30ctの赤色金剛石(ディアマン・ルージュ)―――
<殺戮の女王(レーヌ・ミシェル)>。
ぼくはそれに、魅せられた。
好奇心がツンツン刺激される―――いや。好奇心じゃあ、ない。
これは、恋心と表現した方がより近いだろう。
愛しい恋人を抱きしめるように、彼女に触れたい―――
視覚で、触覚で、聴覚で、嗅覚で、味覚で、第六感で、彼女の全てを知りたい。
その感動もきっと、ぼくの手によって新たな傑作となるだろうから。
予感がある。確信がある。そして何より。
彼女との出会いを、最高の漫画とする自信があった。
<殺戮の女王(レーヌ・ミシェル)>。
ぼくはそれに、魅せられた。
好奇心がツンツン刺激される―――いや。好奇心じゃあ、ない。
これは、恋心と表現した方がより近いだろう。
愛しい恋人を抱きしめるように、彼女に触れたい―――
視覚で、触覚で、聴覚で、嗅覚で、味覚で、第六感で、彼女の全てを知りたい。
その感動もきっと、ぼくの手によって新たな傑作となるだろうから。
予感がある。確信がある。そして何より。
彼女との出会いを、最高の漫画とする自信があった。
まずは平和的な交渉を試みよう。
館長にアポを取ったぼくは、漫画家という身分を明かして、取材のために<殺戮の女王>を少しだけ触らせて
欲しいと懇願した。
「そう言われても、困りますなあ」
館長は渋い顔だ。
「この岸辺露伴が頭を下げて頼んでいるというのに…何も譲ってくれとまでは言ってない。取材料もそちらの
言い値をいくらでも支払おう」
「そんな問題ではありません。はっきり申し上げておくと、アレは国宝級の品なのです―――軽々しく、誰に
でも触らせるような代物ではありませんので」
分からず屋め…これでもぼくは、穏便に事を為そうとしていたのに。
まあいい。ならば手段を選ばないが、構わないだろう?
この岸辺露伴の産み出す傑作のためなんだからね―――
館長にアポを取ったぼくは、漫画家という身分を明かして、取材のために<殺戮の女王>を少しだけ触らせて
欲しいと懇願した。
「そう言われても、困りますなあ」
館長は渋い顔だ。
「この岸辺露伴が頭を下げて頼んでいるというのに…何も譲ってくれとまでは言ってない。取材料もそちらの
言い値をいくらでも支払おう」
「そんな問題ではありません。はっきり申し上げておくと、アレは国宝級の品なのです―――軽々しく、誰に
でも触らせるような代物ではありませんので」
分からず屋め…これでもぼくは、穏便に事を為そうとしていたのに。
まあいい。ならば手段を選ばないが、構わないだろう?
この岸辺露伴の産み出す傑作のためなんだからね―――
「―――『ヘブンズ・ドアー』―――ッ!!!」
ぼくの背後に、ピンクダークの少年の主人公を模した<ヴィジョン>が浮かんだのが、見える者には見えた
だろう。これがぼくの持つ<スタンド>。
人智を越えた、神秘の力だ。
その瞬間、館長は床に崩れ落ちた。顔面がまるで<本>のページのようにめくれ上がっていた。
―――人間の体には、今まで生きてきた全てが記憶されている。
ぼくの『ヘブンズ・ドアー』は対象の人間や動物を、彼自身の人生が描かれた<本>として読む事が出来る。
最も、今回はそれを読むために本にしたわけではないのだけれど―――折角だ。
彼がどんな人生を送ってきたのか、体験しておこう。
いい作品を産み出すのは<リアリティ>だ。人間のナマの感情だ。
リアリティこそが作品に命を吹き込むエネルギーであり、リアリティこそがエンターテイメントなのさ。
例え平凡な人生であっても、それは彼だけの物語(ロマン)。
それを読む事は、実に面白い。
ペラリと、ぼくはページをめくった。
ふむ…本名はK・Y…誕生日2月12日…血液型A…
だろう。これがぼくの持つ<スタンド>。
人智を越えた、神秘の力だ。
その瞬間、館長は床に崩れ落ちた。顔面がまるで<本>のページのようにめくれ上がっていた。
―――人間の体には、今まで生きてきた全てが記憶されている。
ぼくの『ヘブンズ・ドアー』は対象の人間や動物を、彼自身の人生が描かれた<本>として読む事が出来る。
最も、今回はそれを読むために本にしたわけではないのだけれど―――折角だ。
彼がどんな人生を送ってきたのか、体験しておこう。
