SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 第093話 「パピヨンvsヴィクトリア&音楽隊の帰還」前編 (2)


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【9月11日】

「けーれども彼はこ・こ・でさよなら♪」

「「「「「「「「残念だったねェ!!」」」」」」」」

 教室に響く合唱を津村斗貴子は「なんだコレ」とばかり聞き流した。平素凛々しく尖る瞳もいまや呆れの半眼に、頬にも汗
が一しずく。銀成市民と絡むたびよくやる表情だ。記憶こそないが故郷の赤銅島で和服を着ている時は絶対しなかっただろう。
 ちなみに教室は前と後ろでガラリと様子が変わっていた。教卓のある方は20人以上の部員が思い思いの動作(演技・観
劇・打ち合わせなどなど)ができるほど広々としているが、その煽りで教室の後半分は机や椅子がギッシリと押し込められ
雑然としている。
 斗貴子は教室の中ほど、窓際で先ほどから教室の様子を眺めていた。
(しかし、演目の意味不明さはともかく、日曜日なのによくやるなこのコたち)
 演劇論を戦わせる女子たち。
 セリフの確認をし合う男女たち。
 仲間と連れ立ってストレッチをする男子たち。
 教室の後ろに追いやられた机を見れば熱心に台本を読み込む若人たちがぽつぽつと。
 広々とした教室の前半分はいかにも活気ある文科系部活の姿である。
 顔見知りもいくらかいる。
「たか! とら! ばった! た・と・ば! たとばたっとば!」
 楽しそうに「これはどうかな!」と部長らしき上級生にお伺いを立てているのはまひろで、ジャージ姿で座りこみ、柔軟体操
をしているのは沙織。「ぎゃあ、痛い痛い」と体の硬さに泣き笑い中だ。
 机の群れの中には台本を熱心に読む千里。
 鉛筆を忙しく動かしてはすぐ思案顔……という様子を見るにつけ、ひょっとしたら台本担当なのかも知れない。メガネをか
けたおかっぱ少女はいかにも文芸少女という感じで好ましい。
(しかし教卓前のアレは何だ? えーとだ。アレは、パピヨン……じゃないな)
 額に手を当て俯く。
 まず教卓の前に男が一人。金のカツラを被り、黒いスーツに銀色の仮面。紫色のマントも付けている。
 彼から2mほど前には男女が計8人。横に整列する彼らはいかにも「中世北欧の村人」という質素な衣装だ。
 そして彼らは教卓前の男がシャキっと振り向き叫ぶや同調する。


「けーれども彼はこ・こ・でさよなら♪」

「「「「「「「「残念だったねェ!!」」」」」」」」


(いったい何をやっているんだキミたちは)
 新入部員たる斗貴子にはひどく理解しがたいが、彼らは彼らなりの決まりごとのために叫んでいるらしかった。
 そして斗貴子の仇敵は先ほどから黙然と腕組みしたまま黒板の前に突っ立っていた。
 毒々しい蝶々覆面は当たり前のようにそこにいて、しかも丸めた台本さえ握っている。よほど演劇に執心しているらしく、
「さよなら」「残念だったねェ」のコンボをひどく熱心な眼差しで眺めている。
(パピヨン!)
 いつの間にかやってきて監督を務めているというパピヨンは、全く以て平和な演劇部に不要な存在だ。少なくても斗貴子
自身はそう思った。邪魔者。かどわかし。いやむしろガン。悪性新生物。死ね。いや死なす。ブチ撒ける。
(奴が人気のない場所に行った時がチャンスだ。まず助けを呼べないよう口を切り裂いてやる。そうだ。死ね。苦痛の中で
後悔すればいいんだ。なまじ章印がないばかりに楽には死ねない! フフフそうだ思い知れ思い知るがいいんだククククク)
 精神が汚染されている。そんな実感もむべなるかな。
 そもパピヨンのせいで入りたくもない演劇部に入る羽目になった斗貴子だ。
 昨晩……

