ぼく―――漫画家・岸辺露伴は<女王>の前に立ち尽くしていた。
その圧倒的な、心を震わせる美しさに。
その圧倒的な、心を震わせる美しさに。
此処は、日本から遠く離れた国…名をSH王国。
人口数万人という小国ながら、風光明媚な景観で観光地として人気が高い。
また、芸術が盛んな御国柄でもあり、現国王からして政務の傍ら音楽家として活動しているというのだから
恐れ入る話である。
そんなSH王国のほぼ中心に、一つの歴史ある美術館が鎮座していた。
<サン・ホラ記念美術館>
古めかしくも厳かな風格を持つ、堂々たる偉容。
世界中から集められた名品・珍品の数々は、世界中の目の肥えた好事家達をも例外なく唸らせるという。
この岸部露判も、漫画のネタになればと思い立ち、はるばるやって来たというわけだ。
実際、想像通り―――否、想像以上にインスピレーションを刺激してくれる逸品ばかりだった。
人口数万人という小国ながら、風光明媚な景観で観光地として人気が高い。
また、芸術が盛んな御国柄でもあり、現国王からして政務の傍ら音楽家として活動しているというのだから
恐れ入る話である。
そんなSH王国のほぼ中心に、一つの歴史ある美術館が鎮座していた。
<サン・ホラ記念美術館>
古めかしくも厳かな風格を持つ、堂々たる偉容。
世界中から集められた名品・珍品の数々は、世界中の目の肥えた好事家達をも例外なく唸らせるという。
この岸部露判も、漫画のネタになればと思い立ち、はるばるやって来たというわけだ。
実際、想像通り―――否、想像以上にインスピレーションを刺激してくれる逸品ばかりだった。
SH王国が生んだ伝説的な詩人ルーナ・バラッドの詩の一説が刻まれた石碑だとか。
絶世の美貌を誇った白き雪の姫が愛用していたティアラだとか。
神の手を持つ者と称された彫刻家オーギュスト・ローランの遺作となった天使の彫像だとか。
まあ中には<悪魔が封じられていた石畳>だの<奈落の仮面>だの、ワケのワカらんモノもあったが。
絶世の美貌を誇った白き雪の姫が愛用していたティアラだとか。
神の手を持つ者と称された彫刻家オーギュスト・ローランの遺作となった天使の彫像だとか。
まあ中には<悪魔が封じられていた石畳>だの<奈落の仮面>だの、ワケのワカらんモノもあったが。
その中でも目玉であり、白眉と言えるのが、今まさにぼくの目の前に佇む<女王>―――
其れは、血潮のように紅く、焔のように緋い宝石だった。
其れは、血潮のように紅く、焔のように緋い宝石だった。
母なる大地が育んだ奇蹟。
世界最大と謳われた輝石。
所有者を代え渡り歩いた軌跡。
手にした者に与えられる特典は、予約済みの鬼籍―――
30ctの、赤色金剛石(ディアマン・ルージュ)。
世界最大と謳われた輝石。
所有者を代え渡り歩いた軌跡。
手にした者に与えられる特典は、予約済みの鬼籍―――
30ctの、赤色金剛石(ディアマン・ルージュ)。
その名を―――<殺戮の女王(レーヌ・ミシェル)>。
硝子ケースに納められた<彼女>は、凍りつくように美しかった。
この時のぼくの心を、どう表現すればいいのだろうか?
探し求めていた運命の女性(エリス)に、永き旅路の果てに巡り会えた―――
ああ。
まさにそんな気分だ。
いつまでも、この感動に浸っていたい―――
この時のぼくの心を、どう表現すればいいのだろうか?
探し求めていた運命の女性(エリス)に、永き旅路の果てに巡り会えた―――
ああ。
まさにそんな気分だ。
いつまでも、この感動に浸っていたい―――
「ボン・ソワール。よろしいかな、ムシュー?」
と。
ぼくの感傷をぶち壊しにするかの如く、肩を叩かれた。
むっとしながら振り向けば、そこにいたのは何とまあ、胡散臭い男であった。
燕尾服に蝶ネクタイ、頭にはシルクハット。
右手にはステッキ。
鼻の上にちょこんと乗っけた片眼鏡(モノクル)。
人懐っこい笑顔を浮かべてはいるが、何処からどう見ても、怪しさしか存在しない男だった。
ぼくは無言で、数メートルほど移動した。
この岸辺露伴の持つ、とある<能力>を使う事も考えたが…そういう形でさえ、関わり合いになりたくない。
無視するに、限る。
「いきなり距離を取らないでくれ給えよ、ムシュー・ロハン?」
「なっ…!?」
名前を知られているだと…!?こいつ…何者だ!?
