千鶴=狼娘に向かって、触手の網が投げかけられた。
矢の雨のように、無数の槍のように、その突撃は苛烈で、容赦ない。
しかし、その切っ先を前にして、
狼娘は笑った。
「……かわさない!」
千鶴=狼娘は足を踏み出した。
手刀一閃。正面からの一撃を強引に突破する。
そのまま猛スピードで、イカ娘に向かって突進した。
遊撃隊の触手が、千鶴の肉体に突き刺さる。
残る7本の触手が体を切り裂いても、歩みが止まることはなかった。
ついにイカ娘に到達し、小さな体を強引に持ち上げる。
「お主の狙いは――ここだワン?」
千鶴=狼娘が血まみれの左肩をトントンと叩く。
「わたしの牙。
牙を抜くことを目的とした攻撃は傷つける意思に欠ける。
かわさなくても、所詮致命傷にはならないのだワン」
再び戦闘に参加しようとした悟郎たちを、千鶴=狼娘が目で制する。
「わたしはこの体を使い倒すつもりだワン。
傷つくのは痛いことは痛いが、我慢できる。
対するお主は、自分の貧弱な肉体をかばい、千鶴の肉体をかばい、
まわりの仲間たちをかばいながら戦っている。
やはり、守るべきものを持ったのは失敗だったのだワン!
わたしの侵略、一人の侵略が正しいのだワイカ娘ちゃん」
"千鶴"の声がした。
矢の雨のように、無数の槍のように、その突撃は苛烈で、容赦ない。
しかし、その切っ先を前にして、
狼娘は笑った。
「……かわさない!」
千鶴=狼娘は足を踏み出した。
手刀一閃。正面からの一撃を強引に突破する。
そのまま猛スピードで、イカ娘に向かって突進した。
遊撃隊の触手が、千鶴の肉体に突き刺さる。
残る7本の触手が体を切り裂いても、歩みが止まることはなかった。
ついにイカ娘に到達し、小さな体を強引に持ち上げる。
「お主の狙いは――ここだワン?」
千鶴=狼娘が血まみれの左肩をトントンと叩く。
「わたしの牙。
牙を抜くことを目的とした攻撃は傷つける意思に欠ける。
かわさなくても、所詮致命傷にはならないのだワン」
再び戦闘に参加しようとした悟郎たちを、千鶴=狼娘が目で制する。
「わたしはこの体を使い倒すつもりだワン。
傷つくのは痛いことは痛いが、我慢できる。
対するお主は、自分の貧弱な肉体をかばい、千鶴の肉体をかばい、
まわりの仲間たちをかばいながら戦っている。
やはり、守るべきものを持ったのは失敗だったのだワン!
わたしの侵略、一人の侵略が正しいのだワイカ娘ちゃん」
"千鶴"の声がした。
その声は血まみれの肉体から発せられたとは思えない、優しい音色だった。
声が言った。
「大丈夫よ。戦って。
わたしの体を、侵略に使わせたりしないで」
抱え上げていたイカ娘を、千鶴が下ろした。
「だ、だけど、わたしがッ、
千鶴に勝てるわけないじゃなイカ……」
泣き出しそうになるイカ娘を、千鶴の胸が包んだ。
「優しい子ね。
でも、そんな優しさがあるからこそ、あなたは強いの。
たぶん、わたしよりも」
魔法は解けた。
千鶴=狼娘はイカ娘を突き飛ばし、急いで距離を取った。
「――操作が乱れただワン。
お主の攻撃が牙をかすっていたのか……」
千鶴=狼娘が左肩をなでた。
イカ娘の触手が再生を始める。
「まだやる気だワン?