「戦士長。よくも私を演劇部に入れてくれましたね。アリガトウゴザイマス」
「ああ! キミも青春をたっぷり楽しんで来い!」

 今朝……

「桜花! よくも私を演劇部に入れてくれたな!」
「ええ。津村さんも青春を謳歌してみたらどうかしら」

 さっき……

「いいかまひろちゃん! 私はあのパピヨンを追い出したらすぐ辞めるからな!」
「ダメだよ斗貴子さん! 一度しかない青春なんだし卒業まで演劇やらなきゃもったいないよ!」

(くそう。どいつもこいつも勝手なコトを! パピヨンの道楽に付き合わされるこっちの身になれ!)
 楽しみ謳歌すべき一度しかない青春は、無責任な連中のせいで確実に浪費されている。
 唯一味方になりえそうな剛太も体験入学とか何とかで一応来てくれたが、斗貴子を見るや爽やかな笑顔で退室した。
「やっぱり、先輩は演劇部にいるべきです。影ながら応援してます。それじゃあ!」」
 その時斗貴子は(まひろに無理やり)メイド服を着せられていたが、斗貴子自身はなぜ剛太が親指さえ立て満面の笑顔で
逃げて行ったかは分からない。
(よくも私を見捨ててくれたな剛太。後でたっぷりブチ撒けてやる!)
 歯がみしている内、演目が終わったらしい。
「どうでしょうか監督!」
 銀色仮面がひどく嬉しそうにパピヨンに呼びかけた。
「話にならんな」
 ひどく堅い声を漏らしたきり、パピヨンは無言で銀色仮面に歩み寄った。そして2歩ほどの距離で止まり、丸めた台本を
銀色の仮面に突きつけた。即興品なのだろう。セロテープで接合された仮面の一部がハラリと取れ、だらしなくブラ下がる。
 斗貴子は見た。蝶々の翅の奥にある瞳が歪み、濁った怒りを放つのを。
「今の演技のどこに貴様自身がある? 貴様はただ元の演者の動きを頭の中でなぞっているにすぎん」
 暗いがひどく熱の籠った声音だ。銀色仮面は「その声音を浴びるぐらいなら怒声の方がマシ!」という風に息を呑み、ガ
タガタと震え始めた。他の演劇部員も同じだった。凍りついたように体を止め、視線だけをパピヨンたちに釘付けた。
「猿真似としても全く練習不足! 話にならん! まずは本家本元の動きを完璧に模写(トレース)しろ!」
「はい監督!」
「模写(トレース)した上で忘れろ! 全てをだ!」
「はい監督! ちなみに監督がこれをやればどうなりますか!?」
「フム。なかなかいい質問をするじゃあないか。ならば特別にこのパピヨンの演技を見せてやる」
 やがてパピヨンはいやに爽やかな笑顔を浮かべ、クルクルとワルツを踊ったり片足を高々と持ち上げたりしながら最後に
極上の笑顔で手を広げ「残念だったな!」と叫び……あと、血を吐いた。
(うわあ……)
 斗貴子は思わず目を背けた。これほどひどい演技は見たコトがない。
 果たして演劇部一同からもざわめきが上がり始めた。
(いい気味だ。メッキが剥がれたなパピヨン。貴様の演技など受け入れられるはずも──…)
「すげえ! まさかこんな解釈があったなんて!」
「え?」
 ガッツポーズする銀色仮面を斗貴子はまさしく「眼を点に」見た。
「ええ。ここでの華麗で流麗な動きは後に生きるわ!」
「この後に訪れる絶望がッ! 引き立つのよーっ!」
「僕は動き自体を評価したいね。新体操とダンスを組み合わせたまったく一分の無駄もない斬新な動き。これはまったく
演劇界に革新と旋風を巻き起こすよ。もちろん、演技力も特筆すべきだけどね」
(あの、ミナサン?)
 口々に賞賛を送りだす演劇部員に斗貴子は愕然とした。分からない。何がそんなにいいのか分からない。
「最後に血を吐くのがまたスゲーぜ! 見る人に新たな解釈を与えるし何より吐血それ自体がインモラルでエロい!」
「実をいえば吐血自体はハプニングさ。失敗失敗。力むあまり血を吐いてしまった」
 袖で口を拭うパピヨンに、得意気に笑うパピヨンに、部員達はますます興奮した。
「本物は違う!」
「力むだけで血が!」
「まさに迫真の演技!」
「もうダメだこの演劇部。私は帰る」
 盛大な溜息をついて斗貴子はよろよろと歩き出した。ストレス性の頭痛と発熱と悪寒が全身を蝕んでいる。
(くそ。やっと例の音楽隊との決着がついたのに、いつまで私は銀成市に……ん?)
