タダシ、その紙に書いた日には店の手伝いに来てもらいマス!」
「ええええぇぇぇ―――――!?」
「ええええぇぇぇ―――――!?」
彼はポン、と僕の肩を叩いて先に店へと戻っていった。
紙を見ると事細かなスケジュールが乗っており、平日にもシフトが組み込まれていた。
労働基準法に違反しているのは明らかだが、勝手に厨房に入った手前やるのが道理だろう。
僕はトボトボと店の中へと戻っていった。
紙を見ると事細かなスケジュールが乗っており、平日にもシフトが組み込まれていた。
労働基準法に違反しているのは明らかだが、勝手に厨房に入った手前やるのが道理だろう。
僕はトボトボと店の中へと戻っていった。
「早人ォォォ――――! これ食ってもいいかな?」
「早人ォォォ――――! これ食ってもいいかしら?」
「早人ォォォ――――! これ食ってもいいかしら?」
二人は僕の席に置かれたパスタの皿を引っ張りながら出迎えてくれた。
二人から皿を取り返し、ズルズルと少し冷めたパスタを口に運ぶ。
旨い、ソースを絡めモチモチとした平たい麺の上で鶏肉が甘くプリプリと踊っている。
味だけではなく舌触りから歯応えまで満足の行く出来になっている。
旨い、ソースを絡めモチモチとした平たい麺の上で鶏肉が甘くプリプリと踊っている。
味だけではなく舌触りから歯応えまで満足の行く出来になっている。
トマトソースのシンプルなパスタなのにすごく個性的で新鮮に感じた。
ソース自体は特別、手のかかった物ではないのに麺が違うことで全く別の料理に感じる。
二人は次の料理を待ちきれないといった様子でソワソワと時計を見たり周囲を見渡したりしている。
ママがめんぼうで耳かきをしていると白い綿が真っ黒に染まって出てきた。
ソース自体は特別、手のかかった物ではないのに麺が違うことで全く別の料理に感じる。
二人は次の料理を待ちきれないといった様子でソワソワと時計を見たり周囲を見渡したりしている。
ママがめんぼうで耳かきをしていると白い綿が真っ黒に染まって出てきた。
「おいおい、早人が食事中なんだだぞ」
「だってなんだか耳がムズムズして……フゥ~~~なんだか頭の中がスースーして気持ちいい……」
「だってなんだか耳がムズムズして……フゥ~~~なんだか頭の中がスースーして気持ちいい……」
明らかに異常な量の耳垢だった、危害を加える人じゃないと分かっても少し不安になってしまう。
僕がパスタを食べ終わる頃に、奥からトニオさんが次の料理を手にして出てきた。
僕がパスタを食べ終わる頃に、奥からトニオさんが次の料理を手にして出てきた。
「お待たせシマシタ。セコンド・ピアット、『プロシュットの香草添え』です」
「プロシュート?」
「その通り! プロシュットは日本ではプロシュートとも呼ばれマス、奥方サマは博識デスね」
「プロシュート?」
「その通り! プロシュットは日本ではプロシュートとも呼ばれマス、奥方サマは博識デスね」
ママが褒められて喜んでいるが、あの様子では聞き間違えただけだろう。
店主の説明ではプロシュットとはイタリア語で『とても乾いた物』で生ハム、つまり熱処理をされていないハムらしい。
皿の上には数枚のハムが花びらの様にハーブを取り巻いていて、螺旋を描くようにソースがかけられている。
店主の説明ではプロシュットとはイタリア語で『とても乾いた物』で生ハム、つまり熱処理をされていないハムらしい。
皿の上には数枚のハムが花びらの様にハーブを取り巻いていて、螺旋を描くようにソースがかけられている。
「パスタで結構お腹が膨れたけどお肉はこれだけなのね……」
「あぁ、コース料理での肉料理は基本的に少ないんだ。終わってみれば満腹で美味しい物だがこれはちょっと少ないな…」
「あぁ、コース料理での肉料理は基本的に少ないんだ。終わってみれば満腹で美味しい物だがこれはちょっと少ないな…」
蜉蝣の羽を連想させる程に薄く切られたハムは下に敷かれた皿の白さを映し出していた。
ママはフォークで肉を突き刺し、殺人鬼は器用にフォークとナイフで上手く丸めて一口サイズにしている。
二人の間を取って二つ折りにして肉を噛み締めると口中に強い臭いが広がる、ハーブとオリーブオイルを基調としたソース。
その二つが強く、爽やかに香り付けしているが紛れもない肉の味がそれに紛れて次から次へと溢れてくる。
焼くよりも、煮るよりも強烈な肉の味が薄っぺらなハムから漂ってくる。
ママはフォークで肉を突き刺し、殺人鬼は器用にフォークとナイフで上手く丸めて一口サイズにしている。
二人の間を取って二つ折りにして肉を噛み締めると口中に強い臭いが広がる、ハーブとオリーブオイルを基調としたソース。
その二つが強く、爽やかに香り付けしているが紛れもない肉の味がそれに紛れて次から次へと溢れてくる。
焼くよりも、煮るよりも強烈な肉の味が薄っぺらなハムから漂ってくる。
「すごい……こんなにも薄い肉一枚で口から肉があふれ出てきそうだ」
「見た目は乾燥した一枚の肉片……口に含めばそこから生まれる肉の大海原が私の口を潤していくッッッ!」
「肉の臭みを消そうとせずにハーブの香りと合わせ一層強くしつつ不快感を消しているのね!」
「見た目は乾燥した一枚の肉片……口に含めばそこから生まれる肉の大海原が私の口を潤していくッッッ!」
「肉の臭みを消そうとせずにハーブの香りと合わせ一層強くしつつ不快感を消しているのね!」
