異形都市〈ケイオス・ヘキサ〉下層。ドール自治区〈オールドタウン〉。
メディスン誘拐、そして奪還から数日後。マダム・マルチアーノの邸宅に
て。
メディスン誘拐、そして奪還から数日後。マダム・マルチアーノの邸宅に
て。
「今回の件は完全に我々の失態です。まさかオルゴーレ社の検査官がドール
誘拐を企てるとは。以後、担当者の選定には細心の注意を払い、このような
ことが起こらないよう務めます。あなた方とは、今後もよい関係を続けてい
きたいので」
誘拐を企てるとは。以後、担当者の選定には細心の注意を払い、このような
ことが起こらないよう務めます。あなた方とは、今後もよい関係を続けてい
きたいので」
――背筋が凍るほど美しい女性だった。銀色の髪に、緋色の瞳。雪のよう
に白い肌。まるで神が自らの手で造形したような、この世ならざる美貌を備
える彼女は、降魔局のL系列妖術技官(ウィッチクラフト・オフィサー)のひ
とり。識別コード名はL4(ラフレンツェ・フォー)。
に白い肌。まるで神が自らの手で造形したような、この世ならざる美貌を備
える彼女は、降魔局のL系列妖術技官(ウィッチクラフト・オフィサー)のひ
とり。識別コード名はL4(ラフレンツェ・フォー)。
降魔局。都市の治安を司る公安局、法と秩序を司る法務局(ブロイラーハ
ウス)と並ぶ、異形都市〈ケイオス・ヘキサ〉に君臨する三大勢力のひとつ
であり、魔導災害《復活》によって再発見された大いなる古き技、魔法、魔
術に関するありとあらゆる知識を蒐集する研究機関。降魔局の研究施設には、
世界中から集められた多くの魔術品が保管されており、その量と質は、一国
のそれを遥かに凌駕しているという。
ウス)と並ぶ、異形都市〈ケイオス・ヘキサ〉に君臨する三大勢力のひとつ
であり、魔導災害《復活》によって再発見された大いなる古き技、魔法、魔
術に関するありとあらゆる知識を蒐集する研究機関。降魔局の研究施設には、
世界中から集められた多くの魔術品が保管されており、その量と質は、一国
のそれを遥かに凌駕しているという。
彼女、L4は、降魔局からの使者だ。と同時に、降魔局が有する玩具のひと
つでもある。工場で製造される大量生産品ではなく、オーダーメイドの球体
関節人形を依代(ホスト)にして、原版(オリジナル)の魂を魂魄転写(ゴース
トダビング)した、魔女の模造品(ウィッチ・レプリカ)。
つでもある。工場で製造される大量生産品ではなく、オーダーメイドの球体
関節人形を依代(ホスト)にして、原版(オリジナル)の魂を魂魄転写(ゴース
トダビング)した、魔女の模造品(ウィッチ・レプリカ)。
魂の分割は個体間の共感効果(フレイザーエフェクト)による心霊的ダメー
ジが大きく、さらに魔女という存在は生きているだけで周囲を奈落(Abyss)
へと墜落させる。故に、主に異形都市の霊的恒常性の維持に従事する妖術技
官以外――つまり、彼女らの複写元である魔女ラフレンツェ・O(オリジナ
ル)は、致命的な霊障の防止という名目で、異形都市のどこかの階層で厳重
に封印されているという。
ジが大きく、さらに魔女という存在は生きているだけで周囲を奈落(Abyss)
へと墜落させる。故に、主に異形都市の霊的恒常性の維持に従事する妖術技
官以外――つまり、彼女らの複写元である魔女ラフレンツェ・O(オリジナ
ル)は、致命的な霊障の防止という名目で、異形都市のどこかの階層で厳重
に封印されているという。
デッドガールではないが、彼女もまた人形だった。降魔局に利用される操
り人形。使い潰されることを前提として生産される消耗品。
り人形。使い潰されることを前提として生産される消耗品。
そして人形と会話する者もまた人形だった。
L4のイメージカラーが白なら、L4と対面する彼女は黒。
L4のイメージカラーが白なら、L4と対面する彼女は黒。
「それはこちらも同じことです、L4殿。降魔局の支援があれば、それだけで
他のクリミナル・ギルドへの牽制になる。デッドガールをポルノ産業に利用
しようとする輩は少なくない。もしデッドガール専門の非合法な娼館が立ち
並ぶようなことになれば、下層はあっという間にドール病の罹患者で満杯に
なり、かつての最下層のように隔離指定を受けることになるでしょう。その
ような事態は、あなた方降魔局も、公安局も、そして何より、お母様が望み
はしない」
他のクリミナル・ギルドへの牽制になる。デッドガールをポルノ産業に利用
しようとする輩は少なくない。もしデッドガール専門の非合法な娼館が立ち
並ぶようなことになれば、下層はあっという間にドール病の罹患者で満杯に
なり、かつての最下層のように隔離指定を受けることになるでしょう。その
ような事態は、あなた方降魔局も、公安局も、そして何より、お母様が望み
はしない」
ストレートに流した黒髪に赤いリボンがついたヘッドドレスを乗せ、肩に
は黒を基調としたミニマント、そしてこれまた黒色をしたコルセット風のエ
プロンドレスを身に纏う女性。衣装だけ見れば如何にもなゴシックロリータ
