SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 「”代数学の浮かす” ~法衣の女・羸砲ヌヌ行の場合~」 5


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 遂に邂逅した武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行。

 彼らの目の前に現れたのは……”鎧”だった。

 特定の1体を除いていえばヌヌ行がその姿を把握したのは戦闘終了後しばらく経ってからである。
 戦闘はすぐ終わった。例の帯が支配する世界でじっくり観察しなければ敵がどういう姿かなど永遠に分からなかっただろう。

 無数の裂け目から着地音もバラバラに降り立った彼らは。

 鎧を着た執事。一言で形容すればそうだった。胸にブレス・プレート。両腕にはトーナメント・アーマー。兜はアーメット。
とは淹通(えんつう)なるヌヌ行が戦闘終了後ソウヤに披歴した知識だが……とにかく歪な姿だった。左右は非対称で
右肩からは用途不明のウィングが天めがけ高々と生えていた。手袋や爪先は唇のような赤。黒い葉脈の浮いた鎧のそこ
かしこから覗く地肌らしき部分も赤。コントラスト。強烈な色彩を放っている。顔ときたら雀のくちばしかといいたくなる巨大
な突起がついている。だのにスラリとした細身でそれが却って無気味だった。


「下がってろ」


 母親譲りのぶっきらぼうな声で告げるやソウヤは走った。
 電撃のようだった。オレンジのマフラーがヌヌ行の鼻をくすぐる頃にはもう爆光が瞬いていた。
(え。えーと。走りながら武装錬金を発動。一気に加速。落下中の敵を撃破……?)
 部屋のある一点。虹色の裂け目から黒焦げた破片が滝のように降っている。早っ。ヌヌ行が目を剥いたのはブンと半円
描く意中の少年。床に踵をねじ込むように反転中。しなる三叉鉾(トライデント)が着地途中の敵影を5体ばかり大破させた。
もっとも室内でそれをやればどうなるか。タンスの上半分が切り飛びぬいぐるみが綿を吐く。壁が揺れ床が軋み、とにかく
部屋は大騒ぎだ。もし両親が旅行中でなければとっくに通報されているだろう。
 激しい光に炙られるヌヌ行の表情は醒めている。内心がどうか分からぬほどに。
(あ、ああ!! そ、そこは懸賞で当てたぬいぐるみ、一番の宝物が入ってる場所で……ぎにゃー!! 敵串刺しー!! より
にもよってクリティカルヒットー!! まさにその辺に仕舞ってた)
 窓をブチ破って外で大爆発する敵も居る。『通報確定!』 内心真白、白目から落涙中、スーパーデフォルメのヌヌ行。外面
こそキリリとした美貌を保っているが流石にうっすら発汗している。目も心持ち泳いでいる。
(お、女のコの部屋で大暴れ……? じょじょ、状況が状況だけに仕方ないけど!! 仕方ないけれども!!)
 いつか見たカズキの武装錬金。それそっくりの鉾がシアンの光をブチ撒くたび敵は面白いように粉砕されていく。虹色の
裂け目は次から次に現れ着々と増援を運んでいるが贔屓目を抜きにしても優勢なのはソウヤであろう。
 そんな彼の頭上で無数の光線が交錯した。何事か。見上げる彼の更の上。傷だらけの空間がガラクタを土砂降らせた。
「12番目の官能基よ糸車となりて紡げ代数学の浮きかすを……。アルジェブラ=サンディファー」
 ソウヤは見た。長大な銃を手にする羸砲ヌヌ行を。マンガなどでよくある前方めがけ砲台をせり出させた航空機。それを
デフォルメしたような銃だった。流れるような長身と金髪を持つヌヌ行を更に1mほど上回るスマートガン。
 いつの間にかドアを開け仁王立ちのヌヌ行。スペースの都合上入口にまで退避した彼女はスマートガン後部に左手を伸
ばす格好だ。戦いのさなか目を凝らすソウヤ。視認。無骨な取っ手。掴み上げる白き五指。右手はグリップに。外側に飛び
出たそれを握っている。横撃ちの格好だ。
「よく持てるなそんな武器」
「我輩の出した武器だよ? 扱えない方が恥さ。(やた。ほめられたー!! 毎日5時間筋トレした甲斐があったよー!!)」
 ヌヌ行はトリガーを引く。褒めたつもりのソウヤが逆に赤面するほど魅惑的に笑いながら。稚(いとけな)い喜びを見せぬまま。
 その銃撃は異様だった。砲身が火を噴いてもその射線上には何の影響も見られない。だが敵だけは次々倒れていく。
 横。背後。斜め上。何もない空間から赤い光線が突如迸り絶息をもたらすのだ。後にソウヤがウソつきの射撃と酷評する
騙しの手口。ヌヌ行に言わせれば砲撃は肉体を狙っているのではない。対象の時間軸に干渉しその連続性を奪っている
のだ。空間ではなく時間からの攻撃をしている……ウソだかホントだか分らぬ説明だがとにかく掃討はなされた。
 だが増援は止まらない。虹色した裂け目が30ばかりできたのを見るとヌヌ行は軽く鼻で息をついた。甘ったるいくぐもりに
何か感じるものがあったのだろう。ソウヤは微かに頬を染めた。そんな様子に疑問符を浮かべたヌヌ行は「まあいいか」と
本題を切り出した。
 「ソウヤくん。仕手は静かにやりたまえよ。それとも何かい? 初めて上がり込んだレディーの部屋を二階級特進者のメッカ
にしたくてしたくてたまらない……酩酊中かい? 若さが時おりもたらす独特のフェティシズムに」
「何を……?」
「近隣住民が通報した。このまま行けば警官はレミングスさ。入れ食い。来たら来ただけ犠牲になる」
「さっきから思ってたけどアンタその口調どうにかならないのか!!」
「(どーにかしたらイジメられるの。くすん)。風に吹くなというのかなソウヤくんは。不快ならなお迎合したまえ。男のコだろ?」
「大体!! コレでもこいつら相手には静かな方だ!!」
「はあ」
 人外相手とは初めて戦うヌヌ行である。戦闘慣れはまるでしてない。だからソウヤの言葉を
(ふだんはもっと暴れてるのかなー)
 のほほんと解釈していた。


