「で? いつになったら話してくれるの?
申し訳程度に作られた地下室。中央のヴィクトリアは嘆息しつつ問い掛ける。まひろはやや俯き加減なので、気持ち上体
を屈め覗きこむような格好だ。腰に手を当て返答するよう鋭い上目遣いを送っているがやればやるほどまひろは委縮する
らしく──怯えているというよりは、「びっきーがこれだけ真剣に聞いてくれるんだからちゃんと言わなきゃ」と言葉選びに一
生懸命になり、ますます言えなくなっているようだ──埒があかない。もとより狭量で短気なヴィクトリアだ。流石に怒りのマー
クが跳ねのある前髪で脈動し始めたころ、意外なところから声が掛った。
「いう必要もない!! 貴様の悩みなんてのはこの蝶・天才の俺にかかれば全部全部お見通しだ!!
「ひゃあああああ!?」
素っ頓狂な声はヴィクトリアの口から上がった。見ればパピヨンの顔がすぐ横にいる。それだけなら何とか耐えられたが、
なぜか彼は逆さ吊りになっていた。名状しがたき気持ち悪さだった。うっすら涙の溜まった眼で慌てて天井を見る。申し訳程度
に低く作り過ぎたか。長身の彼は片足を天井に刺し、ぶら下がっていた。もう片方の足はバレエダンサーのように高々と掲
げられてはいたがあまり意味は感じられない。ただの趣味なのだろう。薄い胸に手をあて背を丸め「びっくりした」。見た目
相応のあどけなせで荒く息をつくヴィクトリアだ。
「? 何をそんなに驚いている?」
「どうしたのびっきー? 蜘蛛さんでも降ってきた? 任せて! 怖かったら私が取るよ!」
「な! なんでもないわよ!!」
全く分かってない様子のボケ2人にヴィクトリアはかなり本気で泣きたくなった。パピヨンの容姿は決して嫌いではないが見
る角度によっては美しさが突然醜怪なものに変じるらしい。純粋に突然の声に驚いたというのもある。
「蜘蛛ねェ。おいヒキコモリ。そろそろ蜘蛛の糸を垂らしたらどうだ。この俺がめずらしく貴様の都合に付き合ってやったんだ。
さっさと出口を開けるのが筋にして貴様がやるべき責務! 急げ!! さっさと!!」
「分かったわよ」
ぐんらぐんらとシャンデリアのように体を揺すってまくしたてるパピヨン(残像さえ発生し、そのせいで5体ばかりのパピヨン
が同時に存在するという悪夢を見せつけられた)にいささか辟易しながらヴィクトリアは地上への入口を開こうとし──…
少し考えてから冷笑を浮かべた。
「足。刺さってるわね。そこに開けたらどうなるかしら? やっぱり落ちる?」
「ホウ。いつの間にか随分なコトを言うようになったじゃあないか! やってみ!!」
「冗談よ冗談」
クスクスと笑いながらヴィクトリアは部屋の隅に出口を開いた。転瞬パピヨンはくるりと宙を舞い「しゅた!」と言いながら
両手を広げとても華麗かつ美しく素晴らしく麗らかに華やかにとにかくすごくカッコよく着地した。まひろは拍手し「10.0」と
書かれたプレートを掲げた。無理やりそれを握らされたヴィクトリアも嫌そうな顔で相談相手に準じた。
「とにかくだ。武藤まひろ」
軽く肩をいからせながらパピヨンは出口へ歩いていく。背中を向けているため表情までは分からない。
「奴が貴様の描く予想図通り動いた試しがあったか? なかっただろう。あの男は常に必ずこちらの企図を飛び越える。
ならば貴様如きが幾ら悩み抜こうと無駄なコト。下らない葛藤から逃げ回る暇があるならこの俺パピヨンのように何か一つ
でもそれらしいコトでもやってみせろ」
「……うん。ありがとう監督」
振り返りもせずパピヨンは鼻を鳴らし──…
申し訳程度に作られた地下室。中央のヴィクトリアは嘆息しつつ問い掛ける。まひろはやや俯き加減なので、気持ち上体
を屈め覗きこむような格好だ。腰に手を当て返答するよう鋭い上目遣いを送っているがやればやるほどまひろは委縮する
らしく──怯えているというよりは、「びっきーがこれだけ真剣に聞いてくれるんだからちゃんと言わなきゃ」と言葉選びに一
生懸命になり、ますます言えなくなっているようだ──埒があかない。もとより狭量で短気なヴィクトリアだ。流石に怒りのマー
クが跳ねのある前髪で脈動し始めたころ、意外なところから声が掛った。
「いう必要もない!! 貴様の悩みなんてのはこの蝶・天才の俺にかかれば全部全部お見通しだ!!
「ひゃあああああ!?」
素っ頓狂な声はヴィクトリアの口から上がった。見ればパピヨンの顔がすぐ横にいる。それだけなら何とか耐えられたが、
なぜか彼は逆さ吊りになっていた。名状しがたき気持ち悪さだった。うっすら涙の溜まった眼で慌てて天井を見る。申し訳程度
に低く作り過ぎたか。長身の彼は片足を天井に刺し、ぶら下がっていた。もう片方の足はバレエダンサーのように高々と掲
げられてはいたがあまり意味は感じられない。ただの趣味なのだろう。薄い胸に手をあて背を丸め「びっくりした」。見た目
相応のあどけなせで荒く息をつくヴィクトリアだ。
「? 何をそんなに驚いている?」
「どうしたのびっきー? 蜘蛛さんでも降ってきた? 任せて! 怖かったら私が取るよ!」
「な! なんでもないわよ!!」
全く分かってない様子のボケ2人にヴィクトリアはかなり本気で泣きたくなった。パピヨンの容姿は決して嫌いではないが見
る角度によっては美しさが突然醜怪なものに変じるらしい。純粋に突然の声に驚いたというのもある。
「蜘蛛ねェ。おいヒキコモリ。そろそろ蜘蛛の糸を垂らしたらどうだ。この俺がめずらしく貴様の都合に付き合ってやったんだ。
さっさと出口を開けるのが筋にして貴様がやるべき責務! 急げ!! さっさと!!」
「分かったわよ」
ぐんらぐんらとシャンデリアのように体を揺すってまくしたてるパピヨン(残像さえ発生し、そのせいで5体ばかりのパピヨン
が同時に存在するという悪夢を見せつけられた)にいささか辟易しながらヴィクトリアは地上への入口を開こうとし──…
少し考えてから冷笑を浮かべた。
「足。刺さってるわね。そこに開けたらどうなるかしら? やっぱり落ちる?」
「ホウ。いつの間にか随分なコトを言うようになったじゃあないか! やってみ!!」
「冗談よ冗談」
クスクスと笑いながらヴィクトリアは部屋の隅に出口を開いた。転瞬パピヨンはくるりと宙を舞い「しゅた!」と言いながら
両手を広げとても華麗かつ美しく素晴らしく麗らかに華やかにとにかくすごくカッコよく着地した。まひろは拍手し「10.0」と
書かれたプレートを掲げた。無理やりそれを握らされたヴィクトリアも嫌そうな顔で相談相手に準じた。
「とにかくだ。武藤まひろ」
軽く肩をいからせながらパピヨンは出口へ歩いていく。背中を向けているため表情までは分からない。
「奴が貴様の描く予想図通り動いた試しがあったか? なかっただろう。あの男は常に必ずこちらの企図を飛び越える。
ならば貴様如きが幾ら悩み抜こうと無駄なコト。下らない葛藤から逃げ回る暇があるならこの俺パピヨンのように何か一つ
でもそれらしいコトでもやってみせろ」
「……うん。ありがとう監督」
振り返りもせずパピヨンは鼻を鳴らし──…
やがて彼の姿が地下から消える頃、ヴィクトリアは嘆息した。
「いいわねアナタは。ああいう優しい言葉をかけて貰えて」
しばらくパピヨンと行動を共にしているからこそ分かる。あれは彼なりのエールなのだ。平易すぎるまでに要約すれば「心
配無用。アイツを信じろ。やれるコトをやってその時を待て」だ。他者を受け入れないパピヨンとしては破格なまでに親身な
言葉だ。アイツ、とはもちろんカズキのコトだろう。
(私には、何もいってくれないのに)
ヴィクターの件に関し特に励ましらしい励ましを受けた覚えのないヴィクトリアである。自分の力でどうにかすべきだとは
思っているが、いざ似たような立場のまひろにだけ優しい言葉が掛けられるのを見るとダメだ。心臓が軽く締め付けられ
る。睫毛の細い瞳を伏せる。鼓動が少し早くなる。自分とは違うまひろへの対応にこわごわとしたものを覚え、気づけば
セーラー服の胸元をくしゃりと握りしめていた。
(優しいのはアイツの妹だから? それとも──…)
「それにしてもやっぱりびっきーと監督って仲いいよね」
何気ない一言にヴィクトリアは「ああもうこのコは!」と怒りたくなった。誰のせいで悩んでいると思っているのだ。やや不快
になりつつもまひろはそういう相手だとも割り切っているので口論には発展しない。ところどころ欠点もあるが美点も多い。
明るく、他人思いで、素敵な笑顔の持ち主で、その場にいるだけで周囲を和やかにして──…
美点を数えるたびその名前の刻まれた石碑が肩にズンズン乗っかってくるようで全く落胆の一途だ。「どれも私にないじ
ゃない……」。羨ましいやら悲しいやらだ。暗い感情の具現たる紫色のどよどよした空気の中、ただただ溜息をつき肩を落
とす他ないヴィクトリアだ。。
(アイツが、アイツが気に入ってもおかしくない…………)
「どうしたのびっきー」
「……ほっといて。というか私とアイツそんなに仲良くないわよ」
考えれば考えるほど悪循環に陥りそうなのでヴィクトリアは話題を変えた。
「そーかなあ。監督が誰かとあんなに打ち解けて話してる姿、初めて見たよ」
優しい。慰めてくれる。私怒っているのに……。そんな碑銘の石ころ3つが石碑の塔へ次々ダイブ。重みで肩がまた落ちる。
(ああもうイヤ。悩み聞こうとしただけなのになんでこんな気持ちにならなきゃ……)
「そうよ! こんな会話してる場合じゃないでしょ!! さっさと悩み言ったらどう!!?」
「ええーーーーーーーーー!?」
突然叫びだしたヴィクトリアに面食らったらしい。まひろは両目を剥いてあらん限りの驚愕を浮かべた。
しまった叫び過ぎた。らしからぬ感情発露をごまかすようにぜぇぜぇ息を吐き、きゅっと唇を結ぶ。
ヴィクトリアはやや迷いがちにトーンを落とし、ぽつりぽつりと呟いた。
「………私は、アナタや早坂秋水ほどたくさんの物事を乗り越えてきていないし第一こんな性格だから、解決策なんて出せ
ないかも知れないわよ」
でも、と今度はややバツが悪そうに距離を取り、そっぽを向いた。そして一呼吸。二呼吸。わずかな沈黙を作ってから静
かに静かに呟いた。
