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「新展開 サナダムシさま」(2007/03/16 (金) 09:11:04) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
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とある人気漫画があった。
第一シリーズは伝説の秘宝をめぐる冒険活劇。宝を手に入れんと、いくつもの勢力がコ
ミカルに争う様子が人気を呼んだ。
第二シリーズは一転、秘宝に封印されていた悪魔たちとの対決がメインとなった。敵方
の魅力も手伝って、作品の大胆な方向転換は大成功に終わった。
さて、続く第三シリーズ。作者は悩みぬいた末、奥の手を使うことを決断する。
すなわち、トーナメントである。
──組み合わせが決定した。
トーナメント枠は八つ。さっそく出場する戦士を順に紹介していこう。
まずは主人公。ボウガン使いで、体術もたしなんでいる。第一シリーズでは海賊や秘密
結社、モンスター、果ては帝国軍とも戦い、持ち前の体力と知恵でみごと秘宝を勝ち取っ
た。また第二シリーズでは、老師のもとで修業を積み、苦戦しながらも首領である大悪魔
を討ち取った。そして今シリーズにおいては、その武名が仇となりこのトーナメントに出
場するはめになってしまった。
次に名を連ねるのは怪力男。身の丈ほどもある角材を軽々と振り回す危険な男だ。
三人目にはいかにも強そうな騎士。ただし騎士のわりに、素行はあまりよくない。大会
前には主人公を汚い言葉で散々に挑発していた。また、優勝候補の一人でもある。
騎士と対決するのは、平凡なサラリーマン。こちらはうって変わって弱そうだ。
ブロックが変わり、五人目はピエロ。やはり敵を惑わす攻撃が得意なのだろうか。
そして、主人公の親友でありライバルでもある剣士。第一シリーズ、第二シリーズとも
に、主人公とは常に切磋琢磨してきた。現在、主人公との戦歴は一勝一敗であり、今回の
トーナメントで真の決着がつくのではと注目されている。
続いて、仮面男。黒マントに身を包み、不気味な紋章が描かれた仮面をつける正体不明
の戦士。怪しい気配がこれでもかとにじみ出ている。
最後は僧侶。職業に恥じぬよう聖書を持ち、絶えず柔らかな笑みを浮かべている。
まとめると出場者は、主人公、怪力男、騎士、サラリーマン、ピエロ、剣士、仮面男、
僧侶となる。
トーナメント、開幕。
第一試合。リング上で向かい合う主人公と怪力男。
開始のゴングと同時に、怪力男は角材を力いっぱい振り下ろす。一撃をまともに喰らい
主人公はよろめくが、体勢を崩しながらも三本もの矢を発射していた。
だが、怪力男の厚い筋肉にはまるで通用しない。その後も執拗に打ち込まれる角材に、
主人公はなすすべなく──。
「ちょっと待ったァ!」
主人公が叫んだ。
「おまえおかしいだろ! 主人公の一回戦なんて本来さっさと終わっちまう試合だ。どう
考えても強すぎるだろうが!」
この剣幕に、ついさっきまで鬼のような形相をしていた怪力男が縮み上がる。
「ま、まずかったですか……?」
「いいか、俺は前シリーズで大悪魔を倒してんだ。大悪魔だぞ、大悪魔。それなのに、な
んだっておまえみたいな筋肉バカに苦戦しなきゃならねぇんだよ」
「で、でも……おいらだって結構鍛えてきたんですよ?」
「黙れ! こんなとこで俺が苦戦したらどうなる? あれだけ苦労した大悪魔って大した
ことなかったんだなってことになって、第二シリーズが根本からひっくり返るぞ! 読者
が失望しちまうだろうが!」
「……すいませんでした」
「よしっ、やり直し!」
一回戦、さすが主人公は怪力男をやすやすと退けた。他の三試合も終わり、嵐を予感さ
せる二回戦がスタートする。
主人公の相手は予想通り、彼をあれだけ挑発していた不良騎士だった。
