SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ チルノのパーフェクトさいきょー教室 1 (ハシさま)


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「あー、だめです! ぜんぜんだめ! こんなありふれた記事じゃ、幻想郷のみなさんの関心はひけません!」

 ――机の上に山のように積み上げられた取材資料が。
 ――細くしなやかで、陶磁器のように白い足によって蹴り崩される。

 ばさばさと紙片が宙を舞う。
 その中心で眼元にくまをつくり、おそらくここ数日一睡もしていないだろう彼女の名は、射命丸 文。
 ここ"幻想郷"の妖怪の山に棲む、鴉天狗の少女だ。
 彼女が自分の睡眠時間を削ってまで心を砕いているものとは、いったいなにか。
 それは彼女のアイデンティティーと関係している。
 彼女を彼女たらしめているもの――つまり、刺激的な未知をもとめ、それを新聞として誰かに伝えるということ。

 彼女は、ここ数日、彼女が不定期に発行している「文々。新聞」にのせる記事についての取材を繰り返していた。
 だが集まる情報は、細かい差異はあれど、これまで新聞にのせてきた記事とあまり変わり映えのしない、退屈なものばかりだった。
 それでもかつての彼女なら、妥協し、似たような記事をのせることを厭わなかっただろう。
 だが、彼女は変わってしまった。ただのありふれたスクープでは、満足できなくなっている。
 その起源は、四か月前のある日と符合している。

 今年の3月14日――外の世界ではホワイトデーと呼ばれている、特別な日。
 あの日、あの時。
 そう、"境界の妖怪"八雲紫が、霧雨魔理沙への意趣返しとして企画したあの"遊惰な星隠し"があった日から。
 射命丸 文の渇きはひどくなっている。
 未知に猛烈に乾いているいまの彼女だからこそ、あれは、得難い経験だったと強く思う。
 まるで幼子が夢見るように、一瞬一瞬に絶えず姿を変える奇跡に眼を奪われた。息をのんだ。
 奇跡が飽和しつつある此処"幻想郷"においてなお、あの催しは奇跡だと断言できた。
 できることなら、もう一度アレを見たい、と文は思う。それは幻想郷の住人すべてが思っていることだろうと文は推測する。
 しかしあちらにも事情があるのだろう。
 いつの日か、催しのための準備が整ったのなら。再びアレを見ることができたとしたら。
 自分は万雷の喝采とシャッターを切ることで、その奇跡に応えよう。
「――まあ、それはおいおい楽しみしておくことにして。問題は幻想郷が平和すぎるってことなんですよねー」

 ペンを鼻先に、椅子に身体を限界まで預けながら、文は呟いた。
 外界から隔絶された幻想郷は、彼女らふるき幻想にとってはまさに楽園といえたが、その一方で閉鎖的であるが故の問題を抱えていた。
 刺激的な"何か"が、あまりに少なすぎるのだ。
 常に未知を追い求めシャッターを切る彼女だ。そしてこれまで経験したことのない渇きに苛まれている彼女だ。
 いっそのこと、誰か"異変"でも起こしてくれないかしら――そう思ってしまうのも、無理のないことだった。
 このままではいけない。このまま新聞を発行できないままでいるなら、伝統の幻想ブン屋たる自分は、自分ではなくなってしまう。
 何より――新聞を待ち望んでいる読者に対して申し訳が立たない。
 何かいい知恵はないものか。この閉塞した状況を打破する、たったひとつの冴えたやり方は。

