SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 第094話 「パピヨンvsヴィクトリア&音楽隊の帰還」後編  (5)


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

【9月12日】 

 まひろ所属するところの演劇部は最近とみに活気を帯びている。
 もちろん元々みんな演劇に意欲的だったのはいうまでもないが、それが最近とても良い方向に刺激されている。
 だからまひろは最近部活がとても楽しい。

「でもびっきー、あまり部活に来てないよね。カゼかなあ? 体の調子が悪かったらどうしよう」
「しばらくアルバイトで忙しいみたいよ。何でもやりたいコトのためにお金貯めたいんだって」
「お父さんたちから仕送り貰っているのに立派だねびっきー。メイドカフェでも毎日一生懸命働いているし」
「そういえばヴィクトリアのご両親って何してる人なんだろう。今は離れて暮らしているらしいけど、あの子、家族のコトはあ
まり話したがらないから……」
「そそそそそそれはきっとホームシックになりそうだからだよ! う、うん。きっとそうだよ」
「? ? なんでまっぴーが慌てるの? でもびっきーって不思議だよねー。なぜか斗貴子さんと同じ制服着てるし、外国の
コなのに日本語すごくうまいし」

 そんな最近不在気味のヴィクトリアと入れ替わるようにやってきた男がいる。
 パピヨン。新たな監督である。彼の牽引力は良きにつけ悪しにつけ強烈なのだ。演劇部の活況は彼のせいでもある。
 更に彼に引き続くように、斗貴子、秋水、桜花といった知り合いたちも次々入部してきている。

 だから、まひろは最近の部活が楽しい。



 たとえ内心のさらに奥底に秘めた感情がどうであれ。



「ハイ! ハイっ! 監督! 木さんの役なら私が!」
「貴様がか? 馬鹿をいえ。貴様のような落ち着きのない女になど背景はとても任せられん」
「ううん! 向いてないからこそチャレンジするのよ! 何しろ私はまだ一年生ッ!!! 背景さんをコツコツやって先輩たち
の演技をしっかり勉強しなきゃダメなの!! え、どうしてもダメ? うーん。監督がそういうなら…… あ! あ、じゃあさじゃ
あさ、出会えー出会えーって悪代官さんに呼ばれてすぐ斬り殺されて爆発するミミズ怪人A! これ、これならどうかな! す
ぐ退場するし他の人にも迷惑にならないよ!!」」
「まっぴー。もうちょっといい役頼もうよ」
「というか何で悪代官が怪人呼ぶの? そんなの書いた覚えないけど……」
 顔をしかめたり呆れたりの友人たちのツッコミもなんのその、まひろは今日も絶好調である……と部員達は思った。
「生憎だが下っ端の要望を聞き入れてやるつもりはないんでね。役の配置は俺がする。貴様は──…そうだな。爆発現場
で仰天して騒ぐモブで十分だ。やかましいだけの貴様の声も場面によっては使いようがある」
「おぉ。さすが監督」
 メガホンをビシィ! と突き付けるパピヨンにまひろは心底感心したように頷いた。
「…………フン」
 最近就任したての監督──パピヨン──がやや目を丸くした。よくあるコトだ。まひろはいつも不思議に思っている。元気
よく発言する度、監督の内面はわずかだが確かに揺らいでいるようだった。無愛想で傲慢な鉄面皮が人間的な柔らかさに
はつと鞣(なめ)されるのだ。まるで、いなくなった誰かを懐かしむような機微が滲み出るのだ。
(むかし仲良かったコとか思い出してるのかな?)
 常々不思議に思っているが、もしその「仲良かったコ」が闘病の末に死んだーとか、お互い好きだったのに親の都合で引き
裂かれたーとかドラマチックな要素満載だったりすると聞くのは悪い。そう思ってまひろはあまり突っ込まないコトにしている。
(……私だって、お兄ちゃんのコト聞かれたらまだすごく悲しいし)
 カズキのコトを思い出すたび胸がちくちくする。
(きっといまも敵さんと戦っているんだよね。なのに私、フツーに過ごしていていいのかなあ…………?)
 秋水の病室で、メイド喫茶で、演劇部で。笑って過ごしていても時々不意にカズキのコトを思い出してしまう。そのたび自分
だけが兄に守られた世界の中で楽しく明るく過ごしていていいのかという疑問も浮かんでしまう。


「それについては構わないと思う。君の兄は、君がそう過ごせる世界を守りたいから敵とともに月へ飛んだんだ」

「君が笑ったり楽しんだりしていても、彼は決して責めない。身を張って良かった。心からそう思うだけだ」


 秋水などは生真面目な表情で気にしないよう諭してくれるし、そういう気配りはとても嬉しいが──…
.