「聞き手ぐらい、努めさせなさいよ」
しばらくパピヨンと行動を共にしているからこそ分かる。あれは彼なりのエールなのだ。平易すぎるまでに要約すれば「心
配無用。アイツを信じろ。やれるコトをやってその時を待て」だ。他者を受け入れないパピヨンとしては破格なまでに親身な
言葉だ。アイツ、とはもちろんカズキのコトだろう。
(私には、何もいってくれないのに)
ヴィクターの件に関し特に励ましらしい励ましを受けた覚えのないヴィクトリアである。自分の力でどうにかすべきだとは
思っているが、いざ似たような立場のまひろにだけ優しい言葉が掛けられるのを見るとダメだ。心臓が軽く締め付けられ
る。睫毛の細い瞳を伏せる。鼓動が少し早くなる。自分とは違うまひろへの対応にこわごわとしたものを覚え、気づけば
セーラー服の胸元をくしゃりと握りしめていた。
(優しいのはアイツの妹だから? それとも──…)
「それにしてもやっぱりびっきーと監督って仲いいよね」
何気ない一言にヴィクトリアは「ああもうこのコは!」と怒りたくなった。誰のせいで悩んでいると思っているのだ。やや不快
になりつつもまひろはそういう相手だとも割り切っているので口論には発展しない。ところどころ欠点もあるが美点も多い。
明るく、他人思いで、素敵な笑顔の持ち主で、その場にいるだけで周囲を和やかにして──…
美点を数えるたびその名前の刻まれた石碑が肩にズンズン乗っかってくるようで全く落胆の一途だ。「どれも私にないじ
ゃない……」。羨ましいやら悲しいやらだ。暗い感情の具現たる紫色のどよどよした空気の中、ただただ溜息をつき肩を落
とす他ないヴィクトリアだ。。
(アイツが、アイツが気に入ってもおかしくない…………)
「どうしたのびっきー」
「……ほっといて。というか私とアイツそんなに仲良くないわよ」
考えれば考えるほど悪循環に陥りそうなのでヴィクトリアは話題を変えた。
「そーかなあ。監督が誰かとあんなに打ち解けて話してる姿、初めて見たよ」
優しい。慰めてくれる。私怒っているのに……。そんな碑銘の石ころ3つが石碑の塔へ次々ダイブ。重みで肩がまた落ちる。
(ああもうイヤ。悩み聞こうとしただけなのになんでこんな気持ちにならなきゃ……)
「そうよ! こんな会話してる場合じゃないでしょ!! さっさと悩み言ったらどう!!?」
「ええーーーーーーーーー!?」
突然叫びだしたヴィクトリアに面食らったらしい。まひろは両目を剥いてあらん限りの驚愕を浮かべた。
しまった叫び過ぎた。らしからぬ感情発露をごまかすようにぜぇぜぇ息を吐き、きゅっと唇を結ぶ。
ヴィクトリアはやや迷いがちにトーンを落とし、ぽつりぽつりと呟いた。
「………私は、アナタや早坂秋水ほどたくさんの物事を乗り越えてきていないし第一こんな性格だから、解決策なんて出せ
ないかも知れないわよ」
でも、と今度はややバツが悪そうに距離を取り、そっぽを向いた。そして一呼吸。二呼吸。わずかな沈黙を作ってから静
かに静かに呟いた。
「聞き手ぐらい、努めさせなさいよ」
「…………?」
聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。最初まひろはこの人形のような少女が何をいったのか分からなかった。それも
その筈で彼女はよほどその文言を告げるのが気恥ずかしいらしく、か細い息をつきながらようやく言葉を捻出しているという
様子だった。右手は垂らし肘に左の掌を。そっぽを向いても”絵”になる少女だった。
「私なんかが相手でも、言って、スッキリして、本音に気付くぐらいはできるでしょ……?」
聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。最初まひろはこの人形のような少女が何をいったのか分からなかった。それも
その筈で彼女はよほどその文言を告げるのが気恥ずかしいらしく、か細い息をつきながらようやく言葉を捻出しているという
様子だった。右手は垂らし肘に左の掌を。そっぽを向いても”絵”になる少女だった。
「私なんかが相手でも、言って、スッキリして、本音に気付くぐらいはできるでしょ……?」
(あ…………)
やっとまひろは気付いた。「相談してほしい」。遠まわしだが確かにそう言われているのを。
微かに赤い頬の上で鋭い三角の目がじーっと自分を見ている。瞳孔は相変わらず明るいところのネコのような夜行性爬
虫類のような垂直のスリット型だ。「冷たい」、平素そう見えるそれもいまはどぎまぎと瞠目中だ。言い方が正しいかどうか迷っ
ているのだろう。そもそも相談に乗ろうとする姿勢が気恥ずかしくて照れくさいのだろう。そんな感情を持て余しているらしく
細い眉さえごうごうと吊り上がっているのも見えた。眦(まなじり)直下にはひとしずくの汗さえ浮かんでいる。焦りと羞恥と
真面目さとでガチガチに緊張した、ユーモラスでさえある目つきだった。横向きの口も珍しくにゃらにゃらとした波線に結ば
れている。まひろでさえ初めて見る表情(カオ)だった。
もしかするとこの毒舌少女は生まれて初めて相談を受けようとしているのかも知れない。敢えて特技がまったく通じない行
為をやろうとしているのかも知れない。
気づいたまひろは、後ろに手を回しふわりと微笑した。
「ありがとうびっきー。私なんかのために。心配かけてゴメンね」
「別に。感謝してるならさっさと言いなさいよ。まったく。武藤カズキがらみの悩みだなんて最初から見当ついてたのに」
すぐ横道に逸れるんだから……ぶつくさと文句を言うヴィクトリアが髪をかきあげ向きなおった瞬間、まひろの腹はくくられた。
微かに赤い頬の上で鋭い三角の目がじーっと自分を見ている。瞳孔は相変わらず明るいところのネコのような夜行性爬
虫類のような垂直のスリット型だ。「冷たい」、平素そう見えるそれもいまはどぎまぎと瞠目中だ。言い方が正しいかどうか迷っ
ているのだろう。そもそも相談に乗ろうとする姿勢が気恥ずかしくて照れくさいのだろう。そんな感情を持て余しているらしく
細い眉さえごうごうと吊り上がっているのも見えた。眦(まなじり)直下にはひとしずくの汗さえ浮かんでいる。焦りと羞恥と
真面目さとでガチガチに緊張した、ユーモラスでさえある目つきだった。横向きの口も珍しくにゃらにゃらとした波線に結ば
れている。まひろでさえ初めて見る表情(カオ)だった。
もしかするとこの毒舌少女は生まれて初めて相談を受けようとしているのかも知れない。敢えて特技がまったく通じない行
為をやろうとしているのかも知れない。
気づいたまひろは、後ろに手を回しふわりと微笑した。
「ありがとうびっきー。私なんかのために。心配かけてゴメンね」
「別に。感謝してるならさっさと言いなさいよ。まったく。武藤カズキがらみの悩みだなんて最初から見当ついてたのに」
すぐ横道に逸れるんだから……ぶつくさと文句を言うヴィクトリアが髪をかきあげ向きなおった瞬間、まひろの腹はくくられた。
「そうだよね。監督の言う通りなんだよね。私がいくら悩んでもいても、「帰ってこないかも」って心配していても、お兄ちゃんは
いつだって戻ってくるって約束して、ちゃんとそれを守ってくれた。「すぐ」か「長いお別れになるけど」って違いはあるけど、
必ず……って」
まひろはとても申し訳なさそうにヴィクトリアを見た。
「実をいうとねびっきー。少し前、秋水先輩が気付かせてくれたの。最後に会ったときお兄ちゃん、「長いお別れになるけど
必ず戻ってくる」って約束してくれてたの。なのにまた同じコトで悩んでいたのはね……」
いま自分を苦しめている悩み。武藤まひろは訥々とそれを語りだした。
いつだって戻ってくるって約束して、ちゃんとそれを守ってくれた。「すぐ」か「長いお別れになるけど」って違いはあるけど、
必ず……って」
まひろはとても申し訳なさそうにヴィクトリアを見た。
「実をいうとねびっきー。少し前、秋水先輩が気付かせてくれたの。最後に会ったときお兄ちゃん、「長いお別れになるけど
必ず戻ってくる」って約束してくれてたの。なのにまた同じコトで悩んでいたのはね……」
いま自分を苦しめている悩み。武藤まひろは訥々とそれを語りだした。
「ほう。こんなに長くねェ」
校舎の傍の秋水を眺めながらパピヨンは下顎に指を当てた。毒々しい蝶々覆面の下に微かだが感心の色が浮かび、す
ぐ消えた。地上に戻りしばらく歩いていると疾走中の秋水が見えた。向こうはパピヨンにさえ気付いていなかった。何かを賢
明に求めているらしく、ただただひた走り体育館や校舎に入っては落胆と焦燥の表情で出てくるという繰り返し。15分ほど
は走っていた。面白半分に尾け回していたパピヨンは「そろそろ飽きたかな」と1人ごち秋水めがけ優雅に歩き出した。
校舎の傍の秋水を眺めながらパピヨンは下顎に指を当てた。毒々しい蝶々覆面の下に微かだが感心の色が浮かび、す
ぐ消えた。地上に戻りしばらく歩いていると疾走中の秋水が見えた。向こうはパピヨンにさえ気付いていなかった。何かを賢
明に求めているらしく、ただただひた走り体育館や校舎に入っては落胆と焦燥の表情で出てくるという繰り返し。15分ほど
は走っていた。面白半分に尾け回していたパピヨンは「そろそろ飽きたかな」と1人ごち秋水めがけ優雅に歩き出した。
「 呆 れ た 」
相談を聞き終えるとまず、まさに言葉通りの顔つきをした。
ヴィクトリアのコトである。
乗る前の緊張もどこへやら。いつもの毒舌少女の顔つきで彼女は相談内容を実に簡潔に述べ、斬って捨てた。
「要するに『武藤カズキがいなくて寂しいから』『早坂秋水が自分のコト好きだったらいいなって思った』だけじゃないソレ」
まひろの顔はみるみると赤くなった。「ちちち違うの」「そうじゃなくて」とあたふたするも悉くを論破され、こっきんと俯いた。
勝った! 何にどう勝ったのかは分からないが、とにかくヴィクトリアは両手を腰に当て薄い胸を逸らし得意気に鼻を鳴らした。
「……簡単にまとめすぎだよ。びっきー。私、私、もっといろいろ言ったよ…………?」
「でも結局そうじゃない。そうだからそう言えずにアイツから逃げたんでしょ? 違うの?
