第五話「奇跡も、魔法も、いらねえよ」
対峙し、対決する魔法少女と蛙の魔女。
死闘の予感が、両者から発する鬼気が、空間を支配する。
「都子」
その鬼気に身を焦がしながらも、杏子は背後で見守る都子に語る。
「突然だけど―――溺れる者は藁にもすがる、って諺があるじゃないか?」
「え…?う、うん」
何を言いたいのか分からず、戸惑う都子に対して、続ける。
「あれって要するに、藁みたいな何の役にも立たないモノに手を伸ばしちまうくらいに切羽詰ったサマを嘲笑う言葉
なんだよね。あいつって、バカだよなー。そんなんに頼ったって何にもならないのに、ハハハ、ってか?
だけど。
だけどさ。
溺れてる奴だって、そんなの分かってる。分かった上で、それでも助けてくれって、必死に手を伸ばしてるんだ」
「…………」
それは―――都子にも、分かる。
自分の事のように。自分の事だから、よく分かる。
「知ったような顔して嘲ってる奴らはその気持ちが、分かるのかよ?みすぼらしい藁の、あるかないかも分からない
ような浮力に、最後の望みを賭けなきゃいけないくらいに追い詰められた誰かの想いを―――踏み躙るのかよ。
あたしみたいな、人を人とも思わない冷血魔法少女がそれを言う資格はないかもしれない」
けどさあ。
「あたしは、それでも。もしも、あたしが藁だったなら。
―――あたしみたいな奴を頼ってくれたそいつの手を引いて、どうにか向こう岸まで渡してやりたいんだ」
「杏子…」
都子は膝をつき、倒れた輝明の肩を抱きながら、杏子の背を見つめる。
「だから、都子―――あたしを頼れ」
魔女から目を離さず、杏子は笑った。
「誰かの想いを背負って戦う時は…絶対に、負けない。それが、愛と勇気の魔法少女ってもんだろ」
「……けて」
「もっとだ!もっと大きな声で!」
「助けて…」
都子は、ボロボロと零れる涙をそのままに、叫んだ。
死闘の予感が、両者から発する鬼気が、空間を支配する。
「都子」
その鬼気に身を焦がしながらも、杏子は背後で見守る都子に語る。
「突然だけど―――溺れる者は藁にもすがる、って諺があるじゃないか?」
「え…?う、うん」
何を言いたいのか分からず、戸惑う都子に対して、続ける。
「あれって要するに、藁みたいな何の役にも立たないモノに手を伸ばしちまうくらいに切羽詰ったサマを嘲笑う言葉
なんだよね。あいつって、バカだよなー。そんなんに頼ったって何にもならないのに、ハハハ、ってか?
だけど。
だけどさ。
溺れてる奴だって、そんなの分かってる。分かった上で、それでも助けてくれって、必死に手を伸ばしてるんだ」
「…………」
それは―――都子にも、分かる。
自分の事のように。自分の事だから、よく分かる。
「知ったような顔して嘲ってる奴らはその気持ちが、分かるのかよ?みすぼらしい藁の、あるかないかも分からない
ような浮力に、最後の望みを賭けなきゃいけないくらいに追い詰められた誰かの想いを―――踏み躙るのかよ。
あたしみたいな、人を人とも思わない冷血魔法少女がそれを言う資格はないかもしれない」
けどさあ。
「あたしは、それでも。もしも、あたしが藁だったなら。
―――あたしみたいな奴を頼ってくれたそいつの手を引いて、どうにか向こう岸まで渡してやりたいんだ」
「杏子…」
都子は膝をつき、倒れた輝明の肩を抱きながら、杏子の背を見つめる。
「だから、都子―――あたしを頼れ」
魔女から目を離さず、杏子は笑った。
「誰かの想いを背負って戦う時は…絶対に、負けない。それが、愛と勇気の魔法少女ってもんだろ」
「……けて」
「もっとだ!もっと大きな声で!」
「助けて…」
都子は、ボロボロと零れる涙をそのままに、叫んだ。
「輝明を…あたしを…助けて、杏子!」
