SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 永遠の扉 過去編 第003話 (1-3)


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「終わり……です」
 無銘は地面めがけ放り捨てられた。その損害状況を玉城はただ観察した。
 チワワの尾は根元から千切れている。左後ろ脚もまた紙一重で繋がっている様子だ。両の前脚もあちこちが歪み、その
傍で吐瀉物が点々と水溜まっている。もはや彼は余喘も露わ。うずくまりか細くか細く震えるその姿はもはやあと一撃で絶
息する他ない残酷な事実を雄弁に物語っている。
「でも……しません。…………勝とうと思えば勝てたのに……私を気にして……話を聞いてくれたのは……嬉しかった……
です……だから……とどめは……さしたく……ありません。……さよなら、です」
 後はあの金髪剣士たちを倒すだけ──…真っ白な踵が湿った土の上で方向転換をしようとした時、それは起こった。

 この場を離れるべく身を反転しようとした玉城はまず、奇妙な引っかかりを覚えた。引っかかり。それは流転する戦闘局
面を制する読み合いの中しばしば訪れる猜疑と暴露欲求の端緒をも指すが、この時玉城が覚えたのは更に具体的かつ単
純なものであった。
 長い三つ編みを揺らめかして振り返ろうとした玉城はその運動が奇妙な引っかかりに妨害されるのを感じた。
 ホムンクルスの高出力ならば強引に振り切れる程度の微弱な引っかかり。だが玉城はハタと動きを止めた。

 抱く疑問はただ1つ。

 何に、引っかかった?


 両足を順に動かす。異常はない。腹も胸も頭も髪も、動きを妨げるものはない。左腕。問題なく動く。
 右腕。
 肘から先が欠落したそれを動かした時、微弱だが確かに動きを妨げる『何か』の存在を知悉した。
 凝視する。
 そして、愕然と眼を見開いた。
「これは──…」
 …………前腕部が欠落し、無残にも断面を剥きだしている肘に。
 糸が刺さっている。
 絹糸のように白いそれはどこからか伸びてきたらしい。糸の流れを追うべく振り返った玉城は茫然と立ちつくした。
「何……ですか?」
 木々と茂みは糸に侵食されていた。色褪せた木の葉と茂みの間にかかる白い糸は鳥の鋭い視覚を持つ玉城でさえ見逃
してしまいそうなほど細い。それが何本も何十本も何百本も木の葉と茂みを繋いでいる。木漏れ日のあるところだけ反射の
加減か銀色に輝くそれらは癇癪持ちが張った立ち入り禁止のテープよろしくメチャクチャに張り巡らされている。立ち入り禁
止。まるで玉城がその先へ行くのを防ぐように、乱雑に。
「蜘蛛の巣? いえ…………」
 蜘蛛の作る美しい幾何学模様とはまるで無縁な糸たちはどうやら元は1本らしかった。潰れた団子のようなわだかまりが
尖った草にネットリこびりついているが、糸はそこから2本生えている。生えている、というよりそこで方向転換したという方
が正しいだろう。
 尖った草に付着する不可解な糸。

『それはどこから伸びてきた?』

 玉城の表情に少女らしい動揺が走った。慌てて糸を引き抜き地面に投げる。注射針を抜いたような嫌な痛みが走り一瞬
顔を歪めたが、不可解な糸を体内に放置するおぞましさに比べれば大したコトはなかった。
 糸を眼で追う玉城。その出所に近づくたび面頬に汗が増えていく。
 糸はドクダミの葉に伝播し更にそこからさまざまな雑草を経て──…
 広場に向かって、伸びている。
「広場……? まさか……」
「くくく……ふはははは」
 震える笑いが響いた。振り返る。息も絶え絶えの無銘が三本脚で立ち上がっている。
「手首と合流させなければ勝ち……だと? 馬鹿め! 忍びを舐めるな!!!」
 牙も露に激しく咆哮する小型犬の姿によぎる予感。凄まじい悪寒が玉城の体を駆け巡る。

