遥か遠く、過ぎ去りし時代。
若き王はその魂を邪悪なる力と共に鎖された。
無数のピースに分解(バラ)され、久の眠りへと囚われた。
(千の孤独が蝕む、暗く冷たい檻の中に、オレはいた)
待ち続けた。
数十年―――数百年―――数千年―――
無数のピースを束ねてくれる誰かを。
(そして…)
優しい瞳をした少年だった。脆弱そうでいて、芯に強さを秘めた少年だった。
(そうだ―――お前がオレを、呼び覚ましてくれた)
(時に置き去りにされた、永すぎる闇)
(その闇の中で、名前さえ忘れていたオレを―――!)
共に駆け抜けた、数多の闘い。時に心が折れそうな時も、それでも立ち上がれたのは。
(いつもお前が、オレを支えてくれていたから―――!)
だから―――自分は、大丈夫だ。
どれだけズタボロにやられたって、何度だって。
諦めずに、闘える―――
若き王はその魂を邪悪なる力と共に鎖された。
無数のピースに分解(バラ)され、久の眠りへと囚われた。
(千の孤独が蝕む、暗く冷たい檻の中に、オレはいた)
待ち続けた。
数十年―――数百年―――数千年―――
無数のピースを束ねてくれる誰かを。
(そして…)
優しい瞳をした少年だった。脆弱そうでいて、芯に強さを秘めた少年だった。
(そうだ―――お前がオレを、呼び覚ましてくれた)
(時に置き去りにされた、永すぎる闇)
(その闇の中で、名前さえ忘れていたオレを―――!)
共に駆け抜けた、数多の闘い。時に心が折れそうな時も、それでも立ち上がれたのは。
(いつもお前が、オレを支えてくれていたから―――!)
だから―――自分は、大丈夫だ。
どれだけズタボロにやられたって、何度だって。
諦めずに、闘える―――
「…正直、驚カサレタヨ」
タナトスは、肩を竦める。
「コンナ事ニナルトハ、思ッティナカッタ。人間ノ一念トィゥモノヲ甘ク見ティタ…シカシ、コノ先ハドゥスル?」
「決まっているさ。お前を倒し、エレフを取り戻す」
「確カニ、可能性ハ零デハナィネ。ダガ、確立デ言ェバ万ニ一ツモナィヨ。コレハ純然タル事実ダ―――人間一人ノ
力デハ、我ヲ倒ス事ハ出来ナィ。アルテミシアヲ入レテモ二人ダガ、彼女ハ戦力ニ数ェラレナィダロ?」
「一人じゃないわ」
ミーシャが断言し、闇遊戯は頷く。
「そう、一人じゃない。オレには、仲間がいる―――友がいる。そしてあいつらは、出番を心得ている奴らだ」
同時に風を切る音。疾風のように放たれた弓矢が、タナトスの胸に突き立つ。虚を突かれたタナトスに、更に爆熱の
火球と破壊の閃光が襲いかかり、金色の雷が血色の空を切り裂いて落ちてくる。巻き上がる土煙が視界を覆った。
「そう…ここで駆けつけなくて、いつ来てくれるというんだ?」
振り向けば、そこにいた。
「フン。ようやく戻ってきたようだな、間抜けめ」
蒼き眼の白龍を従えた海馬が。
「そういう憎まれ口を叩くなよ、ったく…」
弓を構えたオリオンが。
「とにかく、皆が無事だったようで何よりだ」
天高く槍を掲げたレオンティウスが。
「じゃあもう一人の遊戯も戻ってきて、全員揃ったとこで…最後のケンカといくか!」
紅き眼の黒竜と共に城之内が。
仲間達が―――そこにいた。
「…で、冥王様は今のショックでエレフの身体から出てってくれたりしてねーかな?」
「軽薄が。それで済むような話なら苦労はないさ」
「だよな…ちょっとくらいダメージを受けててくれたら御の字ってとこか」
そして土煙が収まった時に広がっていた光景は、ある意味で予想通り。あれだけの暴力に晒されながら、あれだけの
蹂躙に晒されながら、タナトスは髪の毛一本乱さず、何事もなかったかのように立っていた。