グ、っと。
杏子は、握り拳を作った右腕を持ち上げて。
「―――任せとけぇいっ!」
真っ赤なポニーテールを靡かせ。
瞬時、強烈な踏み込みから目にも止まらぬ速度で蛙の魔女へと突進する。
単純だが強力なパワー&スピードが杏子のスタイルだ。ベテランとしての経験で積み上げた体術と技術、魔法少女
の中でも特に優れた膂力を活かしての物理戦闘に関しては、杏子の右に出る者はそうそういないだろう。
「一気に決めさせてもらうよ!」
伸びてくる蛙の魔女の舌を紙一重でかいくぐりながら繰り出す、槍の一撃。
だが、魔女の身体を覆う強固な外殻を貫く事ができない。
「ちっ…思ったより硬ぇぞ、こりゃ」
だが、杏子には弱音を吐く暇はない。
間髪入れずに迫る、魔女の腕。苦鳴を漏らしつつも、間一髪でかわした。
「それに、見かけによらず速い、か…!」
空いた腕での追撃。バックステップで回避。叩き付けられた拳が、大地に巨大な亀裂を走らせる。
「加えて、見た目通りのパワー…」
距離を取り、呼吸を整えながら敵の戦闘力を分析する。
「硬い、速い、強いと、三拍子揃った相手か…」
先日倒したサッカーボールの魔女とは、はっきり言って格の違う相手だ。
特殊な能力こそなさそうだが、純粋な戦闘能力に長けている。
骨が折れるね、と杏子は内心で毒づく。
ギミックやトリックを使って攻めてくる相手なら、手品の種さえ見破ってしまえばそれまで。
だが、単純な強さに任せてくる敵というのが、杏子にとってはむしろ厄介だ。
杏子自身、絡め手が得意なタイプではない。真っ向勝負で戦う魔法少女だ。
こういう類の魔女が相手では、正面から力ずくで捩じ伏せるしか選択肢がない―――だが。
杏子は、握り拳を作った右腕を持ち上げて。
「―――任せとけぇいっ!」
真っ赤なポニーテールを靡かせ。
瞬時、強烈な踏み込みから目にも止まらぬ速度で蛙の魔女へと突進する。
単純だが強力なパワー&スピードが杏子のスタイルだ。ベテランとしての経験で積み上げた体術と技術、魔法少女
の中でも特に優れた膂力を活かしての物理戦闘に関しては、杏子の右に出る者はそうそういないだろう。
「一気に決めさせてもらうよ!」
伸びてくる蛙の魔女の舌を紙一重でかいくぐりながら繰り出す、槍の一撃。
だが、魔女の身体を覆う強固な外殻を貫く事ができない。
「ちっ…思ったより硬ぇぞ、こりゃ」
だが、杏子には弱音を吐く暇はない。
間髪入れずに迫る、魔女の腕。苦鳴を漏らしつつも、間一髪でかわした。
「それに、見かけによらず速い、か…!」
空いた腕での追撃。バックステップで回避。叩き付けられた拳が、大地に巨大な亀裂を走らせる。
「加えて、見た目通りのパワー…」
距離を取り、呼吸を整えながら敵の戦闘力を分析する。
「硬い、速い、強いと、三拍子揃った相手か…」
先日倒したサッカーボールの魔女とは、はっきり言って格の違う相手だ。
特殊な能力こそなさそうだが、純粋な戦闘能力に長けている。
骨が折れるね、と杏子は内心で毒づく。
ギミックやトリックを使って攻めてくる相手なら、手品の種さえ見破ってしまえばそれまで。
だが、単純な強さに任せてくる敵というのが、杏子にとってはむしろ厄介だ。
杏子自身、絡め手が得意なタイプではない。真っ向勝負で戦う魔法少女だ。
こういう類の魔女が相手では、正面から力ずくで捩じ伏せるしか選択肢がない―――だが。
「それが、どうした」
その事実が杏子の闘志を、翳(かげ)らせる事はない。
「だったら、押し通すだけだろ…!」
一度で無理なら、貫けるまで何度でもやるだけだ。雄叫びを上げ、再び飛びかかる。
対して蛙の魔女が、その顎を大きく開いた。
「またあの臭っせえ舌か…ワンパターンなんだよ!」
