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「遊☆戯☆王 ~超古代決闘神話~ 第十七話「蠍の最期」」(2008/11/30 (日) 22:27:52) の最新版変更点
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その日は、今にも雨が降り出しそうな曇天だった。
「嫌な空だ…」
王宮のテラスで、レオンティウスは嘆息する。
「全くですな。どうにも胸騒ぎがしますぞ」
彼の隣にいた、古強者の風格を醸す中年の男も重々しく同意する。
この男の名は、カストル。自身の兄・ポリュデウケスと共に若輩の頃から騎士としてアルカディアに仕え、かつては
兄と並んで<アルカディアの双璧>と呼ばれた勇者である。
ポリュデウケスは<とある事情>により、若くして騎士を辞任しての隠遁生活を送ることとなり、その後は妻と共に
没した。そして彼らの子供である、双子の兄妹の行方は、杳として知れない。
そのことに対し忸怩たる思いはあったものの、カストルは兄の分までよく働き、今ではアルカディアの大将軍として
勇名を馳せている。
レオンティウスも、幼少時より面倒を見てくれているカストルには未だに頭が上がらない所があった。カストルも、
彼のお目付け役を自認している節がある。つまりはこの二人、分かりやすく例えると、マルスとジェイガンな関係で
ある。ロイとマーカスでも可。
万一何かの間違いでこの作品がゲーム化されてしまった暁には、カストルは初期能力ばバカ高だが成長率ゲキ低
仕様でお願いしたい。勿論クラスはパラディン。それはともかく。
「杞憂で終わればよいのですがな…」
カストルは暗い空を見上げ、眉間に皺を寄せるのだった。
―――悪い予感ほど、よく当たるものである。突如響く悲鳴と怒号。ただならぬ事態を察した二人は顔を見合わせ、
槍を手にして城内へ―――
「ス…スコルピオス殿下!そのお怪我は一体…!」
王宮を警護していた衛兵は、レスボスから帰還してきたスコルピオスの姿に言葉をなくす。彼の姿は、凄惨そのもの
だ。全身が焼け爛れ、傷だらけ。もはや生きているのが不思議なほどだった。
「殿下!すぐに手当てを…」
「触るな!」
慌てて駆け寄る衛兵や看護兵を払いのけ、スコルピオスは王の間へと向かう。鬼気迫るその姿に、もはや誰も近寄る
ことすらできなかった。
「兄上!至急、報告があります!」
大声を張り上げ、ずかずかと玉座に歩み寄るスコルピオス。
「スコルピオス…?一体どうしたというのだ。いや、それよりもその怪我は…」
「お気になさらず!それよりも、すぐにでも伝えねばならぬことがあります!」
「う、うむ…」
剣幕に押され、デメトリウスは曖昧に頷いた。スコルピオスはそんな彼に近づき、そっと耳打ちする。
「実はですな…」
懐から、鈍く光る短剣を素早く抜きだし、一瞬たりとも躊躇うことなく、デメトリウスの心臓に突き立てた。
「がっ…!?」
「あなたには、死んでいただく。今日から、私が王だ…!」
ぐりっと手首を捻りながら短剣を引き抜く。噴水のように鮮血が迸り、スコルピオスの全身を紅く染めていく。それ
を見届ける前に、デメトリウスは倒れ伏し、絶命していた。
「で…殿下!何ということを…グハッ!?」
「ふふふ…くはははは…はーはっはっはっは!」
剣を手に取り、真っ赤に染まった蠍は居並ぶ衛兵達をも次々に斬り捨てていく。笑いながら。哂いながら。
嗤いながら―――!