 喧噪の中で足が止まる。
 思考があらぬ方向へ飛んだのは、現実逃避のためかも知れない。パピヨンへの賞賛は未だ鳴りやまない。
(そういえばもう1週間か。この学校で『あの』虚ろな目をした鳥型ホムンクルスと戦ってから)
 そのあと戦いが終わって、1週間。
(ブレミュ、だったな。大戦士長の誘拐事件について協力するという話だったが)
 いまのところ防人から進展についての説明はない。
 正直、演劇部入部に策謀を巡らせるぐらいならブレミュ勢の顛末や誘拐事件の進捗状況ぐらい話しても良さそうなもの
である。
 そう思いかけた斗貴子は「仕方無い」という表情で首を振った。
(大戦士長の誘拐は戦団全体に関わる問題だ。となれば処理に当たるのは当然、本部やそこにいる火渡戦士長というコ
トになる。戦士長(防人。ブラボー)の手はすでに離れているだろう。もし、もう一線を退いている彼に連絡が来て、私達に
も伝えられるとするような状況があるのなら、それは──…)
「どうしたの斗貴子さん? 浮かない顔して……。ひょっとして部活、楽しくない……?」
 思考を遮るようにまひろの声がかかった。はっと現実世界に目を向けると、つぶらな瞳の少女が眼前いっぱいに広がっ
ている。どうやら彼女なりに気遣っているらしい。太い眉毛が心配そうに潜まっているのがよく見えた。
「い、いや」
 こういう雰囲気に慣れていないだけだ。嫌という訳ではない。半ば本音で半ば配慮に対する社交辞令をぎこちなく漏らすと
まひろも一応理解してくれたようだ。「それなら」と明るい表情を浮かべた。
「というかキミ、なんでそんな服なんだ?」
「俺に質問をするな……」
 真赤なメッシュジャケットとメッシュパンツに身を包んだまひろは、ふふんと瞑目し腕組みをした。どうやらハードボイルドを
気取っているらしいが何かもう全体的に上滑っている感じだった。
「どう、似合う? 刑事さん! やる夫社長さんから聞いたけどね、別世界にはこんな刑事さんがいるんだって! で、青い
強化装甲身にまとっては連敗するのでした! あ、素早くなるんだったかな……。どっちだっけ斗貴子さん」
 忙しい少女だ、斗貴子はそう思った。花開くように笑ったかと思えば両目をキラキラと輝かせ旧知を語り、小さな顎に指を
当てフと考え込む仕草をし、最後はまるで幼女のようなあどけない直視を送ってくる。
(やれやれ)
 ただまひろが前に来て喋った。それだけなのに毒気がいささか抜けているのに気づき、斗貴子は微苦笑した。本当にもう
気楽で能天気で手に余る少女だが、そこにいるだけで周囲を和ますという点では他の誰よりも長けているらしかった。
 そういえば黙りこんでいる斗貴子にわざわざ歩み寄って声を掛けたのは現状ではまひろ1人だけだ。
 ……とはいえ、他の何人かは斗貴子の様子に気付いていたらしい。まひろにつられる形で1人、また1人とぽつぽつ歩み
よってきた。
(い!?)
 どうやら「気付いていたが初対面なので声を掛け辛かった」らしい。それがまひろの遠慮斟酌なき呼びかけで打破された
という訳だ。いうなれば斗貴子という城塞の門が攻城兵器まひろで破られたのを幸い、演劇部兵士諸君がわっとなだれ込
んできた格好になる。……1人、3人、5人すっとばして20人。いつしか斗貴子を取り囲むように演劇部員達は思い思いの
呼びかけを始めた。
「大丈夫ですか?」
「緊張しますよねやっぱり突然演劇なんて!」
「いや、違う! 私の抱えている問題はそういうのじゃなくて!」
 面喰らったという顔で壁に背をつき両手を広げる。ざらっとした白い粉が掌を這う感触にぞっとする。デジャヴ。確か転校
初日もまひろのせいでクラスメイトからの質問攻めに遭った。
「じゃあ台本書くのはどうです斗貴子さん! お話を書くのは面白いですよ!
「いや、正直私は話作りの才能なんて……違う! というか若宮千里! なんでキミまで乗ってきている!」
 どっからどう見ても制止役のおかっぱ少女までもが台本片手に勧誘を始めているのを見た時(心持ち、彼女の顔は桜色
に染まり、小さな鼻から興奮性の吐息をふんすかふんすか漏らしていた)、斗貴子はまったく思った。
(やっぱりこの学校はヘンだ!)

