奇しくも彼女が気付くと同時に向こうも気が付いた。彼はひどく嫌そうな顔をした。蝶々覆面の上からでさえ露骨に分かるほど両頬に皺を
寄せ、瞳を濁らせた。そしてそのまま速度を上げ、去っていこうとした。
寄せ、瞳を濁らせた。そしてそのまま速度を上げ、去っていこうとした。
「待ちなさいよ!!」
気づけば、ヴィクトリアは走っていた。
(ああもう。なんで追っかけなきゃいけないのよ)
さまざまな建物の上を飛ぶパピヨン。
地べたを走るヴィクトリア。
地べたを走るヴィクトリア。
走るヴィクトリアはまったくただごとではないという顔である。
ふだん冷たくすました顔がウソのようにあどけなく、ひたすら懸命になっている。
ふだん冷たくすました顔がウソのようにあどけなく、ひたすら懸命になっている。
走り始めたのが昼ごろだからかれこれ数時間は走っている。住宅街を抜け商店街を抜け、このまえ時間進行の時ごった
がえした大交差点を走り抜け、全身汗だくで走っている。華奢な体に纏わりつくセーラー服は疾走の風にくしゃくしゃとなり、
筒に通した金髪は風の中で時おりからから打ち鳴る。すれ違う老若男女が何事かと目を剥いているのも見た。そうしてヴィ
クトリアの視線を追った彼らはニヤニヤする。空を飛ぶ蝶々覆面。最近町のウワサになりつつある都市伝説。それに恋い
焦がれる少女が一生懸命追いかけている。そんな目をするのだ。
正直、恥ずかしい。走りつつ、猫かぶりのホヤホヤした顔をちょっとだけ赤くする。
がえした大交差点を走り抜け、全身汗だくで走っている。華奢な体に纏わりつくセーラー服は疾走の風にくしゃくしゃとなり、
筒に通した金髪は風の中で時おりからから打ち鳴る。すれ違う老若男女が何事かと目を剥いているのも見た。そうしてヴィ
クトリアの視線を追った彼らはニヤニヤする。空を飛ぶ蝶々覆面。最近町のウワサになりつつある都市伝説。それに恋い
焦がれる少女が一生懸命追いかけている。そんな目をするのだ。
正直、恥ずかしい。走りつつ、猫かぶりのホヤホヤした顔をちょっとだけ赤くする。
(ち、違うわよ。そんなんじゃなくて……。私はただ)
パピヨンと話がしたい。最近急に研究室を離れがちになって、シチューを食べなくなった理由が、聞きたい。
聞いてどうするかまでは分からない。ただ、彼が何か不満を抱えているのなら改善したいとは思っている。
ヴィクトリアはパピヨンを害したい訳ではない。ともに白い核鉄を目指す間柄として、協力がしたい。
自分が決して至れぬモノを瞳に秘めている相手に、少しでも力添えがしたい。
聞いてどうするかまでは分からない。ただ、彼が何か不満を抱えているのなら改善したいとは思っている。
ヴィクトリアはパピヨンを害したい訳ではない。ともに白い核鉄を目指す間柄として、協力がしたい。
自分が決して至れぬモノを瞳に秘めている相手に、少しでも力添えがしたい。
(だいたいまだ9月でも飛べば十分寒いのよ。ずっと飛んでたら…………体に毒じゃない)
パピヨンの吐血風景が何度も何度もフラッシュバックする。脳髄のあちこちにモニターを置いたかの如く吐血のパピヨンが過る。
その時の苦しそうな喘鳴。聞いている方が辛くなる。ホムンクルスだから死にはしないのだろうが、だからといって吐血する
環境に彼を置きっ放しというのは嫌なのだ。助けてやれるなら、助けてやりたいのだ。
ホムンクルスが嫌いと公言して憚らぬヴィクトリアとしては、破格の感情であろう。
その時の苦しそうな喘鳴。聞いている方が辛くなる。ホムンクルスだから死にはしないのだろうが、だからといって吐血する
環境に彼を置きっ放しというのは嫌なのだ。助けてやれるなら、助けてやりたいのだ。
ホムンクルスが嫌いと公言して憚らぬヴィクトリアとしては、破格の感情であろう。
「いい加減に止まったらどう!? 私が気に入らないなら言えばいいじゃない!!」
慣れない運動に(ホムンクルスだから高出力。だが一応運動不足という概念もあるらしい)へあへあと息を吐きつつ、叫ぶ。
「知らないね。俺がどこに行こうと勝手だろ? 引きこもり風情に干渉される謂われはない」
「そうだけど!! その、その……!!」
「そうだけど!! その、その……!!」
ここで「どうして研究室来なくなったのよ」と聞ければどれほど楽か。だがヴィクトリアはいざ質問の直前になると躊躇われて
仕方ない。
もし、彼が自分を見捨てていたとすれば? ひどい嫌悪を催していたとすれば? 二度と会いたくもないと宣言されたら?
仕方ない。
もし、彼が自分を見捨てていたとすれば? ひどい嫌悪を催していたとすれば? 二度と会いたくもないと宣言されたら?
悪い考えばかり胸が過る。パピヨンに嘲られるのは慣れている。そういう性格だからと割り切れる。
だが、やっと歩き出せた新たな道の途中で道しるべから不必要と断ぜられ、見放されるのは怖かった。
(私が気付いていないだけで何か大失敗した? 貴方に迷惑をかけた?)
