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「ミスターモーニング(サナダムシさま)」(2009/02/09 (月) 21:59:04) の最新版変更点
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地球という惑星には、武力や暴力に頼みを置く者にとって、絶対に避けることができな
いビッグネームがいくつか存在する。
通称ミスターモーニング。彼もまた格闘士に恐れられるビッグネームの一角であった。
彼と対峙し、実際に死闘を繰り広げた人々の口数は少ない。
「もう二度とあいつとはやりたくねぇ」
「彼と立ち合うと、未知の世界を体験することになる」
「もし挑むんだったら止めときな、未来を失いたくなかったらな……」
幼少から恐れ知らずで通ってきた百戦錬磨の猛者どもが、青ざめた表情で気弱にうなだ
れる。
ミスターモーニング。果たして彼の正体とは──。
私は強かった。
生まれつき体格に恵まれ、ただでさえ強かった私が空手やボクシングをたしなむ。どう
いうことかは猿でも分かる。およそ素手同士の闘争において、私が敗北する要素が皆無に
なったということだ。
事実、私は競技試合はもちろん、喧嘩でも無敗を誇った。小学校ではガキ大将、中学校
では番長として君臨し、高校中退後はトレーニングとバイトの合間に社会のはぐれ者相手
に喧嘩に明け暮れた。
いつしか私の野心は膨れ上がり、街の喧嘩自慢といった程度では満足がいかなくなって
いた。
かといって専門家(プロ)になる気はなかった。ルール無用の群雄割拠を勝ち抜いてこ
そ意味がある、と私は信じていた。例えるなら、水の中に砂糖を溶かし、ぐちゃぐちゃに
かき混ぜ、最後まで溶けずに残った一粒のような存在になりたかった。
名を上げるには、有名人を叩き潰すのが手っ取り早い。
私はミスターモーニングに目をつけた。
ミスターモーニングへの手がかりは無いに等しかった。実在すら怪しいほどに痕跡が少
なく、ようやく戦ったことのある者を探し出しても、固く口を閉ざし、決して多くを語ら
ない。分かったことといえばせいぜい、中年であるということくらいだ。
靴を何足か台無しにし、私はついに有力な情報にたどり着いた。今台頭している若き闇
社会のエリートが、ミスターモーニングと親交を持つという。
「しっかし止めた方がいいぜ、兄ちゃん。素直に教えてくれるはずがねぇし、あいつァ喧
嘩も強ぇんだ。しかも容赦ってもんを知らねぇ」
情報屋に汚い紙幣を何枚か放り投げ、私はさっそくエリートとやらの元へ向かった。
「よう……あんたが近頃、闇社会のエリートなんて騒がれてるヒトかい?」
「だったらなんだ?」
背が高い。二メートル近くある。ダークスーツに身を包み、派手に逆立てた髪に暗く鋭
い眼光。まさに闇社会の申し子といった風体だ。
表向きは新進の金融会社の若社長だが、裏では政財界、果てはヤクザとも太いパイプで
つながっているという噂だ。
「ミスターモーニングと戦いたい」
「死ぬぞ。あの人は紛れもなく地上最強だ」
「だからこそ、だ」
「だったら俺を倒してからにするんだな」
エリートはスーツを脱ぐと、いきなり私に投げつけてきた。
──戦闘開始。
私の視界を塞ぐスーツの上に、ハイキックが飛んできた。まともにヒット。とてつもな
い威力だった。
続いて拳によるラッシュ。スーツの上からの打撃では、敵も正確に急所を狙えない。ガ
ードを固め、どうにか耐え抜くことができた。
私はスーツを振り払うと、一気に接近し、アッパーで顎を打ち抜いた。
「がっ……!」
ぐらついた二メートルの脇腹に、私は渾身のボディブローを叩き込む。勝負あった。
「ミスターモーニングのところに連れて行け」
「ちっ、仕方ねぇ……」
ミスターモーニングは作業服を着た平凡な「おっさん」だった。呆気に取られる私を尻
目に、エリートが仲介に入る。
「おいおいおい仲根、なんだよこいつは……! またかよ……!」
「ごめん、兄さんっ……! どうしてもっていうからさ……!」
「しかもミスターモーニングってなに……!?」
「いやぁ、レスラーやガロンキッズの撃退、あれからも色々あったけど、兄さんの伝説に
尾ひれがついていつの間にか……!」
「ふざけんなよ、もうっ……!」
こそこそと私抜きでエリートと話し合ったあと、ミスターモーニングは私に向き直った。
「いいぜ……! やってやる……!」
ようやく戦えると知り、私は身構えた。
「ちなみに俺はこれを使用(つか)わせてもらう……!」
ミスターモーニングは手に持った茶色い塊を私の足元に放り投げた。
「こ、これは……まさかっ……!」
「こんなこともあろうかと携帯してる、朝の贈り物だっ……!」
うんこだった。しかも犬や猫のではなく、れっきとした人間の排泄物。おそらく産地は
ミスターモーニング本人にちがいない。驚いて私が腰を引いてしまった瞬間を、彼は見逃
さなかった。
「行くぜっ……!」
「ひいいいいっ……!」
地獄だった。
私も多少の抵抗はしたものの、朝の贈り物に対しては哀れなほど無力だった。
体中になすりつけられ、耳や鼻の穴、口の中にまでねじ込まれた。雑菌への恐怖と舌に
広がる未知の風味に発狂した私は、失禁と号泣とを伴って逃げ出した。生まれて初めての
敗北だった。
あれからしばらくして、私を血気盛んな喧嘩自慢が訪ねてきた。
「アンタ、あのミスターモーニングとヤッたんだって……?」
「あァ……もう二度とやりたくねェ。あいつと戦うと、未知の世界を体験することになる。
もし挑む気なら悪いことはいわねぇ、未来を失うからやめときな」
これ以上は語る気すら起こらない。
お わ り
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