「はっはっは、驚く事ではないだろう。ロハン・キシベといえば、我が国でも高名な漫画家だからね―――
私も勿論、大ファンですとも。こんな所で会えるとは、運命の女神に感謝すべきか」
男は懐に手を突っ込むと、何かを取り出す。
「それは…」
「うふ。大好きですよ、これ。いつも持ち歩いてるぐらいにね」
ぼくの代表作<ピンクダークの少年>第一巻だ。
しかも、日本語版。
「最初の版ということで、今は修正されてる誤植も味というものさ」
おまけに初版らしかった。
…単なる、ぼくの熱狂的なマニアなのだろうか?それはそれで気色悪いものがある。
「初対面で不躾と思うが…是非とも、サインを頂きたい。家宝にしますので」
「…名前は?」
単行本を受け取りつつ、ぼくは訊く。
さっさとサインでも何でもして、帰ってもらおう。
それがいい。
「クリストフ・ジャン・ジャック・サンローラン―――最も<サヴァン>と言った方が、通りがよかったり
するのだがね」
「サヴァン…<賢者>ね…」
サラサラとペンを走らせて、ぼくは彼―――<サヴァン>と名乗る胡散臭い男に単行本を突っ返した。
サヴァンは心底嬉しくて堪らないといった面持ちで、いそいそとサイン本を仕舞う。
よし、これでオールOK。
ぼくの平和は保たれた。後はさっさと帰ってくれるのを待つだけだ。
「時にムシュー・ロハン。君はこの<殺戮の女王>に、並々ならぬ興味があるようだね?」
帰ってくれなかった。
むしろ、話を続ける気満々だ。
「君がこの美術館に足を踏み入れてから今でちょうど七十七分七秒。<殺戮の女王>の前で足を止めて魅入る
事、実に四十五分。秒にして千六百二十秒…と、言っている間にも、二十三秒が過ぎてしまった」
…こいつ、ぼくが美術館に入る所から見ていて、しかも秒単位で時間を計っていたのか?
やはり、普通ではない。主に悪い意味で。
ウンザリしているぼくに気付いているのかいないのか。
鷹揚に、サヴァンは両の手を大きく広げた。
「ムシュー・ロハン。私でよければ、君の話し相手になりたい」
「だが断る」
この岸辺露伴が最も好きな事の一つは、こういう自分勝手に物事を進める手合いに「NO」と断ってやる事だ。
「確かにこの<女王>実に美しい輝石だ…こうして硝子の檻に鎖された姿は、まるで硝子の棺で眠る可憐な姫君
のようだね…嗚呼。正しく彼女は、檻の中の花だ」
「…………」
こいつ…。
「多くの人間を魅了し、そしてその人生を狂わせてきた赤色金剛石―――そもそも、この<殺戮の女王>の名は
一人の女性に由来するのだよ」
サヴァンは、静謐に語り続ける。
いつしかぼくは、彼の言葉に聴き入っていた。
「<殺戮の舞台女優>と呼ばれたミシェル・マールブランシェ。彼女が犯罪史の表舞台に登場する事、三度に
渡る―――まずは実父ヨセフ・マールブランシェの凄惨な変死事件。
その後、彼女を引き取った養父アマンド・オルビエによる絞殺・死体遺棄未遂事件。
最後に、ミシェル・マールブランシェ自身の手による青少年連続拉致殺害事件。
不思議な事に、ミシェルは最後の事件において年齢は二十歳にもなっていない。だというのに、干乾びた老婆
となって、自らが殺した少年達と共に折り重なるようにして死していたという。その生涯は、余りにも多くの
死で彩られているのだよ」
この赤色金剛石と同じように。
サヴァンは言う。
「奇跡の輝石・赤色金剛石(ディアマン・ルージュ)―――彼女を最初に手に取ったのは、妹の婚礼のために
出稼ぎをしていたとある青年。寂れた鉱山の中で彼は寝食を忘れ、何かに取り憑かれたように穴を掘った。
掘り続けた。そして…彼の眼前に現れた、かつて見たこともない美しき原石―――」
ぼくの感傷をぶち壊しにするかの如く、肩を叩かれた。
むっとしながら振り向けば、そこにいたのは何とまあ、胡散臭い男であった。
燕尾服に蝶ネクタイ、頭にはシルクハット。
右手にはステッキ。
鼻の上にちょこんと乗っけた片眼鏡(モノクル)。
人懐っこい笑顔を浮かべてはいるが、何処からどう見ても、怪しさしか存在しない男だった。
ぼくは無言で、数メートルほど移動した。
この岸辺露伴の持つ、とある<能力>を使う事も考えたが…そういう形でさえ、関わり合いになりたくない。
無視するに、限る。
「いきなり距離を取らないでくれ給えよ、ムシュー・ロハン?」
「なっ…!?」
名前を知られているだと…!?こいつ…何者だ!?