「くくく、まさかてめぇが勝ち抜いてくるとはな。すぐに殺してや──」
「……待て」
主人公が発するただならぬ殺気に、騎士は思わず怯んだ。
「おまえが勝ち上がってどうすんだ! バカ野郎が!」
「え、でも俺……あなたと因縁あるし……優勝候補だし……」
「そこが甘いんだよ! 俺と因縁があって、なおかつ優勝候補なおまえが負ける。これが
どれだけ読者を驚かすのか分からんのか! ダークホースってのがあるだろうが!」
「……すいませんでした」
「やり直しっ!」
なんと、騎士はサラリーマンによって大敗を喫していた。実はサラリーマンは暗殺拳の
使い手で、一秒間に十人を殺してのけるという伝説を持つ達人であった。
この伏兵に、主人公は大いに苦しめられる。だがヒロインの声援が、決勝で会おうとい
う剣士との約束が、彼に力を与えた。
最後の一本となった矢が、サラリーマンの胸に命中する。
「俺の矢にはみんなの力がこもっている。憎しみしかないあんたの拳とちがってな……」
「ふっ……勝てぬわけ、だ……」
こうして主人公は決勝進出を果たした。
同じく決勝の切符を手にしていたのは、僧侶。すかさずリングの中心で主人公が叫ぶ。
「なんでてめぇが勝ち抜いてやがるんだァッ!」
「あれ、私じゃ役者不足ですか? これでも空手十段、柔道十段、剣道十段なんですけど。
意外性もばっちりですよ」
「奇をてらいすぎなんだよ! 俺とおまえの決勝戦なんて、だれが喜ぶってんだ!」
「……すいませんでした」
「──ったくここまで来て……やり直しっ!」
サラリーマンとの接戦を制した主人公をリング上で待っていたのは、ライバルの剣士で
あった。まさに相手にとって不足なし。だれもが待ちわびた宿命の対決が今、幕を開ける。
「さぁ、今日こそ決着をつけようぜ! この最高の晴れ舞台でな!」
にもかかわらず、対する主人公のテンションは低い。
「……いや、ダメだ。やり直し」
「なっ……どうしてだよ?! 俺ならおまえの相手も務まるし、人気だって上位だ! 決
勝戦としては申し分ないカードだろうが!」
「たしかにな……だが、おまえは準決勝でやられなきゃならなかったんだ。読者のほとん
どが望むライバル対決──実現しなきゃ抗議する人だって出るだろう。それでもなお、お
まえには未知なる悪玉に力及ばない役を受け持って欲しいんだ。読者のさらなる反響を呼
ぶためにな……。分かってくれ、親友よ」
「……すまん」
「さてと……やり直しっ!」
決勝に上ってくる相手は剣士にまちがいないと、主人公はだれよりも信じていた。一勝
一敗で止まっているライバル関係に決着をつけるのは今日しかないと──。
ところが、控え室で休んでいた主人公に仲間から凶報が入る。
主人公と五分の実力を持つ剣士が、仮面男によって子供扱いされたあげく、重傷を負わ
されたというのだ。
「あいつが……やられた……? ──嘘だっ!」
うろたえる主人公。だが、知らせは本当だった。全身を切り裂かれた剣士は、医務室の
ベッドで死んだように眠っていた。医師によれば「彼でなければ死んでいた」とのこと。
ショックを受けながらも、主人公は決意を固める。仮面男を絶対に倒してみせる、と。
決勝を目前に控え、沸き上がる会場。入場した主人公の目に映るのは、仮面男、ではな
く全身に刃をまとった異形の魔獣だった。
「これが私の正体だ! 鉄をも斬る百の刃が、貴様をバラバラにするであろう!」
仮面男は人間ではなく、魔獣だった。一方、主人公は少しも驚くことなく、冷静に指摘
する。
「早い」
「え?」
「正体明かすのが早いってんだよ! 仮面状態で俺に苦戦して、それからマントを脱ぐっ
てのがセオリーってもんだろ! おまえは第三シリーズのラスボスを務めるんだぞ、もう
少ししっかり仕事してくれよ!」
「は、はぁ……。でも、さっきの剣士メチャクチャ強いんですよ。ぶっちゃけ仮面つけた
ままじゃきつくて……つい……」
「安心しろ、俺が手加減するよういっておく」
「……すいませんでした」
「もう次はないぞ、やり直しっ!」
