暗く長い石畳の回廊。三人の足音と息遣いだけが、その空間を満たしていた。
「ちきしょう…なんでこんなお化け屋敷みてーな神殿を造りやがるんだ。もっとぱーっと明るくしやがれ!」
城之内はそう愚痴るが、ぱーっと明るかったらそれはもう冥府ではない。なのでお化け嫌いの彼としては身を縮めて
こそこそ歩くしかないのである。肝の小さい男であった。
「…ここまで来るのに、三人になっちゃったね」
遊戯は不安そうに呟く。ミーシャも心細そうに眉を顰めた。
「大丈夫かしら、皆…」
「心配しなくたって、あいつらは簡単にくたばるタマじゃねえよ。前振りっつーか、伏線ってヤツさ。きっとオレ達
が絶体絶命大ピンチって時に<待ってましたっ!>とばかりに登場するつもりなんだよ」
「それはどうかな。現実は非情だ」
「それはどうかな。現実は非情だ」
「!?」
ぬうっと。それは、突然現れたにも関わらず、つい先程からそこにいたかのように、極当然のように立っていた。
―――まだ幼い少年と少女。黒髪に黒装束、瞳だけが紫色に爛々と輝いている。
「我々は<双子人形>―――タナトス様の側近にして、冥府の番人の長を務めている」
「我々は<双子人形>―――タナトス様の側近にして、冥府の番人の長を務めている」
際者・色者・曲者揃いだった冥府の番人達―――そのリーダー格であるという事実は、そのまま二人の只者でなさを
物語っていた。
「そう。云わば我々は冥府番長なのだ」
「そう。云わば我々は冥府番長なのだ」
衝撃の歴史的事実・番長の起源は古代ギリシャだった!
「こんな所にいる双子って…まさかお前ら、迷宮兄弟の先祖か何かか?」
「誰だ、それは。知らん」
「誰だ、それは。知らん」
違うらしかった。
「我々は迷宮兄弟ではない、μφ(みゅーふぃー)兄妹だ」
「我々は迷宮兄弟ではない、μφ(みゅーふぃー)兄妹だ」
みゅーふぃー兄妹らしかった。めいきゅうきょうだい、みゅーふぃーきょうだい。
「いや、別に上手いこと言えてねーから」
「そっちが言ってきたのだろう、バカめ」
「そっちが言ってきたのだろう、バカめ」
子供二人にバカにされた。ちょっと悲しい城之内だった。
「さて…人間よ。タナトス様はこの先で待っている。お前達と話がしたいと仰られた」
「さて…人間よ。タナトス様はこの先で待っている。お前達と話がしたいと仰られた」
「そうとなれば、我々としてはそれに従うのみ。通るがよい。但し」
「そうとなれば、我々としてはそれに従うのみ。通るがよい。但し」
「通っていいのはチビと巫女の二人だけ―――お前はダメだ」
「通っていいのはチビと巫女の二人だけ―――お前はダメだ」
双子は全く同じ動作で、城之内を指差す。
「お前については指示を受けていない。よって、我々の判断で殺戮対象と看做す」
「お前については指示を受けていない。よって、我々の判断で殺戮対象と看做す」
「へっ…御指名とは嬉しいじゃねえか。受けて立ってやるぜ!」
「城之内くん…!」
「来るな!」
駆け寄ろうとする遊戯を、城之内は制した。
「伏線だよ、伏線。お前らがピンチの時に<待ってましたっ!>とばかりに登場してやるから―――」
ここは任せて、先に行け。城之内は決め顔でそう言った。
「―――待ってるよ!」
「待ってるわ!」
「おう、待ってな!」
そして二人を見送った城之内は、双子と対峙する。
「闘う前に、一つ言っておく」
「闘う前に、一つ言っておく」
「何だよ」
「タナトス様は人間を愛しておられるが―――我々は、人間が嫌いだ」
「タナトス様は人間を愛しておられるが―――我々は、人間が嫌いだ」
言葉通りに、二人は嫌悪を隠そうともしない冷徹な眼で、城之内を睨み付けた。
「貴様らのような愚かで、救い難い連中を愛するが故―――あの方は、苦しんでおられるのだ」
「貴様らのような愚かで、救い難い連中を愛するが故―――あの方は、苦しんでおられるのだ」
「なのに貴様らは、タナトス様を死神と畏れるばかりで、敬おうともしない」
「なのに貴様らは、タナトス様を死神と畏れるばかりで、敬おうともしない」