「――そうです! 嗚呼、私は何て愚かだったんでしょうか!
 いるじゃないですか、最高のスクープを提供してくれる稀有な人物が!」


◇◇◇


「大ちゃーん、おっそいよー!」
「ま、まってよチルノちゃん!」

 ――息せき切って走るふたりの妖精の姿がある。
 ――妖怪の山のどこか、緑が生い茂る大自然の只中で。

 青色の衣服を纏い、背中の氷の羽を輝かせ、一番前を走っている幼子の名は、氷精チルノ。
 そのチルノに必死に追いつこうとしている、翡翠色の長髪の幼子は、ただ単に大妖精と呼ばれている。
 妖精、それは、大自然の具現といわれている。
 パラケルススの四大元素論をひも解くまでもなく、この日本では、あらゆる存在になにかの想いが宿っているということが伝えられてきた。
 自然についても然り。火に、水に、土に、風に、ありとあらゆる自然現象のひとつひとつに想いが宿り、それは時に形を得る。
 それが彼女ら妖精だ。
 やがてふたりは尾根へとたどり着いた。
 はるか彼方にまで続く山々、その斜面に繁茂する緑と、そしてとけ残った雪の白。
 そしてふたりを見下ろすどこまでも広がる青空。
 雄大な大自然が、ふたりの妖精の訪れを祝福していた。

「うん、あたいにはちょっとおとるけど、このふうけいもさいきょーね!」

 そう言って笑みを浮かべるチルノにようやく追いついた大妖精が、「つかまえた」と言って背後から抱きしめる。

「もう、くすぐったいよ、大ちゃん」
「ふふ。私のことを置いていこうとした罰だよ」

 嬌声をあげてふたりはじゃれあう。満面の笑みを浮かべ、楽しくて仕方がないというように。
 たとえひとならざる存在だとしても、こうして子どもが笑えているということは、そこは、とてもいい世界なのだろう。
 子どもがこうして、重荷も責務も背負うことなく、ただ日々を楽しんで過ごす。
 そのかけがえのない輝かしいものを、このふたりの妖精は、まったく意識することなく示している。
 目に見えるすべてが、輝かしいものに感じられる。こうしてただ生きていることが、最高の幸福だと感じている。
 大自然の具現だからこそ、彼女たちはただそこにあるものを、とても愛おしく感じているのかもしれない。

「でも、よくこんな場所知ってたね、チルノちゃん」
「とうぜんよ。なんてったって、あたいはさいきょーだからね!」

 好奇心の塊であるチルノは常々、これまで誰も見たことのない"はじめて"を探し求め、幻想郷を冒険していた。
 その未知を探索している途中で、偶然、この場所を見つけたのだ。
 そして大切な親友である大妖精を誘い、ふたりにとっての"はじめて"の場所にたどりついた。
 これまで見たことも聞いたこともない何か。それを体験することはひとりででもできるけれど――
 こうして誰かと共有することの方が、何倍も楽しいことだとチルノには思えた。大好きな親友とならなおさら。
 ただこうしてふたりで眺めているだけで。胸が高鳴るのを感じる。
 そんな未知を楽しんでいたふたりの髪が、突風で翻る。
 つむじ風がふたりの目の前に発生し、それによって湧き上がるほこりや砂にふたりが目を閉じている間に――
 ひとつの人影が姿をあらわしていた。
 団扇と取材用のメモとペンを手にした天狗少女――射命丸 文だ。

「お久しぶりです、チルノさん。それに、大妖精さんも」
「文さん!」
 大妖精は丁寧にお辞儀をする。それを見て文の笑顔が深くなる。
「大妖精さんはいつも礼儀正しくて素敵ですねえ。――それにくらべて、なんです? チルノさん。
 せっかくあなたの恩人が来ているっていうのに、なんの挨拶もなしですか?」
 その言葉に、チルノはむっとした表情をつくった。
「なにがおんじんだ! あんたのきじのせいであたいはいろんなやつにバカにされてるのよ! あんたのしんぶんは、うそばっかし!」
「いいえ、嘘ではありませんよ。わたしは常に公正な視点に立って記事を書くことを心がけているのですから」
「うそ、うそ! あたいと大ガマのたたかいだって、まるであたいがまけたみたいにかいたじゃない!」
「何言ってるんですか。実際負けたでしょうに」
「まけてないもん! いいしょうぶはしたもん! あたいしってるぞ、そういうの、マスゴミっていうんだ!」
「ち、チルノさんは物知りですねえ……」

