SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 「演劇をしよう!! (前編)」  (8)


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『ウソはつかないけど豆知識!! みんな知ってる『7つの大罪』、6世紀ごろまでは8つだった!!』

「暴食」
「色欲」
「強欲」
「憂鬱」
「憤怒」
「怠惰」
「虚飾」
「傲慢」

 いわゆる枢要罪である。

「いきなり叫ぶなお前。うるせェ」
 ムっとした様子の剛太に『すまない!』と詫びながら貴信は言う。
                                                              マレフィック
『このうち「憂鬱」と「虚飾」はそれぞれ怠惰と傲慢に統一され、「嫉妬」が追加された訳だけど!! 敵の幹部はこれらの罪
のうちどれか1つを持っている!! 規則で決められているかどーかは知らないけれど、必ず1つ! 何かの罪を!!』
 あ。ひょっとして。桜花はくすりと笑った。
「もしかして光ちゃんのお姉さんって『憤怒』? 『嫉妬』ぽくもあるけど」
 怖すぎるから。例の絵を弾き微笑む桜花に鐶は頷いた。
「成程な。乳児期に首を絞められたせいで他者とマトモに交流できなくなった。その鬱積が憤怒となり、『歪んだ伝え方』を
生んだ……という訳か。そしてブレイクという幹部の罪は『虚飾』」
『むむ!! 正解だが不思議だなセーラー服美少女戦士!! 今までの話からすると『傲慢』との二択になってしばらく
迷うのが普通だ!!』
「そーいやそうだな。人間に関心がない。でも可能性は信じている。それを利用して利益を得るのが好き。出揃っている
情報はそれだけじゃないスか先輩。なのになんで『虚飾』って言いきれたんです?」
「? 何かいまおかしな事をいったか?」
 凛々しい顔を不思議そうに澄ませる斗貴子に「だから」と剛太は人差し指を立てた。
「人間嫌いな癖に自分の利益のために何かやらそーなんてのは『傲慢』じゃないですか? なのにどうして虚飾っていったのか
気になっただけで。いや、先輩がそれだっていうなら俺は構いませんし、直感で言い当てるっていうのもカッコ良くてステキですけど」
「なぜって言われても。アイツは他人に一切関心がない癖に人当たりだけはいいだろう? 常に愛想よく笑いペコペコと頭を
下げる癖に人を育てるのだけは無性にうまい。人の心を掴むのがうまいというか、相手が何を望んでいるか見抜き、即座に
それをやってのけるだけの適応力を持っている。だから育てられる方は奴を慕い、能力以上の努力ができる。しかも育成
方針はすでに社会にとって有益で具体的な、価値のあるものを掲げている。結局はアイツのための努力なのに、誰も彼も
ついついやり甲斐を感じてしまう」
「確かに……私も…………特異体質でいろいろな人に……化けるのは……楽しかった……です」
(で、先輩たちを散々苦しめた、と)
 剛太は聞いている。ブレイクに育てられたという鐶。彼女は沙織に化けて秋水の間隙をつき、これを倒した。直後時間進
行により人混みでごったがえする大交差点でとある漫画家に化け群衆を散々惑乱させた挙句、防人たちをも翻弄し、逐
一違う人間に化けては攻撃し攻撃し、千歳を可愛いだけが取り柄の役立たず以下に貶め、ヘルメスドライブの捕捉(千歳が
