SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 過去編第004話 1-5


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「あ。ねー」
 雑踏の中、駆け寄ってくる光の顔はぱあっと輝いていた。それまで彼女は、自宅とはまったく反対方向、6kmは離れた隣
の市の繁華街を1人で歩いていた。心細かったのだろう、青空めがけトテトテ駆け寄ってくる。

 空はとっくに暗く、ネオンと街灯が混じったけばけばしい光の中を仕事帰りのサラリーマンたちが賑々しく歩いている。それ
らの影が交差する石畳からは街頭時計も生えている。目下その「6」「7」間で長いのと短いのが間でデッドヒートを繰り広げ
ている。幼稚園児がうろついていい時間ではない……そう思いながら青空は聞く。
「で、今日はどうして迷ったの?
 よっこらせと抱き上げた光はしばらく目を白黒させてから「プラモがおれん」とだけ答えた。
「そう。いつも行っているおもちゃ屋さんに欲しいプラモがなかったのね」
「ほうじゃけん。ほかのお店行ことしたらいなげなトコに……」
「他のお店行こうとしたらこんなとこまで来ちゃったのね」
 確かめるように漏らす声は、いまにも雑踏の喧騒にかき消されそうだった。きっと歩いている人は自分が喋っているコト
さえ気付いていないのだろう……青空は自分の心に「そう在るべき」静かな感情と真逆の物が灯るのを感じた。義妹との
会話が嫌いな理由の一つは、伊予弁をいちいち声に出して翻訳しなければならない──翻訳結果を言い聞かせるコトで
自分に光の意思がちゃんと伝わっているか確認しなければならない──せいだ。一生懸命調べてようやく喋れるようになっ
た言語さえ世界に響かぬようで、その都度いびつな喉を恨んだ。

 これでいちいち聞き返していたらとっくに絶交よ。喋るたびに元気のいい反応を見せる義妹に内心溜息をついた。彼女
はいつも青空を真剣な眼差しで見上げ、言葉の一つも聞き逃すまいとしているようだった。その様子はまるで女王に忠誠
を誓う衛兵のようで、一言たりと聞き返したコトはない。どんな小さな声で呟いてもちゃんと聞いてくれるのだ。

 だから、だろうか。嫌い嫌いと思いつつも、積極的な拒絶に出たコトがないのは。

 とりあえず降ろしてやる。あまり甘え癖をつけるのも教育上よくない。6km。遠足ぐらいたっぷり歩いた妹は疲れている
だろう。でもそれはいつものコトで──この前は10km先のショッピングセンターからバスと電車を乗り継いで連れ帰った。
今までで一番遠かったのは隣の県のプラモショップで、28kmは離れていた。日曜日の半分を賭け歩いて行ったらしい──
方向音痴のせいで大分足腰が鍛えられている。フルマラソンを歩き歩きで完走するぐらいはできるかも知れない。
「でも、なへならあーねーはわしのおおるトコ分かるの?」
「ふふっ」
 どうしてお姉ちゃんは私の居る場所が分かるのですか……一瞬でそう翻訳出来た自分が少し可笑しくもある。光のせい
で青空はすっかり伊予弁が得意になってしまっている。普通に喋ってくれれば楽なのにと思いつつも、どうも生来の努力的
な性格のせいか時々図書館で伊予弁を調べたりしてしまう。ひょっとしたら伊予弁メインの光より詳しくなっているかも知れ
ない。調べるたびに義母を思い出し「なんで調べなきゃいけないのか。親なら標準語も教えて欲しい。会話がし辛い」と仄か
な怒りを覚えたりするのに……。抱えている矛盾の面白さ。頬へ手を当て忍び笑いを漏らしていると、輝く瞳が不思議そうに
見上げてきた。10km先のショッピングセンターにいようと28km先のプラモショップでどう帰ればいいかほとほと困ってい
ても必ずやってきて連れ帰ってくれる、そんな姉がミステリアスで仕方ないという顔つきだった。
「あのね。これは他のみんなには内緒だよ?」
 しゃがみ込んで目の高さを揃えた妹は不思議そうな顔をした。「しっ」と唇に指を当て、いかにも聞かれてはマズいという様
子で辺りを見回すと、子供なりに何事かを理解したのだろう。明るい顔つきがユーモラスな緊張感に染まった。
「単純ね」。噴き出しそうになるのを何とか堪え、青空はすうっと髪の毛を──頭頂部から延びる長い癖っ毛を──撫でた。
「実はコレ、光ちゃんレーダーなの。だからどこにいても分かるんだよ?」
「え!」
 面喰らったのだろう。明るい瞳が笑顔と癖っ毛を交互に見比べた。口をあんぐりと開けているのは「俄かには信じられな
いけど”ねー”がそういうなら本当なのかも知れない」という葛藤のせいか。ここらが押し時とばかり青空はつむじに力を。
込めた。果たして癖っ毛はぴょいぴょい動いて義妹を指差した。「おおっ」。全身をビクっとしならせながらも彼女は青空の
言葉を信じたらしい。怖々と肩をすくめながらも癖っ毛に手を伸ばし、ちょいちょいとつつき出した。
「な、なへならあー動くん……?」
「光ちゃんレーダーだからよ。でもヒミツね。お父さんにもお母さんにも。バレたらお姉ちゃん、黒い服着た怖い人たちに連
れ去られちゃうんだよ。それだけスゴい能力なのよ~」
 両手をドラゴンのようにもたげて「がーっ」と脅かして見せると、光は全力でコクコクと頷いた。

