SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 「演劇をしよう!! (前編)」  (9)


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「きゃあああああああああ! どいてどいてどいてー!!!」
 明るい声が銀成学園廊下を劈(つんざ)いた。同時に激しい衝突音が響き大地を揺るがせた。
「ゴメン! ゴメンね!! ちょっといま急いでたから!! 大丈夫? ケガはない!?」
 上記全ての原因──武藤まひろ──は慌てて立ち上がると被害者に駆け寄った。そこは廊下の交差点だ。どうも曲が
角が人影を不意に吐き出したせいで衝突したらしい。
「……痛いわね。廊下を走るなって校則、知らないの?」
 ぶつかられた方はというと地面に尻もちをついたまま恨めし気に頭をさすっている。日本の学校にはそぐわない顔立ちの
持ち主だ。衝突のせいか筒に束ねた金髪はうっすらホコリを被っているがそれでもなお眩く輝いている。
「フン。衝突される方も衝突される方だ。仮にもホムンクルスなら避けてみたらどうだ」
「アナタが避けたせいでぶつかったんじゃない」
「んー。避け方一つとってもまったく華麗。流石は俺! 流石はこの俺パピ・ヨン!」
「はいはい」
 後ろで芝居がかった陶酔を見せる蝶々覆面に嘆息しながら少女は立ち上がる。まひろはその2人に限りなく見覚えがあった。
「あれ? びっきーに監督? なんで一緒にいるの?」

 なんで、と聞かれても別に大した理由はない。ヴィクトリアは二度目の溜息をつきながらその経緯を反復した。
 地下で休んでいたパピヨンの様子を見に行った。するとちょうど地上へ行くところだった。彼は演劇部に向かっていてヴィ
クトリアも演劇部に用事があったので同じ道を歩いた。
 それだけである。

