SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 金田一少年の事件簿 殺人鬼『R』43-1


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二十九 抵抗

 はじめは、身体を押さえ付けて『制圧』の体制を取っていた警察官を、二人纏めて跳ね飛ばした。
 二人が、東廊下へと歩いて行く上司の行動を追って目を逸らし、力を緩めた、一瞬の隙だった。
 靴も履かないままに、まだ開け放たれたままの玄関から、外へと飛び出す。
 背中から警察官達の怒号が追いかけて来たが、振り向いている余裕などなかった。
 鮮やかに色付いた木の葉が、緑色のうねりとなって、視界の端から端へ流れては消える。
 尖った枝葉が、頬を切り裂くのも構わず。踏み付けた小石が、足を痛めつけるのも構わず。
 はじめはゴールなき山道を、獣のように駆けた。

 だが、極度のプレッシャーを伴う全力疾走である。
 マラソンランナーでもなければ、そう長続きするものではない。
 必然、急激な酷使に耐えかねた肉体は悲鳴をあげて、序々にスピードが低下する。
 気付けば、身体中は擦過傷だらけになっていた。
 心臓は、今にも破裂しそうなほどに激しく脈動している。
 目が霞み、視界一杯に白い霧のようなノイズがかかる。

 と。はじめは、前方に信じられないものを見た。
 山道に、異様な存在感を持って立ち尽くすそれは……人影だった。
 しかも、その人影は私服姿だ。警察官では、ない。
 一般人が、どうして、今、こんな場所にいる……!?
 素朴な疑問。が、酸欠に喘ぐ頭は、曇ってしまった瞳は、すぐには解答を導き出せない。
 誰だっていい。無視して走り抜けてしまえば……!
 最後の力を振り絞るように、再びスピードを上げる。
 しかし人影は、回避しようとするはじめの動きを読むようにして、進行方向に立ち塞がった。
 そして。人影は何の遠慮もなく、はじめに向かって隠し持っていた刃物を突き出した。
 ぐさり、と。突き出されたナイフは正確に、はじめの左胸を貫く。
「え……?」
 刹那。はじめは自分にナイフを突き刺した『その人物』を、白鷺奈々だと勘違いした。
 もしかしたら、その勘違いは『その人物』の風貌に残る奈々の面影によるものだったのかもしれない。
 はじめは――寄りかかるように倒れこみながら、自分を刺した人物の名前を口にした。
「白鷺……正人……」

三十 運命

 正人は、はじめの胸からナイフを引き抜き、後ろに退がる。
 全力疾走の惰性で、二、三歩足を前に進めてから、はじめは地面にうつ伏せで倒れた。
 鼓動に合わせて、まるで間欠泉のように、傷口から鮮血が噴出する。
 流れ出た血が、瞬く間に土を赤銅色に染め上げて行く。
 多くの人間を殺めてきた、はじめだからこそ理解できる。
 こうなってしまえば、もうどう足掻いても、助かる術はない。
 こうして意識を維持していられる時間も、そう長くはないだろう。
 きっと数十秒後には、目覚めのない、深い眠りに落ちる。
 全身から力が抜ける。手足の先から、感覚が遠のいて行く。

 一体、何処で選択を誤ったのだろう……?
 闇に飲み込まれつつある意識の中で、ぼんやりと考える。
 凶器の入手経路が悪かった? 犯行の手際が悪かった? それとも、逃げこんだ場所が悪かった?
 どれも違う。今はもう、わかっている。そんなものじゃなくて、もっと根本的な過ちがあったのだと。
 はじめにも把握できる、分かり易い運命の分岐点があったとしたら、それは――あの時。
 公園で、最初の殺人を思い止まっていたら。そして、快楽殺人になど目醒めていなければ。
 また別の未来が、全く違う今日と言う日が、存在したのではないだろうか。
 それは、あったかもしれない、もう一つの世界の話。真面目に考えるのも馬鹿馬鹿しい、死に際の戯言。
 だが――はじめはそれでも『ifの世界』に思いを馳せずにはいられなかった。
 純粋に、興味があったのだ。同じ時間をもう一度繰り返したとして。自分は再度、同じ選択をするのだろうか……? と。
 どうなるのかは、はじめ自身にも予想できない。でも、もしかしたら。
 案外、拍子抜けするくらいにあっさり、思い止まってくれるのかもしれない。

 常習性のある嗜好なんて、大抵そんなものだ。
 一生に大きな影響を及ぼすものなのに、手を出した切欠なんてみんな下らない。
 大人ぶってみたくて、見よう見まねで咥えてみた、一本の煙草。
 酒宴の席で、ちょっとした好奇心から手を出した、一缶の酒。
 それらの嗜好品は、その時興味を示していなかったら、一生縁がなかった代物かもしれないのだ。

 目を開いているのに、何も見えなくなった。
 耳を澄ましているのに、何も聞こえなくなった。
 こんな時だと言うのに、ファンタジックな御伽噺を夢想している自分に苦笑する。
 死に瀕した人間の思考なんて、ドラマみたいに劇的なものではないのだろう。
 ただ、生きたいという願いとか、大切な人への想いとか、戻れない過去への憂いとか……
 そういった、人間くさい想いが、幻灯機で映し出されるように、儚く浮かび、消える。
 自分が、何の感慨もなく、欲望を満たす為だけに手にかけてきた人々も。
 おそらくは皆、同じように、それぞれが言葉にならない幾つもの思いを抱えて、そのまま……
 そこで、思考は中断した。はじめは両の手で地面を握り締めて、動かなくなっていた。