「…キミ達ニ今、敢ェテ問ゥ」
冥王は、人間達に語りかける。
「キミ達ハ、友ノ為ニ死ネルカ?」
「ああ?何を言って―――」
「答ェテクレ。ドゥナンダ?」
「死ねるよ。それがどうした」
城之内は、あっさりと言い切った。
「んな覚悟もねーなら、ここまで来てねーよ」
と、オリオン。
「己の大切な者の為に命を賭すのは、当然のことだ」
レオンティウス。
「友なんぞの為には死ねんが…誇りの為なら、命など惜しくはない」
そして、海馬。
「…ソゥカ」
タナトスは、微笑む。
「何故キミ達ガ、其レ程強ク結ビ付ィティルノカ、少シ分カッタ気ガスルヨ」
その横っ面に強烈な一撃が叩き込まれた。ブルーアイズがそのカギ爪を振るい、タナトスを張り飛ばしたのだ。更に
追撃で逆のカギ爪を振り下ろし、タナトスの身体を大地に叩き付ける。
「相変ワラズ短気ダネ、海馬。何カ失言デモ有ッタカナ?」
「フ…貴様の妄言など、最早気にもならん。ここに来る前から、オレは既にキレているわ!」
白き龍から放たれる破滅の吐息。それを気合で掻き消し、同時に己を押さえ付ける龍の身体を力任せに投げ飛ばす。
バネ仕掛けの如く飛び起きた所に、図ったようなタイミングで襲い来るのはレッドアイズとオリオン。
黒竜が吐き出した鋼鉄すら溶かす炎の弾丸を、蝋燭の火のように吹き消す。同時に腕を一振りして、雨霰と放たれた
弓矢を全て掴み取り、オリオンに向け投げ返した。素早く身をかわし直撃を避けたものの、手足に無数の傷を負った
オリオンは荒く息をつく。
背中に新たな気配。振り向けば、そこには黒衣の魔術師が二人―――闇遊戯が召喚した、黒魔導の師弟。
繰り出される連携攻撃を、タナトスは真正面から受け止めた。小揺るぎすらせずに掌を二人に向ける。ただそれだけ
の動作で、黒き魔導師達は一瞬にして灰と化し、砕け散る。
間髪入れずに、レオンティウスの雷槍が神速で迫る。そちらに目を向けることさえなく人差し指と中指で穂先を摘み、
捻り上げる。槍がレオンティウスの手から離れて宙を舞い、地に突き立った。
それだけの攻防が瞬きの間に行われ、その一瞬で闇遊戯達は、タナトスとの圧倒的な実力差を再認識させられた。
「―――諦メ給ェ。人間ノ力デハ、其レガ限界ダ」
その声は、優しくすらあった。
「命ヲ振リ絞リ、魂ヲ燃ヤシ尽シテモ…人デハ、神ニ届カナィ。キミ達ニ、打ツ手ハナィヨ」
「それが…どうした」
城之内が歯を食い縛り、拳を握り締める。
「ちょっとばかし打つ手がないだけで諦めてたまるか。ちょっとばかし勝ち目がないからって逃げてたまるか―――
命が消えようが、魂が尽きようが、オレ達は倒れねえ!棺桶から這い出してでも、どこまでも泣きついて噛みついて
―――テメエの喉笛喰い千切ってやらあ!」
そして城之内は地を蹴り、タナトスへと迫る。
「何ヲ」
するつもりか、と言う前に、顔面に衝撃が走る。城之内がその拳を以て、渾身の力で殴り飛ばしたのだ。予想外の事
に避けることもできなかったが、むしろ避けてくれていた方が城之内には幸いだったろう。
タナトスに対してそのまま殴りかかるなど、鋼鉄の塊に拳を叩き付けたにも等しい。事実、城之内は苦痛に顔を歪め、
拳からは血が滴り落ちていた。
だが、それでも―――それでも城之内は恐怖の欠片さえ見せず、タナトスを睨み付けた。揺るぎない視線に射抜かれ、
タナトスは一瞬気圧される。
その隙を突き、再び闇遊戯達から一気呵成の攻撃が放たれる。
「クッ…!」
闘いの開始以来、初めてタナトスが顔を歪める。猛攻を凌ぎつつもタナトスは動揺していた。
(友ヲ想ゥ力…斯クモ強キ物ナノカ)