(看護がよくなかった? 貴方の体質に合わなかったの?)
(シチュー、おいしくなかった……?)
走っている内に悪い考えばかり浮かんでくる。ひねくれている筈のヴィクトリアにしては恐ろしく率直で素朴で素直な恐怖ば
かり身を満たす。
かり身を満たす。
(何を不安がってるのよ。私らしくもない。どうせアイツのコトだから下らない理由で避けてるんでしょ? 不安がっても無意味
じゃない。馬鹿ね私……。どうせ下らない理由よ。そうに決まってるじゃない)
じゃない。馬鹿ね私……。どうせ下らない理由よ。そうに決まってるじゃない)
必死に首を振る。浮かんでは消えるさまざまな恐れはまるで少女のそれだ。100年以上生きているヴィクトリアらしからぬ
怖れ。内心ではそれを馬鹿馬鹿しい、どうかしていると冷笑混じりに見ているのに……。
怖れ。内心ではそれを馬鹿馬鹿しい、どうかしていると冷笑混じりに見ているのに……。
(下らない理由で私を避けている筈。そう考えようとしているのに────…)
ふとした弾みに「あの時のアレが良くなかったのかも」と寒気混じりに思ってしまう。該当場面のパピヨンの表情を思い返す
たび、失意の色が濃かったよう錯覚している。妄想じみた不安に無理やりな確証をこじつけている。
たび、失意の色が濃かったよう錯覚している。妄想じみた不安に無理やりな確証をこじつけている。
(どうかしてるわ最近の私……)
ホムンクルスに「変えられて」以降、自分を卑下し続けてきたヴィクトリアだ。自分の欠点など幾らでも自覚している。自分は
しょせん狭量で冷淡で、毒舌ばかり吐く刺々しい老婆だと是認している。
そんな自分が、パピヨンのコトを思う時だけまるで少女のような素直さを覗かせている。
まったくどうかしている。自分らしく、ヴィクトリアらしくない。
そう思いながらも悪い気がせず、その感情を抑えようともしていない。見下しているのに、抑えたがらない。
しょせん狭量で冷淡で、毒舌ばかり吐く刺々しい老婆だと是認している。
そんな自分が、パピヨンのコトを思う時だけまるで少女のような素直さを覗かせている。
まったくどうかしている。自分らしく、ヴィクトリアらしくない。
そう思いながらも悪い気がせず、その感情を抑えようともしていない。見下しているのに、抑えたがらない。
(寄宿舎なんかに無理やり連れ戻すからおかしくなったじゃない。どうしてくれるのよ)
羞恥の色の濃い顔で恨むのは、むろん秋水とまひろである。
やがてパピヨンは最高速度でどこかへと飛び去っていった。
──────銀成市。市街地からやや離れた廃ビル前──────
廃墟のビルの前で、ヴィクトリアは上体をやや屈めぜえはあと息をついていた。
3階建てのそれを登れば大空で点を描くパピヨンの後姿ぐらいは見えそうだが、しかしそれをしてどうなるという思いもある。
一瞬顔見知りの千歳に依頼しようかとも思ったが、相手は錬金戦団の戦士だ。
戦団の手でホムンクルスにさせられたヴィクトリアがおいそれと頼めよう筈もない。
3階建てのそれを登れば大空で点を描くパピヨンの後姿ぐらいは見えそうだが、しかしそれをしてどうなるという思いもある。
一瞬顔見知りの千歳に依頼しようかとも思ったが、相手は錬金戦団の戦士だ。
戦団の手でホムンクルスにさせられたヴィクトリアがおいそれと頼めよう筈もない。
目下できそうなのはいらだたしげに叫ぶコトぐらいだろう。
よってヴィクトリアは、叫んだ。
よってヴィクトリアは、叫んだ。
「ああもう! 見失ったじゃない!」
「ああもう! 見失ったじゃん!!」
「ああもう! 見失ったじゃん!!」
声が、ハモった。
「?」
訝しげに視線を移す。
と。
そこには──…
「奴め! 方向音痴も大概にしろ!! やっと捕捉したと思ったらもういない! なんだあの高速機動!!」
「まあまあ。そのうちひょっこり戻ってくるやも知れませぬ! 現に始めての出逢いではそうでした! おねーさんのところへ
言ったかと思いきや即座虚空のはぐれ鳥! 不肖ら食すレーションの匂いにつられてひょっこりと! 戻ってきたのであります!」
『はは!! 戦団に核鉄を没収されていなければなあ!!」
「フ。確かにな。ヘルメスドライブさえ使えたらすぐ捕捉できるんだが。おっと。すまない。催促じゃない」
「ダメですよー! 犬さんの武装錬金解除したりしたら、私が火渡様にお仕置きされてしまいます」
「千歳どのに依頼をばかければ何とかなるように思いまするがああしかし生憎千歳どの、根来どのともども新たな任務に従事
中! 平和な一家と鉤爪の戦士どののが突如消えた謎の事件をば調べておりますればこちらに振り向ける余力はございませぬ!!」
「でもさでもさどうすんのさ! ぱっとせん白ネコとか垂れ目たちのおるとこいけないじゃん! 全員いっしょって約束だし!!」
「まあまあ。そのうちひょっこり戻ってくるやも知れませぬ! 現に始めての出逢いではそうでした! おねーさんのところへ
言ったかと思いきや即座虚空のはぐれ鳥! 不肖ら食すレーションの匂いにつられてひょっこりと! 戻ってきたのであります!」
『はは!! 戦団に核鉄を没収されていなければなあ!!」
「フ。確かにな。ヘルメスドライブさえ使えたらすぐ捕捉できるんだが。おっと。すまない。催促じゃない」
「ダメですよー! 犬さんの武装錬金解除したりしたら、私が火渡様にお仕置きされてしまいます」
「千歳どのに依頼をばかければ何とかなるように思いまするがああしかし生憎千歳どの、根来どのともども新たな任務に従事
中! 平和な一家と鉤爪の戦士どののが突如消えた謎の事件をば調べておりますればこちらに振り向ける余力はございませぬ!!」
「でもさでもさどうすんのさ! ぱっとせん白ネコとか垂れ目たちのおるとこいけないじゃん! 全員いっしょって約束だし!!」
えらく奇抜な一団が、いた。
少女もいれば青年もいる。ガスマスクもいればいかにも手品師な少女もいる。
少年の周りにふわふわ浮かぶランタンのようなものは、武装錬金だろうか?