見た人間は記録される。その容貌が全く別人に変形でもしない限り)さえ免れた。
 それを思い出したのか、斗貴子もやや苦い表情で鐶を見た。
「アイツは軽薄なようでいて、その実確かな眼力を持っていた筈だ。相手の能力をどう使えば成果が出るか。成果を出すため
にはどういう教育を施せばいいか。教育をやり抜くには自分がどうあればいいか。そもそも自分の望む成果を得るためには
どんな人間を探せばいいか。例えそれらの過程で見つけたやり方がどれほど困難なものだとしても、最善手である限り投
げ出しもせず楽な方へも逃げようともせず、相手……お前と共に労苦を背負いながらやり抜ける。そんな粘り強さと実行力
を持った……何ていうかその、ホムンクルスらしくない男だったんじゃないか?」
 思い当たるふしがいくつかあるのか、鐶は何度も頷いた。それを確認すると斗貴子はこう締めくくった。
「アイツは自分の勝手を押し通そうとしている癖にこちらとの兼ね合いはしっかり考えてくるからな。まったく。パッと見た感じ
私心がないから始末が悪い。奴を『虚飾』だといったのはそのせいだ。本意はどうであれ、他者や人間社会にとって都合よく
振る舞うコトができる。都合よく振舞いながらも少しずつ悪意を浸透させ、着実に社会を破滅させようとしている。『傲慢』な
ら逆だ。自分は変えようともせず、他者だけを変えようとする」
「それって『傲慢』より悪くね? 本心も見せずに自分だけ得しようなんて」
「確かに最悪だが、アイツは必ずしも自分一人だけが利益に与りたい訳じゃない。虚飾だからな。傲慢じゃない。行いのほと
んどは自分のためだし、さっきもいったが自分にとっての利用価値でしか人間を評価できない部分もある。……だが」
「だが?」
「ただの一人勝ちは好まない」
 断言する斗貴子に剛太は首をひねった。津村斗貴子といえばホムンクルスはおろかまだ人間の信奉者さえ手に掛ける
少女ではないか。それが長々と内面分析をぶっている。「どんな事情があろうとホムンクルスはホムンクルス! 全て殺す!」
文字通り何もかも斬って捨てる筈の彼女が半ば弁護じみた分析を披露しているのだ。違和感。桜花もそれを感じたらしく怪
訝な視線を投げてくる。ひとまず様子を見よう。無言で頷きあう間にも、斗貴子の口は言葉を紡ぐ。
 紡ぐ、紡ぐ。
 まるで何者かの意思を代弁するように……。
「間接的な利益。自分の指導を受けた者が、それまでの『枠』を破って成長し、自分にさえできないコトをやり始める、自分に
も至れない境地へ至る。そういう様を見る方が好きなんじゃないか? 本当は人喰いも破壊もない正しいやり方ができる。社
会や人の持つ『枠』を観察し、考え、求められているであろうものを見つけ出し、地道な努力でそれを作り上げるコトに至上
の喜びを感じる男の筈だ。なぜ道を誤りレティクルとかいう組織の幹部になっているかは謎だが」
 まるで旧知を語るような眼差しだ。剛太はどう切り込んでいいかどうか迷ったが、こういう時の探りのうまさは桜花の方が
上らしい。彼女はニコニコと微笑しながら──それは話に聞く鐶の姉の優しい笑みやブレイクの下男じみた愛想笑いとは
また違った、理知的で、魅惑的な、結婚詐欺師のようだと剛太が思う──軽い調子で問いかけた。
「やだ津村さん。まるで逢ったコトあるみたいな口ぶりね」
「まさか。ただの推測だ。聞いた情報からの……な」
 無愛想な表情でプイと横を向く斗貴子にこのときどのような抑圧が訪れていたか桜花たちは知らない。