ファッションで可愛らしいが、彼女が放つ怜悧な眼光がその印象を裏切る。
は黒を基調としたミニマント、そしてこれまた黒色をしたコルセット風のエ
プロンドレスを身に纏う女性。衣装だけ見れば如何にもなゴシックロリータ
ファッションで可愛らしいが、彼女が放つ怜悧な眼光がその印象を裏切る。
彼女は、オールドタウンが誇る最高戦力、都市戦闘用自動人形部隊〈12姉
妹〉のリーダーにして、マダム・マルチアーノの代理人として対外との交渉
を受け持つ女性型アンドロイド。名をエイプリルという。
妹〉のリーダーにして、マダム・マルチアーノの代理人として対外との交渉
を受け持つ女性型アンドロイド。名をエイプリルという。
降魔局とオールドタウンの代表者の会談。その内容は過日のメディスン・
メランコリー誘拐の残務処理だ。既に誘拐犯への報復は終わったいま、残さ
れている処理すべき案件は、オールドタウンへ送られる物資の検査官を、新
たに選び出すこと。
メランコリー誘拐の残務処理だ。既に誘拐犯への報復は終わったいま、残さ
れている処理すべき案件は、オールドタウンへ送られる物資の検査官を、新
たに選び出すこと。
下層の住人からは人形租界、あるいは人形娼婦街と悪意を以って揶揄され
るオールドタウンには、降魔局が選定した検査官以外に立ち入りを認められ
ていない。高い塀に覆われたオールドタウンへの唯一の入り口たる巨大な門
扉の前には、マダム・マルチアーノが雇ったフリーランスでありパイロキネ
シスであるひとりの荒事屋(ランナー)と、そしていつの間にかオールドタウ
ンに住み着いた〝殺人兵器〟の異名を持つ女刀剣使い(ブレードランナー)が、
興味本位で中に入ろうとするヒューマンボーイを懇切丁寧に説得し(時には
暴力を用いて)、ドールたちの最後の居場所を硬く守っている。
るオールドタウンには、降魔局が選定した検査官以外に立ち入りを認められ
ていない。高い塀に覆われたオールドタウンへの唯一の入り口たる巨大な門
扉の前には、マダム・マルチアーノが雇ったフリーランスでありパイロキネ
シスであるひとりの荒事屋(ランナー)と、そしていつの間にかオールドタウ
ンに住み着いた〝殺人兵器〟の異名を持つ女刀剣使い(ブレードランナー)が、
興味本位で中に入ろうとするヒューマンボーイを懇切丁寧に説得し(時には
暴力を用いて)、ドールたちの最後の居場所を硬く守っている。
とはいえ、デッドガールのアルーアの誘惑に勝てるヒューマンボーイはご
くごく少数だ。時には如何なる手段を使ってか中へと入り、デッドガールと
交情してしまうケースも生ずる。そんな時には、特例としてオールドタウン
への居住を認める。デッドガールのナノマシンに汚染された精液を外へと流
出させないためだ。虚勢し生殖機能を失うか死体にならない限り、彼らは永
遠にオールドタウンの外に出ることは赦されない。そんなアルーアに魅入ら
れた彼らは、〈人間戦線〉の支持者たちに、人類の裏切り者、ドールによる
人類絶滅計画の片棒を担うもの――ドールジャンキーと呼ばれ、忌み嫌われ
ている。
くごく少数だ。時には如何なる手段を使ってか中へと入り、デッドガールと
交情してしまうケースも生ずる。そんな時には、特例としてオールドタウン
への居住を認める。デッドガールのナノマシンに汚染された精液を外へと流
出させないためだ。虚勢し生殖機能を失うか死体にならない限り、彼らは永
遠にオールドタウンの外に出ることは赦されない。そんなアルーアに魅入ら
れた彼らは、〈人間戦線〉の支持者たちに、人類の裏切り者、ドールによる
人類絶滅計画の片棒を担うもの――ドールジャンキーと呼ばれ、忌み嫌われ
ている。
(そう。ぼくのように、ね)
自嘲するようにくちびるを歪め、エイプリルのちょうど背後に立つイグナ
ッツ・ズワクフは、他のものに気付かれぬよう、小さく肩をすくめた。
ッツ・ズワクフは、他のものに気付かれぬよう、小さく肩をすくめた。
イグナッツはこの場の空気に窮屈さを憶えていた。本来なら自分はこの場
所にいるべき人間ではない。オールドタウンの代表者と、降魔局の使者との
会談に参加できるほど、自分は大層な人間じゃない。
所にいるべき人間ではない。オールドタウンの代表者と、降魔局の使者との
会談に参加できるほど、自分は大層な人間じゃない。
自分の本分は暗殺者のエスコート役。オールドタウンが誇る殺人のプリマ
ドンナ、プリマヴェラ・ボビンスキのエスコート役という、舞台の端役に過
ぎないのだ。取るに足らない、いてもいなくても物語にさしたる影響を与え
ない、どうでもいいキャストだ。
ドンナ、プリマヴェラ・ボビンスキのエスコート役という、舞台の端役に過
ぎないのだ。取るに足らない、いてもいなくても物語にさしたる影響を与え
ない、どうでもいいキャストだ。
だがいまは、イグナッツにはこの会談に参加する理由があった。その理由
は、イグナッツが、件の事件の被害者、メディスン・メランコリーの世話係
だからだ。
は、イグナッツが、件の事件の被害者、メディスン・メランコリーの世話係
だからだ。
