──どこかで──
「あなたはまだ、破壊への希求を捨てていないようですね」
ひび割れたサングラスの奥。理知的な瞳が捉えるのは、流れるような金髪。
どこまでも綺麗に梳られたそれは、持ち主の目鼻を隠し、表情までもを隠している。
どこまでも綺麗に梳られたそれは、持ち主の目鼻を隠し、表情までもを隠している。
「しかしメルスティーン。ヴィクターの盟友だったあなたはいつどこで、何を、誰を、どう破壊しようとしているのですか?」
「あとどうしてあなたはスカートを穿いているのですか? 確か男性だったと思うのですが」
坂口照星は、眼前に佇む男へ静かに呼びかける。
神父風の衣服は所々が破け、口元や目元に赤黒い血がこびりついているが、口調には何ら消耗が感じられない。
それまで受けてきたであろう凄惨な暴行などなかったように。
まるで戦団の執務室で部下に呼びかけているように。
照星は、静かに呼びかける。
神父風の衣服は所々が破け、口元や目元に赤黒い血がこびりついているが、口調には何ら消耗が感じられない。
それまで受けてきたであろう凄惨な暴行などなかったように。
まるで戦団の執務室で部下に呼びかけているように。
照星は、静かに呼びかける。
「私を誘拐した真の理由は何ですか?」
「それからどうしてスカートを……?」
すっと立ちすくむ細い影に応える気配はない。まるで女性のような細身だった。
そして確かに照星の指摘通りスカートを穿いていた。ミニスカートだ。しかし男性だというのに脚はバッタのように限りなく
細い。痩せこけているのではなく、引きしまっているという感じで、スポーツ少女のごとき清楚な肉感さえある。暗がりのため
全貌は分からないが、素足と思しき脚は脛毛のなびく気配はない。ツルツルだ。
影の中、唯一さらさらと光る頭髪から流れるえも言われぬ色香に照星は一瞬、円山という部下を想起した。円山円。現在
同輩とともに照星を捜索中の彼は、”彼”であるがあたかも女性のような仕草や思考、顔だちの持ち主で、世俗的な言い方
をすれば『オカマ』である。
ただ、と照星はメルスティーンを見据える。ひどく細身で全体的に柔和な印象の持ち主だが、全身の筋肉は”ある部分”以外
強く、硬く、しなやかだ。まるでありったけ集めた鋼線の束に絶え間なく負荷をかけているかのごとく、筋の端々がみちみちと音を
立てている。かといって逆三角系の筋骨隆々ではなく、ぱっと見何の特徴もない筒型の肉体だ。大戦士長・坂口照星がそう
いう体型を必要とする時は大抵、「パッとしない特性の武装錬金を引き当てたばかりに武器その物の使い方に熟練しきった
厄介な人間型」か、「ホムンクルスになれないハンデを既存武術で埋めんと修行し続けてきた信奉者」に梃子摺っている時だ。
要するに、「武器を用いた技術の熟練者(エキスパート)」の体型をメルスティーンは持っていた。
よほど強い者でない限り見抜けぬ「内に向かって濃縮された」、無駄を一切削ぎ落とし研ぎ澄ました、緻密な肉と腱の持ち主だ。
何かにつけ女性的な円山との決定的な違いはそこだろう。
肉体の奥底に秘められた、恐ろしく、激しい、獰猛で加減などカケラも効かせるつもりもないひどく男性的で前向きな気迫もまた、
円山とは違う。
一言でいえば、武人と無頼の二束草鞋ばきだった。武技に自身の何もかもを惜しみなく注ぎこんだ者だけが持つ重厚さ
