SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 『L'alba della Coesistenza』 第十二話 影


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 ダイの剣と第三勢力の影のぶつかり合う音が響き渡った。
 一時的に停戦し、手を組むことになったとはいえ、鬼眼を持つ者はすぐさま戦いに加われる状態ではない。
 力を抑えられ、暗黒闘気によって負った全身の怪我や切断された両腕の再生速度は極端に低下している。
 刻まれた傷は深く、本来ならば戦うどころではなく生命をつなぐだけで精一杯のはずだ。
 ダイは紋章の力をほとんど使えず、実体化して武器となる影の前に苦戦を強いられていた。
 第三勢力は変幻自在の攻撃を繰り出し相手を追い詰めているのに、高らかに笑うことはせず顔をしかめている。眉間にしわを刻み、吐き捨てる。
「苦手だ。てめえみたいな奴」
 苛立ちに呼応したようにゆらゆらと立ち上る霧が集い、幾重もの刃となって襲いかかった。
 尽きることの無い闇を相手にしているような感覚が少年を包んでいく。
 イルミナがようやく腕を再生させて戦う二人に接近すると、とつぜん第三勢力の動きが鈍った。
(罠か?)
 先ほどの戦いのように部下のふりをして隙をつこうとしているのか。
 だが、ダイもいる状況で同じ手を繰り返すとは思えない。
 困惑の表情も演技ではなく本物のようだ。
 剣を振り下ろしかけた少年の手が止まる。
 ダイはイルミナを見て攻撃を思いとどまった。彼女の表情がそうさせたのだ。
「シャドー……なのか」
 ダイはシャドーが第三勢力に取り込まれたことを知らなかったが、その言葉でわずかながら事情を察した。
 敵の身体が、まるで未熟な傀儡師に操られているような動きを見せている。
 吸収されたシャドーは完全に溶けておらず、かろうじて残っていたらしい。第三勢力の内側から動きを縛っている。
 だが、意識は消えかけており、イルミナの呼びかけにも反応しない。無意識のうちに力を振るい、動きを鈍らせるだけだ。こうしている間にも影は消耗し、残された力が削られていく。
 第三勢力は挑発するように眉を上げ、懊悩をせせら笑った。
「俺を殺したら、てめえの部下も死んじまうな」
 彼女にもわかっている。ここでためらわず滅ぼすのが最善なのだと。
 攻撃を叩きこもうとするより早く第三勢力の得物が打ち込まれた。
「イルミナ!」
 血飛沫とともに崩れ落ちる彼女へダイの叫びが、男の嘲笑が降り注ぐ。
「てめえは親父やミストバーンみてえにゃなれねえな!」
 大魔王ならば勝利のためにためらいなく部下を切り捨てただろう。ミストバーンも忠誠を貫くためならば認めた相手をも殺すはずだ。
 彼女がいかにバーンを目指そうと、同じようにはなれないことをダイは知った。
 ダイが攻防を繰り広げる間に立ち上がり、口内の血を吐き出した魔族の顔は怒りに染まっている。
 第三勢力は愉しむかのように笑った。
「ならなくていいだろ、別に。醜い姿になってまで勝とうとしたバーンとか、なりふり構わずご主人サマのために働こうとした忠犬野郎の真似なんぞしたくもねえ」
「貴様が父を語るな」
 吐き捨てた彼女は影を呼んだ。
「シャドー!」
 大魔王の遺志を継ぐ者は呼びかける。大魔王の腹心によって救われた、たった一人の部下へ。
「お前は私のために働くのだろう!?」
 炎のように烈しい声が消滅しかかっていたシャドーの意識に届く。
 この感覚は似ていた。
 ミストバーンと出会い、力を与えられる前の状態に。
 自我が消えかけていたあの頃に。
 遠い昔、何のために存在するのかわからず、ただ闇の中を漂流していた。
(私は、何のためにこの身体をもって生まれてきた?)
 その答えを与えたミストは消滅した。
 影を動かしてきたのは最後の命令だ。
 そう思っていたが、どこからともなく反問が浮かび上がる。
(それだけなのか?)