来るなら来い、と杏子は身構えた。
今度はその舌を捻じり切ってやると意気込む。
だが、飛び出してきたのは舌ではない。無数の水球だ。
魔女の魔力を帯びた水球が、まるで生きているかのようにジグザグに動き、杏子に向かってきた。
「…っ!?クソッ!」
意表を突かれながらも、杏子は迎撃態勢に入る。手にした槍の柄が、鎖で繋がった幾つもの節に分割される。
杏子の得物は、正確には槍ではない―――
魔力によって自在に伸縮し・湾曲し・分割する多節棍。
それを駆使した変幻自在の戦闘こそ、杏子の真骨頂だ。
「範囲攻撃ができない、なんて思ってたかよ―――!」
四方八方から迫る水球。分割された槍を、鞭の要領で振り回す。
大蛇がうねるように風を切り、水球を全て叩き割った―――かに見えた。
だが水球は弾けると同時に元通りに形を取り戻し、またもや杏子目掛けて飛来する。
「うおっ…!」
油断した。あれが水だという事を、失念していた。
己の失敗を悔いる間もなく、水球が身体に容赦なくブチ当たる。
大した威力ではないが、バランスが崩れた。
その瞬間を見逃さず、蛙の魔女の舌が杏子の身体に絡み付く。
ブオン―――と、持ち上げ、地に叩き付ける。
「ガハッ…」
また持ち上げる。叩き付ける。持ち上げる。叩き付ける―――
「ぐ、が、あ…っ!」
「きょ…杏子ぉっ!」
たまりかねて都子が叫ぶが、杏子は。
この窮地にも関わらず、彼女らしい、不敵な笑みを崩さない。
「はっ…あんたは、あたしに全部、任せたんだろ…だったら、もうちょい信じろ、よ…!」
「で、でも…っ!」
「あ…あたしも、昔は、憧れた…愛と勇気の、魔法少女ってのに…」
「だったら、押し通すだけだろ…!」
一度で無理なら、貫けるまで何度でもやるだけだ。雄叫びを上げ、再び飛びかかる。
対して蛙の魔女が、その顎を大きく開いた。
「またあの臭っせえ舌か…ワンパターンなんだよ!」
来るなら来い、と杏子は身構えた。
今度はその舌を捻じり切ってやると意気込む。
だが、飛び出してきたのは舌ではない。無数の水球だ。
魔女の魔力を帯びた水球が、まるで生きているかのようにジグザグに動き、杏子に向かってきた。
「…っ!?クソッ!」
意表を突かれながらも、杏子は迎撃態勢に入る。手にした槍の柄が、鎖で繋がった幾つもの節に分割される。
杏子の得物は、正確には槍ではない―――
魔力によって自在に伸縮し・湾曲し・分割する多節棍。
それを駆使した変幻自在の戦闘こそ、杏子の真骨頂だ。
「範囲攻撃ができない、なんて思ってたかよ―――!」
四方八方から迫る水球。分割された槍を、鞭の要領で振り回す。
大蛇がうねるように風を切り、水球を全て叩き割った―――かに見えた。
だが水球は弾けると同時に元通りに形を取り戻し、またもや杏子目掛けて飛来する。
「うおっ…!」
油断した。あれが水だという事を、失念していた。
己の失敗を悔いる間もなく、水球が身体に容赦なくブチ当たる。
大した威力ではないが、バランスが崩れた。
その瞬間を見逃さず、蛙の魔女の舌が杏子の身体に絡み付く。
ブオン―――と、持ち上げ、地に叩き付ける。
「ガハッ…」
また持ち上げる。叩き付ける。持ち上げる。叩き付ける―――
「ぐ、が、あ…っ!」
「きょ…杏子ぉっ!」
たまりかねて都子が叫ぶが、杏子は。
この窮地にも関わらず、彼女らしい、不敵な笑みを崩さない。
「はっ…あんたは、あたしに全部、任せたんだろ…だったら、もうちょい信じろ、よ…!」
「で、でも…っ!」
「あ…あたしも、昔は、憧れた…愛と勇気の、魔法少女ってのに…」
今はもう、こんな風にすっかり落ちぶれちまったけどさ。
昔は確かに―――夢見てた。
TVアニメの主人公みたいにキラキラ輝く、正義の味方って奴に。