「ナニナニ。もしかしてひょっとしてびっきーと監督ってストロベリーな仲!?」
「そんな訳ないでしょ。たまたま目的地が一緒だったから同じ道を歩いていただけ」
「いやー。風のウワサでこの前空飛ぶ監督を切なそうなカオで追っかけてたって聞いたからもしかしてとは思ってたけど」
「ち、違うわよ」
 嫌そうな顔、それでいてやや赤らんだ顔でまひろを見る。彼女は袖で口を抑え我がコトが如くニヘラニヘラと照れくさそう
に笑っている。パピヨンを追いかけていたのは事実だが、それを元にした曲解──まひろにとって都合のいい、刺激的なだ
けの──ばかりが脳髄全てを占めているのは明らかだ。一瞬怒鳴りつけたい気分になったが敢えて落ち着き息を吸う。ム
キになったが最後、まひろはそれさえ証左として囃し立てる。短い付き合いだが何が致命的で何が効果的かぐらいは分かっ
ているつもりだ。必死に自制心を動員する。落ち着く。言い聞かせる。自分に。静かに応答するのよ静かに応答するのよ
ヴィクトリア……。
「よく分からないけど良かったねびっきー!! 私でよかったら応援するよ!)
「違うって言ってるでしょ!!!!」
 理性の決壊は早かった。後悔と元にまひろの手を見る。つい今しがた跳ね除けたそれだが、一瞬前自分の両手を力強
く握りしめた瞬間いろいろな感情がバクハツした。バクハツしてしまった。それが決定打となったのか、まひろは「照れてる
照れてる」と楽しそうに笑い始めた。
(ああもう。イヤになるわ。このコは本当……!!)
 心から自分を祝福してくれている笑みだった。だからこそ腹が立つのにだからこそ毒舌で本格的に攻撃できない。
(大体)
 ヴィクトリアがパピヨンに抱いている感情は、まひろが思うほど単純で平易な物でもない。どちらかといえば尊敬に近いし、
尊敬しているからこそ身の回りの雑多な事柄を引き受け少しでも力添えしたいと思っている。それを続け、白い核鉄を完成
させるコトが父を救い母を弔う道なのである。つまるところパピヨンはその道標(どうひょう)なのだ。世俗的な感情を寄せれば
間違いなく怒るだろうし、ヴィクトリア自身そういう私欲的な感情の捌け口にはしたくない。
(…………今のままで、いいのよ)
 研究室の床を掃き空調を整え彼の吐血頻度を大幅に下げ自分のついでと称し滋養のある食料を提供する。そして半ば
下男のように知識を捧げ指示に従い作業を行う。何ら見返りのない行為だが目標に向かっているという確かな充足はある
し端々で見え隠れする青年らしいパピヨンの反応を見るだけで冷たい心はほのかに暖まる。まひろの考えているような”そ
れ以上”などとても求める気にはなれないヴィクトリアだ。
 ……もっとも、そこに憶病さや逃げのニュアンスがあるのにも薄々感づいてはいるのだが。
「フム。確かにせいぜい共同研究をしているという位の間柄だが……それはともかく向こうから走ってくるのは貴様目当てか?」
 共同研究をしているという位の間柄。その言葉に疼くような心痛と「共同なんだ。アレ」と微かな喜びを覚えるヴィクトリアをよそに
まひろはハッと後ろを振り返る。ヴィクトリアも視線を追う。見なれた人影。廊下の遥か向こう、50mほど先を走っていてもすぐ
それと分かるほど見栄えのいい長身の青年だ。秋水。『何故か』学生服のあちこちが破け痣や流血が見受けられたが、それ
にも負けず猛然と走っている。ぎゃんとした視線は確かにまひろを捉え、何が何でも追いついて見せるという強い意志が50m
の距離を置いてもなおヒシヒシと感じられた。余程本気らしい。
 それが分かったせいで狼狽したのか。まひろは太い眉を困ったように下げながらヴィクトリアの袖を強く引いた。何度も何度も
くいくいと。
「おおおお願いびっきー!! ちょっとだけでいいから地下に逃げさせて!!」
「何よ。ひょっとして痴話喧嘩?」
「そ、そーじゃなくて」
「よく見たらアイツ切なそうなカオじゃない。ふーん。アナタたちひょっとしてストロベリーな間柄?」
 まひろは言葉に詰まったらしく露骨に視線を外した。
 しめたとばかりヴィクトリアは薄く笑った。意趣返しだ。パピヨンの件で困惑させてきた意趣返し。よし決めたやれ決めた。
ヴィクトリアが行動指針は「まひろを秋水に突き出す」、それに決定だ。
(決めた以上何をやっても無駄よ。パターンなんて読めてるんだから。どうせアナタは私の肩でも掴んで揺すりながら必死に
頼むんでしょ? でもやらないんだから。早坂秋水のあの速度……。ちょっと私が粘るだけで簡単に追いつけるでしょうね。
普段私を困らせているんだから少しぐらい意趣返しされても仕方な──…)

 じわっ。

 意外な反応が、訪れた。
 騒ぎ出すかに見えたまひろは……。
 大きな瞳いっぱいに涙をためていた。
 それはヴィクトリアが要求を飲まないコトに対してではなく、何かもっと大きな理由を抱えているようだった。
「成程。追いかけられている理由は概ね察しがついた」
 黒々とした笑みを浮かべるパピヨンを見ながらヴィクトリアは困ったように微笑した。
「……わかったわよ。今日だけ特別に避難させてあげるから泣かないの」
「あ、ありがとうびっきー! やっぱり優しいんだね!」
「ちちち違うわよ!! これはあの、ええと、そうよ。アナタの涙なんて鬱陶しいだけだから仕方なくよ!! ああもう! アナ
タと話してるとペースが狂うわ本当……。こんなの違う……私らしくない……」
「いいじゃないか無様で。ヒキコモリにはお似合いだ」
「アナタは黙ってて!!」
 パピヨンの毒舌が嬉しいような悲しいような複雑なヴィクトリアだ。その表情を曲解したのかまひろは心配そうに呟いた。
「もしかしてびっきー、無理してる? その、イヤだったら自分で何とかするよ?」
「別にいいわよ。もう慣れっこ。アナタと絡んでイヤじゃない時の方が少ないのよ」
 足元に六角形の線を走らせながら、「けど」とヴィクトリアは念を押した。
「理由だけは聞かせなさいよ。理由次第ではアイツに引き渡すつもりよ私? それでもいいわね?」
 まひろは一瞬躊躇ったようだが瞳を軽く泳がせると覚悟したようにコクコクと頷いた。それを認めたヴィクトリアは彼女を片
手で優しく引きよせ地下への道を開いた。浮遊感。一同は地下壕めがけ落下し始めた。
「待てェ!! なぜこの俺まで地下にやる!? 俺はこれから息抜き程度の演劇監督をやり速攻で研究の続きを──…」
「急いでいるせいで微調整できないの。少しぐらいガマンしなさい。どうしても嫌なら別の場所に入口開いてあげるから」
「うおおおお! 上が閉じる上が閉じる! 貴様! 地下に着いたら速効で入口を開けろ! すぐにだ!!」
「はいはい。言われなくてもしてあげるわよ」
 落下しながら泳ぐように手足をバタつかせるパピヨンを慣れた調子でいなしながら──傍らでまひろが「スゴい。あの監督と互
角」と感心したように呟いたのにはやや嬉しくもあり誇らしくもある。正体不明意味不明の勝利感!──ヴィクトリアは少し
湿った笑みを浮かべた。
(痴話喧嘩じゃないって言いたかったのね?)
(でも説明しようとすると私まで困らせそうだから言えなくて)