「その上に、冥府にまで入り込み、タナトス様に害を為そうとは―――」
「その上に、冥府にまで入り込み、タナトス様に害を為そうとは―――」
「イライラするわ、フィー」
「ムカムカするな、ミュー」
最後のセリフは…被っていない。怒気が、吹き荒れる嵐のように噴出する。
「分かるか、人間。思わずキャラ作りを忘れるほどに、我々の怒りは深いのだ」
「分かるか、人間。思わずキャラ作りを忘れるほどに、我々の怒りは深いのだ」
「キャラ作りでやるなよ、そんな面倒くせーこと…」
城之内は、軽く肩を回しながら構えを取る。彼とて、ここに至るまでに数々の修羅場を潜り抜けてきた男―――
二人の発する闇の凶気に、気圧されはしない。
お化けや幽霊は怖くとも―――闘うべき敵を、恐れはしない。
「行くぜ―――決闘(デュエル)!」
「ちきしょう…なんでこんなお化け屋敷みてーな神殿を造りやがるんだ。もっとぱーっと明るくしやがれ!」
城之内はそう愚痴るが、ぱーっと明るかったらそれはもう冥府ではない。なのでお化け嫌いの彼としては身を縮めて
こそこそ歩くしかないのである。肝の小さい男であった。
「…ここまで来るのに、三人になっちゃったね」
遊戯は不安そうに呟く。ミーシャも心細そうに眉を顰めた。
「大丈夫かしら、皆…」
「心配しなくたって、あいつらは簡単にくたばるタマじゃねえよ。前振りっつーか、伏線ってヤツさ。きっとオレ達
が絶体絶命大ピンチって時に<待ってましたっ!>とばかりに登場するつもりなんだよ」
「それはどうかな。現実は非情だ」
「それはどうかな。現実は非情だ」
「!?」
ぬうっと。それは、突然現れたにも関わらず、つい先程からそこにいたかのように、極当然のように立っていた。
―――まだ幼い少年と少女。黒髪に黒装束、瞳だけが紫色に爛々と輝いている。
「我々は<双子人形>―――タナトス様の側近にして、冥府の番人の長を務めている」
「我々は<双子人形>―――タナトス様の側近にして、冥府の番人の長を務めている」
際者・色者・曲者揃いだった冥府の番人達―――そのリーダー格であるという事実は、そのまま二人の只者でなさを
物語っていた。
「そう。云わば我々は冥府番長なのだ」
「そう。云わば我々は冥府番長なのだ」
衝撃の歴史的事実・番長の起源は古代ギリシャだった!
「こんな所にいる双子って…まさかお前ら、迷宮兄弟の先祖か何かか?」
「誰だ、それは。知らん」
「誰だ、それは。知らん」
違うらしかった。
「我々は迷宮兄弟ではない、μφ(みゅーふぃー)兄妹だ」
「我々は迷宮兄弟ではない、μφ(みゅーふぃー)兄妹だ」
みゅーふぃー兄妹らしかった。めいきゅうきょうだい、みゅーふぃーきょうだい。
「いや、別に上手いこと言えてねーから」
「そっちが言ってきたのだろう、バカめ」
「そっちが言ってきたのだろう、バカめ」
子供二人にバカにされた。ちょっと悲しい城之内だった。
「さて…人間よ。タナトス様はこの先で待っている。お前達と話がしたいと仰られた」
「さて…人間よ。タナトス様はこの先で待っている。お前達と話がしたいと仰られた」
「そうとなれば、我々としてはそれに従うのみ。通るがよい。但し」
「そうとなれば、我々としてはそれに従うのみ。通るがよい。但し」
「通っていいのはチビと巫女の二人だけ―――お前はダメだ」
「通っていいのはチビと巫女の二人だけ―――お前はダメだ」
双子は全く同じ動作で、城之内を指差す。
「お前については指示を受けていない。よって、我々の判断で殺戮対象と看做す」
「お前については指示を受けていない。よって、我々の判断で殺戮対象と看做す」
「へっ…御指名とは嬉しいじゃねえか。受けて立ってやるぜ!」
「城之内くん…!」
「来るな!」
駆け寄ろうとする遊戯を、城之内は制した。
「伏線だよ、伏線。お前らがピンチの時に<待ってましたっ!>とばかりに登場してやるから―――」
ここは任せて、先に行け。城之内は決め顔でそう言った。
「―――待ってるよ!」