何度やっても同じ、わたしの侵略のほうが強いのだワンよ」
「千鶴はそうは思っていないでゲソ。
だからわたしも千鶴を、わたし自身を、信じてみるでゲソ」
「……」
千鶴=狼娘は構えた。今まで棒立ちだった狼娘が初めてとった、戦闘の構えだ。
イカ娘は目を閉じた。その周囲に10本の触手が、柔らかく広がる。
狼娘がつぶやいた。
「お主はやはり危険だったワン」
声が言った。
「大丈夫よ。戦って。
わたしの体を、侵略に使わせたりしないで」
抱え上げていたイカ娘を、千鶴が下ろした。
「だ、だけど、わたしがッ、
千鶴に勝てるわけないじゃなイカ……」
泣き出しそうになるイカ娘を、千鶴の胸が包んだ。
「優しい子ね。
でも、そんな優しさがあるからこそ、あなたは強いの。
たぶん、わたしよりも」
魔法は解けた。
千鶴=狼娘はイカ娘を突き飛ばし、急いで距離を取った。
「――操作が乱れただワン。
お主の攻撃が牙をかすっていたのか……」
千鶴=狼娘が左肩をなでた。
イカ娘の触手が再生を始める。
「まだやる気だワン?
何度やっても同じ、わたしの侵略のほうが強いのだワンよ」
「千鶴はそうは思っていないでゲソ。
だからわたしも千鶴を、わたし自身を、信じてみるでゲソ」
「……」
千鶴=狼娘は構えた。今まで棒立ちだった狼娘が初めてとった、戦闘の構えだ。
イカ娘は目を閉じた。その周囲に10本の触手が、柔らかく広がる。
狼娘がつぶやいた。
「お主はやはり危険だったワン」
そして、跳躍した。
狙い撃ちになることも辞さない、勢いを乗せた最後の一撃に賭ける。
イカ娘は触手を放った。両脇の髪からの二本の触手が、狼娘を真っ向から迎え撃つ。
「無駄だワン!
もはや最高速! すべての触手を突き破ってお主の喉を貫く!」
すべての触手を?
しかしイカ娘は触手を束ね、巨大な一つの槍として千鶴=狼娘目掛けて突っ込ませた。
「うおおお!?」
先頭の触手は、狼娘に切り払われた。
空中でくるくると華麗に舞い、二本目の触手、三本目の触手とちぎり捨てる。
しかし、そこまでだった。
強靭な触手の槍は、構成繊維を二、三本切り取られても、止まることなく、
千鶴=狼娘の左胸に命中した。
千鶴=狼娘の体が地に落ちる。
その周囲を、みんなが囲んだ。
狙い撃ちになることも辞さない、勢いを乗せた最後の一撃に賭ける。
イカ娘は触手を放った。両脇の髪からの二本の触手が、狼娘を真っ向から迎え撃つ。
「無駄だワン!
もはや最高速! すべての触手を突き破ってお主の喉を貫く!」
すべての触手を?
しかしイカ娘は触手を束ね、巨大な一つの槍として千鶴=狼娘目掛けて突っ込ませた。
「うおおお!?」
先頭の触手は、狼娘に切り払われた。
空中でくるくると華麗に舞い、二本目の触手、三本目の触手とちぎり捨てる。
しかし、そこまでだった。
強靭な触手の槍は、構成繊維を二、三本切り取られても、止まることなく、
千鶴=狼娘の左胸に命中した。
千鶴=狼娘の体が地に落ちる。
その周囲を、みんなが囲んだ。
最後にイカ娘が、ちぎれて半端なショートカットになった触手を直す力もなく、
狼娘の前に立った。
狼娘の前に立った。
「良かったのか? 狼娘を見逃して」
運転席の悟郎が聞いた。
「千鶴が助かった時点でわたしたちの関わり合いはおしまいでゲソ。
それに狼娘の本体のありかは、本人しか知らないでゲソ」
「わたし、森の木々に聞けますが……」
鮎美が言った。
「……でもいいでゲソ!
狼娘の目的は、それはそれで応援したいでゲソ。
やり方を間違えたらまた叩く、それでいいじゃなイカ!」
それよりも、とイカ娘が笑う。
「見たか?
自分でも気付かなかったけど、わたしは千鶴に勝利するほどの実力者だったでゲソ。
おまけにその千鶴は今はケガ人でゲソ。
侵略の好機じゃなイカ!」
「ひい! 最大の弱点だった千鶴さんを克服したイカさんが侵略を!