ぼっ、という音がした。よく見ると俯いたまひろは首筋まで真赤にして黙り込んでいる。図星としかいいようがない。
「とりあえずアナタのいったコト、順番にいうわよ。まず最近演劇部が賑やかになってきた。転校生たちも何人か入ってくる。
上り調子よ。だから部活が毎日楽しい」
「……うん」
「でもそこに武藤カズキはいない。楽しいからこそ不在が悲しい」
「……うん」
「一度そっち方面に気持ちが行っちゃうと、津村斗貴子や千里や沙織、武藤カズキの親友たちや早坂姉弟にあの管理人
(防人)も寂しいんだろうなって思って、どうしようもなくなる。合ってる?」
「……うん」
頷くばかりのまひろだ。平素少しは自重しろと思っているヴィクトリアでさえ元気出しなさいよと毒づきたくなる状態だ。
「そして武藤カズキを含む他人のコトを考えると自分だけ楽しんでいていいのかと思う訳ね。で、楽しめなくなる。代わりに
もう解決した筈の”武藤カズキは戻ってくるのだろうか”という不安ばかりがまた首をもたげてきて、押しつぶされそうになる。
寂しくて寂しくて仕方なくなる」
ヴィクトリアはだんだん楽しくなってきた。いよいよ羞恥が濃くなってきたまひろを冷たい笑顔で眺めた。
口を開く、銃弾のように言葉を注ぐ。
「でもそれは相談できない。なぜかというとさっきいった通り、周りの人間も同じ悩みを抱えているから。迷惑をかけてしまう
……そんな妙な遠慮が湧いてきて、誰にも何もいえずにいる。早坂秋水でもそれは同じ。いえ、もっとヒドいかしら。なぜなら
武藤カズキの件はアイツが一度解決してるもの。蒸し返せばアイツは無力感を感じるでしょうね。自分の言葉では解決できて
いなかった……本当はそうじゃないからこそ、アナタは早坂秋水に無力感を覚えさせたくない。だから、相談できない」
罵るような分析と反復だ。相談やカウンセリングにはとんと不向きな少女である。(特殊な需要層はヨロコぶだろうが)
「そんなとき、早坂秋水と目があった。アイツはアナタを見て微笑していた。だから期待してしまった。実は自分のコトを……と」
ぶんぶんぶんとまひろは首を縦に振った。「そこは否定すべきトコでしょ」。呆れながらもあまりの素直さへ逆に感心さえ覚
えてしまう。
「でもアナタはこうも思った。『武藤カズキがいない寂しさを早坂秋水で埋めようとするのは失礼』……って」
ここでまひろはやっと復活。いつものごとくヴィクトリアの肩を持ち、大っぴらに揺すり始めた。
「だだだだって秋水先輩まだいろいろやるコトがあって大変なんだよ!? きっとお兄ちゃんに直接会って謝らない限り、本
当の意味で前へ進めないと思うし……!!」」
(ハイハイ揺すりなさい揺すりなさい。元気出てきたようで何よりね。とても、すごく迷惑だけど)
最近まひろに対する気分が悟りの域に達しているような気がしてならぬヴィクトリアだ。ガンジス川のように総てを受け入れ
柳のように受け流すのがもっとも効果的な戦法なのかも知れない。そんなコトを冷めた表情で思いながら束ねた金髪と形の
いい白い顎をやられるままされるまま、がっくんがっくん揺らしている。
「そんな時に私が困らせるようなコト言ったりしたらダメだよ! あくまで私は秋水先輩に協力しなきゃ!! 先輩がお兄ちゃ
んにちゃんと謝れるよう支えてあげなきゃ……今まで一生懸命私たちのために戦ってくれた2人に悪いよ!!」
ヴィクトリアを解放するとまひろは明後日の方向を向きながら拳固めて力説した。「どこ向いて喋ってるの」。半眼ジト目の
ツッコミはまるで届いていないようだ。くるりと反転すると今度は深刻な表情でこう語る。テンションは乱高下まっさかりだ。
「みんな、みんな……お兄ちゃんがいなくて悲しいんだよ? 寂しいんだよ? なのに私だけ秋水先輩お兄ちゃんの代わり
にしようだなんて…………ダメだよ。斗貴子さんだって辛いよ」
大きな瞳にうっすら涙を浮かべるまひろをヴィクトリアは無言で眺めた。
カズキはいまもまだ月面で戦っているのである。この惑星(ほし)にいる大勢の守りたい人のために。その辺りを知ってい
るからこそ、周囲もまた辛さを感じているからこそ、、まひろは自分だけ楽しむコトを許せないのだろう。
「そうね。辛い時、楽しそうな人間が傍にいるのは気分悪いもの。そこまで考えて踏みとどまってるだけ、アナタはまだまだ
マシな方」
「偉くなんかないよ……。秋水先輩、お兄ちゃんの代わりにしようとか思っちゃったもん私」
(代わり、ね)
まひろを悩ましているのはその言葉らしい。笑みが漏れる。ヴィクトリアは少し昔のコトを思い出した。振り返れば滑稽な、
それでも当時は深刻だった悩みが脳裏に去来する。それを言えばまひろの本音も幾分引き出しやすそうだが、いきなり
核心をついても却って縮こまるだろう。自分の弱さを嫌というほど見てきたヴィクトリアなのだ。弱みを突かれた人間が
どういう反応を示すかぐらいは知っている。まずはまひろの好きそうな話題で外堀を埋めるコトにした。
「別にいいんじゃないの。あっちもアナタのコト、嫌いじゃなさそうだし」
むしろ別格といえるのではないか?