 正人は、その死を確認するように、倒れているはじめの脇腹を爪先で蹴った。
 反応はない。くたびれたタイヤを蹴ったような感触が、足に伝わる。間違いなく、はじめは死んでいた。
 新宮家の前で、慌しく散開する警察官たちを見て、正人は急いで外に飛び出した。
 犯人の正体を知っていた正人としては、何が起こっているのかは、説明されるまでもなく理解できた。
 それから、はじめを探して彷徨い歩き、何かに導かれるようにして、ここまでたどり着いた。
 思い返せば、無数の偶然に助けられたものだ。
 幸い、関係のない人間を巻き込んでしまうような事もなかった。
 万事滞りなく、最良の形で、復讐は達成されたのだ。
 しかし、当の正人の表情からは、悲願成就の喜びなどは微塵も感じられなかった。
 遠く、鳥の鳴き声に混じって、無粋な、警察官たちの怒鳴り声が聞こえてくる。
 正人は血の付着したナイフをはじめの死体の脇に置くと、声のする方向に向かって歩き出した。

〇 未来

「どうしたの?」
 呼びかけるその声で、はじめは我に返った。
 夜の児童公園。白鷺奈々が、血の気の引いたはじめの顔を、心配そうに覗き込んでいた。
「……なんでもない」
 返答に窮する。それだけ言うのが、精一杯だった。
 はじめは後手に隠し持っていたナイフを、刃が見えないよう、ズボンのベルトに挿した。
「散歩に、付き合ってくれないかな、とか」
「散歩……? こんな夜遅くに?」
 訝しげな目で、はじめを見る。
「今夜は月が綺麗だから、たまにはそんなのもいいかと思って」
 自分でも何を言っているのか、わからなかった。
 ともかく、この場をなんとかして、取り繕おうと必死だった。
 公園に呼び出した本当の理由なんて、冗談でも言える訳がない。
 君がいたら人を殺すような気分にならないから、君を殺そうとしていた……なんて。
 冷静になって考えると、まったく馬鹿げている。そんな理屈が通ってたまるか。
 今までも何度か、そういった、物騒な欲望に突き動かされそうになった経験がある。
 そして、その欲望を押さえ込んだ後は、決まって自分自身を殺してしまいたい衝動に駆られるのだ。
 奈々は黙って、空を見上げた。暫く、無言の時間が過ぎる。
「こんなことで呼び出して、すまなかった。もう帰ろう」
 沈黙に耐えかね、そう言って踵を返したはじめの手に、奈々の手が触れた。
「いいよ」
「え?」
 はじめが振り向く。そっと、触れた手に力が込められる。
「散歩。付き合ってあげても」
「無理に付き合わせたみたいで……本当に……すまない」
 はじめは、その場で項垂れるように、深々と頭を下げる。
 奈々としては、突然の大仰な謝罪の言葉に、違和感を覚えずにはいられなかった。
「えっ、そんな、大袈裟に謝らなくてもいいのに……」
 狼狽えながら、はじめに視線を送る。それでも、はじめは頭を上げない。
「謝りたいんだ……謝らせて、ほしい」
「……変なの」
 奈々は目を丸くして、ぽつりと呟く。それでようやく、はじめは姿勢を正した。
「それより、早く行こう?」
 月明かりの下。二人は手を繋いで、あてもなく歩き出した。

*  *  *  *  *


 二人の様子を、公園横、廃倉庫の物陰からじっと観察する、一人の男がいた。
 彼――草壁功は、自覚症状があったかどうかは定かでないが、ストーカーと呼ばれる種類の人間だった。
 草壁が初めて白鷺奈々と会ったのは、休日で混雑した、とある駅前だった。
 会ったといっても、偶然肩がぶつかって、一言二言、社交辞令的な会話を交わしただけに過ぎない。
 しかし、たったそれだけで、草壁は彼女の纏う雰囲気に魅せられ、虜になっていた。
 それは、見事なまでの一目惚れだった。
 女性経験のなかった草壁にとって、彼女は身近で見付けた偶像そのものだったのかもしれない。
 草壁は彼女の後を尾けて自宅を突き止め、氏名、年齢、趣味……その他諸々の個人情報を蒐集した。
 自宅のすぐ近くに彼女の家があると知った時、草壁は文字通り、狂喜乱舞した。
 これは『運命である』とまで言い切り、そのパラノイアぶりを遺憾なく発揮した。
 その草壁はと言えば、物陰で頭を押さえて、怒りに震えていた。
 二人の間に交わされている会話こそ聞き取れないものの、流れる親密な空気は痛いほどに伝わってくる。
「あいつ……あんなに、奈々と馴れ馴れしく……!」
 瞬く間に、彼の中に憎しみの炎が灯る。
 すぐにでも出て行って、殴りかかりたい気分だった。だが、愛する奈々の前でそんな真似はできない。
 それに、一発殴ったくらいでは、この苛立ちは収まりそうもなかった。
 と、彼の頭の中に浮かんだのが、庭木の伐採用にと物置に入っているマチェットだった。
 そうだ。剣だ。剣を使って、ちょっと脅してやればいい。
 そうすれば、あの害虫とて、二度と奈々に近付こうとは思うまい。
 名案だ、と賞賛する心の声に、そうだ、と一人で相槌を打つ。
 俺は命を賭けて姫を守る『正義の騎士』なのだから……


金田一少年の事件簿 殺人鬼『R』 了