昔は確かに―――夢見てた。
TVアニメの主人公みたいにキラキラ輝く、正義の味方って奴に。
杏子の身体から、魔力が溢れ出る。
強化(ブースト)された筋力が、巻き付く舌を押し返していく。
「誰かの想いを…背負って…戦うってんなら…」
杏子の胸に輝くソウルジェムが。
魔力の行使によって、黒く濁りながらも。
それでもなお強く、眩しく、赤く輝く。
「そん時だけは…相手が神だろうと悪魔だろうと…負けちゃいけねーんだよ、愛と勇気の魔法少女ってのはな!」
強化(ブースト)された筋力が、巻き付く舌を押し返していく。
「誰かの想いを…背負って…戦うってんなら…」
杏子の胸に輝くソウルジェムが。
魔力の行使によって、黒く濁りながらも。
それでもなお強く、眩しく、赤く輝く。
「そん時だけは…相手が神だろうと悪魔だろうと…負けちゃいけねーんだよ、愛と勇気の魔法少女ってのはな!」
ブチィッ―――
「グゲギャァァァァァァッ!」
魔女の悲鳴が響く。杏子はこじ開けるのを通り越して、舌を引き千切ったのだ。
本来、魔力をここまで無計画に使うなど御法度だ。
ソウルジェムがどれだけの穢れに耐え切れるのかなど分からないし、穢れを払うグリーフシードにしても貴重品だ。
先の事を考えれば、基本的に魔力は温存して戦うべきだった―――それでも。
今回は、そうも言っていられない状況だった。そして。
杏子にとって、これは。どれだけ自分を危険に晒そうとも。絶対に負けてはならない戦いだった。
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
まさに真紅の流星と化し、杏子は蛙の魔女へと特攻をかける。
舌を失った事で動揺しつつも、魔女は水球で杏子の動きを止めにかかる。
それでも。
今の杏子を、妨げる事は出来ない。
蹴散らし、叩き潰し、それでも避け切れないダメージを完全に無視して。
蛙の魔女の顎を、蹴り上げた。
人間はおろか、魔法少女の範疇すら遙かに越えた脚力から放たれた蹴りは、魔女の巨体をも軽々と宙に舞わせる。
それを見上げ、杏子は勝利を確信したように微笑む。
大胆に。そして不敵に。
「これで…決めるっ!」
槍に、使えるだけの魔力を纏わせて。
大きく振りかぶって、身を捻り。
渾身の力を込めて、投擲した。
魔女の悲鳴が響く。杏子はこじ開けるのを通り越して、舌を引き千切ったのだ。
本来、魔力をここまで無計画に使うなど御法度だ。
ソウルジェムがどれだけの穢れに耐え切れるのかなど分からないし、穢れを払うグリーフシードにしても貴重品だ。
先の事を考えれば、基本的に魔力は温存して戦うべきだった―――それでも。
今回は、そうも言っていられない状況だった。そして。
杏子にとって、これは。どれだけ自分を危険に晒そうとも。絶対に負けてはならない戦いだった。
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
まさに真紅の流星と化し、杏子は蛙の魔女へと特攻をかける。
舌を失った事で動揺しつつも、魔女は水球で杏子の動きを止めにかかる。
それでも。
今の杏子を、妨げる事は出来ない。
蹴散らし、叩き潰し、それでも避け切れないダメージを完全に無視して。
蛙の魔女の顎を、蹴り上げた。
人間はおろか、魔法少女の範疇すら遙かに越えた脚力から放たれた蹴りは、魔女の巨体をも軽々と宙に舞わせる。
それを見上げ、杏子は勝利を確信したように微笑む。
大胆に。そして不敵に。
「これで…決めるっ!」
槍に、使えるだけの魔力を纏わせて。
大きく振りかぶって、身を捻り。
渾身の力を込めて、投擲した。
「グゲゴゲゲゲゲゴゲェェェッッ!!!」
断末魔の声。