 この三人の関係は、文がチルノの冒険を「文々。新聞」に記事として載せたことから始まっている。
 『氷の妖精、大ガマに喰われる』との題目で書かれた記事に憤慨したチルノが、大妖精を連れ立って元凶たる天狗記者の
ところに新聞の修正を要求しに向かい、名誉の回復を図ったのだ。結局チルノの申し立ては聞き入れられなかったのだが、
文の「あなたが大ガマに勝ったという事実を提供してくれるのなら、わたしはよろこんでそれを記事にしますよ」という言葉が、
チルノの負けず嫌いな心に火をつけた。
 以来大ガマに戦いを挑んでは負けるというチルノと、それを記事にする文、そしてふたりを応援する大妖精といった関係が続いている。

「――それで、あれからどうなりました? 大ガマには勝ちましたか?
 実はわたし、新聞の記事にするネタがなくて困っているところでして。いまなら一面にばばーん!とチルノさんの大スクープが
載るチャンスですよ。それに個人的にも、そろそろチルノさんの吉報が聞きたいところです」 
「う。そ、それは、まだだけど……」
「まだだけど?」
「いつかちゃんとかってみせるんだから! そしてあんたも大ガマも、ぎゃふんっていわせてやる!」
「――ふふ。まったく、チルノさんは背伸びがお好きですねえ。
 まあ、わたしはその決して諦めない心が好きで、だからこそあなたの記事を書くことを楽しみにしてるんですけど」
「あたい、せのびなんかしてないもん! さいきょーだから、そんなことしない!
 それに、あたいがほんきをだせば、あんたなんてごみばこぽいぽいの、ぽいなんだから!」
「へーえ?」
 胸をはって自信満々な笑みを浮かべるチルノに、文は、少しだけ意地悪がしたくなった。
「それなら、いまここで証明してみてくださいよ」
「えっ……?」

 へりくだった態度を見せているものの、この天狗少女は実は相当強いのだ。幻想郷には実力者はそれこそ星の数ほどいるが、
彼女はその強豪妖怪の中において最強の一角と目されている。
 「風を操る程度の能力」の持ち主であり、「幻想郷最速」と謳われる彼女は、その身を疾風と化し、あらゆる善悪正邪を翻弄する。
 妖精最強であるチルノも、この天狗少女が相手ではいささか分が悪すぎる。

「私は逃げも隠れもしません。あ、弾幕はかわしますけどね。ほらほらー、早くみせてくださいよ、あなたの本気」
「う……ううー!」

 歯を剥いて威嚇するチルノであったが――戯れに文が発揮した彼女の背後に蠢く妖力を感じ取って。
 自分と彼女の圧倒的な力量差をはっきりと見せつけられて。
 自分は"最強"ではないと悟って。
 チルノは頭をうなだれ、しばらく黙っていたかと思うと、

「――う、うわーん! ぶんぶんがいじめるー! うわあああああああん!!!」
「い!?」

 ――大きな声で泣き出した。
「あ、文さん!」
「わ、わたし別に泣かせるつもりじゃ――
 ああもう、チルノさんごめんなさい、あなたは最強ですよ、ええ、そうですとも。わたしが保証します」
「うわあああああああん!!! うわあああああああん!!!」
「あややややや……」

 一度決壊してしまったものは止まらない。そしてそれを無理に押しとどめてしまえば、心のどこかにしこりが残ってしまう。
 大妖精は、悲しみもなにもかも、泣いてしまうことですべて吐き出してしまえばいいことを知っていた。
 だから文に目くばせする。大丈夫ですよ、と。
 ――五分ほどたって、ようやくチルノは泣きやんだ。しゃくりあげながら、文のことを睨みつけている。
 文はばつのわるそうな顔をして、黙ったままだ。
 まだ目尻に涙をためているチルノを、大妖精は抱きしめる。