 質問攻めが終了するまで10分を要した。

「チッ」
 ファンを取られた。パピヨンだけは嫉妬の視線で斗貴子を眺め……
 どこかへと消えていった。

 車座に──厳密にいえば窓際の斗貴子を取り巻いていたので車座の半分だが──連なっていた演劇部員達が水を引く
ように去って行き、後はまひろだけが残された。
「ところでキミたちがやってる演目はなんなんだ?」
「何って、何が」
 まひろは大きな瞳をハシハシと瞬かせてた。質問の意図がよく分かっていないらしい。演目に馴染みすぎているせいで
「みんな知ってて当然」とばかり思い込んでいるらしい。何かを修練/追及している者にありがちな齟齬。何も知らぬビギナー
への説明意識がカラッカラらしかった。
「その、さっきからずっと”さよなら”だの”残念だったね”だのばかりやってるような気がするんだが」
「あ、それ? それはねー」
「ガウンの貰い損」
 聞き覚えのある冷淡な声に斗貴子は振り返る。
 声は、教室の後ろの一角、不規則に並ぶ机の上から響いていた。
 その声の主は、きゅうきゅうと詰まる机の隙間をものともせず、座っていた。
「ガウンの貰い損とはサウンドクリエイターれヴぉを中心とする日本の音楽ユニット。自らを「幻想楽団」と称し、物語性の高
い歌詞と組曲的な音楽形式による「物語音楽」を主な作風とする。ファンからの愛称はガンモラ」
 まるでwikipediaか何かから拾った文章をそのまま読んでいるような影に斗貴子は見覚えがあった。
「六舛孝二……どうしてキミがここに」
「もうすぐ馬鹿が来るから先回りして止めに来た。あの様子じゃ大浜でも止められないだろうし」
「?」
 それより、と六舛は眼鏡をくいと押し上げた。
 髪の短い、ひどく希薄な印象の少年だ。顔立ちには特に特徴らしい特徴がない。もっとも特徴がないというのは際立った
欠点もないというコトになるから、どちらかといえば端正な顔立ちの少年だ。
 斗貴子は首を傾げたが、この少年は常に何を考えているか伺い難いフシがある。もし武藤カズキの親友の1人でなけれ
ば生涯会話らしい会話をせずに終わっただろう。それほど斗貴子とは共通点が少ない。
「いまやってた演目はガンモラの中で一番有名な奴」
「あ、ああ。説明してくれたんだな。今の演目が何か」
「そ。簡単にいえば”さよなら”とか”残念だったね”は決めゼリフ。だからファンはみんなやる訳」
 まったく抑揚も感情もない声だ。冷静そのもの。カズキたち4人の中で一番成績がいいというのも頷ける……斗貴子は
改めてそう思った。
「さすが六舛先輩! じゃあさじゃあさ、これは知ってる!」
 斗貴子が振り向くとまひろは妙ないでたちをしていた。先ほどまではあまり刑事らしからぬ真紅の衣装だったのが、今度
は打って変わって騎士風の鎧と剣を持っている。そして右手の片手剣をまひろは悠然と突き上げた。
「彼方へ! 私の道を……切り開く!」
「ジェシカの彷徨と恍惚・傷だらけの乙女は何故西へ行ったのか・漂流編」
「正解!」
 目を > <  こんな形にしてきゃいきゃい騒ぐまひろと机の群れで淡々としている少年を斗貴子はげっそりとした眼差し
で見比べた。しなやかな体がこころなし猫背になっている。
(いや、何の話をしているんだ。分からない。今の若いコたちはこういうものが好きなのか?)
「ちなみにジェシカは7時間以上かかってなお未完の作品。ガンモラ最低の駄作の呼び声も高いが、その長さと未完結作品
ゆえにディープなファンたちの人気は高い。情報量をどれだけ短くまとめられるか競ったり、或いは欠落した部分を他の作品