(でもねお兄ちゃん。斗貴子さんはね。まだだいぶ元気がないよ。きっと毎晩泣いてるよ……?)

(びっきーって可愛いんだよ。お兄ちゃんにも会わせてあげたいなあ)

(六舛先輩や岡倉先輩や大浜先輩は悲しそうだよ。ちーちんだってさーちゃんだって寂しそうだよ)

(桜花先輩もブラボーさんも辛そうだし)

(きっと秋水先輩も、お兄ちゃんに謝らなきゃ前へ進めないと思うよ)

(私だって辛いんだよ。お兄ちゃんに戦わせて私だけ楽しく過ごすなんて)

(いくらお兄ちゃんがみんなの味方で、大勢の人を守ってくれていてもね…………)

(帰ってきてくれなきゃ…………みんな心から喜べないよ……)


「大丈夫、まひろ?」
「え?」
 心配そうな千里の呼びかけでまひろは現実世界に引き戻された。理知的な顔立ちのおかっぱ少女はひどく心配そう
な顔をしている。その背後にはやや瞳が赤い沙織もいる。頬を何か湿った熱い物が通り過ぎた。慌てて手を当てる。指先
が水分に光っている。それでまひろは自分が泣いていたコトに気付いた。見渡せば演劇部員たちの視線が嫌というほど
自分を向いている。
「あああええと、ええとねコレは、監督の見事な采配に感動していただけで、その、あの……!」
 慌てて胸の前で手を振る。必死に取り繕うが友人たちや部員一同の微妙な雰囲気は消えない。確か学校関係者には
カズキが原因不明の失踪を遂げたとだけ伝えてあるのをまひろは思い出した。今は収まっているが初夏以前の銀成市
では行方不明事件がよく起きていた。一説には全国平均の2倍という。大きなものなら高台に住んでいた蝶野一族の失踪
事件、小さなものなら銀成学園の英語教師の失踪(表向きは入院として処理されているが)などが記憶に新しい。カズキも
そういう事件に巻き込まれた。部員達はそう思っているのだろう。もっとも、カズキは失踪事件の根源をことごとく取り除い
た側で、結果、月にいるのだが。

「まあこの俺、パピ・ヨンの采配に感動するのは無理もない! せいぜい貴様はこの俺の素晴らしさに感動して泣いていろ!」

 パピヨンはどこ吹く風である。両手を華麗に広げて腰を左右に振りたくった。
 明るい雰囲気だが、まひろは見てしまった。
 一瞬難しげに何かを考え込み、少し泣きそうになるのを無理に明るくした「監督」の顔を。
(ひょっとして、私に気遣ったり──…)
「おうおうなんじゃなんじゃ。微妙にしけった雰囲気じゃのう。ひひ。いい若い者が昼日中から辛気臭くてどうする」
 ドアの開く音に遅れてカラカラとした声が教室に響き渡った。
 見ればいやにカビ臭い小柄な少女がそこにいる。
「あ! 理事長さんだ!! 理事長さんが来たよちーちんさーちゃん!」
 まひろの声が跳ね上がった。明るい声はどこか、無理をしているような響きもあった。



【9月9日】


 パピヨンのストレス値が高まっていた。


「シーツぐらい干さないと健康に悪いでしょ」


 太陽の匂いのするシーツをヴィクトリアが敷き述べた。ストレス値+1。


「何って……見ての通りただの掃除じゃない。埃ってコマメに取り除かないと喉を刺激するし……」

 三角巾を被ったヴィクトリアがハタキ片手にキョトリとした。ストレス値+1。


「夕ご飯買いに行くけど、欲しい物あるなら言いなさいよ。つつっ、ついでに買ってきてあげるから」

 やや顔を赤くしてやり辛そうにヴィクトリアが聞いた。ストレス値-1.


