SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 過去編第004話 1-4


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『で、続ける?』
「お断りに決まってるじゃないですか! というか、ななななななんなんですかアレはあ! 怖かったです! この上なく怖か
ったですよおっ!」
 装甲列車を解除したクライマックスはまず、そう絶叫した。えぐえぐと泣きながら。
『何っていわれても……。アレが私めの武装錬金の特性だから仕方ないじゃない』
「じゃ、じゃあこの顔とか手は何なんですか!」
「おうおう。相変わらず第一段階からして怖いのう♪」
 楽しげに見上げ、時にはぴょこぴょこ跳ねさえするイオイソゴとは裏腹に。

 冴えなさが造詣の良さを台無しにしている27歳の顔は──…

 あちこちの皮膚が剥落していた。赤い肉を剥きだしにしている部分がほとんどだったが、右頬に至っては全ての肉さえ削
げ落ち、白い珠の羅列が露になっていた。人体標本じみた醜さだ。それを訴えたクライマックス自身、すぐに右手でそこを
覆って必死に隠している。
(痛いです。空気が当たるだけでこの上なく痛いです)
 虫歯は一本もない。だがそれに近い現象に襲われているらしかった。頬が削げた時に歯の表面も一緒に落ちたのだろう。
歯髄が剥き出しになっている歯が何本もあるようだった。
 左目もまた周囲の肉やまゆ毛やまつ毛がこそげ落ち、あたかもゾンビのようである。

『それも特性よ? でも珍しいわねー。顔がそうなるなんて。大抵は手か足よ?』
「おおかた暴れておる時に転び、赤ん坊に顔をぶつけたのじゃろうな」

 彼女らはクライマックスに何が起きたか知っているらしい。
(くぅぅぅぅ。この上なく腹立ちます! 自分たちだけ納得しても仕方ないじゃないですか! 私はカワイソーな被害者なのに
何の説明もないとか! ああああ妬ましいです! あなたたちだけ知っているのがこの上なく嫉ましいです!)

