SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 『L'alba della Coesistenza』 第十一話 闇


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 第三勢力の手下達は世界各地を跳梁していた。
 町や村の人間を襲う者達は外見こそ異なっているものの、内面は大差ないように見える。
 相手を滅ぼすという衝動のまま、刷り込まれた行動を繰り返すかのように淡々と襲ってくる。
 他の魔物たちのように感情を見せれば、反発し、闘志を奮い立たせることもできるだろうが、表情もろくに浮かべず攻撃するだけだ。
「うわああっ!」
 転がるようにして回避し、恥も外聞もなく叫んだ男は恐怖にゆがんだ表情を浮かべている。
 酒場で世界を救った勇者が恐ろしいと漏らした彼はただ逃げ惑っていた。
 魔物を、天を、己に降りかかる運命を恨み、呪詛を吐き続ける。
「くそ、くそ、ちくしょう……!」
 何で自分がこんな目に。
 現実逃避の言葉が脳内を駆け巡る。知らぬうちに澱んだ想いが口から吐き出されていく。
「世界を救う勇者は何やってんだ? こんな時に戦うのが役目じゃねえのかよ」
 男は知らない。
 当てにしている勇者は仲間を救うため、戦いを終わらせるために今この瞬間剣を振るっていることを。
 魔物を侵攻させた元凶は、意思を持つ者たちから生まれた存在であることを。
 別の男も目を血走らせてぶつぶつ呟いている。
「化物はとっとと地上から消えろよ」
 震えている彼らの傍を戦士が駆け抜け、剣を振るった。
「とっとと逃げろ!」
 苛立ちも露に怒鳴った若者が歯を食いしばる。額や腕から血を流し、鎧もところどころ欠けている。それでも闘志の火は消えておらず、魔物に刃を向ける。
「これじゃあ勇者様に顔向けできねえじゃねえか」
 敵を切り裂く青年の顔は悲しみに染まっていた。
(忘れちまったのかよ?)
 異種族も含め、皆が力を合わせ、心を一つにして大魔王の計画を挫いたことを。
 世界が滅ぶか否かの局面において、圧倒的な力を持つ竜の騎士に頼っていた面を否定できない。
 戦いが終わった時、勇者は去ってしまった。異質な存在を受け入れられない人間の心の狭さを背負ったかのように。
 戻ってきたと知らされたが、同じことが起こらないとは限らない。
「だから……オレたちだって戦わないとな」
 敵の親玉を勇者やその仲間が倒すならば、手下たちと戦い、戦う力の弱い者達を守る。
 それが自分の役目だと考えていた。
 先ほどの男たちのように手足を動かさず愚痴を並べている者もいなくはないが、自ら戦おうとしている人間の数は遥かに多い。
「く……!」
 男の足もとがふらついた。
 魔物達が一斉に飛びかかり、死を予想した青年が顔をこわばらせる。
 だが、影の集団は巻き起こった爆炎になぎ払われた。
 鰐の獣人が彼を庇うように立っている。
「あんたは――」
 堂々たる体躯の武人が悠揚迫らぬ態度で名乗った。
「クロコダインという」
 比較的影響の薄いデルムリン島から出てきた彼は襲撃の激しい場所に赴き、人間とともに戦ってきた。獣王遊撃隊の面々も力を発揮しているという。
 それを聞いた若者の顔に生気がみなぎった。
「やっぱそうだよな」
「どうした?」
「種族が違っても、きっと――」
 剣を構えなおした男に対し、力づけるように笑いかけてからクロコダインは斧を振るった。
 頼もしき咆哮が響き渡り、闇の勢力が轟火に吹き払われる。
 第三勢力の言葉を跳ね返すかのように、多くの者達が希望を胸に戦っていた。

「う……!」
 マァムは地に投げ出された衝撃で目を覚まし、自身の傷を顧みず真っ先に仲間の怪我を確認した。
 ボロボロになったヒュンケルの身体を見て即座に回復呪文をかけたが、闇の力を用いて再起不能の身体を酷使したところに闘気を叩きつけられたため、治る兆しはない。
「無駄だって」
 嘲笑に顔を上げたマァムは状況を知るために周囲を見回した。黒い髪と眼の持ち主と、ところどころ金髪の混ざった男が薄笑いを浮かべている。
 光の乏しい空や広がる不毛の大地から魔界だと判断し、近くの岩壁に磔にされている人物を見て目を見開く。
 彼女の知る敵によく似た姿の持ち主が、惨たらしく痛めつけられ、全身を血に染めている。胸にはまだふさがらない穴が開いている。
「あなたが……!」
「今のうちに殺っとけば?」