や寛容さがあるかと思えば、今すぐにでも世界の総てに飛びかかっていきそうな危うさもあった。それらはどっちつかずという
様子ではなく、常に同じだけの分量で存在し、柔らかな鋼線の束のような筋肉をみちみちみちみち鳴らし続けている。
そして確かに照星の指摘通りスカートを穿いていた。ミニスカートだ。しかし男性だというのに脚はバッタのように限りなく
細い。痩せこけているのではなく、引きしまっているという感じで、スポーツ少女のごとき清楚な肉感さえある。暗がりのため
全貌は分からないが、素足と思しき脚は脛毛のなびく気配はない。ツルツルだ。
影の中、唯一さらさらと光る頭髪から流れるえも言われぬ色香に照星は一瞬、円山という部下を想起した。円山円。現在
同輩とともに照星を捜索中の彼は、”彼”であるがあたかも女性のような仕草や思考、顔だちの持ち主で、世俗的な言い方
をすれば『オカマ』である。
ただ、と照星はメルスティーンを見据える。ひどく細身で全体的に柔和な印象の持ち主だが、全身の筋肉は”ある部分”以外
強く、硬く、しなやかだ。まるでありったけ集めた鋼線の束に絶え間なく負荷をかけているかのごとく、筋の端々がみちみちと音を
立てている。かといって逆三角系の筋骨隆々ではなく、ぱっと見何の特徴もない筒型の肉体だ。大戦士長・坂口照星がそう
いう体型を必要とする時は大抵、「パッとしない特性の武装錬金を引き当てたばかりに武器その物の使い方に熟練しきった
厄介な人間型」か、「ホムンクルスになれないハンデを既存武術で埋めんと修行し続けてきた信奉者」に梃子摺っている時だ。
要するに、「武器を用いた技術の熟練者(エキスパート)」の体型をメルスティーンは持っていた。
よほど強い者でない限り見抜けぬ「内に向かって濃縮された」、無駄を一切削ぎ落とし研ぎ澄ました、緻密な肉と腱の持ち主だ。
何かにつけ女性的な円山との決定的な違いはそこだろう。
肉体の奥底に秘められた、恐ろしく、激しい、獰猛で加減などカケラも効かせるつもりもないひどく男性的で前向きな気迫もまた、
円山とは違う。
一言でいえば、武人と無頼の二束草鞋ばきだった。武技に自身の何もかもを惜しみなく注ぎこんだ者だけが持つ重厚さ
や寛容さがあるかと思えば、今すぐにでも世界の総てに飛びかかっていきそうな危うさもあった。それらはどっちつかずという
様子ではなく、常に同じだけの分量で存在し、柔らかな鋼線の束のような筋肉をみちみちみちみち鳴らし続けている。
「流石ですね。その筋肉はたゆまぬ鍛錬の証。10年前バスターバロンの腕を斬り飛ばしてなお慢心のないその態度。私の
部下達にも見習わせたい程です」
部下達にも見習わせたい程です」
まろやかな笑いが影から立ち上る。一見軽薄そうだが限りなく素直で純粋な、聞く者の心を引きこむ爽やかな笑いだ。
礼をいったらしい。声はまごうことなき男性のものだ。謙遜と謝意を混ぜた丁寧な応対はまるで一流派の開祖のような
「人物」のそれで、だからこそ照星はちょっと頭痛を覚えた。
礼をいったらしい。声はまごうことなき男性のものだ。謙遜と謝意を混ぜた丁寧な応対はまるで一流派の開祖のような
「人物」のそれで、だからこそ照星はちょっと頭痛を覚えた。
(円山のような人種でないとすれば、尚のコトどうしてスカートを……?)