 もちろんレーダー云々はウソっぱちだ。光の行きそうな場所で道行く人に写真を見せて裏返し「このコ見ませんでした?
どっち行きました?」という文字で尋ね回ったに過ぎない。いまだに運動神経学年20位以内なのはそういう地味な尋問で
使いまくった足がそれなりの筋肉密度を持ってしまったせいだろう。ここだけの話、28km先のプラモショップで半泣き状態
の義妹を見つけた瞬間は──途中で引き返すコトを考えつつも変な生真面目さでやり抜いてしまった青空も悪いのだが──
号泣したくなった。やっと解放された。一体何人に写真見せたか……翻しまくった写真は持つ部分がすっかり皺くちゃで新
調を余儀なくされた。
(だいたい、嫌いなら別に探さなくてもいいのにね)
 手をつないで歩きだす。輝くような笑顔の義妹のセリフを適当に聞き流しながら、青空はまた内心で溜息をついた。
 どうして毎度毎度方向音痴の義妹を探しにいくのか。そう誰かに問われた場合、明確な解答はできそうにないと思った。

 ただ──…

「ねー。コッペパン買うて」
「……あれはメロンパンよ?」
 思考を中断された青空はちょっとだけ不快なニュアンスの籠った笑顔で光を見た。気儘なものだと呆れる思いだ。タイム
サービスか何かだろう。通りすぎかけたパン屋さんの前に長い机と「味見のしすぎじゃない」といいたくなるほどコロコロ肥った
店主が並んでいる。漢字で表現すると「凸」の上の部分が店主で下が机だ。いらっしゃいいらっしゃい。景気のいい声と柏手
(かしわで)の下には小じんまりしたバスケットが沢山で、その中にあるパンどもが焼きたての香ばしくて甘ったるい匂いを
漂わせていた。クロサッサン、あんドーナツ、カレーパン、辛そうな赤いのたっぷりかかったベーコンパン。色とりどりのおい
しそうなパンの中でひときわ光の眼を引いたのは──本来の好物(ドーナツ)さえ無視させるほど魅力的だったのは──
メロンパンらしかった。彼女の指は確かにそれを指していた。
「コッペパン買って……」
 ぐぅとお腹を鳴らしながら見上げてくる義妹を、青空はつくづく持て余した。どう見てもメロンパンではないか。少なくても
青空の認識上において表面がゴワゴワして砂糖がほどよくまぶされているクリーム色のパン類はメロンパンである。
 それを説明して納得させるのは本当に苦労した。何度も何度も「これはメロンパンなのよーっ」って叫び散らしたくなるほど
だった。……どうやら伊予弁で「コッペパン」は「メロンパン」を指すらしい。何でよと青空は軽く額に青筋を立てた。どうも伊
予弁という奴は行使するにつれ視覚神経を犯しパンの区別さえつかなくする……としか思えなかった。そういうピンポイント
な齟齬こそ図書館の辞書に入れてよ。そう口中毒づきながらも「コッペパン」を買い、妹にやる。彼女は喜んだようだが腹の
虫は収まらない。歩行6km分のカロリー補充をして下さいとばかり腹部内臓のブザーも鳴った。