ありとあらゆる知識を欲する降魔局。彼らはメディスン・メランコリーの、
現時点での精神状態のデータを要求した。彼女は稀有なる力の持ち主だ。そ
して、《復活》前に発生した有象無象の妖怪のひとつでもある。たとえ彼女
の所有権がオールドタウンにあるのだとしても、探求者として、メディスン
のデータは押さえておきたいのだろう。
現時点での精神状態のデータを要求した。彼女は稀有なる力の持ち主だ。そ
して、《復活》前に発生した有象無象の妖怪のひとつでもある。たとえ彼女
の所有権がオールドタウンにあるのだとしても、探求者として、メディスン
のデータは押さえておきたいのだろう。
会談が始まってからイグナッツは、ごく簡単にメディスンの現在の状況を
説明した。いまのメディスンの精神は小康状態を保っている。誘拐されたこ
とへの恐怖は、もはや感じられない。彼女の精神は普段の生活を送れるレベ
ルにまで回復した。……メディスンはまた、誰とも会わず、ひとり自分の殻
に閉じこもった生活を送っている。
説明した。いまのメディスンの精神は小康状態を保っている。誘拐されたこ
とへの恐怖は、もはや感じられない。彼女の精神は普段の生活を送れるレベ
ルにまで回復した。……メディスンはまた、誰とも会わず、ひとり自分の殻
に閉じこもった生活を送っている。
その説明が済んだあとは、ただふたつの危険なドールの会話に耳を傾ける
ことしか、やることがなくなった。ふたつの人形による会談は続く。イグナ
ッツはそれにじっと耳を傾ける。たとえ場違いな配役だとしても、与えられ
た機会は最大限生かさなければ。この会話は、イグナッツにとって非常に重
要な意味を持っていた。
ことしか、やることがなくなった。ふたつの人形による会談は続く。イグナ
ッツはそれにじっと耳を傾ける。たとえ場違いな配役だとしても、与えられ
た機会は最大限生かさなければ。この会話は、イグナッツにとって非常に重
要な意味を持っていた。
イグナッツは、バンコクの犯罪組織に身を寄せていた時のように、オール
ドタウンもまた一時的な宿り木に過ぎない、と考えていた。状況が危険なも
のに変われば、すぐにでも此処を出て行くつもりだった。プリマヴェラとふ
たりで。
ドタウンもまた一時的な宿り木に過ぎない、と考えていた。状況が危険なも
のに変われば、すぐにでも此処を出て行くつもりだった。プリマヴェラとふ
たりで。
だから情報は出来るだけ仕入れておきたかった。オールドタウンの外にい
る情報屋から高額で新しい情報を買い取り、常に危険に目を光らせていると
はいえ、安心は出来ない。自分たちを拾ってくれたマダム・マルチアーノに
は感謝しているが、それとこれとは話は別だ。
る情報屋から高額で新しい情報を買い取り、常に危険に目を光らせていると
はいえ、安心は出来ない。自分たちを拾ってくれたマダム・マルチアーノに
は感謝しているが、それとこれとは話は別だ。
……メディスンには悪いとは思うものの、こればかりは仕方がない。人に
は優先順位というものがある。自分の両手は多くを抱えられるほど大きくは
ない。せめてメディスンが、自分がいなくてもひとりで立派に生きていける
ようにと、祈ってやることぐらいしかできない。
は優先順位というものがある。自分の両手は多くを抱えられるほど大きくは
ない。せめてメディスンが、自分がいなくてもひとりで立派に生きていける
ようにと、祈ってやることぐらいしかできない。
会談は続く。人形の会談は続く。
ふたつの人形の一体――エイプリルが口を開く。
ふたつの人形の一体――エイプリルが口を開く。
「しかし、今後こういったことはないようにしていただきたい。L4殿。ドー
ル誘拐――これは、私どもにとっても、あなた方にとっても致命傷になりか
ねない」
ル誘拐――これは、私どもにとっても、あなた方にとっても致命傷になりか
ねない」
「わかっています。議会で正式に承認されたとはいえ、いまだデッドガール
保護法には多数の反対者がいるというのが現状。そもそもあれは、我々降魔
局が法務局(ブロイラーハウス)に働きかけてごり押しさせたものですからね。
反発が出るのは当然です。公安局などひどいものです。まあ彼らの立場――
都市の治安を脅かすものは絶対根絶からすれば、当然と言えるのでしょうが。
世論は依然として〈人間戦線〉を支持している。彼らからすれば、私たちは
まさしく世界を滅びへと導く悪魔そのものでしょうね」
保護法には多数の反対者がいるというのが現状。そもそもあれは、我々降魔
局が法務局(ブロイラーハウス)に働きかけてごり押しさせたものですからね。
反発が出るのは当然です。公安局などひどいものです。まあ彼らの立場――
都市の治安を脅かすものは絶対根絶からすれば、当然と言えるのでしょうが。
世論は依然として〈人間戦線〉を支持している。彼らからすれば、私たちは
まさしく世界を滅びへと導く悪魔そのものでしょうね」
L4はころころと鈴を転がすような声で笑った。
彼女の言葉通り、都市の治安を司る公安局は、降魔局、そしてオールドタ