トーナメントもいよいよクライマックス。決勝のリングに姿を現す主人公と仮面男。
「よくもあいつをやってくれたな……絶対に倒してやる!」
「くくく……。どうやら貴様も、仮面を取るまでもなさそうだ」
序盤、仮面男は幻術を次々に唱える。だが二回戦までならばいざ知らず、ライバルの想
いをも背負った彼にはまったく通用しなかった。
放たれたボウガンの矢が、仮面を叩き割る。
「あやかしは通じぬか……。ならば、真の力で応えてやる!」
ふたつになった仮面が落ち、黒マントが脱ぎ捨てられる。
中身は人間ではなかった。体中から銀色の刃が飛び出た、まさしく魔獣。あまりの殺気
に、会場中が凍りつき、主人公からも冷えた汗が止まらない。
「鉄をも斬る百の刃が、貴様をバラバラにするであろう!」
「くっ……ば、化け物め! いったい何が目的だ?!」
「ふん、知れたことよ。我が呪われし一族の強さを証明し、人間を絶滅させるためだ!」
魔獣が四方八方に刃を飛ばす。罪なき観客たちに、容赦なく凶刃が襲いかかる。主人公
もボウガンで応戦するが、どうにもならない。
「ふははははっ! どいつもこいつも解剖してやるっ!」
この非情な行いに、主人公の怒りが頂点に達した。とてつもない威力の矢が、魔獣の胴
体を射抜く。
「お、おのれ、まだ息があったか……。百の刃よ、奴を殺せっ!」
最後の激突。一本の矢が、百の刃を粉々に打ち砕いた。
「バカな……人間如きに……! ぎゃああぁぁぁぁ……」
粉末となった刃とともに、魔獣もまた絶命した。波乱に満ちたトーナメントであったが、
ここにようやく優勝者が決定──。
「ちょっと待ったァ!」
叫んだのは主人公、ではなかった。どこからともなく飛来する、天の声。
「毎度毎度主人公ばかりが美味しい目にあうと、読者の反感を買う! 今回は主人公を敗
北させ、魔獣は次シリーズにも登場させることにした!」
やっと終わると安堵したばかりだった主人公は、もちろん猛然と抗議する。
「主人公が優勝しないなんて、んなバカな話があるか! っつうか、おまえはだれだ!」
「作者だ」
しばしの沈黙の後、主人公はこう呟くしかなかった。
「……すいませんでした」
とある人気漫画があった。
第一シリーズは伝説の秘宝をめぐる冒険活劇。宝を手に入れんと、いくつもの勢力がコ
ミカルに争う様子が人気を呼んだ。
第二シリーズは一転、秘宝に封印されていた悪魔たちとの対決がメインとなった。敵方
の魅力も手伝って、作品の大胆な方向転換は大成功に終わった。
さて、続く第三シリーズ。作者は悩みぬいた末、奥の手を使うことを決断する。
すなわち、トーナメントである。
──組み合わせが決定した。
トーナメント枠は八つ。さっそく出場する戦士を順に紹介していこう。
まずは主人公。ボウガン使いで、体術もたしなんでいる。第一シリーズでは海賊や秘密
結社、モンスター、果ては帝国軍とも戦い、持ち前の体力と知恵でみごと秘宝を勝ち取っ
た。また第二シリーズでは、老師のもとで修業を積み、苦戦しながらも首領である大悪魔
を討ち取った。そして今シリーズにおいては、その武名が仇となりこのトーナメントに出
場するはめになってしまった。
次に名を連ねるのは怪力男。身の丈ほどもある角材を軽々と振り回す危険な男だ。
三人目にはいかにも強そうな騎士。ただし騎士のわりに、素行はあまりよくない。大会
前には主人公を汚い言葉で散々に挑発していた。また、優勝候補の一人でもある。
騎士と対決するのは、平凡なサラリーマン。こちらはうって変わって弱そうだ。
ブロックが変わり、五人目はピエロ。やはり敵を惑わす攻撃が得意なのだろうか。
そして、主人公の親友でありライバルでもある剣士。第一シリーズ、第二シリーズとも
に、主人公とは常に切磋琢磨してきた。現在、主人公との戦歴は一勝一敗であり、今回の
トーナメントで真の決着がつくのではと注目されている。
続いて、仮面男。黒マントに身を包み、不気味な紋章が描かれた仮面をつける正体不明