「演技の神様?」
「そうよん。ブレイクのあだ名の一つ。ワタクシの仲間の」


 仲間、の辺りで滑らかな声がピクリと跳ね上がった。
 何らかの刺激に反応したのだろう。艶めかしい沈黙が訪れた。声はしばらく吐息に置き換わった。

【昨晩……9月12日の夜】

 申し訳程度の明りに包まれるそこは診察室のようだった。
 カーテンで遮られた診察台の中では 艶めかしい鬩(せめ)ぎ合いが繰り広げられているらしく、「ダメ」「今夜はもう終わ
り」「終わりですってばあ。もう」、文脈にはそんなフレーズが目立っていた。だがそれらの言葉とは裏腹に声は常に弾んでお
り甘くかかった鼻息さえ時折漏れる。
 肉の組成を貪りあう時の生々しい音や水分を”嚥下させられる”喉の苦鳴を時々合間に挟みながらも拒否を意味するフ
レーズは何度も何度も再発信される。だが本気の拒否でないコトは明らかだ。声は期待感と興奮にはしたなく潤み、品定め
るような笑いを織り交ぜながら……。
 何かをしつこく要求される。それを拒んでみる。無意味とも思える押し問答を心から楽しんでいる声だった。競りのサクラが
物欲塗れを挑発しガンガンと吊り上げる様相だった。
 すぐに許さない方がより甚大で素晴らしい結果を獲得できる。確信がますますの欲望高騰をやらかしている最中だった。

「きゃ」

 わざとらしい声。カーテンがレールの辺りでぶちぶちと音立て舞い落ちた。突き破ってきたのは真っ白な人影。一糸まとわ
ぬそれが机にぶつかり筆記用具と聴診器をブチ撒けた。落ちた無数のカルテを踏みにじりながら毛深い脛が白い人影へ
向かっていく。揺らめいたのは銅色の髪。それが柔らかな肩の上で踊りながら登っていく。床から、机の上へと。
 腹部から膝へと至る艶めかしい曲線が机上に鎮座した。呼吸はいよいよ激しくなる。男の手が両の膝に乗る。女の腕
が男の首の後ろに回る。割り開く。引き寄せる。無言の中、情動だけが合致する。



 やがて引き攣れた声と獣じみた唸りが重なり合い、嵐となって行き過ぎた。
.


「ブレイク。仲間の1人は世間じゃ演技の神様って呼ばれているのよん」

 しゅるしゅるとした衣ずれの音を立て終えると女医はそういって微笑した。

「フフ。実はとてもわるーい人なのに、ワタクシ同様オモテの顔を持ってますの」

 銀成市に最近できた病院。そこの女医だ。とある市民はぬるついた余韻の中、彼女を見た。

 女医というよりはプレイメイトという単語こそ相応しい容貌。縦巻きにした銅色の髪は恐ろしく艶やかで、小柄ながらも
恐ろしく豊かな肢体ともども一目で外国籍と分かる美女だった。年のころは20代前半、着衣こそ薄汚れた白衣と──
そもそも医者が着ていいのか。病院なのだ。衛生観念は?──まったく色気がないが、全身から漂う一種の艶めかしさ
の中では却って「メチャクチャにしたい」下世話な情動をかきたてるアクセントだ。紫のタイトスカートから覗く2本の大腿部。
真黒なストッキングに包まれたその辺りからはねっとりとした濃厚な匂いが立ち込めている。

「気になる? プロデュース業よん。若い人たちにウケのいいサウンドユニットを作るコトもあればアイドル発掘して殿方た
ち発情させたり。団塊の方々向けに演歌を送るコトもしばしば」

 言葉の内容は頭に入らない。久方ぶりの満足感に荒い息をつきながら思う事はただ一つ。
 薄汚れた白衣。血走った眼でそれを見る。勝利感。来院者総てへのざまあ見ろ。内実を知っているのは自分だけ、衣服
の下。着やせ。ホクロの位置。匂い。うねり。達し方。妻には近頃覚えのない征服感と達成感が次から次へと湧いてくる。