もう勝てない! 人類はおわりだぁ!」
渚が悲痛な叫びを上げた。
「イカ娘ちゃん、渚ちゃんを怖がらせないの」
後部座席の千鶴が、寝転がったまま穏やかに止めた。
「ふっふっふ、もう脅しは通用しないでゲソよ」
「そうかしら……」
千鶴の細い目が、ゆっくりと開眼される。
同時にイカ娘の勝ち誇った表情が、ゆっくりと恐怖の色に変わる。
「ごめんなさいでゲソ……。怖い顔しないでくれなイカ」
(メンタル、戻ってるー!)
運転席の悟郎が聞いた。
「千鶴が助かった時点でわたしたちの関わり合いはおしまいでゲソ。
それに狼娘の本体のありかは、本人しか知らないでゲソ」
「わたし、森の木々に聞けますが……」
鮎美が言った。
「……でもいいでゲソ!
狼娘の目的は、それはそれで応援したいでゲソ。
やり方を間違えたらまた叩く、それでいいじゃなイカ!」
それよりも、とイカ娘が笑う。
「見たか?
自分でも気付かなかったけど、わたしは千鶴に勝利するほどの実力者だったでゲソ。
おまけにその千鶴は今はケガ人でゲソ。
侵略の好機じゃなイカ!」
「ひい! 最大の弱点だった千鶴さんを克服したイカさんが侵略を!
もう勝てない! 人類はおわりだぁ!」
渚が悲痛な叫びを上げた。
「イカ娘ちゃん、渚ちゃんを怖がらせないの」
後部座席の千鶴が、寝転がったまま穏やかに止めた。
「ふっふっふ、もう脅しは通用しないでゲソよ」
「そうかしら……」
千鶴の細い目が、ゆっくりと開眼される。
同時にイカ娘の勝ち誇った表情が、ゆっくりと恐怖の色に変わる。
「ごめんなさいでゲソ……。怖い顔しないでくれなイカ」
(メンタル、戻ってるー!)
数週間後、相沢家に一通の手紙が届いた。
差出人は、道の駅「くるみ」。
道の駅を映した写真とともに、名産のワインがどうとかいう宣伝が入っている。
ダイレクトメッセージのたぐいだと思って、捨てようとしたが、
写真の隅に映っていた狼娘の姿を見て、捨てるのをやめた。
差出人は、道の駅「くるみ」。
道の駅を映した写真とともに、名産のワインがどうとかいう宣伝が入っている。
ダイレクトメッセージのたぐいだと思って、捨てようとしたが、
写真の隅に映っていた狼娘の姿を見て、捨てるのをやめた。
夏だというのにファーのついたジャケットをまとっている。
その上から、葉っぱのマークの入ったエプロンをつけて、暑そうだが似合っている。
道の駅の店員が一人、狼娘を呼び寄せようと手を差し伸べ、
狼娘は腕組みをして、仕方ないといったように写真の隅に入った。
その上から、葉っぱのマークの入ったエプロンをつけて、暑そうだが似合っている。
道の駅の店員が一人、狼娘を呼び寄せようと手を差し伸べ、
狼娘は腕組みをして、仕方ないといったように写真の隅に入った。
どういう経緯で狼娘が道の駅「くるみ」で働くことになったのかは分からない。
お腹をすかせて拾われたのか、
イカ娘のように侵略に入った先でなし崩し的に働くことになったのか、
狼娘は手紙には何も書かなかった。
どういう意図で手紙を出したのか。
それも何一つ書かれていない。
お腹をすかせて拾われたのか、
イカ娘のように侵略に入った先でなし崩し的に働くことになったのか、
狼娘は手紙には何も書かなかった。
どういう意図で手紙を出したのか。
それも何一つ書かれていない。
だからイカ娘は考えるのをやめた。
いつものように丸い飾りのついた靴をはき、
いつもの町へ出る。
「いい天気でゲソね。
今日は何が待ちうけているでゲソか」
外はまだまだ、もうずいぶん経った気がするが夏休みだ。
いつものように丸い飾りのついた靴をはき、
いつもの町へ出る。
「いい天気でゲソね。
今日は何が待ちうけているでゲソか」
外はまだまだ、もうずいぶん経った気がするが夏休みだ。
おわり