いい作品を産み出すのは<リアリティ>だ。人間のナマの感情だ。
リアリティこそが作品に命を吹き込むエネルギーであり、リアリティこそがエンターテイメントなのさ。
例え平凡な人生であっても、それは彼だけの物語(ロマン)。
それを読む事は、実に面白い。
ペラリと、ぼくはページをめくった。
ふむ…本名はK・Y…誕生日2月12日…血液型A…
『マリアリが俺のジャスティス』『あずにゃんぺろぺろ』『こな×かがだろjk』『ネロはクズ可愛い』etc…
「…………」
何だこれは…見なければよかった。
最低な男だな…こんな奴を漫画に描いても読者に好かれるハズがない。
まあいい。気を取り直して、ぼくは『ヘブンズ・ドアー』のもう一つの能力を発現させる。
『ヘブンズ・ドアー』二つ目の能力。それは<本>に新たな情報を書き込む事。
それはこの岸辺露伴からの命令だ。逆らう事は出来ない、絶対遵守の力だ。
何だこれは…見なければよかった。
最低な男だな…こんな奴を漫画に描いても読者に好かれるハズがない。
まあいい。気を取り直して、ぼくは『ヘブンズ・ドアー』のもう一つの能力を発現させる。
『ヘブンズ・ドアー』二つ目の能力。それは<本>に新たな情報を書き込む事。
それはこの岸辺露伴からの命令だ。逆らう事は出来ない、絶対遵守の力だ。
『岸辺露伴の言葉に一切の疑問を持つ事なく従う』
―――目覚めた館長に、ぼくは言った。
「さて・・・<殺戮の女王>の取材、構わないね?」
「ええ、勿論ですとも!いつでも構いませんよ!」
「それはありがたい。では…そうだな。閉館後に、ゆっくりと一人で楽しみたいな。いいだろ?」
「はい、では警備の者にもそのように伝えておきますので!」
交渉成立。なに?それは能力の悪用じゃないかって!?
ど素人共がこの岸辺露伴に意見するのかねッ!
彼女とぼくの出会いのため、何より傑作を産み出すためなんだからかまいやしないだろう!?
「さて・・・<殺戮の女王>の取材、構わないね?」
「ええ、勿論ですとも!いつでも構いませんよ!」
「それはありがたい。では…そうだな。閉館後に、ゆっくりと一人で楽しみたいな。いいだろ?」
「はい、では警備の者にもそのように伝えておきますので!」
交渉成立。なに?それは能力の悪用じゃないかって!?
ど素人共がこの岸辺露伴に意見するのかねッ!
彼女とぼくの出会いのため、何より傑作を産み出すためなんだからかまいやしないだろう!?
そして―――深夜。
照明は、敢えて消している。無粋な人工の灯りなど、彼女の輝きを邪魔する異物でしかない。
暗闇の中、ぼくは一人、彼女の前に立った。
静まり返った美術館の一室で、ぼくは改めて<彼女>を見つめる。
鎖された硝子の中で眠る君は、嗚呼―――誰よりも、何よりも美しい。
陳腐な表現をさせてもらうが、気分はまるで姫君を迎えに行く白馬の王子だ。
硝子ケースの鍵を取り出して(一応言っておくが、館長がぼくの頼みに応じて、快く渡してくれたのである。
奪い取ったわけじゃないからね)鍵穴に挿れて回せば、ほら、出ちゃうだろ?
愛しき、ぼくの―――ミシェル。
震える手で、ぼくは、彼女を手に取った―――
照明は、敢えて消している。無粋な人工の灯りなど、彼女の輝きを邪魔する異物でしかない。
暗闇の中、ぼくは一人、彼女の前に立った。
静まり返った美術館の一室で、ぼくは改めて<彼女>を見つめる。
鎖された硝子の中で眠る君は、嗚呼―――誰よりも、何よりも美しい。
陳腐な表現をさせてもらうが、気分はまるで姫君を迎えに行く白馬の王子だ。
硝子ケースの鍵を取り出して(一応言っておくが、館長がぼくの頼みに応じて、快く渡してくれたのである。
奪い取ったわけじゃないからね)鍵穴に挿れて回せば、ほら、出ちゃうだろ?
愛しき、ぼくの―――ミシェル。
震える手で、ぼくは、彼女を手に取った―――
ぞくりと。
首筋に、柔らかな腕が回される感触。
耳元で囁く声。
首筋に、柔らかな腕が回される感触。
耳元で囁く声。
―――くすくす
―――私を冷たい硝子の檻から出してくれた貴方
―――今度は貴方が私の持ち主なの?
―――うふふ
―――よろしくね
―――私を冷たい硝子の檻から出してくれた貴方
―――今度は貴方が私の持ち主なの?