ヴィクトリアはこれまで見聞きした様々な情報を元に、いかにもまひろが喜びそうな秋水情報を提供する。
沙織の話では入院中の秋水を見舞う女子生徒は数あれど、ともにハンバーガーを食べてるのはまひろだけらしい。
千里の話では8月の終わりに秋水自らまひろを食事に誘ったとか。
メイドカフェではまひろのメイド姿に目を奪われていたし、演劇がらみではまひろと一緒に何か作業をしているという。
学園のアイドルに憧れる他の女子生徒にしてみれば血涙を流したくなるほどの圧倒的アドバンテージをまひろは誇っている。
にも関わらず当の本人だけはまったくそれに気づいていない。
なんだか普通の人間の、普通の女子生徒──実際そういう容貌なのだが──がする様なコイバナで持ち上げたり喜ばし
たりするヴィクトリアだ。心中「なにやってるのよ私」という疑問もあったが、話していると不思議なもので心がうきうきと踊り
立ち、だんだんだんだん本当に秋水がまひろを好いているように思えてきた。
一方のまひろはいろいろ驚いたり期待に満ちた表情をしていたが、すぐに「でででででも」と手をばたつかせた。しかし表情
は満更でもなさそうなのがまひろのまひろたる所以なのだろう。
「いいじゃない。最初はアイツの代わりでも。付き合っていく内にその人そのものを見るようになっていけば案外うまく行く
んじゃないかしら? 人間関係の始まる、ひとつのきっかけとして捉えたらどう?」
「おー。さすがびっきー。大人だね」
「当たり前よ。こう見えてもアナタのおばあ様より年上だもの」
ヴィクトリアというとあまつさえ上記がごとき悟った意見さえ述べ始めるから分からない。もちろんコレはまひろの心を自分
好みの方へ誘導するための方便だ。まひろ以外の人間を救う措置など何もない。斗貴子に聞かれたが最後ヴィクトリアの
首から上は鎌上(れんじょう)で罵声を浴びるだろう。
他人思いではあるが刺激的な出来事にはすぐ忘我し暴走するまひろだ。呈示された解決策に思わず目を点にし両頬に
手を当てた。だいぶ心が揺らいだらしい。それでもやはりすぐさま他の人間との兼ね合いを思い出したらしく、ぶんぶんと
栗色の髪を左右に振り一生懸命喋り出した。
「確かに秋水先輩、お兄ちゃんのコトで私にいろいろ良くしてくれたけど……でもそれってやっぱりそれはお兄ちゃんのコ
トがあったからだし、ダメ。ダメなの。期待なんかしちゃ! それに、それにね、私!」
またも拳を固めたまひろ、今度は目をぐるぐるの渦にし滝のごとく涙を流した。
「お兄ちゃんの代わりに私へ謝ろうなんていうのはダメだよ? ってカンジのコト、言っちゃってるしーーーーーーーーー!」
「墓穴ね。自分を武藤カズキの代わりにしないでって言った以上、アナタも早坂秋水をそうできない」
この世の終わりを迎えているのかと聞きたくなるほどまひろは苦悩している。とうとう彼女はわーっと泣きながらヴィクトリアの
胸に飛び込んだ、
「どうしよう! 私どうしたらいいのかなびっきー! このままじゃ秋水先輩にあわす顔がないよ!」
機械のような無表情で頭をぽふぽふと叩きながらヴィクトリアは「そうね……」と言葉を紡ぎ始める。やっと本題に入れる。
そういう思いがあった。
「馬鹿ね。さびしいから代わりにしたい。それだけしか考えられない人間が、アナタみたいに悩むと思う?」
「ふぇ?」
ヴィクトリアは顔をしかめた。セーラー服にまひろの鼻水がべっとりと付いている。固めた拳を怒りに震わせかけたが
意志の力で鎮静し、ただしやや迫力のある力強い声で文言を継続する。
「最初に断わっておくわよ。同情はしないで。悪いコト聞いたなんて謝ったりしないで。いい? 私が自分で話すって決めた
コトなんだからいちいち嘴を挟まないで。分かった?」
良く分かっていないようだがまひろは不承不承うなずいた。
「ココに来る前、私のママがね。死んだの。しばらく……寂しかったわ」
その言葉を皮切りにヴィクトリアは語りだす。かつてその母の面影を千里に見ていたコトを。髪を梳いてもらうたび母にそう
して貰っているようで嬉しくて、いつしか彼女を母の『代わり』として見ていたコトを。だが皮肉にもそれがきっかけで千里に
対して食人衝動を覚えてしまった……一時期寄宿舎から姿を消していた理由の暗澹たる部分まで包み隠さずまひろに話す。
彼女はフクザツな表情だが、ヴィクトリアの刺した釘を守り同情めいたコトは何一ついわない。食人衝動についても決して
蔑視を浮かべずただ「道理で辛かったんだ」という光を目に宿した。親友を食べようとした。その事実に対する恐れより、
食べたくなってしまった不幸を悼んでくれているようだった。そんなまひろで、少しだけ嬉しかった。
「いい。経験者に言わせればね。寂しいからすり寄る。そんな感情ならいちいち相手へ悪いとか思わないわよ。情けないぐ
らいめそめそして、悲しさから逃げる為だけにすりよって。そうして上手くいかなくなったら逃げるだけ。まったく。自分でも情
けなかったわよ」
「逃げる……」
まひろの顔が曇った。「そんなカオは全部聞いてからにしなさい」。ぴしゃりと言葉で叩いてから、ヴィクトリアは冷たい上目
遣いで相談相手を凝視した。
「自分の寂しさを埋めたいから代わりにする。それだけしか考えられない人間が、アナタのようにいろいろ考えると思う?
現にアナタ、代わりにしたいって自覚した瞬間アイツから逃げてるじゃない。私は違うわよ。自覚してからもママとの区別を
つけようともせず千里に髪ばかり梳いて貰ってたもの」
「それは今もなの? びっきー」
「いえ。千里は千里だって分かっているわよ。お陰さまで、アナタとアイツに連れ戻された時からね。でもアナタは武藤カズキ
の代わりにしようとする前に早坂秋水から逃げた。つまり『本心では代わりにしたくない』。その辺りは昔の私と違うわよ」
「うぅ。私の心なのに難しい。難しすぎるよびっきー」
「呆れた。アナタの心だからでしょ。アナタ自身がフクザツにしてるだけじゃない」
泣き笑いするまひろだが罪悪感はやや消えたらしい。そこを見計らったヴィクトリア、すかさず問題の核心へと斬り込んだ。
「アナタは言い訳しているんじゃないの? 本当の気持ちは別にあって、でもそれを満たそうとすると結果的にアイツを武藤カ
ズキの代わりにしてしまうって気付いてしまった。だから迷っている。私にはそう見えるけど」
どんぐり眼が瞬いた。言葉の意味を測りかねたのが見て取れた。
それもその筈だ。指摘が示すはまひろの悩みから2段も3段も上の領域だ。
「もう一度聞くけど、アナタの本音はどうなの? アナタの本当の気持ちはどうなの?」
「本音……?」
切なげに眉を寄せ、まひろは少し視線を下げた。
「私の推測も交じってるけど、アナタ早坂秋水のコト、好きなの? 好きだからこそらしくもなく色々考えて遠慮して、怖がってるの?」
一気に畳みかけるヴィクトリアだ。まひろ相手にはこれほど直截簡明(ちょくせつかんめい)な物言いの方が効くと踏んだから
だが、言い終わるやいなや別の思案も湧いてきた。
(なにこの青臭いセリフ)
先ほどまひろの祖母より年上とのたまった少女がいうにはやや滑稽なセリフだ。鐶がするような黒一色の戯画的半眼を
しつつやや引き攣った顔をする。だんだん、恥ずかしくなってきた。何を自分は言っているのだろうかという思いが湧き、つ
いで他人の恋愛に口をはさむより先に自分のコトをどうにかしろという空しさも湧いてきた。恋愛? なぜか浮かぶパピヨン
の顔にやや顔を赤らめながらじつと俯く。知識の中にしかなかった思春期という化石が今は生々しく蘇り感情の中を泳いで
いるようだった。
まひろはまひろで深刻だ。期せずして2人は同時に盛大な溜息をついた。
「そんなコト……考えたコトもないよ」
まひろは顎に手をあて悩ましげに俯いた。瞳も熱く潤んでいる。
「そりゃ秋水先輩はカッコいいし優しいよ。でも照れ屋さんで不器用で、見てるとどうしても助けたくなっちゃうし、そこが可愛
いかなあとは思うよ。私だっていろいろ助けてもらったし…………。お兄ちゃんがいなくて、寂しいけど、先輩が色々いって
くれたから今まで何とかやってこれた訳で……。でも、好きかどうかなんていうのは…………分からないよ」
まひろはくるりと背を向け小石を蹴るようなしぐさをした。腰のあたりに回された手と手の間で時おり幼い指同士がぎゅうっと
絡みう。籠る力は苦悩のほどを示していた。
「だってね。私……斗貴子さんもちーちんもさーちゃんも六舛先輩たちもブラボーも桜花先輩も、監督も、それからもちろん
びっきーも、とにかく周りにいるみんな大好きだよ。もちろん秋水先輩だって大好きだけど、でもみんなへの大好きと違うか
どうかまでは分からなくて……」
(気付きなさいよまったく)
何度目かの嘆息をしつつ、ヴィクトリアは天を仰いだ。狭い地下なので灰色の天井が広がっているだけだが、何か挙動
を取らなければ間が持たない気がしたのだ。
(ふだん何も考えず突っ込んでくアナタがそこまで深刻になってる時点で──…)
相談を聞き終えるとまず、まさに言葉通りの顔つきをした。
ヴィクトリアのコトである。
乗る前の緊張もどこへやら。いつもの毒舌少女の顔つきで彼女は相談内容を実に簡潔に述べ、斬って捨てた。
「要するに『武藤カズキがいなくて寂しいから』『早坂秋水が自分のコト好きだったらいいなって思った』だけじゃないソレ」
まひろの顔はみるみると赤くなった。「ちちち違うの」「そうじゃなくて」とあたふたするも悉くを論破され、こっきんと俯いた。
勝った! 何にどう勝ったのかは分からないが、とにかくヴィクトリアは両手を腰に当て薄い胸を逸らし得意気に鼻を鳴らした。
「……簡単にまとめすぎだよ。びっきー。私、私、もっといろいろ言ったよ…………?」
「でも結局そうじゃない。そうだからそう言えずにアイツから逃げたんでしょ? 違うの?