 だから遅れた。

 総ての切れ目が。

 彼女めがけ火を噴く。


 それに『気付く』のが。




「危ない!!」
「きゃっ」
 白い影が覆いかぶさる。漏れる声のあどけなさときたら成熟した見た目がウソのようだ。成すすべくなくついた尻もちの
横で長大な銃が凄まじい音をあげバウンドする。視界がレッドアウトしたのは事実を正しく認めたからだ。自室を炭クズに
造り変える膨大なエネルギーの奔流・光輝を孕んだ深紅の熱がソウヤの背後を通り過ぎるのを。
 この一瞬をヌヌ行は終世忘れるコトができなかった。座りながらに抱きしめられる記憶。初めての経験。煤と汗でむわり
とした匂い。少年だけがもつかぐわしさ。ぬくもり。自分を占めてゆく……甘き痺れ。そして──…

 振り返って立ち上がり咆哮するソウヤの。

 背中。

 ひどい有様だった。白い服は焼けおち熱量相応の火傷を負っていた。

 部屋の様相は一変した。炎が舞い氷柱が降り注ぐ異常の世界へ。
 鎧たちは攻撃を切り替えたらしい。手から火炎を口から氷をそれぞれ吐き散らかしている。

(そうか)

 緑白と蒼白の中間色をきらきらと輝かせながら舞い狂う少年。反問の意味を理解した。

(……さっき部屋でやりすぎってぐらい暴れてたのは、これを)

 防ぐため。先手に先手を重ねる。炎が来る前に終わらせる。きっとソウヤは戦いの中で学んだのだろう。

(それがベストだって。なのに私は……)

 先ほどの言葉を反芻する。ただ部屋が壊されるのがイヤで、しかもそういう本心を悟らせまいとやや傲慢な口調で釘を刺
した。それがどれほど彼の神経を逆撫でしたのか……考えるだけで申し訳なくなるヌヌ行だ。


「本当は使いたくなかったけど……終わらせるよ」
.