 気配を察したのか、ニンマリと笑うイオイソゴ。

「結論から言ってやるかの。りばーすの武装錬金の特性は『必中必殺』じゃ」

 黒ぶちメガネの奥で泣き腫れた目が今度は三度瞬いた。そして洩れる「漠然すぎます。分からないですよぉ」。
 やれやれ。イオイソゴ、農家のおばさんが如く大儀そうに腰を伸ばし……語り始める。
「まず必中の方じゃが、こいつは『一定範囲内にいる者のうち、発射直前に声を出した者』へ必ず着弾する」
「…………ひょっとして、装甲列車の中にいる私に当たったのって」
「そ。射程距離で喋ったせいじゃな。言っておくがこの特性の前では装甲だの壁だのは無意味。間に何があろうと、絶対に
着弾する。銃弾が音を辿り、0.0001みくろんのわずかな隙間さえくぐり抜け、声を出した者に……必ず」
 道理で、とクライマックスは納得した。先ほど出した指紋虹彩何もかも自分と同じ自動人形を弾丸が避けたのは「声を出し
ていなかった」ためであろう。
「そして、『着弾した物に幻影を見せ』、『幻影と接触した部分が剥落する』……それが必殺の要素じゃ」
「じゃ、じゃああの赤ちゃんとか変な女の人は──…」
「そう。幻影じゃ。銃弾を浴びた者にしか見えぬ幻影。……ま、厳密にいえば幻影でもないがの」
「?」
『波長が合う人にしか見えないって訳。幽霊とか波長の合う人にしか見えないっていうじゃない? それね』
 沈黙を守っていた青空(リバース)が文字を書くと、イオイソゴの頬に老獪な笑みが浮かんだ。
「必中のため弾丸が声を辿るのを見ても分かるように、りばーすの武装錬金”ましーん”の特性は相手の声を元に作られて
おる」
「もしかして、空気を取り込んで銃弾にする要領で、『声』も……?」
「そうじゃ。声を取り込み弾丸にしておる。必中するのもそのせいやも知れぬ。反響……、自らの声が跳ね返り、自らの耳に
届くように、弾丸は必ず届く。そしてじゃ」
『声って人によって違うでしょ? だから波長が合うご本人にしか見えないの』
 こんがらがってきた。分かるような分からないような理屈だ。
「そ、そもそも幻影じゃなかったらあの赤ちゃんとか女の人とかは何なんですか!」
「怨嗟の声」
「え」
 急におごそかになったイオイソゴ。たじろぐ思いのクライマックス。見れば少女のはつらつさはすっかり鳴りを潜めている。
 ひどく気難しいような、恐れているような顔つきになっている……。
「この世に谺(こだま)する怨嗟のえねるぎーというべきじゃ。それをりばーすは対象の声と混ぜ、跳ね返し、銃弾経由で
『伝える』事ができる」
『多分に私の心象風景が混じっているけどね♪』
 相変わらず笑顔の青空を見るクライマックスは寒々とした思いだ。心象風景? 女が乳児の首を絞め、歪んだ首の乳児
どもが他者に纏わりつくような光景が……心象風景?
「まだ入って間もないヌシには分からんじゃろうが、りばーすもいろいろあるのじゃよ」
「いろいろ……?」
「それはさておき特性発動前にじゃな。りばーすそっくりの自動人形がさぶましんがんに合体したじゃろ? あの自動人形
にはこの世の様々な恨み言が詰まっておる。その負の方向へのえねるぎー。「恵まれている者は絶対に許さない」「死ね」
「いつか殺してやる」……そういった怒りのえねるぎー、破壊的な力をたっぷり中にしまっておる」
「そしてそれはサブマシンガンと合体した時、銃弾に乗り、対象を壊す。……そういうコトなのでしょーか?」
 ああ。とだけイオイソゴは頷いた。
「じゃあいま私が罹っていた第一段階というのは?」
「皮膚・筋肉または骨の表層の剥落。それが第一段階じゃよ。りばーすの特性発動後約1時間はそれらがゆるゆると続く。
進行がもっとも遅いのはこの段階で、これはりばーすの警告をも若干含んでおる。特性を一通り見せつけてから解除して
も取り返しがつくようにな。で、解除してから聞くのじゃよ。『続けるか』、と。この辺りはまだ理知的じゃ』
 幼い少女の顔に影がどんどん射していくのに気づいた。怪談を語って孫娘をなるたけ怖がらせてやろう……そういう笑み
だった。27歳の女性にそうするにイオイソゴはひどく幼い姿態だが……実は555歳の老婆であるコトをクライマックスは
思い出した。
「ちなみに剥落する部位の9割は肘から先または膝から先じゃ。幻影に攻撃する部位だからなのはいうまでもない。先に
いっておくが最終段階まで行きついた連中が粉々になって現世から失せさるなどというコトはない。幻影に触れなかった
部分についてはその内部がグズグズに崩壊していようと『見た限りでは』現存する。もっとも大抵は空気のぬけたびにーる