の戦士。怪しい気配がこれでもかとにじみ出ている。
最後は僧侶。職業に恥じぬよう聖書を持ち、絶えず柔らかな笑みを浮かべている。
まとめると出場者は、主人公、怪力男、騎士、サラリーマン、ピエロ、剣士、仮面男、
僧侶となる。
トーナメント、開幕。
第一試合。リング上で向かい合う主人公と怪力男。
開始のゴングと同時に、怪力男は角材を力いっぱい振り下ろす。一撃をまともに喰らい
主人公はよろめくが、体勢を崩しながらも三本もの矢を発射していた。
だが、怪力男の厚い筋肉にはまるで通用しない。その後も執拗に打ち込まれる角材に、
主人公はなすすべなく──。
「ちょっと待ったァ!」
主人公が叫んだ。
「おまえおかしいだろ! 主人公の一回戦なんて本来さっさと終わっちまう試合だ。どう
考えても強すぎるだろうが!」
この剣幕に、ついさっきまで鬼のような形相をしていた怪力男が縮み上がる。
「ま、まずかったですか……?」
「いいか、俺は前シリーズで大悪魔を倒してんだ。大悪魔だぞ、大悪魔。それなのに、な
んだっておまえみたいな筋肉バカに苦戦しなきゃならねぇんだよ」
「で、でも……おいらだって結構鍛えてきたんですよ?」
「黙れ! こんなとこで俺が苦戦したらどうなる? あれだけ苦労した大悪魔って大した
ことなかったんだなってことになって、第二シリーズが根本からひっくり返るぞ! 読者
が失望しちまうだろうが!」
「……すいませんでした」
「よしっ、やり直し!」
一回戦、さすが主人公は怪力男をやすやすと退けた。他の三試合も終わり、嵐を予感さ
せる二回戦がスタートする。
主人公の相手は予想通り、彼をあれだけ挑発していた不良騎士だった。
「くくく、まさかてめぇが勝ち抜いてくるとはな。すぐに殺してや──」
「……待て」
主人公が発するただならぬ殺気に、騎士は思わず怯んだ。
「おまえが勝ち上がってどうすんだ! バカ野郎が!」
「え、でも俺……あなたと因縁あるし……優勝候補だし……」
「そこが甘いんだよ! 俺と因縁があって、なおかつ優勝候補なおまえが負ける。これが
どれだけ読者を驚かすのか分からんのか! ダークホースってのがあるだろうが!」
「……すいませんでした」
「やり直しっ!」
なんと、騎士はサラリーマンによって大敗を喫していた。実はサラリーマンは暗殺拳の
使い手で、一秒間に十人を殺してのけるという伝説を持つ達人であった。
この伏兵に、主人公は大いに苦しめられる。だがヒロインの声援が、決勝で会おうとい
う剣士との約束が、彼に力を与えた。
最後の一本となった矢が、サラリーマンの胸に命中する。
「俺の矢にはみんなの力がこもっている。憎しみしかないあんたの拳とちがってな……」
「ふっ……勝てぬわけ、だ……」
こうして主人公は決勝進出を果たした。
同じく決勝の切符を手にしていたのは、僧侶。すかさずリングの中心で主人公が叫ぶ。
「なんでてめぇが勝ち抜いてやがるんだァッ!」
「あれ、私じゃ役者不足ですか? これでも空手十段、柔道十段、剣道十段なんですけど。
意外性もばっちりですよ」
「奇をてらいすぎなんだよ! 俺とおまえの決勝戦なんて、だれが喜ぶってんだ!」
「……すいませんでした」
「──ったくここまで来て……やり直しっ!」
サラリーマンとの接戦を制した主人公をリング上で待っていたのは、ライバルの剣士で
あった。まさに相手にとって不足なし。だれもが待ちわびた宿命の対決が今、幕を開ける。
「さぁ、今日こそ決着をつけようぜ! この最高の晴れ舞台でな!」
にもかかわらず、対する主人公のテンションは低い。
「……いや、ダメだ。やり直し」
「なっ……どうしてだよ?! 俺ならおまえの相手も務まるし、人気だって上位だ! 決
勝戦としては申し分ないカードだろうが!」
「たしかにな……だが、おまえは準決勝でやられなきゃならなかったんだ。読者のほとん
どが望むライバル対決──実現しなきゃ抗議する人だって出るだろう。それでもなお、お
まえには未知なる悪玉に力及ばない役を受け持って欲しいんだ。読者のさらなる反響を呼