少女もいれば青年もいる。ガスマスクもいればいかにも手品師な少女もいる。
少年の周りにふわふわ浮かぶランタンのようなものは、武装錬金だろうか?
ヴィクトリアは、その中の何人かに見覚えがあった。
「…………フ。これは奇遇。いつかの避難豪以来かな。しまらぬ姿で再会とはな」
その中の一人がヴィクトリアに気付き、微苦笑した。
「あー!! そだ! そだ! メルアドどうするじゃんあんた! 久しぶり!」
『はは! 寄宿舎の近くで会ったのはいつだったかなあ!』
「なにやら追いかけっこをされてるご様子! そういえば嘗ての戦いの最後パピヨンどのはいいました! ヴィクターどのの娘を
探している! となれば恐らくすでに合流済みにて研究をばすでに開始でありましょうー!」
『はは! 寄宿舎の近くで会ったのはいつだったかなあ!』
「なにやら追いかけっこをされてるご様子! そういえば嘗ての戦いの最後パピヨンどのはいいました! ヴィクターどのの娘を
探している! となれば恐らくすでに合流済みにて研究をばすでに開始でありましょうー!」
「鬱陶しい。戻ってきてたの?」
苦虫をかみつぶしたような表情で、ヴィクトリアは応答した。
──────銀成学園。演劇部一同がよく使う教室で──────
「三日後!?」
部員達がどよめいた。
「そうだ。三日後。貴様たちは劇を発表(や)れ。題材は問わん。とにかく三日で発表可能なレベルに持って行け!」
毒々しい表情で指を突き出すのは誰あろうパピヨンである。
心なしか息が荒く、センスの良い黒スーツがじんわり汗に濡れているのを目ざとく見つけた部員どもも何人かいたが、
「まあ監督だから」と聞かずにいる。
そして、斗貴子の口から限りなく不満に満ちた絶叫が迸る。
「三日後ぉ!? 待て! いくらなんでも無茶苦茶だ! このコたちの身にもなれ!!」
「やれやれ。これだからブチ撒け女は嫌になる」
「何だと!?」
「いいか。あの腹黒女にも言ったが、俺は常々怠け者は死ねばいいと考えている」
丸めた台本が斗貴子の鼻先にビシィ! と突きつけられた。
「仲良しゴッコでダラダラやっているような連中に期間を与えても無駄だ。だからまずは敢えて追い込んでやる。さすれば余
程の怠け者でもない限り死に物狂いで練習に励むさ」
ひどく暗い調子だが煮えたぎるような熱を秘めている。激昂しかけていた斗貴子でさえ危うく一理を認めそうになった。
「上達だの向上だのといったきっかけはそういうものから生まれる。……だろ?」
そうニヤリと笑う監督に、演劇部は、湧いた。
「そうだ!! たまには三日間死にもの狂いでやるぞー!!」
「練習の密度を高めるってコトですね!!」
「やんややんや!!」
「やんや!!」
「がおらお!!」
斗貴子はただ、愕然とするばかりであった。扇動されつつある部員(部員でない筈の理事長もなぜかノっていた)たちは
まあいつもの調子だ。気にするまでもない。問題は。
急に監督らしいコトを言い出したパピヨンである。
「……どうしたヤブカラボウに? お前がマトモなコトをいうなんて。明日は雪でも降るのか?」
「いうさ。俺が受け持つ演劇部だ! 中途半端は許さない! 壊しても仕方ない気がしてきたしね」
「中途半端でいい!! というかとっとと飽きろ! それから、さっきから小さな子連れて何やってる!!」
パピヨンの腰のあたりには理事長がしがみついている。ひどくうっとりとした表情だ。ほわほわと泡のようなものを飛ばして
ご満悦という調子だ。
「理事長特権とやらで臨時の顧問を任されてな。引き換えに面倒を見てやっている」
「今すぐ離れろ! お前は何かこう全体的に子供の教育に悪い!」
「知らんな。このガキが勝手に寄ってくる。文句ならそっちにいえ」
「ヌシ! ヌシ! ほれほれもっとわしを撫でるのじゃ~。もっともっと可愛がってくりゃれなのじゃー♪」
当の理事長は平気な顔だ。甘い声を出し、一生懸命顔を上げ、しきりにおねだりしている。
「すっかり懐いている。もう嫌だこの学校」
心なしか息が荒く、センスの良い黒スーツがじんわり汗に濡れているのを目ざとく見つけた部員どもも何人かいたが、
「まあ監督だから」と聞かずにいる。
そして、斗貴子の口から限りなく不満に満ちた絶叫が迸る。
「三日後ぉ!? 待て! いくらなんでも無茶苦茶だ! このコたちの身にもなれ!!」
「やれやれ。これだからブチ撒け女は嫌になる」
「何だと!?」
「いいか。あの腹黒女にも言ったが、俺は常々怠け者は死ねばいいと考えている」
丸めた台本が斗貴子の鼻先にビシィ! と突きつけられた。
「仲良しゴッコでダラダラやっているような連中に期間を与えても無駄だ。だからまずは敢えて追い込んでやる。さすれば余