からの引用で補完したりする。ちなみにこれが生まれたのは”フウト”ってところで別世界のこの街には仮面ライダーが居る。
091話最後で出てきた猫と老人はきっとその別世界から来た筈だ。あとテラードラゴンは分離すべきじゃなかったよね。あれ
頭に載せた状態のが強かったよね」
「何の話だ……」
 もう嫌だ。かつて根来に忍法うんぬんを披露された時のようなゲンナリ感。目が眩む思いだ。
「私たちが今度発表する演目もジェシカだよ! みんなで知恵を出し合って一生懸命作ってるの!」
 はしゃぐまひろだが斗貴子のテンションは上がらない。思わず肩を落とした。
「……よく分からないが人の作品を勝手にいじくっていいのか?」
「斗貴子氏は知らないだろうけど『二次創作』っていう立派なジャンル。結構あるけど? マンガとか小説とかのも。例えば
連載2年で打ち切られ単行本10巻しか出てない作品の二次創作を5年近くやってる物好きだっているし」
「本家本元より長く? 考えられない。何がそうさせているんだ……」
「愛だよ。愛! 愛だよ斗貴子さん!」
 小説2冊ドラマCD4つサントラ1つゲーム1つ。いずれも絶賛発売中である。
「だいたいガンモラは二次創作に寛大だし。れヴぉっていう一番偉い人はお酒さえ飲めれば自分のキャラがどう使われよう
といいって宣言している。だからファンたちはいわゆる自分設定を作って楽しんで、それをインターネットで仲間たちに発信
して楽しんだり、同人誌とかも出してる。同人の中では最大手でグッズとかいっぱい出てる」
 ディープな世界だ。そもそも斗貴子は同人が何か分からない。
「てゆーか六舛くん、その話、色々混じってない?」
 おずおずとした声に斗貴子ははっとした。
 高校生にしてはやたら恰幅のいい青年が、机をガゴガゴと広げながら近づいてきている。はちきれそうな学生服の上で
気弱な顔がひどい苦難に歪み、大息さえついている。それはやはり体形ゆえか。彼はやがて六舛の傍に寄り……
「やっぱり止められなかったか」
「ごめん。体当たりして先回りする時間稼ぐのが精いっぱい……」
 とだけ謎めいたやりとりをした。
(六舛孝二に大浜真史……。カズキの友人が2人揃ったというコトは!)
 ここで斗貴子もだいたいのあらましが想像できてきた。そしてそれは、当たっていた。
「ゴメン斗貴子氏。ちょっと説明中断するけどいい?」
「構わないが」
 頷きながら六舛は立ち上がり、演劇部員をかき分けながら教室をナナメに縦断し始めた。どうやら教室の前のドアを目指
していた。斗貴子がそう知ったのは総てが決着した後である。
 そして。
「聞いたぜ! 桜花先輩が演劇部に入るってな! だったらお相手役はこの俺しかいねぇだr」
「黙れ岡倉。お前に演劇の才能はない」
 勢いよく開いたドアの向こうに彼は(淡々とした声で)手を差し込んだ。窓際に佇んでいた斗貴子だが、その角度上ことの
あらましは大体見れた。骨法。鮮やかな手つきで友人の首を一回転させ、滑らかに気絶させる六舛を。彼は武術にさえ通
じているのかも知れなかった。
 一拍遅れて、骨の外れる小気味のよい音が響いた。演劇部員達はすわ何事かとドアを見たが──…
「なんだエロスか」
「本当だエロス先輩だ」
「エロスさんなら別にいいや」
 みなチラ見しただけでそれまでの行動に戻った。
「チクショオオオオー! 俺ならいいってのかよォ!」
 果たして一拍遅れの恨めしい叫びが教室を貫くころ、斗貴子はようやくだいたいの事情を察した。
 だが、しかし、それは。
 腰に手を当て厳しい目つきをする。実に馬鹿馬鹿しいという思いでいっぱいになる。
(あのやたらはしゃいでいた声。間違いない。岡倉英之。あのエロスか)