 軽く手を上げる。


 それだけでソウヤたちを取り巻く世界は一変した。

 濃紺色が周囲360度総てを染め上げる足場なき世界。

 彼らはみな、そこにいた。



 気づけば艶やかな金髪が目の前にあった。しなやかな背中。相手の表情は見えない。

「そ、そのね。ゴメン。ゴメンねソウヤくん。え、えぇと。私、素人なのに、え、え、えらそうなこといって」
「え?」
 ソウヤが目を白黒させたのはもちろんヌヌ行の口調に対してもだが、それ以上に……。



 2人は遠く離れた場所にいた。敵から何百メートルと離れた場所に。2人だけで。



「……火傷のコトなら気にするな。オレはここに来るまで……その、仲間って奴に何度か助けられた」
 鼻をかくとソウヤは虚空を仰いだ」
「だから、その、アンタも……今から一緒に戦う仲間っていうなら……守るのが当然……そう思っただけで」
 ソウヤがたまげたのはヌヌ行がやにわに振り返ったからだ。
 表情ときたらトロトロだ。理知的な眼差しは熱い涙で甘く霞み、弾力のある唇はかすかに開き象牙のような歯が見えて
いる。切なげに寄せた眉を見た瞬間ズキリと胸痛ませるソウヤである。斗貴子以外の女性に初めて覚える甘い疼き。
 オトナなんだ。当たり前のコトが一種の危機感となって脳髄を占める。耳のあたりでほつれた金髪がぞっとするほど
艶めかしい。
 だがたまげたのは少年らしいどぎまぎではない。
 もっと純然たる意外性を持つ……ヌヌ行の言動。
「くーーーーーーーーーーーー!! なんて健気なソウヤくん! たまらんにゃ!! 結婚したいにゃ!!」
「にゃ?」
 ハッとした顔つきで息を呑むヌヌ行は自らの奇矯な言動を悔いた。……のであればどれほど良かったか。ソウヤは知ら
ないが彼女は一種の絶頂を迎えていた。自分のせいで大火傷を負ったソウヤ。なのに責められるどころか仲間といわれ
た。仲間。もともと友達のいないヌヌ行にとってどれほど嬉しい言葉か。恋愛感情はここに完成した。大好きになったという
感動にあらゆる繕いを忘れ去っていた。要するに、舞い上がっていた。

(ぎゃあああああ! なにいきなり途轍もないコトいってるのーーー!! ソウヤくんにガールフレンドいたら迷惑でしょ!!
ガールフレンドのコが泣いちゃうし泣いたらソウヤくんも悲しいし!!)

(…………いるのかな、ガールフレンド)

(いるよねそりゃ。こんなカッコいいんだから……)


「あ、あの。ソウヤくんってその……ガールフレンドとか……いるのかな?」
「いないが」」


(恋人いない!? おお!! キタ! キター!!)

 内心のヌヌ行は両手を胸の前でわきわきさせた。しかしすぐさま我に返り唇を尖らせた。
.
(というかみんな見る目なさすぎダヨ!! そりゃ確かにカズキさんの周りの人たちはまったく親!! って年代だから無理
だけどさあ!! ヴィクトリアちゃん!! 見た目13歳でしかもパピヨンさんとそれなりに親しい人なんだからくっついても
いいじゃない!! 見た目的にも似合うだろーしあのコはあのコで辛い人生なんだから恋の1つぐらい)

 ここで我に返り首をブンブン。

(ってそれじゃ私が損する!! にゃにゃにゃ、恋愛とか損得で見るのアレだけどなんかズレてるいまの考え!!)