そうは言っても人間達の攻撃は、タナトスにすれば結局は仔犬がじゃれついてきたようなものだ。目を瞑っていても
簡単に避けられるし、そもそも避ける必要すらない。まともに食らった所で、ダメージは皆無といって差し支えない。
神と人間―――両者の間には、それだけの隔たりがある。
彼等とて、それは理解しているはずだった。にも関わらず、彼等は恐れない。怯まない。挫けない―――
その事実に、タナトスは言い知れぬ戦慄を覚えていた。
同時に―――感嘆し、感動していた。
タナトスは、肩を竦める。
「コンナ事ニナルトハ、思ッティナカッタ。人間ノ一念トィゥモノヲ甘ク見ティタ…シカシ、コノ先ハドゥスル?」
「決まっているさ。お前を倒し、エレフを取り戻す」
「確カニ、可能性ハ零デハナィネ。ダガ、確立デ言ェバ万ニ一ツモナィヨ。コレハ純然タル事実ダ―――人間一人ノ
力デハ、我ヲ倒ス事ハ出来ナィ。アルテミシアヲ入レテモ二人ダガ、彼女ハ戦力ニ数ェラレナィダロ?」
「一人じゃないわ」
ミーシャが断言し、闇遊戯は頷く。
「そう、一人じゃない。オレには、仲間がいる―――友がいる。そしてあいつらは、出番を心得ている奴らだ」
同時に風を切る音。疾風のように放たれた弓矢が、タナトスの胸に突き立つ。虚を突かれたタナトスに、更に爆熱の
火球と破壊の閃光が襲いかかり、金色の雷が血色の空を切り裂いて落ちてくる。巻き上がる土煙が視界を覆った。
「そう…ここで駆けつけなくて、いつ来てくれるというんだ?」
振り向けば、そこにいた。
「フン。ようやく戻ってきたようだな、間抜けめ」
蒼き眼の白龍を従えた海馬が。
「そういう憎まれ口を叩くなよ、ったく…」
弓を構えたオリオンが。
「とにかく、皆が無事だったようで何よりだ」
天高く槍を掲げたレオンティウスが。
「じゃあもう一人の遊戯も戻ってきて、全員揃ったとこで…最後のケンカといくか!」
紅き眼の黒竜と共に城之内が。
仲間達が―――そこにいた。
「…で、冥王様は今のショックでエレフの身体から出てってくれたりしてねーかな?」
「軽薄が。それで済むような話なら苦労はないさ」
「だよな…ちょっとくらいダメージを受けててくれたら御の字ってとこか」
そして土煙が収まった時に広がっていた光景は、ある意味で予想通り。あれだけの暴力に晒されながら、あれだけの
蹂躙に晒されながら、タナトスは髪の毛一本乱さず、何事もなかったかのように立っていた。
「…キミ達ニ今、敢ェテ問ゥ」
冥王は、人間達に語りかける。
「キミ達ハ、友ノ為ニ死ネルカ?」
「ああ?何を言って―――」
「答ェテクレ。ドゥナンダ?」
「死ねるよ。それがどうした」
城之内は、あっさりと言い切った。
「んな覚悟もねーなら、ここまで来てねーよ」
と、オリオン。
「己の大切な者の為に命を賭すのは、当然のことだ」
レオンティウス。
「友なんぞの為には死ねんが…誇りの為なら、命など惜しくはない」
そして、海馬。
「…ソゥカ」
タナトスは、微笑む。
「何故キミ達ガ、其レ程強ク結ビ付ィティルノカ、少シ分カッタ気ガスルヨ」
その横っ面に強烈な一撃が叩き込まれた。ブルーアイズがそのカギ爪を振るい、タナトスを張り飛ばしたのだ。更に
追撃で逆のカギ爪を振り下ろし、タナトスの身体を大地に叩き付ける。
「相変ワラズ短気ダネ、海馬。何カ失言デモ有ッタカナ?」
「フ…貴様の妄言など、最早気にもならん。ここに来る前から、オレは既にキレているわ!」
白き龍から放たれる破滅の吐息。それを気合で掻き消し、同時に己を押さえ付ける龍の身体を力任せに投げ飛ばす。
