騙すなんて最低』
「お、言えば組ませてくれたんで?」
『……別にそこまで拒む理由ないもん。盟主様が必要っていったり、戦略上必要なら、そーするし』
「とか何とか言ってー。本当は俺っちと組みたいんでしょ?」
『のーこめんと』
「照れ屋さんな青っちも可愛いっすねー」
もう少女は何も言わない。ブレイクに背を向けたまま若い警備員の首の、産毛をむしり始めた。
「てかまたマニアックなコトしてますねー」
『産毛ならむしっても平気だもん。髪抜いて生えなくなったら可哀想だし』
器用にもその産毛で文字を書き答えるリバース。怒りながらも無視はしない。耳たぶだけがほんのり赤い。
ブレイクはソレをにへらと眺めながら、ちょっとだけ笑みを止める。
(可哀想、すか。髪絶滅するのが天国な位の地獄いろんなトコに振りまいておいて)
可憐で大人しげで、倫理観を持ち合わせている少女なのに、その振り分けはつくづく歪である。いわゆるリア充、青春を
謳歌している人間は平気で『意志を伝え』、破壊するのに、一方で孤児院を作り恵まれない子供たちのため身を粉にして
働いている。銀成市に来たのだって表向きは養護施設との意見交換だ。
(ま、壊れてるからこそいいんすけどねー)
ひょっとしたら一番壊れているのは自分かも知れない。愛と我が名を唱えながら天空のケロタキスは槍を振り──…
6階建ての銀成デパート。平日だが駅前とあれば客入りはそれなりに多い。
このとき館内にいた客739名(無銘・鐶・まひろ・沙織含む)と従業員245名(配電室の警備員2名除く)事務員27名と人
型ホムンクルス調整体3体(ただしブレイク・リバース除く)の合計1014名の頭を稲妻が貫きそして消えた。彼らは結局気
付かなかったが、手近な、蛍光灯やエアコンといった電化製品から迸った無色透明の雷は、迷うことなく全員の頭蓋に直撃
した。
型ホムンクルス調整体3体(ただしブレイク・リバース除く)の合計1014名の頭を稲妻が貫きそして消えた。彼らは結局気
付かなかったが、手近な、蛍光灯やエアコンといった電化製品から迸った無色透明の雷は、迷うことなく全員の頭蓋に直撃
した。
針金のように長い背丈ほどあるハルバードを軽々と回しながらブレイクは笑う。
「俺っちの武装錬金の特性。それは禁止能力」
『……どうだか』
リバースはまだ拗ねている。
「例えば早坂秋水さんや津村斗貴子さん、それに六っち。俺っちに遭遇した訳ですが、いまは『思い出すのを』禁止しておりや
す。かの養護施設で遭遇したキャプテンブラボーさんも同じくす。完全防備のシルバースキンこそ装着しておりやしたが、それ
でもバキバキドルバッキーを防げぬ理由がありやしてね」
リバースも禁止能力については知っている。というよりかつて見た。化け物渦巻くライブ会場。128名の観客が逃げるコトも
できず全滅した事件。しかし小さな会場の出入り口は一切封鎖されていなかった。だがリバースは見た。逃げ惑う観客たちが
出口に着くや突然、扉の前でウロウロしだし、『開けられない』のを。……逃げるのを禁止したとブレイクは語る。彼を散々利用
しながら裏切った女社長は、その惨殺事件の後始末を不眠不休でやらされた。……眠るのも休むのも諦めるのも自殺するのも
禁止したとブレイクは語る。
仲間内では禁止能力の使い手として大いに警戒されつつ重宝されるブレイク=ハルベルド。
武装錬金から放たれる光を浴びたものは、ブレイクの命令どおり、あらゆる行動を禁止される。
狙撃。特攻。殴打。逃走。沈黙。痛罵。呼吸はおろか心臓の鼓動さえ禁止できるある意味最強の能力。
『……どうだか』
リバースはまだ拗ねている。
「例えば早坂秋水さんや津村斗貴子さん、それに六っち。俺っちに遭遇した訳ですが、いまは『思い出すのを』禁止しておりや
す。かの養護施設で遭遇したキャプテンブラボーさんも同じくす。完全防備のシルバースキンこそ装着しておりやしたが、それ
でもバキバキドルバッキーを防げぬ理由がありやしてね」