 震えとともに見届けた。

 糸は……広場に転がる兵馬俑の手首の、更に指先から伸びている!!
「忍法指かいこ!! 我が兵馬俑の指先は糸へと変じる! 限りない粘着性と切断力を誇る長い糸にな!」
 発作にも似た嫌な震動が玉城の体を張り裂いた。
「無論遠隔操作は可能! 五体満足の自動人形を操る事に比ぶれば手首一つ指先一つ操るなど造作もない!」
 玉城は悟った。
 静かに長く伸びた糸が雑草と木の葉を幾度となく往復し……肘へ侵入したのを。
(……これもまた……勝負、です。『チワワさんと手首が離れていれば大丈夫』……そう思いこんで、チワワさんに気を取ら
れていた私が……悪い……です)
 「そして!」
 無銘は印を結ぶ。薬指と小指を曲げた左掌を顎横めがけ……斜めに。
「我が武装錬金の攻撃を浴びたものは3分後必ず!」
 印が翻る。玉城に向けていた手の甲が反転し、ピンクの肉球が露になり。
「敵対特性の餌食となる!!!」
 それは、起こった。
 スズメ。ツバメ。ヒバリ。ペンギン。
 ありとあらゆる鳥の部位に『変形』する玉城のあらゆる部位が彼女に『敵対』した!!
 足の爪は足に食い込んだ! 蹄が逆流し跳ね上がり、膝の骨を砕いた! 胸の羽根がずぶずぶと埋没し突き刺さる! 
嘴が眼球をついばみ、折れた翼はその根元に向かってひん曲って骨を巻き折る!ばきばきという凄まじい音とともに肉が
裂け赤黒い飛沫が地面に注ぐ。不規則に荒れ狂う尾羽は大腿部に直撃し3cmほどめり込んだあと硬い骨にビぃーーんと
弾かれた。そして近場の野太い枝を寸断しながら返す刀で背中へ突き刺さる。腹部から飛び出したそれが腸液にぬめる
臓物を貫通しているのを見たとき、或いは自重によって刃先から零れおちた特盛りの生レバーが地面でぶるんと弾むの
を見届けたとき。
「あ、あああああ」
 玉城光はわなないた。
「思い知ったか。動き始めていた時間の真ん中で我ばかり見ればそう……なる」


 そういった無銘を血しぶきの中の少女は一瞬見つめ何かいいたげに唇を動かしたが──…

 制御を欠いたあらゆる部位の自傷行為にとうとう眼球をグルリと上にやった。

 そうして倒れてゆく玉城を会心の笑みで見届けた無銘もまた

「……とはいえ遠隔操作は精神を使う。………………蹂躙のなか……やるのは…………手間……だな」


 血だまりのぬかるみへくず折れる。


 意識が暗い淵に沈んでいく。











 声が響いた。暗い意識の中で。

『盟主様はこんなコトをいわれたわ』

 それは夢のようだった。

『この世の総ては循環ってね。水が木を潤し木は炎を助けちゃう』
『総ては循環。どんな物だって他の何かを良くするために動くべき。他を良くするため消費されるべきなのよ』
『そうやってね、良くなった物が、高められた物が更に他の物を良くしていったら』
『とても素晴らしいコトじゃないかしら』
『そして進化や発展というのは常にその循環の中から生まれてきた』
『……というのが盟主様のご持論なんだけど』

 笑顔の姉とサブマシンガン。そして壁や床に遠慮斟酌なく刻まれた弾痕たち。

『果たしてリア充どもはどうかしらね?』
『あ、リア充ってのは光ちゃん、リアルが充実している人たちのコトでね』
『つってもまあ私のいうリア充ってのは人間関係限定ね』
『沢山の友達。理解してくれてる恋人。そーいう他人絡みのコトで充実感を味わってる人たちのコトよ』

 映像は脈絡なく連なっていく。揚げたてのドーナツ。それが乗った普通のテーブル。鳥の図鑑に白いバンダナ。

『あいつらさー、ブッちゃけ自分のコトしか考えてないような気がするのよね』
『沢山友達がいて嬉しい! 分かってくれる恋人がいて幸せ! だとか何とか思ってさあ』
『毎日毎日楽しいお喋りとイチャつきに熱中してるんじゃないの』

 切れ端を繋ぎ合わせたようなボロボロの記憶の中で、弾痕の文字だけが何度も何度もフラッシュバックする。

『そして。だから。その時この世界のどこかで苦しんでる人たちのコトなんかちっとも考えてないのよね』
『自分が幸せだからそれでいい。自分の幸せを壊してまでも誰かに貢献したくはない』
『……ふふっ。まあそれも普通の人間の在り方としてはいいでしょう』
『確かに恵まれなかろうと苦しんでいようと、そこから努力して幸福を掴みとる人だって今まで大勢いたわよね』