もちろんスカートは必ずしも女性専用という訳ではない。古代より熱帯地方では男女問わず巻きスカートの要領で腰布を巻いて
いたというし、その他の地域でも──例えばスコットランドのキルトに見られるように──スカート状衣類は男女ともに受け入れら
れていた。化粧に造詣の深い照星であるからその辺りの事情はおおむね知っている。
じゃあ民族衣装なのかと彼はミニスカートを凝視したが……生地ではなんだかファンシーな動物が犇(ひしめ)きあっている。
照星が民族衣装説を捨てたのは、裾にひらひらとした可愛いフリルを認めた瞬間だ。
もちろんスカートは必ずしも女性専用という訳ではない。古代より熱帯地方では男女問わず巻きスカートの要領で腰布を巻いて
いたというし、その他の地域でも──例えばスコットランドのキルトに見られるように──スカート状衣類は男女ともに受け入れら
れていた。化粧に造詣の深い照星であるからその辺りの事情はおおむね知っている。
じゃあ民族衣装なのかと彼はミニスカートを凝視したが……生地ではなんだかファンシーな動物が犇(ひしめ)きあっている。
照星が民族衣装説を捨てたのは、裾にひらひらとした可愛いフリルを認めた瞬間だ。
彼は、まごうことのない女物のスカートを……穿いていた。そして脚への視線を感じるや、恥ずかしそうにスカートの丈を下に
向かって引いた、
向かって引いた、
「え。ええと何の話でしたか。……ああ。そうでしたね。なぜ誘拐したか。ご指摘感謝しますよメルスティーン。頬は赤らめないで」
「10年前のような戦団への反抗……という訳ではありませんね? 頬は……赤らめないで下さい」
「私を誘拐したのは、意趣返しでもなければ場当たり的な憂さ晴らしでもない。頬、赤らめないで!!」
「もっと巨大な流れを呼び起こすため誘拐した。そんな気がしてなりません。頬! やめてといってるでしょう! やめなさい!!」
「いま気付いたのですが、そのふわふわしたパーカー……女性用ですよね? まさか、下着も?」
細い影の手の中で核鉄が輝いた。鋭く光る刃が、闇の中で風を切る。
1回。2回。濁った風を淀んだ空気を壊すように荒々しく刃を振り回し、彼は照星へゆっくり近づく。
1回。2回。濁った風を淀んだ空気を壊すように荒々しく刃を振り回し、彼は照星へゆっくり近づく。
やがて金色の閃光が照星の正中線すれすれをなぞり──…
床に突き刺さった。順手に持たれた『大刀』がまっすぐに振り下ろされたようだ。
「────」
前髪が舞い散る中、照星はメルスティーンの囁きを確かに聞いた。」
一瞬呆気に取られた彼は、「信じられない」、そんな顔で愕然と反芻する。
一瞬呆気に取られた彼は、「信じられない」、そんな顔で愕然と反芻する。
「あなたは、自分が最後の1人になるつもりはない…………?」
「そして女装はただの趣味!?」
.
照星は、絶句した。
.
照星は、絶句した。
「あ、いいえ。女装はともかくですね。いずれ幕を開ける決戦。その最初の戦死者になっても構わない……と言ったのですか?」
「今はいない『11人目の幹部』……いずれ呼び起こす『地球』こそ、君が総てを託す相手だと?」
「え? え? 今度私にお化粧を教えて欲しい? いや、構いませんが、その、どうして女装が趣味なのですかあなた」
メルスティーンと呼ばれる影は答えない。ただ、照星がらしくもなくペースを乱されているところをを見ても分かるように、真
面目な回答の端々で出しぬけにしょーもない話題を繰り出す人物のようだ。それが意図的なら掴みどころのない人間だろ
う。天然でやっているとするなら、どこかで演劇をやっている栗色髪の元気少女なみの厄介さだ。
やがて彼はちょっとガッツポーズをしてから静かに踵を返し、扉目がけて歩き出した。
面目な回答の端々で出しぬけにしょーもない話題を繰り出す人物のようだ。それが意図的なら掴みどころのない人間だろ
う。天然でやっているとするなら、どこかで演劇をやっている栗色髪の元気少女なみの厄介さだ。
やがて彼はちょっとガッツポーズをしてから静かに踵を返し、扉目がけて歩き出した。
(もしいまの言葉が”はぐらかし”とするならば、メルスティーン=ブレイド)
これ以上会話しても無駄だと踏んだのか、照星はサングラスにクイと手を当てた。
(やはりこの誘拐には何らかの”ウラ”がある)
(……というか、お化粧教える代わりに解放してもらうというのは)
無理でしょうね。照星はため息をついた。
(ただ、戦団に打撃を与えたいのなら、誘拐などせず私を殺せばいい。かといって交渉材料にしている様子もない。私をカード
に使うなら、拷問風景かその結果を映像なり画像に収める筈。ですが、その気配が全くない。ふふ。残念ですね火渡。もし