ぷーるのように平べったくなっておるが」
「…………」
『あ、剥落していくのは声を元に相手の固有振動数を分析して、それを怨みの声に乗せてるせいなの。だからこう、ガギーっ
って相手の体が共振してタコマナローズ橋みたいに壊れちゃう訳』
 そんな震動を帯びた声が相手の体に潜り込んでいく……という説明書きもあったが、クライマックスはこの上なく読む気が
しなかった。
「第一段階がすぎれば症状は30分ごとに次の段階へと移行してゆく。第二段階は骨が徐々にだが確実に瀬戸物よろしく
割れていく。臓腑もまた蝕まれるがこの時点ではまだ吐血などの症状はない。死ぬほどの激痛こそあれ剥落しておるのは
あくまで表面のみ……体外に排出しようとも内部の管の循環には乗り様がない。緩慢な内出血または漏れ出でた体液が
腹腔に溜まっていく程度じゃ。吐血ないし下血といった症状がでるのは第三段階で、それはもはや正常な意思があろうと止
めようはない。餓鬼の如く膨れた腹へ溜まりに溜まった血液どもは孔のあいた臓腑へ喜んで潜り込み、それが消化器系で
あれば噴水のごとく体外へと流れ行く。その状態でなお暴れ狂うものもおるが、臀部から血を吹き散らかす姿はまったくこ
の世の物とは思えんよ。血と罵声と排泄物が立ち込める空間で喚き散らす姿は修羅か羅刹じゃ。骨髄やりんぱ節が完膚
無きまでに壊されるのはだいたい腹部が臓腑の欠片を出しつくした頃じゃが、大体の者は失血かしょっくで死んでおる。ま
あそれを免れても免疫低下による感染症は免れぬ。いずれにせよ脳は頭蓋ごとぐずぐず」
「で、でも、グレイズィングさんなら治せますよね? あの人の武装錬金って病気もケガも何でも治せますから」
 ははっと空笑いを打ってみるクライマックスだが……
「…………」
「…………」
 まるで姉妹のような(年功の序列は逆だが)2人は口をつぐんだきり喋る気配がない。イオイソゴなどは唸るような声を漏
らしたきり厳かに瞑目している。
「む、無理なんですか? 治療は」
「根治はの。対症療法なら可能じゃ。もっともそれを施したところで──例えば破損した内臓や骨肉を全て再生してやった
ところで──振り出しに戻るだけじゃよ」
 つまり怨嗟の声のもたらす共振現象そのものは治せない。と理解してくれたのが嬉しいのだろう。にっこりとした清廉な
微笑が地面に文字を描いていく。
『で、幻覚観ながらじっくり2時間かけてまた死ぬの。嫌でしょー? それ』
「蘇生に回数制限なきゆえ命だけは繋ぎ留めれるが……、ま、最早ぐれいずぃんぐめが好む拷問地獄と変わらんよ。死んで
もまた責苦の中……じゃからな」
「第一段階が1時間で、それ以後が30分ずつなら」
 指折るクライマックスはそこがすっかり冷え切っているのに気付いた。恐怖におののく血の気が全身から撤退しているよ
うだった。
「そう。2時間。個人差はあるが特性を浴びたまま放置しておけばおよそ2時間で死ぬ。それは人間であれ”ほむんくるす”
であれわしら”まれふぃっく”であれ免(まぬか)れえぬ運命」
 軋んだ首を青空に向ける。彼女は輝くような笑みを浮かべていた。それが却って恐怖で不気味だった。
『光ちゃんにコレ使わなかったのは、盲管銃創の方がいくらかマシだからよ。いくらブチ込んでも死なないし』
「怖すぎる特性です。無限増援とかで喜んでた私は何なんですか……」
「ひひ。怖いのは寧ろその特性の使い方じゃがなあ……」
 老婆めいた──事実そうなのだが──笑いがポニーテールの愛らしい少女に広がっていく。笑ってはいるが表情はひど
く暗く(純粋に暗いというのではなく暗さを愉しんでいるがゆえの複雑な暗さ)、無数の皺さえクライマックスは幻視した。
「ひどい使い方? 子供とかを内蔵グズグズにして空気の抜けたビニールプールにするとか?」
「いんやいんや」
 ぱたぱたと手を振りながらイオイソゴは眼を細めた。
「こやつな。せっかくの必中必殺をほとんど第一段階で止めよる。第三段階までやって殺した相手は数えるほどじゃ。じゃ
が……寧ろ一番軽微な損傷を以て最も悪辣な使い方をしておる所に、りばーす・いんぐらむの恐ろしさがあるのじゃよ」
 この少女然とした老人はひどく勿体つけているようだった。恐らく自分の疑問と「どうしてスパっと話してくれないんですか」
的なもどかしささえ楽しんでいるのだろう。クライマックスはそう思ったが表情を取りつくろっても釈迦の手の内、ますます楽
しませるだけな気がしたので、「どういうコトですか?」 敢えて選んだ普通の反問、返る答えは──…