―――うふふ
―――よろしくね
「…………ッ」
幻聴か…!?いや…それにしては…あまりにも、リアルだった。
リアリティが、ありすぎた。
「まさか…!」
信じ難い事だが…ぼくの頭がどうかしたとでも思われるかもしれないが…この赤色金剛石は…!
「生きて…いる…?意思を、持っているのか…!?」
もし、そうなら―――ぼくは『ヘブンズ・ドアー』を顕現させる。
本当に、君に心があるというのなら…見せてくれ、ぼくに。
君の全てを、知りたい。
手にした<殺戮の女王(レーヌ・ミシェル)>は、微笑んでいるように見えた―――
その真紅(ルージュ)の微笑みは、ぼくを甘く、熱く溶かして―――
幻聴か…!?いや…それにしては…あまりにも、リアルだった。
リアリティが、ありすぎた。
「まさか…!」
信じ難い事だが…ぼくの頭がどうかしたとでも思われるかもしれないが…この赤色金剛石は…!
「生きて…いる…?意思を、持っているのか…!?」
もし、そうなら―――ぼくは『ヘブンズ・ドアー』を顕現させる。
本当に、君に心があるというのなら…見せてくれ、ぼくに。
君の全てを、知りたい。
手にした<殺戮の女王(レーヌ・ミシェル)>は、微笑んでいるように見えた―――
その真紅(ルージュ)の微笑みは、ぼくを甘く、熱く溶かして―――
「―――『ヘブンズ・ド 「そこまでにし給え、ムシュー・ロハン」
その声にふっと我に返ると、ぼくの手に握られていたはずの<彼女>がいない。
何処だ。彼女は何処に?
いや…その前に、今の声は―――
「忠告したろう?硝子越しに見つめるだけにしておけと」
いつから其処にいたのか―――ぼくの背後に<賢者(サヴァン)>を名乗る男が立っていた。
そして彼の手には、赤色金剛石が…<殺戮の女王>が納まっていた。
「貴様っ…!」
「返せと言われても聞けないよ。彼女は…人が触れてはならないものだ」
サヴァンは静かに、彼女を硝子の檻の中へと戻した。
その瞳からは、彼の心中を窺い知る事は出来ない。
「知ってはならない事も、世界には存在する。全てを見通せる君の<スタンド>を以ってしてもね」
「…!<スタンド>を…知っているのか?まさか、お前も…!?」
「いいや。私は単なる一般人だよ…それでも、調べようと思えば調べられるものさ。私は君の大ファンだから
ね―――君の事を、色々調べた時期があるんだよ」
それはもう、ストーカーというものじゃないのか…?
恐ろしい話である。他人のプライベートを勝手に覗き見するとは、なんて奴だ!
「まあ怒らないで欲しい。これでも私は、君の命の恩人の心算(つもり)だよ」
「…………」
「彼女の持ち主となった者は死ぬ―――これは都市伝説などではない。厳然たる事実だ」
サヴァンは、断固とした態度で言った。
「彼女がどんな魔法を駆使するのか、私には知り及ぶ所ではないが―――その呪いは、紛う事なく本物だ。
私は君の大ファンだからね、ムシュー・ロハン。君の作品が読めなくなるなど、耐えられない」
コツコツと。
ステッキを突きながら、サヴァンは闇の中へと消えていく。
「ここから離れ給え、ムシュー・ロハン。願わくば君が、ミシェルの世界に囚われぬように―――」
何処だ。彼女は何処に?
いや…その前に、今の声は―――
「忠告したろう?硝子越しに見つめるだけにしておけと」
いつから其処にいたのか―――ぼくの背後に<賢者(サヴァン)>を名乗る男が立っていた。
そして彼の手には、赤色金剛石が…<殺戮の女王>が納まっていた。
「貴様っ…!」
「返せと言われても聞けないよ。彼女は…人が触れてはならないものだ」
サヴァンは静かに、彼女を硝子の檻の中へと戻した。
その瞳からは、彼の心中を窺い知る事は出来ない。
「知ってはならない事も、世界には存在する。全てを見通せる君の<スタンド>を以ってしてもね」
「…!<スタンド>を…知っているのか?まさか、お前も…!?」
「いいや。私は単なる一般人だよ…それでも、調べようと思えば調べられるものさ。私は君の大ファンだから
ね―――君の事を、色々調べた時期があるんだよ」
それはもう、ストーカーというものじゃないのか…?
恐ろしい話である。他人のプライベートを勝手に覗き見するとは、なんて奴だ!