「待ってるわ!」
「おう、待ってな!」
そして二人を見送った城之内は、双子と対峙する。
「闘う前に、一つ言っておく」
「闘う前に、一つ言っておく」
「何だよ」
「タナトス様は人間を愛しておられるが―――我々は、人間が嫌いだ」
「タナトス様は人間を愛しておられるが―――我々は、人間が嫌いだ」
言葉通りに、二人は嫌悪を隠そうともしない冷徹な眼で、城之内を睨み付けた。
「貴様らのような愚かで、救い難い連中を愛するが故―――あの方は、苦しんでおられるのだ」
「貴様らのような愚かで、救い難い連中を愛するが故―――あの方は、苦しんでおられるのだ」
「なのに貴様らは、タナトス様を死神と畏れるばかりで、敬おうともしない」
「なのに貴様らは、タナトス様を死神と畏れるばかりで、敬おうともしない」
「その上に、冥府にまで入り込み、タナトス様に害を為そうとは―――」
「その上に、冥府にまで入り込み、タナトス様に害を為そうとは―――」
「イライラするわ、フィー」
「ムカムカするな、ミュー」
最後のセリフは…被っていない。怒気が、吹き荒れる嵐のように噴出する。
「分かるか、人間。思わずキャラ作りを忘れるほどに、我々の怒りは深いのだ」
「分かるか、人間。思わずキャラ作りを忘れるほどに、我々の怒りは深いのだ」
「キャラ作りでやるなよ、そんな面倒くせーこと…」
城之内は、軽く肩を回しながら構えを取る。彼とて、ここに至るまでに数々の修羅場を潜り抜けてきた男―――
二人の発する闇の凶気に、気圧されはしない。
お化けや幽霊は怖くとも―――闘うべき敵を、恐れはしない。
「行くぜ―――決闘(デュエル)!」
冥王神殿・最奥部―――冥王の間。
遊戯とミーシャ、二人の行く手を阻むのは、重々しく閉ざされた扉。
表面にレリーフされた奇妙な紋章が、不気味な紫色の光を放っている。
「この扉…どうやったら開くんだ?」
押そうが引こうがビクともしない。
「やっぱり力ずくでいくしかないかしら?」
「<万能地雷グレイモヤ>ってカードならあるけど、やっちゃう?」
そんな暴力的な思考に走りつつあった二人の脳裏に、声が響く。
<乱暴ハヨシ給ェ、修理スルノガ大変ダロ?>
「この声は―――タナトス!」
<フフ…早ク来給ェ。我ト話ヲシヨゥジャナィカ>
「なら扉を開けろ、タナトス!」
対して、返答は。
<ァ、其レ引戸ナンダ。左ニ動カセバィィヨ>
「…………」
左に引いた。あっさり開いた。
「…冥王の間へ続く扉が、引戸…」
別にそれで問題があるわけではないが、なんなんだろう、このやるせなさは。
遊戯とミーシャは、開いた扉の先へと足を踏み入れた―――
「え…これって…」
「うそ…」
眼前に広がる光景に、二人は言葉を失う。
そこはまるで―――理想郷だった。
空からは柔らかな光が注ぎ、木々と花が咲き乱れ、蝶が舞い踊り、鳥が唄い囀る。
まるで夢見がちな少女が空想するかのような楽園が、そこに在った。
(くすくす)(くすくす)(くすくす)
可愛らしい笑い声と共に、遊戯達の鼻先を何者かが飛び回る。透明な翅(はね)を生やした小人―――そう、絵本の
世界から抜け出してきたような妖精だ。
(そうよ、ここが楽園)(痛みも悲しみも苦しみもない、幸せ満ち溢れる世界)(だって楽園なんだもの)
「…………」
遊戯もミーシャも、何も答えない。ただ硬い表情で、前へと進む。
(どうしたの、そんなに怖い顔で)(ほら、笑いましょう)(だって、ここは楽園―――)
「違う」
遊戯は、きっぱりと撥ね付けた。
「ここは、楽園なんかじゃない―――少なくとも、ボクらにとっては、ただの牢獄だ…」
ざっ、と。遊戯は地を踏み締める。
「エレフと…そしてもう一人のボクを閉じ込める、ただの地獄だ」
そして、眼前には一人の男がいた。遊戯は臆することなく、彼を見据える。
男は遊戯とミーシャの知る顔で、されど彼では決して浮かべないような笑顔を見せる。
「―――そうだろう、タナトス!」
「悲シィ事ヲ言ゥネ、キミハ」
タナトスは自分の元へやってきた妖精をあやしながら、答える。