「叔父上!」
「…ん?」
紅で塗り潰された視界に、二人の男の姿―――カストルと、レオンティウス。彼らは立ち尽くし、その凄惨な光景を
見つめていた。
「レオンティウス…そうか…まだ貴様がいたな…貴様がいては、困るんだよ…」
血と脂と体液と汚物に塗れた兇刃を構え、蠍は歪んだ笑みを浮かべた。
「貴様にも死んでもらわなければ―――私が王になれぬからなぁぁぁぁっ!」
振り翳された刃。それを鮮やかにかわしたレオンティウスは、反射的に槍を突き出す―――
その感触を、彼は生涯、忘れることはないだろう。
「叔父上…何故…何故…こんな…」
レオンティウスは今にも泣き出しそうな顔で、スコルピオスに縋りつく。死の眠りへと堕ちていく中で、彼は薄らと
目を開いた。苦々しげに、最期の言葉を紡ぐ。
「ふん…貴様には、分からんさ…生まれながらに王の座が約束された、貴様には…妾腹の仔の、無念など…」
「…………」
「くく…ある男に言わせれば―――私は、虫けららしい」
言い得て妙だと、スコルピオスは唇を歪める。
「それでも私は、自分を恥じてなどいない…ゲスはゲスなりに、虫けらは虫けらなりに、自らの物語を生き抜いた。
そう誇ってさえいるよ」
「あなたはそれで…本当に、よかったのですか…」
レオンティウスの瞳から、涙が零れ落ちた。
「他の幸せもあるかもしれないと…そうは、思わなかったのですか?何が欲しかったのです…屍となってまで…」
握り締めた手に、結局は何も掴めぬまま―――
「何度も言わせるな…これが、これこそが、私の生きた物語(ロマン)だ…不満も未練もキリがないが、他の生き方
など、私にはなかった…あったとしても、いらんよ…そんなもの」
「叔父上…!」
「レオンティウス…覚悟を…決めろ…貴様は…王になれ…世界を統べる…王と…なれ…私を…偽者に負けた愚か者
にだけは…してくれるなよ…雷の…獅子…レオン…ティウス…」
がくり、とスコルピオスの身体から力が抜ける。レオンティウスはその死に顔を、ただ茫然と見つめていた。
「殿下…!」
カストルは悲痛な面持ちで、その様子を見守るしかなかった。騒ぎを聞き付けてやってきた兵士達が、王の間の惨憺
たる有様に愕然としているのも目に入らない。そこに、たおやかな女性の声。
「どうしたのです?この騒ぎは一体…」
「―――!母上!来てはなりません!」
はっと顔を上げて、母―――王妃イサドラを制止しようとするレオンティウス。しかし、もう遅い。
「あ…ああっ…!」
悪夢としか言いようのない、血と死に溢れた狂気の芸術。それを目の当たりにしたイサドラは、顔を一瞬にして紙の
ように白くして、よろよろと床にへたり込んでしまう。
「は、母上!」
「くっ…誰ぞ、イサドラ様をここからお連れしろ!」
兵士に両脇を支えられて、イサドラはふらふらと歩きだした。残された者達は一息つく間もなく、これからの対応に
頭を悩ませ始める―――ドタドタと慌しい足音が響いたのは、その時だった。
「陛下!北方より伝令…!?な、何があったのです、これは!?」
「ええい、詳しいことは後で話す!それよりも、用件はなんだ!?」
やってきた若い兵士は、場の惨状に血の気が引くわカストルに怒鳴られるわで、顔を蒼くしながらも答えた。
「は…はっ!申し上げます!北方より、女傑部隊(アマゾン)が侵攻を始めたとの報告がありました!」
「何だと…!?奴らめ、何もこんな時に…!」
カストルが歯軋りしながら悪態を吐く。女傑部隊―――以前から幾度となく交戦してきた、その名の通りに女戦士
で構成された戦闘集団。その武勇と蛮勇は、下手な男などよりも余程恐ろしいものがあった。
今の状況は、はっきり言って戦などしている場合ではないというのに―――
その狼狽が兵士達にも伝染したのか、誰もが慌てふためき、頭を抱えそうになったその時。
「皆の者―――静まれ!」
まさに雷の如き一喝に、瞬時にその場の全員が貝のように口を閉じて、声の主を見つめた。
「今すべきはなんだ?アマゾンとの戦いに備えることであろう!」
「殿下…」
先程までの塞ぎ込みが嘘だったかのように、レオンティウスは威風堂々と周囲を見回す。
「し、しかし殿下…今の我々は、王を失ってしまったのですぞ!?とても戦など…」
「王ならば、いる」
レオンティウスは、仁王立ちしたまま腕を組み、宣言する。
「我が父デメトリウスも、叔父上であるスコルピオスも死んだ!もういない!されど、大いなる雷神の血は我が内で
生き続けている―――私を誰と心得る!アルカディア第一王子…否!アルカディア王・レオンティウスだ!」
その姿は、まさしく強壮なる王者そのもの。誰もが自然と跪き、頭を垂れていた。
「おお…殿下…いや…レオンティウス陛下…!」
カストルもまた、滝のような涙を流しながら、レオンティウスを見つめる。
「泣いている場合ではないぞ、カストル―――すぐにアマゾンに備えろ!」
「はっ!」
敬礼し、カストルは兵士達を引き連れて王の間を出て行く。後に残されたレオンティウスは、目を閉じて天を仰ぐ。
「父上…叔父上…」
あまりにも深い、悲しみと悔恨。されど、それを嘆く時間すら、自分には赦されていない。レオンティウスは目を
開き、スコルピオスを貫いた槍を見つめた。
「…この罪こそが、私と叔父上を繋ぐ唯一にして最後の絆だ…この罪だけは、神にすら赦させはしない…だから、
叔父上…どうか、私を見守ってください…」
覚悟を決めろと言うならば―――いくらでも、決めてやる。
「しかし、アマゾンか…あそこの女王も懲りないな…」
数年前、<彼女>とは、初めて刃を交えた―――剣を弾き飛ばされながらも、まるで怯えの色も見せずに、不敵に
笑ってみせた彼女。いずれお前は、私の物になるのだ。そう言ってみせた烈女。
「女王アレクサンドラ…私はお前の物になどならない。このレオンティウス、女を貫く槍は持ってはおらぬ―――
色んな意味で、な」
最後はやたら意味深に呟き、レオンティウスも王の間を後にした。
この先に続く、闘争の日々。そこから逃走することは、彼には赦されていない―――
如何なる賢者であれ、零れ落ちる時の砂を止められない。時代は確かに、動き始めていた―――
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