 ぎこちなく首を動かす。振り返るのをやめ正面を見据える。
「えーと。なんの話だったっけ」
「……仲間だから守るのが普通」
「あは。あはは。そうだったね。あ、ありがとー。これからも……よろしく」
「いや、こちらこそ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」




*1



(ソソソソウヤくんかわいい。めっちゃ可愛い。でも何か照れてるよー。どうするの? どうすればいいの? 私一応年上!
包容力で何事もなかったようにするのがいちば……うあああ!? てかいま素の口調で! シマッタア~~~!!)
(クソ。やっぱり父さんたちのようにはいかないか。てかコイツなんか口調変だったぞ? 指摘したいが……いや待て! そ
れは今のオレも同じじゃないか!! 混ぜっ返されたら恥をかくのはこっち!! だったら言わんぞ!! 絶対!!)



 両者の思いは複雑だ(いろいろな意味で)

(ええいもうヤケよ!! いきなり変えたらおかしいぞってなるからしばらくこの口調!! いいわけは後で考える!!)


「ここは時の最果て。私の武装錬金の先端からちょっと離れた場所」
「……………………………………………………………………は?」
「アルジェブラ=サンディファーの特性は歴史記憶。消えた歴史も記録していてしかもロード可能なんだけど」
 地鳴りのような音がした。そもそもなぜ遠くの敵が視認できるのかソウヤは訝しんだ。光なき世界なのに。
「ロードするとね。私の武装錬金はその時系列にセットされるの。時系列全体を貫いて」

 なぜ、敵が見えるのか。

 ソウヤは理解した。

 彼らの正面……ソウヤたちの斜向い遥か先に。


 巨大な銃口があった。直径は分からないがkm単位なのは確かだった。史上最大級のダンプカーがミニカーに見えるぐ
らい雄大で膨大で遠大だった。

 それが、赤い光を湛えている。先ほどの光線、今度はどうやら素直に狙い撃つらしい。光源は副産物だ。
 敵は100ほどいるだろうか。まだ現われていなかった連中さえここに運ばれたらしい。

「というか歴史をたくさん記録するから……巨大にならざるを得なくて」

「長さは総ての時系列と同じぐらい。この宇宙の開闢から終焉まで……気が遠くなるほどの長さと……同じ」
「待て!! じゃあさっきアンタの持ってた銃は何だ!」
「え? 何だろ? …………端末?」
「なんで疑問形なんだ!! ひょっとしてよく分かってないのか自分の武装錬金!!」
「あ!! あれは端末!! たたた端末! そう端末!! 本当はこれぐらいおっきいスペシャルな武装錬金なのだよ!!」

 振り返ったヌヌ行は真赤な顔で涙を飛ばし

「ほほほ本当だからねっ!! ウソじゃないもん!!」

 とだけ叫んだ。ソウヤは顔面総てを引き攣らせ


「ウ」

「ウ」

「ウ」


「ウソをつくなあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 絶叫した。その遥か前方で敵が赤い光に焼き尽くされた。
 光線、などという生易しいものではない。天を支える柱が陥落したような有様だった。






「アレかい? 奴らをこの時系列から消失させただけさ。因果律も含めてね」
「ウソだ。絶対ウソだ。因果律が消えたならなんでオレたちアイツら覚えてる。記憶まで消えるのが因果律だろ。アンタ本当
に因果律を理解しているのか?」
(ノッてきたー!!! というかソウヤくんも結構アレだ! しかも天然! 私のような人工ちゃんじゃない!! 因果律て!
気付こうよそういう言葉の罠!! 因果律とか特異点とか真顔で言った後の恥ずかし感ったらもうね! ソースは私、私ね
ソース!! ああでもなんか安心できる。いっちゃ悪いけど私より下がいるのって……あいやいや!! 初対面の人にそ
んな感想失礼だにゃ!! 人を見下すとかダメなのだにゃ! 私むかしそれでさんざん傷つけられたのだにゃ!!)
 内心ヌヌ行がきゃーきゃー言ってる間にもソウヤは鋭い瞳を更にするどくし反問。
「細かいコトはいいじゃないか。見ての通り我輩の部屋は元通り。ソウヤくんの背中の火傷も消えてるだろ?」
「……」
 ぐうの音も出ない。八つ当たり気味に話題を変えた。