 やがて見覚えのあるリーゼントが大浜の肩に乗り、六舛の「馬鹿が迷惑かけてすまない」という謝罪と共に退室するまで
斗貴子はしばし黙りこみ──…刮目。絹を裂くような叫びをあげた。

「というか桜花が入部ぅ!? なに考えてるんだあの生徒会長は!」
「秋水先輩もケガが治るまで仮入部するらしいよ!」
「んで監督がパピヨンか! なんでこうLXEの連中が急に多くなってきたんだこの部活!」

「えるえっくすいーというのは何じゃ?」
 振り返った斗貴子がしばし虚空を眺め戸惑ったのは、相手の身長のせいである。
「下じゃ下じゃ。のう、のう。えるえっくすいーというのは何なんじゃ?」
 促されるまま首の角度を急降下させると、ようやくながらに相手の顔が見えた。
(ちっさ!)
 まず率直な感想が浮かんだ。斗貴子もかなり小柄な方だが、この相手はもっと背が低かった。
 制服こそ銀成学園高校のそれだが、どう贔屓目に見ても小学校低学年でランドセルを背負っている方がお似合いだった。
(例の音楽隊(ブレミュ)の小札零ぐらいか……? いや、もっと小さいか)
 いま相手にしているのは130cmあるかどうかという少女だった。後ろで括ったすみれ色の髪の根元にかんざしを挿して
いる。かんざしといっても古風なそれではなく、今風のアレンジが大いに加わっている。フェレットとマンゴー。可愛らしいデ
フォルメの聞いた人形がかんざしの上からプラプラと垂れ下がり、揺れている。
(確か……銀成学園の新しい理事長だったな。元理事長の孫の。年齢は……まだ7歳ぐらいか)
 じっと凝視すると、好奇心たっぷりの笑みがすり寄ってきた。
「えるえっくすいーっというのは何なんじゃ? うまいのかの?」
 いかにも楽しそうな声を弾ませながら、理事長はぴょこぴょこ跳ねる。
 お姉さんお兄さんはみーんないい人で誰とでも仲よくできる。そう信じ切っている無邪気な瞳だ。春の湖面のように澄み渡
った大きな眼には物怖じした様子などカケラもなく、ただただ斗貴子の返事への期待感に満ちている。
 低い鼻のてっぺんに桃色が差しているのは妙といえば妙だったが、その妙な部分が却って少女らしい愛らしさを引き立
てているようだった。
(しまった。どう説明すればいい? あんな共同体のコトな……なんだこの匂い?)
 説明に難儀する斗貴子は目を瞬かせた。いい匂い。芳香剤とは違う。料理の匂い。誰か弁当でも食べているのか……
一瞬そう思った斗貴子が周囲を見渡すと、演劇部員たちの怪訝そうな眼差しが目に入った。彼らは、斗貴子を見ていた。
と思ったのは錯覚で、厳密にいえば彼らは斗貴子の方、彼女の前に佇む理事長を見ていた。
 彼らの視線を追う。スっと視線を落とす。マンゴーたちが踊るかんざしの後ろに、妙な物があった。
 幅だけでも教室の後ろにわだかまる机6つ(縦2つ横3つ)ぐらいはある。