バネ仕掛けの如く飛び起きた所に、図ったようなタイミングで襲い来るのはレッドアイズとオリオン。
黒竜が吐き出した鋼鉄すら溶かす炎の弾丸を、蝋燭の火のように吹き消す。同時に腕を一振りして、雨霰と放たれた
弓矢を全て掴み取り、オリオンに向け投げ返した。素早く身をかわし直撃を避けたものの、手足に無数の傷を負った
オリオンは荒く息をつく。
背中に新たな気配。振り向けば、そこには黒衣の魔術師が二人―――闇遊戯が召喚した、黒魔導の師弟。
繰り出される連携攻撃を、タナトスは真正面から受け止めた。小揺るぎすらせずに掌を二人に向ける。ただそれだけ
の動作で、黒き魔導師達は一瞬にして灰と化し、砕け散る。
間髪入れずに、レオンティウスの雷槍が神速で迫る。そちらに目を向けることさえなく人差し指と中指で穂先を摘み、
捻り上げる。槍がレオンティウスの手から離れて宙を舞い、地に突き立った。
それだけの攻防が瞬きの間に行われ、その一瞬で闇遊戯達は、タナトスとの圧倒的な実力差を再認識させられた。
「―――諦メ給ェ。人間ノ力デハ、其レガ限界ダ」
その声は、優しくすらあった。
「命ヲ振リ絞リ、魂ヲ燃ヤシ尽シテモ…人デハ、神ニ届カナィ。キミ達ニ、打ツ手ハナィヨ」
「それが…どうした」
城之内が歯を食い縛り、拳を握り締める。
「ちょっとばかし打つ手がないだけで諦めてたまるか。ちょっとばかし勝ち目がないからって逃げてたまるか―――
命が消えようが、魂が尽きようが、オレ達は倒れねえ!棺桶から這い出してでも、どこまでも泣きついて噛みついて
―――テメエの喉笛喰い千切ってやらあ!」
そして城之内は地を蹴り、タナトスへと迫る。
「何ヲ」
するつもりか、と言う前に、顔面に衝撃が走る。城之内がその拳を以て、渾身の力で殴り飛ばしたのだ。予想外の事
に避けることもできなかったが、むしろ避けてくれていた方が城之内には幸いだったろう。
タナトスに対してそのまま殴りかかるなど、鋼鉄の塊に拳を叩き付けたにも等しい。事実、城之内は苦痛に顔を歪め、
拳からは血が滴り落ちていた。
だが、それでも―――それでも城之内は恐怖の欠片さえ見せず、タナトスを睨み付けた。揺るぎない視線に射抜かれ、
タナトスは一瞬気圧される。
その隙を突き、再び闇遊戯達から一気呵成の攻撃が放たれる。
「クッ…!」
闘いの開始以来、初めてタナトスが顔を歪める。猛攻を凌ぎつつもタナトスは動揺していた。
(友ヲ想ゥ力…斯クモ強キ物ナノカ)
そうは言っても人間達の攻撃は、タナトスにすれば結局は仔犬がじゃれついてきたようなものだ。目を瞑っていても
簡単に避けられるし、そもそも避ける必要すらない。まともに食らった所で、ダメージは皆無といって差し支えない。
神と人間―――両者の間には、それだけの隔たりがある。
彼等とて、それは理解しているはずだった。にも関わらず、彼等は恐れない。怯まない。挫けない―――
その事実に、タナトスは言い知れぬ戦慄を覚えていた。
同時に―――感嘆し、感動していた。
―――ドクン
(―――!?)
それは、自分とは違う鼓動。それは神ではなく―――人としての意志。
(エレフ…マサカ、彼ガ目覚メヨゥトシティルノカ!?)
胸に手を当て、その鼓動を抑え込む。
(眠ッティルンダ。ォ前ハ最早エレウセウスデハナィ。ォ前モ又<冥王>タナトス―――)
それは、自分とは違う鼓動。それは神ではなく―――人としての意志。
(エレフ…マサカ、彼ガ目覚メヨゥトシティルノカ!?)
胸に手を当て、その鼓動を抑え込む。
(眠ッティルンダ。ォ前ハ最早エレウセウスデハナィ。ォ前モ又<冥王>タナトス―――)
「エレフ―――!」
―――ドクン!