ぼっ、という音がした。よく見ると俯いたまひろは首筋まで真赤にして黙り込んでいる。図星としかいいようがない。
「とりあえずアナタのいったコト、順番にいうわよ。まず最近演劇部が賑やかになってきた。転校生たちも何人か入ってくる。
上り調子よ。だから部活が毎日楽しい」
「……うん」
「でもそこに武藤カズキはいない。楽しいからこそ不在が悲しい」
「……うん」
「一度そっち方面に気持ちが行っちゃうと、津村斗貴子や千里や沙織、武藤カズキの親友たちや早坂姉弟にあの管理人
(防人)も寂しいんだろうなって思って、どうしようもなくなる。合ってる?」
「……うん」
頷くばかりのまひろだ。平素少しは自重しろと思っているヴィクトリアでさえ元気出しなさいよと毒づきたくなる状態だ。
「そして武藤カズキを含む他人のコトを考えると自分だけ楽しんでいていいのかと思う訳ね。で、楽しめなくなる。代わりに
もう解決した筈の”武藤カズキは戻ってくるのだろうか”という不安ばかりがまた首をもたげてきて、押しつぶされそうになる。
寂しくて寂しくて仕方なくなる」
ヴィクトリアはだんだん楽しくなってきた。いよいよ羞恥が濃くなってきたまひろを冷たい笑顔で眺めた。
口を開く、銃弾のように言葉を注ぐ。
「でもそれは相談できない。なぜかというとさっきいった通り、周りの人間も同じ悩みを抱えているから。迷惑をかけてしまう
……そんな妙な遠慮が湧いてきて、誰にも何もいえずにいる。早坂秋水でもそれは同じ。いえ、もっとヒドいかしら。なぜなら
武藤カズキの件はアイツが一度解決してるもの。蒸し返せばアイツは無力感を感じるでしょうね。自分の言葉では解決できて
いなかった……本当はそうじゃないからこそ、アナタは早坂秋水に無力感を覚えさせたくない。だから、相談できない」
罵るような分析と反復だ。相談やカウンセリングにはとんと不向きな少女である。(特殊な需要層はヨロコぶだろうが)
「そんなとき、早坂秋水と目があった。アイツはアナタを見て微笑していた。だから期待してしまった。実は自分のコトを……と」
ぶんぶんぶんとまひろは首を縦に振った。「そこは否定すべきトコでしょ」。呆れながらもあまりの素直さへ逆に感心さえ覚
えてしまう。
「でもアナタはこうも思った。『武藤カズキがいない寂しさを早坂秋水で埋めようとするのは失礼』……って」
ここでまひろはやっと復活。いつものごとくヴィクトリアの肩を持ち、大っぴらに揺すり始めた。
「だだだだって秋水先輩まだいろいろやるコトがあって大変なんだよ!? きっとお兄ちゃんに直接会って謝らない限り、本
当の意味で前へ進めないと思うし……!!」」
(ハイハイ揺すりなさい揺すりなさい。元気出てきたようで何よりね。とても、すごく迷惑だけど)
最近まひろに対する気分が悟りの域に達しているような気がしてならぬヴィクトリアだ。ガンジス川のように総てを受け入れ
柳のように受け流すのがもっとも効果的な戦法なのかも知れない。そんなコトを冷めた表情で思いながら束ねた金髪と形の
いい白い顎をやられるままされるまま、がっくんがっくん揺らしている。
「そんな時に私が困らせるようなコト言ったりしたらダメだよ! あくまで私は秋水先輩に協力しなきゃ!! 先輩がお兄ちゃ
んにちゃんと謝れるよう支えてあげなきゃ……今まで一生懸命私たちのために戦ってくれた2人に悪いよ!!」
ヴィクトリアを解放するとまひろは明後日の方向を向きながら拳固めて力説した。「どこ向いて喋ってるの」。半眼ジト目の
ツッコミはまるで届いていないようだ。くるりと反転すると今度は深刻な表情でこう語る。テンションは乱高下まっさかりだ。
「みんな、みんな……お兄ちゃんがいなくて悲しいんだよ? 寂しいんだよ? なのに私だけ秋水先輩お兄ちゃんの代わり
にしようだなんて…………ダメだよ。斗貴子さんだって辛いよ」
大きな瞳にうっすら涙を浮かべるまひろをヴィクトリアは無言で眺めた。
カズキはいまもまだ月面で戦っているのである。この惑星(ほし)にいる大勢の守りたい人のために。その辺りを知ってい
るからこそ、周囲もまた辛さを感じているからこそ、、まひろは自分だけ楽しむコトを許せないのだろう。
「そうね。辛い時、楽しそうな人間が傍にいるのは気分悪いもの。そこまで考えて踏みとどまってるだけ、アナタはまだまだ
マシな方」
「偉くなんかないよ……。秋水先輩、お兄ちゃんの代わりにしようとか思っちゃったもん私」
(代わり、ね)
まひろを悩ましているのはその言葉らしい。笑みが漏れる。ヴィクトリアは少し昔のコトを思い出した。振り返れば滑稽な、
それでも当時は深刻だった悩みが脳裏に去来する。それを言えばまひろの本音も幾分引き出しやすそうだが、いきなり
核心をついても却って縮こまるだろう。自分の弱さを嫌というほど見てきたヴィクトリアなのだ。弱みを突かれた人間が
どういう反応を示すかぐらいは知っている。まずはまひろの好きそうな話題で外堀を埋めるコトにした。
「別にいいんじゃないの。あっちもアナタのコト、嫌いじゃなさそうだし」
むしろ別格といえるのではないか?
ヴィクトリアはこれまで見聞きした様々な情報を元に、いかにもまひろが喜びそうな秋水情報を提供する。
沙織の話では入院中の秋水を見舞う女子生徒は数あれど、ともにハンバーガーを食べてるのはまひろだけらしい。
千里の話では8月の終わりに秋水自らまひろを食事に誘ったとか。
メイドカフェではまひろのメイド姿に目を奪われていたし、演劇がらみではまひろと一緒に何か作業をしているという。
学園のアイドルに憧れる他の女子生徒にしてみれば血涙を流したくなるほどの圧倒的アドバンテージをまひろは誇っている。
にも関わらず当の本人だけはまったくそれに気づいていない。
なんだか普通の人間の、普通の女子生徒──実際そういう容貌なのだが──がする様なコイバナで持ち上げたり喜ばし
たりするヴィクトリアだ。心中「なにやってるのよ私」という疑問もあったが、話していると不思議なもので心がうきうきと踊り
立ち、だんだんだんだん本当に秋水がまひろを好いているように思えてきた。
一方のまひろはいろいろ驚いたり期待に満ちた表情をしていたが、すぐに「でででででも」と手をばたつかせた。しかし表情
は満更でもなさそうなのがまひろのまひろたる所以なのだろう。
「いいじゃない。最初はアイツの代わりでも。付き合っていく内にその人そのものを見るようになっていけば案外うまく行く
んじゃないかしら? 人間関係の始まる、ひとつのきっかけとして捉えたらどう?」
「おー。さすがびっきー。大人だね」
「当たり前よ。こう見えてもアナタのおばあ様より年上だもの」
ヴィクトリアというとあまつさえ上記がごとき悟った意見さえ述べ始めるから分からない。もちろんコレはまひろの心を自分
好みの方へ誘導するための方便だ。まひろ以外の人間を救う措置など何もない。斗貴子に聞かれたが最後ヴィクトリアの
首から上は鎌上(れんじょう)で罵声を浴びるだろう。
他人思いではあるが刺激的な出来事にはすぐ忘我し暴走するまひろだ。呈示された解決策に思わず目を点にし両頬に
手を当てた。だいぶ心が揺らいだらしい。それでもやはりすぐさま他の人間との兼ね合いを思い出したらしく、ぶんぶんと
栗色の髪を左右に振り一生懸命喋り出した。
「確かに秋水先輩、お兄ちゃんのコトで私にいろいろ良くしてくれたけど……でもそれってやっぱりそれはお兄ちゃんのコ
トがあったからだし、ダメ。ダメなの。期待なんかしちゃ! それに、それにね、私!」
またも拳を固めたまひろ、今度は目をぐるぐるの渦にし滝のごとく涙を流した。
「お兄ちゃんの代わりに私へ謝ろうなんていうのはダメだよ? ってカンジのコト、言っちゃってるしーーーーーーーーー!」
「墓穴ね。自分を武藤カズキの代わりにしないでって言った以上、アナタも早坂秋水をそうできない」
この世の終わりを迎えているのかと聞きたくなるほどまひろは苦悩している。とうとう彼女はわーっと泣きながらヴィクトリアの
胸に飛び込んだ、
「どうしよう! 私どうしたらいいのかなびっきー! このままじゃ秋水先輩にあわす顔がないよ!」
機械のような無表情で頭をぽふぽふと叩きながらヴィクトリアは「そうね……」と言葉を紡ぎ始める。やっと本題に入れる。
そういう思いがあった。
「馬鹿ね。さびしいから代わりにしたい。それだけしか考えられない人間が、アナタみたいに悩むと思う?」
「ふぇ?」
ヴィクトリアは顔をしかめた。セーラー服にまひろの鼻水がべっとりと付いている。固めた拳を怒りに震わせかけたが
意志の力で鎮静し、ただしやや迫力のある力強い声で文言を継続する。
「最初に断わっておくわよ。同情はしないで。悪いコト聞いたなんて謝ったりしないで。いい? 私が自分で話すって決めた
コトなんだからいちいち嘴を挟まないで。分かった?」
良く分かっていないようだがまひろは不承不承うなずいた。
「ココに来る前、私のママがね。死んだの。しばらく……寂しかったわ」
その言葉を皮切りにヴィクトリアは語りだす。かつてその母の面影を千里に見ていたコトを。髪を梳いてもらうたび母にそう
して貰っているようで嬉しくて、いつしか彼女を母の『代わり』として見ていたコトを。だが皮肉にもそれがきっかけで千里に
対して食人衝動を覚えてしまった……一時期寄宿舎から姿を消していた理由の暗澹たる部分まで包み隠さずまひろに話す。
彼女はフクザツな表情だが、ヴィクトリアの刺した釘を守り同情めいたコトは何一ついわない。食人衝動についても決して
蔑視を浮かべずただ「道理で辛かったんだ」という光を目に宿した。親友を食べようとした。その事実に対する恐れより、
食べたくなってしまった不幸を悼んでくれているようだった。そんなまひろで、少しだけ嬉しかった。
「いい。経験者に言わせればね。寂しいからすり寄る。そんな感情ならいちいち相手へ悪いとか思わないわよ。情けないぐ
らいめそめそして、悲しさから逃げる為だけにすりよって。そうして上手くいかなくなったら逃げるだけ。まったく。自分でも情
けなかったわよ」
「逃げる……」
まひろの顔が曇った。「そんなカオは全部聞いてからにしなさい」。ぴしゃりと言葉で叩いてから、ヴィクトリアは冷たい上目
遣いで相談相手を凝視した。
「自分の寂しさを埋めたいから代わりにする。それだけしか考えられない人間が、アナタのようにいろいろ考えると思う?