「にしても何だあいつら! 見たところ武装錬金は持っていないのにああいう攻撃ができる!!」
 まったく奇妙だ。ソウヤはこれまでの逃避行を事細かに述べた。炎や氷……時には雷や嵐まで。
「攻撃に使う。しかもホムンクルスと違って章印もない。武装錬金? いや、自動人形とも違う」
「頤使者(ゴーレム)」
「?」
「ユダヤの神秘主義カバラが作りたもうた人造人間。ホムンクルスの親戚みたいなものさ」
 ゴーレム。ヘブライ語では主に「作りかけの未定形のもの」「胎児」を指す。後者に関しては旧約聖書に記述があり(詩篇
第139篇16)、神に造られしアダムの3時間目もこれだという。
「ユダヤ教のラビ(教師)には馴染みが深くてね」
「ああ。そういやアンタ法衣だもんな。詳しいのも当然か」
「ふふ。法衣だからとてユダヤかぶれと限らないが……まあ、両親の影響かな?」
 ゴーレムといえば土人形の印象が強いが膠や石、時には金属製のものもある。ヌヌ行の講義に「そうか」とだけ頷くソウ
ヤ。ちょこりと座ったその姿は彼女の琴線にふれて仕方ないが本筋でないゆえ省く。
「化学的アプローチで作られるホムンクルスと違ってだね? ゴーレムは魔術的な力で作られる。言葉の錬金術って奴さ」

 カバラでは言葉……アルファベットや文字、そして数字に神秘的な力があると信じられている。

「つまり……それを操れば神と同じく」
「そ。人間や動物を作れると信じた訳だ。ラビたちは」

 作り方にはいろいろあるがやはりポピュラーなのは「emeth」だろう。
 真理を意味する護符を人形の額ないし胸に貼る。
 元に戻したい時は最初の「e」を消す。残りの文字は「meth」……つまり「死」を意味するのだ。

「ゴーレムについては分かった。だがなんでゴーレムが火や氷を操れるんだ?」
「『言霊』。各自に宿る文字または言葉の魔力……それを引き出しやすく作られたようだ」
「……ホントか?」
「なんだいその目はソウヤくん。(なんだい~♪↑ その目は~♪↑↑ ソウヤくぅ~ん~~~♪↑↑↑)」
「言っちゃ悪いがアンタさっきから胡散臭いぞ」
「だが悪人ではないよ? だいたいいま述べているのは推論だからねえ。害意はないよ。後で違ったとかなってもそれは
我輩の知識不足というコトで1つ勘弁してくれたまえ。だいたいココまでおとなしく聞いてたのはソウヤくん、キミじゃないか」
「それもそうだが……自分で悪人じゃないとかいうな。ますます胡散臭いぞ」
「(けけけ。お断りですよーだ) もともとゴーレムというのはだね。頤使(いし)されるべき存在……召使いのようなものだ。
単純な命令しか聞けず単調な動きしかできない。ホムンクルスほどメジャーじゃないのはそのせいさ。ただの人間ならいざ
知らず──…」
 世界が暗転した。右顧左眄のソウヤ。彼方に広がる帯を認めた彼は金の瞳を見開いた。
「(やっぱ目はご母堂似だね) 武装錬金使い相手だと……こうなる。言霊は強力だよ。ただ使う頭がなければねえ」
 先ほどの戦闘を例の帯とスクリーンで確認したヌヌ行、たっぷり肩を竦めた。


 危機感があった。

 顔こそ微笑しているが内心疼くような危機感が。


(私が危惧してるのはそこだよ。いま来たのは捜索隊。下された命令はきっととても単純。『ソウヤくんを追え』『邪魔するもの
は斃せ』。……単純すぎるけど実はこれがベスト。ソウヤくんがどこへ逃げるか未確定な以上、複雑な命令は逆に危ない。
余計なコトされて見失っちゃったら御主人さま的には「むきーっ!」だもんねえ)