彼らが何らかの交渉をしたならば、キミは私の無様な姿を笑えたでしょうに)
に使うなら、拷問風景かその結果を映像なり画像に収める筈。ですが、その気配が全くない。ふふ。残念ですね火渡。もし
彼らが何らかの交渉をしたならば、キミは私の無様な姿を笑えたでしょうに)
床に散らばる腐った無数の肉片は、言うまでもなく彼の物だった。
元は純白だった床はいまや、膿と血塊の醜いまだら模様に彩られもはや見る影もない。
照星は下を見て困ったように微笑した。
現在のところ彼の両足は膝から先がない。止血処理こそ施されているが膿と熱を持ち絶え間ない痛みをもたらしている。
元は純白だった床はいまや、膿と血塊の醜いまだら模様に彩られもはや見る影もない。
照星は下を見て困ったように微笑した。
現在のところ彼の両足は膝から先がない。止血処理こそ施されているが膿と熱を持ち絶え間ない痛みをもたらしている。
(やれやれ。例のグレイズィングが居ればこの程度の怪我、すぐ治るものを。もっとも、拷問の痕跡も痛みも何もかも一瞬
で癒されてしまうあの感覚……あまりいいものではありませんが)
で癒されてしまうあの感覚……あまりいいものではありませんが)
昨日辺りから彼女の姿がまったく見えない……その事実にどこか安心している照星だ。
普通に考えるなら、治療役の不在を恨むべき状態だろう。
並の人物なら「治して貰えるならそれでいいじゃないか」と思うだろう。
照星でさえそう思っていなかったとは断言できない。
並の人物なら「治して貰えるならそれでいいじゃないか」と思うだろう。
照星でさえそう思っていなかったとは断言できない。
だが、逆だ。
痛みも傷もすぐ治せる。そんな人物が拷問の指揮を取っているのは、ある意味ただ破壊され続けるより……恐ろしい。
痛みも傷もすぐ治せる。そんな人物が拷問の指揮を取っているのは、ある意味ただ破壊され続けるより……恐ろしい。
(私でさえ、不覚にも傾きかけてしまいました)
絶叫と激痛の渦中で。
照星は、グレイズィングを見てしまった。
(辛うじて踏みとどまれましたが、心の弱い戦士や新人なら……堕ちていたでしょうね)
治して欲しい。
救ってほしい。
救ってほしい。
そうしてくれるなら、靴でも何でも舐める。
だから、
”痛みを取り除いて!”
そう懇願するのだ。「あらゆる怪我と苦痛を治せる」衛生兵の武装錬金・ハズオブラブの持ち主に。
痛苦が取り除かれなくなるコトを、状況が一層悪くなるコトを怖れ、媚を売ってでも鎮痛を願うのだ。
(目先の苦痛から逃れたいがために、尊厳を捨て、本来なら戦うべき、絶対に屈してはならない相手に降服してしまう……。
人間ならよくあるコトです。彼らはそれを、弱さゆえに知り抜いている。だからこそ、恐ろしい)
人間ならよくあるコトです。彼らはそれを、弱さゆえに知り抜いている。だからこそ、恐ろしい)
では誘拐の理由はそれなのか? 幹部たちは、照星の心を折り、無様に従わせたいがために拷問をしているのだろうか?
(いえ。違いますね。あれはただの快楽のための破壊……。戦団への私怨を私個人にぶつける者もいました。八つ当たり
は少々困りますが……結果私が折れようと折れまいと、死のうが死ぬまいと……『どっちでもいい』。そんな感じで、楽しげ
に……拷問をしていました)
は少々困りますが……結果私が折れようと折れまいと、死のうが死ぬまいと……『どっちでもいい』。そんな感じで、楽しげ
に……拷問をしていました)
幹部たちの顔ぶれが目に見えて減ったのも気付いている。
減ったのは、グレイズィングが来なくなったのとほぼ同時期だ。
彼女だけが来なくなったのではない。彼女を含む幹部が何人か、来なくなったのだ。
減ったのは、グレイズィングが来なくなったのとほぼ同時期だ。
彼女だけが来なくなったのではない。彼女を含む幹部が何人か、来なくなったのだ。
(……何か、動きがあったようですね。まるで私への拷問期間を何かのタイムスケジュールの一部よろしくしっかり決めていて、
それが終了したから”次”に移ったように。しかし、一体彼らの目的は何なのですか?)
それが終了したから”次”に移ったように。しかし、一体彼らの目的は何なのですか?)
(なぜ彼らが私の外出を知りえ、誘拐できたのか)
(あの盟主が女装好きな理由ともども気になりますが……)
熱を持った体が前へと沈んでいく。辺りは腐肉と血膿びっしりの床、床、床。不衛生な環境だ。きっと脚の切断面から雑菌が
入っている……当たり前で、つまらない思考をしながら照星は体を支えるべく手をつき──気付く。
入っている……当たり前で、つまらない思考をしながら照星は体を支えるべく手をつき──気付く。
(腐肉と、血膿?)