強固な鎧に護られた、蛙の魔女。だが、その装甲をも突き破り。
紅の魔法少女の全てを懸けた一撃が、呪われし魔女を撃ち貫いた。
魔女の身体は粒子状の結晶となって飛散し、やがてそれすらも消えていく。
そして跡に残ったのは、不可思議な球体―――グリーフシードのみ。
杏子がそれを手に取った瞬間、魔女の結界も消滅する。
世界の歪みは消えて、再び夜の廃校へと、一同は戻って来た。
「…ふう。危ねーとこだった」
早速、杏子が手に入れたばかりのグリーフシードを胸のソウルジェムへと押し当て、穢れを拭う。
体力も魔力も、殆ど底を尽きかけていた。
折角のグリーフシードも、早速使ってしまった。
魔法少女としてみれば、くたびれ損の骨折り儲けとしか言えない戦果だ。
「全く、こんな真似は二度とやらないからな…身体がいくつあっても足りねーよ」
憎まれ口を叩きながらも、それでも。
杏子はどこか、晴れやかな気持ちだった。
都子と輝明を横目にして、杏子はふっと相好を緩めた。
(あたしは…守れたよな。あんた達の、想いを…)
そんな、小さな満足感を抱きつつ、背を向けて歩き去ろうとした時。
「えっと…佐倉さん、だっけ?」
輝明に呼び止められて、足を止めた。
「何だよ?あんたに用なんてないんだけど」
「はは…キツいな。用っていうか…ただ、お礼を言いたかったんだ」
輝明は息をするのも辛そうだったが、それでもどうにか、言葉を紡いでいく。
「佐倉さんがいてくれなきゃ…都子はきっと…魔法少女になるしかなくて…そうなったらきっと、辛い思いをしてた
だろう。だから…ありがとう。都子を…守ってくれて」
「…はっ。べ、別にお礼なんざ、言われるほどのこたーしてねーよ」
面と向かってストレートに言われると、流石に恥ずかしいものがある。
悪ぶって顔を伏せた杏子に、都子が続けた。
「あたしからも、言わせて。杏子」
「都子…」
「上手く言えないけど…あたし、あなたに会えてよかった。出会った魔法少女があなたで、よかった」
「…………」
「ありがとうね、杏子…」
「…ちっ。都子。最後にもう一回言うけど、やっぱあんた、魔法少女になるべきじゃねーよ」
むず痒そうにぽりぽりと頬をかきながら、杏子は何度も繰り返した台詞を言う。
「帰る家があって、家族がいて、暖かいメシが食えて―――愛する誰かがいる」
強固な鎧に護られた、蛙の魔女。だが、その装甲をも突き破り。
紅の魔法少女の全てを懸けた一撃が、呪われし魔女を撃ち貫いた。
魔女の身体は粒子状の結晶となって飛散し、やがてそれすらも消えていく。
そして跡に残ったのは、不可思議な球体―――グリーフシードのみ。
杏子がそれを手に取った瞬間、魔女の結界も消滅する。
世界の歪みは消えて、再び夜の廃校へと、一同は戻って来た。
「…ふう。危ねーとこだった」
早速、杏子が手に入れたばかりのグリーフシードを胸のソウルジェムへと押し当て、穢れを拭う。
体力も魔力も、殆ど底を尽きかけていた。
折角のグリーフシードも、早速使ってしまった。
魔法少女としてみれば、くたびれ損の骨折り儲けとしか言えない戦果だ。
「全く、こんな真似は二度とやらないからな…身体がいくつあっても足りねーよ」
憎まれ口を叩きながらも、それでも。
杏子はどこか、晴れやかな気持ちだった。
都子と輝明を横目にして、杏子はふっと相好を緩めた。
(あたしは…守れたよな。あんた達の、想いを…)
そんな、小さな満足感を抱きつつ、背を向けて歩き去ろうとした時。
「えっと…佐倉さん、だっけ?」
輝明に呼び止められて、足を止めた。
「何だよ?あんたに用なんてないんだけど」
「はは…キツいな。用っていうか…ただ、お礼を言いたかったんだ」
輝明は息をするのも辛そうだったが、それでもどうにか、言葉を紡いでいく。