 姉は変わった。変わってしまった。弾痕がもたらす異常な文言の数々は……恐怖だった。
 一生懸命頷きはしたが、決定的な壁が自分と姉の間にあるような気がして、恐怖だった。

『いたのだけれど……やっぱ私めは引っかかるのよ』
『楽しい楽しい団欒だけに浸って、困っている人を助けない人ってのは』
『どうしようもない欠如に苦しんで苦しんで苦しみ抜いてる人を『変なモノがいる』程度の一瞥であっけなく無視して』
『楽しい楽しいお喋りに戻って楽しい楽しい出来事にしか労力使わないようなリア充どもごときが』
『果たして本当に正しくこの世を循環させれるのかって』
『私めの仮説その1じゃあノンノンよ』

 彼女は何かを激しく憎んでいるようだった。笑顔を浮かべていてもそこには常に妖気が付きまとっていた。
 疑問が浮かぶ。家を出てから1年。彼女はどう過ごしていたのだろう。
 どんな環境で、どう生きていれば……ここまで変わるのだろうと。

『自分たちさえ良ければいいって連中は食べ物だろうと資源だろうと』
『全部全部自分のためだけにしか使わないじゃない?』
『そしたら循環って奴は──他の物を助けてより高めていくためのね──リア充どものとこで止まっちゃうじゃない』
『止まった水は腐るでしょ? 人間社会が腐るのもその道理じゃないかしらね』

 青空は何かに吸い込まれているようだった。光は眩暈の途中で遠い日々の記憶が蘇るのを感じた。

『まあその辺り、暗い所で1人鬱々と考えてても仕方ないし、自分で動いて実際に確かめるのが一番いいかなって思うのよ』

 まだ銃器を手にしていなかった頃の穏やかな姉。
 本当に好きなのは……

『私めだって色々伝えてリア充どもを改心させたいし、循環は伝えるコトから生まれるって盟主様も仰っているし』

 本当に好きなのは。

『この前も座りたそうなお婆さん無視して優先席でいちゃついてるカップル見つけたからとりあえず尾行して家に乱入して私め
の引っかかりを伝えてあげたわ』

 屈託なく姉は微笑む。

『伝えるコツはね、男の人を最後に残すの』
『ラス1が女の人だと許して許して許しての大合唱ばかりであんま伝わったって感じがしないの』
『でも男の人はホラ、恋に真剣でしょ?』
『相手がこの世に1人しかいないって思ってるからその声帯ちぎって足元に叩きつけてあげると本当、面白いカオしてくれるの』
『私の気持ちが伝わったって、実感できるの』


 だが。

『そしたら私の意思を理解してくれた感じがして嬉しいの。……あ、お父さんたちの場合は弾みで順番逆になっただけよ。私
めのセオリーだと義母さんから伝えるべきだったけど』