程の怠け者でもない限り死に物狂いで練習に励むさ」
ひどく暗い調子だが煮えたぎるような熱を秘めている。激昂しかけていた斗貴子でさえ危うく一理を認めそうになった。
「上達だの向上だのといったきっかけはそういうものから生まれる。……だろ?」
そうニヤリと笑う監督に、演劇部は、湧いた。
「そうだ!! たまには三日間死にもの狂いでやるぞー!!」
「練習の密度を高めるってコトですね!!」
「やんややんや!!」
「やんや!!」
「がおらお!!」
斗貴子はただ、愕然とするばかりであった。扇動されつつある部員(部員でない筈の理事長もなぜかノっていた)たちは
まあいつもの調子だ。気にするまでもない。問題は。
急に監督らしいコトを言い出したパピヨンである。
「……どうしたヤブカラボウに? お前がマトモなコトをいうなんて。明日は雪でも降るのか?」
「いうさ。俺が受け持つ演劇部だ! 中途半端は許さない! 壊しても仕方ない気がしてきたしね」
「中途半端でいい!! というかとっとと飽きろ! それから、さっきから小さな子連れて何やってる!!」
パピヨンの腰のあたりには理事長がしがみついている。ひどくうっとりとした表情だ。ほわほわと泡のようなものを飛ばして
ご満悦という調子だ。
「理事長特権とやらで臨時の顧問を任されてな。引き換えに面倒を見てやっている」
「今すぐ離れろ! お前は何かこう全体的に子供の教育に悪い!」
「知らんな。このガキが勝手に寄ってくる。文句ならそっちにいえ」
「ヌシ! ヌシ! ほれほれもっとわしを撫でるのじゃ~。もっともっと可愛がってくりゃれなのじゃー♪」
当の理事長は平気な顔だ。甘い声を出し、一生懸命顔を上げ、しきりにおねだりしている。
「すっかり懐いている。もう嫌だこの学校」
(ひひっ。ゲテモノほどうまいからのう……)
うなだれる斗貴子は見落としたが。
理事長の口には涎がうっすらと滲んでいた。
理事長の口には涎がうっすらと滲んでいた。
「待て。今お前、さらっと聞き捨てならないコトいったな! 顧問っ!? 部外者の貴様がか!」
「ノンノン。勘違いしてもらっちゃ困るね。そもそもこの俺は部外者じゃない! この学校に籍を置くれっきとした関係者! す
でに5年もいるこの俺が、転校してきたばかりの貴様にとやかく言われる筋合いはないね」
「2年余分に在籍した挙句来なくなったのはどこのどいつだ!!」
「あいにく学籍は置かれたままでね。生徒が学校に出入りして何が悪い」
「百歩譲ってそうだとしても生徒が顧問やるのはおかしいだろ!」
「大丈夫じゃ! わしが校則変えておいた! じゃからパピヨンは演劇部の顧問でええのじゃよ」
斗貴子の顔が引き攣った。相手が子供だから怒鳴りこそしなかったが、震える拳はあきらかに怒りを秘めていた。
「演劇部を救おうと修行した私が体制側にさえ刃向われる、か。ふふ。面白い。やっぱりもう何もかも嫌になった。さっさとブチ
撒けよう。それが一番手っ取り早いに決まってる」
「落ちつけ津村。四面楚歌は元よりだ」
「お! おおー。いけめんさんじゃ! いけめんさんがおった!」
今度は理事長、斗貴子を窘める秋水にすり寄った。
「のう、のう、抱っこしてくれんかの!? わしは面喰いなのじゃ! おのこ選びの基本は顔なのじゃ!! だから『面喰い』
なのじゃ!! いつも最初は、顔からなのじゃ!!」
「と言われても」
難しい顔の秋水に「ええー!?」と理事長は首を振った。ポニーテールが飛び立ちそうに揺れた。
「いやじゃいやじゃ! わしは観ての通りの矮躯ゆえ高い視点という奴に憧れておる……。だから抱っこじゃ! 持ち上げ
てくれ! 持ち上げてくれなのじゃ!」
やいやいと小さな体を全力で揉み揺すりながら理事長はおねだりする。不満気に寄せた眉根はひどく愛らしい。
「抱っこがダメなら肩車でもいい! かたぐるま! かーたぐるま!!!」
騒ぐ少女を、秋水はほとほと持て余し気味に眺めた。
「ダメ、か……?」
そして彼女が指を咥えたまま瞳を潤ました瞬間。
「ノンノン。勘違いしてもらっちゃ困るね。そもそもこの俺は部外者じゃない! この学校に籍を置くれっきとした関係者! す
でに5年もいるこの俺が、転校してきたばかりの貴様にとやかく言われる筋合いはないね」
「2年余分に在籍した挙句来なくなったのはどこのどいつだ!!」
「あいにく学籍は置かれたままでね。生徒が学校に出入りして何が悪い」
「百歩譲ってそうだとしても生徒が顧問やるのはおかしいだろ!」
「大丈夫じゃ! わしが校則変えておいた! じゃからパピヨンは演劇部の顧問でええのじゃよ」
斗貴子の顔が引き攣った。相手が子供だから怒鳴りこそしなかったが、震える拳はあきらかに怒りを秘めていた。