 商品を眺める。

 ほどよくして最も好みに合致する商品を発見。わざわざPOPと毒物劇物取扱者試験の合格証書が添えてある。

「悪魔さえ死ぬ激辛! 自家調合辛味噌入り焼きそばパン。※ 料理というより劇物デス。この世で一番辛い!」。
「合格証 ○○年○○月○○日試行の一般毒物劇物取扱者試験に合格したことを称する △△県知事 毒物太郎」

 すみっちょのバスケットの中、焼きたてのパンどもの中で唯一在庫処分丸出し(POPもそのためだろう)で干からびている
連中全部、13個をお買い上げだ。ぞろぞろと机を眺めていたサラリーマンや若者がざわめきがあがる。「死ぬぞ」「やめと
け」「辛い物好きの有名人がそれだけ買ってったが今は集中治療室! ゆえに今日を以て生産中止のそれを何故!!!?」。
問題ない。笑顔を返して首を振る。その可憐な様子に彼らは一瞬見とれたようだが、今度は「こんな可愛いコを見殺しにでき

るか」とばかりますます制止の声が強まっていく。

「水なしで喰うと死にますよ」
 まるでシアン化ナトリウムを売るごとく何度も何度も念押した店主がとうとう震えつつ紙袋を渡す。真赤に変色した紙袋を。

 それを持って家を目指す。歩きだす。

 紙袋はもはや沸騰中の血液を閉じ込めていると嘯いてもまた真実味が出るほど赤い妖気を漂わせている。その蒸気に
当たった蚊はたちどころに蒸発し、真新しい鉄製の柵に振りかかれば内部も露に茶色く錆びる。ああ、この焼きそばパン
おいしい。青空は嬉しげにパクパクと食べた。その白魚のような指の間を垂れ落ちた辛味噌が石畳に黒い穴をあけた。じゅっ、
じゅっ、落ちるたび白い煙が地面に巻き起こる。その黒い痕跡を追跡したのだろう。10分歩いた辺りで先ほどの店主が「や
はり渡すべきだったあー」と決死の形相で2リットル入りの天然水を6本ばかり持ってきた。相当走ったのだろう。コック帽
がずれ、丸っこい体の随所に滝のような汗が流れている。面構えときたらガソリンと灯油を間違えた客を追いかける危険物
取扱者だ。もっともその頃にはもう最後の焼きそばパンが胃に落ちるあたりで青空的には特に問題なかった。
「ほどよい辛さです。ありがとう。おいしかったです。水分は店主さんがどうぞ」
 どうしてこの店主さんはこんな必死なんだろう。青空は心底不思議に思った。辛味噌は大好物で、その気になれば業務用
の「注:ハバネロの6万倍の辛さです。お子様やご老人は耳かき一杯やるだけで死にます」とかなんとかいう大袈裟な注釈
入のでっかいボトル5~6本ぐらい楽勝だ。
 横で光は指をふーふーしているが──1カケラだけ食べたい。そう言って素手で持ったのが災いしたのか。辛味噌は指に
付着するや水膨れを作った──問題はない。店主は号泣と笑顔を足してドン引きで割ったような表情をしながら帰っていった。
「……指、大丈夫? 光ちゃん」
「ねーは?」
 お姉ちゃんこそ大丈夫なのだろうか。そういう目だった。触れるだけで水膨れを作る劇物を内蔵粘膜に叩きこんで本当に
無事なのかという心配と、驚きのもたらす尊敬の眼差しが混じっていた。
「大丈夫。大きくなったら辛いのも平気になるから。みんなコレ位へっちゃらなんだよ」
「うん!」
 光は笑った。やっぱねーはすごい。何でもかんでもそういう感動に直結する単純で純粋な心根の持ち主のようだった。