「佐倉さんがいてくれなきゃ…都子はきっと…魔法少女になるしかなくて…そうなったらきっと、辛い思いをしてた
だろう。だから…ありがとう。都子を…守ってくれて」
「…はっ。べ、別にお礼なんざ、言われるほどのこたーしてねーよ」
面と向かってストレートに言われると、流石に恥ずかしいものがある。
悪ぶって顔を伏せた杏子に、都子が続けた。
「あたしからも、言わせて。杏子」
「都子…」
「上手く言えないけど…あたし、あなたに会えてよかった。出会った魔法少女があなたで、よかった」
「…………」
「ありがとうね、杏子…」
「…ちっ。都子。最後にもう一回言うけど、やっぱあんた、魔法少女になるべきじゃねーよ」
むず痒そうにぽりぽりと頬をかきながら、杏子は何度も繰り返した台詞を言う。
「帰る家があって、家族がいて、暖かいメシが食えて―――愛する誰かがいる」
そんなあんたは、魔法少女には決定的に向いてない。
「じゃあな―――今度こそ、ホントにさよならだ。そこのカレシの為に、救急車くらいは呼んどいてやるよ」
それだけ言うと、杏子はもはや振り返らずに、颯爽と去っていく。
目に鮮やかな、赤髪のポニーテールを揺らして。
もう会えないだろうな、と都子は直感し、少し寂しかった。
ほんの少しの間の付き合いで、友達とさえ呼べる関係ではなかったかもしれない。
だけど、杏子は都子にとって―――大事な何かを残した人だった。
そして、残されたのは都子と輝明、そしてキュゥべえ。
「キュゥべえ」
都子は口を開いた。
「杏子の言い草じゃないけど…自分勝手に、言わせてもらうね」
静かで、だが有無を言わさぬ口調だった。
「あたしは、魔法少女になんてならない―――普通の女の子として、生きていく」
「…そうか。残念だけどボクとしても最低限のルールとして、契約の強制は出来ないからね―――魔法を望まない
キミに、売ってやる奇跡はない」
引き下がるしかないか、とキュゥべえは背中を向ける。
「ボクは行くよ。契約を望む、他の少女の元へと―――ただ、これだけは覚えておいてくれ、都子。いつか、キミが
望んだならば、ボクはいつでも契約してあげよう」
「いらねえよ、お前なんか…!」
輝明が、怒気を隠さずに言う。
「都子は…俺が守るし、幸せにする…奇跡も、魔法も、いらねえよ」
「輝明…!」
感極まって、都子は輝明を固く抱き締める。
折れた左腕と左足に響いて、輝明は悲鳴を上げた。
「い、いてて…!もっと優しくしろよ、都子…俺は重症なんだぞ…!」
「ご、ごめんね…でも…嬉しくて…えへへ…」
その様子をキュゥべえは無感情に見つめ、そして。
「全く…人間ってやっぱり、わけが分からないよ」
そう言い残した次の瞬間には、その姿は煙のように消えていた。
魔法少女は去って。魔法の使者も消えて。
残されたのは、少女と少年だけ。
「…行っちゃったね。杏子も、キュゥべえも」
「ああ…キュゥべえはともかく、佐倉さんとは…もう少し…話をしたかったな…」
「何、それ。あたしの事を好きだって言ったくせに、もう浮気?」
「バ、バカ言うな…お礼だって満足に言えなかったから、ちょっと気になっただけだって…」
「ふんだ。どうだか。杏子、美人だし」
それは確かになあ、と輝明は思った。
長いポニーテールはキリッとして魅力的だし、大人びた綺麗な顔立ちだけど、八重歯は幼い感じで可愛いし。
じゃなくて、と輝明は心の中でブンブンと頭を振った。
「それは…否定しないけど…でも、俺は、その、都子の事が…」
「ふふ…大丈夫、ホントはちゃんと分かってるから」
輝明の目を見つめて、都子は呟く。
「輝明。あたしね…嬉しい」
「…えっと。面と向かって言われると…照れるけど。なんていうか…まあ、俺に言える事は…あれだな…」