「演劇部を救おうと修行した私が体制側にさえ刃向われる、か。ふふ。面白い。やっぱりもう何もかも嫌になった。さっさとブチ
撒けよう。それが一番手っ取り早いに決まってる」
「落ちつけ津村。四面楚歌は元よりだ」
「お! おおー。いけめんさんじゃ! いけめんさんがおった!」
今度は理事長、斗貴子を窘める秋水にすり寄った。
「のう、のう、抱っこしてくれんかの!? わしは面喰いなのじゃ! おのこ選びの基本は顔なのじゃ!! だから『面喰い』
なのじゃ!! いつも最初は、顔からなのじゃ!!」
「と言われても」
難しい顔の秋水に「ええー!?」と理事長は首を振った。ポニーテールが飛び立ちそうに揺れた。
「いやじゃいやじゃ! わしは観ての通りの矮躯ゆえ高い視点という奴に憧れておる……。だから抱っこじゃ! 持ち上げ
てくれ! 持ち上げてくれなのじゃ!」
やいやいと小さな体を全力で揉み揺すりながら理事長はおねだりする。不満気に寄せた眉根はひどく愛らしい。
「抱っこがダメなら肩車でもいい! かたぐるま! かーたぐるま!!!」
騒ぐ少女を、秋水はほとほと持て余し気味に眺めた。
「ダメ、か……?」
そして彼女が指を咥えたまま瞳を潤ました瞬間。
周囲からの(主にまひろからの)熱烈な進めにより、理事長を高い高いする羽目になった。
──────銀成市。市街地からやや離れた廃ビル前──────
ヴィクトリアの話し相手は、影や逆光で顔が良く見えない。ただ、服装や仕草や声で「彼ら」と分かった。
ただ。
ヴィクトリアが聞き及んでいる人数より1人少なく、そして多い。
(様子からすると、「副長」……私にいろいろやってくれた鳥型がどこかに行ってるようね)
「彼ら」の構成員は『5人』。内1人が不在。にも関わらず目の前にいる連中は『5人』。5-1+X=5。Xを求めよ。
(……1人は戦士? 監視役? それにしては弱そうだけど))
尖る瞳が一点に吸いつく。ガスマスクを被った小柄な人物。伝え聞く戦いのどこにもいなかった人物だ。
ただ。
ヴィクトリアが聞き及んでいる人数より1人少なく、そして多い。
(様子からすると、「副長」……私にいろいろやってくれた鳥型がどこかに行ってるようね)
「彼ら」の構成員は『5人』。内1人が不在。にも関わらず目の前にいる連中は『5人』。5-1+X=5。Xを求めよ。
(……1人は戦士? 監視役? それにしては弱そうだけど))
尖る瞳が一点に吸いつく。ガスマスクを被った小柄な人物。伝え聞く戦いのどこにもいなかった人物だ。
目があった。向こうはおっかなビックリという様子で頭を下げた。もしかするとヴィクトリアを知っているのかも知れない。
首をかしげる彼女に渋みのある低い声と、やたら滑らかな明るい声が順にかかった。
首をかしげる彼女に渋みのある低い声と、やたら滑らかな明るい声が順にかかった。
「フ。成程な。大体の事情は把握した」
「そもパピヨンどのとは初対面からほどなくして胸貫かれたるヴィクトリア嬢どの! 普通に考えますれば第一印象、ヤな方
悪人ヒドい奴となりまするはまず必定! されどされどココが現実の奇妙なトコロ特異点、思慕お寄せになリまするはやは
りご両家の因縁ゆえなのでしょーか! かつてバタフライどのがヴィクターどのに心酔されたのとはやや逆の趣こそござい
ますが、やはりご両家には斯様がごとき相性の良さがあるのやも知れませぬ!!」
「そもパピヨンどのとは初対面からほどなくして胸貫かれたるヴィクトリア嬢どの! 普通に考えますれば第一印象、ヤな方
悪人ヒドい奴となりまするはまず必定! されどされどココが現実の奇妙なトコロ特異点、思慕お寄せになリまするはやは
りご両家の因縁ゆえなのでしょーか! かつてバタフライどのがヴィクターどのに心酔されたのとはやや逆の趣こそござい
ますが、やはりご両家には斯様がごとき相性の良さがあるのやも知れませぬ!!」
交互に喋る相手達を見つつ、ヴィクトリアは嘆息した。くすんだビルの壁に背を預け、ちょっと遠くを見るような眼をした。
「いいわね。アナタたちは仲良さそうで」
「そうかな? 実を言うと出会ったころはな。俺、結構こいつを邪慳にしてたぞ?」
「…………不肖の方は、一目ぼれでありました」
「あっそう。というかなんであの時(ニュートンアップル女学院)の出来事まで知ってるのよ」
「ね! ねっ! メルアド! メルアド交換するじゃん! あたしさ、あたしさ! きかいはよーわからんけど、けーたーでん
わだけは好きじゃん! はなれてんのに声するじゃん! あと、しゃべってんのが見える! すごい!!」
『ちょ! 待て! 今は黙るべきだ! メルアドは後! は、はは! ごめん! だから、その冷たい眼はやめて欲しい!!