リバースも禁止能力については知っている。というよりかつて見た。化け物渦巻くライブ会場。128名の観客が逃げるコトも
できず全滅した事件。しかし小さな会場の出入り口は一切封鎖されていなかった。だがリバースは見た。逃げ惑う観客たちが
出口に着くや突然、扉の前でウロウロしだし、『開けられない』のを。……逃げるのを禁止したとブレイクは語る。彼を散々利用
しながら裏切った女社長は、その惨殺事件の後始末を不眠不休でやらされた。……眠るのも休むのも諦めるのも自殺するのも
禁止したとブレイクは語る。
仲間内では禁止能力の使い手として大いに警戒されつつ重宝されるブレイク=ハルベルド。
武装錬金から放たれる光を浴びたものは、ブレイクの命令どおり、あらゆる行動を禁止される。
狙撃。特攻。殴打。逃走。沈黙。痛罵。呼吸はおろか心臓の鼓動さえ禁止できるある意味最強の能力。
しかし今日リバースは聞いた。
禁止能力を超える真の特性を。
平素、年上ながらも手のかかる弟のように可愛く思っているブレイクに、リバースは時々おぞましさを感じる。
必中必殺の能力を誇るリバースが。音波と固有振動数と怨嗟で人の体をじわじわ崩壊させるリバースが。
ひとたび激昂すれば相手を徹底的に壊し、伝え、愛するリバースが。
必中必殺の能力を誇るリバースが。音波と固有振動数と怨嗟で人の体をじわじわ崩壊させるリバースが。
ひとたび激昂すれば相手を徹底的に壊し、伝え、愛するリバースが。
おぞましいと思った、真の特性。
それはいま1000名を超える人間を蝕んだ。
消え行くハルバードを一瞬荘厳な光が包み粒が散った。
「さすが骨したが、やれねえコトはねえす。ま、リヴォっちには劣りますがね」
ニシシと笑うブレイクを背後に聞きながらリバースは立ち上がる。整った臀部をパンパンと弾きながら考える。
(バキバキドルバッキー。ブレイク君の武装錬金。真の特性がおぞましいのはブレイク君だからこそね)
総角主税。数多くの武装錬金をコピーできる例外的な存在──義妹にとっては上司。このデパートで何か菓子折りでも
買わなきゃと、どこかズレた礼儀を描きつつ──に対して思う。
買わなきゃと、どこかズレた礼儀を描きつつ──に対して思う。
(たぶん貴方じゃ使いこなせない。真の特性どころか禁止能力さえ)
武装錬金は精神から発現する。いうなれば移し身だ。創造主そのものだ。だからこそ、使い手のポテンシャルを最大限に
活かす。リバースの『マシーン』が数多くの悲劇を撒いているのもまた、ポテンシャルゆえだ。『意志を伝えたい』『声は嫌い』
『声に傷つけられるべき』。厖大な憤怒を抱えながら、伝達、声というものがどれほど得を生まないか思い知らせたいリバー
スの武装錬金は、難消火性の低温炎だ。ひとたび燃え広がればじわじわと相手をいたぶる。すぐ死なず、すぐ燃え尽きない
からこそ周りの人間が生き地獄を味わう。それを存分に理解しているからこそ、ただ効果的なタイミングでガスコックを閉め
るだけだ。たったそれだけの観察と行為で最大限の悲劇を生める。人間的な業の成せるわざだ。
活かす。リバースの『マシーン』が数多くの悲劇を撒いているのもまた、ポテンシャルゆえだ。『意志を伝えたい』『声は嫌い』
『声に傷つけられるべき』。厖大な憤怒を抱えながら、伝達、声というものがどれほど得を生まないか思い知らせたいリバー
スの武装錬金は、難消火性の低温炎だ。ひとたび燃え広がればじわじわと相手をいたぶる。すぐ死なず、すぐ燃え尽きない
からこそ周りの人間が生き地獄を味わう。それを存分に理解しているからこそ、ただ効果的なタイミングでガスコックを閉め
るだけだ。たったそれだけの観察と行為で最大限の悲劇を生める。人間的な業の成せるわざだ。
(ブレイク君は、自分の知識や生き方を最大限に活かしている。ちゃんとした、人間社会で通用する努力や積み重ねに裏打
ちされているからこそ……『真の特性』も禁止能力も…………破られない。総角主税さんもコピれない)