 第三勢力と同化することでシャドーは無数の思念の中へ吸い込まれそうになった。暗い波に流され、心地よささえ感じていた。このまま溶けてもいいとぼんやり考えていた。
 だが、ここは自分の在るべき場所ではないという声が高まっていく。
 上を目指している者が呼んでいる。
 憧れた相手に近づこうと進む、その傍らに必要としている。
「捨てちまえばいいのによォ」
「忠実な部下を捨てて王になれるものか……!」
 黒い光が凝集したような第三勢力の中に光は届かず、声のみ伝わってくる。峻烈な気配が暗黒をも震わせた。
 大魔王の腹心に比べれば遥かに弱い、中途半端な自分を部下だとみなしている。
 主として認められようと意気込んでいる。
 勝手に敵に挑み、闇に飲み込まれても手を伸ばしてくれた。
 ならば、それに応えねば何のために生まれたのかわからない。
 命令を成し遂げるために。
 そして、新たに芽生えた想いを貫き通すために。
(力を……!)
 膨れ上がった叫びに突き動かされるように、シャドーは手を伸ばした。
 曖昧になっていた意識が明確になり、引きずり戻されていく。
「何ィ!?」
 ぎこちない動作を見せていた第三勢力がぎょっとして叫んだ。
 影の身体が半分ほど抜け出たのである。一同は目を見開いたが、同化しているためこれ以上は離れられない。
 シャドーの意識が表面に出ている今が第三勢力を仕留める好機だ。
 だが、一時的とはいえ、共闘している相手の部下ごと即座に叩き斬るほど非情にはなりきれない。
 ダイが剣の柄を握り締めると宝玉がきらりと光った。
 まるで、“おれにまかせろ”と言うように。
(え?)
 消えかけている竜の紋章が力を振り絞ったように光り、頭に情報が流れ込む。
 ダイは無意識のうちにすっと目を細めた。
 軌道が見える。
 闘いの遺伝子を持ち、アバンの技を継いだ彼ならば状況を変えられる。
 誰かを滅ぼすのではなく、救うことができる。
 彼は本能のままに剣を振るい、シャドーを切り離した。
「お前……っ!?」
 シャドーは状況についていけず目を丸くしたが、事情の把握より戦闘を優先すべく周囲を見回した。
 入る器が無い。
 ヒュンケルは意識を失っているため乗っ取ることはたやすいが、身体が限界だ。使うとしても時間が限られており、無理に戦わせれば死んでしまう。
 マァムでは暗黒闘気をろくに発揮できない。
 主であるイルミナに入る気は無く、ダイの身体を使おうとしても上手くいかないに決まっている。仮に乗っ取りに成功したところで十分に使いこなすことはできない。
(どうすれば……!)
 逡巡するシャドーに、分身体がヒュンケルを得意げに指差しながら陽気に声をかけた。
「そいつがてめえの大切なご主人様を消したんだぜ。見ただろ?」
 第三勢力に吸収されたシャドーは、彼の記憶と知識を垣間見た。その中にはミストの最期もあった。
 シャドーが尊敬し、命を捧げることを誓った相手はヒュンケルが光の闘気で消滅させた。
「利用するつもりだったとはいえ、命救って技教えて十数年面倒みてきた相手を過去の汚点扱いだぜ? 恩知らずだよなァ」
 生ぬるい風によって倒れているヒュンケルの色素の薄い髪が揺れる。マァムが庇うように立ち、そっと触れるとヒュンケルは短く呻き目を開けた。
「親父を殺した正義が敵だなんて高説たれたくせに勘違いでした、信念に従って闇の道驀進してたのに必殺掌返し、自分が魔物の中で育ったのも忘れてるっぽいしワケわかんねーぜ」
 歪んだ情報をもたらされたシャドーの眼に激しい憎悪が燃え上がる。
 分身体はわざとらしく指を振り、ヒュンケルに同情するような視線を向けた。
「いやいや、人格なんざどうでもいい道具扱いされたら無理もねえ。鍛えられる奴への敬意とかも嘘っぱちだったってワケだ」
「違う!」
 シャドーは目を見開いて否定した。
「あの御方は――敵であっても強靭な肉体と精神を持つ者は尊敬する!」
 分身体とシャドーの会話によってヒュンケルの中に眠っていた疑問が呼び起こされていく。
(どちらが正しいんだ?)