「今日はセーラー服着た美少女さんと美青年さんにアクション指導したとか……」

 女医との出会い。きっかけは娘。虫歯の治療。削らずに治せるお医者さん。それを探している内ここにたどり着き、知り
合った。
 妻には今日は残業といってある。疑われるコトはないだろう。彼女だって何をしているか分からない。ママさんバレーの祝
勝会に行くとかで娘を義母に預けているが……コーチは男で若くてイケメンらしい。歓心を買うためみな躍起になっている。
妻も情熱を燃やしている。「若い頃は運動なんてしたコトないけど、そろそろ中年だし」。だから健康のために? 目的は見
え透いている。そしてバレーへの情熱の5分の1ほども自分に向かない。
 夫婦生活は結婚後ほどなくして不妊治療の効果確認程度のものとなり、娘の誕生ともに消えうせた。
「2人目? ほら、いまは不況だし年収的に」
 意見は主婦の鑑だ。素晴らしい判断力だ。それほど賢明にも関わらず避妊対策を発案できぬ矛盾には苦笑だが。
 要は、冷めている。もはや疲れた夜に挑みかかるほどの魅力を自分に感じていない、つまりは睡眠欲以下なのだ。
 しかしそれを言えば生活に波風が立つ。だから大人らしく年収うんぬんのもっともらしい理屈を引きずり出し、セックスレス
という問題を有耶無耶にしているだけなのだ。
 とある市民は思う。そんな誤魔化しや不満足に彩られた生活もまた仕方ないと。夫婦生活のなさに不服を覚えていたとして
も我慢すべきなのだ。解決しようと乗り出せば亀裂が入る。魅力を感じていない男に詰め寄られ喜ぶ女性はいない。長年一つ
屋根の下で暮らしている夫なら尚更だ。向こうだって細かな不満に耐えている。だから耐える、我慢する。当たり前のコトだ。
 夫婦の問題に限らず誰しも必ず嗜む行為。
 恵まれているなら尚更だ。妻がいて、娘もいる。仕事も順調。ローンはまだまだ残っているが家も車もそこそこの質のも
のを有している。十分に恵まれている。酒もタバコも知っている。相談できる仲間もいる。ガスを抜く手段などいくらでもあるのだ。
 そう信じ、一般的に見て「正しく」生きていた市民である。行為の終焉とともに脳髄がみるみると冷えていくのを感じた。
 不貞。無垢な娘の笑顔が脳裏に浮かぶ。自分はそれを壊そうとしている。達成感や勝利感の後に襲ってきたのは現実的な
罪悪感。それは会社からここまで車を飛ばしている時も確かにあった。病院へ入るのを何度躊躇したか。だが女医がドアから
顔を覗かせねっとりとした笑いを浮かべた瞬間、ふらふらと引き寄せられるように診察室へ入り──…気づけば何度も何度
も頂点に達していた。
 初めてこの病院にきた時を脳裏に描きながら(2か月振りの休みだったのに)妻への不満を唱えながら(せっかくの有給が
ダメになった)言い訳を言い訳で繕いながら(ママさんバレーの大会!? 俺の2か月ぶりの休みを潰したのに)虫歯に苦しむ
娘を自分一人に押し付けた妻への当てつけのように(そうだ。これぐらいの役得はいいだろ)どうせ彼女も若いイケメンのコーチ
とお楽しみ……荒唐無稽な自己正当を描きながら、情動を突き動かした。