現にアナタ、代わりにしたいって自覚した瞬間アイツから逃げてるじゃない。私は違うわよ。自覚してからもママとの区別を
つけようともせず千里に髪ばかり梳いて貰ってたもの」
「それは今もなの? びっきー」
「いえ。千里は千里だって分かっているわよ。お陰さまで、アナタとアイツに連れ戻された時からね。でもアナタは武藤カズキ
の代わりにしようとする前に早坂秋水から逃げた。つまり『本心では代わりにしたくない』。その辺りは昔の私と違うわよ」
「うぅ。私の心なのに難しい。難しすぎるよびっきー」
「呆れた。アナタの心だからでしょ。アナタ自身がフクザツにしてるだけじゃない」
泣き笑いするまひろだが罪悪感はやや消えたらしい。そこを見計らったヴィクトリア、すかさず問題の核心へと斬り込んだ。
「アナタは言い訳しているんじゃないの? 本当の気持ちは別にあって、でもそれを満たそうとすると結果的にアイツを武藤カ
ズキの代わりにしてしまうって気付いてしまった。だから迷っている。私にはそう見えるけど」
どんぐり眼が瞬いた。言葉の意味を測りかねたのが見て取れた。
それもその筈だ。指摘が示すはまひろの悩みから2段も3段も上の領域だ。
「もう一度聞くけど、アナタの本音はどうなの? アナタの本当の気持ちはどうなの?」
「本音……?」
切なげに眉を寄せ、まひろは少し視線を下げた。
「私の推測も交じってるけど、アナタ早坂秋水のコト、好きなの? 好きだからこそらしくもなく色々考えて遠慮して、怖がってるの?」
一気に畳みかけるヴィクトリアだ。まひろ相手にはこれほど直截簡明(ちょくせつかんめい)な物言いの方が効くと踏んだから
だが、言い終わるやいなや別の思案も湧いてきた。
(なにこの青臭いセリフ)
先ほどまひろの祖母より年上とのたまった少女がいうにはやや滑稽なセリフだ。鐶がするような黒一色の戯画的半眼を
しつつやや引き攣った顔をする。だんだん、恥ずかしくなってきた。何を自分は言っているのだろうかという思いが湧き、つ
いで他人の恋愛に口をはさむより先に自分のコトをどうにかしろという空しさも湧いてきた。恋愛? なぜか浮かぶパピヨン
の顔にやや顔を赤らめながらじつと俯く。知識の中にしかなかった思春期という化石が今は生々しく蘇り感情の中を泳いで
いるようだった。
まひろはまひろで深刻だ。期せずして2人は同時に盛大な溜息をついた。
「そんなコト……考えたコトもないよ」
まひろは顎に手をあて悩ましげに俯いた。瞳も熱く潤んでいる。
「そりゃ秋水先輩はカッコいいし優しいよ。でも照れ屋さんで不器用で、見てるとどうしても助けたくなっちゃうし、そこが可愛
いかなあとは思うよ。私だっていろいろ助けてもらったし…………。お兄ちゃんがいなくて、寂しいけど、先輩が色々いって
くれたから今まで何とかやってこれた訳で……。でも、好きかどうかなんていうのは…………分からないよ」
まひろはくるりと背を向け小石を蹴るようなしぐさをした。腰のあたりに回された手と手の間で時おり幼い指同士がぎゅうっと
絡みう。籠る力は苦悩のほどを示していた。
「だってね。私……斗貴子さんもちーちんもさーちゃんも六舛先輩たちもブラボーも桜花先輩も、監督も、それからもちろん
びっきーも、とにかく周りにいるみんな大好きだよ。もちろん秋水先輩だって大好きだけど、でもみんなへの大好きと違うか
どうかまでは分からなくて……」
(気付きなさいよまったく)
何度目かの嘆息をしつつ、ヴィクトリアは天を仰いだ。狭い地下なので灰色の天井が広がっているだけだが、何か挙動
を取らなければ間が持たない気がしたのだ。
(ふだん何も考えず突っ込んでくアナタがそこまで深刻になってる時点で──…)
(答えなんて分かりきってるじゃない)
視線を移す。まひろの背中。語りかけるように凝視する。
彼女はフラれるという結果など恐れていないようだった。秋水がそう決断したとしても彼への手助けはやめないだろう。ヴィ
クトリアは心底からそう思った。まひろは見返りや自分への好意は求めていない。何か問題があれば自分の身を顧みず、
他人のためだけに動ける少女だ。
だから「フラれる」という結果的なものより、「カズキ不在の中、秋水へ一歩踏み出そうとする」自分の決断、過程こそ周囲に悪いと
思い相手にさえ遠慮しているフシがある。
クトリアは心底からそう思った。まひろは見返りや自分への好意は求めていない。何か問題があれば自分の身を顧みず、
他人のためだけに動ける少女だ。
だから「フラれる」という結果的なものより、「カズキ不在の中、秋水へ一歩踏み出そうとする」自分の決断、過程こそ周囲に悪いと
思い相手にさえ遠慮しているフシがある。
(これ以上つつかない方が良さそうね。迷う気持ちはそうすぐには変えられない。自分のコトさえ100年間どうしようもなかった
私がこのコの悩みを全部解決しようなんて思い上がりもいい所。傲慢じゃない)
私がこのコの悩みを全部解決しようなんて思い上がりもいい所。傲慢じゃない)
(できるコトは1つ。たった1つ──…)
近づき、ぽんと肩を叩く。戸惑ったように見返してくるまひろにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「とにかく。まずはいまの指摘が合ってるかどうかじっくり考えなさいよ」
思わぬスキンシップに一瞬喜色を浮かべたまひろではあるが、すぐに太い眉をハの字に歪め哀願するように訴える。
「でも、私そんなに頭良くないよ? すぐこんがらがって分からなくなっちゃうかも」
「その時は今みたく私に話せばいいでしょ?」
唖然とするまひろに「してやったり」とばかりヴィクトリアは笑みを浮かべた。
「私なんかが相手でも、言って、スッキリして、本音に気付くぐらいはできるでしょ。どうせアナタは一人で悩んで貯め込んでも
何も解決できないわよ。だったらどこかで適当に発散すればいいじゃない」
「で、でも……それじゃびっきーに悪いような」
「悪い?」
フンと鼻を鳴らすとヴィクトリアは思いっきり皮肉と冷淡の混じった笑みを浮かべた。演説の題目は2人の関係性。まひろにされた
所業がどれほど嫌で苦痛を感じたか、だ。氷の釘で射抜くようにチクチクと毒舌を振るう。そしてそれを最後にこう締めくくる。
「今まで散々私を苦しめたアナタよ。いまさら何したって悪いも何もないじゃない。ホラ。こっち向きなさいよ。ねえ」
戯画的な表情で丸っこい涙をどらどら流すまひろの顎に手を伸ばす。首のしなやかな稜線を駆け抜けた繊手が下顎を撫でると
豊かな肢体がピクリと震えた。刺激に喘ぐ愛らしい顔立ちが恐る恐る見返してくる。いいカオ……妖しく震える嗜虐心。ヴィクトリアの手は
まひろの頬をつるりと撫で皮膚と栗髪の間に潜り込んだ。ぱさついた髪の束が浮き上がり、まひろは小さな叫びを軽くあげた。
「それとも……私じゃダメ……? アナタも武藤カズキしか見てないの……?」
「とにかく。まずはいまの指摘が合ってるかどうかじっくり考えなさいよ」
思わぬスキンシップに一瞬喜色を浮かべたまひろではあるが、すぐに太い眉をハの字に歪め哀願するように訴える。
「でも、私そんなに頭良くないよ? すぐこんがらがって分からなくなっちゃうかも」
「その時は今みたく私に話せばいいでしょ?」
唖然とするまひろに「してやったり」とばかりヴィクトリアは笑みを浮かべた。
「私なんかが相手でも、言って、スッキリして、本音に気付くぐらいはできるでしょ。どうせアナタは一人で悩んで貯め込んでも
何も解決できないわよ。だったらどこかで適当に発散すればいいじゃない」
「で、でも……それじゃびっきーに悪いような」
「悪い?」
フンと鼻を鳴らすとヴィクトリアは思いっきり皮肉と冷淡の混じった笑みを浮かべた。演説の題目は2人の関係性。まひろにされた
所業がどれほど嫌で苦痛を感じたか、だ。氷の釘で射抜くようにチクチクと毒舌を振るう。そしてそれを最後にこう締めくくる。
「今まで散々私を苦しめたアナタよ。いまさら何したって悪いも何もないじゃない。ホラ。こっち向きなさいよ。ねえ」
戯画的な表情で丸っこい涙をどらどら流すまひろの顎に手を伸ばす。首のしなやかな稜線を駆け抜けた繊手が下顎を撫でると
豊かな肢体がピクリと震えた。刺激に喘ぐ愛らしい顔立ちが恐る恐る見返してくる。いいカオ……妖しく震える嗜虐心。ヴィクトリアの手は
まひろの頬をつるりと撫で皮膚と栗髪の間に潜り込んだ。ぱさついた髪の束が浮き上がり、まひろは小さな叫びを軽くあげた。
「それとも……私じゃダメ……? アナタも武藤カズキしか見てないの……?」
まひろは見た。眼下で急に瞳を潤ませるヴィクトリアを。やや紅潮した顔は名状しがたい切なさを孕んでいた。思わず唾を飲む。
彼女は恐ろしく攻撃的な姿勢とは裏腹に懸命に背伸びをしていた。踵や足の甲がぶるぶると震えていて、それだけなのにとてもと
てもズキリと来た。
普段軽くのぼらせる「可愛い」とは違った何かを感じる。桜花の美しさともまた違う何かが。今すぐにでも抱きしめたいが抱きしめると
ヴィクトリアの関係性が変わっていってしまうような予感がした。それはともかくとしてまひろは純粋にヴィクトリアの申し出が嬉しかった
ので──そういう明るい感情を前面に押し出さないと美しくも甘い雰囲気にどうにかなってしまいそうだったので──とびきりの笑みを
浮かべ快諾した。
彼女は恐ろしく攻撃的な姿勢とは裏腹に懸命に背伸びをしていた。踵や足の甲がぶるぶると震えていて、それだけなのにとてもと
てもズキリと来た。
普段軽くのぼらせる「可愛い」とは違った何かを感じる。桜花の美しさともまた違う何かが。今すぐにでも抱きしめたいが抱きしめると
ヴィクトリアの関係性が変わっていってしまうような予感がした。それはともかくとしてまひろは純粋にヴィクトリアの申し出が嬉しかった
ので──そういう明るい感情を前面に押し出さないと美しくも甘い雰囲気にどうにかなってしまいそうだったので──とびきりの笑みを
浮かべ快諾した。
(アナタも? 誰か他の人もそうなの? 秋水先輩のコトならそこまで悩まないよね?)