 主の身体を返還し、弟子の体に入ってからのミストは性格が変わったかのように饒舌になっていた。
 器の力に驕っているだけの虎の威を借る狐だったのか。豹変したように見えたが、所詮あれが本当の性格だったのか。
 弟子のことは尊敬すべき戦士の一人ではなく、ただの道具としか見なしていなかったのか。
 どこかで認められたような気がしたのも、人生に多大な影響を与えた相手から否定されたくないという願望の裏返しにすぎないのか。
 親友の“死”による動揺。
 長年沈黙を強いられ、ようやく解放された反動。
 隠し続けた秘密を暴かれ、状況が大きく変化したことによる混乱。
 戦うためには一刻も早く新たな器を手に入れねばならないという焦り。
 それらが大きく関わっているだろう。
 あの笑いが生み出された理由は他にはないのか。
「てめえはこいつが羨ましくてたまらないだろ?」
 ヒュンケルを指差し、分身体はわざわざ尋ねた。シャドーがぽつりと呟く。
「……ああ。私は真に必要とはされなかったのだから」
 身体を持たぬシャドーは、ミストが必要としていた予備の器になれない。
 理想の器として鍛えられたことが、役に立つ道具として認められたことが妬ましい。
 それを聞いてヒュンケルの心にある考えが浮かんだ。
 ミストにとって、大魔王以外の存在はすべて道具だ。
 それは本人も例外ではないのではないか。
 切羽詰まった局面においてもっとも重要なのは、大魔王の役に立つか否かだ。
 心から認めている相手でも障害になるならば排除し、自分が役立つ存在になるならば何でも利用するだろう。
 そこで相手の人格を考慮しても負担になるだけだ。
 あの状況下で、プライドが高い彼が“役に立つ裏切り者”相手にかける言葉は限られている。
「肝心な時に戦えず、お役に立てなかった。だから――!」
「ただの役立たずじゃねーか。道具未満のゴミだな」
 ハッとしたようにヒュンケルが顔を上げる。
 ミストがヒュンケルを道具だと言ったのは紛れもない本心だ。
 だが、まったく認めていなければ、道具にもならないクズ、ただの裏切り者としか捉えないはずだ。
 闇の師の真意――命を救った目的を聞き、それ以上追及しようとは思わなかったヒュンケルだが、シャドーが別の視点から語ったのだ。
 いびつな形であったとはいえ、確かに認められていたと。
 闇の師の名を呟いたヒュンケルは拳を握り締め顔を上げた。
「ん、どうした。元師匠の寄生虫ヤローにガッカリしたのか?」
 怒りのあまりシャドーの身体が炎のように揺らめいた。
「己の在り方に葛藤し、這い上がろうとする者を――譲れぬもののために立ち上がり、戦い抜いた者をそう呼ぶのか!?」
 おまえもそうなのか、と問われたヒュンケルは首を横に振った。
「虫のいい言葉かもしれないが、奴に勝つためにおまえの力が必要だ。オレが身体を貸す……おまえの力を使わせてくれないか」
 ヒュンケルが黒い影に手を差し伸べた。
 シャドーの逡巡は長くはなかった。
 本来の主を滅ぼした相手につくべきか、ひどく侮辱した相手を利するため諦観するか。
 答えは決まっていた。
 主が認めた相手――ヒュンケルに向かって黒い手を伸ばす。
 彼一人では勝てなくても、暗黒闘気の集合体であるシャドーが力を貸せば上回るかもしれない。
「ミスト様を侮辱した者は許せぬ。……そして、あの方の力になるために戦う」
「命令だからか。見上げた奴隷根性だな」
 シャドーは首を横に振った。
 昔は命令されたから、という意識が大半だった。
「今は、私がやりたいと思ったからやっている!」
 己の弱さを知っている。力をつけ、偉大な存在の陰から踏み出そうとしている。
 他者を嘲笑うばかりの第三勢力がそのような相手を侮辱するのは許せない。
「そうかい。じゃあ聖なる光に呑まれて消えなッ!」
「我が力と生命、おまえに預ける!」
 シャドーが叫び、ヒュンケルの中に入り込んだ。
 魂の回廊を通過する間、周囲に映る景色は目まぐるしく変化する。
 ヒュンケルの知るミストバーン――ミストの姿が映し出される。
『鍛え強くなれる者は尊敬に値した! 羨ましかった……』
 羨望に基づいた、強者への敬意。
『この忌まわしい体のおかげでバーン様に出会えた』
 哀れみは要らないと誇らしげに言い切った姿。
『バーン様は言われた! “おまえは余に仕える天命をもって生まれてきた”と!』