「何?」
「都子が…意外と巨乳で、こうして抱かれてると胸が押し当てられて、凄く気持ちいい…という事だ…」
「…バーカ」
そう口を尖らせながら、都子は輝明をそっと、自分の膝の上で寝かせた。
「でも…大好きだよ、輝明」
「俺も…だ。何度言ったって、足りない」
顔を見合せて。
散々遠回りをしてきた二人は、ようやく、心から笑い合えたのだった。
それだけ言うと、杏子はもはや振り返らずに、颯爽と去っていく。
目に鮮やかな、赤髪のポニーテールを揺らして。
もう会えないだろうな、と都子は直感し、少し寂しかった。
ほんの少しの間の付き合いで、友達とさえ呼べる関係ではなかったかもしれない。
だけど、杏子は都子にとって―――大事な何かを残した人だった。
そして、残されたのは都子と輝明、そしてキュゥべえ。
「キュゥべえ」
都子は口を開いた。
「杏子の言い草じゃないけど…自分勝手に、言わせてもらうね」
静かで、だが有無を言わさぬ口調だった。
「あたしは、魔法少女になんてならない―――普通の女の子として、生きていく」
「…そうか。残念だけどボクとしても最低限のルールとして、契約の強制は出来ないからね―――魔法を望まない
キミに、売ってやる奇跡はない」
引き下がるしかないか、とキュゥべえは背中を向ける。
「ボクは行くよ。契約を望む、他の少女の元へと―――ただ、これだけは覚えておいてくれ、都子。いつか、キミが
望んだならば、ボクはいつでも契約してあげよう」
「いらねえよ、お前なんか…!」
輝明が、怒気を隠さずに言う。
「都子は…俺が守るし、幸せにする…奇跡も、魔法も、いらねえよ」
「輝明…!」
感極まって、都子は輝明を固く抱き締める。
折れた左腕と左足に響いて、輝明は悲鳴を上げた。
「い、いてて…!もっと優しくしろよ、都子…俺は重症なんだぞ…!」
「ご、ごめんね…でも…嬉しくて…えへへ…」
その様子をキュゥべえは無感情に見つめ、そして。
「全く…人間ってやっぱり、わけが分からないよ」
そう言い残した次の瞬間には、その姿は煙のように消えていた。
魔法少女は去って。魔法の使者も消えて。
残されたのは、少女と少年だけ。
「…行っちゃったね。杏子も、キュゥべえも」
「ああ…キュゥべえはともかく、佐倉さんとは…もう少し…話をしたかったな…」
「何、それ。あたしの事を好きだって言ったくせに、もう浮気?」
「バ、バカ言うな…お礼だって満足に言えなかったから、ちょっと気になっただけだって…」
「ふんだ。どうだか。杏子、美人だし」
それは確かになあ、と輝明は思った。
長いポニーテールはキリッとして魅力的だし、大人びた綺麗な顔立ちだけど、八重歯は幼い感じで可愛いし。
じゃなくて、と輝明は心の中でブンブンと頭を振った。
「それは…否定しないけど…でも、俺は、その、都子の事が…」
「ふふ…大丈夫、ホントはちゃんと分かってるから」
輝明の目を見つめて、都子は呟く。
「輝明。あたしね…嬉しい」
「…えっと。面と向かって言われると…照れるけど。なんていうか…まあ、俺に言える事は…あれだな…」
「何?」
「都子が…意外と巨乳で、こうして抱かれてると胸が押し当てられて、凄く気持ちいい…という事だ…」
「…バーカ」
そう口を尖らせながら、都子は輝明をそっと、自分の膝の上で寝かせた。
「でも…大好きだよ、輝明」
「俺も…だ。何度言ったって、足りない」
顔を見合せて。
散々遠回りをしてきた二人は、ようやく、心から笑い合えたのだった。
―――こうして、魔法と奇跡の物語は一先ず、幕を閉じた。
そして、少年と少女のエピローグを、少しだけ語ろう。
そして、少年と少女のエピローグを、少しだけ語ろう。