「はっはっは、驚く事ではないだろう。ロハン・キシベといえば、我が国でも高名な漫画家だからね―――
私も勿論、大ファンですとも。こんな所で会えるとは、運命の女神に感謝すべきか」
男は懐に手を突っ込むと、何かを取り出す。
「それは…」
「うふ。大好きですよ、これ。いつも持ち歩いてるぐらいにね」
ぼくの代表作<ピンクダークの少年>第一巻だ。
しかも、日本語版。
「最初の版ということで、今は修正されてる誤植も味というものさ」
おまけに初版らしかった。
…単なる、ぼくの熱狂的なマニアなのだろうか?それはそれで気色悪いものがある。
「初対面で不躾と思うが…是非とも、サインを頂きたい。家宝にしますので」
「…名前は?」
単行本を受け取りつつ、ぼくは訊く。
さっさとサインでも何でもして、帰ってもらおう。
それがいい。
「クリストフ・ジャン・ジャック・サンローラン―――最も<サヴァン>と言った方が、通りがよかったり
するのだがね」
「サヴァン…<賢者>ね…」
サラサラとペンを走らせて、ぼくは彼―――<サヴァン>と名乗る胡散臭い男に単行本を突っ返した。
サヴァンは心底嬉しくて堪らないといった面持ちで、いそいそとサイン本を仕舞う。
よし、これでオールOK。
ぼくの平和は保たれた。後はさっさと帰ってくれるのを待つだけだ。
「時にムシュー・ロハン。君はこの<殺戮の女王>に、並々ならぬ興味があるようだね?」
帰ってくれなかった。
むしろ、話を続ける気満々だ。
「君がこの美術館に足を踏み入れてから今でちょうど七十七分七秒。<殺戮の女王>の前で足を止めて魅入る
事、実に四十五分。秒にして千六百二十秒…と、言っている間にも、二十三秒が過ぎてしまった」
…こいつ、ぼくが美術館に入る所から見ていて、しかも秒単位で時間を計っていたのか?