 マァムの脳裏にダイの言葉が蘇る。
 魔族の抱く野心。家族への敬意と誇り。そして、バーンと違い、絶対に相容れない相手ではないこと。
 彼女は決然として顔を上げ、歩み寄っていった。
 複雑に絡んでいる鎖は外せないが、四肢の楔を引き抜く。
 回復呪文を唱えるが、暗黒闘気によって受けた傷であるため効果は発揮されなかった。
 縛められている両腕や無残な胸の傷を見る彼女の表情は、まるで自分が傷つけられたかのようだ。
 敵対する相手を助けようとする行為を理解できず、イルミナは凝視している。
「それが人間の情ってヤツなのかねぇ」
「……そうよ」
「はん、人間サマ万歳ってか。魔族もそう変わんねーと思うがな」
 持論を翻す日は永遠に来ないと悟らせる分身体の表情だった。
 彼がヒュンケルやマァムに向けた言葉の意味。
 様々な争いの中から生まれ出でた彼にとって、どの種族がどんな理由で戦おうとたいして違いがあるようには思えず、その苛立ちから吐き出された。
 無気力さを見せていても第三勢力や分身体の内ではどす黒い感情が渦巻いている。
「変だよなァ。暗黒闘気の塊が――」
 何と言ったか聞き取りづらかったが、第三勢力は言い直すことはせずに肩をすくめた。
 分身体も同意するようにもっともらしく頷いている。
「誰かのために暗黒闘気使って戦う奴もいりゃ、俺みてえな光の闘気使いもいる。面白……くはねえか」
 分身の言葉にくっくっと笑った第三勢力は突然マァムを吹き飛ばした。イルミナに手を伸ばす彼の動作に応じて分身体が少女の身体を押さえ、動きを封じた。
 救おうとした相手が無残に殺される光景を見せようとしている。
 額の黒い布が引きちぎられ、光の無い第三の眼が露になった。
 これから起こる出来事を予測したマァムが息を呑む。
「役に立たないなら要らねえだろ。やめてほしいか?」
 魔族は襲い来る激痛を予期しても魔族は取り乱さなかった。鼻を鳴らし、呆れたような笑みを浮かべながら両目を閉ざす。
「いきがるな。小心者」
「……臆病で結構だが、てめえに言われると腹立つな。命乞いの一つでもすりゃ可愛げがあるのによ」
 指が額に近づき、ずぶりという音とともに潜り込んだ。
 魔族の口が大きく開き、声にならぬ叫びが吐き出された。
「……ッ!」
 目が見開かれ、酸素を求めるように口が動く。
 あまりの痛みに声さえも出ない。
 鮮血が流れ顔を染め上げていく様にマァムは思わず顔をそむけた。
 残酷な笑みを浮かべながら第三勢力が鬼眼を抉りだそうとした瞬間――飛来した斬撃が腕を切り裂いた。
「ダイ!」
 マァムが叫ぶ。
 勇者が剣を逆手に握り、飛びこんできた。
 分身体が呻きを漏らし、少女が顔を輝かせ、魔族が表情の抜け落ちた面で少年を見つめた。
 咄嗟に指を離し、慌てて飛びすさった第三勢力の顔は引きつっている。
 明らかにダイに苦手意識を抱いている。
 目をそらした彼は哀願するように両手を広げた。
「頼む。地上は狙わねえから殺さないでくれよ」
 本気で言っているとは思えないためダイはマァムに目を向けたが、彼女も真否を判断することはできない。
 魔族に視線を移したダイの顔が悲痛な形にゆがんだ。かつて明るい笑顔を見せ、語らった相手は鮮血に濡れていた。
 四肢を貫かれ、両肘から先は棘つきの鎖が同化するように絡み合い、皮膚を破っている。胸の中央を貫かれた傷は目を逸らしたくなる有様だ。
 彼女は苦痛を訴えず、沈黙と表情で第三勢力の発言が事実だと肯定した。
 眩しい存在から目をそむけている彼は、魔界で暮らしていれば満足だろう。今までと同じく他者を見下した気になって過ごすだけだ。
 詳しい事情は分からずとも、第三勢力に野心や覇気が無いことを知ったため、ダイは低い声で告げた。
「ヒュンケルとマァムを……イルミナも解放するんだ」
 本人は予想外の言葉に目を見開いたが、ダイは当然のことを言ったまでという表情だ。
 敵対するだけの関係でしかなく、弱い自分を見くびっていると思いこんでいただけに、ダイの考えが理解できない。
 彼女を助けたい。単純にそう思っていることなどわからない。
「同情か? 恩を着せ、言うことを聞かせようと――」
「君はそんなものじゃ動かないだろ?」
 押しつけられた恩で従うような性格ではない。
 見抜かれていることに舌打ちした彼女は顔をそむけ、苦々しげに呻いた。
「腹が立つな。お前には」
 やはり憎まれていると思ったダイだが、意味することは違っていた。
(完全に隔たっていれば憎めるものを……!)