 本当に好きなのは──…

『まずは強くなりなさい光ちゃん。お父さんたちの仇を討ちたかったら、強くなりなさい』

『強くなって、その力を困ってる人達のために使いなさい』

『私のために頑張ってくれたらもっと大好きになれるから…光ちゃんになら斃されてもいいって思えるから……』

『頑張って共同体を潰してね?』

『そして私の声を真似するのだけは絶対にやめてね。それが光ちゃんのためだから』









「いま気付いたが貴様は戦闘能力の割に……脆いな」
「ふぇ……」
 目の前に広がっていたのは雲ひとつない空だった。
 広場の中心で仰向けに寝ている。そう気付いたのは無愛想な表情のチワワが青空の中へ入ってきた時だ。
「もっとも。だからこそ勝ち目も出たがな。脆くなく、例えばあの新……栴檀どもの超新星で腕が崩壊し翼を断たれていなけれ
ば我が貴様をああ追撃するコトはできなかっただろう」
「チワワさん……?」
「核鉄は当てている。応急処置程度にしかならんが、まあ死なければそれでいい」
 そういって無銘はどっかりとあぐらをかいた。そして洩れる疲弊の吐息。
「かく、がね……?」
 寝そべったまま視線を動かす。傷だらけの顔や首は腹部に置かれた六角形の金属片を眺めるだけで激痛を走らせた。
しばらく動けそうにない。冷静に分析しつつチワワを見る。呆れたような視線が返ってきた。
「知らんのか貴様。核鉄を当てると治癒能力が高まり傷の治りが速くなる。生命力を強制換算しているため多用はできん
がな。……感謝しろ。兵馬俑をわざわざ解除してまで当ててやった我に」
「はあ……」
 いやに恩着せがましい口調のチワワを玉城はしばらくぼうっと眺めた。動けないし戦えない。ただ普通の少女のように寝そ
べっている。だがそんな時間は一体いつ振りなのだろうか。普通の少女のように空を眺め子犬を眺め、敵の咆哮や血しぶき
とは無縁の時間を過ごしている。
 薄い胸を波打たせ、玉城もまた静かに息を吐いた。
「チワワさん」
「なんだ」
「よくわかりませんけど……ありがとう…………ございます」
「何がだ」
 憮然と座るチワワの体は相変わらず半壊状態だ。あぐらをかいていると言っても先ほど吹っ飛んだ脚はまだ元に戻って
ないし、前脚だってグラグラだ。修復を始めた脇腹の傷もまだ生々しい。回復が不必要とは……言い難い。
「チワワさんより先に……私に”かくがね”……? かくがねを使ってくれて……ありがとう」
 心からの笑顔を浮かべたのもまた久しぶりのような気がした。
「だ、黙れ。師父が貴様を殺せと命じてないからそうしただけの事……」
 チワワは一瞬言葉に詰まり、そして無愛想に顔を背けた。
「で、でも任務のためなら……」
「なんだ」
「私が……峠を……超えたら……いいのでは……」
「ぐっ」
「ほら……もう意識は戻りましたし…………代わりばんこ、です。チワワさんも使って……下さい」
「うっさい! 黙れ黙れ黙れ黙れ! それ以上ぬかすと核鉄取り上げるぞ!」
 このチワワは駄駄っ子みたいだと玉城は思った。とにかくこれ以上刺激しない方がいいだろう。好意を受けよう。
 そう思った瞬間、玉城は分からなくなってきた。
「…………」
 何のために自分は闘って来たのだろう。
 何のために恨みも何もない、不器用だが善良なチワワたちを襲撃して、殺そうとしたのだろう。
 ぼんやりと空を眺める。空を眺めるのは好きだった。鳥型だから、だろうか。果てしなく広がるその空間はいつ見ても
懐かしかった。無くしてしまったあらゆる総ての物がそこに漂っているような気がして、見ているだけで心地よかった。
 チワワはそんな玉城を胡乱気に見つめていたが、やがて咳き込むように言葉を紡ぎ出した。
「とにかくだ! 我の使命は貴様を生擒(せいきん。生け捕り)し師父に渡す事! 仰せつかったのはそこまでだ! 師父ら
が合流した後の事は知らん! 貴様の行く末につき責任を持つつもりなど一切ないぞ!!」
 瞳をギラギラと輝かせまくしたてる無銘の口調はひどくトゲトゲしかった。
 無遠慮で、高圧的で。
 でも。
「チワワさんは……」
 苦しげな息に眉を顰めながら、玉城はまた微笑した。
「…………人間らしい……ですね」
 少なくても笑顔で弾痕を刻む姉よりは……と言いたかったのだが、無銘は曲解したらしい。
「皮肉か! 先ほどからいっているだろうに! 我は人間だと! 故あってこのナリに押し込められたと!!」
「そう……でした。すみません」
「ぬううう! 本当に訳の分からぬ女! ええい! 師父はまだか! 師父さえここに来ればかような会話など終わるという
のに!!!! 兵馬俑こそ解除したがあれだけ時間が経てばそれなりに近づいているだろう! 栴檀香美めの嗅覚頼りでも
着けるというのになぜ師父は来ないのだっっ!」
 その時、広場の端で草が擦れる音がした。ついで誰かが歩み出る足音。
「師父!!」
 待望の主が来た! ぱあっと面頬を輝かせ振り向いた無銘の視線の先に、その男は居た。
「それなりの規模の共同体と聞き斃しに来てみれば」
 鉤のついた手甲が準備運動とばかり茂みを散らした。
「……他の仲間はどこにいる? いつからか剣持の姿が見当たらない。立ち小便かと思っていたが」
 丸々としたいがぐり頭の下で酷薄そうな目を細めながら、男は無銘に誰何した。

「お前たちの仕業か?」

(ホムンクルス……? いや! 錬金の戦士! よりにもよってこのタイミングでだと!?)



 鳩尾無銘に戦慄走る。