掌を返し、じっと見る。視覚的にぞっと不快なネバつくそれらは、間違いなく照星の物だ。
敵の物ではない。武装錬金を取り上げられた照星はずっと抗うコトもできぬまま、嬲られてきた。
敵の物ではない。武装錬金を取り上げられた照星はずっと抗うコトもできぬまま、嬲られてきた。
だから床は、その痕跡でいっぱいだ。
腐肉と血膿。照星から削られ、或いは排出された体組織たちが、大量に点在している。
床一面を見た照星は息を呑んだ。俄かに思考が高速回転を始める。緊急事態。それへ戦闘部門最高責任者として対処する
時のように、脳細胞があらゆる情報をひっつかみ、速読する。
時のように、脳細胞があらゆる情報をひっつかみ、速読する。
(まさか) (100年前の彼の専門の1つは──…) (残った幹部の内の1人)
(いえ、でも、そうです) (『赤い筒の渦』) (アレキサンドリア。女学院の地下のあなたの源流も、確か)
(マズいです) (実利的な理由) (筒はとても強欲) (タイムスケジュール。計画。より大きな流れ) (回収) (核鉄は幾つ?)
一見まったく体系をなしていない単語が脳内を掛け巡る。いよいよ40度に迫る熱の中、照星はただ、自らの一部の腐れ果ての
成れの果てに顔を叩きつけた。むっとする異臭の中、いよいよ意識が遠のいていく。
成れの果てに顔を叩きつけた。むっとする異臭の中、いよいよ意識が遠のいていく。
(大変、です)
(この拷問は)
(私個人を狙ったものではなく)
(戦団全体への、害悪の……為)
「むーん。成程。そういうカラクリ」
血だまりに力なく突っ伏す照星を悠然と見下ろしながら、ムーンフェイスは鋭い顎を撫でた。
「ただ、そうだとしても、もっと穏便にやれたんじゃないかな? 『ウィル君』」
「えー。だって……面倒くさいし……」
「えー。だって……面倒くさいし……」
いつの間に現れたのか。短い髪の少年が、ムーンフェイスの後ろで大きな生あくびをした。
凄惨な現場には見合わぬ、あどけない少年だ。いろいろな理由で美形とはいいがたいが、ひどく白い肌やなよなよとした体
型はそれだけで女性の保護欲をかきたてる。
凄惨な現場には見合わぬ、あどけない少年だ。いろいろな理由で美形とはいいがたいが、ひどく白い肌やなよなよとした体
型はそれだけで女性の保護欲をかきたてる。
「むーん? キミは『大家さん』じゃなかったかな。実験には直接関わらないんじゃ? 穏便な手段をやるのは『研究班』……
ディプレス君とかリバース君だと思ったんだけど」
「だってさぁ。アイツらが拷問抜けて本業に専念したら、ボクの拷問当番が増えるもん……」
寝起き、らしい。肩さえ露骨に出すだぶついた白い服の上で少年は寝ぼけまなこを擦った。よく見るとかなり整った顔立ちだが、
寝ぐせやヨダレのせいですっかり美形らしさをなくしている。代わりといってはなんだが、脇に挟んだ大きなまくらはチャーム
ポイントともいえた。
ディプレス君とかリバース君だと思ったんだけど」
「だってさぁ。アイツらが拷問抜けて本業に専念したら、ボクの拷問当番が増えるもん……」
寝起き、らしい。肩さえ露骨に出すだぶついた白い服の上で少年は寝ぼけまなこを擦った。よく見るとかなり整った顔立ちだが、
寝ぐせやヨダレのせいですっかり美形らしさをなくしている。代わりといってはなんだが、脇に挟んだ大きなまくらはチャーム
ポイントともいえた。
「確かにね。サボったら例の赤い筒……デッド君に叱られる。というか現に私がここまで連れてこさせられた訳だけど」
「あー。デッドで思い出したけどぉ、あのさあ。今日の拷問当番ボクだってアイツ言ったけどお、もう、いいよね」
ムーンフェイスの袖をくいくい引きつつ、ウィルは二度めのあくびをした。やや小柄な少年だ。戦士と比べるなら例の津村