(そもそも自分でもよく分からない気持ちだから──…)

(つい早坂秋水から逃げてしまった……当たらずとも遠からずという所でしょ?)

 そういう時は誰かに話して気持ちを整理すべきだ。
 当たり前だがそれが”身に沁みて”分かっているヴィクトリアである。

(聞いてあげるわよ。アナタが持ち込む厄介事には慣れてるつもり)

(でも、それが済んだらちゃんと向き合いなさいよ。逃げ続けていいコトなんて何一つないんだから)

 かつて逃げ込んだ地下で秋水とまひろの説得を受けた彼女は今。
 まひろを秋水から逃げさせないために地下へと向かっていた。



  マレフィック
 敵組織の幹部の情報が出そろいつつある。貴信と香美の話を聞き終えた剛太はふうと息をついた。
「お前らが今の体になった理由は大体わかった。やりやがった『火星』と『月』がどういう幹部かもな」
『そう!! 罪については火星の方が『憂鬱』! 月の方が『強欲』だ!』
「なんかさー。月? 月とかいうおっかないのは『デッド=クラスター』って名前らしいじゃん。んで、なんか喋りがおかしかった
じゃん。光ふくちょーみたくさ、なまっとる? うんうん。そーじゃんそーじゃん。なまっとった」
 屋上の床板を左右にゴロゴロ転がっているのは栴檀香美というネコ型である。容姿たるや豊満で野性味あふるる美少女
という様子だが、挙動はまったくだらしない。転がるたび薄い上着がはだけ血色のよい脇腹や背中が覗いている。どうやら
長い話に飽きたらしく、床で丸まって居眠りをしては貴信の鎖分銅でぴしぱし叩かれしかめっ面でイヤイヤ話に復帰してい
るという調子だ。
「訛って……ああ。関西弁ってコトね。貴信さんの話からすると」
 流石の桜花もケダモノ相手だとややヒくらしい。奔放な香美を持て余し気味に見つめながら言葉を繋ぐ。
「で、強欲だから色々集めてて、その過程で栴檀たちをこんな風にした訳か」
『だがもっと強く恐ろしいのは『火星』! ディプレス=シンカヒア!! 彼の武装錬金はかなりいろいろ分解できる!!』

『そう!! 人間やホムンクルスは当たり前! ウワサによればレーザーや毒ガスもどうにかできるとか!』

「物理攻撃だけならマレフィック最強っていうけど……つくづく厄介な連中ばっかだな」
 剛太は豊かな髪をかきむしる。先が思いやられる、そんな反応だった。



【昨晩……9月12日の夜】


「いいですかディプレスさん!! ディレクターズカット版こそあの映画のこの上ない完全版じゃないですか!!!!」
「完全じゃねーよクライマックスwwwwwwww 場面追加したせいでテンポ悪くなってるじゃねーかwwwww 劇場版こそ最強wwww」