ははは! 中学時代高校時代の女子からの『コイツ駄目だ』みたいな冷たい目線を思い出して辛いんだッ!!』
(ああ、うるさい)
「匂いじゃ追跡できませんか? あ、ああ。予定がおしています。本当は昨日、防人戦士長たちと合流する手はずだったのに」
「匂い!? にににに匂いなど嗅げよう筈もないわ!! な、なんで我が奴の匂いなど……あ、いや違うぞ。そもそも奴は空を
飛んでいるゆえ匂いなど追跡できん。それがいいたかった、だけなのだ!」
「フ。あたふたするお前は最高に面白いな」
「不肖たちのなかで最も心配されている証でしょう。仲良きコトはよきコトですっ!」
がやがやとやかましい彼らが相談に乗る気配はない。相談? ヴィクトリアは軽く鼻白んだ。自分は何を期待しているのだろう、
嫌って、見下している相手に手助けを求めるとは……。自分がとても利己的で勝手に思え、ヴィクトリアは嘆息した。
「話を聞くだけ聞いておいて自分語りばかり? やっぱりホムンクルス。話すだけ無駄だったわ」
「フ。踵を返すのは少々待て」
「なによ」
「パピヨンみたいな人はな。なまじ頭がいいばかりに自分のやり方が一番正しいと思っている。だから他者にあれこれいわれるのは
我慢がならないのさ」
「……………それ位、分かっているわよ」
「フ。失礼。だが付け加えると、人間だった頃、彼は誰にも相手をされなかった。家族にさえ優しくされた覚えはないのだろう」
「……」
「だからお前の看護や手料理には、正直言って戸惑っているのさ。彼は思い出さないようにしているのだろうが、財産目当
ての家庭教師に誑かされたコトもある」
(そんなコトが?)
「だから、厚意を受け取っていいかどうか迷っている。その上」
「その上?」
「彼はああいう性格だからな。最初に心から喜べるものを与えてくれた奴だけを至上としている。それ以外の人間は何を
してこようと認めない。いや、認めたがらないというべきだな。”最初”以外を認めるのは”最初”に対する冒涜だとさえ信じて
いる。だから、お前を素直に受け入れられないのさ。お前が劣っているとかいう問題じゃないさ。ただ、お前が彼と出会うの
が少しばかり遅かった。それだけだ」
「抽象的ね」
「仲のいい友人はいるか? そいつをお前は母親以上の存在と認められるか? 1位の席にいた母親を蹴落とし、友人を
その座に据えられるか? フ。できないだろう。彼はその度合いが他の誰よりも強いだけさ。普通の人間ならいくつでも用意
できる分野別の1位の席を、たった1つしか用意できず、1つしかないゆえに毎日毎日必死に守ろうとしているのさ」
「ご高説どうも。じゃあ、私はどうすればいいのよ?」
「あまり真っ向から接触しないのが一番だろう。こう、コッソリとだな。力添えをしてやればいい。ベッドのシーツをいつの間に
か替えておくとか、工具の並べ方をさりげなくあいつ好みにしてやるとか、とにかく奴が「パッと見は分からないが少し考えれ
ばお前の助力に気付き、軽く感嘆する」程度の内助の功を見舞ってやればいい」
「やんわりと、やんわりとなのです!! お言葉で窘めようとするよりより優れたやり方を遠慮がちに提示して頂きますれば
波風立たぬは正に必定!」
「ふーん。ホムンクルスにしてはまともな意見じゃない」
「だろう。フ。実をいうと俺もかつてはあんな性格だったのさ。自意識ばかりが先走っていた時代があるのさ」
「で、あるがゆえに機微がわかるのです! これも10年旅をしたからなのです!!」
「とにかくだ。あまり不安がっても仕方ないさ。悪い考えなんてのは願望に似ている。心配が見せるのは一番叶って欲しい
コトの対極さ。とはいえ人間関係、自分の考えが的中するコトは少ない。なぜなら相手はこちらばかりを見ていない。相手
は相手の辿ってきた道を基準に世界を見ている。こちらの知らない材料コミで考え、動き、生きているのさ。だったら」
「こっちの考えだけで相手を測ろうとするな……って言いたい訳ね」
「……フ。ご、御名答」
「あんたいまくやしそーな表情したじゃん」
『いったら駄目だ! 先読みされてガックシきたけど敢えて余裕の顔立ちで誤魔化したなどといったら失礼だ!!』
「なに? 貴方って実はただの見栄っ張り? その余裕ってただの繕いなのかしら?」
「フ。十年もリーダーをやれば外向きの顔も板に付く。大人ぶったリーマンも家に帰れば子供のようにはしゃぐだろ。
それを幼稚という奴はないさ。使い分けに過ぎない」
「尤もらしい言葉の羅列で真意を隠すお喋りが大人の対応っていうなら、世界はずいぶん窮屈ね」
「窮屈だからこその処世さ。言質をやらねば恥もない。お前も組織の長を十年やれば、乖離甚だしい「本意」と「社会的責
務」の妥協点がわかってくる。ま、技術を突き詰めるコトに比ぶれば退屈で、無味乾燥極まる理解だが」
「い、いいか。匂い追跡ができないのは奴が空を飛んでいるせいだからな。恥ずかしいとか奴の匂いを嗅ごうとすると黄砂
が吹き始めた頃の訳のわからぬモヤモヤが胸に籠って妙な気分になるとか、そういう理由で匂い追跡を拒んでいる訳では
ない!」
「わ、わかりましたから、とにかく早く探しましょうよ~。せっかくの合流なのに副長サンがいなかったら駄目です……」
「アナタ」
「なんだ」
「思ったより嫌な奴じゃなさそうね。この前蝶野屋敷の場所を教えてくれたコト、感謝してあげないコトもないわ」
「そうかな? 実を言うと出会ったころはな。俺、結構こいつを邪慳にしてたぞ?」
「…………不肖の方は、一目ぼれでありました」
「あっそう。というかなんであの時(ニュートンアップル女学院)の出来事まで知ってるのよ」
「ね! ねっ! メルアド! メルアド交換するじゃん! あたしさ、あたしさ! きかいはよーわからんけど、けーたーでん
わだけは好きじゃん! はなれてんのに声するじゃん! あと、しゃべってんのが見える! すごい!!」
『ちょ! 待て! 今は黙るべきだ! メルアドは後! は、はは! ごめん! だから、その冷たい眼はやめて欲しい!!