斗貴子が一番近い……月の顔はとりとめもない分析をした。
「この人、気絶しちゃってるしさあ。え。だめ? じゃあ必殺ちょっぷー。とりゃあ。はいコレ拷問とても拷問。だから終わり。あ
あ、面倒くさい」
糸目の少年は血だまりに胡坐をかきながら、ポリポリと頭を掻いた。面倒くさい、まったくそんなニュアンスしかなかった。
やがて彼は膝の上で枕に両手を掛け、がくがくと貧乏ゆすりさえ始めた。
「ああ。寝たいー。ダラダラお菓子食べたいー。ぐだぐだニコ動巡回して適当に笑いたいー」
(確か2006年に開設する動画サイトの名前だったね。いま(2005年)それを知っているのは……やはり武装錬金の特性
のせいかな? まったく……)
「あー。デッドで思い出したけどぉ、あのさあ。今日の拷問当番ボクだってアイツ言ったけどお、もう、いいよね」
ムーンフェイスの袖をくいくい引きつつ、ウィルは二度めのあくびをした。やや小柄な少年だ。戦士と比べるなら例の津村
斗貴子が一番近い……月の顔はとりとめもない分析をした。
「この人、気絶しちゃってるしさあ。え。だめ? じゃあ必殺ちょっぷー。とりゃあ。はいコレ拷問とても拷問。だから終わり。あ
あ、面倒くさい」
糸目の少年は血だまりに胡坐をかきながら、ポリポリと頭を掻いた。面倒くさい、まったくそんなニュアンスしかなかった。
やがて彼は膝の上で枕に両手を掛け、がくがくと貧乏ゆすりさえ始めた。
「ああ。寝たいー。ダラダラお菓子食べたいー。ぐだぐだニコ動巡回して適当に笑いたいー」
(確か2006年に開設する動画サイトの名前だったね。いま(2005年)それを知っているのは……やはり武装錬金の特性
のせいかな? まったく……)
ムーンフェイスはほくそ笑んだ。彼は知っている。ウィルの名の由来を。
未来から来た。だから、「ウィル」なのだ。未来の予定、未来予測……。
「あ。小豆の先物取引で6千万円損してる……まあいいや……取り返すの面倒くさい」
携帯電話を興味なさげにポイ捨てしたウィルは、「まだ8兆円あるし」と両手を上に伸ばし大あくび。ネコのような臆面の
なさだ。気だるげな気流が口からあふれた。
なさだ。気だるげな気流が口からあふれた。
「マレフィックもメルスティーンさまもさあ。ボクのいた未来じゃ今から10年前に全滅してたよ? だから正史にいなかった
『マレフィックアース』なんて11人目の幹部探してさー、拷問に見せかけた小細工してさー、ちょっとでも時間稼ぎの足しに
しようとしてるよねー。ディプレスたちが銀成市にいるのも……ああなんだっけ。まあいいや、もう喋るのめんどくさい」
『マレフィックアース』なんて11人目の幹部探してさー、拷問に見せかけた小細工してさー、ちょっとでも時間稼ぎの足しに
しようとしてるよねー。ディプレスたちが銀成市にいるのも……ああなんだっけ。まあいいや、もう喋るのめんどくさい」
一方的に会話を打ち切ったウィルは、何もかもが本当に面倒臭そうだ。持参の枕さえ適当に捨て、そのまま突っ伏した。
ムーンフェイスは思い出す。このやる気のまったくない少年が、なぜ悪の組織にいるかを。
『だってさー、ここにいたら働かなくてもご飯たべさせてくれるっていうしー。人間食べるのってすごく面倒くさいんだよ? amazon
で売ってないからさー、わざわざ捕まえて食べなきゃいけないし……。一応さ、どうすれば楽に食べれるか考えた事はあるよー。
宅配ピザ頼んでさ、配達人の方ごちそうさました。らくだった~。なのにさ、ああ面倒くさ。警察とか錬金の戦士がいっぱい来て、
ボク殺そうとするの。仕方ないから株で儲けた5億円あげるから見逃してって小切手みせたらますますキレるし。あー。わけ
わかんない。面倒くさい。どうしてみんないつも急にワケの分からないコトで怒るのかなぁ。結局戦うはめになってすごく面倒