 いつの間にか腰かけたのか女医は机の上で脚を組みクスクス笑う。向き合う形だ。立ちつくす市民──まだ着衣はつけて
いない。彼女の視線は「下」にだけ向けがちだ──を眺めながら唇に手を当て、ぬぐう仕草。
「ああ。ステキ。あんな激しいのは久しぶり。奥様に対し相当フラストレーションが溜まっていたようねん」
 いったい何をぬぐったのか。とにかく露骨に指をしゃぶり、わざとらしく喉を鳴らす。ぞっとするほどの疼きが再来した。
「やたら直腸検査がお好きなようでしたけど奥さまにとってそれはNG? ふふ」
 艶めかしく光るキツネ目が自分を捉えた。悪循環だ。やめろ。情動が冷えていくのは分かった。
 社会で生きているから自分の感情ぐらい分かる。上司の理不尽な説教──総計3時間。堂々めぐりの、しつこい、同じ話題
が幾度となく重複する頭の悪い──を喰らった後に酒を求めるような感情。逃避。そうだ逃避だ。
 不貞を働いたという罪悪感と不安感から逃れるために求めている。柔らかな肢体。快美。ぬくもり。体を重ねれば重ねる
ほど罪悪感が深まりますます抜け出せなくなると予期しながら、求めずにはいられない。
「あん。駄目よ。本日の診察はもう終・わ・り。それにワタクシ……」
 戦慄きを曲解したのか、正しく理解しながらなお誘っているのか。
 とにかく彼女はうっとりと瞳を潤ませながらこういった。
「ワタクシ、余韻に浸るのが大好きなのよん。熱くてトロトロなのが中で段々冷めていく……女だけが味わえる特権だもの…………」
 実際そうかどうかも分からない蠱惑的なだけの文言だ。中身のない、挑発のためだけの挑発だ。分かっている筈なのに先ほど
賞味した素晴らしさが全身のそこかしこに蘇る。男を悦ばすためだけに生まれたような体だった。何をも拒まず何にでも甘く
痺れて跳ね上がる、「都合の良すぎる」体だ。それだけに平素妻には理性ゆえ試さぬ聞きかじりの歪な行為を次から次へと
叩きつけた。返ってきたのはどれもこれも理想的な反応だ。とろけそうな夢の時間だった。
女医はエスカレートしていく一方の行為総て受け入れるだろう。男の自分さえ何度はしたなくよがったか。とろとろの粘膜、
もう一度だけ、もう一度だけ……血流が一点に集中し硬度を増す。だが、続ければいずれ妻に、女医は──…
「大丈夫よん。今日のコト、口外しなくてよ」
 頬に手が当てられた。女医は何もかも見透かしているようだった。

「ワタクシ、エロい事は大好きですけど人さまの家庭ブチ壊すのは趣味じゃなくてよ?」

「ま、盟主様に限っては『ブチ壊す』、そのためなら寝取りさえ男女問わずやらかすでしょうケド」

 盟主? 耳慣れぬ単語にとある市民は首をひねった。そういえばさっきも仲間がどうとかいっていた。この女医は一体何者
なのだろう。

 市民の感じるキナ臭さ。
 それを忘れさせんとするが如く女医は述べる様々を。

「そうよねさっきのは男性的情動を晴らしたいだけの行為」

「奥様への感情とは別腹」

「殿方はみなそうでしてよ。お気になさらず」

「AV見てティッシュにブチ撒けた程度の意味合い」

「ワタクシなどは公衆便所のようなもの」

「好き放題ヤって下って構いませんわよ」

 好色でいぎたない笑みを頬一面に張り付けながら都合のいい論理ばかりを並べ立てる。
 だが現実問題、子供ができたらどうなる? 認知は? 堕胎は?
 そう問いかけると女医は手を引っ込め、しばし考えた後ニコリと笑った。どこか寂しそうな、笑みだった。

「大丈夫」

「子供なんてできませんわよ」

 薬か何かで避妊するのだろうか。そう聞くと女医は軽く身を乗り出した。形のいい下顎を右腕全体で支えながらゆったりと
問いかける。念を押すように上目遣いをしながら、微笑を浮かべ……
.
「薬も道具も必要ありませんわよ?」