ぶためにな……。分かってくれ、親友よ」
「……すまん」
「さてと……やり直しっ!」
決勝に上ってくる相手は剣士にまちがいないと、主人公はだれよりも信じていた。一勝
一敗で止まっているライバル関係に決着をつけるのは今日しかないと──。
ところが、控え室で休んでいた主人公に仲間から凶報が入る。
主人公と五分の実力を持つ剣士が、仮面男によって子供扱いされたあげく、重傷を負わ
されたというのだ。
「あいつが……やられた……? ──嘘だっ!」
うろたえる主人公。だが、知らせは本当だった。全身を切り裂かれた剣士は、医務室の
ベッドで死んだように眠っていた。医師によれば「彼でなければ死んでいた」とのこと。
ショックを受けながらも、主人公は決意を固める。仮面男を絶対に倒してみせる、と。
決勝を目前に控え、沸き上がる会場。入場した主人公の目に映るのは、仮面男、ではな
く全身に刃をまとった異形の魔獣だった。
「これが私の正体だ! 鉄をも斬る百の刃が、貴様をバラバラにするであろう!」
仮面男は人間ではなく、魔獣だった。一方、主人公は少しも驚くことなく、冷静に指摘
する。
「早い」
「え?」
「正体明かすのが早いってんだよ! 仮面状態で俺に苦戦して、それからマントを脱ぐっ
てのがセオリーってもんだろ! おまえは第三シリーズのラスボスを務めるんだぞ、もう
少ししっかり仕事してくれよ!」
「は、はぁ……。でも、さっきの剣士メチャクチャ強いんですよ。ぶっちゃけ仮面つけた
ままじゃきつくて……つい……」
「安心しろ、俺が手加減するよういっておく」
「……すいませんでした」
「もう次はないぞ、やり直しっ!」
トーナメントもいよいよクライマックス。決勝のリングに姿を現す主人公と仮面男。
「よくもあいつをやってくれたな……絶対に倒してやる!」
「くくく……。どうやら貴様も、仮面を取るまでもなさそうだ」
序盤、仮面男は幻術を次々に唱える。だが二回戦までならばいざ知らず、ライバルの想
いをも背負った彼にはまったく通用しなかった。
放たれたボウガンの矢が、仮面を叩き割る。
「あやかしは通じぬか……。ならば、真の力で応えてやる!」
ふたつになった仮面が落ち、黒マントが脱ぎ捨てられる。
中身は人間ではなかった。体中から銀色の刃が飛び出た、まさしく魔獣。あまりの殺気
に、会場中が凍りつき、主人公からも冷えた汗が止まらない。
「鉄をも斬る百の刃が、貴様をバラバラにするであろう!」
「くっ……ば、化け物め! いったい何が目的だ?!」
「ふん、知れたことよ。我が呪われし一族の強さを証明し、人間を絶滅させるためだ!」
魔獣が四方八方に刃を飛ばす。罪なき観客たちに、容赦なく凶刃が襲いかかる。主人公
もボウガンで応戦するが、どうにもならない。
「ふははははっ! どいつもこいつも解剖してやるっ!」
この非情な行いに、主人公の怒りが頂点に達した。とてつもない威力の矢が、魔獣の胴
体を射抜く。
「お、おのれ、まだ息があったか……。百の刃よ、奴を殺せっ!」
最後の激突。一本の矢が、百の刃を粉々に打ち砕いた。
「バカな……人間如きに……! ぎゃああぁぁぁぁ……」
粉末となった刃とともに、魔獣もまた絶命した。波乱に満ちたトーナメントであったが、
ここにようやく優勝者が決定──。
「ちょっと待ったァ!」
叫んだのは主人公、ではなかった。どこからともなく飛来する、天の声。
「毎度毎度主人公ばかりが美味しい目にあうと、読者の反感を買う! 今回は主人公を敗
北させ、魔獣は次シリーズにも登場させることにした!」
やっと終わると安堵したばかりだった主人公は、もちろん猛然と抗議する。
「主人公が優勝しないなんて、んなバカな話があるか! っつうか、おまえはだれだ!」
「作者だ」
しばしの沈黙の後、主人公はこう呟くしかなかった。
「……すいませんでした」
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