その声に、鼓動が一際強くなる。ゼンマイが切れた人形のようにぎこちなく、視線をそこに向ける。
「アルテ…ミシア…」
彼女は、ただ静かにタナトスを―――エレフを見つめていた。
今にも泣き出しそうな顔で、それでも必死に涙を堪えて。
紫の瞳が、交錯する。
「アルテ…ミシア…」
彼女は、ただ静かにタナトスを―――エレフを見つめていた。
今にも泣き出しそうな顔で、それでも必死に涙を堪えて。
紫の瞳が、交錯する。
―――ドクン、ドクン、ドクン!
「ガッ…ガァァッ…ヨセ…ヨスンダ!目覚メルナ、エレウセウス!」
目を大きく見開き、胸に手を当てたまま、タナトスは崩れ落ちる。ガチガチと歯が鳴るのを抑えられない。
「ォ前ハ我ノ器…幾星霜ノ時ヲ待チ続ケ、ヨゥヤク手ニシタ…渡サナィ…ォ前ダケハ誰ニモ!」
「?おい、遊戯。タナトスの様子がおかしいぞ。どうしやがったんだ!?」
「分からない…だが、只事じゃなさそうだ」
タナトスの異変に気付き、攻撃の手を止める。タナトスは蹲ったまま、震えている。
「…我ハ…我…違う…私…は…!」
「エレフ…?あなたは、エレフなの!?」
ミーシャが駆け寄り、その肩に手をかける。
「エレフ!お願い、しっかりして!」
「ミー…シャ…」
虚ろな瞳で、彼はミーシャを見つめる。その奥で、二つの心がせめぎ合っていた。
一つは冥王タナトス。
もう一つは、人間―――エレウセウスとしての心。
「ミーシャ、どいてくれ!」
入れ替わりで、オリオンがタナトス―――エレフの胸倉を掴みかかる。
「もうちょいでこのバカの目が覚めそうなんだろ?だったら…こうしてやらあ!」
思いっきり拳を握り、先の城之内よろしく、骨が砕けるような勢いで殴り飛ばす。
「オ…リ…オン…」
「ああ、そうだ!オリオン様だよ、ボケッ!」
殴る、殴る、殴る。皮が破けて血が滲むまで、肉が裂けて骨が軋むまで殴り続ける。いよいよ拳の感覚がなくなって
きた所で、レオンティウスに腕を掴まれた。
「次は、私がやろう―――エレフ。私が分かるか?」
「レオン…ティウス…私の…」
「そうだ。お前の兄だ―――エレフ!」
殴った。自分が殴られているかのような悲痛な顔で、兄は弟を殴り付けた。
「下らん…バカ共が寄り集まって、こんな安っぽいスポ根友情ドラマにオレを巻き込みおって」
そう言いながら、海馬がエレフの眼前に立ち、拳を振り上げた。
「光栄に思え…オレが他人の為に自らの手を傷めるなど、本来あってはならんはずのことだからな!」
一際大きな音が響いた。エレフの頭が大きく揺らぎ、海馬は痛みに顔をしかめる。
「…じゃ…か…」
そして、エレフの口から小さく声が漏れる。
「痛いじゃないか…皆…」
顔を上げる。その表情は紛れもなく、エレフのものだった。
「エレフ…!元に戻ったんだな!」
「エレフ!」
「来るな!」
皆が歓声を上げ、駆け寄ろうとするのをエレフは制した。
「まだ…奴が…タナトスが去ったわけではない…今はただ、私の意識が…表面に出ているだけだ…じきに、この身体
はまた…奴に支配される…」
「そんな―――どうにかならねえのか!?」
オリオンが肩を揺するが、エレフは力なく首を横に振るだけだ。
「どうにか…なるようなら…とっくに…しているさ…どうしようが、私はもう…タナトスと、一蓮托生だ…」
エレフは嘆息し、そして、どこか達観したように顔を伏せた。
「だが、私が目覚めている間は…奴の力を…僅かだが…抑えていられる…この意味が、分かるか…」
「な…なんだよ、それ。分かんねえよ、いきなりそんなん言われても…」
「今は防御力も…再生能力も…限界まで低くなっている…その上で、お前達の攻撃を無防備で受ければ…」
「!お前…それじゃあ、まさか!」
エレフは、自嘲するように笑った。