「え? ハンバーガーだけ……? あ、いえ。文句があるとかじゃなくて……でも、栄養が偏るでしょ? いつもアナタ血を吐
いてるからホウレンソウたっぷりのシチューがいいって……あ、ち、違うわよ。アナタに作ってあげたいとかそういうのじゃなくて、
単に私用に作るけど材料少なめに買うと却って高くつくし、でも沢山買ったら今度は余るから、その、その、捨てる位ならア
ナタにあげた方が経済的って…………。あ……。食べかけを押し付けるとかそういうのじゃなくて! あなたに分けてから
食べるし、滋養とか鉄分があるから、悪くないって、悪くないってちょっと思っただけで…………いやなら、別にいいわよ……」

 買い物のメニューにケチを付けてきた。ストレス値+4。


「なんだかんだで食べてるじゃない。ひょっとして……おいしかったり、する? 味見はしたつもりだけど……」

 シチューを5皿お代わりしただけでやや嬉しそうな上目遣いをした。ストレス値+16。


「ええい鬱陶しい!! 貴様は一体何様のつもりだ!」

 クローン培養中のフラスコに痛烈な一撃が与えられた。中で蛙井という名の試験体がひいと顔を歪めた。フラスコには軽く
罅が入り、内容液がうっすら染み出した。ヴィクトリアはいない。しばらく時間が空くと告げるや、学校に行った。

 横なぐりに叩きつけた右拳を戦慄かせながら、パピヨンは咆哮する。

「人間のころ余命幾許もないと宣言された俺にさえ看護師や医者どもはああまでしつこく関わらなかったぞ!! フザけるな!
100年来地下に籠ったヒキコモリ風情が俺を保護しようなど、思いあがりにも程があ──…」

 うっぷとパピヨンは口に手を当てた。怒鳴り散らした時のお決まりで、血液が込み上げてくるのを感じたのだ。

 黙る。
 黙る。
 黙る。

 血は、込み上げてこなかった。

「──っ!!!」

 それがいよいよパピヨンを激昂させた。
 ヴィクトリアの清掃作業は病人の気管支に対し確実にいい効果をもたらしている。
 ここのところベッドシーツは毎日洗濯され、太陽の光とアイロンの熨(の)しで常に新品同様だ。気管支にはとてもいい。
 彼は声にならない声を上げ、手近なフラスコを何度も何度も痛打し始めた。円筒形のそれは地震に見舞われたかのごとく
揺れに揺れ、中にいるオーバーオール姿のぼっちゃん刈りが恐怖の形相でもがいた。彼は無数の気泡すら吐いた。

 最近のヴィクトリアはやや豹変しているように感じた。
 初対面の時のツンとした棘のある態度がなぜか急に軟化し、何かといえばパピヨンの世話を焼くようになったのだ。
 血を吐けば無言で口を拭き、机上で船を漕げば毛布を掛け、徹夜をすれば「雑務は自分がやるから」と睡眠を促し、腹が
鳴れば滋養のある暖かい食べ物をそっと差し出す。
 まったくヴィクトリアらしからぬ態度だ。もっとも小さな頃は純真無垢な少女だったしホムンクルスとなってからも母の介護や
100年来の守護をやりおおし、怪物と化した父でさえ家族として愛している。実際のところ根はやさしい家族思いの少女で、
ひねくれてしまったのは錬金戦団が押しつけたホムンクルス化やヴィクター討伐のせい……という見方もできなくはない。
 秋水やまひろ、千里といった面々との関わりで屈折が程良く和らぎつつあるのかも知れないが──…

 とにかくヴィクトリアの一挙一動の総てが、パピヨンにとってはまったく腹立たしい。

 理由はよく分からない。嫌悪を催すというのではなく、内心の何か、かつては求めていたが今はまあどうでもいいと割り切っ
ている何事かが疼くのだ。傲慢な彼だから割り切ろうともしている。下っ端のやっている事なのだからその成果の総ては
搾取してもいい、自分にはその権利がある。言い聞かせながらヴィクトリアの差し出す味も量も質もひどく良い料理を「搾取」
その一言で腹に収めるのだが、見守るように侍るヴィクトリアの表情! ひどく安心したような、物質的にはまったく損をして
いる筈なのに限りなく満たされている柔らかな微笑を見ると無性に腹が立つのだ。

 そういったヴィクトリアの存在を認めてしまえば今まで自分の縋ってきたモノが無に帰すような。
 ズルズルと生ぬるい方向へ引きずられ、ついには「カズキを救う」という大志を失ってしまうような。
 自分を支え続けてきた矜持が根底から崩壊してしまうような。

 やるせないもどかしさにパピヨンはずっとずっと苛立っていた。

 ヴィクトリアへの対処が決定したのは翌日である。
 彼女のある行動が、訳の分らぬ怒りに満ちた堪忍袋を決壊させた。

 白い核鉄の研究に没頭する筈のパピヨンが、演劇部の監督に就任し、やや無駄な時間を過ごし始めたのは。

 翌日のヴィクトリアの決意のせいである。

【9月10日】

「研究も軌道に乗ってきたし、私、少し働こうと思うの。研究資材はともかく、食費はけっこうかかるでしょ? それ位捻出
したいし──…」

 おずおずと話しだしたヴィクトリアにパピヨンは激昂した。
 聞けば彼女はメイドカフェでアルバイトをする(ディケイドとかやる夫が出てきた091話参照)らしい。

 実際問題、食費の問題などはなかった。パピヨンは父や曾祖父の遺産をたっぷり持っている。端的にいえば湿地帯とか
火山とかが点在する広大な土地にパピヨンパークという名の施設を作れるぐらいはある。にも関わらずヴィクトリアは働いて、
食費を稼ぐという。

(俺は、ヒモか……!!)