 いっそ通じるものが何もなければ、心から憎めた。その方が楽だった。
 仇敵と考えてきた相手が敵でなくなっては、己を駆り立てる原動力も弱まってしまう。
 第三勢力はおどけた身振りで降参するように手を上げた。
「了解了解。バーンを倒した正真正銘の化物なんかと戦うつもりはねえって」
 分身体がマァムから手を離し、彼女はヒュンケルをそっと抱えた。だが、イルミナの拘束を解こうとはしない。
「って言いたいところだが――見たいモンがあんだよなァ。どーしても」
 ククク、と笑みを漏らした男が傲然と顔を上げた。
「きれいごとほざく連中が仮面かなぐり捨てて本性剥き出しにしてるとことか、のほほんと暮らしてる奴らの世界がグチャグチャになるとことかよ」
「どうしてそんな!」
 侵略でも破壊でもない、何の意味もない行動。
 神々への復讐などが動機であるならば理解できる。
 だが、彼には神々を憎悪する理由はない。
 支配する意思もないのに地上に手を伸ばす必要はない。
 無気力な態度は偽りなのか。
 混乱するダイに不思議そうな声が降り注ぐ。
「なあ、勇者サマ。てめえは人助けしたり平和のために戦うのにいちいち理屈をこねるのかい?」
 相手の顔色が変わるのを楽しそうに眺め、喉を鳴らす。
「同じだよ。世界をメチャクチャにするのに理由なんているか? 自分(てめえ)と違うから……それだけで十分さ」
 地上に対する興味が薄いというのは紛れもない本心だ。
 ただ、「ムカつく」相手が苦しめばいいという感情が上回った。
 自分は楽しくないのに他者は幸せそうに笑っているのが気にくわない。許せない。不公平だ。
 だから、壊してしまえ。
 自分が同じ高さまで上るのではなく、相手を泥の中に引きずり込むことを――相手がもがく様を欲している第三勢力の顔は奇妙に輝いており、人間らしさを漂わせている。
「地上を消滅させるのか!?」
「いンや。俺はバーンやヴェルザーみてえに強くねえ。苦しんでるとこ見られなくなっても退屈だろ。……臆病で弱っちい俺はどうすると思う?」
 不吉な予感がダイたちを襲う。
 答えたのはイルミナだった。
「人間同士で争わせ、疲弊しきったところを狙う。違うか?」
 異質な存在を疎み排除する人間の性につけこみ、恐怖を煽り、対立を生みだし、自滅させる。
 暗黒闘気から構成された彼ならば人々の心の闇を広げることも可能だ。
 消滅でもなく、征服でもなく、混沌を望んでいる。
「そのために、人間たちが団結する要となるダイのみ先に葬る。……名案だな」
 希望の象徴たる勇者を殺せば計画を進めやすくなる。
 言葉とは裏腹に、彼女の表情は不快げにゆがんでいる。自分の手を汚さないやり方に嫌悪感を抱いたのだ。
「“滅びこそ我が喜び”って御方はいないモンかねぇ。闇をもたらそうって頑張ってくれる連中がいれば俺が動かなくて済むのによ。……得にならねえから仕方ないか」
 今まで気だるげだった第三勢力だが、バーンの死がきっかけとなって彼の中で何かが変質し、噴き出したのだろう。
 ダイは紋章を出して攻撃しようとしたが、光は薄く今にも消えそうだ。ほとんど力を発揮できない。
「天界の力なら食いやすい。竜の騎士サマの力を使いこなすこたできねえが、抑え込むくらいならなんとかなるぜ」
 ダイの莫大な力を自分のものにしようとしても不可能に近い。
 欲ばれば自滅する可能性が高いため、無理に取り込む真似はしなかった。
 魔界に来た時に紋章が使えず、地上に戻ってから出現したのは、第三勢力が干渉していたためだった。