(だが単純な命令であの破壊力だ。追撃戦以外……場所や相手が明らかなら? 核鉄なしであれだけの破壊力。配置次
第だ。戦略眼のある者が然るべき命(めい)を下すなら……ゴーレムもまた脅威となる)

 気がかりが2つある。

(私が前世から受け継いだ記憶にゴーレムはいなかった)

 ゴーレムだとわかったのはいずれ来る戦いへの備えのせいだ。
 ホムンクルスや武装錬金のみならず錬金戦団の成り立ち、100年以上前のヴィクターの乱、調整体……とにかくあらゆる
文献を読み漁り知識を増やしたのは女性ゆえの非力を補うためだ。
 ゴーレムはその過程で得た知識だ。
 決して前世が遭遇したものではない。


(ゴーレムの創造主がウィルの仲間に? それとも彼自身が習得?)

(いずれにせよウィルの方にも変化があるというコトか)

 懸案材料はもう1つ。

(ウィルとともにソウヤくんを追い詰めたという『少女』。こっちも私の前世にはいない)

(記憶が消されたのか? それとも──…)

 はたして何者なのだろうか? もっとも好都合なのは。ヌヌ行は考える。

 ゴーレムの創造主=『少女』。

 敵数的には気楽である。
.


(ま、考えても仕方ない。捕捉された以上追撃は来るだろうしね)



 ヌヌ行は時空改変者だがその能力を行使したコトは一度もない。強いて言うなら例の土建屋の娘たちとの決戦がやや近
いがしかしそちらはむしろ真っ当な営業努力を多分に含んでいる。そもそも『ヌヌ行の戦闘敗北』なる結果じたいは変わって
いない。付帯する周囲の反応こそやや変わったが、到達するまでに費やした苦痛と損壊の莫大さよ、時空改変と呼ぶには
あまりに泥臭い。通常何か月か掛けて修正する人間関係上の苦労があの数時間で決着しただけでありしかもヌヌ行の時間
軸において消費された期間ときたらまったく数か月どころではない。
 イジメが終わってからも決して時空改変を行わなかったのは美学にもよるが……。
 本能的な警戒もあった。
 ヌヌ行の前世を追い詰めたウィルなる少年。時空改変には大変敏感だろう。
 少しのきっかけで存在を気取られれば……大変なコトになる。
 改変者にも関わらず権利行使するコトなく地道に鍛え続けてきたのは少しでも力を蓄えるためであり。

(先ほど改変をやったのはまあ、もう見つかった以上加減しても仕方ないってコトさ)


 ソウヤは追われている。ヌヌ行は彼に同行する。自重はもはや意味をなさない。


「先ほどの砲撃は私なりのノロシ!! 来なウィル!! 相手してやるぜ!! 顔知らんけど!!」





(…………)

 聞かなかったコトにしよう。ソウヤはため息をついてさらに一言。

「オレも1つ気付いたコトがある」
「なんだいっ! なんでも聞いて!! くれたまえ!!」
 くるくる回るヌヌ行。声はやや野太い。どうやらテンションが高くなっているらしい。
「(なんだこの人)……あまり詳しくはないが、ゴーレムっていうのは基本土人形だよな?」
「ウムッ!! それが何か!?」
「コイツらの材質は土なんかじゃない」
 スクリーンには先ほど戦闘が投影されている。ちょうどソウヤがゴーレムを大破させる場面だ。
 彼はその画面のある一点を指差した。ズーム。損壊個所より散り舞うは……緑色の、結晶。