ウンの支配者マダム・マルチアーノのことを忌み嫌っている。それこそ蛇蝎
の如く。
ウンの支配者マダム・マルチアーノのことを忌み嫌っている。それこそ蛇蝎
の如く。
それも無理からぬことだった。遺伝子を組み替えるドール病は、人類とい
う種の存続を危うくさせる。このままデッドガールとヒューマンボーイが交
わり続ければ、人間の子どもは産まれなくなり、やがて世界は人形のものに
なるだろう。デッドガールを保護するということは、世界を滅ぼすことに繋
がる。
人類を絶滅へと導く恐るべき特定民族殲滅現象、それがドール禍だ。だが
コントロール不可能な現象ではなかった。その状況の維持には多大な労力が
かかり、其処に至るまでの道のりも平坦なものではなかった。しかし、人類
とデッドガールの共存は、決して不可能なことではない。オールドタウンが
それを証明している。
う種の存続を危うくさせる。このままデッドガールとヒューマンボーイが交
わり続ければ、人間の子どもは産まれなくなり、やがて世界は人形のものに
なるだろう。デッドガールを保護するということは、世界を滅ぼすことに繋
がる。
人類を絶滅へと導く恐るべき特定民族殲滅現象、それがドール禍だ。だが
コントロール不可能な現象ではなかった。その状況の維持には多大な労力が
かかり、其処に至るまでの道のりも平坦なものではなかった。しかし、人類
とデッドガールの共存は、決して不可能なことではない。オールドタウンが
それを証明している。
L4の言葉に、エイプリルは僅かに肩をすくめた。そんなことは分かりきっ
ている、とでも言いたげに。彼女を見るたび、イグナッツはいつも思う。随
分と人間臭いモーションをする自動機械人形だ、と。
ている、とでも言いたげに。彼女を見るたび、イグナッツはいつも思う。随
分と人間臭いモーションをする自動機械人形だ、と。
彼女たち〈12姉妹〉は、人間の少女から変異したデッドガールでもなけれ
ば、捨てられた人形が自由意志を持つに至ったメディスンのような付喪神で
はなく、精密電子回路によって駆動する電気式(イミテーション)だった。
ば、捨てられた人形が自由意志を持つに至ったメディスンのような付喪神で
はなく、精密電子回路によって駆動する電気式(イミテーション)だった。
魔術に頼らず人間の精神をここまで再現するすべは、外の世界では聞いた
ことがない。イグナッツがこれまで目にしてきたガイノイドは、エイプリル
たち〈12姉妹〉ほど出来のいいモノではなかった。もっともこの異形都市に
おいては話は別だろう。中層ではまだ誕生して間もない義体化技術によるサ
イボーグたちが闊歩している。ひとの魂を完璧に模倣した狂気のエンジニア
が存在していても、不思議ではない。
ことがない。イグナッツがこれまで目にしてきたガイノイドは、エイプリル
たち〈12姉妹〉ほど出来のいいモノではなかった。もっともこの異形都市に
おいては話は別だろう。中層ではまだ誕生して間もない義体化技術によるサ
イボーグたちが闊歩している。ひとの魂を完璧に模倣した狂気のエンジニア
が存在していても、不思議ではない。
会談は続く。人形の会談は続く。
エイプリルが口を開く。
エイプリルが口を開く。
「それで、検査官の後任はどうなっているのですか?」
「正式な決定はまだですが、おそらくロクス・ソルス社から担当の者が参る
ことになると思われます」
ことになると思われます」
ロクス・ソルス社――高級ガイノイドの開発・生産を事業とする、最近急
速に業績を伸ばしている新興の自動人形製造メーカーだ。ロクス・ソルス社
は、他の自動人形製造メーカーと同じく、デッドガール擁護に立っている。
速に業績を伸ばしている新興の自動人形製造メーカーだ。ロクス・ソルス社
は、他の自動人形製造メーカーと同じく、デッドガール擁護に立っている。
ドール迫害が横行しているいまの世界情勢では珍しいことだった。〈人間
戦線〉のプロパガンダの成果で、外の人間のドールへの悪感情は凄まじく、
デッドガール以外――生殖機能が備わっていないタイプのドール(所詮人形
は無機物なので、当たり前の話ではあるが)でさえ串刺し(ツェパ)の対象に
なる始末だ。
戦線〉のプロパガンダの成果で、外の人間のドールへの悪感情は凄まじく、
デッドガール以外――生殖機能が備わっていないタイプのドール(所詮人形
は無機物なので、当たり前の話ではあるが)でさえ串刺し(ツェパ)の対象に
なる始末だ。
それらのことを踏まえると、降魔局の采配は適切と言えるだろう。新興の
メーカーと言うのも都合がよかった。都市行政府と独自のパイプを作りたが
っている彼らからすれば、今回の推薦はまさに栄光への階段を一歩登ったよ
うなものだろう。高級役人や降魔局の上層部に気に入られるため、彼らは、
馬車馬のように働くに違いない。
メーカーと言うのも都合がよかった。都市行政府と独自のパイプを作りたが
っている彼らからすれば、今回の推薦はまさに栄光への階段を一歩登ったよ
うなものだろう。高級役人や降魔局の上層部に気に入られるため、彼らは、