 忌まわしい体に意味があったと知った、永遠に忘れることのない出会いの日。
『大魔王さまのお言葉はすべてに優先する……!』
 そして、絶対的な忠誠。
 同時に、ヒュンケルの心にもシャドーの中のミストの情報が流れ込んできた。
 忌まわしい過去の象徴として疎んだ相手。
 かつて国を滅ぼした罪の意識が重いからこそ、わき目もふらず歩んできた。
 関係をすべて否定しなければ、心の闇に任せて剣を振るってきた頃の自分に戻ってしまう気がして、“清算”しようとした。
 だが、今の自分はアバンとミストバーン、二人の師によって成り立っている。
 かつてミストバーンによって生命を救われ、技を教わり、仲間との出会いによって新たな力を得た。
 それら全てをぶつけなければ勝てない。
 精神を落ち着けるようにヒュンケルは目を伏せた。
「我が師よ。オレに力を」
 教わった技を仕方なく使うのではなく、認め、向き合い、受け入れる覚悟を決める。
 否定せずに改めて己に突きつける。
 敵が嘲笑おうと、仲間を守るために戦うという思いは変わらない。
 道を切り開くため、今こそ力が必要だ。
 ヒュンケルが顔を上げる。その両眼には光があった。
 先ほどの闇の波に流されかけていた目つきとは違う。
「闘魔滅砕陣!」
 掌が差し出され、はるかに密度と圧力の増した陣が展開され、分身体を捉えた。
 光と闇の邂逅が戦士に力を与えた。
 シャドーの身体を形成する暗黒闘気はヒュンケルの振るう力に適していた。
 影はミストバーンから力を与えられ、ヒュンケルはミストバーンから理想の器として鍛えられたのだから。
 かろうじて陣を破った分身体は、笑みはそのままに、眼差しは鋭くして後退した。
 今、シャドーは体を構成する暗黒闘気まで器に与え、攻撃に上乗せしている。
 光と闇の絶妙な均衡の上に成り立つ攻撃が分身体を追い詰めていく。
 ただ、シャドーとヒュンケルの両者とも消耗が激しく、身を削るようにして戦っている。このまま攻撃させ、自滅するのを待てばいい。
 彼の計画は成功するはずだった。
 もう一人、アバンの使徒がいなければ。
 ヒュンケルに集中していた彼は少女の存在を忘れかけていた。
 隙を窺っていたマァムの目が光り、両手を地面に叩きつけた。
「土竜昇破拳!」
 かつて老師、ブロキーナがミストバーンに対し使用した技。あの時は不発だったが、今回は成功した。
 火山の噴火のように地面が爆ぜる。
 分身体の身体が宙に浮き上がり、無防備になったところを狙い、ヒュンケルが掌に暗黒闘気を集中させる。
「闘魔最終掌!」
 すべての暗黒闘気を結集させた一撃が胸に叩き込まれた。大きな穴が生じ、そこから光が溢れだす。
 どうと倒れた分身体の口元には疲れたような笑みが浮かんでいる。
 ヒュンケルに気を取られ、マァムを小娘だと侮っていたことが敗因となった。
「……まあ、いいか」
 自身の消滅を前にしても分身体は無関心な態度だった。
「邪悪、ねぇ……てめえらが生んどいてよく言うぜ。……胸張っとけ。てめえらがどんなことしようが竜の騎士サマが守ってくれるぜ。命かけてな」
 憎悪も軽蔑もない、書物に書かれた文章を読み上げるような調子だった。
 ヒュンケルたちだけでなく、人間全体に向けて言っている。
 闘気によって成り立つ彼にとっては戦っている状態こそが自然であり、平和などかりそめの状況にしか思えない。
 地上と魔界の住人が争う“当たり前”の状態を変えようとしている竜の騎士、ダイ。
 地上を狙う輩を力で撃退するだけなのか、それとも別の道を示すのか。
 分身体はどちらも見る気はないだろう。むしろ、結末を見届けずに済んでよかったと言いたそうな、安らかな顔になっている。
「せいぜい、頑張って……パワーアップ、しろよ。同じことの繰り返し、だがな」
 強さのためにすべてを捨てたハドラーも言っていた。
 強さというものは虚しいものだ、いくら上げても上には上がいる、と。
 それでも使徒の力を上回ってから死にたいと明確な目標を持っていた。
 一方、第三勢力や分身体は、レベルアップの概念がない出生と目的のない生き方が合わさり、高みを目指す者への軽視につながっていた。
 ヒュンケルが見つめていると分身体は霧のように薄れ、消えてしまった。
 彼は消耗しきっているシャドーに口を開きかけた。
「礼を――」
「礼は、ミスト様に……」
 声は小さく、弱々しい。
 体内にいるシャドーの輪郭は霞み、消えかけていた。