(誰なのびっきー? その人は)
かすかな疑問を、残しつつ。
「分かってくれればいいのよ。とにかく逃げるのだけは絶対ダメよ。何の解決にもならないんだから」
かつて人喰い衝動の件で寄宿舎から逃げた時のコトを思い出しながらヴィクトリアは最後の注意を始めた。
「気遣うコト自体は悪くないわよ。むしろアナタにしてはよく配慮した方。だけど早坂秋水にしてみれば、アナタに逃げられ
るのは迷惑な話よ? 分かるわよね。少し前の話だけど、説得さえ怖がって地下へ逃げ込んだ誰かさんが居たでしょ?
その誰かさんを追ってわざわざ地下まで来るの、大変だったでしょ?」
「私は大変だなんて思わなかったけど……でもいま、秋水先輩は困っているよね」
まひろはしゅんと肩を落とした。いろいろな感情の果てに彼を一番傷つけずにすむ選択をしたつもりだったが、それでも
やはり迷惑だし解決放棄だった。そんな反省をたっぷり聞くと、ヴィクトリアは「そうね」とだけ呟いた。
「それでもアナタ、少しぐらいいまの気持ちを整理できたでしょ? だったら無難な部分だけアイツにいえばいいじゃないの」
「そ!! そうだよね!! 私が秋水先輩好きかも知れないーってコトいうのが恥ずかしくて逃げたんだから、今度はそこだけ
伏せればいいんだよね」
「ええ。アナタにしては理解が早いわね」
呆れたように呟いたヴィクトリアはふと顔を上げやや真剣な表情をした。
「どうしたのびっきー?」
「やられた。パピヨンね。勝手に招き入れたみたい」
「?」
「早坂秋水よ。向かってきてる。私には分かるわ」
「ええええええええええええええええええ!?」
まひろは絶叫しながらヴィクトリアの肩を揺すり始めた。
「どどどどうしようびっきー!! 私まだ先輩に何いうか決めてない! というか心の準備が……!!」
「準備も何も、さっきまとめたコトをいえば済む話じゃない。まさか忘れたりしてないでしょうね?」
大丈夫! とまひろはふくよかな胸をドンと叩いた。
「何を隠そう私は記憶術の達人よ!! え、ええと。まとめるね。つまり私は演劇部が楽しくなってきたからお兄ちゃんがいな
いの寂しくて、でも他の人もそうだから悩みを言えずに困っていて、秋水先輩にもそれをいいたかったんだけど実はこの
前先輩に解決してもらった悩みだからいうの蒸し返すようで申し訳なくて言い出せなくて、で! 逃げちゃった! これで
いいかなびっきー!!」
「ええ。上出来よ。早坂秋水到着まであと5秒。さっさと準備しなさい」
「うん!! きっと大丈夫!! 何とかなる!! 来るなら来いだよ秋水先輩!!」
俄然テンションを高めたまひろは部屋の片隅にある出入口を爛々と睨み──…
かつて人喰い衝動の件で寄宿舎から逃げた時のコトを思い出しながらヴィクトリアは最後の注意を始めた。
「気遣うコト自体は悪くないわよ。むしろアナタにしてはよく配慮した方。だけど早坂秋水にしてみれば、アナタに逃げられ
るのは迷惑な話よ? 分かるわよね。少し前の話だけど、説得さえ怖がって地下へ逃げ込んだ誰かさんが居たでしょ?
その誰かさんを追ってわざわざ地下まで来るの、大変だったでしょ?」
「私は大変だなんて思わなかったけど……でもいま、秋水先輩は困っているよね」
まひろはしゅんと肩を落とした。いろいろな感情の果てに彼を一番傷つけずにすむ選択をしたつもりだったが、それでも
やはり迷惑だし解決放棄だった。そんな反省をたっぷり聞くと、ヴィクトリアは「そうね」とだけ呟いた。
「それでもアナタ、少しぐらいいまの気持ちを整理できたでしょ? だったら無難な部分だけアイツにいえばいいじゃないの」
「そ!! そうだよね!! 私が秋水先輩好きかも知れないーってコトいうのが恥ずかしくて逃げたんだから、今度はそこだけ
伏せればいいんだよね」
「ええ。アナタにしては理解が早いわね」
呆れたように呟いたヴィクトリアはふと顔を上げやや真剣な表情をした。
「どうしたのびっきー?」
「やられた。パピヨンね。勝手に招き入れたみたい」
「?」
「早坂秋水よ。向かってきてる。私には分かるわ」
「ええええええええええええええええええ!?」
まひろは絶叫しながらヴィクトリアの肩を揺すり始めた。
「どどどどうしようびっきー!! 私まだ先輩に何いうか決めてない! というか心の準備が……!!」
「準備も何も、さっきまとめたコトをいえば済む話じゃない。まさか忘れたりしてないでしょうね?」
大丈夫! とまひろはふくよかな胸をドンと叩いた。
「何を隠そう私は記憶術の達人よ!! え、ええと。まとめるね。つまり私は演劇部が楽しくなってきたからお兄ちゃんがいな
いの寂しくて、でも他の人もそうだから悩みを言えずに困っていて、秋水先輩にもそれをいいたかったんだけど実はこの
前先輩に解決してもらった悩みだからいうの蒸し返すようで申し訳なくて言い出せなくて、で! 逃げちゃった! これで
いいかなびっきー!!」
「ええ。上出来よ。早坂秋水到着まであと5秒。さっさと準備しなさい」
「うん!! きっと大丈夫!! 何とかなる!! 来るなら来いだよ秋水先輩!!」
俄然テンションを高めたまひろは部屋の片隅にある出入口を爛々と睨み──…
10秒後。ヴィクトリア=パワードを爆笑させた。
秋水が地下に着くと、まひろは先制攻撃だとばかり一気に駆け寄り、あの、あの! と先ほど逃げた理由を述べようとした。
しかし彼は機先を制し、「俺の方こそ悪かった。君が悩むとすれば君の兄の件しかない。それにも気付かず不躾な質問をし
てしまった。触れられたくないのは当然だ」と深々と頭を垂れ、謝った。
決してまひろの心理総てを言い当てた訳ではない、若干齟齬のある理解。しかし思わぬ先制攻撃にまひろはテンパった。
若干の齟齬しかないからほぼ大当たりなのだ。せっかくまとめた言葉が言えなくなった。しばらくあわあわと唇を震わせてから
「あのね!」と「そのっ!」をしつこく連呼し、最後にヤケクソのようにこう叫んだ。
しかし彼は機先を制し、「俺の方こそ悪かった。君が悩むとすれば君の兄の件しかない。それにも気付かず不躾な質問をし
てしまった。触れられたくないのは当然だ」と深々と頭を垂れ、謝った。
決してまひろの心理総てを言い当てた訳ではない、若干齟齬のある理解。しかし思わぬ先制攻撃にまひろはテンパった。
若干の齟齬しかないからほぼ大当たりなのだ。せっかくまとめた言葉が言えなくなった。しばらくあわあわと唇を震わせてから
「あのね!」と「そのっ!」をしつこく連呼し、最後にヤケクソのようにこう叫んだ。
「私! 秋水先輩のコトが好きかも知れなくて!!」
「でもソレが言い出せなくて思わず逃げちゃってたのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「は!!」
いま自分は何をした? そんな表情で目をパチクリさせるとまひろは全身を思いっきり戦慄かせ、鳴いた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
腹の底から笑ったのは一体何十年ぶりだろう。もしかすると1世紀またぎかも知れない。
(アナタは……アナタは……アナタは……アナタは……!!)