馬車馬のように働くに違いない。
「ただ、人間――あなた方の文化からすればヒューマンボーイと言うべきで
しょうか――が検査官を勤める以上、今回の事態と類似するケースの発生は
避けられないでしょう。アルーアに魅了されるヒューマンボーイは後を絶た
ない。定期的にカウンセリングを受けているにも関わらず。心霊手術で虚勢
すれば手っ取り早いのですが、そうすると志願者がいなくなりますしね。難
しいものです」
しょうか――が検査官を勤める以上、今回の事態と類似するケースの発生は
避けられないでしょう。アルーアに魅了されるヒューマンボーイは後を絶た
ない。定期的にカウンセリングを受けているにも関わらず。心霊手術で虚勢
すれば手っ取り早いのですが、そうすると志願者がいなくなりますしね。難
しいものです」
そう言ってL4は溜息をついた。まるで人間そのものに呆れているかのよう
に。オリジナルから人格複製された人形である彼女は、厳密に言えばもはや
人ではない。そんな彼女からすれば、人間の営み一切が奇異なものに映るの
だろう。
に。オリジナルから人格複製された人形である彼女は、厳密に言えばもはや
人ではない。そんな彼女からすれば、人間の営み一切が奇異なものに映るの
だろう。
「しかも、デッドガールではない人形にさえ手を出す始末。聞けば、彼女―
―メディスン・メランコリーはデッドガールではないのでしょう? まった
く、わからないものです、もしアルーアに魅了されていたのなら、デッドガー
ルと他のドールを間違えるはずはないと思うのですが。それとも、彼女をデ
ッドガールと誤認識してしまうほどアルーアに脳を汚染されていたのか。ど
ちらにしろ、都市法は残酷ですね。あの人間も哀れなものです。ほんの些細
な間違いで、命を落としてしまったのですから。この都市においては、すべ
ての命が、等しく価値がない」
―メディスン・メランコリーはデッドガールではないのでしょう? まった
く、わからないものです、もしアルーアに魅了されていたのなら、デッドガー
ルと他のドールを間違えるはずはないと思うのですが。それとも、彼女をデ
ッドガールと誤認識してしまうほどアルーアに脳を汚染されていたのか。ど
ちらにしろ、都市法は残酷ですね。あの人間も哀れなものです。ほんの些細
な間違いで、命を落としてしまったのですから。この都市においては、すべ
ての命が、等しく価値がない」
「人攫いにかける情けなどありはしません。出来ることなら、私自らの手で、
その誘拐犯を〝ぶっ壊してさしあげたかった〟くらいです」
その誘拐犯を〝ぶっ壊してさしあげたかった〟くらいです」
「ああ……申し訳ありません。あなた方からすれば、それがもっともな感情
ですね。軽率でした」
ですね。軽率でした」
「いえ、構いません」
……本当に、人間臭い機械人形だ。怒りの感情すら再現するなんて。
ただの機械ではありえない。もしかすると彼女――エイプリルは、本当に
魂を有しているのかもしれない。エンジニアによって組み上げられた人間に
似た思考プログラムではなく、本物の魂が。義体化および電脳化専門のエン
ジニアなら、彼女らには〝ゴースト〟が宿っている、と表現するだろう。
ただの機械ではありえない。もしかすると彼女――エイプリルは、本当に
魂を有しているのかもしれない。エンジニアによって組み上げられた人間に
似た思考プログラムではなく、本物の魂が。義体化および電脳化専門のエン
ジニアなら、彼女らには〝ゴースト〟が宿っている、と表現するだろう。
……それから数分経ち、会談は終了した。後日検査官がオールドタウン入
りし、前任者の仕事を引き継ぐだろう。エイプリルは立ち上がり、背後のイ
グナッツへと振り返って、こう言った。
りし、前任者の仕事を引き継ぐだろう。エイプリルは立ち上がり、背後のイ
グナッツへと振り返って、こう言った。
「ではイグナッツ、L4殿をお送りしてください。くれぐれも丁重に」
†††
イグナッツは運転席に座り、自前の車を運転していた。自動操縦プログラ
ムが実装されていない安物だ。メディスン奪還の際に使った自動浮遊カーは
マダム・マルチアーノの所有物であり、彼の懐具合ではとてもではないが購
入できない。助手席にはL4が座っている。じっと目蓋を閉じ、オールドタウ
ンの入り口に着くのを待っている。
ムが実装されていない安物だ。メディスン奪還の際に使った自動浮遊カーは
マダム・マルチアーノの所有物であり、彼の懐具合ではとてもではないが購
入できない。助手席にはL4が座っている。じっと目蓋を閉じ、オールドタウ
ンの入り口に着くのを待っている。
イグナッツの視界を、オールドタウンの街並みが過ぎ去っていく。かつて
実施された都市拡充計画で多く建造され、しかし計画の廃止によって建造途
中でうち捨てられたビルの群れが見える。まるで墓標のようだと、イグナッ
ツは思った。生活の息吹きは微塵も感じられない。目に映るすべてがモノク
ロに見える。確かに其処には住人が存在しているはずなのに。あのビルの中