 路地裏を歩く2つの影があった。彼ら(または彼女ら)は全身をフードですっぽり覆い、夜中だというのに何事かを大声で
話し合っている。片方は女性らしく耳触りのいい澄んだ声の持ち主だ。何やら映画について語っているようだが、出てくる単語は
どうも子供向けのものばかりでお世辞にも大人らしいとは言い難い。
「もぉー!! 盟主様だってディレクターズカット版大好きっていってるんですよぉ! 『ふ。悪い怪人が壊される場面が増えている!
悪い怪人が壊されるのを見るのは気分がいい!!』とか何とかこの上なく言って」
「悪の組織の盟主がwwww怪人壊されるの見て喜ぶなwwwwwwww」
「とにかくテンポが悪くなっているとしても!! その分この上なく物語的な深みが出ていいじゃないですかディプレスさん!」
「あーwwww オイラは深みよりテンポ重視だからwwwwwwwwww」
「ぬぬぬ……!!」
 もう片方──こちらはザラっとした男性の声を持つ──は相方の上げ足を取るばかりだ。それに立腹したのか。女性の
方がやや語気を荒げた。あわや会話が口論に移行せんとしたその時である。
 彼女の腰部から澄んだ電子音がした。着信音らしく(しばらく全身フード相手にやり辛そうにポケットをまさぐった)携帯電
話を抜き取ったクライマックスはしばらく画面を眺めていたが、やにわに明るい声でディプレスへこう呼び掛けた。
「!! ディプレスさんディプレスさん」
「なんだよクライマックスwwwwwwww そのミルキィな着信音はブレイクからだよなwww なんかいいコトでもあったのかよwwwwwwww」
「はいっ! 三日後私! 劇に出ちゃいます!! あの銀成学園さんの演劇部さんの対戦相手さんとして!!」
「マジですか!wwwwwwwww」
「マジですなのです!! ああ、久しぶりの劇……声優やってるころは演技の一環とか何とかでこの上なく無理やりやらさ
れた演劇! 毎日毎日イヤでしたがなぜか大ウケしてロングランした演劇! 好きになった日の公演中、5人ばかりの役者
さんが奈落に落ちてのーみそコネコネ・コンパイル★ しちゃったもんだから所属劇団が解散で、辞めざるを得なかった演
劇です!」
 往時を思い出したのか。クライマックスは胸の前で手を組んだりクルクル回ったりしながら歌うように返答した。身振り手振り
や声には経験者特有の小気味いいキレがあり、決して言葉に偽りがないコトを雄弁に物語っていた。
 そんな彼女とは裏腹に、ディプレスと呼ばれた方の全身フードはとても気の毒そうに呟いた。
「好いたものが必ずヒドい目に遭う不幸体質だもんなあお前。ああ、憂鬱」
「そーなのです! この上なくお気に入りの喫茶店は必ず強盗殺人や火事で廃業、大好きだったダウトをさがせ2は打ちきり、
好きなタレントは田代まさしさんで好きな社長さんはホリエモンさんで好きなプリキュアは明日のナージャ」
「ナージャプリキュアじゃねえwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「仲良くなったネコさんが目の前で轢き殺されてグロ画像になるのも見ましたこの上なく……」
 指折り数えていくうち耐えきれなくなったようだ。声はだんだんと勢いを無くし全身は小刻みに震え始めた。全身フードの
せいで表情までは分からないが泣いているのは明らかだった。
「あーーーーーーーー憂鬱wwwwwwwwwwwwwwwwwwまったく同情すっぜクライマックスさんよォーーーーーwwwwwwwwwwwwwww」
 そんな彼女とは対照的にディプレスはいやにテンションを上げた。陽気ではあるがザラリザラリとした声音の、狂的な印象
ばかり際立つ喋り方だ。
「とととととにかく私、劇に出ちゃうのです! なにしろこの上なく人手が足りないようですから!!」
「まー、お前の武装錬金特性なら一人で何役もできるだろうがwww でもお前wwww そんな冴えなさで大丈夫か?wwww」
「大丈夫だ! 問題ない! です! わ、私は演劇なんか大嫌いなんですからねっ! だからうまくいきます! この上なくっ!」
「似非ツンデレは寒いってwwww」
 そんな他愛もない会話をキャーキャーかわしていく内、テンションが高まったのだろう。クライマックスとディプレスは手と手を
握り合いヒラヒラ踊りだした。そして最後に両手を繋いだままバンザイし、とてもさわやかな声で締めくくる。
「僕たち!」
「私たちは!」