 成人男性1名程度なら苦もなく飲み干せる、そういう姿だった。
 白かった。途轍もなく、大きかった。白磁の淡い輝きを滑らかな曲線に乗せ、その場所に鎮座していた。
 形状だけ言えばそれはどこの家庭にでもあるものだった。
 丼。
 だった。
(なんだ丼か……。丼!?)
 とてつもなく巨大な牛丼だった。
 高さは斗貴子の身長と同じくらいである。見逃してしまっていたのが不思議なくらいの大きさだ。
 ステーキ並にブ厚い牛肉の破片が盛り上がる白米を埋め尽くしている。肉だけで眼前の少女の体重分ぐらいはあるので
はないか。斗貴子は戦慄する思いで観察を続けた。
 申し訳程度にまぶされた薄茶色の玉葱でさえ段ボール半分程度を消費したのは明白なのだから。
 一瞬斗貴子は「演劇部全員の昼食を持ってきた」と推測したが、生憎それは外れていた。眼前の少女は斗貴子が答えぬ
のを見るとさっさと諦めたようで、丼にとっとと駆け寄っていった。そしてめいっぱい手を伸ばし、更に背伸びをして、牛丼の
化け物に挑み始めた。
 素手である。手づかみである。演劇部員の間にどよめきが走った。しかし理事長が意に介す様子はない。
「うまいのううまいのう」
 くっちゃくっちゃと品のない音を漏らしながら二度、三度とその少女は牛丼に手を伸ばす。窘めるものはいなかった。みな
この異様の光景に心を奪われているらしかった。斗貴子もそれは同じで、口周りに飯粒を付けながらニコニコと機嫌良く
食事する少女をただただ見守るしかなかった。
「喰うかいの!」
 視線を曲解したのだろう。新理事長は手づかみの牛丼を斗貴子に差し出してきた。
「い、いや、そういうつもりでは。というかパピヨンがいない! どこへ……! 悪いが失礼する!」
 半ば強引に会話を打ち切る。奇妙な──どうせヒマ潰しにでも演劇部へ来たのだろう。斗貴子はそう思った──理事長
との会話をしていても仕方ない。そういう思いが彼女を教室の外へと走らせた。
(とにかく! パピヨンの件はさっさと片付けて大戦士長誘拐について戦士長に聞かないと!)
 そうだ、と斗貴子は顔を引き締めた。心の中で青い炎が燃え上がり、しなやかな四肢の隅々に活力を漲らせる。新たな
戦い。新たな脅威。それと戦い、取り除くコトこそ使命だ。斗貴子は常に、信じている。

(すでに一線を退いている戦士長に連絡が来るとすれば大戦士長が救出された後か、或いは!)

(大戦士長を誘拐した連中が、本部にいる火渡戦士長たちだけで手に負えないほど強大か!)

(そのどちらかの筈! 残党狩りが終わった今、私達が備えるべきは後者!)



「ひひっ。もったいないのう。空腹という奴は積極的に駆逐せねばいずれ魂さえ殺すというのに……」




 去りゆく斗貴子を見ながら理事長は薄く笑い、大儀そうに肩を竦めた。