 急に冷たい声を漏らした。顔つきもそれにつられたのか冷酷の色が濃くなった。

「必要なんてそもそもなくてよ。ええ。まったく、笑えるほどにね」

 嗚咽のような声が栗の花臭い唇から漏れ始めた。
 それが笑い声だと気づいた瞬間、とある市民はぞっとする思いをした。

「説明がまだでしたわねえ。ワタクシ実は赤ちゃんできない体ですのよ。できなくされましたの。遙かな昔。できなくね」

 女性にとっては致命的だともいえる事実。それを彼女は笑いながら告げるのだ。瞳をうっとりと細め荒い息を吐きながら
切なげに喘ぐのだ。気づけば彼女は胸の中にいて、「堪らない」。いまにも達しそうな表情で涙を溜めながらこちらを見てい
た。視認に満足したのだろう。すぐさま喉首に噛みつきくぐもった声を上げた。とても加減された甘噛みだった。生殖機能の
喪失それ自体に欲情する──ノーリスクになった、好き放題ヤれる。結局歓喜しか覚えていないような──淫靡な舌が鎖
骨の辺りを生暖かく這いまわる。
 そもそも見た目20を過ぎて数年という美女だ。遙かな昔? 心臓がどきりと高鳴った。穢れのない娘の姿が蘇る。彼女と
同年代のとき、女医はすでに? 混乱気味の脳髄を現実に引きずり戻したのは胸からの甘い刺激だ。見る。男には無用の、
形骸的な器官が艶めかしく弄ばれている。
「性欲と愛情は別モノ。皆様そーいう割り切りが足りなくてよ。ちょぉっと中に注ぎ込んだだけでどうしてギャーギャー騒がれる
のん? おかしいわよねん。殿方はフラストレーションを晴らしたいだけなのに。そしてその受け皿になれなかった、あ・る・い
は原因そのものの淑女さんほど顔も真赤に怒り狂う……」
 恐ろしく貞操観念のない意見だ。だがとある市民は内心それを肯定した気分でいっぱいだ。妻への不満の様々は自己弁護
を導きだすに十分だ。すすり泣くような息と震えを気管から引きずり出しながら女医の頭を掴む。心得たもので彼女は背伸びを
しながら桃色の尖りを含ませた。舌がしばらく絡み合い、離れるやねっとりとした蜜の線を銀色に輝かせた。
「肥沃さもなければ具合も悪い。感度も鈍ければ声もダミ。そのクセ殿方を悦ばす努力もしない。アレもダメでコレもダメ。
お尻の穴1つ使えというだけで怒り狂う、道具の使用さえ認めない。お粗末な癖に身を捨てて恥も外聞もなく乱れる覚悟さえ
ない。そもそもエロい事が好きじゃない。殿方寝取られる淑女さんはだいたいそんなもんよん。クス。自業自得、身から出たサビ」
 男性側にも原因がある、女性ばかり悪いとは限らない……当たり前の前提を無視した意見を甘い息とともに吐き散らかし
女医はオトコの手を取る。視線をやるのは診察台。
 好色そうな顔には絶対の自信があふれていた。色欲においてこの世の誰にも負けないと。

 だから何をしてもいい。
 メチャクチャにされてもいい。

 と。


「そういえば以前俺たちの傷を治した武装錬金。その本来の持ち主というのが──…」
 遠くで語り合う斗貴子、剛太、桜花、鐶を眺めながら防人は目を細めた。
「グレイズィング=メディック。師父に云う。性格最悪の痴女だ」
 無銘は歯ぎしりしながら語りだした。
「階級は『金星』。罪は『色欲』。我をチワワの体に貶めた仇の1人」