「私のことなら、もう…いいんだ…どうなろうと…自業自得さ…はっ。バカな話だ…自分なりに…上手くやっていた…
最善を尽くした…そのつもりだったのに…気付けば、このザマだ…死ぬしか、なくなってやがる」
目を大きく見開き、胸に手を当てたまま、タナトスは崩れ落ちる。ガチガチと歯が鳴るのを抑えられない。
「ォ前ハ我ノ器…幾星霜ノ時ヲ待チ続ケ、ヨゥヤク手ニシタ…渡サナィ…ォ前ダケハ誰ニモ!」
「?おい、遊戯。タナトスの様子がおかしいぞ。どうしやがったんだ!?」
「分からない…だが、只事じゃなさそうだ」
タナトスの異変に気付き、攻撃の手を止める。タナトスは蹲ったまま、震えている。
「…我ハ…我…違う…私…は…!」
「エレフ…?あなたは、エレフなの!?」
ミーシャが駆け寄り、その肩に手をかける。
「エレフ!お願い、しっかりして!」
「ミー…シャ…」
虚ろな瞳で、彼はミーシャを見つめる。その奥で、二つの心がせめぎ合っていた。
一つは冥王タナトス。
もう一つは、人間―――エレウセウスとしての心。
「ミーシャ、どいてくれ!」
入れ替わりで、オリオンがタナトス―――エレフの胸倉を掴みかかる。
「もうちょいでこのバカの目が覚めそうなんだろ?だったら…こうしてやらあ!」
思いっきり拳を握り、先の城之内よろしく、骨が砕けるような勢いで殴り飛ばす。
「オ…リ…オン…」
「ああ、そうだ!オリオン様だよ、ボケッ!」
殴る、殴る、殴る。皮が破けて血が滲むまで、肉が裂けて骨が軋むまで殴り続ける。いよいよ拳の感覚がなくなって
きた所で、レオンティウスに腕を掴まれた。
「次は、私がやろう―――エレフ。私が分かるか?」
「レオン…ティウス…私の…」
「そうだ。お前の兄だ―――エレフ!」
殴った。自分が殴られているかのような悲痛な顔で、兄は弟を殴り付けた。
「下らん…バカ共が寄り集まって、こんな安っぽいスポ根友情ドラマにオレを巻き込みおって」
そう言いながら、海馬がエレフの眼前に立ち、拳を振り上げた。
「光栄に思え…オレが他人の為に自らの手を傷めるなど、本来あってはならんはずのことだからな!」
一際大きな音が響いた。エレフの頭が大きく揺らぎ、海馬は痛みに顔をしかめる。
「…じゃ…か…」
そして、エレフの口から小さく声が漏れる。
「痛いじゃないか…皆…」
顔を上げる。その表情は紛れもなく、エレフのものだった。
「エレフ…!元に戻ったんだな!」
「エレフ!」
「来るな!」
皆が歓声を上げ、駆け寄ろうとするのをエレフは制した。
「まだ…奴が…タナトスが去ったわけではない…今はただ、私の意識が…表面に出ているだけだ…じきに、この身体
はまた…奴に支配される…」
「そんな―――どうにかならねえのか!?」
オリオンが肩を揺するが、エレフは力なく首を横に振るだけだ。
「どうにか…なるようなら…とっくに…しているさ…どうしようが、私はもう…タナトスと、一蓮托生だ…」
エレフは嘆息し、そして、どこか達観したように顔を伏せた。
「だが、私が目覚めている間は…奴の力を…僅かだが…抑えていられる…この意味が、分かるか…」
「な…なんだよ、それ。分かんねえよ、いきなりそんなん言われても…」
「今は防御力も…再生能力も…限界まで低くなっている…その上で、お前達の攻撃を無防備で受ければ…」
「!お前…それじゃあ、まさか!」
エレフは、自嘲するように笑った。
「私のことなら、もう…いいんだ…どうなろうと…自業自得さ…はっ。バカな話だ…自分なりに…上手くやっていた…
最善を尽くした…そのつもりだったのに…気付けば、このザマだ…死ぬしか、なくなってやがる」
それでしか、もう―――責任なんて取れない。
「機会はもう…今しかない。私もろとも、奴を殺すんだ」