「私、別に、チルノちゃんがさいきょーじゃなくてもいいよ。チルノちゃんと遊べるなら、どんなチルノちゃんだって、私、好きだよ」

 きっと彼女は、チルノを慰めるために、その言葉を投げかけたのだろう。
 けれど、けれど。

「……大ちゃんもわかってない! あたいは、さいきょーなの! 大ちゃんもあたいをバカにするのね! そんな大ちゃんなんて――」

 大妖精の抱擁を振り切って。
 背中の美しい青色をした六枚の結晶の羽を輝かせ、チルノは浮かび上がる。
 そのまなじりに大きな涙を浮かべ、心の奥底から湧き出る暗く澱んだものを抑えることができず――

「――ぜっこうしてやる!」

 チルノは、大切な親友へ、最悪の言葉をぶつけてしまう。 

「チルノちゃん!? ま、待って!」
 ――けれど、その声は、届かない。
 ――小さな氷精は、親友の声に耳をふさぎ、逃げるように。
 ――はるか彼方へ、姿を消した。


◇◇◇


「あたい……ばかじゃないもん……さいきょーなんだもん……」

 そこが何処なのか、チルノは知らない。ただ湧き上がる心の赴くまま空を飛んで、ここにたどり着いた。
 魔法の森だろうか。それとも、自分が訪れたことのない、"はじめて"の土地なのだろうか。
 ――どうでもいいことだ、そんなこと。さっき受けた心の傷にくらべたら、"はじめて"なんて。何の価値もない。
 自分は最強などではないと思い知らされたことによって、チルノは深く傷ついていた。
 いや、本当は。最初から知っていたのだ。自分は、最強なんかじゃ、ない。

 紅白の巫女、黒白の魔法使い、悪魔の従者――かつての異変でチルノはこの三人の人間に"弾幕ごっこ"を仕掛け、惨敗を喫した。
 自分は最強なんかじゃなかった。なのにその後も、変わらず自分のことを最強だと言って。自分を最強だと偽って。
 その嘘の上塗りは、チルノの心の傷を、確実に膿ませていく。
 そして、周囲の人間や妖怪の、彼女への接し方もまた、その傷を深く深く抉っていた。

『ああもう、チルノさんごめんなさい、あなたは最強ですよ、ええ、そうですとも』

 先ほど掛けられた、文の慰めの言葉。
 きっと彼女は、泣きわめく自分がうっとうしいから、わざとそんなことを言ったのだろう。決して、本心ではない。
 まだ未熟だからとあなどって接していると、子どもは目ざとくその裏の真意を読み取る。
 子どもは大人よりも、そして誰よりも、高みに登ろうと必死だから。
 けれど、けれど。
 誰より必死であろうとも、それが成長と結びついていなければ、すべて無意味だ。そうチルノは思う。
 最悪の気分だった。
 いまの彼女は、周囲の人間や妖怪、そして"最強"という言葉で虚飾をほどこそうとする自分のことを、嫌いになりかけていた。
 そして――

『――ぜっこうしてやる!』

 どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
 大切な親友が、自分のことを裏切ったと思ってしまったから?
 いいや、彼女は裏切ってなどいない。
 きっと彼女は、本心から自分のことを想ってくれているが故に、あの言葉を言ってくれたのに。
 "最強"でなくてもいい、それでも自分のことが好きだというその言葉――それに嘘なんてない。
 そんな大切な親友のことを――自分こそが、裏切ったのだ。

「うぐっ……うえええ……っ」

(きらい、きらい、きらい。なにもかも、大ちゃんをうらぎった、さいきょーじゃないうそつきなあたいも)
(――ぜんぶ、だいきらい)


 ――そうして誰もいない森の中
 ――彼女はたったひとり、むせび泣く。
 ――いいや、いいや。ひとりでは、ない。
 ――木々が織りなすその暗がりに。
 ――チルノを見下ろす、澱み、蠢く赫色が、ひとつ。


『――み――』
『――つ――』
『――け――』
『――た――』