くさかったから、マレフィックに入ったよー。ここなら保険未加入でもグレイズィングが病気とか治してくれるしー、戦いはディ
プレスたち武闘派が僕への家賃代わりに引き受けてくれるしー』
で売ってないからさー、わざわざ捕まえて食べなきゃいけないし……。一応さ、どうすれば楽に食べれるか考えた事はあるよー。
宅配ピザ頼んでさ、配達人の方ごちそうさました。らくだった~。なのにさ、ああ面倒くさ。警察とか錬金の戦士がいっぱい来て、
ボク殺そうとするの。仕方ないから株で儲けた5億円あげるから見逃してって小切手みせたらますますキレるし。あー。わけ
わかんない。面倒くさい。どうしてみんないつも急にワケの分からないコトで怒るのかなぁ。結局戦うはめになってすごく面倒
くさかったから、マレフィックに入ったよー。ここなら保険未加入でもグレイズィングが病気とか治してくれるしー、戦いはディ
プレスたち武闘派が僕への家賃代わりに引き受けてくれるしー』
いつか聞いた自己紹介を思い出し、ムーンフェイスは輝くような笑みを浮かべた。
(面白いね。ホムンクルスとしても史上まれに見る駄目なコだよ。金城とか太とか細の方がまだマシだ)
だがその駄目さが彼にとっては、面白い。悠久の、永遠の命を得ておきながら人喰いさえ厭い、怠惰に費やす……まったく
あらゆる節理への冒涜だ。ただただ面白い物にだけ飛び付き、浪費し、何も生まないまま生き続けるのだ。
あらゆる節理への冒涜だ。ただただ面白い物にだけ飛び付き、浪費し、何も生まないまま生き続けるのだ。
(実はキミこそが総ての人間の、『理想像』という奴かも知れないね)
「ボクこの人のコトどうでもいー。死んだら教えてよムーンフェイスー。適当に時間巻き戻して復活させるからさあ~。という訳
で、おやすみなーさーいー」
で、おやすみなーさーいー」
腐肉と血膿の中でうつぶせになってくーくー眠るウィル。見下ろす眼は歪んだ興味に満ちている。
「いやはや。乖離が激しいね。誘拐直後に私へ向けた『仕事モード』とはまるで別人。かつて『7色目:禁断の技』をブチかま
してきた忌まわしき小札零を殺したい……そう言っていたのがウソのようだよ」
してきた忌まわしき小札零を殺したい……そう言っていたのがウソのようだよ」
いや、とムーンフェイスは指を弾いた。ムーンフェイスの隣にいるムーンフェイスが。
「もしかすると、その禁断の技とやらの後遺症でこうなってしまったのかもね」
「『領域の中』に限っては」
「時を止め」
「加速させ」
「減速させ」
「結果が気に入らなければ消し飛ばし」
「気に入れば保存し」
「あまつさえ巻き戻すコトさえ可能な武装錬金『インフィニティホープ』(ノゾミのなくならない世界)の持ち主」
うじゃうじゃと意味もなく増殖しつつ、ムーンフェイスは高らかに笑う。
「時空関連では並ぶものなしだよ。メルスティーン君ともどもレティクルエレメンツ最強といっても過言じゃない……」
「常に全力で『仕事モード』なら10年前のようなアクシデントでもない限り、恐らくずっとずっと無敵だろうね」
「だからこそ、かもね」
今は血の”膿”の中に突っ伏しスピースピーと可愛らしい寝息を立てるウィルを見ながら、思う。
「小札零のような善良な少女が勇気と、”らしからぬ悪辣さ”を振りしぼり……あんな技を見舞ったのは」
しかし、不幸なものだよ。30人同時に肩を竦め、嘲笑する。
「彼女は善良すぎるがゆえに自らの選択の結果に恐怖した。そして、つい、傷を癒そうとした」
「して、しまった」
「結果、罪一つ背負うだけで済んだ筈の人生が、大きく狂ってしまった……。絶対に倒すべき恐ろしい敵を生き延びさせると
いうオマケ付きでね」
いうオマケ付きでね」
倒れ伏す照星に起きる気配はない。
だが、彼を救う戦いは、着々と近づいていた。
着々と、着々と──…。