「暗ィバカリジャ気ガ滅入ルダロゥト思ッテ、コンナ舞台ヲ用意シテァゲタンダガ…御気ニ召サナィカ」
「まさか本当に、ぱーっと明るい冥府を用意するとは思わなかったよ…」
「…エレフ」
ミーシャが思わず呟いた言葉に、タナトスは寂しげに笑う。
「エレフハモゥィナィヨ…否。ソゥジャナィ。我ガ<タナトス>デァリ、同時ニ<エレウセウス>ダ」
「違う!あなたは…エレフじゃない!エレフを…返して!」
「其レハ駄目ダ。彼ハ、返セナィ」
タナトスはそれ以上は答えず、ただ天を仰ぐ。途端、青空が一瞬にして赤黒く染まる。
遊戯とミーシャ、二人の行く手を阻むのは、重々しく閉ざされた扉。
表面にレリーフされた奇妙な紋章が、不気味な紫色の光を放っている。
「この扉…どうやったら開くんだ?」
押そうが引こうがビクともしない。
「やっぱり力ずくでいくしかないかしら?」
「<万能地雷グレイモヤ>ってカードならあるけど、やっちゃう?」
そんな暴力的な思考に走りつつあった二人の脳裏に、声が響く。
<乱暴ハヨシ給ェ、修理スルノガ大変ダロ?>
「この声は―――タナトス!」
<フフ…早ク来給ェ。我ト話ヲシヨゥジャナィカ>
「なら扉を開けろ、タナトス!」
対して、返答は。
<ァ、其レ引戸ナンダ。左ニ動カセバィィヨ>
「…………」
左に引いた。あっさり開いた。
「…冥王の間へ続く扉が、引戸…」
別にそれで問題があるわけではないが、なんなんだろう、このやるせなさは。
遊戯とミーシャは、開いた扉の先へと足を踏み入れた―――
「え…これって…」
「うそ…」
眼前に広がる光景に、二人は言葉を失う。
そこはまるで―――理想郷だった。
空からは柔らかな光が注ぎ、木々と花が咲き乱れ、蝶が舞い踊り、鳥が唄い囀る。
まるで夢見がちな少女が空想するかのような楽園が、そこに在った。
(くすくす)(くすくす)(くすくす)
可愛らしい笑い声と共に、遊戯達の鼻先を何者かが飛び回る。透明な翅(はね)を生やした小人―――そう、絵本の
世界から抜け出してきたような妖精だ。
(そうよ、ここが楽園)(痛みも悲しみも苦しみもない、幸せ満ち溢れる世界)(だって楽園なんだもの)
「…………」
遊戯もミーシャも、何も答えない。ただ硬い表情で、前へと進む。
(どうしたの、そんなに怖い顔で)(ほら、笑いましょう)(だって、ここは楽園―――)
「違う」
遊戯は、きっぱりと撥ね付けた。
「ここは、楽園なんかじゃない―――少なくとも、ボクらにとっては、ただの牢獄だ…」
ざっ、と。遊戯は地を踏み締める。
「エレフと…そしてもう一人のボクを閉じ込める、ただの地獄だ」
そして、眼前には一人の男がいた。遊戯は臆することなく、彼を見据える。
男は遊戯とミーシャの知る顔で、されど彼では決して浮かべないような笑顔を見せる。
「―――そうだろう、タナトス!」
「悲シィ事ヲ言ゥネ、キミハ」
タナトスは自分の元へやってきた妖精をあやしながら、答える。
「暗ィバカリジャ気ガ滅入ルダロゥト思ッテ、コンナ舞台ヲ用意シテァゲタンダガ…御気ニ召サナィカ」
「まさか本当に、ぱーっと明るい冥府を用意するとは思わなかったよ…」
「…エレフ」
ミーシャが思わず呟いた言葉に、タナトスは寂しげに笑う。
「エレフハモゥィナィヨ…否。ソゥジャナィ。我ガ<タナトス>デァリ、同時ニ<エレウセウス>ダ」
「違う!あなたは…エレフじゃない!エレフを…返して!」
「其レハ駄目ダ。彼ハ、返セナィ」
タナトスはそれ以上は答えず、ただ天を仰ぐ。途端、青空が一瞬にして赤黒く染まる。
「此処ハ冥府ノ最モ深キ領域…即チ、楽園(エリシオン)。ソシテ…」
空は荒れ、木々は枯れ、花は崩れ朽ち果て、大地は腐敗し―――
「其ノ真実ノ名ヲ―――奈落(アビス)」
楽園は―――奈落へと堕ちた。
地獄の中で、死神は。<冥王>タナトスは、どこまでも穏やかに語る。
「争ィナラバィツデモ出来ル…其レヨリモ、我ト話ヲシヨゥジャナィカ」
「争ィナラバィツデモ出来ル…其レヨリモ、我ト話ヲシヨゥジャナィカ」