「まあ怒らないで欲しい。これでも私は、君の命の恩人の心算(つもり)だよ」
「…………」
「彼女の持ち主となった者は死ぬ―――これは都市伝説などではない。厳然たる事実だ」
サヴァンは、断固とした態度で言った。
「彼女がどんな魔法を駆使するのか、私には知り及ぶ所ではないが―――その呪いは、紛う事なく本物だ。
私は君の大ファンだからね、ムシュー・ロハン。君の作品が読めなくなるなど、耐えられない」
コツコツと。
ステッキを突きながら、サヴァンは闇の中へと消えていく。
「ここから離れ給え、ムシュー・ロハン。願わくば君が、ミシェルの世界に囚われぬように―――」
―――そしてぼくは今、杜王町で原稿用紙に向けてペンを走らせている。
あの後、ぼくはもう一度<彼女>を手に取る事はせず、ただ鍵をかけ直して、美術館を去った。
結局<殺戮の女王>とは何だったのか。
そして<サヴァン>とは何者だったのか。
何もかも分からない事ばかりだった。
それでも―――ぼくは、運のいい方だったのかもしれない。
彼女に触れながらも、こうして生きて、漫画を描いていられるのだから。
あの時はぼくと彼女の逢瀬を邪魔したサヴァンに対して憤ったものだが…今は、彼の言葉は正しかったのだと
認めざるをえない。
帰国してから<殺戮の女王>について調べた所、その持ち主の尽くが凄惨な死を遂げていたというのは、確か
な事実だった。偶然と呼ぶには、その数はあまりにも多すぎた。
あの後、ぼくはもう一度<彼女>を手に取る事はせず、ただ鍵をかけ直して、美術館を去った。
結局<殺戮の女王>とは何だったのか。
そして<サヴァン>とは何者だったのか。
何もかも分からない事ばかりだった。
それでも―――ぼくは、運のいい方だったのかもしれない。
彼女に触れながらも、こうして生きて、漫画を描いていられるのだから。
あの時はぼくと彼女の逢瀬を邪魔したサヴァンに対して憤ったものだが…今は、彼の言葉は正しかったのだと
認めざるをえない。
帰国してから<殺戮の女王>について調べた所、その持ち主の尽くが凄惨な死を遂げていたというのは、確か
な事実だった。偶然と呼ぶには、その数はあまりにも多すぎた。
―――彼女はやはり、檻から出してはならない存在だったのだろう。
そんな事を考えている間に、原稿は一段落ついた。
溜息をつき、ぼくはデスクを離れた。
冷蔵庫からワイン―――銘柄はかのSH王国特産の<ロレーヌ>だ―――を取り出し、グラスに注ぐ。
ソファに身を沈めてTVを点ければ、流れるのは何の変哲もないニュース番組。
だが、ぼくは、己の目と耳を疑う事となった。
「―――次のニュースです。SH王国のサン・ホラ美術館に展示されていた、世にも珍しい赤いダイヤモンド
…通称<殺戮の女王(レーヌ・ミシェル)>が昨晩未明、押し入った強盗によって盗み出されました」
思わず、手にしたワイングラスを取りこぼす所だった。
「SH王国警視庁は現在、全力で捜索に当たっており―――」
もうぼくには、アナウンサーの声など届いていなかった。
唖然呆然としながら、ただ、彼女の事を思っていた―――
溜息をつき、ぼくはデスクを離れた。
冷蔵庫からワイン―――銘柄はかのSH王国特産の<ロレーヌ>だ―――を取り出し、グラスに注ぐ。
ソファに身を沈めてTVを点ければ、流れるのは何の変哲もないニュース番組。
だが、ぼくは、己の目と耳を疑う事となった。
「―――次のニュースです。SH王国のサン・ホラ美術館に展示されていた、世にも珍しい赤いダイヤモンド
…通称<殺戮の女王(レーヌ・ミシェル)>が昨晩未明、押し入った強盗によって盗み出されました」
思わず、手にしたワイングラスを取りこぼす所だった。
「SH王国警視庁は現在、全力で捜索に当たっており―――」
もうぼくには、アナウンサーの声など届いていなかった。
唖然呆然としながら、ただ、彼女の事を思っていた―――
母なる大地が育んだ奇蹟。
世界最大と謳われた輝石。
所有者を変え渡り歩いた軌跡。
特典は、予約済みの鬼籍。
30ctの赤色金剛石―――<殺戮の女王>。
世界最大と謳われた輝石。
所有者を変え渡り歩いた軌跡。
特典は、予約済みの鬼籍。
30ctの赤色金剛石―――<殺戮の女王>。
嗚呼、彼女は再び、世に解き放たれた―――
これから先、彼女はどれだけの死を撒き散らすのか。
この岸辺露伴には、知る由もない。
これから先、彼女はどれだけの死を撒き散らすのか。
この岸辺露伴には、知る由もない。