「「仲良し!!!!」」

 その時である。路地の向こうから吹いてきた黒い風がクライマックスの腹部に突き刺さり、彼女を吹き飛ばした。
「ぬええええええええええええええええええええーっ!?」
 間の抜けた声を上げながら全身フードをは四肢をバタつかせてみるがもう遅い。行く手にはゴミ捨て場。成す術もなく彼女
はそこへ突っ込み盛大な音を立てた。バケツが壊れ冷蔵庫が倒れゴミ袋が破け本が崩れ缶が飛び散る大合唱。
「ああもう憂鬱ww ゴミのオールスターのお出迎えw つか明日いったい何出す日だよwwwww 分別守れっての人間どもwwwwwwwww」
 カラカラと笑いながらディプレスは黒い風の正体を見た。
 それは、人だった。
 髪を金色に染めピアスをした、「いかにも」な人種だった。人を弾き飛ばした呵責に悩んでいるようだが、慌てて背後を振り
返り怯えた様子を見せる辺り、どうやら何かに追い立てられているらしい。

「おーーーーーーーーーーーーーwwww なになになに!」
 けたたましい声を上げながらディプレスは金髪ピアスに詰め寄り両肩をバシバシと叩いた。気のいいあんちゃんが知り合い
にするような仕草だがやられる方はまったく迷惑らしく顔をしかめた。
「よく見たらお前昼間リバースに絡んでたチンピラAさんじゃないの!!wwww いやお前こんな所で会うなんて奇遇だな!!w
おいおいおいなんだその目wwwww 初対面でそりゃあちょっと不躾ってもんだろwwwwwww 傷つくっぜ!www 憂鬱だっぜwww」

 いやなフランクな調子の全身フードに金髪ピアスは凍りつかせた顔面の筋肉総て強引に引き延ばすような絶望的な表情をした。
 出会ってはならない者に出会ってしまった。相手の顔は分からないが全身から立ち上る異常な気配はこの晩すでに出会っ
た様々な男女とまったく変わらない。

「で、何よ何よ何なのよそのケガ?wwww ハッ! もしかしてお前リターンマッチとばかりリバースにちょっかい出した? 
そーか出したか!wwwww んでボコられたところでブレイクに仲裁してもらって命だけ取り留めたけどアイツになんかヒドい
目あwわwさwれwてwwwww紹介されたグレイズィングの病院で拷問の一つか二つかまされたもんだからwwwwww必死なっ
て逃げてたとwwwwwwwwww」

 んでクライマックスにぶつかったwwwwww高いテンションを早口でぶつけてくるディプレスに金髪ピアスは戦慄した。
 1つはその洞察力にだが、それ以上に彼を震えさせたのは。

 赤茶けた銅似の髪を縦巻きにした妖艶な女医の記憶である。




「あぐぐぐ……んぎっ! はーっ……。はーーーーーーっ……。や、やめろ……。やめて、ください。も、もう治らなくていいです……
これ以上痛いのだけは、痛いのだけは……!!」