 アラームが鳴った。診察台の上にある何かの装置。そのランプがけたたましく赤く明滅している。
「急患さんのようねん」
 慣れた様子で女医は立ち上がる。……市民に跨った姿勢から、ゆっくりと。
「お預けよん。いいコに──…」
 言いかけた女医の体を市民の腕がしっかと抱き締め引き留める。男という生物はどうやら寸止めを我慢できないようだ。
恐るべき速度でやおら立ち上がり、行為の続きを要求している。急患患者? どうせ今日日流行りのモンスターペイシェント、
大したコトない無視しろ……色欲に血走る男の顔を女医はうっとりと微笑みながら見詰めた。手はすでに自身の腰と市民の
下腹部の間に潜り込んでいる。人形顔負けの真白な腕がくねり。
 くねり。
 くねり。
「そいやあああああああああああああああああああああああ!!!」」
 恐ろしく野暮ったい声とともに市民の体が浮き上がった。両腕と両足を無防備な大の字に広げた彼の下腹部でブチリとも
ボキリともとれる爆裂音が轟いた。そして吹き飛ぶ市民。どこをどう攫まれ投げられたかはよく分からないが、とにかく彼は
飛び、診察室の扉を粉々に破砕して、廊下の壁にめり込んだ。
 何が起こったか市民はつくづく測りかねた。夢かとさえ思ったが、下腹部から立ち上る未知なる痛み──とても形容しがたい、
人類史上類を見ない不思議な不思議なマーベラスな刺激だった──が現実だと教えてくれる。目を白黒とする間にも女医は
のっしのっしと肩を怒らせながら向かってくる。何かが、激変していた。
「くぉんの色情狂が!」
「え! なにその突然の自己批判!?」
 胸倉を攫み目を三角にする女医にどういっていいものか市民は困惑した。そんな様子がますます火に油を注いだのだろう。
女医はゲンコツで市民の頭頂部を殴りつけ、顔を間近に引きよせ金切り声をあげた。
「いいコト! 急患さんはひどい急病ないし重傷に苦しんで! すがる思いでやってきて下さってるのよん!! なのに色欲
に耽って放置だなんて到底許されるコトじゃなくてよ!! 出ますわよ、大至急診て差し上げなくてはッ!! 『まずは』医療ミス
も手抜きもない適切極まる正しい医学の恩恵を! もたらすのよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 そうまくしたてると女医はガニマタでドタバタと病院を出て行き、30秒もしない内に見慣れぬ人間を引きずってきた。
「指欠損しまくりじゃなくて!! ああンもう可哀想!! ハズオブラブで即効治療よん!!」
「ちょ、待て! よく考えたら俺、保険証がねーんだって!! 高い病院のお金払ったら今月の家賃が!!」
「保険証? 要りませんわよ! どうせ仲間の、リバースやらブレイクやらのやらかした怪我! 無料で診て差し上げるのは当然!」
 金髪でピアスをした、「碌でもなさそうな」人種だった。唖然と眺める視線に気づいたのだろう。彼も市民を見、顔をひきつらせた。
「ここにも怪我人!? 大事な部分がお尻の穴に対し複雑な刺さり方をした怪我人!! セルフか!!」
「大丈夫!! 大丈夫ですの!! ちょっとしたお仕置きしただけですしトータルで見れば気持ちイーーーーーーーーーーーーーイ
瞬間のが多かったですのよ!! 診察しましょう!! 楽しみましょう!! 2人より3人! 1穴より2穴!」
「やばいこの人もおかしい改造されるきっと改造される!!」
「改造!! ああんもういいじゃないソレ!! ちゃんと治療はしますけどん、お望みならお指ぜーんぶ猛々しい男性的なあれに
してもいいわよん♪」
「外道忍法帖の人!? ねえまさか外道忍法帖の人!?」
「そうよ目指すはイソゴ老曰くのーーーーーーーー!! お指っいかがわしい! 人↑間↑へーーーーーーーーーーーーー!!」
「胸に手ぇ当て声高く歌ってるよこの女医さん!! テンション、高ぇーーーーーーーーーーーーー!!」

 喚く女医と金髪ピアスはそのまま手術室に突っ込んでいった。振動でドアと壁全体がアニメ的にぐにゃりと歪曲したのを見た市民、
ぽつりと一言。

「……サザエさん?」


「そういえば彼女の武装錬金は、かなり特殊だそうですね」
 毒島はどこからか一冊の本を取り出した。防人はそれに見覚えがある。ありすぎる程に。
「教本か。戦団の」
 頷く毒島は滑らかな手つきでページをめくり、ある1ページでその手を止めた。

【第4章 武装錬金 第5 自動人形】

 と書かれたそのページには巨大な犬やメカメカしい伝書鳩、腹部に「夷」と書かれた肉達磨などなど様々な武装錬金のイラスト
が書かれている。その一番下、「衛生兵」と見出しのついたイラストを毒島は指差した。
「戦士・犬飼、犬飼老人、大戦士長に桜花さん……自動人形持ちの方は沢山いますが、彼女とコレは特殊な部類」

【特性:あらゆる傷病の完治。(死者蘇生も可能)】


「こんな武装錬金を有しておきながら、グレイズィング、金星の幹部はだ」
 鳩尾無銘は吐き捨てるように呟いた。
「生死を弄ぶ。色狂いにして何より好むは……」


                          「拷   問」