 嫌いでも、行方不明になったり事故で死んだり、誘拐犯に殺されて欲しいとは思えなかった。
 青空が義妹への感情を浚う時、少なくてもそこには姉妹の確執にありがちな「お前さえいなければ万事うまくいく」みたいな
思い込みはないようだった。いなくなっても家から光が消えるだけ。きっと親たちは失われた娘を思うだけで、自分を義妹並
みに愛でるようなコトはしないだろう。性格も年齢も違うのだから……それなりに聡明な青空は悟っていた。
(まあ、探すぐらいはいいか)
 あまり論理的ではないし決して心から好きになれそうにはないが、義妹を探すぐらいは……そう割り切っていた。

「ねー……おんぼしてつかーさい……」
「はいはい」

 家まで3kmというところで予想通り寝ぼけ眼を擦り出した義妹を背負い、青空は笑顔のまま家を目指した。











「さて。弁明も出尽くしたようじゃし、まとめてみるかの」
 床や壁に提出された供述書──筆はサブマシンガンでインクは弾痕──を一通り眼で追うと、イオイソゴは意地悪く目を
細めた。視線の先には青空(リバース)。供述書作成のため距離を取った彼女は、相変わらず何が楽しいのかニコニコと
微笑んでいる。手にはサブマシンガンで、よく事情聴取の場で持てるものだと(それを許可したものだと)クライマックスは感
心した。
「まずは状況整理じゃ。性能てすとをすべく適当な共同体殲滅を任じたヌシの妹。じゃが帰投時間をすぎてもいまだ戻ってくる
気配がない。連絡も途絶えた。位置を特定すべくぽしぇっとに仕込んでおいた発信機や携帯電話も無反応」
 かといってあれほどの者が倒される道理はない。イオイソゴは芝居がかった様子でゆっくりと首を振った。
「逃げた、としか思えんのじゃが……それもない。供述書を読もうかの」
 すみれ色の髪をゆっくり揺らめかせつつ弾痕に目を落とすイオイソゴ。
『逃げる可能性はありません。あのコの5倍速の老化を治せるのは私だけ。それを知っている以上、私の元を離れるのは
自殺行為。その辺りはしっかり『伝えて』あります』

「じゃが聞けばヌシの妹は昔から重度の方向音痴だったそうじゃの。……おうおう。そういえば小耳に挟んだ事もあるでよ。
ヌシが妹を鳥型にしたのは方向音痴を治すためじゃと。過去さんざ探し回ったゆえ2度と探したくないと」
 だが疑問なのは、とイオイソゴは青空めがけ歩き始めた。
「そうまで厄介を掛けられた方向音痴が治っているか否か、確かめなかった……? 解せんな。……ヌシはこうも供述したな?」

『もしかしたらあのコ方向音痴だから迷ってるんじゃないかしら』
『ごめんなさいね。鳥型にした段階で治っているとばかり』

 黒タイツ──と一見見えるが実は軽量の鎖帷子──に包まれた細い両足の下を供述書が過ぎていく。

「じゃがヌシほどの者が、下らぬ思い込みで見逃すのか? てすとぐらいする筈じゃ」

『老化治療に没頭していたからつい忘れてて』

 イオイソゴはゆるゆると進んでいく。静かで、驚くほど速い。胸元で赤いスカーフがたなびき、髪さえ戦(そよ)いでいる。
忍びだけが持つ特殊な足捌きであろう。それに運ばれるまま彼女は報告書の長い文章をぐんぐん過ぎていく。
 丈の短いブレザーのスカートがひらひらはためく。