ははは! 中学時代高校時代の女子からの『コイツ駄目だ』みたいな冷たい目線を思い出して辛いんだッ!!』
(ああ、うるさい)
「匂いじゃ追跡できませんか? あ、ああ。予定がおしています。本当は昨日、防人戦士長たちと合流する手はずだったのに」
「匂い!? にににに匂いなど嗅げよう筈もないわ!! な、なんで我が奴の匂いなど……あ、いや違うぞ。そもそも奴は空を
飛んでいるゆえ匂いなど追跡できん。それがいいたかった、だけなのだ!」
「フ。あたふたするお前は最高に面白いな」
「不肖たちのなかで最も心配されている証でしょう。仲良きコトはよきコトですっ!」
がやがやとやかましい彼らが相談に乗る気配はない。相談? ヴィクトリアは軽く鼻白んだ。自分は何を期待しているのだろう、
嫌って、見下している相手に手助けを求めるとは……。自分がとても利己的で勝手に思え、ヴィクトリアは嘆息した。
「話を聞くだけ聞いておいて自分語りばかり? やっぱりホムンクルス。話すだけ無駄だったわ」
「フ。踵を返すのは少々待て」
「なによ」
「パピヨンみたいな人はな。なまじ頭がいいばかりに自分のやり方が一番正しいと思っている。だから他者にあれこれいわれるのは
我慢がならないのさ」
「……………それ位、分かっているわよ」
「フ。失礼。だが付け加えると、人間だった頃、彼は誰にも相手をされなかった。家族にさえ優しくされた覚えはないのだろう」
「……」
「だからお前の看護や手料理には、正直言って戸惑っているのさ。彼は思い出さないようにしているのだろうが、財産目当
ての家庭教師に誑かされたコトもある」
(そんなコトが?)
「だから、厚意を受け取っていいかどうか迷っている。その上」
「その上?」
「彼はああいう性格だからな。最初に心から喜べるものを与えてくれた奴だけを至上としている。それ以外の人間は何を
してこようと認めない。いや、認めたがらないというべきだな。”最初”以外を認めるのは”最初”に対する冒涜だとさえ信じて
いる。だから、お前を素直に受け入れられないのさ。お前が劣っているとかいう問題じゃないさ。ただ、お前が彼と出会うの
が少しばかり遅かった。それだけだ」
「抽象的ね」
「仲のいい友人はいるか? そいつをお前は母親以上の存在と認められるか? 1位の席にいた母親を蹴落とし、友人を
その座に据えられるか? フ。できないだろう。彼はその度合いが他の誰よりも強いだけさ。普通の人間ならいくつでも用意
できる分野別の1位の席を、たった1つしか用意できず、1つしかないゆえに毎日毎日必死に守ろうとしているのさ」
「ご高説どうも。じゃあ、私はどうすればいいのよ?」
「あまり真っ向から接触しないのが一番だろう。こう、コッソリとだな。力添えをしてやればいい。ベッドのシーツをいつの間に
か替えておくとか、工具の並べ方をさりげなくあいつ好みにしてやるとか、とにかく奴が「パッと見は分からないが少し考えれ
ばお前の助力に気付き、軽く感嘆する」程度の内助の功を見舞ってやればいい」
「やんわりと、やんわりとなのです!! お言葉で窘めようとするよりより優れたやり方を遠慮がちに提示して頂きますれば
波風立たぬは正に必定!」
「ふーん。ホムンクルスにしてはまともな意見じゃない」
「だろう。フ。実をいうと俺もかつてはあんな性格だったのさ。自意識ばかりが先走っていた時代があるのさ」
「で、あるがゆえに機微がわかるのです! これも10年旅をしたからなのです!!」
「とにかくだ。あまり不安がっても仕方ないさ。悪い考えなんてのは願望に似ている。心配が見せるのは一番叶って欲しい
コトの対極さ。とはいえ人間関係、自分の考えが的中するコトは少ない。なぜなら相手はこちらばかりを見ていない。相手
は相手の辿ってきた道を基準に世界を見ている。こちらの知らない材料コミで考え、動き、生きているのさ。だったら」
「こっちの考えだけで相手を測ろうとするな……って言いたい訳ね」
「……フ。ご、御名答」
「あんたいまくやしそーな表情したじゃん」
『いったら駄目だ! 先読みされてガックシきたけど敢えて余裕の顔立ちで誤魔化したなどといったら失礼だ!!』
「なに? 貴方って実はただの見栄っ張り? その余裕ってただの繕いなのかしら?」
「フ。十年もリーダーをやれば外向きの顔も板に付く。大人ぶったリーマンも家に帰れば子供のようにはしゃぐだろ。
それを幼稚という奴はないさ。使い分けに過ぎない」
「尤もらしい言葉の羅列で真意を隠すお喋りが大人の対応っていうなら、世界はずいぶん窮屈ね」