焼肉、しゃぶしゃぶ、ステーキ……今まで僕が食べてきた高価とされる肉よりも、目の前のハムが宝石の様に輝いて見える。
ずっと噛んでこの幸せの中に何時までも閉じこもっていたい、その欲求とは裏腹に肉が喉を通り過ぎる。
喉を通る際に食道に強烈な旨みを残していき、口からは消えてゆく……もっと味わいたい衝動が体を突き動かす。
あっという間に完食してしまい、残った皿を名残惜しく見つめていると汗が目に入った。
ずっと噛んでこの幸せの中に何時までも閉じこもっていたい、その欲求とは裏腹に肉が喉を通り過ぎる。
喉を通る際に食道に強烈な旨みを残していき、口からは消えてゆく……もっと味わいたい衝動が体を突き動かす。
あっという間に完食してしまい、残った皿を名残惜しく見つめていると汗が目に入った。
目を拭うと手がベットリと汗に濡れる、だが店内を熱いとは感じないし服もベタつかない。
頬を拭うとまたしても手に纏わりついたのだが吹き出たというより上から垂れている感じがする。
頭を上から押さえつけると、毛髪の下がグジュグジュになっていた。
頬を拭うとまたしても手に纏わりついたのだが吹き出たというより上から垂れている感じがする。
頭を上から押さえつけると、毛髪の下がグジュグジュになっていた。
汗が吹き出ているのは僕の『毛根』からだった。
思わず席を立ち上がると頭から濡れた布を被せられる。
思わず席を立ち上がると頭から濡れた布を被せられる。
「早人クンには朝、寝起きが悪いことが多々あるようデス。そこで毛根の下にある皮膚の新陳代謝を良くシマシタ。
汚れを落とすと同時に脳に刺激を与え神経ペプチドを増加、睡眠や覚醒の制御能力を向上させ朝の目覚めを快適にシマス。
今は夜ですので体内時計が正常なら逆に眠くなってシマウかもしれまセンケド……まぁ心配は無用デス。
こうして濡れタオルでアタマを拭いてしまえば今日は化学薬品でアタマを洗う必要もアリマセン」
汚れを落とすと同時に脳に刺激を与え神経ペプチドを増加、睡眠や覚醒の制御能力を向上させ朝の目覚めを快適にシマス。
今は夜ですので体内時計が正常なら逆に眠くなってシマウかもしれまセンケド……まぁ心配は無用デス。
こうして濡れタオルでアタマを拭いてしまえば今日は化学薬品でアタマを洗う必要もアリマセン」
トニオさんにアタマから流れる汗を隅々までふき取られると、頭が軽くなるが瞼が若干重い。
帰ったらぐっすり眠れそうな気がしたが、今の僕にはデザートを食べるまで満足して眠ることは考えられない。
期待に胸を膨らませて料理を待つと、その期待に答えてか速めに厨房からトニオさんが顔を出す。
帰ったらぐっすり眠れそうな気がしたが、今の僕にはデザートを食べるまで満足して眠ることは考えられない。
期待に胸を膨らませて料理を待つと、その期待に答えてか速めに厨房からトニオさんが顔を出す。
「最後のメニュー、ドルチェ『ビスコット・サヴォイアルディ』になりマス」
「サ……サヴァイ? アルティ?」
「サ……サヴァイ? アルティ?」
ママが芸人のお約束みたいにボケている、耳垢がまだ残っているのではないだろうか?
ビスコット・サヴォイアルディ、サヴォイアルディのビスケットという意味で単数だとサヴォイアルドになる。
円筒を押し潰して角を丸くした形状をしていて、上から見ると指のように見える。
その為かイタリア語でディータ・ディ・ダーマ、英語でレディ・フィンガーとも呼ばれ『貴婦人の指』と例えられるらしい。
ビスコット・サヴォイアルディ、サヴォイアルディのビスケットという意味で単数だとサヴォイアルドになる。
円筒を押し潰して角を丸くした形状をしていて、上から見ると指のように見える。
その為かイタリア語でディータ・ディ・ダーマ、英語でレディ・フィンガーとも呼ばれ『貴婦人の指』と例えられるらしい。
通常イタリアンビスケットはどれも硬いのでコーヒーやワインに付けるのだがサヴォイアルディは柔らかいのでそのまま食べる。
ビスケットとは言ってもスポンジケーキに近い触感なのでティラミスの生地にも使われる。
ビスケットとは言ってもスポンジケーキに近い触感なのでティラミスの生地にも使われる。
「でも、最後にクリームも何もないスポンジケーキっていうのは拍子抜けね……」
「腕は良かったし量の少ない肉も味には満足だったが、最後に金への執着が見えたような気がして残念かな」
「腕は良かったし量の少ない肉も味には満足だったが、最後に金への執着が見えたような気がして残念かな」
とって見ると中に何かしら詰まっているような重さではなく、本当にスポンジケーキのようだった。
表面に多少パウダー状のものが掛けられている程度で、ついさっき出た肉料理と比べてみてもショボい。
さっさと食べて家に帰って寝るとしよう、そう思って口の中に放り込んだ。
表面に多少パウダー状のものが掛けられている程度で、ついさっき出た肉料理と比べてみてもショボい。
さっさと食べて家に帰って寝るとしよう、そう思って口の中に放り込んだ。
「「「うんまぁ――――い!」」」
また来るよ、何回でも通うもんね。
僕はビスコッティを口に含む度、心に決意を固め至福の一時を終えた。
僕はこの日を絶対に忘れない、世界一美味しい料理を食べた日のことを。
僕はビスコッティを口に含む度、心に決意を固め至福の一時を終えた。
僕はこの日を絶対に忘れない、世界一美味しい料理を食べた日のことを。