では、いまもデッドガールとドールジャンキーが様々なプレイ――お医者さ
んごっこや美容院(ビューティー・パーラー)ごっこなどに耽っているに違い
ないのに。
実施された都市拡充計画で多く建造され、しかし計画の廃止によって建造途
中でうち捨てられたビルの群れが見える。まるで墓標のようだと、イグナッ
ツは思った。生活の息吹きは微塵も感じられない。目に映るすべてがモノク
ロに見える。確かに其処には住人が存在しているはずなのに。あのビルの中
では、いまもデッドガールとドールジャンキーが様々なプレイ――お医者さ
んごっこや美容院(ビューティー・パーラー)ごっこなどに耽っているに違い
ないのに。
本当のゴーストタウンだ。死の都。
まさに死んだ娘(デッドガール)に相応しい。
まさに死んだ娘(デッドガール)に相応しい。
「……ミスタ・ズワクフ」
――珍しいこともあるものだ。この人形が、自分に語り掛けてくるなど。
何度かこうしてオールドタウンの入り口まで送り迎えをしたことがあるが、
いつも彼女は黙ったまま、自分と会話しようとはしなかった。いったいどん
な目論見があるのか。イグナッツは僅かに緊張した。彼女らの模造魔眼は容
易く人間の精神を掌握し、魅了、支配する。警戒するに越したことはない。
それに、人形とはいえ、彼女は降魔局所属の妖術技官だ。せいぜい礼を失さ
ないよう心がけなければ。イグナッツは軽く頷き、L4に先を促した。
何度かこうしてオールドタウンの入り口まで送り迎えをしたことがあるが、
いつも彼女は黙ったまま、自分と会話しようとはしなかった。いったいどん
な目論見があるのか。イグナッツは僅かに緊張した。彼女らの模造魔眼は容
易く人間の精神を掌握し、魅了、支配する。警戒するに越したことはない。
それに、人形とはいえ、彼女は降魔局所属の妖術技官だ。せいぜい礼を失さ
ないよう心がけなければ。イグナッツは軽く頷き、L4に先を促した。
「ずっと聞いてみたかったのです。これは、個人的な疑問です。私ども降魔
局があなた方に定期的に提出を求める、デッドガールの生態データなどでは
なく」
局があなた方に定期的に提出を求める、デッドガールの生態データなどでは
なく」
異端に対して絶対根絶の立場を取る公安局とは違い、降魔局は人類の天敵
たるデッドガールに歩み寄りを見せていた。異形都市においても迫害される
立場にあるデッドガールを保護し、ごく小規模ではあるが生活圏として下層
の一区画――現在のオールドタウンを提供した。
たるデッドガールに歩み寄りを見せていた。異形都市においても迫害される
立場にあるデッドガールを保護し、ごく小規模ではあるが生活圏として下層
の一区画――現在のオールドタウンを提供した。
その代償として降魔局が要求したのは、デッドガールの生態データだった。
人間を変異させるプログラムを備えたナノマシン。
森羅万象を思うが侭に書き換える量子の魔法。
そして彼女らの根幹である超電子CPUたる子宮(マトリックス)。
そのすべてを解明できるだけのデータを要求したのだ。
森羅万象を思うが侭に書き換える量子の魔法。
そして彼女らの根幹である超電子CPUたる子宮(マトリックス)。
そのすべてを解明できるだけのデータを要求したのだ。
デッドガールの秘密――すなわち、デッドガールの子宮(マトリックス)の
秘密は、どの国も喉から手が出るほど欲しがっていた。
秘密は、どの国も喉から手が出るほど欲しがっていた。
しかし、ドール虐殺を先導する〈人間戦線〉の手前、デッドガールの詳細
な生態、生理機能を調査し、大々的に研究するのは如何なる国家も憚られた。
いまや〈人間戦線〉の発言力は決して軽視できないほどに高まっている。〈
眷属邪神群〉との殲滅戦を乗り越えられたのも彼らの力に寄る所が大きい。
そんな英雄たち――ただし実態は暴力を弄ぶクズの集団であったが――であ
る彼らに糾弾されればただではすまない。
な生態、生理機能を調査し、大々的に研究するのは如何なる国家も憚られた。
いまや〈人間戦線〉の発言力は決して軽視できないほどに高まっている。〈
眷属邪神群〉との殲滅戦を乗り越えられたのも彼らの力に寄る所が大きい。
そんな英雄たち――ただし実態は暴力を弄ぶクズの集団であったが――であ
る彼らに糾弾されればただではすまない。
だが異形都市でならば話は別だ。この都市は国連からも〈人間戦線〉から
も一歩引いた立場にいる。故にマトリックスの秘密を欲する各国は密かに降
魔局とコンタクトを取り、対して潤沢な研究資金を手に入れるために降魔局
は、スポンサーたちの要望に応えた。すなわち、外から隔離され〈人間戦線
〉の手が届かない異形都市に、デッドガールによるコミュニティを形成させ、
そこから得られるデータをスポンサーに渡す、というシステムを作り上げた
のだ。
も一歩引いた立場にいる。故にマトリックスの秘密を欲する各国は密かに降
魔局とコンタクトを取り、対して潤沢な研究資金を手に入れるために降魔局
は、スポンサーたちの要望に応えた。すなわち、外から隔離され〈人間戦線