「わしらの仲間になってたった一年余であれほどのほむんくるすを作れるほど優秀なヌシが」

『せめて私めの自動人形を監視にやれば良かったわね』

「ただの忙しさや手ぬかりで、方向音痴を見逃すのか?」

『総ては私めの手ぬかりのせい。光ちゃんは悪くないわよ』

 イオイソゴの足が止まった。
「繰り返すが対象はただのほむんくるすではない」
 すぐ眼前には青空がいて、手を伸ばせば届きそうな位置である。
「ヌシはおろかわしらに取っても得難き大戦力。優秀なヌシならそれを保持するために最善の努力という奴を尽くす筈じゃ。
にも関わらずまるで『方向音痴であったコトを忘れたように』、付添いや自動人形による監視もせず、老化治療のみを盾に
義妹を単身送り出す。……あまりにお粗末。あまりに不可解」
 黒ブレザーのダボついた長袖。それが──中に手甲を仕込んでいるらしい。後日クライマックスはそう聞いた──ゆっく
りと胸の前にかざされた。
 ゲル状のまま事態を静観していたアラサーの鼓動が跳ね上がったのは、幼い指に舟形の鉄片がいくつも握られているの
を認めた瞬間だ。
 固められた拳の表面。指と指の間にはさがっているそれらの名は──…

(耆著(きしゃく)! 本来の用途は方位磁石! この舟形の小鉄片は磁力を帯びてるんです! だから水に浮かべると北を
向くって寸法なのですこの上なく!)

 イオイソゴの持つそれは打ち込んだものを磁性流体にする恐るべき魔性の産物。現にクライマックスはいまそれを浴び、
溶けている……。
 注ぐ視線に見せつけるためか。攻撃的な笑みが幼い顔いっぱいに拡充する。

(闘るつもりです)

 クライマックスはゲル状の生唾を呑んだ。
「1つ言っておく。後生だから抵抗はするなよ? この武装錬金はわしの全身を磁性流体と化し、あらゆる物理攻撃を効か
なくする。打撃も、斬撃も、そして銃撃さえもな。じゃが──…」
 次の一言にクライマックスは戦慄した。
「ヌシの武装錬金特性までは防げん。当たったが最後、例の幻影じみた怨嗟の声に苛まれ、揺らされるぷりんのごとくゲル
状の体が共振現象で崩壊していく。ひひっ。迂闊迂闊。一見わしは詰んでおるなあ」
 必中条件も満たしている。イオイソゴがそういった瞬間、冴えないゲル状生物は寒気に見舞われた。
(そうです。確かにイオイソゴさんはリバースちゃんの傍でさっきからずっと!)
『声を出している』。
 サブマシンガンの武装錬金・マシーン(通称『機械』)の前でそれをやればどうなるか。
 先ほど一席ぶったイオイソゴが知らぬ筈なく。
「知っておるが故に破り方も然り。凶弾を逃れる術は4つほどある。1つ目。一定範囲内で声を出した者に着弾するというな
ら、それ以上の距離を置いて喋れば良かった。近場では沈黙すれば良い。2つ目。自動人形が合体する前に叩く」
 どっちも今からじゃ無理ですよお。溶けたアラサーは泣きたい気分だ。

(すぐ近くで声を出した以上、もうロックオンされてますよこの上なく!! もし凶弾発射後に範囲外へ逃げた場合、凶弾は追
いすがるかどうか分かりませんが、弾丸より早く走るとかイソゴさんでもムリですよ! かといって(自動人形の)合体前を狙
うのは、バクチすぎますよぉこの上なく!)