ちされているからこそ……『真の特性』も禁止能力も…………破られない。総角主税さんもコピれない)
「『把握完了』。じゃ、これで無銘くんと光っちのデート円滑にしますか」
最強といえる能力でやるのがそれなのだ。溜息が漏れた。
(本当、人間なんかもうどうでもいいのね…………。いつでも好きなようにできる、と)
一方で尊敬もしている。恨みが、思わぬところで爆発するリバースなのだ。高いところで飄々としている彼を……愛している。
(本当、人間なんかもうどうでもいいのね…………。いつでも好きなようにできる、と)
一方で尊敬もしている。恨みが、思わぬところで爆発するリバースなのだ。高いところで飄々としている彼を……愛している。
ブレイクにつられて歩き出す。「ついでにデートしやしょう」、申し出はみぞおちへの肘鉄で答えた。それが日常だった。
「……つっ。今のはアレやな。ブレイクの禁止能力」
「ああ面倒くさい。デッドが、こんなところ来ようっていうから……」
「うっさいわボケぇ。まだ『待機状態』、ブレイクの言葉聞かん限り禁止されたりせえへん」
だいたい蜂起前やから荒事は起さん、そう断言するのはショッキングピンクしたキャミソールの少女。金髪でツインテール。
前髪に銀のシャギーが入ったいかにも派手な姿である。目は黄色のティアドロップのサングラスで隠れているが鼻筋と口
元は整っており、あたかもお忍びでやってきたアイドルのようだ。つまりそれだけ可愛らしさの期待できるいでたちだ。
……ただ、手足からときどきキィキィと、微細だが、なにか金属のこすれるような音がした。しきりに肩や下腹部を気にする
のも特徴的だった。
「というかまだ買い物するのー? もうボクやだ。さっきさんざん商店街めぐったしいいでしょ~」
気だるげな声をめいっぱい間延びさせ疲労を訴えるのは真白な少年。無彩の眩い光輝の化身かと思えるほど皓い。色彩
といえばベビーブルーが淡く滲んだ銀髪と、シグナルレッドの電子を爛々と帯びる瞳と、艶かしく湿るカーマインの唇ぐらいだ。
あとは総て白い。だぶついた上下の長袖さえウルトラホワイト。だらしなく着崩れた上着から覗く鎖骨の陰影さえ白かった。ど
こか人ならざる雰囲気があり道行く人は見蕩れかけてもそれが罪悪のように思えて視線を逸らし素知らぬふりだ。
実際かれは人を超えていた。生まれは300年先。800年周期の時空改竄を何百何千と繰り返してきた神の年齢だ。
「ああ面倒くさい。デッドが、こんなところ来ようっていうから……」
「うっさいわボケぇ。まだ『待機状態』、ブレイクの言葉聞かん限り禁止されたりせえへん」
だいたい蜂起前やから荒事は起さん、そう断言するのはショッキングピンクしたキャミソールの少女。金髪でツインテール。
前髪に銀のシャギーが入ったいかにも派手な姿である。目は黄色のティアドロップのサングラスで隠れているが鼻筋と口
元は整っており、あたかもお忍びでやってきたアイドルのようだ。つまりそれだけ可愛らしさの期待できるいでたちだ。
……ただ、手足からときどきキィキィと、微細だが、なにか金属のこすれるような音がした。しきりに肩や下腹部を気にする
のも特徴的だった。
「というかまだ買い物するのー? もうボクやだ。さっきさんざん商店街めぐったしいいでしょ~」
気だるげな声をめいっぱい間延びさせ疲労を訴えるのは真白な少年。無彩の眩い光輝の化身かと思えるほど皓い。色彩
といえばベビーブルーが淡く滲んだ銀髪と、シグナルレッドの電子を爛々と帯びる瞳と、艶かしく湿るカーマインの唇ぐらいだ。
あとは総て白い。だぶついた上下の長袖さえウルトラホワイト。だらしなく着崩れた上着から覗く鎖骨の陰影さえ白かった。ど
こか人ならざる雰囲気があり道行く人は見蕩れかけてもそれが罪悪のように思えて視線を逸らし素知らぬふりだ。
実際かれは人を超えていた。生まれは300年先。800年周期の時空改竄を何百何千と繰り返してきた神の年齢だ。