 治療は、された。だが完治とともに有無を言わさず破壊行為と拷問の数々を働きだした。いかなる怪我もすぐに治ったが……
治るそばから、新しい苦痛が襲ってきた。

「せっかくケガしてたんですもの。治したけど再現して、たっぷり、たぁーっぷり苦しませてあげるわん」

「クス。1回目の治療はお詫び、仲間の監督不行き届きの罪滅ぼしにして医療の正しい恩恵」

「で・も、ここからはタダの趣味……クス。ブレイクはリバース襲われて頭に来て罪滅ぼしさせようとしたんですけど」

「ワタクシは違いましてよ」

「人をいたぶるのに理由なんていりませんわよ。ヤりたいからヤる。苦しんでる顔が見たいから苦しめる、それだけ」

「義憤だの正義だの自制心だのの理由づけ着飾ってるブレイクはまだまだ甘チャン」

「ブレイクで思い出しましたけど、インフォームドコンセントよん。あのね。アナタの体は今、麻酔を受け付けない状態ですの」

 女医はそういって頬に左手を差し伸べる。誘惑的な笑みだ。軽く細めた瞳は淫靡な光にうっとりと蕩けている。興奮性の吐息
をひっきりなしに荒げているその様だけ見ればまったく男女の甘美な行為の濫觴(らんしょう、始まり)にしか取れないが、
右手に握られた特殊な器具が何もかも総てをブチ壊している。市販のマジックペンより少し太いぐらいのそれは金属製で
ぐにゃりと歪曲した先端部分からは小気味のいい回転音がしている。ドリルが、付いていた。歯科用の歯を削る器具だった。
 彼女が何を目論んでいるかはかなり明白だった。それでも感染症を鑑みれば先ほどまでの錆びた針による瀉血(しゃけつ)
よりは何段階かマシといえた。
「麻酔ナシで頼むわねん。どーせ打っても効かないし……。ふふ。なぜそうなっちゃったか知りたいボウヤ? ブレイクのバ
キバキドルバッキーがそういう特性だからよん。あのコのハルバードはねん、「麻酔を受け付けるコトを禁じる」みたいなコ
トができるのよ……」
 ドリルがゆっくりと近づいてくる。器具によって椅子に拘束された金髪ピアスはイモムシのように身を捩らせる他なかった。
「あらん。そうおびえなくてもいいのよ。限度をブッちぎった痛みもまた快楽。大丈夫、大丈夫」
 いやいやをするように振られる頭を押さえこむと、女医はすぐ間近で粘っこく笑い──…
 金髪ピアスの唇に自分のそれをゆっくり重ねた。ねっとりとした生暖かさが口腔内に雪崩れ込んできたとき金髪ピアスは
あまりの事態に全身のあらゆる部位を固くした。あらゆる、部位を。
 口を蹂躙しているのは舌だった。舌が舌に絡まりつきねぶり上げ啜り上げ、遂には唇の外へと引きずり出した。
「あらん意外に長い。頑張れば肘舐めれるかもねん」
 白い舌苔(ぜったい)が目立つ薄汚れた舌を女医は愛おしそうに一瞥し、今度は舌だけを唇に含み顔を前後に揺すり始めた。
 赤茶けた巻き髪が豊かな胸の辺りで揺れる。淫らな水音が響きねっとりとした唾液が床を穢す。
 妙技だった。垂れがちな、縮みがちな舌を自分のそれで器用に捉えながらも唇とは干渉させず常に一定の張力を保ちつつ、
リズミカルに規則正しく首を振るのだ。舌の位置を小刻みに変え、艶めかしく這い回らせながらも保定できるのは異常の一言
だ。そもそも彼女の舌に籠る力は人間のそれを遥かに上回っていた。まるで『人を超えた存在だけが』持ちえる高出力を
淫らな方面へ濫用しているようだった。
 限界まで無理やり引き伸ばされた舌は下部いっぱいに緊張感のある痛みを走らせるが、それを打ち消すほどの甘い刺
激と甘い匂いが次から次へと襲い来る。
 接吻とはやや違った、しかし特定分野では確かに確立されている肉塊愛撫だった。濃密な匂いのする唾液で舌を穢し、
或いは噛み、とにかく恐ろしく煽情的な行為の数々を繰り返しながら、女医は頭から手を剥がす。肩から胸、胸から腹へと
さするように手を動かす。
 下へ、下へと。
 白い手。期待しがちな男性の単純な直感はそれがどこに伸びるか直ちに明察し、そして事実その通りとなった。
 金属の羅列が解放される音。衣擦れ。脳髄を突き抜ける甘美な衝撃。それらの中、金髪ピアスは見た。
 歯科用のドリルがさんざお楽しみだった唇のすぐそこにもう迫っているのを。
 恐怖に歪む顔に女医はうっとりと微笑した。