 片や一撃必殺のサブマシンガン。
 片や緩慢なる溶解の耆著。

(一発二発浴びても大丈夫なリバースちゃんに比べ、イソゴさんは弾丸一発撃ち込まれるだけでこの上なく負け! 

 その辺りを踏まえた場合、青空の勝利はますます揺るがない。

(「肉を斬らせて骨を断つ」。リバースちゃんは何を喰らおうとサブマシンガンとそれを握る腕と自動人形さえ守り抜けばいいん
です! で! 特性発動したら勝ち! この上なく勝ち!!)

「3つ目。今から別の者に声を出させる」
 別の者? 首を傾げたい気持ちになったクライマックスは脳裏に「ひえーっ」という大文字を刻んだ。
(必中条件は確か、『発射直前に声を出した人』……。なら自分が喋った後、他の人に声を出させればいいんじゃ!?)
 まるで爆弾ゲームのようだと彼女は思う。そしてそれは実に適切な例えだった。
(爆発寸前の爆弾、自分が持ちっぱなしじゃ危ないから、他の人に渡しちゃう感じです。喋らせて爆弾持たせるのです。そし
て、そして……このシチュならこの上なく私が盾にされそうな予感ーっ! ああ、なんて不幸な私)
「安心せいくらいまっくす。それはせん。やろうとしたらりばーすはヌシの声の根を断ちに掛る。じゃからせんよ。幹部は総て
我らが盟主様の所有物……。正当な理由なき軽挙で摩耗すべきではない。裏切り者なら別じゃがな
 しかしこの老人の自信はどうであろう。若者の向こう見ずな自信とは違う落着きが全身に満ちている。
「4つ目は……3つ目とやや近いが根本的に違う。じゃが、それだけに手軽で誰でもできる破り方じゃ。」
「…………」
「欠如ゆえ生まれた能力は欠如ゆえ破られる。なるほどヌシの能力は限りなく無敵に近い。じゃがその根本は欠如に立脚し
ておる。ひひっ。欠如欠如。そこを揺すぶられると頗(すこぶ)る脆い」
「…………」
「断言しよう」
 どこに隠していたのか。イオイソゴの手から兵粮丸がびっと跳ねあがり、円弧の頂点から小さな口目がけストリと落ちた。
「わしはただ一言発するだけでヌシに勝てる」
 そう言ったきり彼女は咀嚼に専念し始めた。ぶんぶく膨れた頬の上。その上に備え付けられた大きな瞳は美味にとろとろ
と蕩けながらも青空をじっと凝視している。
(一言発するだけで? いや、イオイソゴさん。あの弾丸って、声を出した人に必ず着弾するんじゃ?)
 まったく謎めいている。絶対に声を出してはならぬ武装錬金の前で、声を出す?
(もしかしたら「言葉」という所にこの上なく意味が? 一定のワードに反応して機能を停止する……とか?)
「ひひっ。”りばーす”とはよくいったものじゃなあ」
 小さな口からくちゃくちゃと一種艶めかしい咀嚼の音とマンゴーの匂いのする食べカス(後にクライマックスが聞いた話に
よればイオイソゴはフェレットとマンゴーの調整体で、そのため唾液や汗などの体液は総て柑橘系の甘い匂いがするらしい)
が散らばり、供述書に降りかかった。
「…………」
 青空は依然沈黙のままだ。
「という訳じゃ。下手な抵抗はするでないぞ わしとてヌシは殺めとうないでの」

 イオイソゴは頬を緩めた。何とも人好きのする笑みだ。

 そして咀嚼物を飲み干した。もし青空が攻勢に転ずるとすればこの一瞬しかなかったろう。
(飲み干す瞬間は声が出せない! つまり絶対勝てるっていう言葉! 一声が出せませんこの上なく!! マシーン封じの
切り札的ワードが出せない瞬間ならリバースちゃんにだって勝ち目が)

 青空(リバース)の体に身震いが起こった。視線を追う。

 震えが、移った。

 イオイソゴの舌の上に、どろどろの兵粮丸が乗っている。