やはり、普通ではない。主に悪い意味で。
ウンザリしているぼくに気付いているのかいないのか。
鷹揚に、サヴァンは両の手を大きく広げた。
「ムシュー・ロハン。私でよければ、君の話し相手になりたい」
「だが断る」
この岸辺露伴が最も好きな事の一つは、こういう自分勝手に物事を進める手合いに「NO」と断ってやる事だ。
「確かにこの<女王>実に美しい輝石だ…こうして硝子の檻に鎖された姿は、まるで硝子の棺で眠る可憐な姫君
のようだね…嗚呼。正しく彼女は、檻の中の花だ」
「…………」
こいつ…。
「多くの人間を魅了し、そしてその人生を狂わせてきた赤色金剛石―――そもそも、この<殺戮の女王>の名は
一人の女性に由来するのだよ」
サヴァンは、静謐に語り続ける。
いつしかぼくは、彼の言葉に聴き入っていた。
「<殺戮の舞台女優>と呼ばれたミシェル・マールブランシェ。彼女が犯罪史の表舞台に登場する事、三度に
渡る―――まずは実父ヨセフ・マールブランシェの凄惨な変死事件。
その後、彼女を引き取った養父アマンド・オルビエによる絞殺・死体遺棄未遂事件。
最後に、ミシェル・マールブランシェ自身の手による青少年連続拉致殺害事件。
不思議な事に、ミシェルは最後の事件において年齢は二十歳にもなっていない。だというのに、干乾びた老婆
となって、自らが殺した少年達と共に折り重なるようにして死していたという。その生涯は、余りにも多くの
死で彩られているのだよ」
この赤色金剛石と同じように。
サヴァンは言う。
「奇跡の輝石・赤色金剛石(ディアマン・ルージュ)―――彼女を最初に手に取ったのは、妹の婚礼のために
出稼ぎをしていたとある青年。寂れた鉱山の中で彼は寝食を忘れ、何かに取り憑かれたように穴を掘った。
掘り続けた。そして…彼の眼前に現れた、かつて見たこともない美しき原石―――」
サヴァンの紡ぐ言葉は、ぼくの脳裏にその光景を思い浮かばせる。
幸運。彼にとってまさに、至極の幸運だ。
彼は30ctの赤色金剛石を手にしながら、ただ、妹の笑顔だけを思っていたのだろう。
これを売れば、莫大な金になる。
苦労をかけてきた可愛い妹の婚礼を、盛大に祝ってやれる。
嗚呼。可愛い妹よ。これで、胸を張って、送り出せ―――
幸運。彼にとってまさに、至極の幸運だ。
彼は30ctの赤色金剛石を手にしながら、ただ、妹の笑顔だけを思っていたのだろう。
これを売れば、莫大な金になる。
苦労をかけてきた可愛い妹の婚礼を、盛大に祝ってやれる。
嗚呼。可愛い妹よ。これで、胸を張って、送り出せ―――
ガツッ
「欲に眼が眩んだ鉱山の管理者は、男を殺して女王を奪った―――
鉱山の管理者は宝石商に其れを持ち込んだ―――
眼の色を変えた鷲鼻の宝石商は、管理者を殺して女王を奪った―――
その宝石商も、また―――
回る廻る、死神の回転盤(ルレトゥ)―――
そして、彼女は今―――この美術館の一室。硝子の柩で、静かに眠る」
ふう、と。サヴァンはそこで、話を終えた。
「ムシュー・ロハン。君は今、この<殺戮の女王(レーヌ・ミシェル)>に、強く魅せられている事だろう―――
それでも、硝子越しに見つめるだけにして置き給え」
鉱山の管理者は宝石商に其れを持ち込んだ―――
眼の色を変えた鷲鼻の宝石商は、管理者を殺して女王を奪った―――
その宝石商も、また―――
回る廻る、死神の回転盤(ルレトゥ)―――
そして、彼女は今―――この美術館の一室。硝子の柩で、静かに眠る」
ふう、と。サヴァンはそこで、話を終えた。
「ムシュー・ロハン。君は今、この<殺戮の女王(レーヌ・ミシェル)>に、強く魅せられている事だろう―――
それでも、硝子越しに見つめるだけにして置き給え」
「狡猾な少女―――影と踊った老婆―――派手な娼婦―――泥に塗れた王妃―――幾つもの首を彩り、幾つ
もの首を刈り取った女王。その凛と紅き血塗れの接吻(くちづけ)に、どうか射ち堕とされぬよう」
もの首を刈り取った女王。その凛と紅き血塗れの接吻(くちづけ)に、どうか射ち堕とされぬよう」
その後、いくらかの言葉を交わした気もするが、よく覚えていない。
ぼくの心は既に<女王>に支配されていたのかもしれない。
彼女を、もっと間近で見たい。
この手で触れたい。
その欲求は、ぼくの中で、抑え切れぬ程に強くなっていた―――
ぼくの心は既に<女王>に支配されていたのかもしれない。
彼女を、もっと間近で見たい。
この手で触れたい。
その欲求は、ぼくの中で、抑え切れぬ程に強くなっていた―――