 力の戻った時期が悪かったのも、イルミナとの決別を促す目的があったのだろう。
 ダイの力になろうとマァムは分身体の相手を引き受けることにしたが、一人では勝ち目は薄い。
 それでも仲間を守ろうと拳を構える。
 戦おうとするダイたちの姿を半ば意識を失いながら見つめるイルミナは自嘲の呟きを漏らした。
(私は、何をしている)
 勇者一行の少女が回復呪文を唱えようとし、父を殺した本人が解放を求めた。
 敵から情けをかけられた己の不甲斐なさがただただ腹立たしい。
 こうして動けないまま、戦いを見ているしかないのか。
『好都合じゃねえか、なあ!?』
 第三勢力の声が聞こえてくるようだ。
 この場にいる者は全員敵だ。邪魔者同士、潰し合えばいい。
 囁きの向こうから、本当にそうなのかという声が響いた。
 利を考えるならば観察していれば済む。
 だが、大魔王はそうしないだろう。
 目的を達成するだけならば、計画が失敗した時点で撤退し、敵が寿命で死に絶えるのを待っていればよかったはずだから。
 ここで戦わずにいては第三勢力と大して違いはない。
 いくら言葉を重ねようと、行動で語らねば説得力は生まれない。
 血のこびりついた唇が動き、かすれた声が絞り出された。
「私も、戦う」
 ダイは驚いたように目を見開いた。
「むちゃだ! それに、おれはバーンを――」
「父を、侮辱した奴を……許せぬ」
 ダイが敵であることに変わりはない。
 協力して第三勢力を倒すという意識はない。全てを忘れて味方になるつもりもなかった。
 ただ、このまま第三勢力をダイに倒されては感情がおさまらない。逆に、ダイが殺されるのも耐えがたい。
 まだ己の実力を認めさせておらず、第三勢力のような相手に殺されては、敗れた大魔王の立場がなくなってしまう。
『父さんを殺した相手のこと……憎んでる?』
『おれの父さんは、すごく強かった。一緒に過ごした時間は短かったけど絶対に忘れない』
 まだ幼さの残る少年の言葉が浮かんでは消えていく。入れ替わるようにして過去に抱いた疑問が浮上する。
『なぜ私はこの眼をもって生まれてきた……? この力は何のためにある』
 少年の存在が求めた問いの答えとなる。
 その予感は消えておらず、ますます強まっている。
 歯を食いしばり、両腕を動かそうとするが、果たせない。もがけばもがくほどいっそう深く棘が食い込み、身を傷つけるばかりだ。
 岩壁や腕と溶け込むように絡みつく鎖を切り離すことは不可能に近い。
 脱するための答えは単純だった。
 イルミナはダイに向かって言い放った。
「私の腕を切れ」
 ダイは覚悟を決めた目を見てもなおためらった。
 魔族は四肢を再生させることができる。だが、力を抑えられている現在の状況では瞬時に再生することはできず、元通りになるまで時間がかかってしまう。痛みも激しいはずだ。
「傷つく覚悟も無しに戦いの道を選ぶものか。……やれ!」
 ダイは自分の腕を斬るかのように顔をゆがめながら剣を振るった。
「ぐうぅっ……!」
 肘から先を切り離された魔族は地に膝をついたが、倒れ伏すことだけはこらえた。
 痛みに顔をゆがめ、汗をにじませながら両腕を再生させる。バチバチと雷に似た音と光が走り、少しずつ回復していく。
 それを見たダイの頭にもいきなり痛みが走った。
「つ……!」
 思わず額を抑えたがすぐにおさまった。敵の干渉が強まったのかと思ったが、違うらしい。
 二人は闇より生まれた者に向き直った。