「家庭を崩壊させておるよ」

「幻覚を見せて皮膚とか剥落させるだけの能力で?」
「ひひっ。頭を使うてみたらどうじゃあ~? 怨嗟の声はやられた当人にしか見えぬ。そしてあれを浴びた奴は幻がごとき
怨嗟の声を攻撃せずにはおられん。なぜなら…ひひっ、ひひひひ。両目が真赤な奇形乳児に襲われて平気でおれる者は
おらんからの。ましてアレに触れられ、皮膚が剥落すれば抵抗せざるを得んじゃろう~?」
 半開きにした口の右端だけ吊り上げ、イオイソゴはすすり泣くような笑みを漏らした。狡猾と老獪が入り混じった凄絶な表
情だった。
「まさか」
 殺人希求を抱き続けるクライマックスですら、辿りついた推測はつくづくエゲツなかった。
「狙った家庭にいる誰かに幻影を見せて、暴れさせるコトで……疎遠にさせて、家庭崩壊を?」
「大抵は父親を狙う。なぜならもっとも力が強くもっとも御し辛いからの」
「で! でも! 特性を2時間喰らったら死ぬ筈ですよね!? だったら家庭崩壊より先に、そのお父さんが」
「なーにをいっとるんじゃあ?」
 半眼のイオイソゴが不思議そうに呟いた。
「途中で解除するに決まっておるではないか」
 反問しかけたクライマックスは、途中で気付いた。
青空がどういう方法で家庭を崩壊させているかを。
「あ……第一段階途中で解除するっていうのはつまり、そういう……」
「そ。1時間程度適当に暴れさせるため。そして解除。……じゃが」
「何時間か何日か、とにかく間を置く訳ですか? そしてまた『お父さん』を撃って暴れさせる」
「前触れもなく暴れるような家族がいる家庭……それがうまく行こう筈もない。
 頷くイオイソゴに寒気がした。文言はもっともそうだが、「暴れる父親」の恐怖が家庭に浸透しその繋がりが水中の紙が
ごとく崩壊するまでどれほどの期間が必要だろう。半年? 1年? そもそもどうせ青空が狙うような家庭は円満で幸福で
何ら問題のない場所なのだ。父親が暴れる──…いや「暴れさせられる」のは平和な時間の中のごく一部ではないか。
にも関わらずイオイソゴの口ぶりからすれば青空は現にいくつもの家庭を崩壊に導いているらしい。それをやるためだけ
に見も知らぬ家庭に張り付き、銃撃を繰り返した。「暴れさせられる」父親が平和な家庭から悪の権化と嫌われ見放される
まで特性を使い続けた。実に恐るべき執念。クライマックスは口に手を当て震えた。。
「…………どうしてそんな回りくどいコトを」
『だって、普通に撃つだけじゃ伝わらないでしょ? 普通に射殺したところでリア充どもは勝手でちゃちい怒りを私にぶつけ
てくるだけじゃない。どうして幸せを壊した。許せない……ってね。でも本来悪いのはあっちの方でしょ。自分たちさえ良け
ればいいってカンジで、困ってる人を見捨てて何の手も差し伸べない』
 だから、と青空は弾痕で文字を書いた。
『彼らは一度きっちり身から出た錆で幸福なおしゃべりを忘れるべきなの。それができない人の身に立って、側になって、
そして困っている人を助ける方へ進むべきなの。重要なのは『家庭が何ももたらさなかった』って実感よ。奪われた、じゃ
ダメ。私めが見たいのは、犯人に遠吠えするだけでその実何も取り戻せないちゃちい憤怒じゃないの。親が最低で最悪
だったから自分はそうはなるまいと努力する綺麗な意思なの。誰かを助けたいと願う心なの』
 つくづく清楚で純粋な……笑顔だった。「水を大切にしましょう」「納税はお早めに」。そんなポスターに乗っていてもいい
位、見る者に安心感をもたらす笑顔。しかしその顔が描く文字は、意思は、笑顔とはまったく真逆の歪みを帯びていた。
(なにを言っているんですかあなたは……!!)
 家庭への憧れゆえに殺人希求を持つクライマックスは……この時初めて心底からの怒りを青空、いや、リバース=イング
ラムに覚えた。
「あなた狂ってます! まだ直接的に相手に手を下し、骨髄も内臓も何もかも崩壊させる方がマシです!」
「!」
 青空は息を呑んだようだった。笑顔がたじろぐのをクライマックスは確かに見た。元声優だから人間感情の流れはおおま
かだが分かる。「自分の間違いに薄々気付いている」。そんな気配がした。
(隙アリです! こうなったら責めて責めて溜飲を──…)
『うるさいわね』
 弾痕を眼で追ったのは、頬を強い力で掴まれた時だった。

『あなたに何が分かるっていうの? 私はね、ただ普通に暮らして普通の女の子として生きたかっただけなの。なのにお母
さんに首を絞められて大きな声が出なくなって、そのせいで誰からも気にかけて貰えなくなったの。お父さんさえそうだった
のよ。クラスの人たちだって私が小さい声で応じるたびに「そういう奴か」って眼をして離れていくだけで、私の首のコトなん
て知ろうともしなかった』