「窮屈だからこその処世さ。言質をやらねば恥もない。お前も組織の長を十年やれば、乖離甚だしい「本意」と「社会的責
務」の妥協点がわかってくる。ま、技術を突き詰めるコトに比ぶれば退屈で、無味乾燥極まる理解だが」
「い、いいか。匂い追跡ができないのは奴が空を飛んでいるせいだからな。恥ずかしいとか奴の匂いを嗅ごうとすると黄砂
が吹き始めた頃の訳のわからぬモヤモヤが胸に籠って妙な気分になるとか、そういう理由で匂い追跡を拒んでいる訳では
ない!」
「わ、わかりましたから、とにかく早く探しましょうよ~。せっかくの合流なのに副長サンがいなかったら駄目です……」
「アナタ」
「なんだ」
「思ったより嫌な奴じゃなさそうね。この前蝶野屋敷の場所を教えてくれたコト、感謝してあげないコトもないわ」
「フ。それはどうも。意見に真意が滲むうちは世界もまだまだ自由に見えるさ。彼のコトはどうにかできるだろう」
揺らめく金髪に背を向け、ヴィクトリアは走り出した。
「去ってしまわれましたね。ご武運を! 幸運を祈りまする! ぐっどらぁーっく!!!」
「へっへー。メルアド貰ったじゃんメルアド!! あのコと仲良く、できるじゃん!!」
(女子高生のメルアド……! 女子高生のメルアド……!! いいなあ、僕は学生時代1度も貰えなかったのに!!)
「あ、ああ……!! メルアドといえば火渡様からの着信が50件を超えました。怒っています。怒っていますーーーーーーー!!」
「とにかく!! まずはあのアホウドリを見つけなくては話にならぬ!!」
「へっへー。メルアド貰ったじゃんメルアド!! あのコと仲良く、できるじゃん!!」
(女子高生のメルアド……! 女子高生のメルアド……!! いいなあ、僕は学生時代1度も貰えなかったのに!!)
「あ、ああ……!! メルアドといえば火渡様からの着信が50件を超えました。怒っています。怒っていますーーーーーーー!!」
「とにかく!! まずはあのアホウドリを見つけなくては話にならぬ!!」
「フ。俺はいま、久々にマズいと思っている。どこだ。奴はどこに行った? いやな脂汗が背中を濡らして仕方ないんだが」
某所。
「いらっしゃい……ませー、です。ご主人さま……お帰りなさい…………です」
「イデオンの世界からただいまです。やる夫さんたち? ハッ! 置き去りにして逃げてきましたよ。敗色濃厚だったので!
僕はね、勝てる戦いしかしませんよ。ゲッターエンペラー? 勝てる訳がない! あれは逃げていい相手ッ! …………
ところであなた、新人さんですか?」
「はい……リーダーたちが……はぐれたので……アルバイト……です」
「我のスカウトに乗ったはいいが……なぜ裸足?」
「可愛いのはいいけど目が虚ろすぎかしら。大丈夫かしら?」
「知った事か。だがこの前どっかでみたような気がするぜ。そして空を飛んでいた気がするぜ!」
「時給は……3ドーナツです……頑張り……ます」
「イデオンの世界からただいまです。やる夫さんたち? ハッ! 置き去りにして逃げてきましたよ。敗色濃厚だったので!
僕はね、勝てる戦いしかしませんよ。ゲッターエンペラー? 勝てる訳がない! あれは逃げていい相手ッ! …………
ところであなた、新人さんですか?」
「はい……リーダーたちが……はぐれたので……アルバイト……です」
「我のスカウトに乗ったはいいが……なぜ裸足?」
「可愛いのはいいけど目が虚ろすぎかしら。大丈夫かしら?」
「知った事か。だがこの前どっかでみたような気がするぜ。そして空を飛んでいた気がするぜ!」
「時給は……3ドーナツです……頑張り……ます」
(ぷ)
走りながらヴィクトリアは噴き出した。先ほどの一団が探していた人物。それが仕事場の店先で呼び込みをしている。
とりあえず写メを取り、登録したてのアドレスへ送る。
とりあえず写メを取り、登録したてのアドレスへ送る。
そして仕事場の仲間たちに逃がさないよう釘を刺し、本人にも忠告。双方から了解を得た。
走りだす。ヴィクトリアは若々しい息吹が全身を駆け巡るのを感じた。
──「彼は誰にも相手をされなかった。家族にさえ優しくされた覚えはないのだろう」
──「だからお前の看護や手料理なんてのには、正直言って戸惑っているのさ」
(そう、なんだ。戸惑っているだけなんだ……)
今までの自分らしからぬときめきに小さな心臓をとくとくと波打たせながら、”奴”を求めてヴィクトリアは走る。
次に遭ったら何をいおう。考えるのも楽しかった。