 などという世俗的な感想こそ抱かなかったが、怒りの本質はまさにそれであった。
 奇妙な話だが、パピヨンのような独立独歩を貫く気高い男にとって、女に食費を稼がせるというのは我慢ならぬコトらしい。
 かといって「食費など貴様の分もまとめて賄ってやる」と言える度量もないらしい。吝嗇(りんしょく。ケチ)という訳ではない。
それをいえば疎ましく思っているヴィクトリアを自分の世界に一歩引き入れてしまうような気がしたのだ。彼女もなんだかんだ
で受け入れるのも見えていた。それも庇護にありつけたという媚態ではなく、もっとこう人間的な、心通わせれる相手ができた
というささやかな喜びと嬉しさを以て申し出を受け入れるだろう。
 頭のいいパピヨンは瞬時にそこまで考えてしまい──…
 限りなく正確な未来予想図が非常に非常に不愉快だった。

 彼はとうとう、決意した。

 ヴィクトリアとの対決を、決意した。

 彼女が世間話で「それなりに楽しい」と評していた演劇部を、めちゃくちゃに破壊したくなったのだ。
 壊してどういうメリットがあるかは不明だが、とにかくヴィクトリアにやられっ放しなのは気に入らないのである。


 ならばニアデスハピネスの一つでもブっ放して脅せばいいような物なのだが──…


 直接危害を加えたくないと無意識に思っている自分がまた、パピヨンにとって腹立たしい。


 そして彼は演劇部の監督に就任した。


【9月12日】

 誰もいない研究室の中でヴィクトリアは暗い表情をしていた。

 最近、パピヨンが不在気味である。

 特に喧嘩をした覚えはない。一昨日、バイトを始めた日あたりから突然彼が顔を合わさなくなった。
 原因が分からない上に所在も掴めない。携帯電話の番号はそもそも分からない。

 だから実は最近、(防人に外泊許可を貰った上で。ただし行き先は告げてない)研究室に泊まってはそこから学校へ行き
放課後はバイトという生活の繰り返しなのだが、パピヨンが帰ってくる気配はない。
 彼愛用の机の上にはシチュー鍋と書き置きがあり、後者にはしばらくの研究方針と作業手順が事細かに書かれている。
 託す、というコトはヴィクトリアの手腕をある程度信頼している証かもしれないが、傲慢な癖にいやに病弱で世間ずれしてい
る弟のような青年が研究室にいないというのは、少し寂しかった。

 ヴィクトリアはただ、パピヨンの健康状態が気掛かりだった。
 動けぬ母を介護していた時のように、少しでも少しでも健康に近づけるよう、ヴィクトリアなりに努力したつもりだった。
 掃除もしたし、料理も作った。研究に没頭するあまり床で寝ていたパピヨンをベッドに運ぶ時は、意外にあどけない寝顔に
ヴィクトリアらしからぬ安らかな笑いを浮かべたものだ。
 そんな風に彼の世話を焼いたのは、濁った瞳の奥に気高い光を見たからだ。
 彼女と似た悲しみを湛えながらも、彼女が到れるかどうか分からない素晴らしい強さを秘めた光。
 どう接していいか分からなかったが、なるべく親身になれるよう務めたつもりだった。
 自分らしからぬ表情をしてしまうたび、就寝前に「なぜあんな反応してしまったのよ……」と枕に顔を埋め自らの失態を
嘆いたりもした。でもそういうくすぐったい感情が失ってしまった何かを取り戻してくれるようで、気恥しくも決して悪い気持ち
ではなかった。

(私はただ少しでも力になってあげたかったのに……どうして、避けてるのよ)

 作り置きしたシチュー鍋の蓋を開ける。。減った様子はない。
「お腹が空いたら温めて食べなさい」。
 側面で揺れる張り紙がなぜだか瞳に痛かった。





「たまには……部活に顔を出そうかな……」





 まひろたちの顔が、無性に見たくなった。