 青空はどこまでも笑顔だった。だがその顔面からは血の気が引き、もともと雪のような肌がつくづく白くなっている。
 夢見がちで浮ついた『大人になりきれぬ大人』だけが持つ過剰なイマジネーション。元声優のアラサーが持つそれは津波
が来る前の海岸を、波のすっかり引いた不気味な静寂をたっぷり幻視させた。

 リバースに立ち上るは果てしない悲しみと……その根源に触れられた怒り。

 どうしようもない欠如に苦しんだ挙句の現状を更に否定されたという心理的リアクタンスだ。自信の尊厳を守るための主
張的な怒り──思春期の男女が多かれ少なかれ持っている癇癪玉だ。適切な場所で炸裂させれば成長をもたらすが、妙
な場所で暴発させたり或いは鬱々と抱えたまま成人式をくぐり抜けてしまえば社会の中で如何ともしがたい人間不和を呼
び込む奴だ。クライマックスは明らかに炸裂し損ねた人種なので分かる。『リバース=イングラムは癇癪玉の不良在庫王。
毎日毎日倉庫の中を”叩きつけたくて仕方ない”って顔でニトログリセリンの大瓶持ってほっつき歩いています。在庫一掃
セールで焼け死にたくなければ、くれぐれも刺激しないように。一番いいのは関わらないコトですが』と──が青空の全身
から立ち上っている。冷ややかな蜃気楼。スタイルのいい輪郭を彩っているのはそれだった。

 そして。
 彼女の武装錬金の特性は。

 第一段階は皮膚・筋肉または骨の表層の剥落。そのせいでクライマックスの右頬は歯が剥き出しになっている。骨の表層
の剥落。歯もその範疇なのかも知れない。エナメル質と象牙質が削げ落ちた歯が何本もあり、歯髄が剥き出しだ。

『リア充どもは自分たちが恵まれているから自分たちに何も恵まない人はすぐ無視する。変なのがそこにいるって程度の目
で救おうともせず楽しい楽しい楽しい楽しいおしゃべりにだけ熱中するの』
 平素綺麗な、サブマシンガンで書いているとは思えない字。それが少しずつ乱れ始めているようだった。笑顔の青空は
クライマックスの右手の上で力を込めたようだった。やめて。次に訪れる出来事を察知して首を振る。右手の下には頬。
肉の削げた頬。そこに並んでいるのはエナメル質と象牙質が取っ払われたC3の歯どもだ。空気が当たるだけで、痛い。

 そこが思いきりつねられた。

 10に近い歯髄に痛烈な力が加わり、歯科用ドリルで深く抉られた方がマシだという位動悸がギンギンと膨れ上がる。
 防御に回した右手などカステラのように千切られていてだからクライマックスは実感する。相手もまた怪物なのだと。

「おーヒドいのう」

 縋るように細い横目を送ったイオイソゴは、肩をすくめるだけだ。助けに入る気配はない。それがますますクライマックス
を暗澹たる気分にさせた。

 青空の主張は続く。

『そういう連中がのさばっている限り、私のような性格のコたちはずっと救われないままじゃない。好きでそうなった訳でも
ないのに、だーれも救おうとしないし復活の機会だって与えない。苦しみ続けるまま。たまたま真っ当な環境に生まれて
真っ当な声を出せるだけの人達の無責任な楽しさを見せつけられ、惨めな思いをし続けるまま』

 そこまで読んだ辺りでとうとう痛みが限界許容量を超えた。

 いかにリア充どもが間抜けで自分が正しいか……そんなくそったれた、適応規制じみた長文羅列は歯のみならず胃さえ
蝕むようだった。それを無視し、「やめて」をほどよくブレンドした絶叫を上げてやるのがクライマックスにできるささやかな
意趣返しだった。「狂った意見など誰が読むか」。苛まれながらも内心でほくそ笑む、誰でも持っている小市民的な感情こ
そが唯一の救いだった。

『だから私は治すの。私を救おうとする人が現れなかったから、この世界を正しい方向に治したいの。私のこの意思を伝えて
何もかもを正しい方向に治したいの。分かる。分かる?』

 クライマックスは頷いた。何を訴えられているかは分からないが同意を示しさえすれば歯髄を掌越しに圧迫する痛烈な力
から逃れられるのは確かだった。

(ぬぇぬぇぬぇ!(笑い声) 逃れてからこの上ない間抜けぶりをこの上なくあざ笑ってやりますよ私!)