たっぷり1分近く笑って気付いたコトがある。ホムンクルスは笑い死にする。絶対。ヴィクトリアは凄まじい筋肉痛の腹部を
さすりながら思った。きっと錬金術製の気管やら横隔膜やらが呼吸不全をもたらすのだろう。
もし近くに秋水がいなければ臆面のない大爆笑を続け今ごろは川向うの母と楽しくおしゃべりしていた。
身を丸め口を押さえてプルプル震え考えるのはそんなこと。
まひろ。
相談で得た成果を活かそうとするあまり、相談で得た何もかもをブチ壊してしまっている。普段からアホね馬鹿ねと呆れて
はいたがここまで景気よく自分の尽力を破壊されると皮肉でもなく本当に純粋に尊敬の念さえ覚えてしまう。
一方、秋水。
驚愕。まさにその一言の表情だ。真赤な顔で「違う、違うの。これには訳が……!」と懸命に弁明する告白相手を落ち着き
なく眺めている。頬には露骨に汗が浮かび、瞳も露骨に泳いでいる。
(アナタは……アナタは……アナタは……アナタは……!!)
たっぷり1分近く笑って気付いたコトがある。ホムンクルスは笑い死にする。絶対。ヴィクトリアは凄まじい筋肉痛の腹部を
さすりながら思った。きっと錬金術製の気管やら横隔膜やらが呼吸不全をもたらすのだろう。
もし近くに秋水がいなければ臆面のない大爆笑を続け今ごろは川向うの母と楽しくおしゃべりしていた。
身を丸め口を押さえてプルプル震え考えるのはそんなこと。
まひろ。
相談で得た成果を活かそうとするあまり、相談で得た何もかもをブチ壊してしまっている。普段からアホね馬鹿ねと呆れて
はいたがここまで景気よく自分の尽力を破壊されると皮肉でもなく本当に純粋に尊敬の念さえ覚えてしまう。
一方、秋水。
驚愕。まさにその一言の表情だ。真赤な顔で「違う、違うの。これには訳が……!」と懸命に弁明する告白相手を落ち着き
なく眺めている。頬には露骨に汗が浮かび、瞳も露骨に泳いでいる。
寸劇だ。コントだ。
パピヨン絡みで仄かに抱いていたまひろへの嫉妬も一時的に忘れ、ヴィクトリアはくつくつと笑いをかみ殺していた。
「嫉妬と」
「傲慢か」
「傲慢か」
残っていそうな罪は。
秋水を除く戦士一同はそんな分析をしていた。
マレフィック……『凶星』を意味する敵組織の幹部たちはいわゆる7つの大罪に憂鬱と虚飾を加えた罪をそれぞれ持って
いるという。ただし10人いる幹部のうち盟主だけは例外的に何の罪も背負っていないという。というより彼の趣味で上記9つの
罪の持ち主が選ばれるらしい。そして鐶や貴信、香美や小札、無銘といった音楽隊が出会ったマレフィックの内
「不肖と縁ありまする『水星』の幹部ウィルどのにつきましてはまさに怠惰の権化!! 勤労のない社会を作るために悪の
組織に属されておりましたのです!! 働かなくてもよい社会! それはまさに地獄でありましょう!!」
「我をこの体に貶めた『木星』のイオイソゴは間違いなく……大食」
『虚飾』『憤怒』『色欲』『強欲』『憂鬱』『怠惰』『大食』は出た。残りは2つ。
どんな幹部なのだろう。剛太と桜花はあれこれと想像を巡らせていた。
秋水を除く戦士一同はそんな分析をしていた。
マレフィック……『凶星』を意味する敵組織の幹部たちはいわゆる7つの大罪に憂鬱と虚飾を加えた罪をそれぞれ持って
いるという。ただし10人いる幹部のうち盟主だけは例外的に何の罪も背負っていないという。というより彼の趣味で上記9つの
罪の持ち主が選ばれるらしい。そして鐶や貴信、香美や小札、無銘といった音楽隊が出会ったマレフィックの内
「不肖と縁ありまする『水星』の幹部ウィルどのにつきましてはまさに怠惰の権化!! 勤労のない社会を作るために悪の
組織に属されておりましたのです!! 働かなくてもよい社会! それはまさに地獄でありましょう!!」
「我をこの体に貶めた『木星』のイオイソゴは間違いなく……大食」
『虚飾』『憤怒』『色欲』『強欲』『憂鬱』『怠惰』『大食』は出た。残りは2つ。
どんな幹部なのだろう。剛太と桜花はあれこれと想像を巡らせていた。
迫りくる黒い影! それが胸にドンとブチ当てた衝撃!!
刺された!! 金髪ピアスはぎゅっと目をつぶり思わず身を丸くした。
しかし数秒後。
何の痛みもない胸に違和感を覚えおそるおそる目を開いた。
そこには。
刺された!! 金髪ピアスはぎゅっと目をつぶり思わず身を丸くした。
しかし数秒後。
何の痛みもない胸に違和感を覚えおそるおそる目を開いた。
そこには。
「ひぐっ! ひぐ!! よ、よくも突き飛ばしてくれましたねえこの上なく!!」
おそろしく情けない表情で泣きじゃくる女性がいた。
不美人、という訳ではない。むしろこの晩出逢った「青っち」や「女医」に勝るとも劣らない美貌の持ち主だった。
眼鏡をかけた大人しそうな雰囲気で、見た目は20代前半ほど。ぱちくりとした目と少し聞いただけでも忘れられなくなる
綺麗な声が印象的だ。
やや傷のある黒髪は踵まで伸び、左耳の前あたりにぱっちん留めがついている。おかげで左肩辺りの髪の束がばさりと
かかりなんとも言えない色気を醸し出している。衣服はその辺りの安物を適当に身につけたという感じで、ロングスカート
はあちこちがほつれている。しかしスタイルは中々よく、着るものさえ選べばかなり化けるように思われた。
ただし。
全体に漂う”冴えない”感じが美貌も色気もスタイルも何もかも台無しにしている女性だった。
詰め寄っている今でも腰を引いている。覇気のなさときたら少し怒鳴るだけで一気に折れそうだ。
恐らく一番の美点である声さえ台無しにするように、会話の内容も、ひどかった。
不美人、という訳ではない。むしろこの晩出逢った「青っち」や「女医」に勝るとも劣らない美貌の持ち主だった。
眼鏡をかけた大人しそうな雰囲気で、見た目は20代前半ほど。ぱちくりとした目と少し聞いただけでも忘れられなくなる
綺麗な声が印象的だ。
やや傷のある黒髪は踵まで伸び、左耳の前あたりにぱっちん留めがついている。おかげで左肩辺りの髪の束がばさりと
かかりなんとも言えない色気を醸し出している。衣服はその辺りの安物を適当に身につけたという感じで、ロングスカート
はあちこちがほつれている。しかしスタイルは中々よく、着るものさえ選べばかなり化けるように思われた。
ただし。
全体に漂う”冴えない”感じが美貌も色気もスタイルも何もかも台無しにしている女性だった。
詰め寄っている今でも腰を引いている。覇気のなさときたら少し怒鳴るだけで一気に折れそうだ。
恐らく一番の美点である声さえ台無しにするように、会話の内容も、ひどかった。
「おかげで全身フードがこの上なくズッタズタじゃないですかあ!!」
「怒るポイントそこ!?」
「怒るポイントはこの上なくそこですよ!! あのですね!! 全身フードっていうのはですね!! 未知なる敵の命なんですよ!
「髪は乙女の命みたくいわれても!」
「怒るポイントそこ!?」
「怒るポイントはこの上なくそこですよ!! あのですね!! 全身フードっていうのはですね!! 未知なる敵の命なんですよ!
「髪は乙女の命みたくいわれても!」
金髪ピアスは気付いた。胸に当てられていたのはナイフではなく、乱雑に畳んだ全身フードだと。
しかしなぜこいつらは全身フードを着ているんだ? 根本的な疑問をはらみつつもう1人の全身フード──ディプレス──
を見ると彼は笑い、肩を揺すった。
「こいつはクライマックスwwww マレフィックプルートwwwww 『嫉妬』の幹部wwww」
「そ、そうですよ!! 私こう見えても天性のシリアルキラーでクリスマスとか来るたび誰か世界中のカップル皆殺しにして
くれないかって願いながらも自分では実行しないほど極悪非道の幹部なんですよ!!」
「普通か!!」
「うぐ。でででも冥王星って肩書きからしてもういかにも最強って感じでこの上なくムチャクチャ怖いじゃないですかあ!!」
「惑星から降格されるってウワサあるぞ冥王星」
「え? そーなんですか? あ、いやいやいや。違いますよ。それはもう冥王星のあまりの力を恐れた学者さんたちのやっ
かみなのです。だから怖い筈です! だから謝るならこの上なく今です!! さあ!! さあ!! はやく謝るのデス!!」
また奇妙な奴に出会った。そろそろこの運命から脱したい金髪ピアスである。
しかしなぜこいつらは全身フードを着ているんだ? 根本的な疑問をはらみつつもう1人の全身フード──ディプレス──
を見ると彼は笑い、肩を揺すった。
「こいつはクライマックスwwww マレフィックプルートwwwww 『嫉妬』の幹部wwww」
「そ、そうですよ!! 私こう見えても天性のシリアルキラーでクリスマスとか来るたび誰か世界中のカップル皆殺しにして
くれないかって願いながらも自分では実行しないほど極悪非道の幹部なんですよ!!」
「普通か!!」
「うぐ。でででも冥王星って肩書きからしてもういかにも最強って感じでこの上なくムチャクチャ怖いじゃないですかあ!!」
「惑星から降格されるってウワサあるぞ冥王星」
「え? そーなんですか? あ、いやいやいや。違いますよ。それはもう冥王星のあまりの力を恐れた学者さんたちのやっ
かみなのです。だから怖い筈です! だから謝るならこの上なく今です!! さあ!! さあ!! はやく謝るのデス!!」
また奇妙な奴に出会った。そろそろこの運命から脱したい金髪ピアスである。