「パピヨニウムだ」

 ほあーとあどけなく息を吐きながらヌヌ行は少年を見た。
「確か正史におけるキミの保護者……かのパピヨンが発見した」
「ああ。特殊核鉄の材料だ。製錬すれば様々な能力を上げるコトができる未知の鉱物」
「成程ねえ。闘争本能や移動速度といった精神的・肉体的な要素のみならず言霊……霊魂じみた領域までも増幅可能と
きたか。さすがはパピヨン。ソウヤくんが傾倒するのもうなずける。ふ、ふふふ。なんでかな。なんでこんなに嫉ましいのか
な……!」
(ギリギリと拳固めるのやめろ! なんでそんな怒ってるんだ!)
 ソウヤはヌヌ行が分からなくなってきた。
 クールかと思えば妙に幼い。超然としているようで嫉妬深い。成熟した美貌の持ち主なのに表情は時おりハッとするほど
幼い。
(なんか似てないか? 母さんとかパピヨンとか……シリアスになりきれないところが)
 そう思うと微かな好感と反発が同時に芽生えてくるから少年とは不思議だ。投影をしながらも「こんな奴にそっくりだと!?」
なる苛立ち……葛藤をもたらす相手に好きな人間を重ねたとき特有の認め辛さが湧いてくる。
 ヌヌ行ときたら幼い癖にそことほぼ同年の少年の機微にはまるで無頓着だ。
 眼鏡を直し薄く笑うといつものような上から目線でこう述べた。
「肉体の材質にしたとくればだ。敵は相当の錬金術師……油断厳禁だよソウヤくん?」
「というかアンタ、さっきゴーレムに化学的要素はないとか……」
「……ふふっ。技術とは常に進歩していくものだよ。そもそも大錬金術者たるフラメルがカンシェに薫陶されたのを見ても分か
るように、カバラが錬金術に及ぼした影響は実に大きい。逆も然り。錬金術のケミカル。本懐に対し妥当と認められるならパピ
ヨニウムなるケミカルの産物、むしろ取り入れるが普通と思うが?」
「……確かに」」
 納得のソウヤ。だが内心ヌヌ行は胸を押さえた。
(危なかったーーーー!! 危うく論破されるトコだったよ。うぅ。ソウヤくん鋭いんだから……)


 スマートガンの武装錬金・アルジェブラ=サンディファー。
 それは発生と消滅を繰り返す歴史のなか偶発的にそして必然的に転がりこんできた。
 名前を変え……形状を変え……特性さえ変え──…

 武装錬金は位相を変える。歴史の変化に引きずられ。
 千歳から鐶へキドニーダガーが渡ったように、または円山の風船爆弾が身長消滅⇔爆裂増殖のように。
 時に創造主を変え特性を変え……あるいは形状を変え。
 さまざまな要点を幾つか異ならせながらしかし同一のものとして、誰かの手に。




「とにかくだ。歴史改竄を止めたいのは我輩も同じ。付き合うよ。ソウヤくんの旅に」


 旅立ちは実に呆気のないものだった。生活の心配をするソウヤを「何とかなる」で一蹴して。




「まず向かうべきは改変前の300年前。ウィルが改変を始めた時系列」

「消し去れられた歴史を我輩の武装錬金でロード! これでウィルのやった改変はすべて破棄される!」

「後は改変前のウィルを止めるだけさ。行くよ」






 旅は始まる。




 本当に長い旅が。



(旅!! 旅!! 冒険!! 夢に見た男のコとの……冒険!!!)



 浮かれ気分のヌヌ行はまだ知らない。
.
 新たな世界の誕生。その一翼を担ってしまう運命を。

                                                    『いつでもマイナスからスタート』

 過酷な戦いは長らく続く。
 辿りついた希望が目の前で粉々にされるのさえ見た。

 絶望もあった。

 それでも彼女は自分の人生に誇りを持っている。

                                                        『それをプラスに変える』

 決して楽ではない、辛さの多い人生だったとしても……。
 自らの武装錬金で楽な方へ改変可能だとしても……。

 変えたくないと思っている。

                                                        『そんな出会いがきっと』

 そう思えるのは”たった3人”、そこに居た人たちのお陰だと……。

 心から信じている。

                                                        『誰の胸にもある筈…さ』





                       ──接続章── 「”代数学の浮かす” ~法衣の女・羸砲ヌヌ行の場合~」 完