「ほら言うでしょう。初 め て は い つ も 痛 い っ て 。大丈夫。慣れれば気持ちよくヨガれますわよん。クス」

 健康な前歯をドリルが貫通した。
 絶叫。それが何か限度を超えた力を導いたらしい。獣のように唸りながら顔を背けた金髪ピアスの口から前歯が飛んだ。
厳密にいえば「歯ならびに女医の腕へ強い力で固定されていた歯科用ドリルから強引に逃れようと無理のある甚大な力で
もって顔を動かしたせいで歯が折れ、脱落した」という所であるが一言でいえば飛んだ。もっとも歯は相変わらずドリルに
貫通したままで、変わったことといえば断面から様々の解釈ができる桃色のどろどろを巻き散らしつつ旋回している位だ。
ドリルは止まる気配がない。ヤニで黄色くなった前歯が手元でぐるぐる回転する様に流石の女医も最初やや面喰っていた
ようだったが、すぐにうっとりと笑い、
 笑い、
 笑い、
 けたたましく笑い。
 目を剥き舌を出しながら床へ這いつくばり──… 
 飛散したどろどろを舐め始めた。甘ったるくも耳を塞ぎたくなる牝の叫びを上げながら、舐め始めた。


「その隙に最後の力を振り絞って逃げてきた、かwwwww 馬鹿だろお前wwww あのまま拷問耐えてりゃあ居合わせた別
の男といい思いできたしケガも全部治ったっつーのによぉwwwwwwwwwww」

 前歯が抜けた金髪ピアスを楽しそうに眺めながらディプレスはくつくつと肩を震わせた。

 冗談じゃない。逃げるときに見た女医の顔を思い出しながら金髪ピアスは全身を震わせた。
 薄汚れた床を躊躇いなく舐める彼女の顔はどんな娼婦より浅ましかった。その浅ましささえ自覚し興奮の材料にしている
ようで、決して潔癖ではない金髪ピアスでさえゾクリとした嫌悪と吐き気を催した。

(何なんだよアイツ……。何なんだよアイツは)

 人間というより妖怪を見たような気分だった。


「あらん。逃げちゃった」

 服や床についた桃色の液体を『総て舐め尽した』女医は、蛻(もぬけ)の空の椅子を一瞥すると残念そうに呟いた。
「ああんもう! ああんもう!! ハズオブラブですっぱり治した後は痛みの数だけの快楽をもたらそーと、具体的には見も
知らぬ殿方交えた3Pやろうと思ったのにん!」
 あどけない調子で右手を大きく振りながら指を弾くがあまりいい音はでない。ぽしゅりぽしゅりとしょぼくれた音を奏でながら
女医はとても残念そうに「ああんもう!」を繰り返した。

「まあでも乱交騒ぎは近々ありそうですわよねん」

 やがて指を弾くのにも飽きたのか。女医は艶めかしい肢体をくねらせながら診察室を出た。

「発案:盟主様。プロデュース:盟主様のが」

「演劇の発表の後に」

 縦巻きの髪を軽く一払いするとグレイズィング=メディックはそこを一望した。

 廊下をしばらく歩き出た先は待合室。片隅にはある市民が所在なげに座っている。一連の騒ぎのせいか彼は眼を丸くして
おりグレイズィングを見てもしばらくぼんやりしていた。
 女医は彼に笑いかける。逃げれば良かったのに。快楽に魅かれたせいで今は蜘蛛の糸の上……。
 そんな思考が滲み出た好色で野蛮な狩人の笑みをい汚く浮かべながら彼女は市民に近づき、その頬を優しく撫でた。
「先ほどは失礼。ワタクシとしたコトが取り乱したわねん。あらん?」
 あらんをややワザとらしくいいながら頭を見る。先ほどゲンコツで殴りつけたそこはうっすらと血が滲み、コブまでできて
いる。
「怪我、ちょっとひどいんじゃなくて……? ふふふ。ごめんなさい。医療ミスですわね」

 そして立ち上がり、数歩距離を取り、腰の後ろで手を組みながら、首だけ後ろに向ける女医。
 彼女は、ねっとりとした笑みでこう聞いた。

「また治療していきます?」

 市民は数秒逡巡したが──…

 よろよろと立ちあがると、目を血走らせながら頷いた。

 その反応に満足したのだろう。女医は上着を脱ぎながらクスクスと笑った。

「ほどほどにねん。朝帰りで奥様と修羅場っちゃ、可愛い娘さんが泣くわよん」