〉の手が届かない異形都市に、デッドガールによるコミュニティを形成させ、
そこから得られるデータをスポンサーに渡す、というシステムを作り上げた
のだ。
「デッドガールは人気者です。ドールジャンキーにも、そして、権力を弄ぶ
人間にも。すべてのヒューマンボーイが彼女らに魅了されている。アルーア
に溺れている。――こんなにも、その身に魔を宿しながら、それでもなお人
間たちを惹きつけてやまない種族には、そうそうお目にかかれはしません。
《復活》以後、ありとあらゆる魔と妖を調査解析してきた我々ですが、その
中でもデッドガールは群を抜いてにユニークな種族と言えます」
人間にも。すべてのヒューマンボーイが彼女らに魅了されている。アルーア
に溺れている。――こんなにも、その身に魔を宿しながら、それでもなお人
間たちを惹きつけてやまない種族には、そうそうお目にかかれはしません。
《復活》以後、ありとあらゆる魔と妖を調査解析してきた我々ですが、その
中でもデッドガールは群を抜いてにユニークな種族と言えます」
L4の緋色の霊視眼(グラム・サイト)がイグナッツに向けられる。
イグナッツはその瞳を見ない。見れば精神が汚染され魔女の虜になる。
自分を見ようとしないイグナッツに構わずに、L4はさらに言葉を紡ぐ。
イグナッツはその瞳を見ない。見れば精神が汚染され魔女の虜になる。
自分を見ようとしないイグナッツに構わずに、L4はさらに言葉を紡ぐ。
「ユニークと言えば、あなたもそうです。ミスタ・ズワクフ。ドールジャン
キーは数多いですが、あなたほどドールに寄り添い共に歩んだヒューマンボー
イは稀でしょう。ロンドンを脱出し、バンコクに潜伏し、そしてこの異形都
市へと至った。その道のり決して平坦なものではなかったでしょう。敵は多
かったはずだ。死を意識したのはそれこそ数え切れないくらい」
キーは数多いですが、あなたほどドールに寄り添い共に歩んだヒューマンボー
イは稀でしょう。ロンドンを脱出し、バンコクに潜伏し、そしてこの異形都
市へと至った。その道のり決して平坦なものではなかったでしょう。敵は多
かったはずだ。死を意識したのはそれこそ数え切れないくらい」
「まあ、そうですね」
イグナッツは思い出す。バンコクでの日々がすべてご破算になった出来事
を、バンコクの犯罪組織を抜けるきっかけになった事件を、プリマヴェラと
の長い長いの逃亡劇のことを。あれはプリマヴェラと過ごしたスリリングな
日々の中でも飛び切りスリリングな出来事だった。なにせ、プリマヴェラが
死の危険に瀕していたからだ。
を、バンコクの犯罪組織を抜けるきっかけになった事件を、プリマヴェラと
の長い長いの逃亡劇のことを。あれはプリマヴェラと過ごしたスリリングな
日々の中でも飛び切りスリリングな出来事だった。なにせ、プリマヴェラが
死の危険に瀕していたからだ。
〈魔法の粉〉、というものがある。デッドガールの子宮(マトリックス)に
入り込み、彼女らのプログラムを狂わせる死のマイクロマシンだ。その〈魔
法の粉〉によって、プリマヴェラの子宮はずたずたに引き裂かれていた。イ
グナッツは、〈魔法の粉〉によって衰弱し量子の魔法も使えなくなったプリ
マヴェラを、迫り来る凶手たちから守り、死に物狂いで逃げた。
そうして、この異形都市に辿り着き、大金を積んで腕利きのエンジニアに
プリマヴェラの修理を依頼した。エンジニアは言った。もう少し処置が遅れ
ていれば、彼女は確実に死んでいただろう、と。
入り込み、彼女らのプログラムを狂わせる死のマイクロマシンだ。その〈魔
法の粉〉によって、プリマヴェラの子宮はずたずたに引き裂かれていた。イ
グナッツは、〈魔法の粉〉によって衰弱し量子の魔法も使えなくなったプリ
マヴェラを、迫り来る凶手たちから守り、死に物狂いで逃げた。
そうして、この異形都市に辿り着き、大金を積んで腕利きのエンジニアに
プリマヴェラの修理を依頼した。エンジニアは言った。もう少し処置が遅れ
ていれば、彼女は確実に死んでいただろう、と。
……本当に、あれは心臓に悪い経験だった。
危うく、プリマヴェラが死ぬところだった、などと。
プリマヴェラが死んでしまうなんて、悪い夢だ。
危うく、プリマヴェラが死ぬところだった、などと。
プリマヴェラが死んでしまうなんて、悪い夢だ。
「その記憶は本当に正しいのでしょうか」
「……なに」
――心を読まれた。
だが、そのことに対しては大きな驚きはない。彼女は魔女だ。他人の心を
読むことなど朝飯前なのだろう。引っかかったのは別のことだ。……記憶に
間違いがある? そんな馬鹿な。どういうことだ。プリマヴェラは確かに生
きている。いまは別の場所にいるが、それでも、彼女はいまも生きている。
それに間違いなんて、ない。ないはずだ。
だが、そのことに対しては大きな驚きはない。彼女は魔女だ。他人の心を
読むことなど朝飯前なのだろう。引っかかったのは別のことだ。……記憶に
間違いがある? そんな馬鹿な。どういうことだ。プリマヴェラは確かに生
きている。いまは別の場所にいるが、それでも、彼女はいまも生きている。