「適当に頷いて逃げようとしないでよねそもそもケンカふっ掛けてきたのはあなたよね」
 抑揚のない声が青空の口から漏れ始めた。彼女は眼を開いている。黒い白目の中で真赤な球体が爛爛と燃え盛って
いる。冷たい蜃気楼はいつしか火災現場のような強いオレンジの妖気に変わっている。
「お仕置きが必要のようね大丈夫大丈夫死んだりしないわよちょっと伝えるだけうふふあははははーっはっはっは」
 青空の手が動いた。頬にのばそうとする右手を折った……「めきり」という音にやっと気付くクライマックス。

(あああ! また! 腕折られた遺恨を晴らすため挑んだのにまた折られてますーーーーー! 無意味です! この上なく
無意味じゃないですかこの状況おおおおおおおおおおおおおお!!)

 妙な方にねじ曲がった腕を眺める暇もあらばこそ、青空は欠けた歯をつまみ、歯髄に短い爪を滑り込ませた。

 歯の根が軋むほどの力がかかり──…
 人生最大級の無慈悲な激痛がクライマックスの全身を貫いた。

 のたうつべく身を屈めたその体が『歯髄を起点に』持ち直される。増幅される激痛。元声優らしくむかしコレをやれたら
絶叫の第一人者として歴史に名を刻めたんじゃないかとか現実逃避を始める彼女だが、救いは、ない。
「まずは文字を読んで私の意思を知ってその上で意見を述べて適当にやりすごされるのは嫌なの分かるでしょこの気持ち」
「分かったからそろそろ落ちつけりばーすよ」
 沈降感。激痛に喘ぐクライマックスは体がゆっくり沈み出すのを感じた。
 いつしか歯髄にかかる指は粘液の中をずるりと抜け、あちこちがひび割れた手足も床の上で平べったく潰れていく……。
「争うのはまあ勝手じゃが、まずは仕事を優先せい。わしがわざわざココまで来たのは職責を果たすため。後にせい」
 クライマックスは気づく。視界の低下に。目線は、子供たるイオイソゴの膝より下に下がっている。

 アラサーの体は、溶けていた。

 ゲル状といおうかスライム状といおうか、とにかく全身が原生生物のように正体を無くした水溜りだ。
 それを厳然と見下ろすイオイソゴはやや気難しい表情だ。もっとも幹部同士の不仲を嘆くというより「一旦は面白がって
解説や説明に回ったり野次馬を決め込んだりしたが、それが却ってリバースを勢いづかせてしまった」自らの軽挙を反省
しているようだった。それが証拠か彼女は低い鼻をさするとバツが悪そうに笑った。
「悪いの。ヌシがわしの要件を分かっているようだった故、ついつい切り出しそびれた。なに、冥王星の嬢ちゃんなら死に
はせんよ。わしの武装錬金はカタチを変えるだけ。殺傷力はほぼ零じゃ」
『耆著(きしゃく)の武装錬金……ハッピーアイスクリーム。形は舟型の金属片で、撃ちこんだ者を磁性流体にする……。
で、御用は?』
 えへん。わざとらしい空咳を一打ちしたイオイソゴは腰に両手を当て得意気にそっくりかえった。

「ヌシの妹、どこかへ消えたそうじゃな? それに対する弁明を……聞きにきた」

 クライマックスは確かに見た。
 ふわふわとウェーブの掛かる短髪と頬の間に、一滴の汗が流れるのを。

「あれほどの力量を持つほむんくるす。まさか失くしたではすまんよ。済む訳がない」

「来るべき決戦に欠かせぬ貴重な戦力。野垂れ死ぬならいざ知らず、戦団に悪用されてはチトまずい」

 決して怒鳴ったり喚いたりはしない静かな声だ。しかし背丈が一回りも二回りも小さいイオイソゴが喋るたび、青空(リバー
ス)の顔に汗が増え、内包する怒りさえ消えていくようだった。見ているクライマックス自身「もし自分が青空の立場だったら」
と身震いする思いだった。大きな瞳から発される穏やかな視線は、相手が道に外れた文言を吐いたが最後、閻魔より厳正
な目つきと化し徹底的に追及しにかかるだろう。
 いつしか辺りには自称555年の人生の重みを感じさせる厳粛な雰囲気が満ちていた。

「解答次第では粛清もありうる。慎重に答えるがヌシのためじゃ」

 響く声はただ無慈悲、青空は、ただ──…