それに間違いなんて、ない。ないはずだ。
「ひとの記憶はとても不確かなものです。容易く書き換えられ改竄される。
あなたが真実だと思っていたことは、実は、まったくの嘘かもしれない。
――あなたは、見たいものだけを見ているだけなのかもしれない。
あなたが真実だと思っていたことは、実は、まったくの嘘かもしれない。
――あなたは、見たいものだけを見ているだけなのかもしれない。
自分に都合のいいことだけを選び、それ以外のものを見ようとしていない
だけかもしれない。この都市に生きるほとんどの人間と、同じように」
だけかもしれない。この都市に生きるほとんどの人間と、同じように」
「……なにを……言ってるんだ……?」
くすり、とL4は笑った。
「まあ、そんなことはどうでもいいのです。私にとって、真実など、どうで
もいいこと。……私が知りたいのは、あなたのことです。ミスタ・ズワクフ」
もいいこと。……私が知りたいのは、あなたのことです。ミスタ・ズワクフ」
「……ぼくの……こと……?」
「はい。私の興味のすべては、あなたに注がれている。あなたは、とてもユ
ニークだ。……あなたはなぜ、あのデッドガールと共に生きることを選択し
たのですか? 多くのデッドガールからただひとり、〝イグナッツ・ズワク
フ〟が、プリマヴェラ・ボビンスキを選び、共に生きると決めたのは、どう
して? それはアルーアへの依存ですか? それとも別の要因ですか? な
にかあるはずです、有象無象のドールジャンキーとあなたとを分かつ、決定
的な違いが」
ニークだ。……あなたはなぜ、あのデッドガールと共に生きることを選択し
たのですか? 多くのデッドガールからただひとり、〝イグナッツ・ズワク
フ〟が、プリマヴェラ・ボビンスキを選び、共に生きると決めたのは、どう
して? それはアルーアへの依存ですか? それとも別の要因ですか? な
にかあるはずです、有象無象のドールジャンキーとあなたとを分かつ、決定
的な違いが」
「……ぼくは」
呼吸するのがひどく億劫だった。声を発するのも苦痛を伴う。無意識につ
ばを飲み込む。明らかに身体の調子がおかしい。なにかされたのか。魔女の
目は見なかったのに。
ばを飲み込む。明らかに身体の調子がおかしい。なにかされたのか。魔女の
目は見なかったのに。
「ミスタ・ズワクフ。私の話、ちゃんと聞いてますか? 答えて下さい」
――ああ、そうか。
魔女は言葉を弄ぶ。魔女の言葉には力が宿るのだ。
たとえ目を合わせていなくても、自分はすでに魔女の術中だったのか。
後悔してももう遅い。
魔女は言葉を弄ぶ。魔女の言葉には力が宿るのだ。
たとえ目を合わせていなくても、自分はすでに魔女の術中だったのか。
後悔してももう遅い。
魔女のくちびるから魔力を伴って声が漏れ出す。
イグナッツはその声を聞かない。聞けば魔女の虜になる。
魔女はさらに言霊を紡ぐ。
イグナッツはその声を聞かない。聞けば魔女の虜になる。
魔女はさらに言霊を紡ぐ。
「私はあなたのことが知りたい」
冷ややかな感触。陶器が持つ無機質な質感。見れば、L4の手が、イグナッ
ツの手に触れていた。デッドガールの……プリマヴェラのアルーア程ではな
いものの、その手触りは途方もない心地よさを伴って、イグナッツの意識を
掻き乱す。その甘美なる感触に抗うように「……ぼくは」と、イグナッツは
搾り出すように声を発した。
ツの手に触れていた。デッドガールの……プリマヴェラのアルーア程ではな
いものの、その手触りは途方もない心地よさを伴って、イグナッツの意識を
掻き乱す。その甘美なる感触に抗うように「……ぼくは」と、イグナッツは
搾り出すように声を発した。
「……ぼくは、特別な人間じゃ、ありませんよ。ぼくは、平凡な人間だ。あ
なたに興味を、持たれるような人間じゃ、ない」
なたに興味を、持たれるような人間じゃ、ない」
「果たして本当にそうでしょうか」
嘲笑の響きがイグナッツの耳に滑り込む。きっと彼女は嗤っている。自分
を嘲笑っている。だが彼女の表情を確認したりはしない。魔女の目を見れば
魔女に支配される。イグナッツはL4の顔を見たい衝動をぐっとこらえた。気
がつけばオールドタウンの入り口までもうすぐだ。あと少しだけ魔女の魅了
に耐えればすべてが終わる。それまでは……。
を嘲笑っている。だが彼女の表情を確認したりはしない。魔女の目を見れば
魔女に支配される。イグナッツはL4の顔を見たい衝動をぐっとこらえた。気
がつけばオールドタウンの入り口までもうすぐだ。あと少しだけ魔女の魅了
に耐えればすべてが終わる。それまでは……。
「あなたは稀有なるひとだ」
――魔女の声が聞こえる。
「この都市のすべてを掻き集めても、あなたが秘める価値とは吊り合わない」
――いと深き場所から響き渡る声。
「さあ、見せてください。あなたのすべてを。……そして、教えてください」
――四つのLの声に導かれて辿り着く其処は。
「魔なる女に魅入られた人間は、みな等しく奈落(abyss)に堕ちるのかを」
――そして、車は到着した。